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2018年05月03日
拓馬篇−5章1 ★
日がのぼったばかりの早朝、電子音が室内に鳴った。拓馬は寝台で寝ており、うっすら覚醒する。この音は電子メールの通達音。即時返答を要求されるものでない。なので二度寝をしにかかった。だが電子音がまた鳴る。拓馬は妙だと思い、しぶしぶ枕元にある携帯用通信機を手にする。あおむけで機器を操作してみると、ヤマダから送られた文章が二つあった。ひとつめを読んでいく。
(『昨日の夜に、大男に会ったよ』……?)
拓馬の眠気が一気に冴える。
(週末だとか須坂は関係ないのか?)
これまでの事跡から推察できる、大男の出現条件がもろくもくずれた。あの大男は須坂の保護以外にも活動理由があるのだろうか。
拓馬が親友からの報告を読みすすめるも、手応えのある情報はなかった。どんな形で大男と遭遇したか、どんなふうに接されたかは記載がない。今日拓馬と一緒に登校したいと綴ってあり、そのときに語るつもりらしい。
二つめの文章には、大男のことをシズカに聞いてほしいという依頼が載っている。拓馬はそうしようとしたが、思いとどまる。
(そのまえに、全部聞いておくか)
あやふやな情報のまま伝えては、あとあと混乱をまねくかもしれない。そう配慮した拓馬はヤマダに会うことにした。彼女がたったいま文章を送ってきたのだから、送り主も起きているはずだ。拓馬はこれから会うことをヤマダに伝える。私服に着替え、家を出た。
拓馬は早朝特有の澄んだ風を体に受けて、小山田宅を訪問する。呼鈴を鳴らしてから玄関の戸を開けたところ、すでにヤマダは廊下で待機していた。彼女も私服を着ている。
「タッちゃん、外で話さない?」
「お前んちじゃダメか?」
「お母さんがもう起きてるんだけど、まだゆうべのことは言ってない。いま聞かれたらタッちゃんに話せなくなりそう」
ヤマダの母が取り乱すような体験をしたのか、と拓馬は言外の意図をさぐる。それなら外で話すのも差しさわりがありそうだ。
「じゃあ俺の家で」
「お父さん以外の人に知られると、ややこしくならない?」
その心配は適切だ。拓馬の父は拓馬が現在かかずらう事柄に理解を示すが、母と姉には適当な理由をつけ、はぐらかしていた。
「そうだな、俺の部屋にしとくか」
普通の会話程度なら盗み聞かれる心配がないほど、拓馬の部屋は防音が利いている。それゆえ二人は根岸宅へ会話の場を移した。拓馬が帰宅すると飼い犬が玄関まで出迎えにくる。白黒の犬は一家の就寝時にかならず檻に入れるため、家族のだれかが檻から出したらしい。母は朝の家事が一段落つくまで犬を開放しないし、姉はこんな早くから活動する人間ではない。おそらく父がそうしたのだ。
ヤマダは犬の歓迎によろこび「トーマ、おはよう」と長毛犬の被毛をなでまわした。彼女がかまったせいか、二人が拓馬の部屋へむかうとトーマもついてくる。せっかくなのでそのまま自室へ入れた。拓馬は椅子に、ヤマダは寝台の上に座る。トーマはヤマダの足元に座り、じっと来客の顔を見つめた。ヤマダが犬に触れつつ、昨夜のことを話しはじめる。
「昨日、というか今日に変わるころの夜中ね、うちのオヤジが仕事から帰ってきて──」
ノブは職場に忘れ物をした。それをヤマダが取りに出かけた道中、大男につかまった。この際に大男は異界の者だとほのめかしたという。
「その人、わたしから元気を吸い取ってさ。もしかしたらその人がだれかを襲うの、こっちの世界で生きるためにやってるのかもね」
「栄養補給で、か……」
「シズカさんならあっちの世界の生き物の面倒をみれるでしょ? シズカさんに紹介したらいろいろ解決するんじゃないかな」
「それで『シズカさんに伝えてくれ』と?」
「うん、よろしくー」
ヤマダはトーマとたわむれだした。彼女の情報共有したいことは以上らしい。
(これじゃシズカさんがどうしていいか……)
拓馬は判断材料の不足を感じた。彼女の要望をかなえられない事情を、大男が抱える危険性を秘めているからだ。
「そいつ、なんでここにいるんだろうな?」
「わからないけど……やっぱりそこ重要?」
「ああ、シズカさんはここで活動する異界の連中を、良いふうに言わないときがある」
「わるさをしにくるやつもいるから?」
「そうだよ。だからシズカさんに伝えるけど、お前が期待する結果にはならないこともあるってこと、わかっててくれよ」
拓馬が考えうる悪い結末とは、シズカが大男と敵対すること。現時点では大男が悪人だと決まっていないが、大男がシズカからの排斥を受ける可能性がないとも言えない状態だ。ヤマダが善意で思いついた行動が、逆に相手を苦しめることにもなるうる。
指摘を受けたヤマダは表情をくもらせる。
「……言いたいことはわかるよ。なんたってうさんくさいもんね」
「シズカさんに知らせていいんだな?」
「うん。もしその異界の人が悪事をはたらいていたら、止めないとね」
ヤマダの同意を得、拓馬はさっそくシズカへメールで通知する。その最中にヤマダは拓馬にとある方針を打ち出す。
「あ、わたしが大男さんに会ったことは、学校のみんなには内緒にね」
「三郎がまた張り切るからか?」
「うん、いまはシズカさんに任せておきたいからね」
ヤマダは「じゃあまた学校で」と言い残し、部屋を出た。拓馬が報告を終えたころには飼い犬の姿もなかった。ヤマダの見送りにいったのだ。
(ほーんとあいつは媚び売るのがうまいよな……)
犬の平生と変わらぬ対応が、厄介事をかかえこむ拓馬の気遣わしさをかるくした。
(『昨日の夜に、大男に会ったよ』……?)
