2018年05月24日
拓馬篇−5章6
ヤマダの絞め技に苦しむ金髪が「おい!」と第三者に声をかける。
「タブチ! やれ!」
タブチとよばれた刈り上げは「いいんスか?」と挙動不審だ。金髪は声を荒げる。
「確認することか! とっととオレを助けろ!」
「だって、女に抱きつかれてんスよ?」
「はぁ!?」
「胸が顔に当たってるじゃないスか! ラッキースケベッスよ!」
刈り上げが興奮しながら答える。彼の言わんとすることは拓馬には伝わった。しかしこの状況下で下心を優先する者は少数派だ。
「そんなこと言ってる場合か、これ?」
拓馬はごく自然にツッコんだ。刈り上げに金髪の救出をうながす発言が出ると、ヤマダは金髪を解放した。首を持ち上げられていた金髪は横顔を地面に着ける。脱力した金髪を刈り上げが介抱する。
「オダさん、だいじょぶッスか?」
「おめーはさっきの状況をなんだと思ってやがった?」
金髪は救出を躊躇した仲間にガンを飛ばした。刈り上げの目が泳ぐ。
「えーっと、プロレス技をキメられてたと……」
「わかってんだったらはやく助けろ!」
「でもいいじゃないスか。ちょっとかわいい子で」
金髪が鬼の形相で「あぁ!?」と怒りを爆発する。
「なにが『かわいい』だ、このトンマ!」
金髪が立ち上がる。刈り上げは恐れおののきながら、自身も立った。彼は両手のひらを金髪にむける。金髪と目を合わせないようにしているようだ。
「あぁ、スンマセン! でも安心してください!」
「なにをだ!」
「いちばんかわいいのはオダさんッスよ!」
刈り上げはまるで美人に見とれた彼氏が恋人に弁解するようなセリフを吐いた。彼なりに金髪の機嫌をとるつもりなのだ。そのように拓馬には解釈できたが、火に油をそそぐ発言だと思った。案の定、金髪は素っ頓狂な仲間の胸倉をつかむ。
「オレはそんなくだらないことで怒ってねえよ!」
金髪は刈り上げを突き飛ばす。アスファルトに寝転がった刈り上げは、なにが起きたのかわからないふうに呆けた顔をしている。
他校の少年らが仲間割れをする間、ヤマダは拓馬のそばにもどる。彼女はもう格闘家の仮面をはずしていた。
「やーねー、痴話ゲンカしちゃって」
拓馬に耳打ちをする体裁でのべた感想だが、その声量は金髪の耳にもとどくほど。金髪は次にヤマダをにらむ。
「おまえが妙な技を仕掛けなけりゃ、こんなことになってねえ!」
「まず、きみが仕返しをしにこなかったらよかったんじゃないかな?」
ヤマダはそもそも論を展開した。金髪は「今日は偵察だ」と彼女の指摘の一部を否定する。
「本気でやる気だったらこいつを連れてきてねえ」
金髪は地べたに座る刈り上げを指さした。刈り上げが頭をかく。たったいま戦力外通告を受けたというのに、いやに顔はにこやかだ。その能天気ぶりを観察したヤマダが大いにうなずく。
「ムードメーカーみたいだもんね、荒っぽいことにむいてないよ」
「おまえは見かけによらず、好き勝手にやってくれたな」
「さっきのヘッドロックのこと?」
「ああ! 女だと思って手加減したが──」
「まだやる?」
ヤマダが遊戯を続けるかのごとくたずねた。金髪は屈託のない質問を受け、多少の困惑を見せた。だがすぐに強気な姿勢にもどる。
「ひとにプロレス技をかけといて、自分だけ痛い目にあわずにすむと思ってんのか!」
正しいようで正しくはない主張だ。金髪は確実に拓馬たちへの害意を抱いている。その牽制としてヤマダが金髪を手打ちにした──このやり取りに一方的な非は存在しない。防衛行為がやり過ぎではあっても、やられること自体には金髪に非がある。
屈する必要のない言い分にもかかわらず、ヤマダは神妙にうなずく。
「うん、じゃあわたしにひとつ技をお見舞いしてよ」
「は?」
「同じ技をやり返してもいいし、ほかの技でもいい。それでうらみっこなしになる?」
