2019年04月28日
クロア篇−8章5
魔界育ちの療術士が申し出た外出は受理された。具体的な行き先と日時は官吏に告げず、クロアの都合のよいときに出かけるということで決定する。クロアは当日のうちにでも出かけてよかったのだが、やむなく延期した。戦士が集まった以上、本格的に征伐の段取りを考えねばならない。即時、会議室に関係者が呼び集められた。列席者はアンペレ当主、武官の長と文官の長、戦力として一時客分に置かれる者たち、そしてクロアとその従者二人。
上席に座るクノードが客将の面々をじっくり見る。
「わが娘に賛同し、無法者の討伐に助太刀をしてくださること、大変感謝します」
言って頭を垂れた。リックが椅子をぐらぐらと前後に揺らして「挨拶はいい」と言う。
「いつ、賊をふんじばりに行くかってことを決めようや」
「なんと無礼な……!」
カスバンが叱責を浴びせかけたのをクノードが引き止める。
「そちらの言い分はごもっとも。だが討伐日時はすぐに決められない。こちらは討伐兵の編成を考える時間が必要なのです」
「ワシとフィルがいりゃ充分だ。あとは賊をしょっぴく人手がありゃいい」
「相手方には一介の賊とは思えぬ戦力がある、とこちらで調べがついております。その戦力を貴方だけで封じられるという保証はないのです」
大胆にも、リックの力量を過小評価する言葉が出た。自己の武力に自信を持つ魔人が怒りそうな説明だ。しかしリックの様子は変わらない。
「ほーん、おもしれえ話だ。せいぜいあんたらが安心するメンツをそろえてくれ」
クノードらの作戦会議をムダな行為だと言いたげだ。失礼な言い方だが、場を荒らさなかっただけありがたい反応だった。
内実、クロアもリックと同じような考えでいた。参戦するのは自分と従者二人と集まった戦士たちだけ。この場は討伐実行者の紹介だとばかり考えていたのだ。
「強兵をすべて討伐隊に投入しては、町の防衛力が危うくなる」
クノードが編成について話をはじめた。「兵をどう分散するか──」と言いかかったところ、鎧を着込んだ中年男性が「本官が思うに」と提言する。彼がアンペレ最高位の武官のボーゼン。齢五十を過ぎ、自身を老いぼれだと吹聴するが、依然として杖術の達人である。
「守備は最低限に抑えてもよろしいと存じます。折悪くなんらかの襲撃を受けた際、聖都の援軍を待てる戦力があれば充分かと」
「ふむ、ではだれを町にのこすかを考えたほうが早いかな?」
「愚息のオゼを守将に。指揮系統の管理はカスバン殿にお任せしましょう」
ボーゼンには十代の息子がいる。武芸の腕は立つが若輩ゆえ、統率力には不安があった。発言権の強い文官にその援護を頼む算段らしい。もっとも適役である領主を除いた指名だ。
「おやおや、私も駆り出されるようだね」
言外の指示を察したクノードが物腰柔らかに言った。
「はい。伯の弓術は並ぶ者がおりませぬゆえ、強兵の一人として参加していただきたい」
「娘が陣頭に立つのに私が安全地帯にいては格好がつかないな。よし、戦線に出よう」
父の参入が決まり、いよいよ本格的に戦いが始まるのだとクロアは気を引き締めた。おおまかな計画が立った時、ルッツが挙手をする。
「まことに恐縮ですが、本当に精兵のみを投入してよろしいのでしょうか」
客将よりも年長のボーゼンが「町の守備に不足がありますかな」と聞き返した。
「いえ、兵に実戦経験を積ませるよい機会ではないか、と申しあげております」
クノードと両翼の高官の顔色が変わった。客分が官吏の成長という長期的な視野で進言してきたことが意外なのだ。
「幸運なことに、高名な魔人殿が参戦なさるのです。兵が力及ばぬ敵には公女様や魔人殿が対処なさり、それ以外の賊の捕縛は一般兵士にためさせてはいかがでしょう」
