2019年04月29日
クロア篇−8章6
クロアとレジィが会議室を出る。廊下にはなぜかタオが立っていた。
「あら、あなたはお部屋を案内されているんじゃ……」
「あとで教えてもらう。いまは公女と話がしたい」
「かまいませんけど……レジィはどう?」
少女はさきほどの会議の記録を官吏に見せる役目を抱えている。
「あのう、書記の仕事がのこってるので……」
「わかったわ、わたしだけで話す。あなたは記録を提出できたら、もう休んでいいわ」
レジィは「わかりました」と言うと、筆記板を大事そうに抱きながら、離れていった。
「さて、どこでお話ししましょうか」
「皆の話し合いに使っていた、そこの部屋は?」
「そうね……どうせ空いているのだし」
クロアはふたたび会議室へもどった。この部屋はもう今日使われることはないはずだ。しかし人がやってくる可能性はある。それは清掃だ。会議室の清掃がどの時間帯で行われるのか、クロアは把握していない。
(人がきたらきたで、また場所を変えましょ)
そう楽観し、いつもは私用で立ち入らない部屋の椅子へ座った。ベニトラは長机のうえをぽてぽて歩きまわっている。他者の目を気にしなくてよい状況なので、獣の好奇心がぞんぶんに発揮されているようだ。
「私が公女に協力する理由なんだが……」
タオはいきなり本題に入ってきた。猫に見とれていたクロアはその唐突さにびっくりする。
「え、それが、わたしにする話?」
「そうだ。訓練場で『あとで言う』と約束したはずだが」
そんな文言はクロアの頭からすっかり消え去っていた。クロアは彼の律義さに感じ入る。
「そうでしたの。義理堅いお人ね」
「なに、理由には私事も混ざっている。純粋な善意で貴女に協力するわけじゃない」
「どんな私事ですの?」
「知人をさがしている」
どこかで聞いたような話だ。それがリックのことだと思い出すと、クロアは「飛竜?」とたずねた。タオは「だいたい合っている」と答える。
「その飛竜を従えている者……が私のさがす人物だ」
「でも、どうして『人さがしのために賊の討伐をする』という発想になりますの。そんなに賊に捕まりやすいお方なの?」
「捕まってはいない。賊と行動を共にしている、との目撃情報を聞きつけた」
「どこから聞いたのです?」
「ダムトだ」
そう言われて、クロアは無性に納得がいった。タオとリックが同じ動機でクロアたちに協力するのも、ダムトの言葉かけによる影響なのだ。
「じゃあリックさんが町にきたのも、ダムトの手引き?」
「それは知らない。ダムトはリックにも情報を伝えはしただろうが、公女の手助けをしろとまではたのまなかったと思う。リックとフィルが傭兵の頭数に入るのなら、私の仲間を二人連れてこなくてすんだはずだろう?」
「そのとおりですわ。じゃ、リックさんは個人的にたすけてくれる認識でよさそうですわね」
「あいつの場合はタダ飯にありつきたかったようにも思うが……」
「動機はどんなのでもかまいません。ところであなたがさがす方のことを教えてくださる?」
「ヴラドという魔人だ。知っているだろうか?」
クロアは聞きおぼえがなく、「存じておりません」と答えた。
「ヴラドは聖王国と剣王国の境にある、古い館に住んでいる」
「古い館……?」
クロアは妙にその言葉にひっかかりを感じる。
「古い城、ではなくて?」
古城という単語を、魔人に関連する説明の中で聞いたおぼえがあった。タオは「そちらは別の魔人だ」と否定する。
「古城の魔人はディレオスという。彼はこの国の山中に立派な城を所有している」
「そうでしたの、勘違いしてしまいましたわ」
「気に病まなくていい。いままで貴女に縁のなかった魔人たちだからな」
存外やさしいなぐさめを受けて、クロアはかえって気恥ずかしい思いをした。
(無愛想だからダムトと似たような人かと思ってたけれど……だいぶちがうのね)
半魔にもいろいろと性格の種類があるものだ、とクロアはあらたな発見を得た。
「ヴラドの説明をくわえると……提示する報酬に応じて、他者を助けることで有名な魔人だ」
「『報酬に応じて』……ということは、ヴラドは賊と取引をした、と?」
「その可能性は高い。やつは依頼内容の善悪にこだわらないからな」
「どうすれば賊と離反させられるのです?」
「賊がヴラドに与えるはずだった礼を、こちらが渡す。それが手早くすむ方法だと思う」
単純明快な解決法だ。しかしその実行には課題がのこっている。
「ヴラドはなにをほしがっているのかしら……」
「……それを知るために、やつに会う。賊の護衛というくだらん真似をやめさせなくては」
タオはヴラドの目的物の詳細を知らないらしい。これからそれを明らかにする、との問題意識がクロアに芽生えたところで、二人は会議室を出た。
