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2018年03月06日
拓馬篇−3章6 ★
公園内をかこむ木々の合間に、背の高い男性が立っている。彼は拓馬たちに歩みよってきた。その人物は色黒で、黒いシャツを着ており、髪色は銀。うたがいようもなく、才穎高校の新任教師である。だが彼はいつもの黄色いサングラスを外していた。青い瞳がはっきり見えるその顔つきは無表情。普段から笑顔が印象的な人だけに、怒っているように拓馬は感じた。
「危険な遊びをしているようですね」
低い声だった。もともと彼の声は低いのだが、いっそう低音に聞こえた。なにせ、拓馬たちは学校側が禁じる乱闘に身を投じている。教師が嫌悪して当然の事態だ。
拓馬は教師の叱責が飛ぶのではないかと戦々恐々する。反対にジモンが「おお、先生か!」と歓声をあげた。この大柄な友はのんきだ。およそ子どもたちの遊びに大人も加わるような認識でいる。そんな状況ではないと察した拓馬はおそるおそる、教師に質問する。
「先生が……石を投げたのか?」
一喝されるだろうか、拓馬は緊張した。しかしシドは「そうです」といつもの調子で答えた。彼はズボンのポケットから紺色のハンカチを出す。
「これで血をぬぐってください」
そのハンカチは拓馬へ差し出される。拓馬は予想外の温情をかけられて、呆然とした。
「あとで病院に行きましょう」
シドは気遣いを受け取ろうとしない拓馬の手に、ハンカチを持たせた。次に彼はヤマダのそばにしゃがむ。ヤマダは千智に膝枕された状態で、地面に横たわっていた。
「ノイさん、オヤマダさんのケガの状態はどうですか」
「ヤマちゃんは頭を打って、気絶して……」
ヤマダは「もうだいじょーぶ」とヘナヘナした声でしゃべった。シドが立ち上がる。
「ではオヤマダさんも病院へ行きましょう。脳の損傷の有無を検査しなくては」
彼は拓馬にくだしたのと同じ善後策を講じた。そして二人に怪我を負わせた張本人を見る。金髪はナイフを手元にもどし、あらたに登場した敵に刃を向けた。彼の闘志はがぜん燃えたぎるようだが、その手はすこし震えていた。
シドは他校の少年から敵意をそそがれている。にも関わらず、彼は堂々と金髪との距離を詰めた。金髪はシドの常識はずれな行動に動揺する。
「お前が……こいつらの教師か?」
金髪が刃物の切っ先をシドに突きつけたまま問う。
「オレをさぐってたヤツか。目的はなんだ」
金髪は嗅ぎ回られたことに気付いていた。拓馬も、シドがそんな活動をしたことは知っていた。
「オレをどうにかしようって腹か?」
シドは再び「そうです」と返答をする。
「ですが、貴方が素行を正せば私はなにもしません」
語勢はやさしいが、内なる強い意志がこもっていた。シドは手のひらを金髪へのばす。
「刃物をこちらに渡してください」
金髪は和平をこばみ、相手へ飛びこむようにナイフを突く。直線的な攻撃を、シドは半身をずらすことでかわした。俊敏な回避だ。しかしその動作に彼のネクタイはついてこれず、大剣部分が半分切れる。シドはネクタイの被害を一瞬見た。次に、なお立ち向かってくる金髪をにらむ。
「人を殺せる道具をまだ使いますか」
このときになってはじめて、温和な教師の怒気が声にあらわれる。
「それ相応の覚悟をしてもらいますよ」
金髪は警告を無視し、武器を突きだす。すると刃物は上空へ舞った。シドの蹴りが、ナイフを持つ金髪の腕に命中したのだ。金髪は腕に二度目の打撃を食らった。その負傷のために痛がる──かと思った瞬間、シドの片手が彼の首を捕まえた。
(先生、なにを……)
拓馬は胸がざわついた。そのいやな予感は的中する。シドは金髪の首をつかんだ状態で、金髪の頭部を持ち上げた。金髪は地面に足がつかない。金髪はシドの手を両手でつかみ、浮いた足をばたつかせている。教師の暴挙に一同は愕然とした。
「先生、やりすぎだ!」
拓馬は制止を呼びかけた。教師は腕を下ろさない。次第に金髪が抵抗する力を失くす。
(体当たりをかますか?)
