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2018年05月23日
拓馬篇−5章5
本日の授業がおわった後、ヤマダは千智と一緒に防犯ブザーの貸し出し手続きをしに行った。須坂の話を聞いた拓馬がヤマダにも貸し出しをすすめ、その提案に応じたためだ。ヤマダは「作戦は練ってあるんだけどなー」と渋りつつもその手続きを終える。その後は部活動をせず、拓馬とともに下校した。
運動部員が出入りする校門を出た際、ヤマダは「早起きするとねむくなるね」とあくびをした。つられて拓馬も大口を開けた。言われてみてはじめて、拓馬は疲れがどっと押し寄せてきた気分になる。
「帰ったら夕寝するかな……」
「シズカさんとのお話はいいの?」
「いまんとこ反応がない。わすれられてるかもしれないし、今晩返事がなかったら、あした連絡してみる」
「うん、おねが……おおう?」
ヤマダは民家のブロック塀に注目した。高さはヤマダの身長より低いくらいの、なんの変哲もない外観だ。
「どうした?」
「金色っぽくてフサフサしたものが見えた。もしかしてクリオくんかな」
「だれだよ」
「クリーム茶トラの猫。たまにうちの縁側にくるよ」
ヤマダは友人を見かけたかのように親しげに言った。彼女は猫会いたさに塀に近づく。そっと塀越しに民家の敷地内を見下ろした。ヤマダは数秒黙りこくる。ふっと視線をもどすと、無言で塀をはなれた。その瞬間、「なんか言えよ!」と怒号がとぶ。塀の奥に人がいたのだ。
荒々しい声をあげた人物が塀から頭を出した。金髪の少年だ。眉間にしわを寄せた男子ではあるが、よく見ると目鼻立ちに女優さながらの柔和さがのこっていた。拓馬はその顔と髪に見覚えがある。それが敵対する人物だと認識した時、拓馬はみがまえる。
(さっそく仕掛けにきたか!)
金髪は雪辱を果たしにあらわれたのだ。しかし先に会敵したヤマダが妙に落ち着いている。そのせいで拓馬は芯からの臨戦態勢をとれずにいた。
ヤマダは声のしたほうへ振り返る。
「そんな大声だしたら、鬼に見つかるよ」
鬼、と聞いて拓馬は妖怪の鬼を想像した。しかし常人の目を持つヤマダたちに妖怪を視認できるはずがなく、その到来を忌避する理由が見つからなかった。
「この歳でかくれんぼをするやつがいるか!」
金髪は高校生には縁のない遊戯を連想できた。ああなるほど、と拓馬が納得する。その発想をもとに、ヤマダの思考順序を考えた。──ヤマダは金髪が仲間とともに童心にかえっていると見做し、その様子を見なかったことにしてあげようと思った。それゆえ、なにも言わずに去ろうとした、と。
(フツー、そうとらえるか?)
金髪は十中八九、拓馬たち目当てに才穎高校の近隣へきたのだ。それが復讐であれ事前の視察であれ、彼は無垢な遊びに興じてはいない。そんなことぐらい、ヤマダも察しがつくはずだ。
(これがちょろっと言ってた『作戦』なのか?)
