2018年05月27日
拓馬篇−6章1 ☆
拓馬はヤマダと別れた。自宅にたどり着くと玄関口に猫が座っている。全体の毛皮は白いが顔のまん中や耳先、足先が黒い。シャム猫のような柄だ。ヤマダがこの場にいたら、即行でかまいにいきそうである。
あえて拓馬はいつもの調子で玄関に近づいた。猫は逃げない。
(人に馴れてる? それか──)
拓馬は今朝自分がシズカに報告したことを思い出した。この珍客が普通の猫ではないと仮定して、白黒模様の獣のそばでしゃがむ。
「どうした、俺に用か?」
猫はちいさな頭を縦にうごかした。その仕草は偶然か、と拓馬が半信半疑になったところ、猫は玄関の戸に頭をつっこんだ。猫の耳や鼻はするっと戸をすり抜ける。またたく間に胴体が半分見えなくなった。
(シズカさんとこの、化け猫か……)
たびたび駆り出される猫だ。おもに二匹の猫がシズカの指示のもと、諜報活動を行なっているという。拓馬はこの猫たちに何度か会ったことがあるようなのだが、彼らはその都度体毛の模様と色を変えてくるので、どの猫がだれかという区別はついていない。
(なにかを伝えにきたのかな)
拓馬は玄関の鍵を開けた。猫のあとを追おう──と思いきや、猫は玄関内でまた座っていた。勝手に家屋へ侵入するのを遠慮しているのだろうか。鍵のかかった玄関を通過した時点で、不法侵入相当だと拓馬は思うのだが。
「あがっていいよ。シズカさんのおつかいなんだろ?」
『ではお言葉に甘える』
猫は中高年らしき男性の声で答えた。想像以上に高齢な性格の化け猫のようだ。
(化け物なら長生きしてるだろうし……)
と、ギャップがあることを自分なりに納得した。
猫が音もなく廊下にあがる。彼らはもとより実体のない身。通路などあってないようなものだが、そのあたりは人間の常識に合わせてうごいてくれた。
拓馬は玄関の鍵をかけた。現在は拓馬以外の人間の家族は不在。すこし仮眠するつもりだったので、防犯用に用心しておいた。
拓馬が猫にひとこと「すこしまっててくれ」とたのんだ。自室へいき、制服をぬぐ。よごれてもよい私服に着替えた。その格好で、居間の檻で留守番をしていた飼い犬を放す。トーマは拓馬の帰宅を全身でよろこんだ。拓馬の手や顔をなめたり、自身の体を拓馬にこすりつけたりする。ひとしきり犬の歓待を受けおえて、拓馬はソファに移動した。シズカの使いもソファのへりに乗る。位置的に猫は拓馬のななめ後ろにいる。視線を合わせるため、拓馬はソファに片足をのせ、体の向きを変えた。床につけた足にはトーマのあたたかい体が触れている。話をする態勢がととのった。拓馬は精神体な猫に話しかける。
「それで……なんの用事できたんだ?」
予測はついていたが、いちおうの確認をした。万一、この猫がシズカの使者を偽装する異形ということもありうる。シズカからの連絡がない以上、軽率な情報漏えいはさけたかった。
『今朝がたの連絡を受けての返事、と思ってもらいたい』
この言葉によって、拓馬は猫を信用する。
「シズカさんが忙しくて、あんたがその代わりに話をしにきたと?」
『その認識で大差ない。ゆうても、あやつは今晩におぬしと話すつもりでいる』
夜まで待てない理由があるのか──と拓馬は不安がる。
「夜に話してちゃ、手遅れになる?」
『いんや、火急の用ではない。わしが遣わされたのは、言葉では教えきれぬことを見せるため』
「『見せる』?」
『事実を語るためにまぼろしを映し出す。わしの得意分野じゃて』
これができるやつはほかにもいるがの、と老猫は自虐めいて言う。
『いままでわしが知り得たことを、おぬしに見せてしんぜよう』
「へえ、ドキュメンタリー映画みたいなものか?」
『そうじゃ。多少脚色は入るが……抵抗はないか?』
「ん? なんで?」
『幻術なんぞ体験したことはなかろうに、不気味ではないのか?』
現状、拓馬はしゃべる猫と接している。そんな状況を受け入れる自分が、いまさら故意の幻覚を見せられて、取り乱すだろうかと自問する。
(不気味なもの……は、見るときは見るしなぁ)