拓馬は教師の暴走を止めようとした。そのとき、シドのかたく閉じていた口がうごく。
「貴方がいま感じている恐怖は、貴方が刃物を突きつけた相手も感じた恐怖です」
捕縛者が無感情な声で話しはじめた。金髪の体がすこしずつつ下がる。
「その感覚をよく覚えておきなさい」
金髪の足が地面についた。シドの手が彼の首元から離れる。金髪は力なく崩れ落ちた。
拓馬はすぐに金髪の生存確認をする。意識のない少年の鼻と口に手をかざすと、ひかえめな呼吸を感じる。
(よかった、無事だな……)
大事には至らなかった。そうと知れた拓馬は次に、殺人一歩手前まで踏みこんだ大人をキっと見上げる。
「先生、人殺しになるところだったぞ」
「手加減は心得ています。ご心配なく」
シドは拓馬の非難を受け流した。過激なことをしでかしたという反省は見られない。
(先生って、こんなに冷たい人だったか?)
平素の温厚で謙虚な人柄からは信じがたい反応だ。まるで似た容姿の人物が複数いるよう──相手は自身の窮地を救った恩人にも関わらず、拓馬は不信感がつのった。
冷酷な一面をあらわにした男が、地面に刺さったナイフを見た。刃物の柄は空に向かっている。それを彼は踏みつけた。刀身がぱっきり折れる。使い物にならなくなった刃物が地面にころがった。
武器破壊を行なった男は不良少年たちに顔を向ける。うつ伏せに倒れる刈り上げ以外、少年らは体をびくっと震わせる。彼らは完全に戦意を喪失している。
「貴方たちも同じ目に遭いたくなければ、身を正して生きなさい」
もはや畏怖は不要だと思ってか、その声色はやさしげだ。
「貴方たちはいくらでも自分を変えられます」
不良たちは小刻みにうなずく。彼らは金髪のもとに寄り、退散の姿勢をとった。
この場が安全地帯になった、と判断したシドは、ようやく教え子に関心を向ける。
「ケガをした二人は、私と一緒に病院に行きましょう」
青い目はやさしげだ。彼の態度はいつもの温和な教師にもどっている。
「ほかの皆さんは帰宅してください」
教師は生徒らを叱らずに帰すつもりだ。今回の騒動を見なかったことにするのか、と思いきや──
「この件の処分は後々決定します」
彼はきっちり校長に報告するつもりだ。叱責は上司任せ、という判断らしい。
「それまで新たな問題を起こさないよう、お願いします」
シドはおもむろにヤマダに近寄る。千智がヤマダの両肩をつかみ、シドを警戒した。
「オヤマダさんを運びます。私に預からせてください」
千智は彼の笑みにほだされ、はにかみながら手を放した。
シドはヤマダを横抱きにした。彼女はあわてる。それは教師を恐れてではなく、その体勢のはずかしさゆえ。
「こんなことしなくたって、歩けるよ!」
「後遺症があってはご家族に申しわけが立ちません」
金髪への仕打ちとは打って変わっての過保護な主張だ。
「私を助けると思って、言うことを聞いてもらえますか」
ヤマダは口答えをあきらめた。恥をこらえて、お姫様抱っこを受け入れる。千智がぼそっと「いいな〜」と羨ましがった。三郎が千智を小突き、「惚《ほう》けたことをぬかすな」と注意した。千智はむくれる。
「なによ、ほんとにそう思ったんだから──」
「無駄口はあとだ。オレたちは撤収するぞ」
三郎はシドの指示を忠実にこなそうとしている。彼の態度は仲間内に伝染し、ジモンが脱いだ服を着始めた。地べたに座っていた千智は服についた砂埃をはらう。三人の帰宅する姿勢を見たシドは温和にほほえみ、公園の外へと歩いた。彼は病院へ向かうつもりだ。それに拓馬は同行せねばならない。
(まずは治療を受けねえとな)
シドを弾劾するのは後回しだ。拓馬はシドの後ろを追う。歩き出してふと、自分の手に持つハンカチの存在に気がつく。清潔感のあるハンカチだ。洗い落としにくい血を付着させるにはしのびない。拓馬は持ち主へ返却を申し出る。両手がふさがるシドが「ポケットに入れてください」と言うのを、素直にしたがった。
「危険な遊びをしているようですね」
低い声だった。もともと彼の声は低いのだが、いっそう低音に聞こえた。なにせ、拓馬たちは学校側が禁じる乱闘に身を投じている。教師が嫌悪して当然の事態だ。