ヤマダなりに考案した、金髪たちの撃退方法──と見るには、あまりにアドリブが多い。彼らが潜伏しているところを発見すること自体、確率の低い出来事だ。ヤマダに確たる考えがあったとしても「出会ったときはこういう接し方でいこう」という方針レベルだろうと拓馬は思った。
金髪は民家の敷地から出てきた。彼の背後には刈り上げ頭の少年もつづく。刈り上げはなぜか照れくさそうにうつむいていた。
金髪のツッコミを食らったヤマダは「きみらは公園に入りびたってたでしょ」と会話を続行する。
「きみらが小学生のする遊びをやってたって、ぜーんぜんおかしかないね」
「どういう理屈だ」
金髪が高圧的にたずねた。ヤマダは負けじと語勢を強める。
「あんなに公園に通う子って、大きくても小学生までだよ。きみらが小学生と程度が同じだってこと!」
「言ってくれるな。伸びてただけの野郎が」
刈り上げが「こいつ野郎じゃないですよ、女、女!」と訂正する。金髪は邪魔くさそうに仲間を腕ではらう。
「んなこたぁどうでもいい!」
「え、だっておれたち、いままでこいつを男だと思ってきてて──」
ヤマダを男に見間違える人は時々いる。というのも彼女は顔立ちが中性的だ。なおかつ私服では女っ気のない、動きやすい格好をこのむ。女らしい長い髪も、大抵は帽子で隠す──のだが、公園での騒動の時はポニーテールをさらしていたように拓馬は記憶している。
(そのまえの格好のせいか?)
数か月前の寒い時期、拓馬たちは金髪の取り巻きと衝突した。その頃のヤマダは防寒用のニット帽子をかぶるスタイルですごしており、パッと見の性別は不詳だった。当時の認識が彼らの中に根付いていたとおぼしい。ヤマダが男だと金髪に吹きこんだであろう刈り上げは腰が引けている。
「女相手はまずいんじゃないッスか? オダさんのポリシー的に」
「ハブればいいだろ! どうせなんにもできやしねえやつだ」
事実、ヤマダは金髪らを痛めつけたためしはない。そのおかげで金髪の報復対象からヤマダが外れたことを、拓馬はひそかに安心した。
拓馬の思惑とは反対に、ヤマダは堂々と金髪との距離を詰める。このまま大人しくしてくれればいいのに、と拓馬はヒヤヒヤした。
「わたしがなにもできないかどうか……」
ヤマダは金髪を見上げる。拓馬が見たところ、金髪の身長は一七○センチを超えている。背が一六○センチないヤマダには身長差がある相手だ。
「その体でたしかめてみろーっ!」
ヤマダがすばやく金髪の頭につかみかかる。攻撃されると思っていなかった金髪は反応がおくれた。彼の頭部はヤマダの左脇にはさまれる。金髪の顔がヤマダの左胸のとなりに生えているような、珍妙な合体ポーズになった。
(あいつ、なんつームチャを……)
敵と密着すれば危険も高まる。まして相手はヤマダに体格で勝っているのだ。彼女の無鉄砲な行ないは本人も承知のはずで、それができるのはおそらく、拓馬が見守っているからだ。ヤマダに危険が差しせまるまで、拓馬はあえて手を出さないことに決めた。
ヤマダは両腕でがっちり金髪を拘束したまま、尻もちをつくように座る。金髪も腹這いの姿勢になった。金髪はヤマダの腕をはがそうとする。だが力の入りにくい体勢を強いられるせいで拘束をほどけない。無力な金髪を見たヤマダが「ふはははは!」と演技じみて笑う。
「わが広背筋と上腕二頭筋の餌食となるがいい!」
ドスのきいた声だ。こんな声を出すヤマダは悪役を演じる時によく見かける。かける技が技だけに、いまのヤマダは悪役レスラーの気分でいるらしい。彼女は割合とプロレスが好きである。
金髪は捕縛を解けず、屈辱に顔をゆがめている。彼ひとりでは脱出不可能。それは彼の子分である刈り上げもわかっているだろうに、どうしたわけか親分を助けにいかない。金髪の現状を笑顔で、うらやましげに見ている。刈り上げはなにを思って傍観しているのか、拓馬にはさっぱり理解できなかった。