「アンペレの兵の成長を考慮していただけるのは嬉しいが、現実、盗人ひとり捕まえるにも失敗する体たらくで──」
クノードが恥を承知で実情を打ち明けた。中年の客将は微笑しながらうなずく。
「それは個々人の判断がうまくできないせいでしょう。それがしが数日間の調練を拝見しましたところ、彼らは指示する者がいればきちんとうごいていました。小隊をいくつかに分け、指揮官に兵を導いてもらうのはいかがでしょう」
具体的な発案を聞いても、なお納得しない高官がいる。カスバンは「ううむ」とうなる。
「兵の中には雑魚の魔物相手にもへっぴり腰になる者がいまして……」
「思うに、弱腰になる兵は自身の負傷を恐れています。敵との乱戦が懸念される隊には療術を得意とする者を同行させましょう。かくいうそれがしも療術の心得はあります」
フィルが「わたくしも使えます」と言い、タオは無言で手を上げた。ボーゼンは三人の勇士を見渡す。
「お三方が戦いと治癒の両方をこなせるのは大変心強い。わかり申した、そのように編隊を考えてみましょう。次に、我々はどこで包囲網をつくるべきか──」
クロアが横にいる男性従者をつつく。彼はすでに偵吏の任務をこなしている。
「ダムト、あなたが調べたことをお父さまたちに教えてあげて」
ダムトが筒状に丸めた紙を広げ、机上に置く。それはアンペレの周辺地図だ。図面の山中に丸が描いてある。
「賊の拠点は二つ確認しました。現在出入りのある場所は北西の山間部の洞窟。そのほかひとつ、剣王国の中にもねぐらがあります。そちらは逃亡時の避難場所でしょう。連中の逃走をはばむには、その方向を重点的に警戒すると良いかと思われます」
「ダムト、出入りしていた人数は数えたか?」
「十六人、見かけました。ですがこれが全体の人数だとは断定できません」
「相手にする最低の人数がわかっただけでもありがたい。偵察した範囲でいい、物騒な武器や道具は所有していたか?」
クノードの問いを受けたダムトは「生物兵器と言いましょうか」と沈んだ声色を出す。
「アゼレダと思しき石付きの魔獣が、服従用の術具によって賊の指示を聞いていました」
場がどよめいた。特にマキシは「そんなの乱暴すぎる!」と叫ぶ。
「石付きにされただけでも魔獣は苦しむのに、さらに術具で縛りつけるとは無茶だ!」
「魔獣は長くもたないように見えました。時期を見合わせれば、魔獣の脅威を無くせ──」
「なんてことを言うんだ!」
マキシが席を立ち、冷徹な従者をにらみつける。
「希少種のアゼレダだぞ。いや、希少でなくたって不当な被害を受ける魔獣は助けなくちゃいけない。それが魔獣とともに生きる招術士の務めだ」
マキシの主張は正しいとクロアは思った。一方で淡々と事実をのべるダムトを責めたてるのは行きすぎな反応だとも感じ、両者をどう引き止めればよいか、考えあぐねた。
「出動の判断はクロア様かクノード様がなさることです」
「きみが非人情的な具申をするから僕が反対意見を述べるんだ」
対立する二人を見かねてかクノードが「本日はこれまでにしよう」と切り上げる。
「およその方向性は見えた。明日、実行に加わる指揮官とともに話し合う。これにて解散!」
当主が離席し、それにならって高官と客分が退室する。まだ客室を用意されていない客分はダムトに部屋を案内されにいった。クロアは会議が口論の場に発展しなかったことに安堵しながら、膝にいるベニトラと、筆記板に向かうレジィとともに会議室に居残る。レジィは議題中に出てきた発言をまとめるのに必死だ。
「書記ってちょっと苦手です。どんどん話が進むのに手がおいつかなくって」
「大体でいいのよ。大事な部分はお父さまやボーゼンがちゃんとおぼえているもの」