拓馬は教師の叱責が飛ぶのではないかと戦々恐々する。反対にジモンが「おお、先生か!」と歓声をあげた。この大柄な友はのんきだ。およそ子どもたちの遊びに大人も加わるような認識でいる。そんな状況ではないと察した拓馬はおそるおそる、教師に質問する。
「先生が……石を投げたのか?」
一喝されるだろうか、拓馬は緊張した。しかしシドは「そうです」といつもの調子で答えた。彼はズボンのポケットから紺色のハンカチを出す。
「これで血をぬぐってください」
そのハンカチは拓馬へ差し出される。拓馬は予想外の温情をかけられて、呆然とした。
「あとで病院に行きましょう」
シドは気遣いを受け取ろうとしない拓馬の手に、ハンカチを持たせた。次に彼はヤマダのそばにしゃがむ。ヤマダは千智に膝枕された状態で、地面に横たわっていた。
「ノイさん、オヤマダさんのケガの状態はどうですか」
「ヤマちゃんは頭を打って、気絶して……」
ヤマダは「もうだいじょーぶ」とヘナヘナした声でしゃべった。シドが立ち上がる。
「ではオヤマダさんも病院へ行きましょう。脳の損傷の有無を検査しなくては」
彼は拓馬にくだしたのと同じ善後策を講じた。そして二人に怪我を負わせた張本人を見る。金髪はナイフを手元にもどし、あらたに登場した敵に刃を向けた。彼の闘志はがぜん燃えたぎるようだが、その手はすこし震えていた。
シドは他校の少年から敵意をそそがれている。にも関わらず、彼は堂々と金髪との距離を詰めた。金髪はシドの常識はずれな行動に動揺する。
「お前が……こいつらの教師か?」
金髪が刃物の切っ先をシドに突きつけたまま問う。
「オレをさぐってたヤツか。目的はなんだ」
金髪は嗅ぎ回られたことに気付いていた。拓馬も、シドがそんな活動をしたことは知っていた。
「オレをどうにかしようって腹か?」
シドは再び「そうです」と返答をする。
「ですが、貴方が素行を正せば私はなにもしません」
語勢はやさしいが、内なる強い意志がこもっていた。シドは手のひらを金髪へのばす。
「刃物をこちらに渡してください」
金髪は和平をこばみ、相手へ飛びこむようにナイフを突く。直線的な攻撃を、シドは半身をずらすことでかわした。俊敏な回避だ。しかしその動作に彼のネクタイはついてこれず、大剣部分が半分切れる。シドはネクタイの被害を一瞬見た。次に、なお立ち向かってくる金髪をにらむ。
「人を殺せる道具をまだ使いますか」
このときになってはじめて、温和な教師の怒気が声にあらわれる。
「それ相応の覚悟をしてもらいますよ」
金髪は警告を無視し、武器を突きだす。すると刃物は上空へ舞った。シドの蹴りが、ナイフを持つ金髪の腕に命中したのだ。金髪は腕に二度目の打撃を食らった。その負傷のために痛がる──かと思った瞬間、シドの片手が彼の首を捕まえた。
(先生、なにを……)
拓馬は胸がざわついた。そのいやな予感は的中する。シドは金髪の首をつかんだ状態で、金髪の頭部を持ち上げた。金髪は地面に足がつかない。金髪はシドの手を両手でつかみ、浮いた足をばたつかせている。教師の暴挙に一同は愕然とした。
「先生、やりすぎだ!」
拓馬は制止を呼びかけた。教師は腕を下ろさない。次第に金髪が抵抗する力を失くす。
(体当たりをかますか?)
拓馬は教師の暴走を止めようとした。そのとき、シドのかたく閉じていた口がうごく。
「貴方がいま感じている恐怖は、貴方が刃物を突きつけた相手も感じた恐怖です」
捕縛者が無感情な声で話しはじめた。金髪の体がすこしずつつ下がる。
「その感覚をよく覚えておきなさい」
金髪の足が地面についた。シドの手が彼の首元から離れる。金髪は力なく崩れ落ちた。
拓馬はすぐに金髪の生存確認をする。意識のない少年の鼻と口に手をかざすと、ひかえめな呼吸を感じる。
(よかった、無事だな……)
大事には至らなかった。そうと知れた拓馬は次に、殺人一歩手前まで踏みこんだ大人をキっと見上げる。
「先生、人殺しになるところだったぞ」
「手加減は心得ています。ご心配なく」
シドは拓馬の非難を受け流した。過激なことをしでかしたという反省は見られない。
(先生って、こんなに冷たい人だったか?)
