2019年04月19日
クロア篇−7章6
「ほら、あそこの三人。大物のにおいがプンプンする」
ナーマの案内により、クロアたちは町一番と評判の酒場に来た。ナーマがねらいをつけた者とは、兜を被った巨漢と、布を頭に巻いた長身の男と、青みがかった銀髪の女の三人。巨漢以外の男女は帯剣している。三人の見てくれは魔人でなくとも強そうだった。
クロアはベニトラを抱えて、店の食卓に着席する。レジィとマキシも普通の客として席に座り、異彩を放つ三人に注目した。ナーマは座らず、クロアにぴったりと寄り添う。
「あいつら、かなり長生きしてるみたいよぉ」
「見た目は人間と変わらないわね……」
「魔族は雰囲気でわかるの。魂に刻んだ年齢を見るって感じ」
「長生きしている魔人なら有名なのかしら。マキシ、あの外見でだれか思いつく?」
マキシは魔人の集団を凝視しながらうめく。
「うむむむ、もしや……あの水色か銀色の長髪の女性は、有名な飛竜じゃないか?」
「飛竜? 竜が人に化けているの?」
「ああ! 高い魔力を持つ魔獣は人に変化できる。竜も例外じゃない」
「それで、その竜はどう有名なのかご存知?」
「名前はミアキス。おそろしく剣の腕が立つそうだ」
「竜なのに剣術が得意なの? 変わってるわね……」
「それはご主人さまの趣味さ。あの男の剣士……彼が高名な剣豪ならば曲刀を提げているはずなんだが──」
マキシはさらに目を凝らした。客の合間から剣士の武器を確認する。その鞘の形状は直線を描いていた。魔族に詳しい青年は首をひねる。
「うーん? 普通の直剣みたいだな……」
レジィが「あの剣士をだれだと思ったんですか?」と聞くと、青年は財布から金貨を一枚出した。硬貨の中央には髪の長い女性の横顔が浮き彫りになっている。
「この女性はどういう人物か、知っているかな? さぁ公女!」
「なんですの、いきなり……」
とまどいつつもクロアは懸命に硬貨に彫られた人物を思い出す。該当する人物は三名。ひとりはこの聖王国のむかしの王。硬貨の中の彼は中年の男性の顔をしている。この人物ではない。もうひとりは帝王国のむかしの女王。硬貨の彼女は兜を被る、中性的な顔をしていた。この人物でもない。のこるは剣王国の、女王ではなく王妃とも異なる女性──
「大昔の剣王国の王族でしょう。剣術が巧みで、ひとつの流派を生み出した始祖……」
「おお、よくおぼえていたね」
「それくらい教わりましたわ。この大陸の住民すべての常識ですもの」
なによりこの三名はクロアにとっておぼえやすい人物だった。彼らはみな、武勇を誇った著名人である。その勇壮な伝記はクロアの興味を惹きつけ、長年記憶の原型をとどめている。
「その女性と魔人がどう関係しますの?」
「このウルミラ王弟妃に剣術を教えた魔人がいる」
「? そんなお話、あったかしら……」
「表向きはウルミラが自力で剣術を体得したものとして伝わっている。だから僕が言うことは正規の歴史の外にある話だ。真相はともかく、彼女の師匠は魔人一の武芸者だとも言われる」
魔人一の武芸者。その肩書きはクロアの胸にずんとのしかかった。その強さを知りたい、と興味が湧いたのだ。
「それはぜひとも屋敷にお招きしたいですわ」
「でも彼ぐらいの強者になると、盗賊退治だなんてみみっちい仕事は──」
マキシが説明の途中で体を強張らせた。目線だけが上部へと泳ぐ。
「あいつが一番たぁ、聞き捨てならんなあ!」
巨漢がクロアたちの席に押し寄せた。彼は口にふくんだ食べ物をごくんと飲み、マキシの顔をのぞきこむ。マキシは椅子がかたむくほどに上半身をのけぞらせた。完全にビビっている。
