2019年04月27日
クロア篇−8章4
ユネスは私事の話題をやめ、本題に入ろうとした。挑戦者はタオ以外にもいるのだ。
「それで、クロア様が連れてきた男は……魔人か?」
「おうよ、おめえとやり合えばいいのか?」
「あんたはいい。うちのお偉いさんがケチをつけられる格じゃないみたいだ」
「おう、物わかりがいいじゃねえか」
リックが野太い笑い声をあげた。ユネスは次に、リックの後ろに控える女性を観察する。
「そこのご婦人は戦えるのか?」
「あ、わたくしですか。はい、暴力は好きじゃありませんが、護身程度には戦えます」
「もう人数は集まったんで、あんたの合否は決めなくていいんだが……いちおう、実力をためさせてもらおうか。あんたの武器はなんだ?」
「ええと、とくにないんですけど……」
「術士か?」
「いえ、術は使用いたしません。この身だけで戦います。あなたはどうか得意な武器をお持ちになってください」
女性に変じた竜は素手で勝負にいどむ。相対する試験官は挑戦者のすすめで、木剣を左手でかまえる。今回は白兵勝負。勝敗はこれまで同様、攻撃を三回当てた者を勝ちとする。ただし相手が倒れている際の追い打ちはなしだと条件が足された。ティオやナーマとの試合では提示しなかった条件だ。魔界の飛竜は加減を知らないと警戒したのだろうか。
ユネスが真っ先にうごいた。木剣がフィルの胴を狙う。フィルは横薙ぎの木剣をかがんでかわした。その際にくるっと回転し、太い鞭のようなものを体から出した。それはユネスの脇腹をとらえ、柵めがけてユネスを吹き飛ばした。ユネスは柵より手前に発生する障壁に全身を強打する。さながら壁に貼り付くカエルのようだった。ユネスは仰向けになって倒れる。彼は後頭部を地面に付けた状態でフィルの武器を確認する。
「尻尾ぉ?」
フィルの背中側の裳に切れ目があり、そこから爬虫類の尻尾が露出していた。尻尾は彼女の胴の半分ほどの太さがある。フィルはにっこり笑い「自慢の尻尾です」と答える。
「あと二回、これで叩くことになるんですが……耐えられます?」
「いや、充分だ。あんたの身のかわし方と攻撃の速さは見事だった」
ユネスがフィルの実力を褒める。リックが「当然だ!」と賛辞を飛ばし、フィルは幸せそうに胸の前で両手を組んだ。
「それじゃ、元締めに顔見せしなきゃな」
ユネスは訓練場を出る。長椅子にぽつんと置いてある楕円の石を持った。それは屋敷内の情報伝達に使う道具だ。一種の術具であるとクロアは説明を受けている。石に向かってユネスがしゃべると、数分経たぬうちに上空から奇怪な浮遊物が現れた。
「おー、御大層な登場の仕方だな」
リックが宙に浮かぶ人物の行動を評した。当人は屋敷の上階にいたために最短距離でやってきたのだろう。甲殻の飛獣に乗り、ゆるやかに高度を下げてきた。地に立つ者たちの頭部あたりの高さに彼の足元が来ると、ユネスが話しはじめる。
「クロア様が二人、ダムトが三人の戦士を連れてきました。うち四名は合格しています」
「のこりの一名は試合をせぬのか?」
「その必要はないと思います。リックという魔人……ご存知でしょう?」
老官は眉をひそめ、「奇異なこと……」とつぶやく。
「歴戦の魔人がなにゆえ地方領主の助力をなさるのか」
老官が飛獣から降りた。リックが「ワシはさがしもののついでだ」と質問に答える。
「こっちのフィルも同じ目的だ。礼は美味い飯を食わせてくれりゃいい」
フィルが老官に会釈する。試合中にあらわれた尻尾はもう隠れていた。普通の女性としか見えぬ姿に、カスバンはすこし困惑する。
「この方は、もしや飛竜のフィリーネ……? 戦えるのか?」
「なんならご自分で手合わせなさってください。キツーい一発をもらえますよ」
ユネスが皮肉げに言うと、フィルは愛想の良い笑みをカスバンに見せる。老爺はそれ以上の感想を述べなかった。
次にタオが「私の謝礼のことだが」と切り出す。
「公女を外へ連れだす許可を得たい」
