2018年05月01日
拓馬篇−5章X
人間の男性型の同族が人の子を抱えながら歩く。人の子に意識はなく、自身の肉体を同胞にあずけていた。
同族がねむる人の子に語りかける。
「変わった人間だ……この私をこわがらないとは」
同族は「あなたもそう思うか?」と人の子の内にすむ存在にたずねた。
『きっと、そう』
実体をもたぬ存在は物理的な返答ができないため、率直に思うことを念じた。同族は「当然か」とつぶやく。
「人型になれないあなたを受け入れた子だ。元がどうだろうと、化け物を脅威には感じないんだろうな」
原形のまま人前に出れば、常に人は恐怖に顔をゆがめた。その経験は人の子に憑りつく存在がもっとも豊富だった。
「あなたはこの娘とともに……これからも居たいか?」
『わからない』
「その体から出たいと思ったことは?」
『ない』
「それなら『居たい』のだろうな、当分のうちは」
同族の解釈はおそらく正しい。娘の体を抜け出たとしても、その後になにをするでもない。また何者かの負の欲求が聞こえるようになるのだとしたら、それは避けたかった。
「昔の役目を、もう一度こなしたいとは思わないだろう?」
『……やりたくない』
「それがいい。その気持ちが我らには必要なのだと思う」
同族は自身の行動とは相反する意見を提示する。
「我らの本性は、人と寄り添うことにあるのではないかと……私はあなたを見て、強く考えるようになった。もっと明確な自我を持つ同族が増えれば、はっきりするかもしれない」
『どうやる?』
「私と波長の合う同胞がいる。そいつに力をつけさせたい」
『話せない?』
「あなたと似て、元の姿では意思表現がうまくできない。私が足りない言葉を補完していったのでは、私の理想へ誘導させてしまうおそれがある。私と話すあなたも、その危険がなくはない」
『そう……?』
「たしかめたいのなら、あなたも人に化けてみることだ。あまり勧めはしないが」
同族は娘の家の前にたどりついた。玄関のそばに娘をそっと座らせる。
「あと何度……こんなふうに話せるか、わからない」
『……さびしい?』
同族が言葉をつまらせた。彼──あくまでも外見上の性別で―─は話し相手が情緒や機微の理解に欠けているものだと見做していた。その思い込みがくつがえされた彼は娘の頭をなでる。
「それがわかれば人の世でやっていけそうだ」
『あなたは?』
「なに?」
『あなたこそ、人間との生活を続けたらいい』
同族はゆっくり首をうごかす。
「私は悪名が広まりすぎた。私がのぞんでも、そんな暮らしはかならず破綻が起きる。……早いか、おそいかだけのちがいだ」
同族が自身の衣服に手をつっこんだ。しのばせていた手帳を娘のひざに置く。
「私の用は済んだ。これで行く」
彼は娘の家の呼鈴を鳴らした。物理的な作用をおよぼす目的の実体化は一瞬だけでおわる。娘の父親が外へ出てきて、父親は訪問客がどこにいるのかとあたりを見回す。そばにいる男には気がつかなかった。
「どうか、私の為せなかったことをあなたには果たしてほしい」
同族はその言葉を最後に、実体のある人間のように歩き去った。
娘の父親がねむりこむ娘を見た。あわててその肩をゆする。
「おい、どうした? よっぱらいじゃあるまいし!」
娘のひざから手帳が落ちる。父親はその手帳を取る。裏表を返し、それが自身の所有物だと知ると、こんどは家の前の道路を見る。
「なーんかあったみてぇだな……わるいやつが絡んじゃいなさそうだけどよ」
父親は娘の体を持ち上げた。その抱え方は同族と似ていたが、足取りがややおぼつかない。
「やっぱり重くなったなぁ……それか、おれの体力がおちちまったか?」
父親は娘が不自然な帰宅を果たしたにもかかわらず、普段の明るい調子でつぶやいた。
同族がねむる人の子に語りかける。
「変わった人間だ……この私をこわがらないとは」
同族は「あなたもそう思うか?」と人の子の内にすむ存在にたずねた。
『きっと、そう』
実体をもたぬ存在は物理的な返答ができないため、率直に思うことを念じた。同族は「当然か」とつぶやく。
「人型になれないあなたを受け入れた子だ。元がどうだろうと、化け物を脅威には感じないんだろうな」
原形のまま人前に出れば、常に人は恐怖に顔をゆがめた。その経験は人の子に憑りつく存在がもっとも豊富だった。
「あなたはこの娘とともに……これからも居たいか?」
『わからない』
「その体から出たいと思ったことは?」
『ない』
「それなら『居たい』のだろうな、当分のうちは」
同族の解釈はおそらく正しい。娘の体を抜け出たとしても、その後になにをするでもない。また何者かの負の欲求が聞こえるようになるのだとしたら、それは避けたかった。
「昔の役目を、もう一度こなしたいとは思わないだろう?」
『……やりたくない』
「それがいい。その気持ちが我らには必要なのだと思う」
同族は自身の行動とは相反する意見を提示する。
「我らの本性は、人と寄り添うことにあるのではないかと……私はあなたを見て、強く考えるようになった。もっと明確な自我を持つ同族が増えれば、はっきりするかもしれない」
『どうやる?』
「私と波長の合う同胞がいる。そいつに力をつけさせたい」
『話せない?』
「あなたと似て、元の姿では意思表現がうまくできない。私が足りない言葉を補完していったのでは、私の理想へ誘導させてしまうおそれがある。私と話すあなたも、その危険がなくはない」
『そう……?』
「たしかめたいのなら、あなたも人に化けてみることだ。あまり勧めはしないが」
同族は娘の家の前にたどりついた。玄関のそばに娘をそっと座らせる。
「あと何度……こんなふうに話せるか、わからない」
『……さびしい?』
同族が言葉をつまらせた。彼──あくまでも外見上の性別で―─は話し相手が情緒や機微の理解に欠けているものだと見做していた。その思い込みがくつがえされた彼は娘の頭をなでる。
「それがわかれば人の世でやっていけそうだ」
『あなたは?』
「なに?」
『あなたこそ、人間との生活を続けたらいい』
同族はゆっくり首をうごかす。
「私は悪名が広まりすぎた。私がのぞんでも、そんな暮らしはかならず破綻が起きる。……早いか、おそいかだけのちがいだ」
同族が自身の衣服に手をつっこんだ。しのばせていた手帳を娘のひざに置く。
「私の用は済んだ。これで行く」
彼は娘の家の呼鈴を鳴らした。物理的な作用をおよぼす目的の実体化は一瞬だけでおわる。娘の父親が外へ出てきて、父親は訪問客がどこにいるのかとあたりを見回す。そばにいる男には気がつかなかった。
「どうか、私の為せなかったことをあなたには果たしてほしい」
同族はその言葉を最後に、実体のある人間のように歩き去った。
娘の父親がねむりこむ娘を見た。あわててその肩をゆする。
「おい、どうした? よっぱらいじゃあるまいし!」
娘のひざから手帳が落ちる。父親はその手帳を取る。裏表を返し、それが自身の所有物だと知ると、こんどは家の前の道路を見る。
「なーんかあったみてぇだな……わるいやつが絡んじゃいなさそうだけどよ」
父親は娘の体を持ち上げた。その抱え方は同族と似ていたが、足取りがややおぼつかない。
「やっぱり重くなったなぁ……それか、おれの体力がおちちまったか?」
父親は娘が不自然な帰宅を果たしたにもかかわらず、普段の明るい調子でつぶやいた。
タグ:拓馬
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