2019年02月01日
クロア篇−3章2
店員は招獣用の首輪の棚へクロアたちを案内した。首輪は陳列棚に並ぶものもあれば、鍵付きの透明な戸棚に展示されたものもある。厳重な管理をされた商品のほうは高級な装飾品のごとき待遇だ。その棚を店員が開けた。彼は大粒の淡黄色の宝石がついた帯を取り出す。
「これがおすすめの、伸縮自在の首輪です」
クロアに見せたのち、帯を幼獣形態のベニトラの首に装着する。
「ちゃんと首輪が大きくなるか、こっちで試してみますか」
彼は商品棚同士の間隔が広い場所へ移動した。クロアはベニトラの本当の姿がどれだけ大きいのか覚えていない。念のため、外に出たほうがいいのではないかと思った。が、それはそれで大騒ぎになる。それゆえ店員の指示にしたがった。
クロアは広めな通路にてベニトラの変化を解除させた。ベニトラは一時的に本来の大きさにもどる。その際に店員はベニトラの正体をわかっていながら、おののいてしまった。昨日まで凶悪な魔獣でいた者の姿が、そこにあるせいだ。ベニトラは自身が周囲に畏怖を与える存在だとわかってか、その場に静止した。
ベニトラの首輪は分厚い毛皮の奥に見え隠れしている。クロアはベニトラの首元をさぐった。暖かい毛にまぎれて、首輪の感触をとらえた。その首輪の下に指を入れてみる。密集した毛を押さえれば指が二、三本ほど入る余裕があった。
「これくらいがちょうどいいのかしら。首輪の着け心地はどう?」
「不都合は無し」
「そう。じゃあ首輪を買う方向でいくわよ」
ベニトラの返答はない。おそらくは了承の態度だ。クロアはほかの首輪もいくつか試着してみようと思い、ベニトラの首輪を外そうとした。
「あ、それが一番いいやつなんですよ」
店員はクロアの行動を引き止めにかかる。
「その首輪は長さを変えるだけじゃないんです。術の耐性を高める術具でもあります」
「術の耐性? 術が効きにくくなるということ?」
「そうです。その魔獣がまた同じような凶暴化の術をかけられても、耐えられるということです」
「ふーん、それはよい性能かもしれませんわね」
クロアがそう言うと店員はにっこり笑った。彼はそれきりなにも言わない。実際に術を無効化できるか、という実験はやらないようだ。
(まあ、この人が術士じゃないのなら試しようがないわ)
クロアは術が不得意。レジィも療術以外はさほど得意とは言えない。かろうじてレジィの招獣が術による雷撃を使える程度だ。ただしその術をベニトラにぶつけたとしても、ベニトラ自身の防御力が高ければ道具の効果は計測できない。
(あとは見た目と値段で決めるしかないわ)
クロアはベニトラからすこし距離を置いた。獣と首輪の全体像を正面から見る。朱色の毛皮と、淡黄色の宝石が付いた首輪。この取り合わせは色彩的に問題がないように感じる。
「んー、色はまあまあかしら」
店員は困り顔で「色なんて些細なことを!」と言い出す。
「また変な術のせいで暴れるかどうかってことが重要じゃあないんですか」
「あなたの主張なさることはわかります。けれど、見た目も気に入ってこそ道具は長く使えるのですわ」
店員はクロアの好み次第で推奨商品が買われなくなると知った途端、慌てはじめた。棚にある商品をさぐり、ひとつ持ってくる。固形の薬がつまった小瓶のようだ。
「これ、疲れた招獣の回復に効く薬です。首輪を買ってくださればおまけしますよ!」
「回復薬……使う機会はあるでしょうね。でも──」
苦い薬の服用はだれしも嫌がるもの。そんな考えからクロアはベニトラの顔をうかがう。
「もっと食べやすいものがいいかしら?」
朱色の猛獣は頭をかしげ、なにも言わなかった。すると店員はまた別の商品を取ってくる。
「お菓子感覚で食べられるものもあります。これもお付けしましょう」
「それはありがたいのですけど……」
クロアはさっきから見せつけてくる店員の情熱に困惑する。
「なぜわたくしにこの首輪を買わせようとなさるの?」
店員が口ごもった。そのうえ視線が泳いでいる。彼の態度の裏にはなにかやましいことがありそうだ、とクロアは怪しむ。