「ええ、まあ……」
レジィがおぼえ書きの文をもとに文書をまとめ始めた。クロアは会議のたびに記録物を作成するわずらわしさを思うと、とっとと蹴りをつけたいものだと気がはやった。
上席に座るクノードが客将の面々をじっくり見る。
「わが娘に賛同し、無法者の討伐に助太刀をしてくださること、大変感謝します」
言って頭を垂れた。リックが椅子をぐらぐらと前後に揺らして「挨拶はいい」と言う。
「いつ、賊をふんじばりに行くかってことを決めようや」
「なんと無礼な……!」
カスバンが叱責を浴びせかけたのをクノードが引き止める。
「そちらの言い分はごもっとも。だが討伐日時はすぐに決められない。こちらは討伐兵の編成を考える時間が必要なのです」
「ワシとフィルがいりゃ充分だ。あとは賊をしょっぴく人手がありゃいい」
「相手方には一介の賊とは思えぬ戦力がある、とこちらで調べがついております。その戦力を貴方だけで封じられるという保証はないのです」
大胆にも、リックの力量を過小評価する言葉が出た。自己の武力に自信を持つ魔人が怒りそうな説明だ。しかしリックの様子は変わらない。
「ほーん、おもしれえ話だ。せいぜいあんたらが安心するメンツをそろえてくれ」
クノードらの作戦会議をムダな行為だと言いたげだ。失礼な言い方だが、場を荒らさなかっただけありがたい反応だった。
内実、クロアもリックと同じような考えでいた。参戦するのは自分と従者二人と集まった戦士たちだけ。この場は討伐実行者の紹介だとばかり考えていたのだ。
「強兵をすべて討伐隊に投入しては、町の防衛力が危うくなる」
クノードが編成について話をはじめた。「兵をどう分散するか──」と言いかかったところ、鎧を着込んだ中年男性が「本官が思うに」と提言する。彼がアンペレ最高位の武官のボーゼン。齢五十を過ぎ、自身を老いぼれだと吹聴するが、依然として杖術の達人である。
「守備は最低限に抑えてもよろしいと存じます。折悪くなんらかの襲撃を受けた際、聖都の援軍を待てる戦力があれば充分かと」
「ふむ、ではだれを町にのこすかを考えたほうが早いかな?」
「愚息のオゼを守将に。指揮系統の管理はカスバン殿にお任せしましょう」
ボーゼンには十代の息子がいる。武芸の腕は立つが若輩ゆえ、統率力には不安があった。発言権の強い文官にその援護を頼む算段らしい。もっとも適役である領主を除いた指名だ。
「おやおや、私も駆り出されるようだね」
言外の指示を察したクノードが物腰柔らかに言った。
「はい。伯の弓術は並ぶ者がおりませぬゆえ、強兵の一人として参加していただきたい」
「娘が陣頭に立つのに私が安全地帯にいては格好がつかないな。よし、戦線に出よう」
父の参入が決まり、いよいよ本格的に戦いが始まるのだとクロアは気を引き締めた。おおまかな計画が立った時、ルッツが挙手をする。
「まことに恐縮ですが、本当に精兵のみを投入してよろしいのでしょうか」
客将よりも年長のボーゼンが「町の守備に不足がありますかな」と聞き返した。
「いえ、兵に実戦経験を積ませるよい機会ではないか、と申しあげております」
クノードと両翼の高官の顔色が変わった。客分が官吏の成長という長期的な視野で進言してきたことが意外なのだ。
「幸運なことに、高名な魔人殿が参戦なさるのです。兵が力及ばぬ敵には公女様や魔人殿が対処なさり、それ以外の賊の捕縛は一般兵士にためさせてはいかがでしょう」
「アンペレの兵の成長を考慮していただけるのは嬉しいが、現実、盗人ひとり捕まえるにも失敗する体たらくで──」
クノードが恥を承知で実情を打ち明けた。中年の客将は微笑しながらうなずく。
