2019年04月22日
クロア篇−7章7
「俺はお前の召使いじゃないんだぞ」
長身の男剣士が愚痴りながら料理をもってきた。続く女剣士も、さきほど座っていた席にあった葡萄酒と酒杯を卓上に置いた。女剣士は一言も発さず、むすっとした表情でいる。こちらは無口なようだ。
剣士の二人組は椅子に座らず、クロアたちの顔ぶれを確認する。
「冒険者仲間、にしては気品があるように見えるな」
クロアは育ちの良さを見抜かれ、いたく満足する。
「ふふん、魔界育ちの魔人にも人を見る目がおありなのね」
「どこの神官の娘だ?」
「神官?」
クロアはこの場で一番聖職者にちかしい少女を見た。するとレジィの隣りに剣士が座っている。おまけに彼は少女の手をにぎっていた。
「あ、あたしは……ふつうの、平民です」
レジィの顔は赤い。彼女は剣士から顔をそむけて、クロアに助けを求める視線を送ってきた。クロアはその救援に応じる。
「わたしの従者にちょっかいをかけないでくださる?」
キツく言ったつもりだったが、剣士は堪えない。
「手をとるくらいいいだろう」
まったくわるびれていない返答だ。クロアはマキシのほうへ上体を寄せて「なんなんですのあの男は」と質問した。マキシが答えるまえにリックが「見てのとおりだ」と言う。
「三度の飯より女が好きなんだ。剣仙だなんだともてはやされてっけど、ワシから見りゃ女にだらしねえだけの男だ」
「どうとでも言え。俺が生きるために必要なことだ」
「おめえも夢魔と変わんねえな。他人の精気を吸い続けなきゃならんってのは」
リックは鳥足のから揚げに食らいついた。それきり食事にかかりきりになる。リックのほうから話すことはもうないようだ。
食事に夢中な巨漢に代わり、男剣士がクロアの話を聞くことになる。
「用件を聞かせてもらうか」
「話のまえに、レジィから離れていただけます?」
クロアはあくまでも穏便な態度を心がける。
「その子はわたくしの護衛です。男性をたのしませる遊女ではありません」
「ずいぶんと潔癖なことだ。この程度で俺がこの娘を遊女あつかいしているだと?」
「あら、そのつもりがないとおっしゃるの? でしたら代わりにこの子をお渡ししますわ」
クロアは成猫の大きさのベニトラを掲げた。剣士は目をまるくする。
「どういうつもりだ?」
「お手がヒマなのでしょ。この猫をお好きなだけさわってもよろしいですわ」
クロアは「退屈しのぎになりましてよ」と丁寧に提案した。クロアなりに譲歩した交渉だったが、剣士は鼻で笑う。
「ふん、そんな獣にはなんのおもしろみもない」
「では手ぶらでお話をする、ということでよろしい?」
「そうもいかんな」
話は平行線をたどった。クロアはいい加減に嫌気がさしてきて、色魔を目で殺す勢いでねめつける。
「あんまりしつこいと、無理にでも引き離すことになりますわ」
剣士も目が据わる。このときになってやっと彼はレジィの手をはなした。
「気の強い女だな。俺の名を知ってなお挑発するか」
「挑発だなんてとんでもありません。わたくしは正当な申し立てをしておりますの」
「俺の機嫌を損ねれば命が無いとは思わないのか」
「そのときは、あなたも無傷ではいられませんわ」
剣士の殺気がクロアに突き刺さる。敵意を向けられてなおクロアは眼力を緩めない。
「あなたがどれほどお強いのか存知あげませんが……強い者は他者への礼を失してよい、だなんてバカげた道理はありませんのよ」
以後、無言のにらみ合いになる。クロアは腰に提げた杖をにぎり、警戒態勢をとる。もう片方の手で、膝の上にいるベニトラの背をかるく叩いた。乱闘が発生した際はベニトラの助太刀が必須。その意思を手で伝えているのだが、ベニトラは四肢を投げ出していた。
(この殺気を感じとれないはずは……?)
