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2018年06月07日

拓馬篇−6章5 ★

 シズカの返答は迅速だった。引き綱をつけたトーマがもどってきたとき、機器の受信反応があった。拓馬はただちに内容を確認する。
 意外なことに、シズカはヤマダの無謀な計画に同意した。
『大男さんは紳士だから胸を借りてきなよ』
 とのアドバイスには、やはり大男が強者であり、拓馬たちは完敗を喫するとの認識をにおわせる。その見立てに拓馬の異論はない。ただ、拓馬側の戦力では不足があると見ていながら、派遣する守護者を積極的に戦わせないと宣言する点が奇妙だ。
(止めてもムダだと思われてる……はないよな。まだ三郎は知らないことだ)
 三郎の一途さをシズカは知っている。こういった計画への参加率が高いことも熟知する。中止をよびかけるならいまがチャンスだが、反対に後押しするようにさえ受け取れる。
(いっぺん徹底的にやられれば、おとなしくなるって思われてるのかな)
 さいわい、計画に失敗しても損害の心配はないらしい。その見込みには、シズカの護衛が守ってくれるのも関係するのだろう。
 返信にはさらにヤマダにたずねてほしいことが書いてあった。彼女への護衛を派遣するタイミングは拓馬たちが大男に接触をはかる当日か、今日からがいいのか。そこで拓馬はヤマダに電子文を見せて「どうする?」と聞いた。ヤマダは画面から目をはなす。
「んー、シズカさんに省エネしてもらう方向でいくと、作戦実施日がいいよね」
「だったらいつやるか決めないとな」
「予定は来週の金曜日のつもりだけど……」
 ヤマダはもう算段を立てている。具体的な計画もあらかた構想が練れているのだろうが、人員がいなくては絵に描いた餅だ。
「人を集められなかったらできない、か?」
「うん、そういうこと」
「やれそうになかったらシズカさんに断りを入れる。いまはその予定で伝えておくか?」
「そうだね。はやめに準備するから、ダメだったときはタッちゃんに言うよ」
 ヤマダがトーマの引き綱を拓馬に手渡した。これで会合は終れる。だが拓馬は気になることがいくつもあった。そのうちのひとつ、とくにシズカへの連絡にかかわる事柄を彼女にたずねる。
「なんで来週の金曜日にやるんだ?」
 金曜日は助っ人になりうる人員のひとりが欠席しやすい。その難点をくつがえすほどの利点があるのかと、拓馬は不思議だった。
「理由はふたつ。大男さんって美弥ちゃんが外出した夜に、よくあらわれたでしょ。それが週末だった」
 騒ぎは須坂が遠方からくる姉をむかえる道中におきた。その前例にならうとは──
「じゃあなんだ、須坂にも協力させると?」
「うん、いちばんむずかしそうだけどね」
 拓馬も同意見だ。最近の須坂は当たりがやわらいできたとはいえ、お人好しレベルまでには変化していない。こんな危険なまねをすすんでやってくれるとは思えなかった。
 ヤマダはいかにも難儀そうな顔をして「説得はわたしにまかせて」と言う。
「休みの日は美弥ちゃんがときどき店にくるんだよ。もちろん、わたしが手伝いにいってるとこね。そのときに会えたら話そうかな」
「店にこなかったらどうする?」
「美弥ちゃんの部屋を知ってる人に聞く」
 住所を知らせていない相手が訪問してきては気味悪がられそうだ。拓馬は「それはどうかと思うぞ」と苦言を呈する。
「学校じゃダメなのか」
「もしサブちゃんにバレたら美弥ちゃんぬきでもやりたがりそう。だからなるべく学校の人には知られないうちに説得したい」
「須坂が不参加なら、作戦中止か?」
 拓馬が言外の意図を察すると、ヤマダはにっこり笑う。
「そうするのがいいと思う。わたしが美弥ちゃんに変装してもいいんだけど……大男さんに別人だと見抜かれて、そのせいでうまくいかなかったら、骨折り損でしょ?」
「須坂がいたからって絶対にやつがくるわけでもないぞ」