ヤマダは背負っていたリュックサックをおろした。どんな技でも受けとめるという体勢なのだろう。対する金髪は苦虫をかんだような顔でいる。
「いや、そういうもんでもねえんだよ」
「じゃ、どうしたらいいの?」
「そりゃ、その……」
金髪は言いよどんだ。ヤマダの純粋な質問によって調子を狂わされているのだろう。返答内容を思案する金髪を、拓馬はあわれむように見る。
(まともに相手しなくていいのにな)
と、金髪の対応から悪童らしからぬ律義さを感じとった。
数秒の無言ののち、金髪は良い言葉が見つかったようで「わかりきったことだ」と言う。
「おまえらが苦しめばいい!」
「よし、どんとこーい!」
ヤマダは足を開き、やや腰を落とした。その姿勢は野球の野手が守備についた時と似ている。これは金髪の想定する反応とかけ離れた態度だろうが、金髪はいたって冷静だ。さすがに慣れてきたらしい。
「だけどおまえがのぞんでやられる苦しみじゃ無意味だ。心の底からイヤがるような──」
金髪は大真面目に言っているが、この言い方では正反対の会話へ誘導させてしまう。そのように拓馬はヤマダの思考を勘ぐった。
「わたし、犬がこわい……」
ヤマダは威勢のよい態度から一変、かよわい女を演じる。胸の前で自身の手をにぎり、偽りの恐怖に身をすくめた。ご丁寧に泣き出しそうな表情もつくっている。
「あのあったかくてフカフカな毛皮も、指でつついたらピコピコうごく耳も、人の顔をペロペロするやわらかーい舌もこわいっ」
それらの犬の特徴には万人が恐怖しうる箇所が皆無。ヤマダはバレバレのウソをついている。金髪も「こわがる要素がひとつもねえぞ!」と反論した。ヤマダはそしらぬ顔で演技を継続する。
「あと会うたびにブンブンふるしっぽも──」
「好きなんだろ、そこが!」
ヤマダの隠す気のない犬好きアピールは金髪にも伝わった。金髪がまたもけわしい形相になる。
「こいつ、ふざけたおしやがって!」
この罵声はヤマダに効いたらしい。彼女がかなしげに目を伏せる──といっても、拓馬はこんなことで彼女が落ちこむ人間ではないと知っていた。
「うん、調子にのっちゃった……怒らせちゃったよね」
ヤマダはおもむろに両腕をひろげる。
「だからさ、仲直りのハグをしよう!」
金髪はうろたえた。その反応は常人そのもの。最大級に予想外な申し出をまえにして、金髪が「バ、バカかおまえ」と、しどろもどろな罵詈をひねりだす。
「んなことでオレの気がすむと思うか?」
「やってみなきゃわからないよ」
「やらなくてもわかる! 気持ちわるいだけだ!」
「もー、恥ずかしがりやさんだねー」
ヤマダは腕をひろげた状態で金髪ににじり寄った。金髪があとずさる。彼の顔からはおびえた感情が見え隠れした。金髪の戦意が失われつつあるのだ。ヤマダはダメ押しとばかりに、スマイリーに「ジャストゥルァンイントゥマイアームズ!」と流暢にさけぶ。
「訳すと『わたしの胸に飛びこんでおいで』だよ!」
この常軌を逸した博愛行動が決定打となり、金髪はヤマダに背を向ける。
「くるな、この痴女が!」
金髪は逃げだした。全力疾走だ。彼はみるみるうちに遠ざかっていった。放置された刈り上げも「オダさん、まってー!」と言いながら走り去った。
ヤマダは「んじゃ行こうか」と平然とした様子で自分の荷物を拾う。金髪たちの遁走は彼女の想定内だ。拓馬にもヤマダの目論見はわかってきていた。
「これでわたしたちに絡むの、イヤになってくれたらいいんだけどね」
ヤマダはわざと奇矯なふるまいに徹した。それは金髪の復讐心を萎えさせるためにしていたこと。つまり、純然な体罰に走ったシドとは別方向のアプローチだった。肉体でダメなら精神を攻める、という発想自体は真っ当なものだ。
「おまえには関わらなくなるだろうな」
「えー、わたしだけ?」
