2019年02月05日
クロア篇−3章4
クロアはベニトラの首輪を買い終えた。クロアが商品の詰まったカゴを抱えてくると、路上で待機していたエメリが目を丸くする。
「たくさん購入されましたね」
彼女はクロアが大量に品物を持ってきたことにおどろいた。クロアもはじめは首輪の購入のみが目当てだったので、たしかにこの収穫物の多さは意外だと客観視する。
「あ、このカゴと品物は首輪のおまけでもらったの」
女性御者はクロアの肩につかまるベニトラを見る。
「ではその首輪にけっこうな値がついていたのですか?」
「そう、八万ですって。高い?」
裕福な家庭出身のエメリはかえって平静な態度にもどる。
「並みの兵装が一式そろうくらいですね」
「兜や胸当てに、武器も?」
「はい、小手やすね当てなども、量販されたものならその予算でおさまるかと」
兵士ひとりの装備にかかる金と同等。そう表現されるとクロアは投資の甲斐があるような気がする。
「この子の戦力は兵士が何人束になってもくらべられないわ」
「はい、投資にふさわしい活躍を今後期待しましょう。ところで、次に向かう場所のご希望はありますか?」
「店の人の勧めで、同業組合に行きたいのだけれど……」
クロアは町へ出かける直前、戦士捜しによい場所はあるかエメリにたずねたことを思い出す。そのとき彼女は「考えておきます」と答えていた。
「エメリはほかにもいい場所を知ってる?」
「いえ、組合がよいと思います。やはり仕事を求めに人が集まる場ですし、戦いの心得がある相手なら話は聞いてくれるでしょう」
「組合の人にもたのんでみるわ。荒事の仕事を探す人がきたら、公女からの依頼があることを紹介してみて、って」
行き先は決まった。クロアたちは馬車へ乗りこむ。カゴはクロアの座席の隣りに置いた。この荷物で人ひとり分の座席を占領している。それゆえ、クロアは戦士を勧誘できても人数が多いと同乗はむずかしい、というぜいたくな心配をおぼえた。
道中、クロアは車窓から往来を見て、強そうな人物が通りがかるか確認する。行けども行けども住民が行き交うばかりだ。
「武器を持ってる人は見かけないわね」
「そういう戦士さんはお仕事中なんじゃないんですか?」
「それもそうよね、昼間だもの」
行商人の護衛に付き添うなり、なんらかの討伐依頼を請け負うなりするにしても、すでに町の外で活動している最中だろう。もしいま町にいたとしたら、仕事が早めに片付いて、一息をついているような人か。あるいは仕事にありつけなかった人か。
「どの時間帯だったら町中で会えると思う?」
「そうですね……朝は出かける準備で忙しいですし、夕方から夜がいいんでしょうか」
「夕飯を食べて、ゆっくり休んでるときをねらうのね」
「はい。夜の外出をクノードさまがお許しになるか、わかりませんけど……」
この町の治安は良いほうだとクロアは思っている。だが、それでも夜は危険が多くなるものだとよく言われた。たとえクロアの親が領主でなくとも、娘の夜歩きを許可したくはないだろう。
「むずかしそうだけど、お父さまを説得してみるわ」
「もしお許しが出たら、いまみたいに馬車で移動するんですか?」
「そうしたほうがよいのでしょうけど、メンドーなのよね……」
クロアは自身の膝にいるベニトラに目を向けた。この飛獣に騎乗すれば町中の移動はかなり手軽になる。馬車では御者ひとりに馬二頭を拘束してしまううえ、大通りのみの移動になるので、小回りが利かない。そのせいで、奥まった場所にある酒場や食事処などは行きにくくなるのだ。
レジィがクロアの意図を察したようで「ダメですよ」と否定しにかかる。
「町中では飛獣に乗っての飛行はしちゃいけないって……それに町の人たちはまだベニーくんのことをこわがってるんです」
「姿を隠せばいけると思うわ」
「ダムトさんの術にたよるんですか?」
「そうよ、あいつは姿を消す術が使えるから」
「でも万能じゃないんですよ。術士や招獣には気付かれることがあるって言います」
「わたしが求めているのは戦士だから平気よ、バレない」
「そういうものでしょうか……?」
レジィは腑に落ちていなかったが、組合に到着したので話は中断した。
クロアたちは同業組合の敷地内で降りた。ここは馬車を停めておける広い庭があり、その見張り役の職員が何人か立っていた。馬や招獣は専用の厩舎があるようで、そちらにも人がいた。
クロアはまたもエメリに馬車の見守りを任せ、建物へ入る。中は横繋ぎの受付が椅子とともにずらりと並んでいた。受付の一つひとつが衝立で隣席と隔離している。どれがどういった受付であるかは、天井より下がる札によって示してあった。
「請負用には種類があるのね」
請負には一般向けと戦士向けの札が二つある。二つの札の間には、どちらの札の範囲なのかわからない受付が続く。線引きの不明瞭な席に、弓矢を背負った男性がいた。体格は申し分なさそうである。
「あら、あの方は候補になりそうだわ」
クロアはさっそく人材を発見できたことに歓喜した。そしてなぜかレジィの黄鼬がキィキィと鳴きはじめる。なにかに反応したらしい。
「マルくん?」
黄色の鼬が招術士の声を無視して、床に下りる。鼬は一目散に弓士の男性のもとへ走った。その男性の肩には茶色の襟巻きが垂れており、その形はレジィの招獣とよく似ていた。
(同じ種類の魔獣かしら?)