「学者さんよぉ、ワシのことはどういうふうにニンゲンに伝わってんだ?」
「いや、あの……どうして僕の話を?」
蓬髪の巨漢は自身の耳を引っ張り「ワシは耳がいいんだよ」とにんまり笑う。
「で、だ。アンタは魔人のエーベリックをどんなやつだと思ってる?」
「え……あだ名はリックといって、大飯食らいで、珍味な食材や料理には目がないとか……」
巨漢が額に手を当て、頭を左右にふって残念がる。
「っかー! ワシは食うしか能がねえと思ってやがる。これだからニンゲンはイヤだぜ」
巨漢がマキシとレジィの間にある空席にどっかと座った。彼は右手で頬杖をついて、大胆不敵な雰囲気をつくる。
「魔人の特徴はひとつしかねえってのか? チュールは剣、クラメンスは医療、ブリガンディは統率者ってえ感じでよ」
統率者、に該当する魔人がクロアにはわからなかった。話題に逸れることを承知で口に出す。
「『統率者』とは魔界を統べる王のことかしら?」
荒々しかった巨漢が急に目を伏せ、口をとがらせる。
「魔王のことを言ってんならちがうぜ。シーバはおっちんじまった」
「マオウ……?」
クロアはその名称が意味する存在を知っていたものの、特定できなかった。そうよばれた魔人は二体いるのだ。それゆえ隣席のマキシに「どっちの?」とたずねた。マキシはあきれて、
「そりゃきみ、二代目のほうだよ。初代はとっくのむかしに滅んでいるんだからね」
と、クロアに耳打ちした。マキシの小声で発した言葉は巨漢の耳にも届いており、その大きな頭をうんうんとうごかす。
「最初の魔王の子が、シーバだ。つっても魔王の子なんざ、うじゃうじゃいたがな。特別なもんじゃねえ」
クロアは話が脱線するのを承知で、マキシに「そうなの?」と聞いた。彼はまた耳打ちする。
「そうだよ、かなり好色な魔人だったらしくてね。女性だけに飽き足らず、獣も男性も、人型の女性に変化させてから、子を産ませたとか」
「他者の姿を、変化させる?」
「ずば抜けた魔力をもつ者だからできる芸当だ。そうまでして自分の種をこの世界にばらまきたかったんだろう」
クロアにはどうもすぐに飲み込めない話だ。しかしいつまでもマキシの解説を聞いていては、せっかくの戦士候補が話に飽きて、去ってしまうかもしれない。そう考えたクロアは話題の軸を元にもどす。
「ところで、そのブリガンディさんはどういう立場の魔人なんですの?」
「んあ? どういうって……どう言えばいいんだろうな」
大食漢の魔人が天井を見上げた。言葉をひねり出そうとしている。その間にマキシがそっとクロアに教える。
「……魔王とは別に、大勢の魔族をとりまとめる者がいるんだ。それがブリガンディ。魔人の中でもっとも気位が高い竜騎士だという」
リックが破顔して「おう、それだ!」とマキシの説明に大声で同調した。同意を得られたマキシはびくびくして、はにかむ。
「は、はぁ……」
逃げ腰なマキシはクロアに小声で「なんできみは普通に話ができるんだ?」と聞いてくる。
「相手は歴戦の魔人なんだぞ。こわくないのか?」
「過去がどうであれ、いまはお食事をしに来られたお客人ですわ。ヘタに警戒したほうが無礼に当たると思いません?」
リックが豪快に笑う。クロア以外はその大声で驚いた。
「こっち住まいの『ニンゲン』のわりに、よくわかってるじゃねえか」
クロアは違和感をおぼえた。自分が魔族混じりであるのに、そのことにまったく気づかないかのような発言だったからだ。
(ベニトラとナーマはわたしを混血児だと見抜いたのに……?)