「そのとおり。だから確率はあげておきたいんだよ。せっかくシズカさんも協力してくれるんだしね」
 シズカの手助けを無駄にしないために、という主張は拓馬の胸にひびいた。万全の態勢をととのえた結果なら、不発でおわっても悔いはのこらない。そういった思考のもと、彼女は須坂の参加を必須事項にしている。腑に落ちた拓馬は「ふたつめの理由は?」と質問をつづけた。
「格闘に強い人がうちの親父と酒飲みにくる」
「俺の知ってる人か?」
「うん、ジュンさんだよ」
 その人物はノブの元同僚だ。豪放なノブと馬が合う程度にはノリのよい人なので、ヤマダの希望を受けてくれそうだ。
「ジュンさんにも話してみるつもり」
「それなら勝てるかもな……」
 彼は戦闘の技巧に秀でる人物だ。本人は自分を普通の会社員だと言ってゆずらないが、拓馬たちは方便だと思っている。その根拠は彼自身の強さにあるが、そのほか、私生活でも暗器を携行する趣味にある。彼の所持する暗器は一応、この国の銃刀法に違反しないものだ。
 ヤマダはトーマの首元を両手でなでる。トーマの首回りは白くて後頭部と背中が黒いことから「マフラーまいてるみたい」とヤマダはよく言う。ヤマダがその毛並みをめでるのに満足すると、拓馬にむけて片手をあげる。
「じゃ、シズカさんのほうはよろしくー」
 そう言ってヤマダは帰宅した。連絡を催促された拓馬は、その場でシズカへの伝達をすませる。この連絡への返信は待たなくてもよいと思い、機器をポケットにもどす。そしておすわりする飼い犬を見た。トーマはじっと拓馬の顔を見上げている。らんらんとした目と口角の上がった口は、いまからたのしいことが起きると期待しているよう。拓馬はその頭をなでる。
「わかってるよ、散歩はちゃんとやるって」
 そのまえにトーマが遊んだ庭の様子を見ておくことにした。損壊がないか、汚物はおちていないかをひととおり確認する。なにも異常がないとわかると、散歩を再開した。

posted by 三利実巳 at 23:30 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年06月05日

拓馬篇−6章4 ★

 早朝、拓馬はアラーム音で覚醒した。部屋はまだすこし薄暗い。一瞬、どうしてこんなはやくに目覚ましの設定をしたのかわからなかった。寝返りをうっていると、昨日自分がすっぽかした家事があることを思い出す。
(トーマの散歩……二回分か)
 飼い犬は多くの運動量を必要とする。朝夕一時間ずつは運動させてやりたい、と父も拓馬も考えている。散歩担当はとくにだれとは決めていないが、基本的に朝方は両親のどちらかが、夕方は拓馬がやる分担になっている。昨夜のうちに、両親には朝の散歩は翌朝自分がすると言っておいた。
 拓馬はぐっといきおいをつけ、体を起こした。てきぱきと外出支度をする。普段の外出時のよそおいとは別に、肩掛け鞄を提げた。中には散歩のマナーを守るために必要なティッシュとナイロン袋の入っている。その姿でトーマに会うと、犬は尻尾をはげしく振った。
 興奮したトーマを連れて、拓馬は玄関を出る。敷地内に設置した、犬の脱走防止用の門扉が閉まっていた。扉を開けようとして拓馬が足を止めると、トーマは三度吠える。散歩が待ちきれない、という意思表示なのだろう。近所めいわくな、と拓馬は苦笑いするも、そうさせた原因は自分あると思った。
 扉を開けはなつ。トーマが引き綱をぴんと張らせた。犬の好奇心がおもむくままに、拓馬はついて行く。トーマはヤマダの家の前を通る。そのまま通過すると拓馬は思っていたが、先導者はくいっと進行方向を変えた。ヤマダの家は拓馬の家のような柵や扉はないので、簡単に敷地内に入れる。
(玄関のまわりくらいなら、いいか)
 普通の訪問客が移動する範囲で、トーマの自由にさせることにした。すると庭先から白い帽子の被ったヤマダがやってくる。
「タッちゃん、おはよう! いま散歩中?」