運動部員が出入りする校門を出た際、ヤマダは「早起きするとねむくなるね」とあくびをした。つられて拓馬も大口を開けた。言われてみてはじめて、拓馬は疲れがどっと押し寄せてきた気分になる。
「帰ったら夕寝するかな……」
「シズカさんとのお話はいいの?」
「いまんとこ反応がない。わすれられてるかもしれないし、今晩返事がなかったら、あした連絡してみる」
「うん、おねが……おおう?」
ヤマダは民家のブロック塀に注目した。高さはヤマダの身長より低いくらいの、なんの変哲もない外観だ。
「どうした?」
「金色っぽくてフサフサしたものが見えた。もしかしてクリオくんかな」
「だれだよ」
「クリーム茶トラの猫。たまにうちの縁側にくるよ」
ヤマダは友人を見かけたかのように親しげに言った。彼女は猫会いたさに塀に近づく。そっと塀越しに民家の敷地内を見下ろした。ヤマダは数秒黙りこくる。ふっと視線をもどすと、無言で塀をはなれた。その瞬間、「なんか言えよ!」と怒号がとぶ。塀の奥に人がいたのだ。
荒々しい声をあげた人物が塀から頭を出した。金髪の少年だ。眉間にしわを寄せた男子ではあるが、よく見ると目鼻立ちに女優さながらの柔和さがのこっていた。拓馬はその顔と髪に見覚えがある。それが敵対する人物だと認識した時、拓馬はみがまえる。
(さっそく仕掛けにきたか!)
金髪は雪辱を果たしにあらわれたのだ。しかし先に会敵したヤマダが妙に落ち着いている。そのせいで拓馬は芯からの臨戦態勢をとれずにいた。
ヤマダは声のしたほうへ振り返る。
「そんな大声だしたら、鬼に見つかるよ」
鬼、と聞いて拓馬は妖怪の鬼を想像した。しかし常人の目を持つヤマダたちに妖怪を視認できるはずがなく、その到来を忌避する理由が見つからなかった。
「この歳でかくれんぼをするやつがいるか!」
金髪は高校生には縁のない遊戯を連想できた。ああなるほど、と拓馬が納得する。その発想をもとに、ヤマダの思考順序を考えた。──ヤマダは金髪が仲間とともに童心にかえっていると見做し、その様子を見なかったことにしてあげようと思った。それゆえ、なにも言わずに去ろうとした、と。
(フツー、そうとらえるか?)
金髪は十中八九、拓馬たち目当てに才穎高校の近隣へきたのだ。それが復讐であれ事前の視察であれ、彼は無垢な遊びに興じてはいない。そんなことぐらい、ヤマダも察しがつくはずだ。
(これがちょろっと言ってた『作戦』なのか?)
ヤマダなりに考案した、金髪たちの撃退方法──と見るには、あまりにアドリブが多い。彼らが潜伏しているところを発見すること自体、確率の低い出来事だ。ヤマダに確たる考えがあったとしても「出会ったときはこういう接し方でいこう」という方針レベルだろうと拓馬は思った。
金髪は民家の敷地から出てきた。彼の背後には刈り上げ頭の少年もつづく。刈り上げはなぜか照れくさそうにうつむいていた。
金髪のツッコミを食らったヤマダは「きみらは公園に入りびたってたでしょ」と会話を続行する。
「きみらが小学生のする遊びをやってたって、ぜーんぜんおかしかないね」
「どういう理屈だ」
金髪が高圧的にたずねた。ヤマダは負けじと語勢を強める。
「あんなに公園に通う子って、大きくても小学生までだよ。きみらが小学生と程度が同じだってこと!」
「言ってくれるな。伸びてただけの野郎が」
刈り上げが「こいつ野郎じゃないですよ、女、女!」と訂正する。金髪は邪魔くさそうに仲間を腕ではらう。
「んなこたぁどうでもいい!」
「え、だっておれたち、いままでこいつを男だと思ってきてて──」
ヤマダを男に見間違える人は時々いる。というのも彼女は顔立ちが中性的だ。なおかつ私服では女っ気のない、動きやすい格好をこのむ。女らしい長い髪も、大抵は帽子で隠す──のだが、公園での騒動の時はポニーテールをさらしていたように拓馬は記憶している。
(そのまえの格好のせいか?)