平素の温厚で謙虚な人柄からは信じがたい反応だ。まるで似た容姿の人物が複数いるよう──相手は自身の窮地を救った恩人にも関わらず、拓馬は不信感がつのった。
冷酷な一面をあらわにした男が、地面に刺さったナイフを見た。刃物の柄は空に向かっている。それを彼は踏みつけた。刀身がぱっきり折れる。使い物にならなくなった刃物が地面にころがった。
武器破壊を行なった男は不良少年たちに顔を向ける。うつ伏せに倒れる刈り上げ以外、少年らは体をびくっと震わせる。彼らは完全に戦意を喪失している。
「貴方たちも同じ目に遭いたくなければ、身を正して生きなさい」
もはや畏怖は不要だと思ってか、その声色はやさしげだ。
「貴方たちはいくらでも自分を変えられます」
不良たちは小刻みにうなずく。彼らは金髪のもとに寄り、退散の姿勢をとった。
この場が安全地帯になった、と判断したシドは、ようやく教え子に関心を向ける。
「ケガをした二人は、私と一緒に病院に行きましょう」
青い目はやさしげだ。彼の態度はいつもの温和な教師にもどっている。
「ほかの皆さんは帰宅してください」
教師は生徒らを叱らずに帰すつもりだ。今回の騒動を見なかったことにするのか、と思いきや──
「この件の処分は後々決定します」
彼はきっちり校長に報告するつもりだ。叱責は上司任せ、という判断らしい。
「それまで新たな問題を起こさないよう、お願いします」
シドはおもむろにヤマダに近寄る。千智がヤマダの両肩をつかみ、シドを警戒した。
「オヤマダさんを運びます。私に預からせてください」
千智は彼の笑みにほだされ、はにかみながら手を放した。
シドはヤマダを横抱きにした。彼女はあわてる。それは教師を恐れてではなく、その体勢のはずかしさゆえ。
「こんなことしなくたって、歩けるよ!」
「後遺症があってはご家族に申しわけが立ちません」
金髪への仕打ちとは打って変わっての過保護な主張だ。
「私を助けると思って、言うことを聞いてもらえますか」
ヤマダは口答えをあきらめた。恥をこらえて、お姫様抱っこを受け入れる。千智がぼそっと「いいな〜」と羨ましがった。三郎が千智を小突き、「惚《ほう》けたことをぬかすな」と注意した。千智はむくれる。
「なによ、ほんとにそう思ったんだから──」
「無駄口はあとだ。オレたちは撤収するぞ」
三郎はシドの指示を忠実にこなそうとしている。彼の態度は仲間内に伝染し、ジモンが脱いだ服を着始めた。地べたに座っていた千智は服についた砂埃をはらう。三人の帰宅する姿勢を見たシドは温和にほほえみ、公園の外へと歩いた。彼は病院へ向かうつもりだ。それに拓馬は同行せねばならない。
(まずは治療を受けねえとな)
シドを弾劾するのは後回しだ。拓馬はシドの後ろを追う。歩き出してふと、自分の手に持つハンカチの存在に気がつく。清潔感のあるハンカチだ。洗い落としにくい血を付着させるにはしのびない。拓馬は持ち主へ返却を申し出る。両手がふさがるシドが「ポケットに入れてください」と言うのを、素直にしたがった。
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2018年03月05日
拓馬篇−3章5 ★
拓馬は三郎の勧誘により、拓馬たちが以前遭遇した他校の男子へ会いにむかった。この少年たちはまたも近隣の住民に迷惑をかけているとの評判だ。そのため、三郎は彼らの立ち退きを求めるつもりでいる。同時に彼らが成石を襲った犯人かどうか、反応をさぐる。少年らが犯人であれば早々に事件は解決でき、そうでなくとも住民を困らせる連中を退去させればよし、という計画だ。