「そうだけど……
 ヤマダは普段からこんなに早く活動する人ではない。そのことを拓馬は不思議がる。
「タイミングよすぎないか?」
「今日は早起きしちゃってさ、せっかくのすずしい時間だし、庭の手入れをしてた。そしたらトーマの声が聞こえたから『うちにくるかも』と思って、ちょっとまってたよ」
 ヤマダは軍手を脱ぎ、トーマの背をなでる。人間の友にかまわれる白黒の犬は尻尾をぶんぶん振った。
「それで、シズカさんとは話せたの?」
 拓馬は一気に気まずくなる。彼女に言いにくい情報があるのだ。あー、んー、というあいまいな返事をしているとヤマダは「ここじゃ言いづらい?」と聞いてくる。
「……となりの空き家で話そうか?」
「そうだな、おまえんちの人にも聞かれたらまずいし……」
 二人は両家のあいだに立地するお宅へお邪魔した。門扉のかんぬきをいじり、敷地内へ入る。この家の主は現在入院中である。その家族が別居中につき、家の管理は小山田家に託されている。そのため、庭先を短時間借りるくらいはおとがめを受けない。その確信が二人にはあった。
 門扉をもとあったように閉める。拓馬たちは家の裏手にある勝手口の、石段にすわった。周りに人工の遮蔽物があり、人目をさけられる。だれかに盗み聞きされる心配がすくなく、心置きなく話し合える場だ。話す内容が言い出しづらいものでなければ、だが。
 白黒の犬はそうそう立ち入らない庭に興味津々で、引き綱を限界まで引っ張る。見かねたヤマダが「リードはずす?」と問う。
「扉は閉めてきたし、脱走しないと思うよ」
「塀に穴開いてないよな?」
「わんこが通れる穴があったら、ふさぐよ」
 そういう約束だから、と言うと彼女の表情がくもった。家主はこの家にもどってくる可能性が低い状態だ。ヤマダはそのことを案じて、気落ちしている。この話題は続けたくないと拓馬は思い、ストレートに本題に入る。
「シズカさんから、お前に聞いてくれって言われたことがあってさ──」
 拓馬はしゃべりながらトーマに近づいた。トーマは散歩の再開だと思ってか、飼い主と距離をたもつ。このまま歩いては庭をぐるぐる回ってしまう。なので拓馬は引き綱をたぐりよせ、どうにか綱を首輪から外す。束縛するものがなくなった犬は、突風のように駆けていった。
「例の大男が夜な夜な、お前の部屋に入ってきてるらしい」
「わたしの部屋に? なんの用事で」
「その、元気を吸うために、だって」
 拓馬は石段にすわりなおした。ヤマダは「ふーん」と他人事のように相槌をうつ。
「家にカンタンに入れるなら、なんで夜道でおそってきたんだろうね」
 ヤマダは冷静な態度でいる。拓馬にはどうも信じがたい反応だ。
「えっと、いいのか? 無断で男に部屋に入られてて」
「半分幽霊みたいなもんでしょ、その人。気にしてたらキリないよ」
 むかしからヤマダは遠出をするたび、霊を連れてきた。その霊の多くは、時間が経つとどこかへ去る。そんな移り気な霊と、確たる目的をもつ大男が、彼女の中で同等の位置にいる。
(そんな気楽に考えていいのかな……)
 と、拓馬は認識のズレを感じた。彼女がのんきにかまえる原因は、大男の素性を知らないことにあるのか。そう考えた拓馬は、昨夜のシズカから教えられたことを伝えた。
 それでもヤマダは「人攫いねえ」とマイペースな口調でいる。犯罪者の素行を重く受け止めていないらしい。
「わたしをねらってないのかな」
「さあ……何回もおまえの寝込みをねらえてたなら、そのときに連れていけるよな」
「わたしはただの給水地点か……」
 どこか落胆するような口ぶりだ。拓馬はシズカの用件をまだ達成できていないので、ここで本題に入る。
「イヤならシズカさんに助けを──」
「それは遠慮しとく」
 毅然とした拒否だ。なにか根拠があると拓馬は感じとり、「なんでだ?」と聞いた。
「たぶん、だけどね。わたしをわざと襲ってみせたの、シズカさんの力をムダ遣いさせる魂胆かもよ」
