2018年05月23日
拓馬篇−5章5
本日の授業がおわった後、ヤマダは千智と一緒に防犯ブザーの貸し出し手続きをしに行った。須坂の話を聞いた拓馬がヤマダにも貸し出しをすすめ、その提案に応じたためだ。ヤマダは「作戦は練ってあるんだけどなー」と渋りつつもその手続きを終える。その後は部活動をせず、拓馬とともに下校した。
運動部員が出入りする校門を出た際、ヤマダは「早起きするとねむくなるね」とあくびをした。つられて拓馬も大口を開けた。言われてみてはじめて、拓馬は疲れがどっと押し寄せてきた気分になる。
「帰ったら夕寝するかな……」
「シズカさんとのお話はいいの?」
「いまんとこ反応がない。わすれられてるかもしれないし、今晩返事がなかったら、あした連絡してみる」
「うん、おねが……おおう?」
ヤマダは民家のブロック塀に注目した。高さはヤマダの身長より低いくらいの、なんの変哲もない外観だ。
「どうした?」
「金色っぽくてフサフサしたものが見えた。もしかしてクリオくんかな」
「だれだよ」
「クリーム茶トラの猫。たまにうちの縁側にくるよ」
ヤマダは友人を見かけたかのように親しげに言った。彼女は猫会いたさに塀に近づく。そっと塀越しに民家の敷地内を見下ろした。ヤマダは数秒黙りこくる。ふっと視線をもどすと、無言で塀をはなれた。その瞬間、「なんか言えよ!」と怒号がとぶ。塀の奥に人がいたのだ。
荒々しい声をあげた人物が塀から頭を出した。金髪の少年だ。眉間にしわを寄せた男子ではあるが、よく見ると目鼻立ちに女優さながらの柔和さがのこっていた。拓馬はその顔と髪に見覚えがある。それが敵対する人物だと認識した時、拓馬はみがまえる。
(さっそく仕掛けにきたか!)
金髪は雪辱を果たしにあらわれたのだ。しかし先に会敵したヤマダが妙に落ち着いている。そのせいで拓馬は芯からの臨戦態勢をとれずにいた。
ヤマダは声のしたほうへ振り返る。
「そんな大声だしたら、鬼に見つかるよ」
鬼、と聞いて拓馬は妖怪の鬼を想像した。しかし常人の目を持つヤマダたちに妖怪を視認できるはずがなく、その到来を忌避する理由が見つからなかった。
「この歳でかくれんぼをするやつがいるか!」
金髪は高校生には縁のない遊戯を連想できた。ああなるほど、と拓馬が納得する。その発想をもとに、ヤマダの思考順序を考えた。──ヤマダは金髪が仲間とともに童心にかえっていると見做し、その様子を見なかったことにしてあげようと思った。それゆえ、なにも言わずに去ろうとした、と。
(フツー、そうとらえるか?)
金髪は十中八九、拓馬たち目当てに才穎高校の近隣へきたのだ。それが復讐であれ事前の視察であれ、彼は無垢な遊びに興じてはいない。そんなことぐらい、ヤマダも察しがつくはずだ。
(これがちょろっと言ってた『作戦』なのか?)
ヤマダなりに考案した、金髪たちの撃退方法──と見るには、あまりにアドリブが多い。彼らが潜伏しているところを発見すること自体、確率の低い出来事だ。ヤマダに確たる考えがあったとしても「出会ったときはこういう接し方でいこう」という方針レベルだろうと拓馬は思った。
金髪は民家の敷地から出てきた。彼の背後には刈り上げ頭の少年もつづく。刈り上げはなぜか照れくさそうにうつむいていた。
金髪のツッコミを食らったヤマダは「きみらは公園に入りびたってたでしょ」と会話を続行する。
「きみらが小学生のする遊びをやってたって、ぜーんぜんおかしかないね」
「どういう理屈だ」
金髪が高圧的にたずねた。ヤマダは負けじと語勢を強める。
「あんなに公園に通う子って、大きくても小学生までだよ。きみらが小学生と程度が同じだってこと!」
「言ってくれるな。伸びてただけの野郎が」
刈り上げが「こいつ野郎じゃないですよ、女、女!」と訂正する。金髪は邪魔くさそうに仲間を腕ではらう。
「んなこたぁどうでもいい!」
「え、だっておれたち、いままでこいつを男だと思ってきてて──」
ヤマダを男に見間違える人は時々いる。というのも彼女は顔立ちが中性的だ。なおかつ私服では女っ気のない、動きやすい格好をこのむ。女らしい長い髪も、大抵は帽子で隠す──のだが、公園での騒動の時はポニーテールをさらしていたように拓馬は記憶している。
(そのまえの格好のせいか?)
