2019年03月03日
クロア篇−5章3
クロアはベニトラに騎乗したまま町の上空をぶらついた。足の下には夜景が広がる。普段は見られない景色だ。希少価値のあるものを観覧するうちに、高揚感に満ちあふれた。
「町の上を飛ぶの、結構いいわね。いつもはできないことよ」
「……はい」
無口なソルフが返答した。クロアと二人きりになったいま、受け答えをせねばならぬという自覚がソルフにできあがったらしい。本当はベニトラも会話に加われるのだが、こちらの獣もおしゃべりをこのまない気質のようで、会話は弾まない。彼らがそういう性格だとクロアは承知しているため、とくになんとも思わなかった。
クロアは地上にいるダムトの水色の頭を捜す。しかし通行人の髪色がはっきりしない。
「んー、もうちょっと高度を下げたいわね。人の区別ができないわ」
クロアの視界に映るものが拡大する。ベニトラが徐々に降下したのだ。高度は高い建物の屋根に跳び移れるほどになる。クロアは大通りを見下ろした。そこで興味深い人を見つける。鎧を着用し、外套を背にまとう人物。肩には長い棒が置かれていた。棒の先端は幅の太い革袋で隠されている。その形状ゆえに、革袋の下に刃があるのだとクロアは察する。
「槍を担いだ人がいるわ。ベニトラ、追ってちょうだい」
「刃の類は見えぬ」
「革袋でおおっているのよ、直槍のようだから長い棍棒に見えるでしょうけど」
「鎧を着た戦士か」
「そう、外套も羽織っているわ」
注目の対象が一致したベニトラは更に下降する。家屋の二階程度の高さを保持しつつ、槍を持つ戦士を追いかける。戦士の体格は男性だ。頭髪が白いので、老齢かもしれない。
(老戦士でもお強い人はいらっしゃるもの。候補になるわ)
その根拠は聖王国の右隣りに位置する帝王国の先王だ。クロアは幼い頃から武断の王に多大な関心を寄せている。ちかごろの噂によれば、かの王はボーゼンより年長でありながら、いまだ武芸の腕が衰えず、凶悪な魔獣を屈服させたとある。クロアは傭兵にそこまでの強さを求めないが、目の前の人物が強者だという期待は持てた。
(でもいまは話しかけられないわね。術の解除方法を知らないし)
せめて戦士の宿泊先を確認できないものか、とクロアはやきもきしながら追跡する。すると戦士の肩からなにかが上昇した。白い鳥のようだ。だが足が四本ある。虎などの哺乳類を鳥の外観に変えたような形態だ。その特徴はこの国でよく招獣に利用される大鳥の魔獣に通じる。つまり、戦士は小さく変化できる招獣を連れているようだ。
白い飛獣がぎゃうぎゃう鳴いた。獣の鳴き声は、不可視のクロアに向けて発せられる。クロアは一度この場を離れようと思った。だが戦士が立ち止まったのを見て、思いとどまる。後ろを振り向いたその顔は、四十代の男性。クロアが想定した年齢より十は若い。
「どうした、ベイレ」
白髪の戦士は吠える獣の視線をたどる。クロアは彼と目が合い、気まずくなる。
「トンボ? 夜は眠るというが……」
彼はクロアの肩に止まる昆虫に着目した。招術士はクロアに気付かぬものの、白の飛獣はこちらに攻撃せんばかりにわめく。クロアが戦士を尾行するのを、怒っているようだ。
ふと昆虫が飛び上がった。すーっと家屋の屋根を越える。
(ダムトが呼んでいるのね!)