「おまえのお守りに、猫とかキツネをつけることが……大男の目的だと?」
「そう! シズカさんは猫ちゃんたちを頼りにしてるでしょ。力を使いすぎて、その子たちをよべなくなったら、ただの人になる」
「いちおう警官なんだけど……」
「ああ、ごめん。普通の人よりは強いよね」
「まあ、あの大男にとっちゃ一般人と変わらなさそうか」
 拓馬が見た大男の瞬発力は尋常でなかった。生身の人間がひとりで組み伏せられる相手ではない。おまけにシズカ自身、格闘は不向きだと自己評価していた。あのような猛者相手だと、仲間のいないシズカは無害にひとしい。
「仲間をよべなくなったところを叩く! そしてシズカさんゲット、でメデタシメデタシする気なんだよ、あの大男さんは」
「一匹お前に派遣した程度で、そうなるか?」
「わたしだけじゃない。ほかにも事件を起こしていけば、シズカさんがもっと仲間をよぶことになるでしょ。大男さんは美弥ちゃんにもまとわりついてるしさ」
 ヤマダの推測はそれなりに筋が通っている。須坂にも護衛を出せばシズカの疲弊は倍になる。おまけに拓馬も標的になりうる立場だ。万全をつくそうとして、複数の仲間を何ヶ月もよびつづけていたら、さすがにシズカも参ってくる。
「どうしたらいいか、わかんねえな……」
 この膠着状態はいささか不愉快だ。相手の出方が読めない以上、受け身になるほかないという無力さが、なさけなくなる。
「こっちから仕掛けてみる?」
 ヤマダが突拍子なく聞いてくる。拓馬は「へ?」とおどろいた。
「ひとりや二人で戦おうとするから、大男さんにかなわないんだよ。数をそろえたらなんとかなるかも」
 大胆な提案だ。しかしそこには重大な欠陥がある。
「運よく捕まえられても……精神体のほうに変身されちゃ、にげられるぞ」
「シズカさんのお仲間を一体借りようよ。大男さんを運べるような子」
「あの人、オーケー出すかな……」
「だれかをわたしのお守りにしていいって言ってくれてるんでしょ。あんまり変わらないじゃない?」
「いや、俺らがムチャをすることがさ……」
 普通に生活していればいい、とシズカは拓馬に言っていた。必要以上に事態をひっかきまわす行為を、シズカが嫌がるかもしれないのだ。しかしその了承しがたい要求が、シズカが確認したい護衛の要不要の返答でもある。
「ダメもとで伝えてみる。それがヤマダの返事ってことにして」
「いま連絡つく?」
 拓馬はズボンのポケットに手を入れた。携帯用の電子機器の感触がある。
「ああ。でも朝早いからすぐに返事は──」
「いまは送るだけでいいよ。二、三日のうちに返事もらえるでしょ?」
「それは大丈夫だ。なにせシズカさんから『聞いてくれ』って言ってきたことだから」
「うん、じゃあおねがいね」
 これで議決が成った。ヤマダは立ち上がる。
「トーマの様子を見てくる」
「あ、ついでにリードをつけてきてくれるか?」
 ヤマダは拓馬がシズカにメッセージを送る時間を活用して、犬とたわむれようとしている。トーマと触れあう隙に引き綱を首輪にかけてくれれば、拓馬はたいへんありがたい。拓馬が単独でやろうとすると、全力の追いかけっこがしばしば起きるのだ。その意を汲んだヤマダは得意気にうなずく。
「いいよ、なんでも雑用はまかせて」
 ヤマダは妙に気前のよいことを言っている。
「この作戦をやるときは、タッちゃんにもがんばってもらうからね」
 ヤマダはいたずらっ子めいた笑顔で引き綱を取った。ろくでもないことをしでかすつもりなのだ。だが拓馬は嫌な気がしなかった。
(俺にも、やれることか……)
 一介の傍観者や中継ぎ役にあまんじなくてよいのだ。自分に現状を変えられるすべがあると思うと、充足感がわいてきた。

タグ:短縮版拓馬
posted by 三利実巳 at 03:00 | Comment(0) | 長編拓馬 
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