数か月前の寒い時期、拓馬たちは金髪の取り巻きと衝突した。その頃のヤマダは防寒用のニット帽子をかぶるスタイルですごしており、パッと見の性別は不詳だった。当時の認識が彼らの中に根付いていたとおぼしい。ヤマダが男だと金髪に吹きこんだであろう刈り上げは腰が引けている。
「女相手はまずいんじゃないッスか? オダさんのポリシー的に」
「ハブればいいだろ! どうせなんにもできやしねえやつだ」
事実、ヤマダは金髪らを痛めつけたためしはない。そのおかげで金髪の報復対象からヤマダが外れたことを、拓馬はひそかに安心した。
拓馬の思惑とは反対に、ヤマダは堂々と金髪との距離を詰める。このまま大人しくしてくれればいいのに、と拓馬はヒヤヒヤした。
「わたしがなにもできないかどうか……」
ヤマダは金髪を見上げる。拓馬が見たところ、金髪の身長は一七○センチを超えている。背が一六○センチないヤマダには身長差がある相手だ。
「その体でたしかめてみろーっ!」
ヤマダがすばやく金髪の頭につかみかかる。攻撃されると思っていなかった金髪は反応がおくれた。彼の頭部はヤマダの左脇にはさまれる。金髪の顔がヤマダの左胸のとなりに生えているような、珍妙な合体ポーズになった。
(あいつ、なんつームチャを……)
敵と密着すれば危険も高まる。まして相手はヤマダに体格で勝っているのだ。彼女の無鉄砲な行ないは本人も承知のはずで、それができるのはおそらく、拓馬が見守っているからだ。ヤマダに危険が差しせまるまで、拓馬はあえて手を出さないことに決めた。
ヤマダは両腕でがっちり金髪を拘束したまま、尻もちをつくように座る。金髪も腹這いの姿勢になった。金髪はヤマダの腕をはがそうとする。だが力の入りにくい体勢を強いられるせいで拘束をほどけない。無力な金髪を見たヤマダが「ふはははは!」と演技じみて笑う。
「わが広背筋と上腕二頭筋の餌食となるがいい!」
ドスのきいた声だ。こんな声を出すヤマダは悪役を演じる時によく見かける。かける技が技だけに、いまのヤマダは悪役レスラーの気分でいるらしい。彼女は割合とプロレスが好きである。
金髪は捕縛を解けず、屈辱に顔をゆがめている。彼ひとりでは脱出不可能。それは彼の子分である刈り上げもわかっているだろうに、どうしたわけか親分を助けにいかない。金髪の現状を笑顔で、うらやましげに見ている。刈り上げはなにを思って傍観しているのか、拓馬にはさっぱり理解できなかった。
運動部員が出入りする校門を出た際、ヤマダは「早起きするとねむくなるね」とあくびをした。つられて拓馬も大口を開けた。言われてみてはじめて、拓馬は疲れがどっと押し寄せてきた気分になる。
「帰ったら夕寝するかな……」
「シズカさんとのお話はいいの?」
「いまんとこ反応がない。わすれられてるかもしれないし、今晩返事がなかったら、あした連絡してみる」
「うん、おねが……おおう?」
ヤマダは民家のブロック塀に注目した。高さはヤマダの身長より低いくらいの、なんの変哲もない外観だ。
「どうした?」
「金色っぽくてフサフサしたものが見えた。もしかしてクリオくんかな」
「だれだよ」
「クリーム茶トラの猫。たまにうちの縁側にくるよ」
ヤマダは友人を見かけたかのように親しげに言った。彼女は猫会いたさに塀に近づく。そっと塀越しに民家の敷地内を見下ろした。ヤマダは数秒黙りこくる。ふっと視線をもどすと、無言で塀をはなれた。その瞬間、「なんか言えよ!」と怒号がとぶ。塀の奥に人がいたのだ。
荒々しい声をあげた人物が塀から頭を出した。金髪の少年だ。眉間にしわを寄せた男子ではあるが、よく見ると目鼻立ちに女優さながらの柔和さがのこっていた。拓馬はその顔と髪に見覚えがある。それが敵対する人物だと認識した時、拓馬はみがまえる。
(さっそく仕掛けにきたか!)
金髪は雪辱を果たしにあらわれたのだ。しかし先に会敵したヤマダが妙に落ち着いている。そのせいで拓馬は芯からの臨戦態勢をとれずにいた。
ヤマダは声のしたほうへ振り返る。
「そんな大声だしたら、鬼に見つかるよ」
鬼、と聞いて拓馬は妖怪の鬼を想像した。しかし常人の目を持つヤマダたちに妖怪を視認できるはずがなく、その到来を忌避する理由が見つからなかった。
「この歳でかくれんぼをするやつがいるか!」
金髪は高校生には縁のない遊戯を連想できた。ああなるほど、と拓馬が納得する。その発想をもとに、ヤマダの思考順序を考えた。──ヤマダは金髪が仲間とともに童心にかえっていると見做し、その様子を見なかったことにしてあげようと思った。それゆえ、なにも言わずに去ろうとした、と。
(フツー、そうとらえるか?)
