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2016年02月04日
民事訴訟法 平成16年度第2問
問題文
Xは、Yに対し、200万円の貸金債権(甲債権)を有するとして、貸金返還請求訴訟を提起したところ、Yは、Xに対する300万円の売掛金債権(乙債権)を自働債権とする訴訟上の相殺を主張した。
この事例に関する次の1から3までの各場合について、裁判所がどのような判決をすべきかを述べ、その判決が確定した時の既判力について論ぜよ。
1 裁判所は、甲債権及び乙債権のいずれもが存在し、かつ、相殺適状にあることについて心証を得た。
2 Xは、「訴え提起前に乙債権を全額弁済した。」と主張した。裁判所は、甲債権が存在すること及び乙債権が存在したがその全額について弁済の事実があったことについて心証を得た。
3 Xは、甲債権とは別に、Yに対し、300万円の立替金償還債権(丙債権)を有しており、訴え提起前にこれを自働債権として乙債権と対等額で相殺した。」と主張した。裁判所は、甲債権が存在すること並びに乙債権及び丙債権のいずれもが存在し、かつ、相殺の意思表示の当時、相殺適状にあったことについて心証を得た。
回答
設問1
1 裁判所がすべき判決
裁判所は、「Xの請求を棄却する。乙債権は200万円の限度で存在しない。」という判決をすべきである。
甲債権の存在が認められるから請求原因は成立する。しかし、乙債権の存在も認められ、かつ相殺適状にあるということになると、Yの相殺の抗弁が成立する。これに対する再抗弁はない。したがって、請求棄却となる。
114条2項より、相殺のために主張した請求の不存在には相殺をもって対抗した額について既判力が生じるから、それも主文に示す必要がある。本件では甲債権の額が200万円だから、Yの主張する乙債権の額は300万円であるが、甲債権に対する相殺をもって対抗した額の200万円についてのみ不存在の判断を主文に示すことになる。
なお、同条には「成立又は不成立の判断」に既判力が生じると書いてあるが、実際には「不存在」について生じるものと解されている。
2 その判決が確定した時の既判力
既判力とは、確定判決の後袖の通用力ないし拘束力を言い、訴訟法上の効力である(訴訟法説)。既判力は紛争の蒸返し防止のために必要であり、当事者が手続保障を尽くしたことで正当化される。
既判力の客観的範囲は「主文に包含するもの」(114条1項)つまり原則として訴訟物についてだと考えられている。なぜなら、その範囲で既判力を生じさせれば紛争解決に十分だし、当事者の攻撃防御は訴訟物の存否について行っているからこの範囲で既判力を生じさせても当事者の手続保障が尽くされていると言えるし、訴訟物にのみ既判力が生じるとすれば裁判所は実体法上の論理的順序に拘束されることなく判断しやすいものから判断すればよくなり審理の弾力化ひいては迅速な裁判に資するからである。
もっとも、相殺の抗弁が主張された場合にはその債権の不存在についても前述のように既判力が生じる(114条2項)。これは、相殺の抗弁は被告の側も債権の存在を主張立証して争う性質のものであることにかんがみ、その債権について紛争の蒸し返しが生じるのを防ぐための規定である。被告は訴訟で実際に争っているのだから、手続保障も尽くされている。
そうすると、相殺のために被告が主張した債権の全額について既判力を生じさせてもよさそうなものだが、114条2項は「相殺をもって対抗した額について」既判力を生じるとしている。これは、相殺の抗弁があくまでも抗弁であることから、訴訟物の債権額以上についてはたとえ被告が主張したとしてもその存否について十分に判断しないのが通常であることを想定し、定められたものと解する。
本件では、まず訴訟物の債権額である200万円の甲債権の不存在について既判力が生じる。そして、相殺の抗弁で主張された乙債権のうち、甲債権の額である200万円の不存在についても既判力が生じる。
設問2
1 裁判所がすべき判決
裁判所は、「Yは、Xに対し、200万円を支払え。乙債権は200万円の範囲で存在しない。」という判決をすべきである。
本件も設問1と同様に請求原因及び相殺の抗弁が成立するが、Xの乙債権を弁済した旨の再抗弁も成立するため、結局請求が認められる。したがって、上記のような請求認容判決になる。
そして、114条2項より乙債権の200万円の限度での不存在にも既判力が生じる。
2 既判力
既判力が生じる範囲は、甲債権の不存在と、乙債権の200万円の限度での不存在である。
そうすると、Yの主張する乙債権の額は300万円だから、主文で不存在が確認された200万円以外の100万円については既判力が生じておらず、乙はそれについて訴訟で争うことができることになる。しかし、乙債権は「全額について」の弁済の再抗弁が成立したのであるから、Xを原告とした前訴で、乙債権は全く存在しないことが判断されている。にもかかわらずYが後に乙債権のうち既判力が生じていない100万円を遡及するというのは、紛争の蒸し返しである。
前述のように既判力は紛争の蒸し返しを防止する必要性から認められる効力であるが、既判力ですべての紛争の蒸し返しを防止できるわけではない(既判力は紛争の蒸し返しを防ぐための必要条件であるが、十分条件ではない)。このように、既判力によってシャットアウトできない部分の紛争の蒸し返しは、どのように防止すべきか。
学説上、争点効が主張されている。争点効とは、前訴及び後訴で当事者が実際に争った主要な争点について裁判所が実質的な判断をした場合に生じる効力で、当事者が援用することにより、係争利益が同質である限りで後訴裁判所が拘束されるものをいう。根拠は当事者間の公平や信義則である。これに対しては判決理由中の判断に既判力が生じないことと矛盾するとか、中間確認の訴えの制度(145条)は争点効を認めないことを前提としているとかの批判があり、判例も争点効を否定している。
そこで、信義則(2条)を根拠としてYの主張を遮断すればよい。信義則は漠然としているので、権利失効の原則と矛盾挙動禁止の原則に類型化するのが一般的である。本件は権利失効の原則が当てはまる。なお、判例も信義則で蒸し返しを防止しているが、判例の信義則は既判力のような主張の排斥ではなく、後訴の却下を導くものである。
設問3
1 裁判所がすべき判決
裁判所は、「Yは、Xに対し、200万円を支払え。乙債権は200万円の限度で存在しない。丙債権は200万円の限度で存在しない。」という判決をすべきである。
請求原因と抗弁が成り立つのは設問1と同様である。本問では再抗弁として別の債権による相殺が主張されておりこれが成立するから、結局請求認容となる。そして、相殺が抗弁ではなく再抗弁で主張された場合にもその債権について紛争の蒸返しを防止する必要はあるし、114条2項の文言は相殺が抗弁で主張された場合に限定されていないから、再抗弁で主張された丙債権の200万円の範囲での不存在についても後述のように既判力を生じさせるべきである。よって、それも主文に示す。
2 既判力について
甲債権の存在及び乙債権の200万円の範囲での不存在に既判力が生じることは設問2と同様である。それらに加えて、本件では再抗弁として主張された丙債権の不存在にも既判力を生じさせるべきである。理由は前述のとおりである。
なお、訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟上相殺の再抗弁をすることは、仮定に仮定を重ねることになり訴訟が複雑化するから許されないという趣旨を述べた判例があるが、本件は裁判外での相殺を訴訟上援用したに過ぎず、仮定に仮定を重ねるものではないから、この判例の射程外である。 以上
Xは、Yに対し、200万円の貸金債権(甲債権)を有するとして、貸金返還請求訴訟を提起したところ、Yは、Xに対する300万円の売掛金債権(乙債権)を自働債権とする訴訟上の相殺を主張した。
この事例に関する次の1から3までの各場合について、裁判所がどのような判決をすべきかを述べ、その判決が確定した時の既判力について論ぜよ。
1 裁判所は、甲債権及び乙債権のいずれもが存在し、かつ、相殺適状にあることについて心証を得た。
2 Xは、「訴え提起前に乙債権を全額弁済した。」と主張した。裁判所は、甲債権が存在すること及び乙債権が存在したがその全額について弁済の事実があったことについて心証を得た。
3 Xは、甲債権とは別に、Yに対し、300万円の立替金償還債権(丙債権)を有しており、訴え提起前にこれを自働債権として乙債権と対等額で相殺した。」と主張した。裁判所は、甲債権が存在すること並びに乙債権及び丙債権のいずれもが存在し、かつ、相殺の意思表示の当時、相殺適状にあったことについて心証を得た。
回答
設問1
1 裁判所がすべき判決
裁判所は、「Xの請求を棄却する。乙債権は200万円の限度で存在しない。」という判決をすべきである。
甲債権の存在が認められるから請求原因は成立する。しかし、乙債権の存在も認められ、かつ相殺適状にあるということになると、Yの相殺の抗弁が成立する。これに対する再抗弁はない。したがって、請求棄却となる。
114条2項より、相殺のために主張した請求の不存在には相殺をもって対抗した額について既判力が生じるから、それも主文に示す必要がある。本件では甲債権の額が200万円だから、Yの主張する乙債権の額は300万円であるが、甲債権に対する相殺をもって対抗した額の200万円についてのみ不存在の判断を主文に示すことになる。
なお、同条には「成立又は不成立の判断」に既判力が生じると書いてあるが、実際には「不存在」について生じるものと解されている。
2 その判決が確定した時の既判力
既判力とは、確定判決の後袖の通用力ないし拘束力を言い、訴訟法上の効力である(訴訟法説)。既判力は紛争の蒸返し防止のために必要であり、当事者が手続保障を尽くしたことで正当化される。
既判力の客観的範囲は「主文に包含するもの」(114条1項)つまり原則として訴訟物についてだと考えられている。なぜなら、その範囲で既判力を生じさせれば紛争解決に十分だし、当事者の攻撃防御は訴訟物の存否について行っているからこの範囲で既判力を生じさせても当事者の手続保障が尽くされていると言えるし、訴訟物にのみ既判力が生じるとすれば裁判所は実体法上の論理的順序に拘束されることなく判断しやすいものから判断すればよくなり審理の弾力化ひいては迅速な裁判に資するからである。
もっとも、相殺の抗弁が主張された場合にはその債権の不存在についても前述のように既判力が生じる(114条2項)。これは、相殺の抗弁は被告の側も債権の存在を主張立証して争う性質のものであることにかんがみ、その債権について紛争の蒸し返しが生じるのを防ぐための規定である。被告は訴訟で実際に争っているのだから、手続保障も尽くされている。
そうすると、相殺のために被告が主張した債権の全額について既判力を生じさせてもよさそうなものだが、114条2項は「相殺をもって対抗した額について」既判力を生じるとしている。これは、相殺の抗弁があくまでも抗弁であることから、訴訟物の債権額以上についてはたとえ被告が主張したとしてもその存否について十分に判断しないのが通常であることを想定し、定められたものと解する。
本件では、まず訴訟物の債権額である200万円の甲債権の不存在について既判力が生じる。そして、相殺の抗弁で主張された乙債権のうち、甲債権の額である200万円の不存在についても既判力が生じる。
設問2
1 裁判所がすべき判決
裁判所は、「Yは、Xに対し、200万円を支払え。乙債権は200万円の範囲で存在しない。」という判決をすべきである。
本件も設問1と同様に請求原因及び相殺の抗弁が成立するが、Xの乙債権を弁済した旨の再抗弁も成立するため、結局請求が認められる。したがって、上記のような請求認容判決になる。
そして、114条2項より乙債権の200万円の限度での不存在にも既判力が生じる。
2 既判力
既判力が生じる範囲は、甲債権の不存在と、乙債権の200万円の限度での不存在である。
そうすると、Yの主張する乙債権の額は300万円だから、主文で不存在が確認された200万円以外の100万円については既判力が生じておらず、乙はそれについて訴訟で争うことができることになる。しかし、乙債権は「全額について」の弁済の再抗弁が成立したのであるから、Xを原告とした前訴で、乙債権は全く存在しないことが判断されている。にもかかわらずYが後に乙債権のうち既判力が生じていない100万円を遡及するというのは、紛争の蒸し返しである。