「たぶんな。あいつは俺と先生に借りがあるんだし」
「じゃあタッちゃんもあの子にハグをせまってみる?」
「やだよ、変態だと思われたくない」
ヤマダの対応は、やるほうも心にダメージを負いかねない。それを苦としない彼女だけができることだ。
「あ、そういえば」
ヤマダがなにかに気付く。拓馬は「なんかあったか?」とたずねた。
「あの子たち、また今日くるかな?」
ヤマダは退散した少年らの来襲を気にしている。学校にはまだ部活中の三郎たちが残っているせいだ。
「さっき『偵察しにきた』と言ってたから、きたとしてもケンカにはならんだろ」
それ以前に、あんなふうに逃走した連中がふたたびもどってくる気力があるとは思えなかった。
「じゃ、サブちゃんたちはほうっておいていいかな」
「ああ、とっとと帰るぞ。本格的にしんどくなってきた」
ヤマダは元気よく「うん!」と答えた。あれだけキテレツなパフォーマンスをこなしていながら、かえって活力がみなぎっているかのようだ。彼女にとって金髪はいい遊び相手になったのだろう。遊ばれた側はたまったものではない。
(『めんどくせーやつだ』って、きっとあの不良どもも思ってんだろうな)
ヤマダを熟知する拓馬が気疲れしたのだ。はじめて言葉を交わした他人では、なおのこと精神的負荷がかかったと見える。
(これでこいつはターゲットからはずれるだろ……)
金髪の感性は案外、常識人に近かった。悪童といえど、その精神はおそらく常識の範疇にある。彼ならば、心身を多大に消耗させてくる変人には寄りつきたくないと考えるはず。これが今日の成果である。根本的な解決になる自信はないものの、ヤマダにふりかかる災禍が減ることはよろこばしい。
(ただでさえ変なやつにねらわれてるんだからな)
その懸念はヤマダだけでなく、須坂にもある。そちらの重大な問題に取り組める者との通話を期待して、拓馬は帰宅した。
「タブチ! やれ!」
タブチとよばれた刈り上げは「いいんスか?」と挙動不審だ。金髪は声を荒げる。
「確認することか! とっととオレを助けろ!」
「だって、女に抱きつかれてんスよ?」
「はぁ!?」
「胸が顔に当たってるじゃないスか! ラッキースケベッスよ!」
刈り上げが興奮しながら答える。彼の言わんとすることは拓馬には伝わった。しかしこの状況下で下心を優先する者は少数派だ。
「そんなこと言ってる場合か、これ?」
拓馬はごく自然にツッコんだ。刈り上げに金髪の救出をうながす発言が出ると、ヤマダは金髪を解放した。首を持ち上げられていた金髪は横顔を地面に着ける。脱力した金髪を刈り上げが介抱する。
「オダさん、だいじょぶッスか?」
「おめーはさっきの状況をなんだと思ってやがった?」
金髪は救出を躊躇した仲間にガンを飛ばした。刈り上げの目が泳ぐ。
「えーっと、プロレス技をキメられてたと……」
「わかってんだったらはやく助けろ!」
「でもいいじゃないスか。ちょっとかわいい子で」
金髪が鬼の形相で「あぁ!?」と怒りを爆発する。
「なにが『かわいい』だ、このトンマ!」
金髪が立ち上がる。刈り上げは恐れおののきながら、自身も立った。彼は両手のひらを金髪にむける。金髪と目を合わせないようにしているようだ。
「あぁ、スンマセン! でも安心してください!」
「なにをだ!」
「いちばんかわいいのはオダさんッスよ!」
刈り上げはまるで美人に見とれた彼氏が恋人に弁解するようなセリフを吐いた。彼なりに金髪の機嫌をとるつもりなのだ。そのように拓馬には解釈できたが、火に油をそそぐ発言だと思った。案の定、金髪は素っ頓狂な仲間の胸倉をつかむ。
「オレはそんなくだらないことで怒ってねえよ!」
金髪は刈り上げを突き飛ばす。アスファルトに寝転がった刈り上げは、なにが起きたのかわからないふうに呆けた顔をしている。