金髪は十中八九、拓馬たち目当てに才穎高校の近隣へきたのだ。それが復讐であれ事前の視察であれ、彼は無垢な遊びに興じてはいない。そんなことぐらい、ヤマダも察しがつくはずだ。
(これがちょろっと言ってた『作戦』なのか?)
ヤマダなりに考案した、金髪たちの撃退方法──と見るには、あまりにアドリブが多い。彼らが潜伏しているところを発見すること自体、確率の低い出来事だ。ヤマダに確たる考えがあったとしても「出会ったときはこういう接し方でいこう」という方針レベルだろうと拓馬は思った。
金髪は民家の敷地から出てきた。彼の背後には刈り上げ頭の少年もつづく。刈り上げはなぜか照れくさそうにうつむいていた。
金髪のツッコミを食らったヤマダは「きみらは公園に入りびたってたでしょ」と会話を続行する。
「きみらが小学生のする遊びをやってたって、ぜーんぜんおかしかないね」
「どういう理屈だ」
金髪が高圧的にたずねた。ヤマダは負けじと語勢を強める。
「あんなに公園に通う子って、大きくても小学生までだよ。きみらが小学生と程度が同じだってこと!」
「言ってくれるな。伸びてただけの野郎が」
刈り上げが「こいつ野郎じゃないですよ、女、女!」と訂正する。金髪は邪魔くさそうに仲間を腕ではらう。
「んなこたぁどうでもいい!」
「え、だっておれたち、いままでこいつを男だと思ってきてて──」
ヤマダを男に見間違える人は時々いる。というのも彼女は顔立ちが中性的だ。なおかつ私服では女っ気のない、動きやすい格好をこのむ。女らしい長い髪も、大抵は帽子で隠す──のだが、公園での騒動の時はポニーテールをさらしていたように拓馬は記憶している。
(そのまえの格好のせいか?)
数か月前の寒い時期、拓馬たちは金髪の取り巻きと衝突した。その頃のヤマダは防寒用のニット帽子をかぶるスタイルですごしており、パッと見の性別は不詳だった。当時の認識が彼らの中に根付いていたとおぼしい。ヤマダが男だと金髪に吹きこんだであろう刈り上げは腰が引けている。
「女相手はまずいんじゃないッスか? オダさんのポリシー的に」
「ハブればいいだろ! どうせなんにもできやしねえやつだ」
事実、ヤマダは金髪らを痛めつけたためしはない。そのおかげで金髪の報復対象からヤマダが外れたことを、拓馬はひそかに安心した。
拓馬の思惑とは反対に、ヤマダは堂々と金髪との距離を詰める。このまま大人しくしてくれればいいのに、と拓馬はヒヤヒヤした。
「わたしがなにもできないかどうか……」
ヤマダは金髪を見上げる。拓馬が見たところ、金髪の身長は一七○センチを超えている。背が一六○センチないヤマダには身長差がある相手だ。
「その体でたしかめてみろーっ!」
ヤマダがすばやく金髪の頭につかみかかる。攻撃されると思っていなかった金髪は反応がおくれた。彼の頭部はヤマダの左脇にはさまれる。金髪の顔がヤマダの左胸のとなりに生えているような、珍妙な合体ポーズになった。
(あいつ、なんつームチャを……)
敵と密着すれば危険も高まる。まして相手はヤマダに体格で勝っているのだ。彼女の無鉄砲な行ないは本人も承知のはずで、それができるのはおそらく、拓馬が見守っているからだ。ヤマダに危険が差しせまるまで、拓馬はあえて手を出さないことに決めた。
ヤマダは両腕でがっちり金髪を拘束したまま、尻もちをつくように座る。金髪も腹這いの姿勢になった。金髪はヤマダの腕をはがそうとする。だが力の入りにくい体勢を強いられるせいで拘束をほどけない。無力な金髪を見たヤマダが「ふはははは!」と演技じみて笑う。
「わが広背筋と上腕二頭筋の餌食となるがいい!」
ドスのきいた声だ。こんな声を出すヤマダは悪役を演じる時によく見かける。かける技が技だけに、いまのヤマダは悪役レスラーの気分でいるらしい。彼女は割合とプロレスが好きである。
金髪は捕縛を解けず、屈辱に顔をゆがめている。彼ひとりでは脱出不可能。それは彼の子分である刈り上げもわかっているだろうに、どうしたわけか親分を助けにいかない。金髪の現状を笑顔で、うらやましげに見ている。刈り上げはなにを思って傍観しているのか、拓馬にはさっぱり理解できなかった。
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