前述のように既判力は紛争の蒸し返しを防止する必要性から認められる効力であるが、既判力ですべての紛争の蒸し返しを防止できるわけではない(既判力は紛争の蒸し返しを防ぐための必要条件であるが、十分条件ではない)。このように、既判力によってシャットアウトできない部分の紛争の蒸し返しは、どのように防止すべきか。
学説上、争点効が主張されている。争点効とは、前訴及び後訴で当事者が実際に争った主要な争点について裁判所が実質的な判断をした場合に生じる効力で、当事者が援用することにより、係争利益が同質である限りで後訴裁判所が拘束されるものをいう。根拠は当事者間の公平や信義則である。これに対しては判決理由中の判断に既判力が生じないことと矛盾するとか、中間確認の訴えの制度(145条)は争点効を認めないことを前提としているとかの批判があり、判例も争点効を否定している。
そこで、信義則(2条)を根拠としてYの主張を遮断すればよい。信義則は漠然としているので、権利失効の原則と矛盾挙動禁止の原則に類型化するのが一般的である。本件は権利失効の原則が当てはまる。なお、判例も信義則で蒸し返しを防止しているが、判例の信義則は既判力のような主張の排斥ではなく、後訴の却下を導くものである。
設問3
1 裁判所がすべき判決
裁判所は、「Yは、Xに対し、200万円を支払え。乙債権は200万円の限度で存在しない。丙債権は200万円の限度で存在しない。」という判決をすべきである。
請求原因と抗弁が成り立つのは設問1と同様である。本問では再抗弁として別の債権による相殺が主張されておりこれが成立するから、結局請求認容となる。そして、相殺が抗弁ではなく再抗弁で主張された場合にもその債権について紛争の蒸返しを防止する必要はあるし、114条2項の文言は相殺が抗弁で主張された場合に限定されていないから、再抗弁で主張された丙債権の200万円の範囲での不存在についても後述のように既判力を生じさせるべきである。よって、それも主文に示す。
2 既判力について
甲債権の存在及び乙債権の200万円の範囲での不存在に既判力が生じることは設問2と同様である。それらに加えて、本件では再抗弁として主張された丙債権の不存在にも既判力を生じさせるべきである。理由は前述のとおりである。
なお、訴訟上の相殺の抗弁に対し、訴訟上相殺の再抗弁をすることは、仮定に仮定を重ねることになり訴訟が複雑化するから許されないという趣旨を述べた判例があるが、本件は裁判外での相殺を訴訟上援用したに過ぎず、仮定に仮定を重ねるものではないから、この判例の射程外である。 以上
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民事訴訟法 平成17年度第2問
問題文
甲は、A土地を所有していると主張して、A土地を占有している乙に対し、所有権に基づきA土地の明け渡しを求める訴えを提起し、この訴訟(以下「前訴」という。)の判決は、次のとおり、甲の請求認容又は甲の請求棄却で確定した。その後、次のような訴えが提起された場合(以下、この訴訟を「後訴」という。)、後訴において審理判断の対象となる事項は何か、各場合について答えよ。
1 甲の請求を認容した前訴の判決が確定したが、その後も乙がA土地を明け渡さないため、甲は、再度、乙に対し、所有権に基づきA土地の明渡しを求める訴えを提起した。
2 甲の請求を認容した前訴の判決が確定し、その執行がされた後、乙は、自分こそがA土地の所有者であると主張して、甲に対し、所有権に基づきA土地の明渡を求める訴えを提起した。
3 甲の請求を棄却した前訴の判決が確定した。その後、丙が乙からA土地の占有を譲り受けたため、甲は、丙に対し、所有権に基づきA土地の明渡を求める訴えを提起した。
回答
設問1
終局判決には既判力(114条1項)がある。既判力とは確定判決の後訴での通用力ないし拘束力を意味する訴訟法上の効力であり(訴訟法説)、紛争解決の必要性ゆえに認められ、当事者が手続保障を尽くしたことにより正当化される。
このような既判力の作用として、当事者は既判力に抵触する主張をすることができず、裁判所はそのような主張を排斥すること(消極的作用)、及び、裁判所は既判力の生じている判断を前提として審理判断しなければならないこと(積極的作用)がある。
既判力が上記のようなものだとしても、実体法上の権利義務関係は時の経過とともに変動するから、既判力がどの時点の権利関係を確定した者なのかを決める必要がある。この既判力の基準時は、口頭弁論終結時である(民事執行法35条2項参照)。なぜなら、当事者は口頭弁論終結時までは新たな主張ができ、その時点まで手続保障が尽くされていると言えるからである。
ここまでを確認したうえで本件を見るに、甲は、前訴で勝訴したのと同じ訴訟物を持ち出して訴訟提起している。この場合、前訴の口頭弁論終結時の権利関係、すなわちA土地の所有権が甲にあることについて既判力が生じているので、甲が再び自分に所有権があることを主張する意味は、通常はない。したがって、裁判所はこのような訴えが提起された場合。職権で前訴の存在を探知し、前訴の口頭弁論終結時にA土地の所有権が甲にあったことをまず確定する(既判力の積極的作用)。甲はそれに反する主張ができず、裁判所はそれに反する主張が出てきたら排斥する(既判力の消極的作用)。次に、前訴の口頭弁論終結後にA土地の所有権の変動があったか否かを判断する。そして、A土地の所有者が変動する原因がないと判断した場合には、訴えの利益がないという理由で訴えを却下する。
したがって、後訴において審理判断の対象となる事項は、前訴の口頭弁論終結後のA土地についての権利変動原因の有無である。この判断は訴えの利益の判断として、すなわち訴訟要件の判断として行われる。
設問2
本問は、訴訟物は前訴と同じであるが、原告と被告が入れ替わっている。本問でも前訴の口頭弁論終結時にA土地の所有権がAにあること(既判力の積極的作用)と乙の主張を前提として、現在、乙がA土地の所有権を有しているかを判断する。乙の所有権が認められれば、甲の占有を認定したうえで請求認容判決をし、認められなければ請求棄却判決をする。乙は前訴の口頭弁論終結前の物権変動原因を主張することができず、裁判所はそのような主張を排斥する(既判力の消極的作用)。
したがって、後訴において審理判断となる対象事項は、乙が現在A土地の所有権を有しているか否かである。
設問1では甲が原告だったため、甲は自らにA土地の所有権があることを請求原因として主張立証しなければならなかった。そのため、前訴の口頭弁論終結時以降に、A土地について何らかの物権変動原因があるかどうかが審判対象だった。何らかの物権変動(例えば訴外丙への贈与)があれば甲にA土地の所有権がないことが明らかになり、甲の請求原因が成立しなくなるからである。しかし、本問では乙が原告であるため、裁判所は甲に所有権がないことのみならず、乙に所有権があることを審理判断の対象としなければならない。
また、乙が現在A土地の所有権を有しているか否かは訴訟要件を基礎づける事由ではなく、本案における請求原因を基礎づける事由であるという違いもある。
設問3
前訴で甲の請求が棄却されているということは、前訴の口頭弁論終結時においてA土地の所有者が甲でないことに既判力が生じている。そのことを前提として(既判力の積極的作用)、裁判所は、前訴の口頭弁論終結時以降に甲がA土地の所有権を取得したかを審理判断する。それが認められれば、丙の占有があることも判断したうえで、請求認容判決を出す。認められなければ、請求棄却判決を出す。甲は、前訴の口頭弁論終結時に甲にA土地の所有権があったことを主張できないし、裁判所はそのような主張を排斥する(既判力の消極的作用)。
したがって、後訴において審理判断の対象となるのは、前訴口頭弁論終結時以後、A土地の所有権が甲に移ったか否かである。
この判断も、単にA土地の所有権が甲にないことではなく、現在甲にあることを判断しなければならないので、原告甲の立証の難易度は設問1より高い。
また、設問1とは異なり、甲に所有権があるかどうかの判断は本案の問題である。 以上
甲は、A土地を所有していると主張して、A土地を占有している乙に対し、所有権に基づきA土地の明け渡しを求める訴えを提起し、この訴訟(以下「前訴」という。)の判決は、次のとおり、甲の請求認容又は甲の請求棄却で確定した。その後、次のような訴えが提起された場合(以下、この訴訟を「後訴」という。)、後訴において審理判断の対象となる事項は何か、各場合について答えよ。
1 甲の請求を認容した前訴の判決が確定したが、その後も乙がA土地を明け渡さないため、甲は、再度、乙に対し、所有権に基づきA土地の明渡しを求める訴えを提起した。
2 甲の請求を認容した前訴の判決が確定し、その執行がされた後、乙は、自分こそがA土地の所有者であると主張して、甲に対し、所有権に基づきA土地の明渡を求める訴えを提起した。
3 甲の請求を棄却した前訴の判決が確定した。その後、丙が乙からA土地の占有を譲り受けたため、甲は、丙に対し、所有権に基づきA土地の明渡を求める訴えを提起した。
回答
設問1
終局判決には既判力(114条1項)がある。既判力とは確定判決の後訴での通用力ないし拘束力を意味する訴訟法上の効力であり(訴訟法説)、紛争解決の必要性ゆえに認められ、当事者が手続保障を尽くしたことにより正当化される。
このような既判力の作用として、当事者は既判力に抵触する主張をすることができず、裁判所はそのような主張を排斥すること(消極的作用)、及び、裁判所は既判力の生じている判断を前提として審理判断しなければならないこと(積極的作用)がある。
既判力が上記のようなものだとしても、実体法上の権利義務関係は時の経過とともに変動するから、既判力がどの時点の権利関係を確定した者なのかを決める必要がある。この既判力の基準時は、口頭弁論終結時である(民事執行法35条2項参照)。なぜなら、当事者は口頭弁論終結時までは新たな主張ができ、その時点まで手続保障が尽くされていると言えるからである。
ここまでを確認したうえで本件を見るに、甲は、前訴で勝訴したのと同じ訴訟物を持ち出して訴訟提起している。この場合、前訴の口頭弁論終結時の権利関係、すなわちA土地の所有権が甲にあることについて既判力が生じているので、甲が再び自分に所有権があることを主張する意味は、通常はない。したがって、裁判所はこのような訴えが提起された場合。職権で前訴の存在を探知し、前訴の口頭弁論終結時にA土地の所有権が甲にあったことをまず確定する(既判力の積極的作用)。甲はそれに反する主張ができず、裁判所はそれに反する主張が出てきたら排斥する(既判力の消極的作用)。次に、前訴の口頭弁論終結後にA土地の所有権の変動があったか否かを判断する。そして、A土地の所有者が変動する原因がないと判断した場合には、訴えの利益がないという理由で訴えを却下する。
したがって、後訴において審理判断の対象となる事項は、前訴の口頭弁論終結後のA土地についての権利変動原因の有無である。この判断は訴えの利益の判断として、すなわち訴訟要件の判断として行われる。
設問2
本問は、訴訟物は前訴と同じであるが、原告と被告が入れ替わっている。本問でも前訴の口頭弁論終結時にA土地の所有権がAにあること(既判力の積極的作用)と乙の主張を前提として、現在、乙がA土地の所有権を有しているかを判断する。乙の所有権が認められれば、甲の占有を認定したうえで請求認容判決をし、認められなければ請求棄却判決をする。乙は前訴の口頭弁論終結前の物権変動原因を主張することができず、裁判所はそのような主張を排斥する(既判力の消極的作用)。
したがって、後訴において審理判断となる対象事項は、乙が現在A土地の所有権を有しているか否かである。
設問1では甲が原告だったため、甲は自らにA土地の所有権があることを請求原因として主張立証しなければならなかった。そのため、前訴の口頭弁論終結時以降に、A土地について何らかの物権変動原因があるかどうかが審判対象だった。何らかの物権変動(例えば訴外丙への贈与)があれば甲にA土地の所有権がないことが明らかになり、甲の請求原因が成立しなくなるからである。しかし、本問では乙が原告であるため、裁判所は甲に所有権がないことのみならず、乙に所有権があることを審理判断の対象としなければならない。
また、乙が現在A土地の所有権を有しているか否かは訴訟要件を基礎づける事由ではなく、本案における請求原因を基礎づける事由であるという違いもある。
設問3