数か月前の寒い時期、拓馬たちは金髪の取り巻きと衝突した。その頃のヤマダは防寒用のニット帽子をかぶるスタイルですごしており、パッと見の性別は不詳だった。当時の認識が彼らの中に根付いていたとおぼしい。ヤマダが男だと金髪に吹きこんだであろう刈り上げは腰が引けている。
「女相手はまずいんじゃないッスか? オダさんのポリシー的に」
「ハブればいいだろ! どうせなんにもできやしねえやつだ」
事実、ヤマダは金髪らを痛めつけたためしはない。そのおかげで金髪の報復対象からヤマダが外れたことを、拓馬はひそかに安心した。
拓馬の思惑とは反対に、ヤマダは堂々と金髪との距離を詰める。このまま大人しくしてくれればいいのに、と拓馬はヒヤヒヤした。
「わたしがなにもできないかどうか……」
ヤマダは金髪を見上げる。拓馬が見たところ、金髪の身長は一七○センチを超えている。背が一六○センチないヤマダには身長差がある相手だ。
「その体でたしかめてみろーっ!」
ヤマダがすばやく金髪の頭につかみかかる。攻撃されると思っていなかった金髪は反応がおくれた。彼の頭部はヤマダの左脇にはさまれる。金髪の顔がヤマダの左胸のとなりに生えているような、珍妙な合体ポーズになった。
(あいつ、なんつームチャを……)
敵と密着すれば危険も高まる。まして相手はヤマダに体格で勝っているのだ。彼女の無鉄砲な行ないは本人も承知のはずで、それができるのはおそらく、拓馬が見守っているからだ。ヤマダに危険が差しせまるまで、拓馬はあえて手を出さないことに決めた。
ヤマダは両腕でがっちり金髪を拘束したまま、尻もちをつくように座る。金髪も腹這いの姿勢になった。金髪はヤマダの腕をはがそうとする。だが力の入りにくい体勢を強いられるせいで拘束をほどけない。無力な金髪を見たヤマダが「ふはははは!」と演技じみて笑う。
「わが広背筋と上腕二頭筋の餌食となるがいい!」
ドスのきいた声だ。こんな声を出すヤマダは悪役を演じる時によく見かける。かける技が技だけに、いまのヤマダは悪役レスラーの気分でいるらしい。彼女は割合とプロレスが好きである。
金髪は捕縛を解けず、屈辱に顔をゆがめている。彼ひとりでは脱出不可能。それは彼の子分である刈り上げもわかっているだろうに、どうしたわけか親分を助けにいかない。金髪の現状を笑顔で、うらやましげに見ている。刈り上げはなにを思って傍観しているのか、拓馬にはさっぱり理解できなかった。
タグ:拓馬
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2018年05月19日
拓馬篇−5章4 ★
拓馬は登校した友人らに挨拶を交わした。いつもは登校時に挨拶される側の拓馬が教室にいるのを、友は大なり小なり不思議がった。
拓馬にもすくなからずおどろきはあった。早くくる理由がないであろう千智が、早々にあらわれたのだ。朝勉強をしにきたり、不測の事態がおきても遅刻しないように用心したり、といった勤勉さのない千智がなぜ──と考えたところ、拓馬は、彼女がおしゃべりだから、と応急の理由をこしらえる。友人と雑談するために早くきている、と見当をつけた。
千智は拓馬に近づくなり「今日はなんで早くきたの?」と率直に聞いてくる。拓馬はヤマダとの約束にしたがい、大男のことは伏せて話す。たまたまヤマダが夜に外出したら例の金髪を見かけ、彼の不穏な計画を聞いた、ということにし、その経緯をヤマダが朝早くに拓馬へ伝えてきたために、拓馬は早起きさせられた、と。