拓馬の眠気が一気に冴える。
(週末だとか須坂は関係ないのか?)
これまでの事跡から推察できる、大男の出現条件がもろくもくずれた。あの大男は須坂の保護以外にも活動理由があるのだろうか。
拓馬が親友からの報告を読みすすめるも、手応えのある情報はなかった。どんな形で大男と遭遇したか、どんなふうに接されたかは記載がない。今日拓馬と一緒に登校したいと綴ってあり、そのときに語るつもりらしい。
二つめの文章には、大男のことをシズカに聞いてほしいという依頼が載っている。拓馬はそうしようとしたが、思いとどまる。
(そのまえに、全部聞いておくか)
あやふやな情報のまま伝えては、あとあと混乱をまねくかもしれない。そう配慮した拓馬はヤマダに会うことにした。彼女がたったいま文章を送ってきたのだから、送り主も起きているはずだ。拓馬はこれから会うことをヤマダに伝える。私服に着替え、家を出た。
拓馬は早朝特有の澄んだ風を体に受けて、小山田宅を訪問する。呼鈴を鳴らしてから玄関の戸を開けたところ、すでにヤマダは廊下で待機していた。彼女も私服を着ている。
「タッちゃん、外で話さない?」
「お前んちじゃダメか?」
「お母さんがもう起きてるんだけど、まだゆうべのことは言ってない。いま聞かれたらタッちゃんに話せなくなりそう」
ヤマダの母が取り乱すような体験をしたのか、と拓馬は言外の意図をさぐる。それなら外で話すのも差しさわりがありそうだ。
「じゃあ俺の家で」
「お父さん以外の人に知られると、ややこしくならない?」
その心配は適切だ。拓馬の父は拓馬が現在かかずらう事柄に理解を示すが、母と姉には適当な理由をつけ、はぐらかしていた。
「そうだな、俺の部屋にしとくか」
普通の会話程度なら盗み聞かれる心配がないほど、拓馬の部屋は防音が利いている。それゆえ二人は根岸宅へ会話の場を移した。拓馬が帰宅すると飼い犬が玄関まで出迎えにくる。白黒の犬は一家の就寝時にかならず檻に入れるため、家族のだれかが檻から出したらしい。母は朝の家事が一段落つくまで犬を開放しないし、姉はこんな早くから活動する人間ではない。おそらく父がそうしたのだ。
ヤマダは犬の歓迎によろこび「トーマ、おはよう」と長毛犬の被毛をなでまわした。彼女がかまったせいか、二人が拓馬の部屋へむかうとトーマもついてくる。せっかくなのでそのまま自室へ入れた。拓馬は椅子に、ヤマダは寝台の上に座る。トーマはヤマダの足元に座り、じっと来客の顔を見つめた。ヤマダが犬に触れつつ、昨夜のことを話しはじめる。
「昨日、というか今日に変わるころの夜中ね、うちのオヤジが仕事から帰ってきて──」
ノブは職場に忘れ物をした。それをヤマダが取りに出かけた道中、大男につかまった。この際に大男は異界の者だとほのめかしたという。
「その人、わたしから元気を吸い取ってさ。もしかしたらその人がだれかを襲うの、こっちの世界で生きるためにやってるのかもね」
「栄養補給で、か……」
「シズカさんならあっちの世界の生き物の面倒をみれるでしょ? シズカさんに紹介したらいろいろ解決するんじゃないかな」
「それで『シズカさんに伝えてくれ』と?」
「うん、よろしくー」
ヤマダはトーマとたわむれだした。彼女の情報共有したいことは以上らしい。
(これじゃシズカさんがどうしていいか……)
拓馬は判断材料の不足を感じた。彼女の要望をかなえられない事情を、大男が抱える危険性を秘めているからだ。
「そいつ、なんでここにいるんだろうな?」
「わからないけど……やっぱりそこ重要?」
「ああ、シズカさんはここで活動する異界の連中を、良いふうに言わないときがある」
「わるさをしにくるやつもいるから?」
「そうだよ。だからシズカさんに伝えるけど、お前が期待する結果にはならないこともあるってこと、わかっててくれよ」
拓馬が考えうる悪い結末とは、シズカが大男と敵対すること。現時点では大男が悪人だと決まっていないが、大男がシズカからの排斥を受ける可能性がないとも言えない状態だ。ヤマダが善意で思いついた行動が、逆に相手を苦しめることにもなるうる。