「それは個々人の判断がうまくできないせいでしょう。それがしが数日間の調練を拝見しましたところ、彼らは指示する者がいればきちんとうごいていました。小隊をいくつかに分け、指揮官に兵を導いてもらうのはいかがでしょう」
具体的な発案を聞いても、なお納得しない高官がいる。カスバンは「ううむ」とうなる。
「兵の中には雑魚の魔物相手にもへっぴり腰になる者がいまして……」
「思うに、弱腰になる兵は自身の負傷を恐れています。敵との乱戦が懸念される隊には療術を得意とする者を同行させましょう。かくいうそれがしも療術の心得はあります」
フィルが「わたくしも使えます」と言い、タオは無言で手を上げた。ボーゼンは三人の勇士を見渡す。
「お三方が戦いと治癒の両方をこなせるのは大変心強い。わかり申した、そのように編隊を考えてみましょう。次に、我々はどこで包囲網をつくるべきか──」
クロアが横にいる男性従者をつつく。彼はすでに偵吏の任務をこなしている。
「ダムト、あなたが調べたことをお父さまたちに教えてあげて」
ダムトが筒状に丸めた紙を広げ、机上に置く。それはアンペレの周辺地図だ。図面の山中に丸が描いてある。
「賊の拠点は二つ確認しました。現在出入りのある場所は北西の山間部の洞窟。そのほかひとつ、剣王国の中にもねぐらがあります。そちらは逃亡時の避難場所でしょう。連中の逃走をはばむには、その方向を重点的に警戒すると良いかと思われます」
「ダムト、出入りしていた人数は数えたか?」
「十六人、見かけました。ですがこれが全体の人数だとは断定できません」
「相手にする最低の人数がわかっただけでもありがたい。偵察した範囲でいい、物騒な武器や道具は所有していたか?」
クノードの問いを受けたダムトは「生物兵器と言いましょうか」と沈んだ声色を出す。
「アゼレダと思しき石付きの魔獣が、服従用の術具によって賊の指示を聞いていました」
場がどよめいた。特にマキシは「そんなの乱暴すぎる!」と叫ぶ。
「石付きにされただけでも魔獣は苦しむのに、さらに術具で縛りつけるとは無茶だ!」
「魔獣は長くもたないように見えました。時期を見合わせれば、魔獣の脅威を無くせ──」
「なんてことを言うんだ!」
マキシが席を立ち、冷徹な従者をにらみつける。
「希少種のアゼレダだぞ。いや、希少でなくたって不当な被害を受ける魔獣は助けなくちゃいけない。それが魔獣とともに生きる招術士の務めだ」
マキシの主張は正しいとクロアは思った。一方で淡々と事実をのべるダムトを責めたてるのは行きすぎな反応だとも感じ、両者をどう引き止めればよいか、考えあぐねた。
「出動の判断はクロア様かクノード様がなさることです」
「きみが非人情的な具申をするから僕が反対意見を述べるんだ」
対立する二人を見かねてかクノードが「本日はこれまでにしよう」と切り上げる。
「およその方向性は見えた。明日、実行に加わる指揮官とともに話し合う。これにて解散!」
当主が離席し、それにならって高官と客分が退室する。まだ客室を用意されていない客分はダムトに部屋を案内されにいった。クロアは会議が口論の場に発展しなかったことに安堵しながら、膝にいるベニトラと、筆記板に向かうレジィとともに会議室に居残る。レジィは議題中に出てきた発言をまとめるのに必死だ。
「書記ってちょっと苦手です。どんどん話が進むのに手がおいつかなくって」
「大体でいいのよ。大事な部分はお父さまやボーゼンがちゃんとおぼえているもの」
「ええ、まあ……」
レジィがおぼえ書きの文をもとに文書をまとめ始めた。クロアは会議のたびに記録物を作成するわずらわしさを思うと、とっとと蹴りをつけたいものだと気がはやった。
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