仲間を見つけたとおぼしい鼬の後を、レジィが追う。図らずもレジィの鼬が弓士の足止めをしてくれそうだ。クロアの意思を知るレジィもきっと男性に本題を説明してくれるだろう。そう思ったクロアは合流を急がず、周囲を見物した。
「たくさん購入されましたね」
彼女はクロアが大量に品物を持ってきたことにおどろいた。クロアもはじめは首輪の購入のみが目当てだったので、たしかにこの収穫物の多さは意外だと客観視する。
「あ、このカゴと品物は首輪のおまけでもらったの」
女性御者はクロアの肩につかまるベニトラを見る。
「ではその首輪にけっこうな値がついていたのですか?」
「そう、八万ですって。高い?」
裕福な家庭出身のエメリはかえって平静な態度にもどる。
「並みの兵装が一式そろうくらいですね」
「兜や胸当てに、武器も?」
「はい、小手やすね当てなども、量販されたものならその予算でおさまるかと」
兵士ひとりの装備にかかる金と同等。そう表現されるとクロアは投資の甲斐があるような気がする。
「この子の戦力は兵士が何人束になってもくらべられないわ」
「はい、投資にふさわしい活躍を今後期待しましょう。ところで、次に向かう場所のご希望はありますか?」
「店の人の勧めで、同業組合に行きたいのだけれど……」
クロアは町へ出かける直前、戦士捜しによい場所はあるかエメリにたずねたことを思い出す。そのとき彼女は「考えておきます」と答えていた。
「エメリはほかにもいい場所を知ってる?」
「いえ、組合がよいと思います。やはり仕事を求めに人が集まる場ですし、戦いの心得がある相手なら話は聞いてくれるでしょう」
「組合の人にもたのんでみるわ。荒事の仕事を探す人がきたら、公女からの依頼があることを紹介してみて、って」
行き先は決まった。クロアたちは馬車へ乗りこむ。カゴはクロアの座席の隣りに置いた。この荷物で人ひとり分の座席を占領している。それゆえ、クロアは戦士を勧誘できても人数が多いと同乗はむずかしい、というぜいたくな心配をおぼえた。
道中、クロアは車窓から往来を見て、強そうな人物が通りがかるか確認する。行けども行けども住民が行き交うばかりだ。
「武器を持ってる人は見かけないわね」
「そういう戦士さんはお仕事中なんじゃないんですか?」
「それもそうよね、昼間だもの」
行商人の護衛に付き添うなり、なんらかの討伐依頼を請け負うなりするにしても、すでに町の外で活動している最中だろう。もしいま町にいたとしたら、仕事が早めに片付いて、一息をついているような人か。あるいは仕事にありつけなかった人か。
「どの時間帯だったら町中で会えると思う?」
「そうですね……朝は出かける準備で忙しいですし、夕方から夜がいいんでしょうか」
「夕飯を食べて、ゆっくり休んでるときをねらうのね」
「はい。夜の外出をクノードさまがお許しになるか、わかりませんけど……」
この町の治安は良いほうだとクロアは思っている。だが、それでも夜は危険が多くなるものだとよく言われた。たとえクロアの親が領主でなくとも、娘の夜歩きを許可したくはないだろう。
「むずかしそうだけど、お父さまを説得してみるわ」
「もしお許しが出たら、いまみたいに馬車で移動するんですか?」
「そうしたほうがよいのでしょうけど、メンドーなのよね……」
クロアは自身の膝にいるベニトラに目を向けた。この飛獣に騎乗すれば町中の移動はかなり手軽になる。馬車では御者ひとりに馬二頭を拘束してしまううえ、大通りのみの移動になるので、小回りが利かない。そのせいで、奥まった場所にある酒場や食事処などは行きにくくなるのだ。
レジィがクロアの意図を察したようで「ダメですよ」と否定しにかかる。
「町中では飛獣に乗っての飛行はしちゃいけないって……それに町の人たちはまだベニーくんのことをこわがってるんです」
「姿を隠せばいけると思うわ」
「ダムトさんの術にたよるんですか?」
「そうよ、あいつは姿を消す術が使えるから」
「でも万能じゃないんですよ。術士や招獣には気付かれることがあるって言います」
「わたしが求めているのは戦士だから平気よ、バレない」
「そういうものでしょうか……?」
レジィは腑に落ちていなかったが、組合に到着したので話は中断した。
クロアたちは同業組合の敷地内で降りた。ここは馬車を停めておける広い庭があり、その見張り役の職員が何人か立っていた。馬や招獣は専用の厩舎があるようで、そちらにも人がいた。
クロアはまたもエメリに馬車の見守りを任せ、建物へ入る。中は横繋ぎの受付が椅子とともにずらりと並んでいた。受付の一つひとつが衝立で隣席と隔離している。どれがどういった受付であるかは、天井より下がる札によって示してあった。
「請負用には種類があるのね」
請負には一般向けと戦士向けの札が二つある。二つの札の間には、どちらの札の範囲なのかわからない受付が続く。線引きの不明瞭な席に、弓矢を背負った男性がいた。体格は申し分なさそうである。
「あら、あの方は候補になりそうだわ」
クロアはさっそく人材を発見できたことに歓喜した。そしてなぜかレジィの黄鼬がキィキィと鳴きはじめる。なにかに反応したらしい。
「マルくん?」
黄色の鼬が招術士の声を無視して、床に下りる。鼬は一目散に弓士の男性のもとへ走った。その男性の肩には茶色の襟巻きが垂れており、その形はレジィの招獣とよく似ていた。
(同じ種類の魔獣かしら?)
仲間を見つけたとおぼしい鼬の後を、レジィが追う。図らずもレジィの鼬が弓士の足止めをしてくれそうだ。クロアの意思を知るレジィもきっと男性に本題を説明してくれるだろう。そう思ったクロアは合流を急がず、周囲を見物した。
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