前訴で甲の請求が棄却されているということは、前訴の口頭弁論終結時においてA土地の所有者が甲でないことに既判力が生じている。そのことを前提として(既判力の積極的作用)、裁判所は、前訴の口頭弁論終結時以降に甲がA土地の所有権を取得したかを審理判断する。それが認められれば、丙の占有があることも判断したうえで、請求認容判決を出す。認められなければ、請求棄却判決を出す。甲は、前訴の口頭弁論終結時に甲にA土地の所有権があったことを主張できないし、裁判所はそのような主張を排斥する(既判力の消極的作用)。
したがって、後訴において審理判断の対象となるのは、前訴口頭弁論終結時以後、A土地の所有権が甲に移ったか否かである。
この判断も、単にA土地の所有権が甲にないことではなく、現在甲にあることを判断しなければならないので、原告甲の立証の難易度は設問1より高い。
また、設問1とは異なり、甲に所有権があるかどうかの判断は本案の問題である。 以上
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民事訴訟法 平成15年度第2問
設問1(1)
1 甲の主張の趣旨は、乙の訴えは142条で禁止されている二重起訴に当たるというものだと考えられる。そこで、まず乙の訴えが二重起訴に当たるかを検討する。
(1)142条の趣旨
142条が二重起訴を禁止した趣旨は、@既判力抵触のおそれ、A被告の応訴の煩雑さ、B訴訟不経済であると言われている。しかし、@既判力の抵触は前訴判決を看過して判決を下した場合にしか起こりえず、その場合でも後訴判決が再審の訴えで取消される(338条1項10号)のだから、あえて起訴自体を禁止する必要はない。Aは原告被告が入れ替わっているだけの場合には妥当しない(原告は煩雑になるのを承知で起訴している)。結局のところ理由となり得るのはBのみであると考える。
(2)142条の要件
ではいかなる訴えが二重起訴と評価されるのか。これは142条の趣旨である訴訟不経済の予防の観点から当事者及び訴訟物ないし訴訟物の内容をなす権利関係が同一である場合を指すと解すべきである。
本件では、当事者は同じである、また、前訴の訴訟物は「甲の乙に対する売買契約に基づく絵画の引渡請求権」であり、後訴の訴訟物は「乙の甲に対する売買契約に基づく代金支払請求権」であり、訴訟物の内容をなす権利関係が同一である。
したがって、乙の提起する後訴は二重起訴に当たり、142条によって禁止されている。
2 次に、甲の主張である「反訴として提起できるのだから」という部分について検討する。二重起訴に当たる訴えであっても、反訴であれば許されるのかが問題となる。
反訴(146条)とは本訴の攻撃防御方法と関連する請求を目的とする場合に被告側が原告に対して本訴の同一手続内で提起する訴えである。要件は@本訴係属中であること、A本訴の攻撃防御方法と関連性があること、B事実審の口頭弁論終結前であること、C訴えの客観的併合要件(136条)を満たすこと(請求の基礎の同一性)、D本訴と別の裁判所の専属管轄に属さないこと、E法律上禁止されていないことである。控訴審で反訴を提起する場合は相手方の進級の利益に配慮するためF相手方の同意が要件に加わる(300条1項)。
本件で乙の甲に対する訴えはこれらの要件を満たす。
3 では、反訴として提起するなら142条の制限を逃れるのだろうか。判例には債務不存在確認訴訟に対して給付訴訟の反訴が提起された場合に確認訴訟は訴えの利益がなくなるとしたものがある。たしかに反訴としての訴え提起は同一裁判所で弁論が併合されたうえで審理されるのだから、訴訟不経済という142条の禁止理由を回避できそうである。
しかし、反訴の場合であっても裁判所の訴訟指揮として弁論の分離(152条)ができなくなるわけではない。そして弁論が分離されれば訴訟不経済は免れない。そのため、反訴として提起するのみでは142条の制限は回避できないと解する。142条の制限を回避するためには、裁判所に弁論の分離を禁止するという条件を付けるべきである。
そして、反訴として提起しても弁論の分離という条件が付くのであれば、反訴として提起せず別訴として提起しても、弁論の併合を強制することによって142条の制限は回避できる。
したがって、142条の禁止を回避するために反訴を提起することは必要でも適切でもない。
設問の乙の主張は、甲の別訴提起が142条に抵触する点の指摘としては正当であるが、反訴という形式であれば無条件に提起できると考えている点は正当でない。
設問1(2)
1 裁判所は当事者が申し立てていない事柄について判決をすることはできない(処分権主義、246条)。処分権主義は実体法上の私的自治の原則が訴訟法上に反映したものである。当事者が申し立てていない事項について判決をすることは、当事者の実体法上の権利を当事者の意思に基づかずに処分することになるだけでなく、訴訟法的には当事者に不意打ちを加えることになるので許されない。
処分権主義の趣旨が以上のようなものであるならば、当事者に不意打ちを与えない範囲であれば必ずしも当事者の請求の趣旨通りの判決をする必要はないことになる。では、本件の判決は甲及び乙に不意打ちを与えないか。
2 甲の請求について
甲は絵画の給付を求めているが、自らの請求の中でその際に反対給付として500万円を覚悟している。また、乙から反訴で1000万円を請求されているため、最悪の場合1000万円の給付と引き換えに絵画の給付を受けるということを覚悟している。したがって、700万円の給付と引き換えに絵画の給付を受けることは不意打ちではない。
3 乙の請求について
乙は1000万円の給付を求めているが、自らの請求の中で絵画の給付自体は覚悟している。また、甲からの反訴で、最悪の場合絵画の給付と引き換えに500万円の給付しか受けられないことを覚悟している。したがって、絵画の給付と引き換えに700万円の給付を受けることは不意打ちではない。
4 したがって、いずれの判決もできる。
設問2
1 乙の提起する後訴は前訴の既判力に抵触し、できないのではないか。
2 既判力の意義
既判力とは確定判決の後袖の通用力ないし拘束力をいい、訴訟法上の効力である(訴訟法説)。既判力は紛争の蒸し返し防止のために必要であり、既判力を受ける当事者は訴訟で実際に攻撃防御を尽くしたことによって正当化される。
3 既判力の作用
既判力には裁判所は既判力を生じた前訴の判断を前提に後訴の判断をしなければならないという積極的作用と、当事者が前訴の判断と矛盾する主張ができず、裁判所はそのような主張を排斥しなければならないという消極的作用がある。本件では乙の提起する後訴のなかで、乙がする絵画の売買代金は1000万円であるという主張が既判力の消極的作用に抵触しないかが問題となる(訴えを提起すること自体は許される。既判力はそれに反する後訴を却下する効力ではない)。これを解決するためには既判力の客観的範囲を確定する必要がある。
4 既判力の客観的範囲
乙は主文に含まれる反対給付の額は既判力の客観的範囲外であることを前提に訴えを提起しているが、それは正しいだろうか。
既判力の客観的範囲は「主文に包含するもの」(114条1項)である。これは訴訟物を意味すると解されている。訴訟物とは原告の請求する権利のことであるから、本件では「甲の乙に対する売買契約に基づく絵画の引渡請求権」に既判力が生じる。したがって、厳密には「500万円の支払いを受けるのと引換えに」の部分には既判力が生じないということになりそうである。そうすると、後訴は前訴の既判力に抵触せず、提起できるということになりそうである。
しかし、厳密には訴訟物に含まれていなくてもその部分に既判力を認めないと紛争の蒸し返しとなる場合はある。判例も「限定承認した範囲で」という主文の文言に既判力に準ずる効果を認めている。また、通常は当事者は訴訟物でなくても反対給付の額等については争っているはずであり、手続保障は尽くされている。
したがって、特段の事情のない限り、反対給付の額についても既判力に準じる効果が生じると解する。特段の事情とは、相手方が過失なく反対給付の額を争っていない場合等が考えられる。
5 結論
本件でも、乙は原則として1000万円の支払いを求めるという主張をすることを前訴の既判力に準じる効力により許されず、裁判所はそのような乙の主張を排斥しなければならない。しかし、乙が前訴でもっぱらそのような契約をした覚えはないというように、過失なく契約自体を否定する争い方をしていた場合には、特段の事情があると言え、例外的にそのような主張が許される。 以上
1 甲の主張の趣旨は、乙の訴えは142条で禁止されている二重起訴に当たるというものだと考えられる。そこで、まず乙の訴えが二重起訴に当たるかを検討する。
(1)142条の趣旨
142条が二重起訴を禁止した趣旨は、@既判力抵触のおそれ、A被告の応訴の煩雑さ、B訴訟不経済であると言われている。しかし、@既判力の抵触は前訴判決を看過して判決を下した場合にしか起こりえず、その場合でも後訴判決が再審の訴えで取消される(338条1項10号)のだから、あえて起訴自体を禁止する必要はない。Aは原告被告が入れ替わっているだけの場合には妥当しない(原告は煩雑になるのを承知で起訴している)。結局のところ理由となり得るのはBのみであると考える。
(2)142条の要件
ではいかなる訴えが二重起訴と評価されるのか。これは142条の趣旨である訴訟不経済の予防の観点から当事者及び訴訟物ないし訴訟物の内容をなす権利関係が同一である場合を指すと解すべきである。
本件では、当事者は同じである、また、前訴の訴訟物は「甲の乙に対する売買契約に基づく絵画の引渡請求権」であり、後訴の訴訟物は「乙の甲に対する売買契約に基づく代金支払請求権」であり、訴訟物の内容をなす権利関係が同一である。
したがって、乙の提起する後訴は二重起訴に当たり、142条によって禁止されている。
2 次に、甲の主張である「反訴として提起できるのだから」という部分について検討する。二重起訴に当たる訴えであっても、反訴であれば許されるのかが問題となる。
反訴(146条)とは本訴の攻撃防御方法と関連する請求を目的とする場合に被告側が原告に対して本訴の同一手続内で提起する訴えである。要件は@本訴係属中であること、A本訴の攻撃防御方法と関連性があること、B事実審の口頭弁論終結前であること、C訴えの客観的併合要件(136条)を満たすこと(請求の基礎の同一性)、D本訴と別の裁判所の専属管轄に属さないこと、E法律上禁止されていないことである。控訴審で反訴を提起する場合は相手方の進級の利益に配慮するためF相手方の同意が要件に加わる(300条1項)。
本件で乙の甲に対する訴えはこれらの要件を満たす。
3 では、反訴として提起するなら142条の制限を逃れるのだろうか。判例には債務不存在確認訴訟に対して給付訴訟の反訴が提起された場合に確認訴訟は訴えの利益がなくなるとしたものがある。たしかに反訴としての訴え提起は同一裁判所で弁論が併合されたうえで審理されるのだから、訴訟不経済という142条の禁止理由を回避できそうである。
しかし、反訴の場合であっても裁判所の訴訟指揮として弁論の分離(152条)ができなくなるわけではない。そして弁論が分離されれば訴訟不経済は免れない。そのため、反訴として提起するのみでは142条の制限は回避できないと解する。142条の制限を回避するためには、裁判所に弁論の分離を禁止するという条件を付けるべきである。
そして、反訴として提起しても弁論の分離という条件が付くのであれば、反訴として提起せず別訴として提起しても、弁論の併合を強制することによって142条の制限は回避できる。
したがって、142条の禁止を回避するために反訴を提起することは必要でも適切でもない。
設問の乙の主張は、甲の別訴提起が142条に抵触する点の指摘としては正当であるが、反訴という形式であれば無条件に提起できると考えている点は正当でない。
設問1(2)
1 裁判所は当事者が申し立てていない事柄について判決をすることはできない(処分権主義、246条)。処分権主義は実体法上の私的自治の原則が訴訟法上に反映したものである。当事者が申し立てていない事項について判決をすることは、当事者の実体法上の権利を当事者の意思に基づかずに処分することになるだけでなく、訴訟法的には当事者に不意打ちを加えることになるので許されない。
処分権主義の趣旨が以上のようなものであるならば、当事者に不意打ちを与えない範囲であれば必ずしも当事者の請求の趣旨通りの判決をする必要はないことになる。では、本件の判決は甲及び乙に不意打ちを与えないか。
2 甲の請求について
甲は絵画の給付を求めているが、自らの請求の中でその際に反対給付として500万円を覚悟している。また、乙から反訴で1000万円を請求されているため、最悪の場合1000万円の給付と引き換えに絵画の給付を受けるということを覚悟している。したがって、700万円の給付と引き換えに絵画の給付を受けることは不意打ちではない。