「あら、あなたはお部屋を案内されているんじゃ……」
「あとで教えてもらう。いまは公女と話がしたい」
「かまいませんけど……レジィはどう?」
少女はさきほどの会議の記録を官吏に見せる役目を抱えている。
「あのう、書記の仕事がのこってるので……」
「わかったわ、わたしだけで話す。あなたは記録を提出できたら、もう休んでいいわ」
レジィは「わかりました」と言うと、筆記板を大事そうに抱きながら、離れていった。
「さて、どこでお話ししましょうか」
「皆の話し合いに使っていた、そこの部屋は?」
「そうね……どうせ空いているのだし」
クロアはふたたび会議室へもどった。この部屋はもう今日使われることはないはずだ。しかし人がやってくる可能性はある。それは清掃だ。会議室の清掃がどの時間帯で行われるのか、クロアは把握していない。
(人がきたらきたで、また場所を変えましょ)
そう楽観し、いつもは私用で立ち入らない部屋の椅子へ座った。ベニトラは長机のうえをぽてぽて歩きまわっている。他者の目を気にしなくてよい状況なので、獣の好奇心がぞんぶんに発揮されているようだ。
「私が公女に協力する理由なんだが……」
タオはいきなり本題に入ってきた。猫に見とれていたクロアはその唐突さにびっくりする。
「え、それが、わたしにする話?」
「そうだ。訓練場で『あとで言う』と約束したはずだが」
そんな文言はクロアの頭からすっかり消え去っていた。クロアは彼の律義さに感じ入る。
「そうでしたの。義理堅いお人ね」
「なに、理由には私事も混ざっている。純粋な善意で貴女に協力するわけじゃない」
「どんな私事ですの?」
「知人をさがしている」
どこかで聞いたような話だ。それがリックのことだと思い出すと、クロアは「飛竜?」とたずねた。タオは「だいたい合っている」と答える。
「その飛竜を従えている者……が私のさがす人物だ」
「でも、どうして『人さがしのために賊の討伐をする』という発想になりますの。そんなに賊に捕まりやすいお方なの?」
「捕まってはいない。賊と行動を共にしている、との目撃情報を聞きつけた」
「どこから聞いたのです?」
「ダムトだ」
そう言われて、クロアは無性に納得がいった。タオとリックが同じ動機でクロアたちに協力するのも、ダムトの言葉かけによる影響なのだ。
「じゃあリックさんが町にきたのも、ダムトの手引き?」
「それは知らない。ダムトはリックにも情報を伝えはしただろうが、公女の手助けをしろとまではたのまなかったと思う。リックとフィルが傭兵の頭数に入るのなら、私の仲間を二人連れてこなくてすんだはずだろう?」
「そのとおりですわ。じゃ、リックさんは個人的にたすけてくれる認識でよさそうですわね」
「あいつの場合はタダ飯にありつきたかったようにも思うが……」
「動機はどんなのでもかまいません。ところであなたがさがす方のことを教えてくださる?」
「ヴラドという魔人だ。知っているだろうか?」
クロアは聞きおぼえがなく、「存じておりません」と答えた。
「ヴラドは聖王国と剣王国の境にある、古い館に住んでいる」
「古い館……?」
クロアは妙にその言葉にひっかかりを感じる。
「古い城、ではなくて?」
古城という単語を、魔人に関連する説明の中で聞いたおぼえがあった。タオは「そちらは別の魔人だ」と否定する。
「古城の魔人はディレオスという。彼はこの国の山中に立派な城を所有している」
「そうでしたの、勘違いしてしまいましたわ」
「気に病まなくていい。いままで貴女に縁のなかった魔人たちだからな」
存外やさしいなぐさめを受けて、クロアはかえって気恥ずかしい思いをした。
(無愛想だからダムトと似たような人かと思ってたけれど……だいぶちがうのね)
半魔にもいろいろと性格の種類があるものだ、とクロアはあらたな発見を得た。
「ヴラドの説明をくわえると……提示する報酬に応じて、他者を助けることで有名な魔人だ」
「『報酬に応じて』……ということは、ヴラドは賊と取引をした、と?」
「その可能性は高い。やつは依頼内容の善悪にこだわらないからな」
「どうすれば賊と離反させられるのです?」
「賊がヴラドに与えるはずだった礼を、こちらが渡す。それが手早くすむ方法だと思う」
単純明快な解決法だ。しかしその実行には課題がのこっている。
「ヴラドはなにをほしがっているのかしら……」
「……それを知るために、やつに会う。賊の護衛というくだらん真似をやめさせなくては」
タオはヴラドの目的物の詳細を知らないらしい。これからそれを明らかにする、との問題意識がクロアに芽生えたところで、二人は会議室を出た。
タグ:クロア
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