指摘を受けたヤマダは表情をくもらせる。
「……言いたいことはわかるよ。なんたってうさんくさいもんね」
「シズカさんに知らせていいんだな?」
「うん。もしその異界の人が悪事をはたらいていたら、止めないとね」
ヤマダの同意を得、拓馬はさっそくシズカへメールで通知する。その最中にヤマダは拓馬にとある方針を打ち出す。
「あ、わたしが大男さんに会ったことは、学校のみんなには内緒にね」
「三郎がまた張り切るからか?」
「うん、いまはシズカさんに任せておきたいからね」
ヤマダは「じゃあまた学校で」と言い残し、部屋を出た。拓馬が報告を終えたころには飼い犬の姿もなかった。ヤマダの見送りにいったのだ。
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2018年05月01日
拓馬篇−5章X
人間の男性型の同族が人の子を抱えながら歩く。人の子に意識はなく、自身の肉体を同胞にあずけていた。
同族がねむる人の子に語りかける。
「変わった人間だ……この私をこわがらないとは」
同族は「あなたもそう思うか?」と人の子の内にすむ存在にたずねた。
『きっと、そう』
実体をもたぬ存在は物理的な返答ができないため、率直に思うことを念じた。同族は「当然か」とつぶやく。
「人型になれないあなたを受け入れた子だ。元がどうだろうと、化け物を脅威には感じないんだろうな」
原形のまま人前に出れば、常に人は恐怖に顔をゆがめた。その経験は人の子に憑りつく存在がもっとも豊富だった。
「あなたはこの娘とともに……これからも居たいか?」
『わからない』
「その体から出たいと思ったことは?」
『ない』
「それなら『居たい』のだろうな、当分のうちは」
同族の解釈はおそらく正しい。娘の体を抜け出たとしても、その後になにをするでもない。また何者かの負の欲求が聞こえるようになるのだとしたら、それは避けたかった。
「昔の役目を、もう一度こなしたいとは思わないだろう?」
『……やりたくない』
「それがいい。その気持ちが我らには必要なのだと思う」
同族は自身の行動とは相反する意見を提示する。
「我らの本性は、人と寄り添うことにあるのではないかと……私はあなたを見て、強く考えるようになった。もっと明確な自我を持つ同族が増えれば、はっきりするかもしれない」
『どうやる?』
「私と波長の合う同胞がいる。そいつに力をつけさせたい」
『話せない?』
「あなたと似て、元の姿では意思表現がうまくできない。私が足りない言葉を補完していったのでは、私の理想へ誘導させてしまうおそれがある。私と話すあなたも、その危険がなくはない」
『そう……?』
「たしかめたいのなら、あなたも人に化けてみることだ。あまり勧めはしないが」
同族は娘の家の前にたどりついた。玄関のそばに娘をそっと座らせる。
「あと何度……こんなふうに話せるか、わからない」
『……さびしい?』
同族が言葉をつまらせた。彼──あくまでも外見上の性別で―─は話し相手が情緒や機微の理解に欠けているものだと見做していた。その思い込みがくつがえされた彼は娘の頭をなでる。
「それがわかれば人の世でやっていけそうだ」
『あなたは?』
「なに?」
『あなたこそ、人間との生活を続けたらいい』
同族はゆっくり首をうごかす。
「私は悪名が広まりすぎた。私がのぞんでも、そんな暮らしはかならず破綻が起きる。……早いか、おそいかだけのちがいだ」
同族が自身の衣服に手をつっこんだ。しのばせていた手帳を娘のひざに置く。
「私の用は済んだ。これで行く」
彼は娘の家の呼鈴を鳴らした。物理的な作用をおよぼす目的の実体化は一瞬だけでおわる。娘の父親が外へ出てきて、父親は訪問客がどこにいるのかとあたりを見回す。そばにいる男には気がつかなかった。
「どうか、私の為せなかったことをあなたには果たしてほしい」
同族はその言葉を最後に、実体のある人間のように歩き去った。
娘の父親がねむりこむ娘を見た。あわててその肩をゆする。
「おい、どうした? よっぱらいじゃあるまいし!」