3 乙の請求について
乙は1000万円の給付を求めているが、自らの請求の中で絵画の給付自体は覚悟している。また、甲からの反訴で、最悪の場合絵画の給付と引き換えに500万円の給付しか受けられないことを覚悟している。したがって、絵画の給付と引き換えに700万円の給付を受けることは不意打ちではない。
4 したがって、いずれの判決もできる。
設問2
1 乙の提起する後訴は前訴の既判力に抵触し、できないのではないか。
2 既判力の意義
既判力とは確定判決の後袖の通用力ないし拘束力をいい、訴訟法上の効力である(訴訟法説)。既判力は紛争の蒸し返し防止のために必要であり、既判力を受ける当事者は訴訟で実際に攻撃防御を尽くしたことによって正当化される。
3 既判力の作用
既判力には裁判所は既判力を生じた前訴の判断を前提に後訴の判断をしなければならないという積極的作用と、当事者が前訴の判断と矛盾する主張ができず、裁判所はそのような主張を排斥しなければならないという消極的作用がある。本件では乙の提起する後訴のなかで、乙がする絵画の売買代金は1000万円であるという主張が既判力の消極的作用に抵触しないかが問題となる(訴えを提起すること自体は許される。既判力はそれに反する後訴を却下する効力ではない)。これを解決するためには既判力の客観的範囲を確定する必要がある。
4 既判力の客観的範囲
乙は主文に含まれる反対給付の額は既判力の客観的範囲外であることを前提に訴えを提起しているが、それは正しいだろうか。
既判力の客観的範囲は「主文に包含するもの」(114条1項)である。これは訴訟物を意味すると解されている。訴訟物とは原告の請求する権利のことであるから、本件では「甲の乙に対する売買契約に基づく絵画の引渡請求権」に既判力が生じる。したがって、厳密には「500万円の支払いを受けるのと引換えに」の部分には既判力が生じないということになりそうである。そうすると、後訴は前訴の既判力に抵触せず、提起できるということになりそうである。
しかし、厳密には訴訟物に含まれていなくてもその部分に既判力を認めないと紛争の蒸し返しとなる場合はある。判例も「限定承認した範囲で」という主文の文言に既判力に準ずる効果を認めている。また、通常は当事者は訴訟物でなくても反対給付の額等については争っているはずであり、手続保障は尽くされている。
したがって、特段の事情のない限り、反対給付の額についても既判力に準じる効果が生じると解する。特段の事情とは、相手方が過失なく反対給付の額を争っていない場合等が考えられる。
5 結論
本件でも、乙は原則として1000万円の支払いを求めるという主張をすることを前訴の既判力に準じる効力により許されず、裁判所はそのような乙の主張を排斥しなければならない。しかし、乙が前訴でもっぱらそのような契約をした覚えはないというように、過失なく契約自体を否定する争い方をしていた場合には、特段の事情があると言え、例外的にそのような主張が許される。 以上
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2016年02月03日
商法 予備試験平成27年度
設問1(1)
1 X社の取締役であるA及びCが、第三者Eに対し、429条に基づく損害賠償責任を負うかを検討する。
2 429条の趣旨については次のように考えられる。取締役は会社との任用契約(委任又は準委任契約)に基づき、会社に対して善管注意義務(330条、民644条)・忠実義務(355条)を負っているが、第三者に対してはそれらの義務を負っていないから、それらの義務違反により第三者の権利が侵害されそれにより損害が発生したとしても、民法上の不法行為責任を負うのみであると思える。しかし会社法は、会社が経済社会において重要な地位を占め、また、会社の活動は取締役の職務執行に依存することに鑑み、第三者を特に保護するため、429条の規定を置いたのである(特別の法定責任)。すなわち、取締役が悪意重過失により会社に対する善管注意義務・忠実義務に違反し(任務懈怠)、それにより第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠と第三者の損害との間に因果関係がある限り、直接損害か間接損害かを問わず、取締役は第三者に対して損害賠償責任を負うのである。民法上の不法行為責任とは請求権競合となる。
そうすると、会社の活動により損害を被った第三者は、@取締役の任務懈怠、A任務懈怠に対する取締役の悪意重過失、B損害、C@とBの間の因果関係を主張立証することにより、取締役から直接に損害賠償を受取ることができる。
3(1)Cの責任
@Cは高級弁当の製造販売事業を行うX社の弁当事業部門施本部長であり、任用契約上の注意義務として、販売される弁当の品質を適切に保つ義務をX社に対して負っていると言える。しかし、回収された弁当の食材の一部を再利用するよう弁当製造工場の責任者Dに指示することは、不衛生な食品が消費者の手に渡る可能性のある行為であるから、上記義務違反行為すなわち任務懈怠である。ACは消費期限が切れて弁当を回収せざるを得ないことに頭を悩ませた末に上記任務懈怠行為をしたのであるから、任務懈怠につき悪意である。BEらは食中毒により損害を被り、Cその症状の原因は再利用した食材に大腸菌が付着していたことであるから@とBの間には因果関係がある。
したがって、CはEらに対し、429条に基づく損害賠償責任を負う。
(2)Aの責任
取締役会設置会社の代表取締役は対外的に会社を代表し(349条1項)、対外的に業務執行をする機関(363条1項1号)であるから、対内的に他の取締役に任せている業務執行であってもその内容に注意を払い、担当する取締役に対する監督責任を負うと解する。
そうすると、@Aは平成26年4月に弁当製造工場の責任者Dから、Cの上記任務懈怠について相談を受け、それについてCから事情を聴いた際、Cに対して上記任務懈怠を止めるよう指示を出す義務があったというべきである。しかしAは「衛生面には十分に気を付けるように」と述べるのみであり、その義務を怠るという任務懈怠がある。AAはそのことについて悪意である。BCはCについて述べたことと同様である。
したがって、AはEらに対し、429条に基づく損害賠償責任を負う。
設問1(2)
前述のとおり、429条の責任は間接損害を受けた第三者に対しても負うものである。X社の株主であるBは、X社が破産手続き開始の決定を受けたことにより、その保有する株式が無価値になるという間接損害を被っている。そして、X社が破産手続き開始決定を受けたのは、A及びCの前述の悪意重過失による任務懈怠により、X社が食中毒の被害者らに対する損害賠償ができなくなったことに起因するのだから、A及びCの任務懈怠とBの損害の間には因果関係がある。
したがって、A及びCは、Bに対し、429条に基づく損害賠償責任を負う。
設問2
1 Y社は、X社からホテル事業の譲渡(21条、467条参照)を受けた法人にすぎない。合併とは異なり、事業譲渡は契約であって権利義務の承継を当然に伴うものではないから、事業の譲受会社は譲渡会社が第三者に対して負う債務を弁済する責任を負わないのが原則である。もっとも、法は以下の二つの場合に、譲受会社の責任承継を定めている。
2 ひとつは、22条である。譲受会社が譲渡会社の商号を引続き使用する場合には、譲受会社も債務を弁済する責任を負う(22条1項)。この規定の趣旨は、譲渡会社に対して債権を有していたものは、譲受会社が商号を続用する限り、譲受会社に対して債権を行使できると信じるのが通常であるから、そのような第三者の信頼を保護することと解される。そうすると、次のように言える。
一般に、ホテルの名称は、ホテルの営業主体をもあらわすものとして使われており、本件でもそうである。このようにホテルの名称がその営業主体を表わすものとしても使われている場合には、一般のホテル利用者にとっては、同一の営業主体による営業が継続していると信じたり、事業の承継があったけれども譲受会社が債務を承継しているものと信じたりするのは無理もないことである。したがって、商号(「X社」「Y社」などをさす)そのものの続用でなくても、屋号(「甲荘」などをさす)が営業主体を表わすものとしてもちいられている場合には、特に反対の広告がなされないかぎり、屋号の続用にも22条1項が類推適用されると解すべきである。
本件でも、「甲荘」は営業主体を表わすものとしてもちいられている。そして、Y社がX社の債務を承継しない旨の広告はない。したがって、Y社はX社が第三者に対して負う債務を弁済する責任を負う。
したがって、Y社は、X社のEらに対する損害賠償債務を弁済する責任を負う。
3 もうひとつは、23条の2である。この条文は、債務の承継を伴わない事業譲渡の詐害的利用を防ぐために平成26年会社法改正で新設された。この条文に基づき、第三者は、譲渡会社が第三者を害することを知って事業を譲渡したことを主張立証することにより、譲受会社に対して債務の履行を請求することができる(23条の2第1項)。
本件でも、X社がEらを害することを知って事業譲渡したことの主張立証にEらが成功した場合には、Y社はEらに対し、損害賠償債務を弁済する責任を負う。 以上
1 X社の取締役であるA及びCが、第三者Eに対し、429条に基づく損害賠償責任を負うかを検討する。
2 429条の趣旨については次のように考えられる。取締役は会社との任用契約(委任又は準委任契約)に基づき、会社に対して善管注意義務(330条、民644条)・忠実義務(355条)を負っているが、第三者に対してはそれらの義務を負っていないから、それらの義務違反により第三者の権利が侵害されそれにより損害が発生したとしても、民法上の不法行為責任を負うのみであると思える。しかし会社法は、会社が経済社会において重要な地位を占め、また、会社の活動は取締役の職務執行に依存することに鑑み、第三者を特に保護するため、429条の規定を置いたのである(特別の法定責任)。すなわち、取締役が悪意重過失により会社に対する善管注意義務・忠実義務に違反し(任務懈怠)、それにより第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠と第三者の損害との間に因果関係がある限り、直接損害か間接損害かを問わず、取締役は第三者に対して損害賠償責任を負うのである。民法上の不法行為責任とは請求権競合となる。
そうすると、会社の活動により損害を被った第三者は、@取締役の任務懈怠、A任務懈怠に対する取締役の悪意重過失、B損害、C@とBの間の因果関係を主張立証することにより、取締役から直接に損害賠償を受取ることができる。
3(1)Cの責任
@Cは高級弁当の製造販売事業を行うX社の弁当事業部門施本部長であり、任用契約上の注意義務として、販売される弁当の品質を適切に保つ義務をX社に対して負っていると言える。しかし、回収された弁当の食材の一部を再利用するよう弁当製造工場の責任者Dに指示することは、不衛生な食品が消費者の手に渡る可能性のある行為であるから、上記義務違反行為すなわち任務懈怠である。ACは消費期限が切れて弁当を回収せざるを得ないことに頭を悩ませた末に上記任務懈怠行為をしたのであるから、任務懈怠につき悪意である。BEらは食中毒により損害を被り、Cその症状の原因は再利用した食材に大腸菌が付着していたことであるから@とBの間には因果関係がある。
したがって、CはEらに対し、429条に基づく損害賠償責任を負う。
(2)Aの責任
取締役会設置会社の代表取締役は対外的に会社を代表し(349条1項)、対外的に業務執行をする機関(363条1項1号)であるから、対内的に他の取締役に任せている業務執行であってもその内容に注意を払い、担当する取締役に対する監督責任を負うと解する。
そうすると、@Aは平成26年4月に弁当製造工場の責任者Dから、Cの上記任務懈怠について相談を受け、それについてCから事情を聴いた際、Cに対して上記任務懈怠を止めるよう指示を出す義務があったというべきである。しかしAは「衛生面には十分に気を付けるように」と述べるのみであり、その義務を怠るという任務懈怠がある。AAはそのことについて悪意である。BCはCについて述べたことと同様である。
したがって、AはEらに対し、429条に基づく損害賠償責任を負う。
設問1(2)