幼少時のトラウマがかすかによみがえった。悪意をもった霊が拓馬を自宅まで追ってきたことがあるのだ。その原因は拓馬がうっかり霊に注目してしまったせいだと記憶している。それにくらべて、見る者をどうこうする気のない幻影はおそれるに足らないように感じた。ただし、苦手な映像自体はある。
「まあ、グロテスクなもんを見せられたらイヤだけど……」
『それは安心されよ。しょっきんぐ映像は出てこぬ』
「ならいいや」
『かるいのう』
老猫は拓馬の感性が常人離れしていると言いたげだ。おそらく霊視という特性がもたらす人格形成への影響を想定していないのだ。そればかりは感覚を共有できる者がほぼいないため、わかれと言うほうが無理である。
拓馬は自分が非日常的な能力をおそれぬ理由を、もっともらしく言ってみる。
「シズカさんがいいと思ってやることなら……平気だと思う」
『そうか。信頼しておるのだな』
老猫はしっぽをうねらせて『映画といえばの』となにか思いつく。
『なれーしょんの種類は変更可能じゃぞ。若いおなごの声にしようか?』
「あんたがラクな方法でいいよ」
『そうか、ではこのままでやるぞ』
「どうやって見るんだ? スクリーンがぽんっと空中に出るのか?」
『それはめんどくさいんじゃ』
老猫は技術的に不可能ではないと示唆する。その言い方がなんだか人間くさくて、拓馬は老猫に親しみをおぼえた。
『おぬしが夢を見るのと同じ要領で、映像を流すぞ』
老猫は拓馬に、横になって目をつむるよう指示した。老猫もへりのうえで腹這いになる。
『りら〜っくすじゃ』
拓馬は言われるままにソファに寝転がり、目をとじた。今朝からの疲労を感じる。そのせいで、なんだか寝てしまいそうになる。
「これ、ねたらダメだよな?」
『大丈夫じゃ。そうなれば夢見のほうをチョチョイといじるまで』
寝落ちしても問題はないと知り、拓馬はだいぶ気楽になった。
『これからある男のいめーじを伝えるぞ。おぬしの近辺に出没しておる男と、同一だと思われるやからじゃ』
暗い視界が徐々に明るんでいく。目を閉じても見える光景は、色のない世界だった。
あえて拓馬はいつもの調子で玄関に近づいた。猫は逃げない。
(人に馴れてる? それか──)
拓馬は今朝自分がシズカに報告したことを思い出した。この珍客が普通の猫ではないと仮定して、白黒模様の獣のそばでしゃがむ。
「どうした、俺に用か?」
猫はちいさな頭を縦にうごかした。その仕草は偶然か、と拓馬が半信半疑になったところ、猫は玄関の戸に頭をつっこんだ。猫の耳や鼻はするっと戸をすり抜ける。またたく間に胴体が半分見えなくなった。
(シズカさんとこの、化け猫か……)
たびたび駆り出される猫だ。おもに二匹の猫がシズカの指示のもと、諜報活動を行なっているという。拓馬はこの猫たちに何度か会ったことがあるようなのだが、彼らはその都度体毛の模様と色を変えてくるので、どの猫がだれかという区別はついていない。
(なにかを伝えにきたのかな)
拓馬は玄関の鍵を開けた。猫のあとを追おう──と思いきや、猫は玄関内でまた座っていた。勝手に家屋へ侵入するのを遠慮しているのだろうか。鍵のかかった玄関を通過した時点で、不法侵入相当だと拓馬は思うのだが。
「あがっていいよ。シズカさんのおつかいなんだろ?」
『ではお言葉に甘える』
猫は中高年らしき男性の声で答えた。想像以上に高齢な性格の化け猫のようだ。
(化け物なら長生きしてるだろうし……)
と、ギャップがあることを自分なりに納得した。
猫が音もなく廊下にあがる。彼らはもとより実体のない身。通路などあってないようなものだが、そのあたりは人間の常識に合わせてうごいてくれた。
拓馬は玄関の鍵をかけた。現在は拓馬以外の人間の家族は不在。すこし仮眠するつもりだったので、防犯用に用心しておいた。