「ほう、どこへ行かれるのです?」
「この大陸のどこか、とだけ言っておく。時間は半日あれば足りる」
「公務を終えたのち、護衛付きならば許可を出しましょう」
「付き添い人は外してもらえるだろうか?」
「なりません。クロア様の身に不慮の事故がふりかかれば伯に申し訳が立ちませぬゆえ」
「私がいても彼女が落命する事態になるなら、この町の精兵が何人いようと無意味だ」
カスバンが不快そうににらむ。
「結構な自信ですな。失礼ですが、お名前は?」
「タオ・ニルバーナ。姓は母方のものだ」
「なるほど、療術士の両親を持つお方か。その療術をもってすれば死者は出ないでしょうな」
老爺はタオの名も聞き知っていたらしい。知名度でいえばその父親より格段に落ちるはずだが、老爺の情報網はあなどれないとクロアは思った。
「ですが貴殿は男性。うら若き乙女と二人きりにさせては我らの気が穏やかではおれませぬ」
突然リックが大笑いする。ダムトを除く官吏とクロアは何事かとおどろいた。
「はっはっは! こいつが女に手ぇ出すって心配してんのか? そりゃ取り越し苦労だ」
リックはタオの肩に腕をまわし、青年の顔を指差す。
「修行僧みてえな生活をウン百年続けてるやつなんだぞ。いまさら行きずりの女に変な気を起こすかってんだ」
数百年──その歳月は半魔が生きつづける時間。クロアは主題と異なる知識を胸に刻んだ。
(ダムトも、それくらい生きているの?)
クロアは人と魔障の血の両方が流れるという青年たちを見比べる。見かけはどちらも二十代程度の若者だ。魂の年齢がわかるという夢魔なら、本当の年齢が鑑定できるかもしれない。だが、夢魔を呼び出してまでたしかめる意欲は湧かなかった。
クロアはダムトと半生を共にしている。彼にとっては悠久の時のうち瑣末な時間を過ごしただけだろうか。クロアがいままでにない心境に陥っても、なおダムトは「タオは信用できる男です」と従者らしい助言を行なった。
「それで、クロア様が連れてきた男は……魔人か?」
「おうよ、おめえとやり合えばいいのか?」
「あんたはいい。うちのお偉いさんがケチをつけられる格じゃないみたいだ」
「おう、物わかりがいいじゃねえか」
リックが野太い笑い声をあげた。ユネスは次に、リックの後ろに控える女性を観察する。
「そこのご婦人は戦えるのか?」
「あ、わたくしですか。はい、暴力は好きじゃありませんが、護身程度には戦えます」
「もう人数は集まったんで、あんたの合否は決めなくていいんだが……いちおう、実力をためさせてもらおうか。あんたの武器はなんだ?」
「ええと、とくにないんですけど……」
「術士か?」
「いえ、術は使用いたしません。この身だけで戦います。あなたはどうか得意な武器をお持ちになってください」
女性に変じた竜は素手で勝負にいどむ。相対する試験官は挑戦者のすすめで、木剣を左手でかまえる。今回は白兵勝負。勝敗はこれまで同様、攻撃を三回当てた者を勝ちとする。ただし相手が倒れている際の追い打ちはなしだと条件が足された。ティオやナーマとの試合では提示しなかった条件だ。魔界の飛竜は加減を知らないと警戒したのだろうか。
ユネスが真っ先にうごいた。木剣がフィルの胴を狙う。フィルは横薙ぎの木剣をかがんでかわした。その際にくるっと回転し、太い鞭のようなものを体から出した。それはユネスの脇腹をとらえ、柵めがけてユネスを吹き飛ばした。ユネスは柵より手前に発生する障壁に全身を強打する。さながら壁に貼り付くカエルのようだった。ユネスは仰向けになって倒れる。彼は後頭部を地面に付けた状態でフィルの武器を確認する。
「尻尾ぉ?」
フィルの背中側の裳に切れ目があり、そこから爬虫類の尻尾が露出していた。尻尾は彼女の胴の半分ほどの太さがある。フィルはにっこり笑い「自慢の尻尾です」と答える。
「あと二回、これで叩くことになるんですが……耐えられます?」