娘のひざから手帳が落ちる。父親はその手帳を取る。裏表を返し、それが自身の所有物だと知ると、こんどは家の前の道路を見る。
「なーんかあったみてぇだな……わるいやつが絡んじゃいなさそうだけどよ」
父親は娘の体を持ち上げた。その抱え方は同族と似ていたが、足取りがややおぼつかない。
「やっぱり重くなったなぁ……それか、おれの体力がおちちまったか?」
父親は娘が不自然な帰宅を果たしたにもかかわらず、普段の明るい調子でつぶやいた。
同族がねむる人の子に語りかける。
「変わった人間だ……この私をこわがらないとは」
同族は「あなたもそう思うか?」と人の子の内にすむ存在にたずねた。
『きっと、そう』
実体をもたぬ存在は物理的な返答ができないため、率直に思うことを念じた。同族は「当然か」とつぶやく。
「人型になれないあなたを受け入れた子だ。元がどうだろうと、化け物を脅威には感じないんだろうな」
原形のまま人前に出れば、常に人は恐怖に顔をゆがめた。その経験は人の子に憑りつく存在がもっとも豊富だった。
「あなたはこの娘とともに……これからも居たいか?」
『わからない』
「その体から出たいと思ったことは?」
『ない』
「それなら『居たい』のだろうな、当分のうちは」
同族の解釈はおそらく正しい。娘の体を抜け出たとしても、その後になにをするでもない。また何者かの負の欲求が聞こえるようになるのだとしたら、それは避けたかった。
「昔の役目を、もう一度こなしたいとは思わないだろう?」
『……やりたくない』
「それがいい。その気持ちが我らには必要なのだと思う」
同族は自身の行動とは相反する意見を提示する。
「我らの本性は、人と寄り添うことにあるのではないかと……私はあなたを見て、強く考えるようになった。もっと明確な自我を持つ同族が増えれば、はっきりするかもしれない」
『どうやる?』
「私と波長の合う同胞がいる。そいつに力をつけさせたい」
『話せない?』
「あなたと似て、元の姿では意思表現がうまくできない。私が足りない言葉を補完していったのでは、私の理想へ誘導させてしまうおそれがある。私と話すあなたも、その危険がなくはない」
『そう……?』
「たしかめたいのなら、あなたも人に化けてみることだ。あまり勧めはしないが」
同族は娘の家の前にたどりついた。玄関のそばに娘をそっと座らせる。
「あと何度……こんなふうに話せるか、わからない」
『……さびしい?』
同族が言葉をつまらせた。彼──あくまでも外見上の性別で―─は話し相手が情緒や機微の理解に欠けているものだと見做していた。その思い込みがくつがえされた彼は娘の頭をなでる。
「それがわかれば人の世でやっていけそうだ」
『あなたは?』
「なに?」
『あなたこそ、人間との生活を続けたらいい』
同族はゆっくり首をうごかす。
「私は悪名が広まりすぎた。私がのぞんでも、そんな暮らしはかならず破綻が起きる。……早いか、おそいかだけのちがいだ」
同族が自身の衣服に手をつっこんだ。しのばせていた手帳を娘のひざに置く。
「私の用は済んだ。これで行く」
彼は娘の家の呼鈴を鳴らした。物理的な作用をおよぼす目的の実体化は一瞬だけでおわる。娘の父親が外へ出てきて、父親は訪問客がどこにいるのかとあたりを見回す。そばにいる男には気がつかなかった。
「どうか、私の為せなかったことをあなたには果たしてほしい」
同族はその言葉を最後に、実体のある人間のように歩き去った。
娘の父親がねむりこむ娘を見た。あわててその肩をゆする。
「おい、どうした? よっぱらいじゃあるまいし!」
娘のひざから手帳が落ちる。父親はその手帳を取る。裏表を返し、それが自身の所有物だと知ると、こんどは家の前の道路を見る。
「なーんかあったみてぇだな……わるいやつが絡んじゃいなさそうだけどよ」
父親は娘の体を持ち上げた。その抱え方は同族と似ていたが、足取りがややおぼつかない。
「やっぱり重くなったなぁ……それか、おれの体力がおちちまったか?」
父親は娘が不自然な帰宅を果たしたにもかかわらず、普段の明るい調子でつぶやいた。
タグ:拓馬