ここ最近クロアが会った魔獣と魔人は、クロアを魔障の血を継ぐ者だと造作もなく告げた。これはつまり、人外は人外をひと目で見分ける能力がそなわっていることを示す。
(でも、ヘンではないのかしら。わたしは人間の血が濃いはずだし……)
ベニトラたちはとりわけ、魔障を嗅ぎ分ける感覚がするどいのかもしれない。そのようにクロアは自分を納得させた。
「おめえ、ワシらになんの用だ? 仕事がどうとか言ってたみてえだが」
「わたくし、腕っぷしの強い方をさがしていまして……できればお連れの方もご一緒にお話しできます?」
「ワシはかまわんが、ビビりの学者さんやほそっこい娘は、それでいいのか?」
意外にも巨漢はクロアの連れを気遣ってみせた。レジィは緊張した顔ながらに「クロアさまのお供をします」と言い張り、マキシは手に震えを見せつつ「こんな機会は滅多にない!」と学者魂を見せた。
「アタシは抜けようかな……座る場所、足りないし?」
ナーマはすいっと飛びあがり、酒場を出ていく。クロアは彼女を引き止めなかった。ナーマにはほかの猛者の発見を任せたいので、その自己判断は適切だと思ったのだ。
巨漢が仲間に声をかける。離れた席にいた男女が、料理を手にして近寄ってきた。
ナーマの案内により、クロアたちは町一番と評判の酒場に来た。ナーマがねらいをつけた者とは、兜を被った巨漢と、布を頭に巻いた長身の男と、青みがかった銀髪の女の三人。巨漢以外の男女は帯剣している。三人の見てくれは魔人でなくとも強そうだった。
クロアはベニトラを抱えて、店の食卓に着席する。レジィとマキシも普通の客として席に座り、異彩を放つ三人に注目した。ナーマは座らず、クロアにぴったりと寄り添う。
「あいつら、かなり長生きしてるみたいよぉ」
「見た目は人間と変わらないわね……」
「魔族は雰囲気でわかるの。魂に刻んだ年齢を見るって感じ」
「長生きしている魔人なら有名なのかしら。マキシ、あの外見でだれか思いつく?」
マキシは魔人の集団を凝視しながらうめく。
「うむむむ、もしや……あの水色か銀色の長髪の女性は、有名な飛竜じゃないか?」
「飛竜? 竜が人に化けているの?」
「ああ! 高い魔力を持つ魔獣は人に変化できる。竜も例外じゃない」
「それで、その竜はどう有名なのかご存知?」
「名前はミアキス。おそろしく剣の腕が立つそうだ」
「竜なのに剣術が得意なの? 変わってるわね……」
「それはご主人さまの趣味さ。あの男の剣士……彼が高名な剣豪ならば曲刀を提げているはずなんだが──」
マキシはさらに目を凝らした。客の合間から剣士の武器を確認する。その鞘の形状は直線を描いていた。魔族に詳しい青年は首をひねる。
「うーん? 普通の直剣みたいだな……」
レジィが「あの剣士をだれだと思ったんですか?」と聞くと、青年は財布から金貨を一枚出した。硬貨の中央には髪の長い女性の横顔が浮き彫りになっている。
「この女性はどういう人物か、知っているかな? さぁ公女!」
「なんですの、いきなり……」
とまどいつつもクロアは懸命に硬貨に彫られた人物を思い出す。該当する人物は三名。ひとりはこの聖王国のむかしの王。硬貨の中の彼は中年の男性の顔をしている。この人物ではない。もうひとりは帝王国のむかしの女王。硬貨の彼女は兜を被る、中性的な顔をしていた。この人物でもない。のこるは剣王国の、女王ではなく王妃とも異なる女性──
「大昔の剣王国の王族でしょう。剣術が巧みで、ひとつの流派を生み出した始祖……」
「おお、よくおぼえていたね」
「それくらい教わりましたわ。この大陸の住民すべての常識ですもの」
なによりこの三名はクロアにとっておぼえやすい人物だった。彼らはみな、武勇を誇った著名人である。その勇壮な伝記はクロアの興味を惹きつけ、長年記憶の原型をとどめている。
「その女性と魔人がどう関係しますの?」
「このウルミラ王弟妃に剣術を教えた魔人がいる」
「? そんなお話、あったかしら……」
「表向きはウルミラが自力で剣術を体得したものとして伝わっている。だから僕が言うことは正規の歴史の外にある話だ。真相はともかく、彼女の師匠は魔人一の武芸者だとも言われる」
魔人一の武芸者。その肩書きはクロアの胸にずんとのしかかった。その強さを知りたい、と興味が湧いたのだ。
「それはぜひとも屋敷にお招きしたいですわ」
「でも彼ぐらいの強者になると、盗賊退治だなんてみみっちい仕事は──」
マキシが説明の途中で体を強張らせた。目線だけが上部へと泳ぐ。
「あいつが一番たぁ、聞き捨てならんなあ!」
巨漢がクロアたちの席に押し寄せた。彼は口にふくんだ食べ物をごくんと飲み、マキシの顔をのぞきこむ。マキシは椅子がかたむくほどに上半身をのけぞらせた。完全にビビっている。
「学者さんよぉ、ワシのことはどういうふうにニンゲンに伝わってんだ?」