素行の悪い男子らがたむろする場所は公園だった。背の高い木々で囲まれた、広い公園だ。公園内には小学生向けの遊具が設置されてある。遊び場とは別に、休憩用のベンチが並ぶ場所があり、そこに制服を着崩した少年たちが集まっている。拓馬は女子二人とともに低木の茂みに身を隠した。
「あれが拓馬たちがまえに倒したやつら?」
学校指定の体操着に着替えた千智が問う。彼女は帰宅する手間暇を惜しみ、手持ちの体操着を着る判断をした。私服に着替えてきたヤマダが「うん」とうなずく。
「ノッポくんに太っちょくんに、刈り上げくんは見たね。ひとりだけ制服が全然ちがう、パツキンくんは知らない」
ヤマダが即席の名付けを披露した。彼女が言うように金髪の少年は以前の騒動では出くわさなかった。だが拓馬は最近、彼とすれちがったことがあった。それは連休中のシドが不良少年らをさがしていたとき、シドが屋内の施設へ入ったのを、犬連れで野外待機していた拓馬がたまたま見かけたのだ。そのときも金髪の彼は制服を雑に着ていた。染髪と乱れた制服の着方はベッタベタな不良像ではないかと、拓馬はすこし思う。
「あの金髪、雒英《らくえい》高校の人じゃないの?」
雒英高校に通う生徒は勤勉な優等生ぞろい──学業面では平凡な高校生たる拓馬たちはそう思っていた。
「あんなに頭のいい学校の子が、なーんで不良どもとつるんでるのかしら」
千智がみなの疑問を代弁した。金髪の取り巻きらしき他校の生徒は、雒英の足元におよばぬ学校の者。どうにも不釣り合いだ。
「あのパツキンくんがいたら、話をわかってもらえるかな」
ヤマダがそう楽観した。金髪がまとう制服は、着用者の知性の高さを体現している。おまけに三郎が収集した情報によるとあの金髪が不良の頭目だという。つまり、金髪の発言権は強い。
「どうだかな。あいつがいちばん喧嘩っ早いかもしれねえぞ」
不良とは縁遠い名門校にいながら非行少年のナリをしている相手だ。もっとも手強く、凶悪な性格なのかもしれない。
(向こうが四人で、こっちは男三人か……)
前回は相手が三人だけだったので、相対する人数は互角だった──はずだが、どうもそのときの拓馬がひとりあぶれていた気がして、今回の人数不利への心配を感じなかった。
歓談中の不良少年たちに、私服姿の三郎とジモンが接近する。三郎はまず相手に、最近は夜に人を襲う不審者が現れることを伝える。直截《ちょくせつ》的に「お前たちが犯人か」とは言わず、「夜に出歩くのは危ないから早く家に帰ろう」と早期帰宅をうながす。そこまではよかった。
「こいつら、おれたちをのしやがった野郎だぜ」
頭の地肌が見えるほど髪を刈り上げた少年がいきり立つ。当時その場にいなかった金髪は「へえ、こいつがか」と言いながら、三郎とジモンを交互に見た。金髪が不敵に笑う。
「お前ら、借りは返してぇか?」
金髪は好戦的だ。少年たちは一斉に腰を上げた。三郎は自身の両手を前に出す。
「オレはきみたちを二度も痛めつけたくはない! おとなしく家で安全に―─」
なだめにかかる三郎に、刈り上げがににじり寄る。
「あんときはオダさんがいなくてやられちまったがよ、今日はちがうぜ」
オダという金髪が一番腕が立つらしい。相手に強力な助っ人がいるうちは、引き下がってくれなさそうだ。そう判断した拓馬は物陰から出る。
「おい三郎! ここらが潮時だ」
そこまで言えば三郎は退却か抗戦かを決断できる。三郎は拓馬にふりむき、行動決定への迷いを表情にのぼらせた。三郎が敵意ある連中に顔をそむけたとき、刈り上げが三郎の肩をつかんだ。無理やりに正面を向かせ、顔面に殴りかかる。危ない、と拓馬たちが思った瞬間、三郎は身を屈める。三郎の肩に手を置いていた刈り上げはバランスを崩した。刈り上げのあごへ、三郎のアッパーカットが命中する。先制者は地に沈んだ。