前述のとおり、429条の責任は間接損害を受けた第三者に対しても負うものである。X社の株主であるBは、X社が破産手続き開始の決定を受けたことにより、その保有する株式が無価値になるという間接損害を被っている。そして、X社が破産手続き開始決定を受けたのは、A及びCの前述の悪意重過失による任務懈怠により、X社が食中毒の被害者らに対する損害賠償ができなくなったことに起因するのだから、A及びCの任務懈怠とBの損害の間には因果関係がある。
したがって、A及びCは、Bに対し、429条に基づく損害賠償責任を負う。
設問2
1 Y社は、X社からホテル事業の譲渡(21条、467条参照)を受けた法人にすぎない。合併とは異なり、事業譲渡は契約であって権利義務の承継を当然に伴うものではないから、事業の譲受会社は譲渡会社が第三者に対して負う債務を弁済する責任を負わないのが原則である。もっとも、法は以下の二つの場合に、譲受会社の責任承継を定めている。
2 ひとつは、22条である。譲受会社が譲渡会社の商号を引続き使用する場合には、譲受会社も債務を弁済する責任を負う(22条1項)。この規定の趣旨は、譲渡会社に対して債権を有していたものは、譲受会社が商号を続用する限り、譲受会社に対して債権を行使できると信じるのが通常であるから、そのような第三者の信頼を保護することと解される。そうすると、次のように言える。
一般に、ホテルの名称は、ホテルの営業主体をもあらわすものとして使われており、本件でもそうである。このようにホテルの名称がその営業主体を表わすものとしても使われている場合には、一般のホテル利用者にとっては、同一の営業主体による営業が継続していると信じたり、事業の承継があったけれども譲受会社が債務を承継しているものと信じたりするのは無理もないことである。したがって、商号(「X社」「Y社」などをさす)そのものの続用でなくても、屋号(「甲荘」などをさす)が営業主体を表わすものとしてもちいられている場合には、特に反対の広告がなされないかぎり、屋号の続用にも22条1項が類推適用されると解すべきである。
本件でも、「甲荘」は営業主体を表わすものとしてもちいられている。そして、Y社がX社の債務を承継しない旨の広告はない。したがって、Y社はX社が第三者に対して負う債務を弁済する責任を負う。
したがって、Y社は、X社のEらに対する損害賠償債務を弁済する責任を負う。
3 もうひとつは、23条の2である。この条文は、債務の承継を伴わない事業譲渡の詐害的利用を防ぐために平成26年会社法改正で新設された。この条文に基づき、第三者は、譲渡会社が第三者を害することを知って事業を譲渡したことを主張立証することにより、譲受会社に対して債務の履行を請求することができる(23条の2第1項)。
本件でも、X社がEらを害することを知って事業譲渡したことの主張立証にEらが成功した場合には、Y社はEらに対し、損害賠償債務を弁済する責任を負う。 以上
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商法 予備試験平成26年度
設問1
1 X社のY社からの借入れはX社の取締役会決議に基づいてされているが、瑕疵ある決議の効果については明文がないため民法の原則に従って原則として無効であり、決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは例外的に有効と解すべきである。
2 では平成26年1月下旬のX社取締役会決議に瑕疵があるか。
(1)BはY社株式を90%保有しているから、X社とY社の取引はX社とBの取引と同視しうる。つまり本問のX社とY社の取引はBの自己取引(365条1項2号)である。
(2)そのため、Bは「重要な事実」を開示して取締役会の承認を受けなければならない(356条1項本文、365条)。この趣旨は取締役会がその取引を承認するか否かを判断する前提となる情報を与えることである。しかし、本件でBは自己資金で金融機関から借り入れた5億円に金利を若干上乗せして貸し付けている。金利の上乗せがされた事実は一般的に当該取引を承認するかどうかの判断に重要だから「重要な事実」に当たる。したがって、この情報の開示がないことは356条、365条違反に当たる。
(3)また、直接取引にあたるからBは本件決議において特別利害関係取締役にあたり、議決に加わることができない(369条2項)。しかしBは議決に加わっているから、369条2項違反もある。
3 以上の瑕疵の効果について、Bが議決に加わっている点は決議の結果に影響がないと言えるが、情報開示がなかった点は、情報開示があったならば他の取締役の判断も変わったと考えられ、決議の結果に影響があると認めるべきである。
4 したがって、本件の借入は無効であり、Cの主張は妥当である。
設問2
1 募集株式発行無効の訴え(828条1項2号)の無効事由については明文がないが、株式引受人の取引安全の要請及び拡大した規模で活動した後の資金調達が無効とされることの混乱への懸念から、重大な違法のみ無効事由となると解すべきである。
2 では本件募集株式発行に違法はあるか。
(1)「特に有利な金額」で募集株式を発行する場合には株主総会で説明の上、特別決議が必要である(199条3項、201条1項、309条2項5号)。「特に有利な金額」とは、時価の数パーセント安い値を下回る金額を言う。発行当時の株式の時価は1万円を下回らないところを、Z社は半額の5000円で買い受けているから、「特に有利な金額」(199条3項)であり、本件では総会決議がないから、199条3項違反がある。
(2)「著しく不公正な方法」(210条2号)により行われる株式発行は違法である。著しく不公正か否かは主要目的が何かを検討して決める。本件の募集株式発行により、確かにZ者とX社の提携関係は強まるが、そもそも本件はX社が経営不振により10億円の資金が必要となったことがきっかけとなった取引であるから、主要目的は資金調達目的と認定でき、この点に違法はない。
3 199条3項違反が無効事由となるか否かであるが、これは金銭的解決の方法が法定されているから(212条1項)それによるべきであり、重要な違法とは言えない。
4 したがって、本件株式発行は有効であり、Bの主張は認められない。 以上
1 X社のY社からの借入れはX社の取締役会決議に基づいてされているが、瑕疵ある決議の効果については明文がないため民法の原則に従って原則として無効であり、決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは例外的に有効と解すべきである。
2 では平成26年1月下旬のX社取締役会決議に瑕疵があるか。
(1)BはY社株式を90%保有しているから、X社とY社の取引はX社とBの取引と同視しうる。つまり本問のX社とY社の取引はBの自己取引(365条1項2号)である。
(2)そのため、Bは「重要な事実」を開示して取締役会の承認を受けなければならない(356条1項本文、365条)。この趣旨は取締役会がその取引を承認するか否かを判断する前提となる情報を与えることである。しかし、本件でBは自己資金で金融機関から借り入れた5億円に金利を若干上乗せして貸し付けている。金利の上乗せがされた事実は一般的に当該取引を承認するかどうかの判断に重要だから「重要な事実」に当たる。したがって、この情報の開示がないことは356条、365条違反に当たる。
(3)また、直接取引にあたるからBは本件決議において特別利害関係取締役にあたり、議決に加わることができない(369条2項)。しかしBは議決に加わっているから、369条2項違反もある。
3 以上の瑕疵の効果について、Bが議決に加わっている点は決議の結果に影響がないと言えるが、情報開示がなかった点は、情報開示があったならば他の取締役の判断も変わったと考えられ、決議の結果に影響があると認めるべきである。
4 したがって、本件の借入は無効であり、Cの主張は妥当である。
設問2
1 募集株式発行無効の訴え(828条1項2号)の無効事由については明文がないが、株式引受人の取引安全の要請及び拡大した規模で活動した後の資金調達が無効とされることの混乱への懸念から、重大な違法のみ無効事由となると解すべきである。
2 では本件募集株式発行に違法はあるか。
(1)「特に有利な金額」で募集株式を発行する場合には株主総会で説明の上、特別決議が必要である(199条3項、201条1項、309条2項5号)。「特に有利な金額」とは、時価の数パーセント安い値を下回る金額を言う。発行当時の株式の時価は1万円を下回らないところを、Z社は半額の5000円で買い受けているから、「特に有利な金額」(199条3項)であり、本件では総会決議がないから、199条3項違反がある。
(2)「著しく不公正な方法」(210条2号)により行われる株式発行は違法である。著しく不公正か否かは主要目的が何かを検討して決める。本件の募集株式発行により、確かにZ者とX社の提携関係は強まるが、そもそも本件はX社が経営不振により10億円の資金が必要となったことがきっかけとなった取引であるから、主要目的は資金調達目的と認定でき、この点に違法はない。
3 199条3項違反が無効事由となるか否かであるが、これは金銭的解決の方法が法定されているから(212条1項)それによるべきであり、重要な違法とは言えない。
4 したがって、本件株式発行は有効であり、Bの主張は認められない。 以上
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商法 予備試験平成25年度
設問1
1 Aは株主総会決議取消の訴え(831条1項)を提起して本件総会決議の効力を争うことができるか。
2 原告適格について、本件株式交換契約の効力が発生する平成24年9月1日まではAはY社の株主だから、同年8月の段階では原告適格がある。
3 本件総会においてBがAの株主としての地位に基づく質問に答えなかったことが314条違反であり、これが決議方法の法令違反(831条1項1号)として取消事由となるか。
(1)まず、Bに説明義務が発生しているか。
314条は会議の参加者がその審議事項について質問しうるという当然のことを明文化し、取締役の説明義務を定めた規定である。そうすると、説明義務は株主から質問を受けて初めて発生するというべきである。
本件では、Aは質問をしているから、Bに説明義務が発生するのが原則である。
(2)もっとも、314条但書の「正当な理由がある場合」に該当し、例外的に説明義務が不発生となるのではないか。Bの側としては、Aは解任決議に係る取締役であり特別利害関係人(831条1項3号)に当たること、X社がAに対してY社株式の売却をするよう説得していた事情があることを、正当な理由の評価根拠事実として主張すると考えられる。
しかし、取締役会決議(369条2項参照)と異なり、株主総会においては特別利害関係人も議決に加わることができる(831条1項3号参照)から、特別利害関係人の質問だからと言って答える必要がなくなるわけではない。また、Aの質問への回答を他の株主が聞いて議決の参考にする必要があるから、Aに対して株式の売却を説得していた等の事情も回答の必要性をなくすものではない。
したがって、本件は「正当な理由がある場合」に該当しない。
(3)以上より、本件には314条違反があり、これは決議方法の法令違反として取消事由となる(831条1項1号)。
4 したがって、Aは本件総会決議の効力を争うことができる。
設問2
1 Aは433条1項に基づく請求をしているが、Yは同2項各号に該当することを理由に請求を拒むことができるか。
(1)Aは後述のような株主総会決議取消の訴えまたは株式交換無効の訴えを提起するために請求しているから、「権利の…行使」(433条2項1号)のための請求に当たる。
(2)2,4,5号に該当する事情はない。
(3)Yとしては、AがZ社の67%株主であることから、AがYと「実質的に競争関係にある事業を営」(3号)むものに当たると主張しうる。たしかに、Y社の事業内容は日本国内における新築マンションの企画及び販売であり、Z社の事業内容は関東地方を中心とする住居用の中古不動産の販売等であるから、不動産というくくりでは形式的に競合関係にある。しかし、新築と中古の違いがあること、Zは従来からY社株式を10パーセント保有しており特に敵対関係になかったことから、実質的に競争関係にあるとまでは言えない。
2 したがって、Y社はAの請求を拒むことができない。
設問3
1 @効力発生前
(1)効力発生前には株式交換を承認した本件総会決議の取消の訴(831条1項)を提起することが考えられる。構成としては、X社という特別利害関係人が議決に加わったことによって、不当な交換比率の株式交換の承認という著しく不当な決議がされた(831条1項3号)とすればよい。