「いや、あの……どうして僕の話を?」
蓬髪の巨漢は自身の耳を引っ張り「ワシは耳がいいんだよ」とにんまり笑う。
「で、だ。アンタは魔人のエーベリックをどんなやつだと思ってる?」
「え……あだ名はリックといって、大飯食らいで、珍味な食材や料理には目がないとか……」
巨漢が額に手を当て、頭を左右にふって残念がる。
「っかー! ワシは食うしか能がねえと思ってやがる。これだからニンゲンはイヤだぜ」
巨漢がマキシとレジィの間にある空席にどっかと座った。彼は右手で頬杖をついて、大胆不敵な雰囲気をつくる。
「魔人の特徴はひとつしかねえってのか? チュールは剣、クラメンスは医療、ブリガンディは統率者ってえ感じでよ」
統率者、に該当する魔人がクロアにはわからなかった。話題に逸れることを承知で口に出す。
「『統率者』とは魔界を統べる王のことかしら?」
荒々しかった巨漢が急に目を伏せ、口をとがらせる。
「魔王のことを言ってんならちがうぜ。シーバはおっちんじまった」
「マオウ……?」
クロアはその名称が意味する存在を知っていたものの、特定できなかった。そうよばれた魔人は二体いるのだ。それゆえ隣席のマキシに「どっちの?」とたずねた。マキシはあきれて、
「そりゃきみ、二代目のほうだよ。初代はとっくのむかしに滅んでいるんだからね」
と、クロアに耳打ちした。マキシの小声で発した言葉は巨漢の耳にも届いており、その大きな頭をうんうんとうごかす。
「最初の魔王の子が、シーバだ。つっても魔王の子なんざ、うじゃうじゃいたがな。特別なもんじゃねえ」
クロアは話が脱線するのを承知で、マキシに「そうなの?」と聞いた。彼はまた耳打ちする。
「そうだよ、かなり好色な魔人だったらしくてね。女性だけに飽き足らず、獣も男性も、人型の女性に変化させてから、子を産ませたとか」
「他者の姿を、変化させる?」
「ずば抜けた魔力をもつ者だからできる芸当だ。そうまでして自分の種をこの世界にばらまきたかったんだろう」
クロアにはどうもすぐに飲み込めない話だ。しかしいつまでもマキシの解説を聞いていては、せっかくの戦士候補が話に飽きて、去ってしまうかもしれない。そう考えたクロアは話題の軸を元にもどす。
「ところで、そのブリガンディさんはどういう立場の魔人なんですの?」
「んあ? どういうって……どう言えばいいんだろうな」
大食漢の魔人が天井を見上げた。言葉をひねり出そうとしている。その間にマキシがそっとクロアに教える。
「……魔王とは別に、大勢の魔族をとりまとめる者がいるんだ。それがブリガンディ。魔人の中でもっとも気位が高い竜騎士だという」
リックが破顔して「おう、それだ!」とマキシの説明に大声で同調した。同意を得られたマキシはびくびくして、はにかむ。
「は、はぁ……」
逃げ腰なマキシはクロアに小声で「なんできみは普通に話ができるんだ?」と聞いてくる。
「相手は歴戦の魔人なんだぞ。こわくないのか?」
「過去がどうであれ、いまはお食事をしに来られたお客人ですわ。ヘタに警戒したほうが無礼に当たると思いません?」
リックが豪快に笑う。クロア以外はその大声で驚いた。
「こっち住まいの『ニンゲン』のわりに、よくわかってるじゃねえか」
クロアは違和感をおぼえた。自分が魔族混じりであるのに、そのことにまったく気づかないかのような発言だったからだ。
(ベニトラとナーマはわたしを混血児だと見抜いたのに……?)
ここ最近クロアが会った魔獣と魔人は、クロアを魔障の血を継ぐ者だと造作もなく告げた。これはつまり、人外は人外をひと目で見分ける能力がそなわっていることを示す。
(でも、ヘンではないのかしら。わたしは人間の血が濃いはずだし……)
ベニトラたちはとりわけ、魔障を嗅ぎ分ける感覚がするどいのかもしれない。そのようにクロアは自分を納得させた。
「おめえ、ワシらになんの用だ? 仕事がどうとか言ってたみてえだが」
「わたくし、腕っぷしの強い方をさがしていまして……できればお連れの方もご一緒にお話しできます?」
「ワシはかまわんが、ビビりの学者さんやほそっこい娘は、それでいいのか?」
意外にも巨漢はクロアの連れを気遣ってみせた。レジィは緊張した顔ながらに「クロアさまのお供をします」と言い張り、マキシは手に震えを見せつつ「こんな機会は滅多にない!」と学者魂を見せた。
「アタシは抜けようかな……座る場所、足りないし?」
ナーマはすいっと飛びあがり、酒場を出ていく。クロアは彼女を引き止めなかった。ナーマにはほかの猛者の発見を任せたいので、その自己判断は適切だと思ったのだ。
巨漢が仲間に声をかける。離れた席にいた男女が、料理を手にして近寄ってきた。
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