「いや、充分だ。あんたの身のかわし方と攻撃の速さは見事だった」
ユネスがフィルの実力を褒める。リックが「当然だ!」と賛辞を飛ばし、フィルは幸せそうに胸の前で両手を組んだ。
「それじゃ、元締めに顔見せしなきゃな」
ユネスは訓練場を出る。長椅子にぽつんと置いてある楕円の石を持った。それは屋敷内の情報伝達に使う道具だ。一種の術具であるとクロアは説明を受けている。石に向かってユネスがしゃべると、数分経たぬうちに上空から奇怪な浮遊物が現れた。
「おー、御大層な登場の仕方だな」
リックが宙に浮かぶ人物の行動を評した。当人は屋敷の上階にいたために最短距離でやってきたのだろう。甲殻の飛獣に乗り、ゆるやかに高度を下げてきた。地に立つ者たちの頭部あたりの高さに彼の足元が来ると、ユネスが話しはじめる。
「クロア様が二人、ダムトが三人の戦士を連れてきました。うち四名は合格しています」
「のこりの一名は試合をせぬのか?」
「その必要はないと思います。リックという魔人……ご存知でしょう?」
老官は眉をひそめ、「奇異なこと……」とつぶやく。
「歴戦の魔人がなにゆえ地方領主の助力をなさるのか」
老官が飛獣から降りた。リックが「ワシはさがしもののついでだ」と質問に答える。
「こっちのフィルも同じ目的だ。礼は美味い飯を食わせてくれりゃいい」
フィルが老官に会釈する。試合中にあらわれた尻尾はもう隠れていた。普通の女性としか見えぬ姿に、カスバンはすこし困惑する。
「この方は、もしや飛竜のフィリーネ……? 戦えるのか?」
「なんならご自分で手合わせなさってください。キツーい一発をもらえますよ」
ユネスが皮肉げに言うと、フィルは愛想の良い笑みをカスバンに見せる。老爺はそれ以上の感想を述べなかった。
次にタオが「私の謝礼のことだが」と切り出す。
「公女を外へ連れだす許可を得たい」
「ほう、どこへ行かれるのです?」
「この大陸のどこか、とだけ言っておく。時間は半日あれば足りる」
「公務を終えたのち、護衛付きならば許可を出しましょう」
「付き添い人は外してもらえるだろうか?」
「なりません。クロア様の身に不慮の事故がふりかかれば伯に申し訳が立ちませぬゆえ」
「私がいても彼女が落命する事態になるなら、この町の精兵が何人いようと無意味だ」
カスバンが不快そうににらむ。
「結構な自信ですな。失礼ですが、お名前は?」
「タオ・ニルバーナ。姓は母方のものだ」
「なるほど、療術士の両親を持つお方か。その療術をもってすれば死者は出ないでしょうな」
老爺はタオの名も聞き知っていたらしい。知名度でいえばその父親より格段に落ちるはずだが、老爺の情報網はあなどれないとクロアは思った。
「ですが貴殿は男性。うら若き乙女と二人きりにさせては我らの気が穏やかではおれませぬ」
突然リックが大笑いする。ダムトを除く官吏とクロアは何事かとおどろいた。
「はっはっは! こいつが女に手ぇ出すって心配してんのか? そりゃ取り越し苦労だ」
リックはタオの肩に腕をまわし、青年の顔を指差す。
「修行僧みてえな生活をウン百年続けてるやつなんだぞ。いまさら行きずりの女に変な気を起こすかってんだ」
数百年──その歳月は半魔が生きつづける時間。クロアは主題と異なる知識を胸に刻んだ。
(ダムトも、それくらい生きているの?)
クロアは人と魔障の血の両方が流れるという青年たちを見比べる。見かけはどちらも二十代程度の若者だ。魂の年齢がわかるという夢魔なら、本当の年齢が鑑定できるかもしれない。だが、夢魔を呼び出してまでたしかめる意欲は湧かなかった。
クロアはダムトと半生を共にしている。彼にとっては悠久の時のうち瑣末な時間を過ごしただけだろうか。クロアがいままでにない心境に陥っても、なおダムトは「タオは信用できる男です」と従者らしい助言を行なった。
タグ:クロア
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