すると千智はにやけて「やだー」と言う。
「あのキレーな子が? けっこうなファイトをもってんのね」
「『キレイ』……?」
「あの金髪よ。かわいい顔してたじゃない」
拓馬の記憶では金髪の邪悪な笑みが印象に残っている。顔の良し悪しはあまり意識しなかったが、たしかに均整のとれた顔であったようにも思う。しかし確実なことは言えない。
「俺は雰囲気しか見てねえから……」
「そうなの? まあ男同士じゃ、相手が美形だからってなんとも思わないわよね」
「キレイとかブサイクだとかは関係ねえんだ。外に出るときは警戒してくれ」
「具体的にどうすんの?」
千智は真顔で聞いてきた。拓馬は対策を熟考していないながらも、それらしく答える。
「何人かで固まってうごくとか、用事は日が明るいうちにすますとか……」
「部活やってたらムリじゃない?」
「帰りが遅くなるのはわかるが、だれかとつるんで帰るのはできるだろ?」
「あっちは三、四人で行動してくるんでしょ。そんなやつらが、女の子が二人や三人ならんでいて『今日はやめとこう』って気分になると思う?」
その抑止力は並みの女子では持ちえない。よほど体格に秀でた女子たちでなくては、相手は引き下がらないだろう。拓馬は自身の読みの甘さを痛感する。
「あー、効果ないな、それは……」
「ね、もっといい撃退法がないかしらね」
拓馬が頭を悩ませていると「ねえ」と声をかけられた。その声の主は須坂だ。拓馬が視線を変えると、須坂の体の正面は千智に向かっている。
「だれかにねらわれてるの?」
「え、うん……」
千智が不気味なほどにおとなしい返事をした。勝気な彼女らしさがなくなっている。その原因は、あまり親交のない生徒からいきなり話しかけられたことにあった。
そんな戸惑いはおかまいなしに、須坂が話を続ける。
「だったら防犯ブザーを借りたら? この学校、貸し出しやってるから」
「よく知ってるのね」
「『使ったら』って、先生にすすめられたの」
「へー、いつから?」
「この学校に通うと決まったあたりに……私、ひとりで暮らしてるし──」
須坂は防犯グッズの貸し出し手続きについて説明した。事務室で事務の人に話をし、用紙に必要事項を記入しればよいのだという。拓馬はこの場ではじめて知った。千智も初耳のごとく傾聴するので、須坂はいぶかしがる。
「この貸し出しって、ここの生徒ならみんな知ってるんじゃないの?」
「入学したときに言われてたかもねえ。でも、そんなの聞き流しちゃってるわ」
「平和だったから?」
「そうよ、こんなにゴタゴタしてるのって今年だけじゃない?」
千智が拓馬に話をふった。拓馬はとりあえずうなずいておく。拓馬個人の身辺においては去年もさほど変わらぬ忙しさだったように思えて、全面的な肯定はしにくかった。
須坂らが防犯対策の談義を終えかけたころ、三郎が入室した。彼は荷物を背負っている。これが彼の登校時間帯なのだろう。拓馬は若干意外に感じた。なんとなく、優等生な彼ならもっと早くに学校に着くものと思っていた。
三郎は千智が須坂と接する様子を見て、あからさまに驚愕した。その反応はいたしかたないことだ。須坂は三郎をうっとうしがっているし、その仲間とも積極的に関わろうとしていなかった──駅での一件をのぞいて。