(2)また、株式買取請求(785条)をすることも考えられる。
2 A効力発生後
株式交換無効の訴え(828条1項11号)を提起することが考えられる。
組織再編の手続に瑕疵がある場合には本来であれば無効になるところだが、法律関係の安定のため会社法は訴えによってのみ主張できることとしている。無効原因は規定されていないが、軽微でない瑕疵は無効原因となると考える。本件のように株式交換比率が著しく不適切な場合は軽微でない瑕疵といえるから、無効原因になる。 以上
1 Aは株主総会決議取消の訴え(831条1項)を提起して本件総会決議の効力を争うことができるか。
2 原告適格について、本件株式交換契約の効力が発生する平成24年9月1日まではAはY社の株主だから、同年8月の段階では原告適格がある。
3 本件総会においてBがAの株主としての地位に基づく質問に答えなかったことが314条違反であり、これが決議方法の法令違反(831条1項1号)として取消事由となるか。
(1)まず、Bに説明義務が発生しているか。
314条は会議の参加者がその審議事項について質問しうるという当然のことを明文化し、取締役の説明義務を定めた規定である。そうすると、説明義務は株主から質問を受けて初めて発生するというべきである。
本件では、Aは質問をしているから、Bに説明義務が発生するのが原則である。
(2)もっとも、314条但書の「正当な理由がある場合」に該当し、例外的に説明義務が不発生となるのではないか。Bの側としては、Aは解任決議に係る取締役であり特別利害関係人(831条1項3号)に当たること、X社がAに対してY社株式の売却をするよう説得していた事情があることを、正当な理由の評価根拠事実として主張すると考えられる。
しかし、取締役会決議(369条2項参照)と異なり、株主総会においては特別利害関係人も議決に加わることができる(831条1項3号参照)から、特別利害関係人の質問だからと言って答える必要がなくなるわけではない。また、Aの質問への回答を他の株主が聞いて議決の参考にする必要があるから、Aに対して株式の売却を説得していた等の事情も回答の必要性をなくすものではない。
したがって、本件は「正当な理由がある場合」に該当しない。
(3)以上より、本件には314条違反があり、これは決議方法の法令違反として取消事由となる(831条1項1号)。
4 したがって、Aは本件総会決議の効力を争うことができる。
設問2
1 Aは433条1項に基づく請求をしているが、Yは同2項各号に該当することを理由に請求を拒むことができるか。
(1)Aは後述のような株主総会決議取消の訴えまたは株式交換無効の訴えを提起するために請求しているから、「権利の…行使」(433条2項1号)のための請求に当たる。
(2)2,4,5号に該当する事情はない。
(3)Yとしては、AがZ社の67%株主であることから、AがYと「実質的に競争関係にある事業を営」(3号)むものに当たると主張しうる。たしかに、Y社の事業内容は日本国内における新築マンションの企画及び販売であり、Z社の事業内容は関東地方を中心とする住居用の中古不動産の販売等であるから、不動産というくくりでは形式的に競合関係にある。しかし、新築と中古の違いがあること、Zは従来からY社株式を10パーセント保有しており特に敵対関係になかったことから、実質的に競争関係にあるとまでは言えない。
2 したがって、Y社はAの請求を拒むことができない。
設問3
1 @効力発生前
(1)効力発生前には株式交換を承認した本件総会決議の取消の訴(831条1項)を提起することが考えられる。構成としては、X社という特別利害関係人が議決に加わったことによって、不当な交換比率の株式交換の承認という著しく不当な決議がされた(831条1項3号)とすればよい。
(2)また、株式買取請求(785条)をすることも考えられる。
2 A効力発生後
株式交換無効の訴え(828条1項11号)を提起することが考えられる。
組織再編の手続に瑕疵がある場合には本来であれば無効になるところだが、法律関係の安定のため会社法は訴えによってのみ主張できることとしている。無効原因は規定されていないが、軽微でない瑕疵は無効原因となると考える。本件のように株式交換比率が著しく不適切な場合は軽微でない瑕疵といえるから、無効原因になる。 以上
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商法 予備試験平成23年度
設問1
平成23年3月25日のY車の取締役会招集通知がBに対して発せられておらず、368条1項違反があるが、そのような取締役会の決議は有効か。
取締役会の瑕疵ある決議の効力については明文がないから一般原則に従って原則として無効と解すべきであるが、軽微な瑕疵の場合や、決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がある場合は例外的に無効とならないと解すべきである。
本件は368条1項違反であって原則無効であるが、例外該当性を検討するに、決議について特別利害関係を有する取締役は議決に加わることができない(369条2項)。この趣旨は、取締役は会社との任用契約に基づいて善管注意義務を尽くして経営判断をすることが要求されているところ(330条、民法644条、335条)、特別利害関係取締役にはそのような義務を果たすことが類型的に期待できないことである。そのため、特別利害関係取締役は決議の定足数にも算定されず、当該議決事項について意見を言う場合も他の取締役全員の同意が必要と解すべきである。そうすると、特別利害関係取締役に対してであれば招集通知を発しないのは軽微な瑕疵であり、また、たとえ出席したとしても意見を言うことさえ制限されるのだから、決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があると言える。
Bは株式の決議事項である株式譲渡にかかる譲渡人であるから、特別利害関係取締役に当たる。
したがって、本件決議は有効である。
設問2
(1)Y社の定時株主総会の招集通知がX社に対して発せられていないが、その決議は有効か。X社が招集通知を受けるべき「株主」(299条1項)に当たるかが問題となる(「株主」にあたれば「株主等」(831条1項)にもあたり、決議取消の訴えの原告適格も認められることになる)。
(2)X社は平成23年1月頃、BからY社株式の譲渡を受け(X社は公開会社ではないが、株主と会社以外の者の株式の譲渡は有効である)、同年3月15日にY社に対して譲渡承認請求(137条1項)をした。そして、X社は2週間後である同年4月1日までに決定内容の通知(139条2項)を受けていないため、Y社は137条1項の承認をする旨の決定をしたものをみなされ(145条1号)、その結果、同日、正式にYの株主となった。
もっとも、名義書換(130条1項)が未了であるからY社に対抗できないとも思えるが、Xは同年4月30日にY社に対して名義書換請求をしており、Y社はこれを不当拒絶しているため、Xは名義書換なしに株主であることをY社に対抗できる。株主名簿の趣旨は会社の事務処理上の便宜に過ぎないから、権利に合致した請求があった場合には会社は名義書換に応じるべきであり、その義務違反があった場合に名義書換がないことを理由に株主でないことを主張できるとすると信義則上妥当でないからである。
(3)したがって、X社は「株主」に当たり、Y社定時株主総会の効力を争うことができる。
設問3
本問の場合でもX社が「株主」に当たるか。本問ではBが保有するY社株式がXとAに二重譲渡されている。この場合のXとAの優劣は民法の原則に従い対抗問題として決すべきである。本問ではAが先に株主名簿の名義を書き換えて対抗要件(130条1項)を備えている。したがって、その時点でXは確定的に「株主」ではなくなった。
したがって、X社はY社定時株主総会の効力を争うことはできない。 以上
平成23年3月25日のY車の取締役会招集通知がBに対して発せられておらず、368条1項違反があるが、そのような取締役会の決議は有効か。
取締役会の瑕疵ある決議の効力については明文がないから一般原則に従って原則として無効と解すべきであるが、軽微な瑕疵の場合や、決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がある場合は例外的に無効とならないと解すべきである。
本件は368条1項違反であって原則無効であるが、例外該当性を検討するに、決議について特別利害関係を有する取締役は議決に加わることができない(369条2項)。この趣旨は、取締役は会社との任用契約に基づいて善管注意義務を尽くして経営判断をすることが要求されているところ(330条、民法644条、335条)、特別利害関係取締役にはそのような義務を果たすことが類型的に期待できないことである。そのため、特別利害関係取締役は決議の定足数にも算定されず、当該議決事項について意見を言う場合も他の取締役全員の同意が必要と解すべきである。そうすると、特別利害関係取締役に対してであれば招集通知を発しないのは軽微な瑕疵であり、また、たとえ出席したとしても意見を言うことさえ制限されるのだから、決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があると言える。
Bは株式の決議事項である株式譲渡にかかる譲渡人であるから、特別利害関係取締役に当たる。
したがって、本件決議は有効である。
設問2
(1)Y社の定時株主総会の招集通知がX社に対して発せられていないが、その決議は有効か。X社が招集通知を受けるべき「株主」(299条1項)に当たるかが問題となる(「株主」にあたれば「株主等」(831条1項)にもあたり、決議取消の訴えの原告適格も認められることになる)。
(2)X社は平成23年1月頃、BからY社株式の譲渡を受け(X社は公開会社ではないが、株主と会社以外の者の株式の譲渡は有効である)、同年3月15日にY社に対して譲渡承認請求(137条1項)をした。そして、X社は2週間後である同年4月1日までに決定内容の通知(139条2項)を受けていないため、Y社は137条1項の承認をする旨の決定をしたものをみなされ(145条1号)、その結果、同日、正式にYの株主となった。
もっとも、名義書換(130条1項)が未了であるからY社に対抗できないとも思えるが、Xは同年4月30日にY社に対して名義書換請求をしており、Y社はこれを不当拒絶しているため、Xは名義書換なしに株主であることをY社に対抗できる。株主名簿の趣旨は会社の事務処理上の便宜に過ぎないから、権利に合致した請求があった場合には会社は名義書換に応じるべきであり、その義務違反があった場合に名義書換がないことを理由に株主でないことを主張できるとすると信義則上妥当でないからである。
(3)したがって、X社は「株主」に当たり、Y社定時株主総会の効力を争うことができる。
設問3
本問の場合でもX社が「株主」に当たるか。本問ではBが保有するY社株式がXとAに二重譲渡されている。この場合のXとAの優劣は民法の原則に従い対抗問題として決すべきである。本問ではAが先に株主名簿の名義を書き換えて対抗要件(130条1項)を備えている。したがって、その時点でXは確定的に「株主」ではなくなった。
したがって、X社はY社定時株主総会の効力を争うことはできない。 以上
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商法 平成22年度第1問
問題文
Y株式会社は、@取締役会設置会社であるが、委員会設置会社ではなく、A株券発行会社ではなく、種類株式発行会社でもない会社であり、また、「社債、株式等の振替に関する法律」の規定による株式の振替制度も採用しておらず、B定款で、定時株主総会における議決権行使及び定時株主総会における剰余金の配当決議に基づく剰余金の配当受領の基準日を毎年3月31日と定めている。
Xは、Y社の株式を保有する株主名簿上の株主であったが、その株式すべて(以下「本件株式」という。)をAに譲渡した(以下「本件譲渡」という。)。Y社は、平成22年6月に行われた定時株主総会における剰余金配当決議に基づき、本件株式について配当すべき剰余金(以下「本件剰余金」という。)をAに支払った。
以上の事実を前提として、次の1から3までの各場合において、XがY社に対して本件剰余金の支払いを求めることができるかどうかを検討せよ。なお、1から3までの各場合は、独立したものとする。