他校の少年らが仲間割れをする間、ヤマダは拓馬のそばにもどる。彼女はもう格闘家の仮面をはずしていた。
「やーねー、痴話ゲンカしちゃって」
拓馬に耳打ちをする体裁でのべた感想だが、その声量は金髪の耳にもとどくほど。金髪は次にヤマダをにらむ。
「おまえが妙な技を仕掛けなけりゃ、こんなことになってねえ!」
「まず、きみが仕返しをしにこなかったらよかったんじゃないかな?」
ヤマダはそもそも論を展開した。金髪は「今日は偵察だ」と彼女の指摘の一部を否定する。
「本気でやる気だったらこいつを連れてきてねえ」
金髪は地べたに座る刈り上げを指さした。刈り上げが頭をかく。たったいま戦力外通告を受けたというのに、いやに顔はにこやかだ。その能天気ぶりを観察したヤマダが大いにうなずく。
「ムードメーカーみたいだもんね、荒っぽいことにむいてないよ」
「おまえは見かけによらず、好き勝手にやってくれたな」
「さっきのヘッドロックのこと?」
「ああ! 女だと思って手加減したが──」
「まだやる?」
ヤマダが遊戯を続けるかのごとくたずねた。金髪は屈託のない質問を受け、多少の困惑を見せた。だがすぐに強気な姿勢にもどる。
「ひとにプロレス技をかけといて、自分だけ痛い目にあわずにすむと思ってんのか!」
正しいようで正しくはない主張だ。金髪は確実に拓馬たちへの害意を抱いている。その牽制としてヤマダが金髪を手打ちにした──このやり取りに一方的な非は存在しない。防衛行為がやり過ぎではあっても、やられること自体には金髪に非がある。
屈する必要のない言い分にもかかわらず、ヤマダは神妙にうなずく。
「うん、じゃあわたしにひとつ技をお見舞いしてよ」
「は?」
「同じ技をやり返してもいいし、ほかの技でもいい。それでうらみっこなしになる?」
ヤマダは背負っていたリュックサックをおろした。どんな技でも受けとめるという体勢なのだろう。対する金髪は苦虫をかんだような顔でいる。
「いや、そういうもんでもねえんだよ」
「じゃ、どうしたらいいの?」
「そりゃ、その……」
金髪は言いよどんだ。ヤマダの純粋な質問によって調子を狂わされているのだろう。返答内容を思案する金髪を、拓馬はあわれむように見る。
(まともに相手しなくていいのにな)
と、金髪の対応から悪童らしからぬ律義さを感じとった。
数秒の無言ののち、金髪は良い言葉が見つかったようで「わかりきったことだ」と言う。
「おまえらが苦しめばいい!」
「よし、どんとこーい!」
ヤマダは足を開き、やや腰を落とした。その姿勢は野球の野手が守備についた時と似ている。これは金髪の想定する反応とかけ離れた態度だろうが、金髪はいたって冷静だ。さすがに慣れてきたらしい。
「だけどおまえがのぞんでやられる苦しみじゃ無意味だ。心の底からイヤがるような──」
金髪は大真面目に言っているが、この言い方では正反対の会話へ誘導させてしまう。そのように拓馬はヤマダの思考を勘ぐった。
「わたし、犬がこわい……」
ヤマダは威勢のよい態度から一変、かよわい女を演じる。胸の前で自身の手をにぎり、偽りの恐怖に身をすくめた。ご丁寧に泣き出しそうな表情もつくっている。
「あのあったかくてフカフカな毛皮も、指でつついたらピコピコうごく耳も、人の顔をペロペロするやわらかーい舌もこわいっ」
それらの犬の特徴には万人が恐怖しうる箇所が皆無。ヤマダはバレバレのウソをついている。金髪も「こわがる要素がひとつもねえぞ!」と反論した。ヤマダはそしらぬ顔で演技を継続する。
「あと会うたびにブンブンふるしっぽも──」
「好きなんだろ、そこが!」
ヤマダの隠す気のない犬好きアピールは金髪にも伝わった。金髪がまたもけわしい形相になる。
「こいつ、ふざけたおしやがって!」