とはいえ三郎のリアクションは行き過ぎていた。目をひんむく様子は顔芸のようでもあり、拓馬は吹き出してしまう。その笑い声を聞いた三郎が「いや、失礼した」と取り繕う。
「仲良くしているようでなによりだ。なんの話をしていたか、聞かせてもらえるか?」
「あー、それがな──」
「例の不良どもがなんかやらかす気なのよ」
拓馬の説明は千智にとって代わられた。三郎はその説明を受ける間、表情が悲喜こもごもに変化したが、口をはさむことはなかった。
「女子たちはその対策でいいか」
「男はどうするつもりだ?」
「むろん、遭遇したあかつきには再戦を──」
拓馬は三郎のブレなさに諦観をおぼえる。
「せめて、だれかと一緒にいるときにやってくれ」
そのだれか、は戦力にならなくてもかまわなかった。有事の際は他者の助けを求めに行ける、そんな人物でよい。さほどむずかしい要求ではないはずだが、三郎は難問に出くわしたかのようにしかめ面をする。
「といっても、オレは拓馬やジモンとは登下校の方向がちがうから……」
彼は戦力になる同行者を想定している。拓馬がその考えを正そうとしたとき、三郎の目が千智にいく。千智が「あたしぃ?」と渋る。
「やーよ、またあんたに夢中な先輩とかお嬢にやっかまれるじゃない」
三郎と千智は同じ地区から通っている幼馴染。だがこの二人は学校の行き帰りを共にしない。その理由は、恋人の疑いを回避するためだ。三郎の身辺には一部の女子の目が光っており、その被害に千智が辟易《へきえき》しているとか。そのことを拓馬が思い出すと、この二人が登校時間帯をずらす現状に納得がいった。
「あたしはあんたが嫌いなんじゃないのよ?」
「ああ、それはわかる」
「でもあんたが優柔不断なせいで、あんたを友だち扱いする女子が困るわけ。わかる?」
「その、千智が迷惑だと言うのもわかるが、オレは決断を先延ばしにするつもりは──」
「だったら先輩かお嬢のどっちかを恋人にみとめちゃいなさいよ。そしたらほかの子だってあきらめがつくの。ちなみにあたしのオススメはお嬢ね、逆玉よ逆玉!」
お嬢とあだなされる女子生徒は親が美容関係の社長だという。裕福な家の出であることは彼女の普段の身だしなみや言動からも知れ渡った。そのような庶民とは不釣り合いな女子に懸想されることを三郎は知っていながら、「そんな底の浅い話はいい」と切り捨てる。
「千智が人目を気にするのはわかった。なら部活帰りはどうだ? 先輩はもう引退したし、お嬢のほうも帰るのが早かったと思う」
「部活が終わる時間はバラバラでしょ。どっちかが終わるまで、片方が待つの?」
「そうだ。せいぜい十分二十分くらいの時間だろうが、惜しいか?」
「それくらいは平気だけどね、あんたからちゃんと先輩たちに話を通しておきなさいよ」
「そこまで周到にやるか?」
「そうよ。あの人たちはじかに見てなくたって、あんたのネタを拾ってくるんだからね」
三郎の要請は認可が下りた。黙していた須坂が「モテるのも大変ね」と微笑つきで三郎を冷やかす。そうして須坂は自席へもどった。三郎はぽかんとした顔で須坂を見ている。
「……人が変わったみたいだな」
三郎の感想に皆がうなずく。拓馬の目にも、難物な転校生が友好的な態度に変わったことはわかった。そのときに予鈴が鳴り、須坂の軟化に関する話題は立ち消えた。言葉をかさねずとも三人が感じた印象は同じだろう。
(友だち……に、みとめてくれたか?)