1 Y社は、その発行する全部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について会社の承認を要すること(以下「譲渡制限の定め」という。)を定めており、本件譲渡が平成22年3月10日に行われたとする。この場合において、Xも、Aも、Aによる取得の承認の請求をせず、本件株式に係る株主名簿の名義書換請求もされなかったが、本件譲渡の事実をAから聞いたY社の代表取締役Bが本件剰余金をAに支払ったとき。
2 Y社は、譲渡制限の定めを定めておらず、本件譲渡が平成22年4月1日に行われたとする。この場合において、本件株式に係る株主名簿の名義書換請求はされなかったが、本件譲渡の事実をAから聞いたY社の代表取締役Bが本件剰余金をAに支払ったとき。
3 Y社は、譲渡制限の定めを定めておらず、本件譲渡が平成22年3月10日に行われたとする。この場合において、同月15日にXとAが共同でY社に対して株主名簿の名義書換を請求し、Y社はこれに応じたが、AがY社から本件剰余金の支払を受けた後、Xが成年被後見人であったことを理由として本件譲渡が取り消されたとき。
回答
設問1
1 剰余金配当請求権は株主の地位に基づき発生するから、XがYに対して本件剰余金の支払いを求めることができるためには、XがYの株主であることが必要である。本問ではYの株式に譲渡制限の定めがある。そこで、譲渡制限の定めがある株式を譲渡した場合の効力について、明文なく問題となる。
株式は社員たる地位だから、所有物(民206条)として自由に処分できる性質のものではない。しかし、会社法は、原則として株式譲渡の自由を認めている(127条)。この規定の根拠としては、投下資本の回収の必要性が挙げられる。また、株式が自由に売却できることにより、個人が出資する際のリスクが減り、出資しやすくなるという利点もある。しかし、株主は株主総会を通じて会社の経営に影響力を持つから、特に小規模な会社では誰が株主であるかは関心事である。そこで法は、会社の便宜のため、会社が譲渡制限の定めを設けることを認めた(2条17号)。そうすると、譲渡制限の定めのある株式が譲渡されても、それを会社との関係でのみ無効とすれば、会社の利益は守られる。そこで、譲渡制限の定めがある株式の譲渡の効果は当事者間では有効だが、その有効性を会社に対抗できないと解する。
本件譲渡はXA間では有効である。しかし、Aによる取得の承認請求はなされず、名義書換請求もなされていないから、Y社には株式譲渡を対抗できない。株主名簿の制度趣旨も会社の便宜である。
2 しかし本問では、Y社の取締役Bが株主をAとして扱っている。当事者間で会社に対抗できない株式の譲渡がある場合に、会社のほうから株式の譲受人を株主として扱うことができるか問題となる。
そもそも譲渡制限株式の制度趣旨は前述のように会社の便宜なのであるから、会社のほうから譲受人を株主として扱うことを禁止する理由はないとも思える。しかし、判例は会社は譲渡前の株主を株主として扱わなければならないとしている(H9.9.9)。
そうすると、本問ではYとの関係ではXは株主であり、Aを株主として扱ったBの措置は違法である。
3 したがって、XはYに対し、本件剰余金の支払いを求めることができる。
設問2
本問は剰余金配当受領の基準日後に株式の譲渡があった場合に、会社が株式の譲受人に剰余金を支払った事例である。基準日の制度趣旨が問題となる。
株式の譲渡を自由とした結果(127条)、株主は日々入れ替わる。そのため、いつの時点の株主が会社に対して株主の地位に基づく権利を主張できるのかを決めておく必要がある。そのための制度が基準日制度である(124条)。この制度のおかげで、会社は基準日に株主であった者に対して権利行使を認めれば免責されるし、株主や株主になろうとする者にとっても、株式をいつの時点で売買するのが適当かがわかる。すなわち、基準日制度は会社の便宜のための制度であると同時に、株主や株主になろうとする者の便宜のための制度である。そうすると、会社に対して株主としての権利を主張できるのは、基準日に株主であった者であり、会社は、基準日以外の者を株主と扱ったことを理由としては、基準日に株主であった者の権利行使を拒むことはできないと解する。
本問では、基準日に株主であったのはXである。
したがって、XはYに対して本件剰余金の支払いを求めることができる。
設問3
旧株主は、基準日前の株式の売買契約を取消したことを理由に、会社に対して、基準日における株主としての権利を主張できるかが問題となる。
取消の効果は遡及するから(民121条)、基準日前の株式の売買契約が取消されると、基準日に株主であったのは遡及的に旧株主となる。そのため、形式的帰結としては、旧株主が会社に対して株主としての権利を主張できることになる。
しかし、この帰結は著しく煩雑な事務処理を必要とする。会社にとって、個人間での株式の売買契約が取消されたかどうかを確かめるのは容易ではない。取消されたことを確認できたとしても、取消しにより株主に復帰した者に対して再び剰余金を支払い、取消前に株主であった者に対し、支払った剰余金を不当利得として返還請求しなければならない。剰余金の配当のたびにこのような煩雑な事務処理に対応するリスクを会社に負わせるならば、会社は剰余金の配当自体をしなくなり、株式会社制度の安定が損なわれる。一方、株式売買の当事者間で不当利得返還請求を認めれば、その手続きは簡単である。
したがって、旧株主は基準日前の株式の売買契約を取り消したことを理由としては、会社に対して、基準日における株主の権利を主張できないと解する。
本件では、Xは基準日前の株式の売買契約を取消している。
したがって、XはYに対して本件剰余金の支払いを求めることはできない。 以上
Y株式会社は、@取締役会設置会社であるが、委員会設置会社ではなく、A株券発行会社ではなく、種類株式発行会社でもない会社であり、また、「社債、株式等の振替に関する法律」の規定による株式の振替制度も採用しておらず、B定款で、定時株主総会における議決権行使及び定時株主総会における剰余金の配当決議に基づく剰余金の配当受領の基準日を毎年3月31日と定めている。
Xは、Y社の株式を保有する株主名簿上の株主であったが、その株式すべて(以下「本件株式」という。)をAに譲渡した(以下「本件譲渡」という。)。Y社は、平成22年6月に行われた定時株主総会における剰余金配当決議に基づき、本件株式について配当すべき剰余金(以下「本件剰余金」という。)をAに支払った。
以上の事実を前提として、次の1から3までの各場合において、XがY社に対して本件剰余金の支払いを求めることができるかどうかを検討せよ。なお、1から3までの各場合は、独立したものとする。
1 Y社は、その発行する全部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について会社の承認を要すること(以下「譲渡制限の定め」という。)を定めており、本件譲渡が平成22年3月10日に行われたとする。この場合において、Xも、Aも、Aによる取得の承認の請求をせず、本件株式に係る株主名簿の名義書換請求もされなかったが、本件譲渡の事実をAから聞いたY社の代表取締役Bが本件剰余金をAに支払ったとき。
2 Y社は、譲渡制限の定めを定めておらず、本件譲渡が平成22年4月1日に行われたとする。この場合において、本件株式に係る株主名簿の名義書換請求はされなかったが、本件譲渡の事実をAから聞いたY社の代表取締役Bが本件剰余金をAに支払ったとき。
3 Y社は、譲渡制限の定めを定めておらず、本件譲渡が平成22年3月10日に行われたとする。この場合において、同月15日にXとAが共同でY社に対して株主名簿の名義書換を請求し、Y社はこれに応じたが、AがY社から本件剰余金の支払を受けた後、Xが成年被後見人であったことを理由として本件譲渡が取り消されたとき。
回答
設問1
1 剰余金配当請求権は株主の地位に基づき発生するから、XがYに対して本件剰余金の支払いを求めることができるためには、XがYの株主であることが必要である。本問ではYの株式に譲渡制限の定めがある。そこで、譲渡制限の定めがある株式を譲渡した場合の効力について、明文なく問題となる。
株式は社員たる地位だから、所有物(民206条)として自由に処分できる性質のものではない。しかし、会社法は、原則として株式譲渡の自由を認めている(127条)。この規定の根拠としては、投下資本の回収の必要性が挙げられる。また、株式が自由に売却できることにより、個人が出資する際のリスクが減り、出資しやすくなるという利点もある。しかし、株主は株主総会を通じて会社の経営に影響力を持つから、特に小規模な会社では誰が株主であるかは関心事である。そこで法は、会社の便宜のため、会社が譲渡制限の定めを設けることを認めた(2条17号)。そうすると、譲渡制限の定めのある株式が譲渡されても、それを会社との関係でのみ無効とすれば、会社の利益は守られる。そこで、譲渡制限の定めがある株式の譲渡の効果は当事者間では有効だが、その有効性を会社に対抗できないと解する。
本件譲渡はXA間では有効である。しかし、Aによる取得の承認請求はなされず、名義書換請求もなされていないから、Y社には株式譲渡を対抗できない。株主名簿の制度趣旨も会社の便宜である。
2 しかし本問では、Y社の取締役Bが株主をAとして扱っている。当事者間で会社に対抗できない株式の譲渡がある場合に、会社のほうから株式の譲受人を株主として扱うことができるか問題となる。
そもそも譲渡制限株式の制度趣旨は前述のように会社の便宜なのであるから、会社のほうから譲受人を株主として扱うことを禁止する理由はないとも思える。しかし、判例は会社は譲渡前の株主を株主として扱わなければならないとしている(H9.9.9)。
そうすると、本問ではYとの関係ではXは株主であり、Aを株主として扱ったBの措置は違法である。
3 したがって、XはYに対し、本件剰余金の支払いを求めることができる。
設問2
本問は剰余金配当受領の基準日後に株式の譲渡があった場合に、会社が株式の譲受人に剰余金を支払った事例である。基準日の制度趣旨が問題となる。
株式の譲渡を自由とした結果(127条)、株主は日々入れ替わる。そのため、いつの時点の株主が会社に対して株主の地位に基づく権利を主張できるのかを決めておく必要がある。そのための制度が基準日制度である(124条)。この制度のおかげで、会社は基準日に株主であった者に対して権利行使を認めれば免責されるし、株主や株主になろうとする者にとっても、株式をいつの時点で売買するのが適当かがわかる。すなわち、基準日制度は会社の便宜のための制度であると同時に、株主や株主になろうとする者の便宜のための制度である。そうすると、会社に対して株主としての権利を主張できるのは、基準日に株主であった者であり、会社は、基準日以外の者を株主と扱ったことを理由としては、基準日に株主であった者の権利行使を拒むことはできないと解する。
本問では、基準日に株主であったのはXである。
したがって、XはYに対して本件剰余金の支払いを求めることができる。
設問3
旧株主は、基準日前の株式の売買契約を取消したことを理由に、会社に対して、基準日における株主としての権利を主張できるかが問題となる。
取消の効果は遡及するから(民121条)、基準日前の株式の売買契約が取消されると、基準日に株主であったのは遡及的に旧株主となる。そのため、形式的帰結としては、旧株主が会社に対して株主としての権利を主張できることになる。
しかし、この帰結は著しく煩雑な事務処理を必要とする。会社にとって、個人間での株式の売買契約が取消されたかどうかを確かめるのは容易ではない。取消されたことを確認できたとしても、取消しにより株主に復帰した者に対して再び剰余金を支払い、取消前に株主であった者に対し、支払った剰余金を不当利得として返還請求しなければならない。剰余金の配当のたびにこのような煩雑な事務処理に対応するリスクを会社に負わせるならば、会社は剰余金の配当自体をしなくなり、株式会社制度の安定が損なわれる。一方、株式売買の当事者間で不当利得返還請求を認めれば、その手続きは簡単である。
したがって、旧株主は基準日前の株式の売買契約を取り消したことを理由としては、会社に対して、基準日における株主の権利を主張できないと解する。
本件では、Xは基準日前の株式の売買契約を取消している。
したがって、XはYに対して本件剰余金の支払いを求めることはできない。 以上
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2016年02月02日