「うまいことを言って、ほんとーは伸び縮みするだけの首輪なんじゃなくて?」
「ちがいます! 術効果を弱めるのは本当です」
「ではどうして?」
「買い手がつかないんですよ。値が張るし、クセが強くて……」
「クセ?」
術具にクセというものがあるのか、クロアは知らなかった。この場でもっとも術に長けているであろうレジィの顔を見たところ、彼女もきょとんとしていた。
店員は言いにくそうに「長所に欠点があるんです」と不可解な説明をする。
「混乱したり、ねむくなったりする術が効かなくなるのはいいんですが、効いてほしい術も効き目が悪くなります。たとえば招獣がケガをしたとき、療術をかけると──」
「治りがわるくなるんですね?」
レジィが店員の説明をいちはやく理解した。店員が後ろめたい気持ちが吹っ切れたように深呼吸する。
「はー、おっしゃるとおりで」
「それは使いにくそうですね……」
レジィが商品の短所を明言してしまうと、店員は落ち込んだ。商品購入の決定者たるクロアは単純な克服策を思いつく。
「ケガを治療するときは首輪を外せばよろしいのね?」
店員はうなずいて「ええ、そういうことです」と答える。
「めんどくさいと思いますけどね」
「『クセが強い』の意味はわかりましたわ。ところで『値が張る』というお値段はいかほどですの?」
「お代は八万ほど……」
え、と声をあげたのはレジィだった。一般家庭の金銭感覚をもつ彼女が驚くのだから、世間一般的にはかなりの高額なのだとクロアは察する。
「いまの手持ちで、足りる?」
「あ、はい……それはだいじょうぶです」
レジィは自身の腰に提げた鞄に触れた。その中にはクロアの私用の財布が入っている。今日の外出目的は招獣専門店での買い物と、強い戦士の勧誘。この二つを達成するには多額のお金が必要になるかもしれない──そう思ったクロアが外出前、余分にお金を持っていくようレジィに言いつけた。その総額が十万だったとクロアはなんとなくおぼえている。
「ちょっと聞くけど、レジィは八万のお金があったらなにができる?」
「えっと……うちの家族が二ヶ月くらい暮らせますかね」
「二ヶ月分の生活費……首輪一個にしちゃ法外な額ね」
店員が「法外なもんですか」と反論する。
「いい術具はそれぐらいしますとも」
「あなた、『クセが強い』売れ残りの品物を『いい術具』とくらべますの?」
クロアがツッコむと店員はうらめしげににらんでくる。
「そんなことをおっしゃっても……本当に高かったんですよ」
「それはわかりますわ。術具の効果が付け足された首輪に価値を見出して、高い仕入れ値で引き取ってしまったのでしょ」
「ええ、まあ……こんなに不評ならもっと値切ればよかったですよ」
首輪に余計な効果があるせいで、逆に商品の価値を落とすことになるとは。不幸な現実だ。
(術具性能のない、伸びる首輪だったら価格はどうなるのかしら?)
術具でなければ価格は落ちるはず。クロアはその相場を知っているはずのレジィにたずねる。
「レジィのその招獣、大きさが変わる首輪を着けているんだったわね?」
「はい、マルくんの首輪はそうです。ほかはなんにも特徴がないですけど」
少女は自分の肩に乗る鼬のあごの下をなでた。
「その首輪はいくら──」
問いをさえぎるようにして店員が「わかりました!」と叫ぶ。
「もー、値引きしますよ! 売れ残りが捌(は)ければいい!」
店員は勘定台の定位置にもどり、そこで帳簿を開いた。商品の原価を確認するのだろう。クロアは意図せず店員に負い目を感じさせてしまったことを反省する。
(やけっぱちにさせてしまったようね)
このまま店に金銭的な負担をかけたくはなかった。クロア自身はお金を出し惜しむつもりはない。支払えるものはきちんと払ってこそ、健全な経済が成り立つのだとどこかで教わった。
(どうせなら値引きじゃなくて、なにかオマケしてもらったら……)
クロアは頭に引っ掛かりをおぼえた。なんらかの、他人に依頼したいことがあった、という記憶の残骸がある。
(ほかに、ベニトラに必要なこと……?)