須坂にまつわる騒動に関わる際、拓馬自身は損な役回りが多かった。だがその結果、肯定的な変化が芽生えた。自分が巻き込まれたことは結果的にメリットのあることだったのだと、拓馬は前向きに受け入れた。
拓馬にもすくなからずおどろきはあった。早くくる理由がないであろう千智が、早々にあらわれたのだ。朝勉強をしにきたり、不測の事態がおきても遅刻しないように用心したり、といった勤勉さのない千智がなぜ──と考えたところ、拓馬は、彼女がおしゃべりだから、と応急の理由をこしらえる。友人と雑談するために早くきている、と見当をつけた。
千智は拓馬に近づくなり「今日はなんで早くきたの?」と率直に聞いてくる。拓馬はヤマダとの約束にしたがい、大男のことは伏せて話す。たまたまヤマダが夜に外出したら例の金髪を見かけ、彼の不穏な計画を聞いた、ということにし、その経緯をヤマダが朝早くに拓馬へ伝えてきたために、拓馬は早起きさせられた、と。
すると千智はにやけて「やだー」と言う。
「あのキレーな子が? けっこうなファイトをもってんのね」
「『キレイ』……?」
「あの金髪よ。かわいい顔してたじゃない」
拓馬の記憶では金髪の邪悪な笑みが印象に残っている。顔の良し悪しはあまり意識しなかったが、たしかに均整のとれた顔であったようにも思う。しかし確実なことは言えない。
「俺は雰囲気しか見てねえから……」
「そうなの? まあ男同士じゃ、相手が美形だからってなんとも思わないわよね」
「キレイとかブサイクだとかは関係ねえんだ。外に出るときは警戒してくれ」
「具体的にどうすんの?」
千智は真顔で聞いてきた。拓馬は対策を熟考していないながらも、それらしく答える。
「何人かで固まってうごくとか、用事は日が明るいうちにすますとか……」
「部活やってたらムリじゃない?」
「帰りが遅くなるのはわかるが、だれかとつるんで帰るのはできるだろ?」
「あっちは三、四人で行動してくるんでしょ。そんなやつらが、女の子が二人や三人ならんでいて『今日はやめとこう』って気分になると思う?」
その抑止力は並みの女子では持ちえない。よほど体格に秀でた女子たちでなくては、相手は引き下がらないだろう。拓馬は自身の読みの甘さを痛感する。
「あー、効果ないな、それは……」
「ね、もっといい撃退法がないかしらね」
拓馬が頭を悩ませていると「ねえ」と声をかけられた。その声の主は須坂だ。拓馬が視線を変えると、須坂の体の正面は千智に向かっている。
「だれかにねらわれてるの?」
「え、うん……」
千智が不気味なほどにおとなしい返事をした。勝気な彼女らしさがなくなっている。その原因は、あまり親交のない生徒からいきなり話しかけられたことにあった。
そんな戸惑いはおかまいなしに、須坂が話を続ける。
「だったら防犯ブザーを借りたら? この学校、貸し出しやってるから」
「よく知ってるのね」
「『使ったら』って、先生にすすめられたの」
「へー、いつから?」
「この学校に通うと決まったあたりに……私、ひとりで暮らしてるし──」
須坂は防犯グッズの貸し出し手続きについて説明した。事務室で事務の人に話をし、用紙に必要事項を記入しればよいのだという。拓馬はこの場ではじめて知った。千智も初耳のごとく傾聴するので、須坂はいぶかしがる。
「この貸し出しって、ここの生徒ならみんな知ってるんじゃないの?」
「入学したときに言われてたかもねえ。でも、そんなの聞き流しちゃってるわ」
「平和だったから?」
「そうよ、こんなにゴタゴタしてるのって今年だけじゃない?」
千智が拓馬に話をふった。拓馬はとりあえずうなずいておく。拓馬個人の身辺においては去年もさほど変わらぬ忙しさだったように思えて、全面的な肯定はしにくかった。
須坂らが防犯対策の談義を終えかけたころ、三郎が入室した。彼は荷物を背負っている。これが彼の登校時間帯なのだろう。拓馬は若干意外に感じた。なんとなく、優等生な彼ならもっと早くに学校に着くものと思っていた。