ベニトラはのんきに伸びたままだ。血を見る未来など起こりえない、とばかりに。
「からかうのはよせよ、チュール」
咀嚼音のまざった勧告が入った。リックは酒で口の中を一掃する。
「おめえが女と遊ぶのが好きだっつうのはわかるが、いまやることじゃねえだろ?」
クロアは「遊び?」と疑問に思い、下を見る。くつろいでいた猫は長い尻尾を立てて、クロアの頬をなでた。もう大丈夫、と言いたげだ。
「あの、どういうことですの?」
クロアはリックのほうにたずねた。彼は首をこきこきと鳴らす。
「こいつが女を殺すわけがねえ。どんな赤ん坊や老いぼれでもな」
剣士はふくみ笑いをした。マキシがほっとした様子で「文献によると」と解説を始める。
「大昔の大戦では神族の軍も人の兵隊にも女性を従軍させたそうだ。理由は、わかるかい?」
「もしかして、この魔人が……本気を出さないようにするため?」
「そうだ。そう知っていても、この空気じゃ本当に殺し合いになるかと思ったよ」
マキシは顔ににじんだ脂汗を手巾でぬぐう。レジィも大きなため息を吐いて、緊張をほぐした。二人はすっかり安堵の域だが、クロアは不機嫌になる。
「趣味のわるい冗談だわ! わたし、ますます不愉快になりましてよ」
「そう怒るな。俺はおまえのほうが好みだ」
「あなたの好みなんてどーでもよろしいわ!」
クロアは話の通じない男を放っておき、自身の膝にいる猫の両脇を抱えあげた。ベニトラのすまし顔をしっかと見つめる。
「この魔人に敵意がないと知ってたのでしょ。どうして教えてくれないの?」
「この身で教えた」
たしかにベニトラのくつろぎぷりには違和感をおぼえた。だが確証のもてる態度ではなかった。それゆえクロアは半ばあきらめた調子で「ちゃんとしゃべってちょうだい」と苦言を呈した。
長身の男剣士が愚痴りながら料理をもってきた。続く女剣士も、さきほど座っていた席にあった葡萄酒と酒杯を卓上に置いた。女剣士は一言も発さず、むすっとした表情でいる。こちらは無口なようだ。
剣士の二人組は椅子に座らず、クロアたちの顔ぶれを確認する。
「冒険者仲間、にしては気品があるように見えるな」
クロアは育ちの良さを見抜かれ、いたく満足する。
「ふふん、魔界育ちの魔人にも人を見る目がおありなのね」
「どこの神官の娘だ?」
「神官?」
クロアはこの場で一番聖職者にちかしい少女を見た。するとレジィの隣りに剣士が座っている。おまけに彼は少女の手をにぎっていた。
「あ、あたしは……ふつうの、平民です」
レジィの顔は赤い。彼女は剣士から顔をそむけて、クロアに助けを求める視線を送ってきた。クロアはその救援に応じる。
「わたしの従者にちょっかいをかけないでくださる?」
キツく言ったつもりだったが、剣士は堪えない。
「手をとるくらいいいだろう」
まったくわるびれていない返答だ。クロアはマキシのほうへ上体を寄せて「なんなんですのあの男は」と質問した。マキシが答えるまえにリックが「見てのとおりだ」と言う。
「三度の飯より女が好きなんだ。剣仙だなんだともてはやされてっけど、ワシから見りゃ女にだらしねえだけの男だ」
「どうとでも言え。俺が生きるために必要なことだ」
「おめえも夢魔と変わんねえな。他人の精気を吸い続けなきゃならんってのは」
リックは鳥足のから揚げに食らいついた。それきり食事にかかりきりになる。リックのほうから話すことはもうないようだ。
食事に夢中な巨漢に代わり、男剣士がクロアの話を聞くことになる。
「用件を聞かせてもらうか」
「話のまえに、レジィから離れていただけます?」
クロアはあくまでも穏便な態度を心がける。