クロアは投資する対象に目を向けた。店内の通路を占領していた猛獣が、徐々に小さくなっていく。最終的な姿は成猫と同じ大きさになる。そしてその場で丸まった。まるで入眠するかのような姿勢を見て、クロアはやっと記憶の本体を探りあてる。
(ああ、この子の寝床を用意したいんだったわ)
その要求が店員に通るか、ためしにクロアは話しかけた。
「これがおすすめの、伸縮自在の首輪です」
クロアに見せたのち、帯を幼獣形態のベニトラの首に装着する。
「ちゃんと首輪が大きくなるか、こっちで試してみますか」
彼は商品棚同士の間隔が広い場所へ移動した。クロアはベニトラの本当の姿がどれだけ大きいのか覚えていない。念のため、外に出たほうがいいのではないかと思った。が、それはそれで大騒ぎになる。それゆえ店員の指示にしたがった。
クロアは広めな通路にてベニトラの変化を解除させた。ベニトラは一時的に本来の大きさにもどる。その際に店員はベニトラの正体をわかっていながら、おののいてしまった。昨日まで凶悪な魔獣でいた者の姿が、そこにあるせいだ。ベニトラは自身が周囲に畏怖を与える存在だとわかってか、その場に静止した。
ベニトラの首輪は分厚い毛皮の奥に見え隠れしている。クロアはベニトラの首元をさぐった。暖かい毛にまぎれて、首輪の感触をとらえた。その首輪の下に指を入れてみる。密集した毛を押さえれば指が二、三本ほど入る余裕があった。
「これくらいがちょうどいいのかしら。首輪の着け心地はどう?」
「不都合は無し」
「そう。じゃあ首輪を買う方向でいくわよ」
ベニトラの返答はない。おそらくは了承の態度だ。クロアはほかの首輪もいくつか試着してみようと思い、ベニトラの首輪を外そうとした。
「あ、それが一番いいやつなんですよ」
店員はクロアの行動を引き止めにかかる。
「その首輪は長さを変えるだけじゃないんです。術の耐性を高める術具でもあります」
「術の耐性? 術が効きにくくなるということ?」
「そうです。その魔獣がまた同じような凶暴化の術をかけられても、耐えられるということです」
「ふーん、それはよい性能かもしれませんわね」
クロアがそう言うと店員はにっこり笑った。彼はそれきりなにも言わない。実際に術を無効化できるか、という実験はやらないようだ。
(まあ、この人が術士じゃないのなら試しようがないわ)
クロアは術が不得意。レジィも療術以外はさほど得意とは言えない。かろうじてレジィの招獣が術による雷撃を使える程度だ。ただしその術をベニトラにぶつけたとしても、ベニトラ自身の防御力が高ければ道具の効果は計測できない。
(あとは見た目と値段で決めるしかないわ)
クロアはベニトラからすこし距離を置いた。獣と首輪の全体像を正面から見る。朱色の毛皮と、淡黄色の宝石が付いた首輪。この取り合わせは色彩的に問題がないように感じる。
「んー、色はまあまあかしら」
店員は困り顔で「色なんて些細なことを!」と言い出す。
「また変な術のせいで暴れるかどうかってことが重要じゃあないんですか」
「あなたの主張なさることはわかります。けれど、見た目も気に入ってこそ道具は長く使えるのですわ」
店員はクロアの好み次第で推奨商品が買われなくなると知った途端、慌てはじめた。棚にある商品をさぐり、ひとつ持ってくる。固形の薬がつまった小瓶のようだ。
「これ、疲れた招獣の回復に効く薬です。首輪を買ってくださればおまけしますよ!」
「回復薬……使う機会はあるでしょうね。でも──」
苦い薬の服用はだれしも嫌がるもの。そんな考えからクロアはベニトラの顔をうかがう。
「もっと食べやすいものがいいかしら?」
朱色の猛獣は頭をかしげ、なにも言わなかった。すると店員はまた別の商品を取ってくる。
「お菓子感覚で食べられるものもあります。これもお付けしましょう」
「それはありがたいのですけど……」
クロアはさっきから見せつけてくる店員の情熱に困惑する。
「なぜわたくしにこの首輪を買わせようとなさるの?」
店員が口ごもった。そのうえ視線が泳いでいる。彼の態度の裏にはなにかやましいことがありそうだ、とクロアは怪しむ。
「うまいことを言って、ほんとーは伸び縮みするだけの首輪なんじゃなくて?」
「ちがいます! 術効果を弱めるのは本当です」
「ではどうして?」
「買い手がつかないんですよ。値が張るし、クセが強くて……」