拓馬が猫にひとこと「すこしまっててくれ」とたのんだ。自室へいき、制服をぬぐ。よごれてもよい私服に着替えた。その格好で、居間の檻で留守番をしていた飼い犬を放す。トーマは拓馬の帰宅を全身でよろこんだ。拓馬の手や顔をなめたり、自身の体を拓馬にこすりつけたりする。ひとしきり犬の歓待を受けおえて、拓馬はソファに移動した。シズカの使いもソファのへりに乗る。位置的に猫は拓馬のななめ後ろにいる。視線を合わせるため、拓馬はソファに片足をのせ、体の向きを変えた。床につけた足にはトーマのあたたかい体が触れている。話をする態勢がととのった。拓馬は精神体な猫に話しかける。
「それで……なんの用事できたんだ?」
予測はついていたが、いちおうの確認をした。万一、この猫がシズカの使者を偽装する異形ということもありうる。シズカからの連絡がない以上、軽率な情報漏えいはさけたかった。
『今朝がたの連絡を受けての返事、と思ってもらいたい』
この言葉によって、拓馬は猫を信用する。
「シズカさんが忙しくて、あんたがその代わりに話をしにきたと?」
『その認識で大差ない。ゆうても、あやつは今晩におぬしと話すつもりでいる』
夜まで待てない理由があるのか──と拓馬は不安がる。
「夜に話してちゃ、手遅れになる?」
『いんや、火急の用ではない。わしが遣わされたのは、言葉では教えきれぬことを見せるため』
「『見せる』?」
『事実を語るためにまぼろしを映し出す。わしの得意分野じゃて』
これができるやつはほかにもいるがの、と老猫は自虐めいて言う。
『いままでわしが知り得たことを、おぬしに見せてしんぜよう』
「へえ、ドキュメンタリー映画みたいなものか?」
『そうじゃ。多少脚色は入るが……抵抗はないか?』
「ん? なんで?」
『幻術なんぞ体験したことはなかろうに、不気味ではないのか?』
現状、拓馬はしゃべる猫と接している。そんな状況を受け入れる自分が、いまさら故意の幻覚を見せられて、取り乱すだろうかと自問する。
(不気味なもの……は、見るときは見るしなぁ)
幼少時のトラウマがかすかによみがえった。悪意をもった霊が拓馬を自宅まで追ってきたことがあるのだ。その原因は拓馬がうっかり霊に注目してしまったせいだと記憶している。それにくらべて、見る者をどうこうする気のない幻影はおそれるに足らないように感じた。ただし、苦手な映像自体はある。
「まあ、グロテスクなもんを見せられたらイヤだけど……」
『それは安心されよ。しょっきんぐ映像は出てこぬ』
「ならいいや」
『かるいのう』
老猫は拓馬の感性が常人離れしていると言いたげだ。おそらく霊視という特性がもたらす人格形成への影響を想定していないのだ。そればかりは感覚を共有できる者がほぼいないため、わかれと言うほうが無理である。
拓馬は自分が非日常的な能力をおそれぬ理由を、もっともらしく言ってみる。
「シズカさんがいいと思ってやることなら……平気だと思う」
『そうか。信頼しておるのだな』
老猫はしっぽをうねらせて『映画といえばの』となにか思いつく。
『なれーしょんの種類は変更可能じゃぞ。若いおなごの声にしようか?』
「あんたがラクな方法でいいよ」
『そうか、ではこのままでやるぞ』
「どうやって見るんだ? スクリーンがぽんっと空中に出るのか?」
『それはめんどくさいんじゃ』
老猫は技術的に不可能ではないと示唆する。その言い方がなんだか人間くさくて、拓馬は老猫に親しみをおぼえた。
『おぬしが夢を見るのと同じ要領で、映像を流すぞ』
老猫は拓馬に、横になって目をつむるよう指示した。老猫もへりのうえで腹這いになる。
『りら〜っくすじゃ』
拓馬は言われるままにソファに寝転がり、目をとじた。今朝からの疲労を感じる。そのせいで、なんだか寝てしまいそうになる。
「これ、ねたらダメだよな?」
『大丈夫じゃ。そうなれば夢見のほうをチョチョイといじるまで』
寝落ちしても問題はないと知り、拓馬はだいぶ気楽になった。
『これからある男のいめーじを伝えるぞ。おぬしの近辺に出没しておる男と、同一だと思われるやからじゃ』
暗い視界が徐々に明るんでいく。目を閉じても見える光景は、色のない世界だった。
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