「これでも、まだ引いてくれないのか?」
三郎はリーダー格を見据えて言った。対する金髪は鼻で笑う。
「はん、そいつは居てもいなくても一緒だ」
不良たちは戦闘不能になった刈り上げに見むきもしていない。
(まえもこんなんだったような)
と拓馬は数か月前の出来事を振りかえった。刈り上げは以前も三郎の説得に拳で答え、返り討ちにあった。そのときの敵方は、敗北した仲間を放置して、三郎たちに襲いかかった。刈り上げがやられたところで恐れをなさない連中なのだ。
三郎は相手方の強硬な姿勢を受け止め、「やるしかないようだ」と拓馬たちに言った。それを開戦の合図と見たジモンは上着を脱ぎ捨てる。彼は衣服を破いてしまうと母親にひどく叱られるという。その対策として半裸になるのだ。服を脱いだジモンに、百キロはあろうかという巨漢が挑む。長身の少年が三郎と、金髪が拓馬と対峙した。三郎が拳を交える段になっても金髪は不動。拓馬も金髪の出方をうかがった。金髪が口を開く。
「このまえはもうひとり、お仲間がいたそうだな。そいつはどうした?」
彼はヤマダのことを言っている。金髪の仲間たちが、彼に報告したのだろう。
「あいつに喧嘩は合わねえんだ。お前がやる気なら俺が相手をする」
「いい子ちゃんがいきがるなよ」
金髪がついに拓馬に攻勢をしかけた。放たれた蹴りは速い。拓馬は後方へ跳びのく。回避の最中にも追撃の蹴りがくる。すばやい攻撃ゆえに、とっさに腕で防ぐ。さいわい威力はなかった。だが形勢はよくない。どこかで反撃をしなくては、と思う拓馬が防戦一方になると、目の端にヤマダと千智の姿がちらついた。気絶中の刈り上げになにかしているようだった。
「よそ見するたぁ、馬鹿にしてんのか?」
金髪の罵声とともに拳がせまる。拓馬は両手で彼の拳を受け、その腕を引っ張る。前のめりになる相手に、後ろ回し蹴りを浴びせる。拓馬のかかとは金髪の背中をとらえた。金髪が地面に倒れる。拓馬は彼が起きてこないのを確認したのち、女子たちに近づく。
「ヤマダも千智も、なにやってんだ?」
「忍者の本でみた捕縛術だよ。親指をしばるだけで身動きが取れなくなるって」
刈り上げはうつ伏せ状態で後ろ手を組んでいた。その両手の親指に荒縄が結んである。
「決着がつくまえに刈り上げくんが起きたらめんどうでしょ?」
ヤマダがにこっと笑う。参戦しないなりに手助けをしようと思っての行動らしい。
「そうか……でもリーダーを倒したから決着はついたな」
拓馬は友人の戦果を確認する。すでに三郎は相手を降していた。だが慌てふためく。
「拓馬、横を見ろ!」
拓馬は三郎の忠告にしたがい、金髪の倒れている方向を見た。金髪が拓馬めがけ、光る物を振りかざす。驚いた拓馬は後ろへさがろうとしたが、刈り上げの体に足を引っかける。バランスをくずし、後方へ倒れる。金髪の攻撃は拓馬のこめかみをかすめた。切ったような痛みが走る。被害はそれだけでおわらなかった。拓馬の転倒により、そばにいたヤマダも倒れる。
「いだっ」
彼女は運悪く、コンクリートの段差に頭を打ちつけた。拓馬はヤマダの負傷を心配したが、目のまえには敵がせまっている。自分の下敷きになった者に構っていられなかった、拓馬は体勢を立てなおし、あらためて金髪を見る。その手には刀身の短い刃物がある。
(ナイフかよ……)
どこまでベタな不良なんだ、と拓馬はあきれた。そう思う間にも拓馬の頬に温かい物が流れていく。その液体の色は赤いにちがいないが、確かめる気は起きない。
(あれをうばわねえと、あぶないな)
だが不思議なことに、ナイフがひとりでに地に落ちた。金髪は自身の腕をつかみ、痛がっている。ナイフの近くにはピンポン玉大の小石も落ちていた。
(なにが起きた? 三郎か?)