三郎は千智が須坂と接する様子を見て、あからさまに驚愕した。その反応はいたしかたないことだ。須坂は三郎をうっとうしがっているし、その仲間とも積極的に関わろうとしていなかった──駅での一件をのぞいて。
とはいえ三郎のリアクションは行き過ぎていた。目をひんむく様子は顔芸のようでもあり、拓馬は吹き出してしまう。その笑い声を聞いた三郎が「いや、失礼した」と取り繕う。
「仲良くしているようでなによりだ。なんの話をしていたか、聞かせてもらえるか?」
「あー、それがな──」
「例の不良どもがなんかやらかす気なのよ」
拓馬の説明は千智にとって代わられた。三郎はその説明を受ける間、表情が悲喜こもごもに変化したが、口をはさむことはなかった。
「女子たちはその対策でいいか」
「男はどうするつもりだ?」
「むろん、遭遇したあかつきには再戦を──」
拓馬は三郎のブレなさに諦観をおぼえる。
「せめて、だれかと一緒にいるときにやってくれ」
そのだれか、は戦力にならなくてもかまわなかった。有事の際は他者の助けを求めに行ける、そんな人物でよい。さほどむずかしい要求ではないはずだが、三郎は難問に出くわしたかのようにしかめ面をする。
「といっても、オレは拓馬やジモンとは登下校の方向がちがうから……」
彼は戦力になる同行者を想定している。拓馬がその考えを正そうとしたとき、三郎の目が千智にいく。千智が「あたしぃ?」と渋る。
「やーよ、またあんたに夢中な先輩とかお嬢にやっかまれるじゃない」
三郎と千智は同じ地区から通っている幼馴染。だがこの二人は学校の行き帰りを共にしない。その理由は、恋人の疑いを回避するためだ。三郎の身辺には一部の女子の目が光っており、その被害に千智が辟易《へきえき》しているとか。そのことを拓馬が思い出すと、この二人が登校時間帯をずらす現状に納得がいった。
「あたしはあんたが嫌いなんじゃないのよ?」
「ああ、それはわかる」
「でもあんたが優柔不断なせいで、あんたを友だち扱いする女子が困るわけ。わかる?」
「その、千智が迷惑だと言うのもわかるが、オレは決断を先延ばしにするつもりは──」
「だったら先輩かお嬢のどっちかを恋人にみとめちゃいなさいよ。そしたらほかの子だってあきらめがつくの。ちなみにあたしのオススメはお嬢ね、逆玉よ逆玉!」
お嬢とあだなされる女子生徒は親が美容関係の社長だという。裕福な家の出であることは彼女の普段の身だしなみや言動からも知れ渡った。そのような庶民とは不釣り合いな女子に懸想されることを三郎は知っていながら、「そんな底の浅い話はいい」と切り捨てる。
「千智が人目を気にするのはわかった。なら部活帰りはどうだ? 先輩はもう引退したし、お嬢のほうも帰るのが早かったと思う」
「部活が終わる時間はバラバラでしょ。どっちかが終わるまで、片方が待つの?」
「そうだ。せいぜい十分二十分くらいの時間だろうが、惜しいか?」
「それくらいは平気だけどね、あんたからちゃんと先輩たちに話を通しておきなさいよ」
「そこまで周到にやるか?」
「そうよ。あの人たちはじかに見てなくたって、あんたのネタを拾ってくるんだからね」
三郎の要請は認可が下りた。黙していた須坂が「モテるのも大変ね」と微笑つきで三郎を冷やかす。そうして須坂は自席へもどった。三郎はぽかんとした顔で須坂を見ている。
「……人が変わったみたいだな」
三郎の感想に皆がうなずく。拓馬の目にも、難物な転校生が友好的な態度に変わったことはわかった。そのときに予鈴が鳴り、須坂の軟化に関する話題は立ち消えた。言葉をかさねずとも三人が感じた印象は同じだろう。
(友だち……に、みとめてくれたか?)
須坂にまつわる騒動に関わる際、拓馬自身は損な役回りが多かった。だがその結果、肯定的な変化が芽生えた。自分が巻き込まれたことは結果的にメリットのあることだったのだと、拓馬は前向きに受け入れた。