クロアを乗せるベニトラがトンボを追跡する。逐一命じなくともベニトラは次すべき行動をよくわかってくれる。そのことにクロアは感心した。
なぜか後ろで羽ばたく音がする。クロアが振り向くと先ほどの白い飛獣がきている。
「あなたのご主人にわるさする気はありませんわよ!」
抗議むなしく、クロアはくちばしのつつき攻撃を受ける。クロアは飛獣を手酷く追い返すわけにもいかず、一度拘束することにした。四つ足の鳥の首根っこを捕まえる。手中の鳥は暴れるが、かまっていられない。先行する昆虫はすでにダムトを追い、降下していた。
「町の上を飛ぶの、結構いいわね。いつもはできないことよ」
「……はい」
無口なソルフが返答した。クロアと二人きりになったいま、受け答えをせねばならぬという自覚がソルフにできあがったらしい。本当はベニトラも会話に加われるのだが、こちらの獣もおしゃべりをこのまない気質のようで、会話は弾まない。彼らがそういう性格だとクロアは承知しているため、とくになんとも思わなかった。
クロアは地上にいるダムトの水色の頭を捜す。しかし通行人の髪色がはっきりしない。
「んー、もうちょっと高度を下げたいわね。人の区別ができないわ」
クロアの視界に映るものが拡大する。ベニトラが徐々に降下したのだ。高度は高い建物の屋根に跳び移れるほどになる。クロアは大通りを見下ろした。そこで興味深い人を見つける。鎧を着用し、外套を背にまとう人物。肩には長い棒が置かれていた。棒の先端は幅の太い革袋で隠されている。その形状ゆえに、革袋の下に刃があるのだとクロアは察する。
「槍を担いだ人がいるわ。ベニトラ、追ってちょうだい」
「刃の類は見えぬ」
「革袋でおおっているのよ、直槍のようだから長い棍棒に見えるでしょうけど」
「鎧を着た戦士か」
「そう、外套も羽織っているわ」
注目の対象が一致したベニトラは更に下降する。家屋の二階程度の高さを保持しつつ、槍を持つ戦士を追いかける。戦士の体格は男性だ。頭髪が白いので、老齢かもしれない。
(老戦士でもお強い人はいらっしゃるもの。候補になるわ)
その根拠は聖王国の右隣りに位置する帝王国の先王だ。クロアは幼い頃から武断の王に多大な関心を寄せている。ちかごろの噂によれば、かの王はボーゼンより年長でありながら、いまだ武芸の腕が衰えず、凶悪な魔獣を屈服させたとある。クロアは傭兵にそこまでの強さを求めないが、目の前の人物が強者だという期待は持てた。
(でもいまは話しかけられないわね。術の解除方法を知らないし)
せめて戦士の宿泊先を確認できないものか、とクロアはやきもきしながら追跡する。すると戦士の肩からなにかが上昇した。白い鳥のようだ。だが足が四本ある。虎などの哺乳類を鳥の外観に変えたような形態だ。その特徴はこの国でよく招獣に利用される大鳥の魔獣に通じる。つまり、戦士は小さく変化できる招獣を連れているようだ。
白い飛獣がぎゃうぎゃう鳴いた。獣の鳴き声は、不可視のクロアに向けて発せられる。クロアは一度この場を離れようと思った。だが戦士が立ち止まったのを見て、思いとどまる。後ろを振り向いたその顔は、四十代の男性。クロアが想定した年齢より十は若い。
「どうした、ベイレ」
白髪の戦士は吠える獣の視線をたどる。クロアは彼と目が合い、気まずくなる。
「トンボ? 夜は眠るというが……」
彼はクロアの肩に止まる昆虫に着目した。招術士はクロアに気付かぬものの、白の飛獣はこちらに攻撃せんばかりにわめく。クロアが戦士を尾行するのを、怒っているようだ。
ふと昆虫が飛び上がった。すーっと家屋の屋根を越える。
(ダムトが呼んでいるのね!)
クロアを乗せるベニトラがトンボを追跡する。逐一命じなくともベニトラは次すべき行動をよくわかってくれる。そのことにクロアは感心した。
なぜか後ろで羽ばたく音がする。クロアが振り向くと先ほどの白い飛獣がきている。
「あなたのご主人にわるさする気はありませんわよ!」
抗議むなしく、クロアはくちばしのつつき攻撃を受ける。クロアは飛獣を手酷く追い返すわけにもいかず、一度拘束することにした。四つ足の鳥の首根っこを捕まえる。手中の鳥は暴れるが、かまっていられない。先行する昆虫はすでにダムトを追い、降下していた。
タグ:クロア
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