この罵声はヤマダに効いたらしい。彼女がかなしげに目を伏せる──といっても、拓馬はこんなことで彼女が落ちこむ人間ではないと知っていた。
「うん、調子にのっちゃった……怒らせちゃったよね」
ヤマダはおもむろに両腕をひろげる。
「だからさ、仲直りのハグをしよう!」
金髪はうろたえた。その反応は常人そのもの。最大級に予想外な申し出をまえにして、金髪が「バ、バカかおまえ」と、しどろもどろな罵詈をひねりだす。
「んなことでオレの気がすむと思うか?」
「やってみなきゃわからないよ」
「やらなくてもわかる! 気持ちわるいだけだ!」
「もー、恥ずかしがりやさんだねー」
ヤマダは腕をひろげた状態で金髪ににじり寄った。金髪があとずさる。彼の顔からはおびえた感情が見え隠れした。金髪の戦意が失われつつあるのだ。ヤマダはダメ押しとばかりに、スマイリーに「ジャストゥルァンイントゥマイアームズ!」と流暢にさけぶ。
「訳すと『わたしの胸に飛びこんでおいで』だよ!」
この常軌を逸した博愛行動が決定打となり、金髪はヤマダに背を向ける。
「くるな、この痴女が!」
金髪は逃げだした。全力疾走だ。彼はみるみるうちに遠ざかっていった。放置された刈り上げも「オダさん、まってー!」と言いながら走り去った。
ヤマダは「んじゃ行こうか」と平然とした様子で自分の荷物を拾う。金髪たちの遁走は彼女の想定内だ。拓馬にもヤマダの目論見はわかってきていた。
「これでわたしたちに絡むの、イヤになってくれたらいいんだけどね」
ヤマダはわざと奇矯なふるまいに徹した。それは金髪の復讐心を萎えさせるためにしていたこと。つまり、純然な体罰に走ったシドとは別方向のアプローチだった。肉体でダメなら精神を攻める、という発想自体は真っ当なものだ。
「おまえには関わらなくなるだろうな」
「えー、わたしだけ?」
「たぶんな。あいつは俺と先生に借りがあるんだし」
「じゃあタッちゃんもあの子にハグをせまってみる?」
「やだよ、変態だと思われたくない」
ヤマダの対応は、やるほうも心にダメージを負いかねない。それを苦としない彼女だけができることだ。
「あ、そういえば」
ヤマダがなにかに気付く。拓馬は「なんかあったか?」とたずねた。
「あの子たち、また今日くるかな?」
ヤマダは退散した少年らの来襲を気にしている。学校にはまだ部活中の三郎たちが残っているせいだ。
「さっき『偵察しにきた』と言ってたから、きたとしてもケンカにはならんだろ」
それ以前に、あんなふうに逃走した連中がふたたびもどってくる気力があるとは思えなかった。
「じゃ、サブちゃんたちはほうっておいていいかな」
「ああ、とっとと帰るぞ。本格的にしんどくなってきた」
ヤマダは元気よく「うん!」と答えた。あれだけキテレツなパフォーマンスをこなしていながら、かえって活力がみなぎっているかのようだ。彼女にとって金髪はいい遊び相手になったのだろう。遊ばれた側はたまったものではない。
(『めんどくせーやつだ』って、きっとあの不良どもも思ってんだろうな)
ヤマダを熟知する拓馬が気疲れしたのだ。はじめて言葉を交わした他人では、なおのこと精神的負荷がかかったと見える。
(これでこいつはターゲットからはずれるだろ……)
金髪の感性は案外、常識人に近かった。悪童といえど、その精神はおそらく常識の範疇にある。彼ならば、心身を多大に消耗させてくる変人には寄りつきたくないと考えるはず。これが今日の成果である。根本的な解決になる自信はないものの、ヤマダにふりかかる災禍が減ることはよろこばしい。
(ただでさえ変なやつにねらわれてるんだからな)
その懸念はヤマダだけでなく、須坂にもある。そちらの重大な問題に取り組める者との通話を期待して、拓馬は帰宅した。
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