拓馬は三郎が助けてくれたのかと思った。だが彼は呆然と突っ立ている。ちがうらしい。ではだれが、と拓馬は三郎が注目する方向を見る。そこに黒シャツの男性がいた。
素行の悪い男子らがたむろする場所は公園だった。背の高い木々で囲まれた、広い公園だ。公園内には小学生向けの遊具が設置されてある。遊び場とは別に、休憩用のベンチが並ぶ場所があり、そこに制服を着崩した少年たちが集まっている。拓馬は女子二人とともに低木の茂みに身を隠した。
「あれが拓馬たちがまえに倒したやつら?」
学校指定の体操着に着替えた千智が問う。彼女は帰宅する手間暇を惜しみ、手持ちの体操着を着る判断をした。私服に着替えてきたヤマダが「うん」とうなずく。
「ノッポくんに太っちょくんに、刈り上げくんは見たね。ひとりだけ制服が全然ちがう、パツキンくんは知らない」
ヤマダが即席の名付けを披露した。彼女が言うように金髪の少年は以前の騒動では出くわさなかった。だが拓馬は最近、彼とすれちがったことがあった。それは連休中のシドが不良少年らをさがしていたとき、シドが屋内の施設へ入ったのを、犬連れで野外待機していた拓馬がたまたま見かけたのだ。そのときも金髪の彼は制服を雑に着ていた。染髪と乱れた制服の着方はベッタベタな不良像ではないかと、拓馬はすこし思う。
「あの金髪、雒英《らくえい》高校の人じゃないの?」
雒英高校に通う生徒は勤勉な優等生ぞろい──学業面では平凡な高校生たる拓馬たちはそう思っていた。
「あんなに頭のいい学校の子が、なーんで不良どもとつるんでるのかしら」
千智がみなの疑問を代弁した。金髪の取り巻きらしき他校の生徒は、雒英の足元におよばぬ学校の者。どうにも不釣り合いだ。
「あのパツキンくんがいたら、話をわかってもらえるかな」
ヤマダがそう楽観した。金髪がまとう制服は、着用者の知性の高さを体現している。おまけに三郎が収集した情報によるとあの金髪が不良の頭目だという。つまり、金髪の発言権は強い。
「どうだかな。あいつがいちばん喧嘩っ早いかもしれねえぞ」
不良とは縁遠い名門校にいながら非行少年のナリをしている相手だ。もっとも手強く、凶悪な性格なのかもしれない。
(向こうが四人で、こっちは男三人か……)
前回は相手が三人だけだったので、相対する人数は互角だった──はずだが、どうもそのときの拓馬がひとりあぶれていた気がして、今回の人数不利への心配を感じなかった。
歓談中の不良少年たちに、私服姿の三郎とジモンが接近する。三郎はまず相手に、最近は夜に人を襲う不審者が現れることを伝える。直截《ちょくせつ》的に「お前たちが犯人か」とは言わず、「夜に出歩くのは危ないから早く家に帰ろう」と早期帰宅をうながす。そこまではよかった。
「こいつら、おれたちをのしやがった野郎だぜ」
頭の地肌が見えるほど髪を刈り上げた少年がいきり立つ。当時その場にいなかった金髪は「へえ、こいつがか」と言いながら、三郎とジモンを交互に見た。金髪が不敵に笑う。
「お前ら、借りは返してぇか?」
金髪は好戦的だ。少年たちは一斉に腰を上げた。三郎は自身の両手を前に出す。
「オレはきみたちを二度も痛めつけたくはない! おとなしく家で安全に―─」
なだめにかかる三郎に、刈り上げがににじり寄る。
「あんときはオダさんがいなくてやられちまったがよ、今日はちがうぜ」
オダという金髪が一番腕が立つらしい。相手に強力な助っ人がいるうちは、引き下がってくれなさそうだ。そう判断した拓馬は物陰から出る。
「おい三郎! ここらが潮時だ」
そこまで言えば三郎は退却か抗戦かを決断できる。三郎は拓馬にふりむき、行動決定への迷いを表情にのぼらせた。三郎が敵意ある連中に顔をそむけたとき、刈り上げが三郎の肩をつかんだ。無理やりに正面を向かせ、顔面に殴りかかる。危ない、と拓馬たちが思った瞬間、三郎は身を屈める。三郎の肩に手を置いていた刈り上げはバランスを崩した。刈り上げのあごへ、三郎のアッパーカットが命中する。先制者は地に沈んだ。