「クセ?」
術具にクセというものがあるのか、クロアは知らなかった。この場でもっとも術に長けているであろうレジィの顔を見たところ、彼女もきょとんとしていた。
店員は言いにくそうに「長所に欠点があるんです」と不可解な説明をする。
「混乱したり、ねむくなったりする術が効かなくなるのはいいんですが、効いてほしい術も効き目が悪くなります。たとえば招獣がケガをしたとき、療術をかけると──」
「治りがわるくなるんですね?」
レジィが店員の説明をいちはやく理解した。店員が後ろめたい気持ちが吹っ切れたように深呼吸する。
「はー、おっしゃるとおりで」
「それは使いにくそうですね……」
レジィが商品の短所を明言してしまうと、店員は落ち込んだ。商品購入の決定者たるクロアは単純な克服策を思いつく。
「ケガを治療するときは首輪を外せばよろしいのね?」
店員はうなずいて「ええ、そういうことです」と答える。
「めんどくさいと思いますけどね」
「『クセが強い』の意味はわかりましたわ。ところで『値が張る』というお値段はいかほどですの?」
「お代は八万ほど……」
え、と声をあげたのはレジィだった。一般家庭の金銭感覚をもつ彼女が驚くのだから、世間一般的にはかなりの高額なのだとクロアは察する。
「いまの手持ちで、足りる?」
「あ、はい……それはだいじょうぶです」
レジィは自身の腰に提げた鞄に触れた。その中にはクロアの私用の財布が入っている。今日の外出目的は招獣専門店での買い物と、強い戦士の勧誘。この二つを達成するには多額のお金が必要になるかもしれない──そう思ったクロアが外出前、余分にお金を持っていくようレジィに言いつけた。その総額が十万だったとクロアはなんとなくおぼえている。
「ちょっと聞くけど、レジィは八万のお金があったらなにができる?」
「えっと……うちの家族が二ヶ月くらい暮らせますかね」
「二ヶ月分の生活費……首輪一個にしちゃ法外な額ね」
店員が「法外なもんですか」と反論する。
「いい術具はそれぐらいしますとも」
「あなた、『クセが強い』売れ残りの品物を『いい術具』とくらべますの?」
クロアがツッコむと店員はうらめしげににらんでくる。
「そんなことをおっしゃっても……本当に高かったんですよ」
「それはわかりますわ。術具の効果が付け足された首輪に価値を見出して、高い仕入れ値で引き取ってしまったのでしょ」
「ええ、まあ……こんなに不評ならもっと値切ればよかったですよ」
首輪に余計な効果があるせいで、逆に商品の価値を落とすことになるとは。不幸な現実だ。
(術具性能のない、伸びる首輪だったら価格はどうなるのかしら?)
術具でなければ価格は落ちるはず。クロアはその相場を知っているはずのレジィにたずねる。
「レジィのその招獣、大きさが変わる首輪を着けているんだったわね?」
「はい、マルくんの首輪はそうです。ほかはなんにも特徴がないですけど」
少女は自分の肩に乗る鼬のあごの下をなでた。
「その首輪はいくら──」
問いをさえぎるようにして店員が「わかりました!」と叫ぶ。
「もー、値引きしますよ! 売れ残りが捌(は)ければいい!」
店員は勘定台の定位置にもどり、そこで帳簿を開いた。商品の原価を確認するのだろう。クロアは意図せず店員に負い目を感じさせてしまったことを反省する。
(やけっぱちにさせてしまったようね)
このまま店に金銭的な負担をかけたくはなかった。クロア自身はお金を出し惜しむつもりはない。支払えるものはきちんと払ってこそ、健全な経済が成り立つのだとどこかで教わった。
(どうせなら値引きじゃなくて、なにかオマケしてもらったら……)
クロアは頭に引っ掛かりをおぼえた。なんらかの、他人に依頼したいことがあった、という記憶の残骸がある。
(ほかに、ベニトラに必要なこと……?)
クロアは投資する対象に目を向けた。店内の通路を占領していた猛獣が、徐々に小さくなっていく。最終的な姿は成猫と同じ大きさになる。そしてその場で丸まった。まるで入眠するかのような姿勢を見て、クロアはやっと記憶の本体を探りあてる。
(ああ、この子の寝床を用意したいんだったわ)
その要求が店員に通るか、ためしにクロアは話しかけた。
タグ:クロア
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