「その子はわたくしの護衛です。男性をたのしませる遊女ではありません」
「ずいぶんと潔癖なことだ。この程度で俺がこの娘を遊女あつかいしているだと?」
「あら、そのつもりがないとおっしゃるの? でしたら代わりにこの子をお渡ししますわ」
クロアは成猫の大きさのベニトラを掲げた。剣士は目をまるくする。
「どういうつもりだ?」
「お手がヒマなのでしょ。この猫をお好きなだけさわってもよろしいですわ」
クロアは「退屈しのぎになりましてよ」と丁寧に提案した。クロアなりに譲歩した交渉だったが、剣士は鼻で笑う。
「ふん、そんな獣にはなんのおもしろみもない」
「では手ぶらでお話をする、ということでよろしい?」
「そうもいかんな」
話は平行線をたどった。クロアはいい加減に嫌気がさしてきて、色魔を目で殺す勢いでねめつける。
「あんまりしつこいと、無理にでも引き離すことになりますわ」
剣士も目が据わる。このときになってやっと彼はレジィの手をはなした。
「気の強い女だな。俺の名を知ってなお挑発するか」
「挑発だなんてとんでもありません。わたくしは正当な申し立てをしておりますの」
「俺の機嫌を損ねれば命が無いとは思わないのか」
「そのときは、あなたも無傷ではいられませんわ」
剣士の殺気がクロアに突き刺さる。敵意を向けられてなおクロアは眼力を緩めない。
「あなたがどれほどお強いのか存知あげませんが……強い者は他者への礼を失してよい、だなんてバカげた道理はありませんのよ」
以後、無言のにらみ合いになる。クロアは腰に提げた杖をにぎり、警戒態勢をとる。もう片方の手で、膝の上にいるベニトラの背をかるく叩いた。乱闘が発生した際はベニトラの助太刀が必須。その意思を手で伝えているのだが、ベニトラは四肢を投げ出していた。
(この殺気を感じとれないはずは……?)
ベニトラはのんきに伸びたままだ。血を見る未来など起こりえない、とばかりに。
「からかうのはよせよ、チュール」
咀嚼音のまざった勧告が入った。リックは酒で口の中を一掃する。
「おめえが女と遊ぶのが好きだっつうのはわかるが、いまやることじゃねえだろ?」
クロアは「遊び?」と疑問に思い、下を見る。くつろいでいた猫は長い尻尾を立てて、クロアの頬をなでた。もう大丈夫、と言いたげだ。
「あの、どういうことですの?」
クロアはリックのほうにたずねた。彼は首をこきこきと鳴らす。
「こいつが女を殺すわけがねえ。どんな赤ん坊や老いぼれでもな」
剣士はふくみ笑いをした。マキシがほっとした様子で「文献によると」と解説を始める。
「大昔の大戦では神族の軍も人の兵隊にも女性を従軍させたそうだ。理由は、わかるかい?」
「もしかして、この魔人が……本気を出さないようにするため?」
「そうだ。そう知っていても、この空気じゃ本当に殺し合いになるかと思ったよ」
マキシは顔ににじんだ脂汗を手巾でぬぐう。レジィも大きなため息を吐いて、緊張をほぐした。二人はすっかり安堵の域だが、クロアは不機嫌になる。
「趣味のわるい冗談だわ! わたし、ますます不愉快になりましてよ」
「そう怒るな。俺はおまえのほうが好みだ」
「あなたの好みなんてどーでもよろしいわ!」
クロアは話の通じない男を放っておき、自身の膝にいる猫の両脇を抱えあげた。ベニトラのすまし顔をしっかと見つめる。
「この魔人に敵意がないと知ってたのでしょ。どうして教えてくれないの?」
「この身で教えた」
たしかにベニトラのくつろぎぷりには違和感をおぼえた。だが確証のもてる態度ではなかった。それゆえクロアは半ばあきらめた調子で「ちゃんとしゃべってちょうだい」と苦言を呈した。
タグ:クロア
この記事へのコメント
コメントを書く