「これでも、まだ引いてくれないのか?」
三郎はリーダー格を見据えて言った。対する金髪は鼻で笑う。
「はん、そいつは居てもいなくても一緒だ」
不良たちは戦闘不能になった刈り上げに見むきもしていない。
(まえもこんなんだったような)
と拓馬は数か月前の出来事を振りかえった。刈り上げは以前も三郎の説得に拳で答え、返り討ちにあった。そのときの敵方は、敗北した仲間を放置して、三郎たちに襲いかかった。刈り上げがやられたところで恐れをなさない連中なのだ。
三郎は相手方の強硬な姿勢を受け止め、「やるしかないようだ」と拓馬たちに言った。それを開戦の合図と見たジモンは上着を脱ぎ捨てる。彼は衣服を破いてしまうと母親にひどく叱られるという。その対策として半裸になるのだ。服を脱いだジモンに、百キロはあろうかという巨漢が挑む。長身の少年が三郎と、金髪が拓馬と対峙した。三郎が拳を交える段になっても金髪は不動。拓馬も金髪の出方をうかがった。金髪が口を開く。
「このまえはもうひとり、お仲間がいたそうだな。そいつはどうした?」
彼はヤマダのことを言っている。金髪の仲間たちが、彼に報告したのだろう。
「あいつに喧嘩は合わねえんだ。お前がやる気なら俺が相手をする」
「いい子ちゃんがいきがるなよ」
金髪がついに拓馬に攻勢をしかけた。放たれた蹴りは速い。拓馬は後方へ跳びのく。回避の最中にも追撃の蹴りがくる。すばやい攻撃ゆえに、とっさに腕で防ぐ。さいわい威力はなかった。だが形勢はよくない。どこかで反撃をしなくては、と思う拓馬が防戦一方になると、目の端にヤマダと千智の姿がちらついた。気絶中の刈り上げになにかしているようだった。
「よそ見するたぁ、馬鹿にしてんのか?」
金髪の罵声とともに拳がせまる。拓馬は両手で彼の拳を受け、その腕を引っ張る。前のめりになる相手に、後ろ回し蹴りを浴びせる。拓馬のかかとは金髪の背中をとらえた。金髪が地面に倒れる。拓馬は彼が起きてこないのを確認したのち、女子たちに近づく。
「ヤマダも千智も、なにやってんだ?」
「忍者の本でみた捕縛術だよ。親指をしばるだけで身動きが取れなくなるって」
刈り上げはうつ伏せ状態で後ろ手を組んでいた。その両手の親指に荒縄が結んである。
「決着がつくまえに刈り上げくんが起きたらめんどうでしょ?」
ヤマダがにこっと笑う。参戦しないなりに手助けをしようと思っての行動らしい。
「そうか……でもリーダーを倒したから決着はついたな」
拓馬は友人の戦果を確認する。すでに三郎は相手を降していた。だが慌てふためく。
「拓馬、横を見ろ!」
拓馬は三郎の忠告にしたがい、金髪の倒れている方向を見た。金髪が拓馬めがけ、光る物を振りかざす。驚いた拓馬は後ろへさがろうとしたが、刈り上げの体に足を引っかける。バランスをくずし、後方へ倒れる。金髪の攻撃は拓馬のこめかみをかすめた。切ったような痛みが走る。被害はそれだけでおわらなかった。拓馬の転倒により、そばにいたヤマダも倒れる。
「いだっ」
彼女は運悪く、コンクリートの段差に頭を打ちつけた。拓馬はヤマダの負傷を心配したが、目のまえには敵がせまっている。自分の下敷きになった者に構っていられなかった、拓馬は体勢を立てなおし、あらためて金髪を見る。その手には刀身の短い刃物がある。
(ナイフかよ……)
どこまでベタな不良なんだ、と拓馬はあきれた。そう思う間にも拓馬の頬に温かい物が流れていく。その液体の色は赤いにちがいないが、確かめる気は起きない。
(あれをうばわねえと、あぶないな)
だが不思議なことに、ナイフがひとりでに地に落ちた。金髪は自身の腕をつかみ、痛がっている。ナイフの近くにはピンポン玉大の小石も落ちていた。
(なにが起きた? 三郎か?)
拓馬は三郎が助けてくれたのかと思った。だが彼は呆然と突っ立ている。ちがうらしい。ではだれが、と拓馬は三郎が注目する方向を見る。そこに黒シャツの男性がいた。