商法 平成21年度第1問
設問1
会社分割のうち、吸収分割(757条以下)の手続きを取ればよいと考えられる。会社分割とは、1つの会社を2つ以上の会社に分けることを言う。吸収分割とは、分割する会社がその「事業に関して有する権利義務の全部または一部」を既存の会社に承継させることを言う。対価として株式等が用いられる(758条条3号4号参照)。その法的性質は、現物出資(金銭以外のものを事業のために提供し、その事業活動によって生じる利益を受取る地位を得ること、199条1項3号)という見解もありうるが、組織法上の特別の契約と解する。
吸収分割をするには、@まずX社とY社との間で吸収分割契約を締結する(757条)。Aそして既存株主や債権者のために事前開示をする(794条)。Bそして、契約で定めた効力発生日(758条7号)の前日までに、株主総会の特別決議を受ける(795条1項、309条2項12号)。この際、反対株主には株式買取請求権が認められる(797条)。C続いて、債権者異議手続を経る(799条)。Dそして登記をし(923条)、E事後の開示をする(801条)。
会社分割の対価として新たに発行された株式が用いられる場合、一株の価値が希釈されることにより、既存株主の残余財産の分配を受ける権利(自益権)や経営に参与する権利(共益権)が影響を受ける。そのため、会社法は「反対株主」(797条2項柱書)に対して「公正な価格」(797条1項本文)と引換えに会社から退出する権利を認めている。これが株式買取請求権である。本件でも、吸収分割に反対するX社株主は、原則として吸収分割に反対する旨を会社に通知し、株主総会において反対することにより(797条2項1号イ)、自己の株式をX社に対して「公正な価格」で買い取らせることができる。
そして、ここにいう「公正な価格」とは、平成17年改正前は吸収分割の決議がなかったならば有すべき価格(いわゆるナカリセバ価格)と定められていたが、平成17年改正で単に「公正な価格」と改められた。これは吸収分割等によりシナジーが生じる場合には、シナジーをも反映させる趣旨である。そして、シナジーが生じる場合には、「公正な価格」とは原則として組織再編契約ないし計画において定められていた比率が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格を意味するというのが判例である。その「公正な価格」を算定するにあたって参照すべき市場価格として、株式買取請求がされた日における市場価格を用いることは裁判所の裁量の範囲内である。
本件でも、X社株式の価値は1株当たり1000円であり、承継するY社のA工場の評価額は複数の証券アナリストによれば5億円であるから、客観的には50万株が対価としての相当額であるところ、60万株が対価として交付されているからシナジーが生じる場合に当たる。そのため、1000円にシナジーを上乗せした価格が公正な価格となる。
設問2
事業の一部の譲受けとして、Y社との間でA工場の権利義務の売買契約を締結することが考えられる。この方法だと、Y社にとっては株主総会決議が必要となり得るから(467条1項2号)反対株主の株式買取請求権が発生しうるが、X社では株主総会決議が要求されないため(取締役会決議は必要である。362条4項1号)、反対株主の買取請求権は発生しない。法は、事業の一部の譲受けを、株主総会の意思決定になじむ基礎的変更とみていないからである。
もっとも、本件で事業の一部譲受の対価としてX社が支払うのはX社の株式であるから、この契約を履行するにあたりX社は募集株式発行の規制に服する(199条以下)。本件は、募集株式の対価としてY社A工場を譲り受けるわけだから、この契約はY社から見ると現物出資に当たる。そのため、公開会社であるX社では原則として取締役会決議が必要である(199条1項3号、同2項、201条1項)。この場合に株主総会決議を必要とせず、取締役会決議が原則である理由は、取締役は定款記載の発行株式総数(37条)の範囲内ならばいつでも株式を発行できるが、株式の発行は主に資金調達の目的でなされるため、株式発行の法的性質は取締役の業務の執行(348条1項)と考えられているからである(授権資本精度)。
もっとも、株式の対価である金銭又は金銭以外の財産が募集株式を引受ける者に「特に有利な金額」である場合には、株主総会の特別決議が必要である(199条1項2号、309条2項5号)。「特に有利な金額」とは、公正な発行価額よりも特に低い金額をいい、この公正な発行価額とは、原則として発行価額決定直前の株価に近接していることが必要と解するのが判例である。
本件を見るに、前述のように6億円分の株式が発行されているのにもかかわらず対価であるA工場の価額はその2割安い5億円であるから、発行価額決定直前の株価に近接しているとは言えず、公正な発行価額ではない。もっとも、X社はY社と資本関係を持つことによって、Y社からノウハウの提供を受けることが期待でき、そのことにより業績の改善を見込んでいるのだから、2割程度の割増は、特段の事情として認められる。そのため、本件の発行価額は「特に有利な金額」に当たらず、株主総会の特別決議は不要である。
なお、仮に「特に有利な金額」に当たり株主総会の特別決議が行われたとしても、そこで本件取得に反対した株主に株式買取請求権を認める条文はない。法は、反対株主の株式買取請求権を原則として会社の基礎的変更が生じた場合に既存株主が退社する権利として認めていると解されるところ(例外は182条の4)、株式の有利発行は会社の基礎的変更ではないからである。
ただし、この方法は現物出資された物や事業の価格が過大評価されるおそれがあるため、原則として検査役の調査が必要である(207条1項。例外は同9項各号)。 以上
会社分割のうち、吸収分割(757条以下)の手続きを取ればよいと考えられる。会社分割とは、1つの会社を2つ以上の会社に分けることを言う。吸収分割とは、分割する会社がその「事業に関して有する権利義務の全部または一部」を既存の会社に承継させることを言う。対価として株式等が用いられる(758条条3号4号参照)。その法的性質は、現物出資(金銭以外のものを事業のために提供し、その事業活動によって生じる利益を受取る地位を得ること、199条1項3号)という見解もありうるが、組織法上の特別の契約と解する。
吸収分割をするには、@まずX社とY社との間で吸収分割契約を締結する(757条)。Aそして既存株主や債権者のために事前開示をする(794条)。Bそして、契約で定めた効力発生日(758条7号)の前日までに、株主総会の特別決議を受ける(795条1項、309条2項12号)。この際、反対株主には株式買取請求権が認められる(797条)。C続いて、債権者異議手続を経る(799条)。Dそして登記をし(923条)、E事後の開示をする(801条)。
会社分割の対価として新たに発行された株式が用いられる場合、一株の価値が希釈されることにより、既存株主の残余財産の分配を受ける権利(自益権)や経営に参与する権利(共益権)が影響を受ける。そのため、会社法は「反対株主」(797条2項柱書)に対して「公正な価格」(797条1項本文)と引換えに会社から退出する権利を認めている。これが株式買取請求権である。本件でも、吸収分割に反対するX社株主は、原則として吸収分割に反対する旨を会社に通知し、株主総会において反対することにより(797条2項1号イ)、自己の株式をX社に対して「公正な価格」で買い取らせることができる。
そして、ここにいう「公正な価格」とは、平成17年改正前は吸収分割の決議がなかったならば有すべき価格(いわゆるナカリセバ価格)と定められていたが、平成17年改正で単に「公正な価格」と改められた。これは吸収分割等によりシナジーが生じる場合には、シナジーをも反映させる趣旨である。そして、シナジーが生じる場合には、「公正な価格」とは原則として組織再編契約ないし計画において定められていた比率が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格を意味するというのが判例である。その「公正な価格」を算定するにあたって参照すべき市場価格として、株式買取請求がされた日における市場価格を用いることは裁判所の裁量の範囲内である。
本件でも、X社株式の価値は1株当たり1000円であり、承継するY社のA工場の評価額は複数の証券アナリストによれば5億円であるから、客観的には50万株が対価としての相当額であるところ、60万株が対価として交付されているからシナジーが生じる場合に当たる。そのため、1000円にシナジーを上乗せした価格が公正な価格となる。
設問2
事業の一部の譲受けとして、Y社との間でA工場の権利義務の売買契約を締結することが考えられる。この方法だと、Y社にとっては株主総会決議が必要となり得るから(467条1項2号)反対株主の株式買取請求権が発生しうるが、X社では株主総会決議が要求されないため(取締役会決議は必要である。362条4項1号)、反対株主の買取請求権は発生しない。法は、事業の一部の譲受けを、株主総会の意思決定になじむ基礎的変更とみていないからである。
もっとも、本件で事業の一部譲受の対価としてX社が支払うのはX社の株式であるから、この契約を履行するにあたりX社は募集株式発行の規制に服する(199条以下)。本件は、募集株式の対価としてY社A工場を譲り受けるわけだから、この契約はY社から見ると現物出資に当たる。そのため、公開会社であるX社では原則として取締役会決議が必要である(199条1項3号、同2項、201条1項)。この場合に株主総会決議を必要とせず、取締役会決議が原則である理由は、取締役は定款記載の発行株式総数(37条)の範囲内ならばいつでも株式を発行できるが、株式の発行は主に資金調達の目的でなされるため、株式発行の法的性質は取締役の業務の執行(348条1項)と考えられているからである(授権資本精度)。
もっとも、株式の対価である金銭又は金銭以外の財産が募集株式を引受ける者に「特に有利な金額」である場合には、株主総会の特別決議が必要である(199条1項2号、309条2項5号)。「特に有利な金額」とは、公正な発行価額よりも特に低い金額をいい、この公正な発行価額とは、原則として発行価額決定直前の株価に近接していることが必要と解するのが判例である。
本件を見るに、前述のように6億円分の株式が発行されているのにもかかわらず対価であるA工場の価額はその2割安い5億円であるから、発行価額決定直前の株価に近接しているとは言えず、公正な発行価額ではない。もっとも、X社はY社と資本関係を持つことによって、Y社からノウハウの提供を受けることが期待でき、そのことにより業績の改善を見込んでいるのだから、2割程度の割増は、特段の事情として認められる。そのため、本件の発行価額は「特に有利な金額」に当たらず、株主総会の特別決議は不要である。
なお、仮に「特に有利な金額」に当たり株主総会の特別決議が行われたとしても、そこで本件取得に反対した株主に株式買取請求権を認める条文はない。法は、反対株主の株式買取請求権を原則として会社の基礎的変更が生じた場合に既存株主が退社する権利として認めていると解されるところ(例外は182条の4)、株式の有利発行は会社の基礎的変更ではないからである。
ただし、この方法は現物出資された物や事業の価格が過大評価されるおそれがあるため、原則として検査役の調査が必要である(207条1項。例外は同9項各号)。 以上
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商法 平成20年度第2問
問題文
甲株式会社は、その発行する株式を金融商品取引所に上場している監査役会設置会社である。甲社の発行済み株式総数の約20%を保有する株主名簿上の株主である乙株式会社は、平成20年4月25日、同年6月27日開催予定の校舎の定時株主総会における取締役選任に関する議案及び増配に関する議案についての株主提案権を行使した。この場合において、次の二つの問いに答えよ。なお、甲社の定款には、種類株式に係る定めはないものとする。
1 乙社は、株主提案権の行使とともに、甲社に対し、その提案の内容を他の株主によく伝えたいとして、甲社の株主名簿の閲覧請求を行った。これに対し、甲社は、乙社が甲社との事業上の競争関係にある丙株式会社の総株主の議決権の70%を有していることから、乙社からの閲覧請求を拒否することとした。この閲覧請求の拒否は許されるか。
2 甲社の取締役らは、乙社からの株主提案を受けて、直ちに臨時取締役会を開催し、丁株式会社との業務提携関係を強化することが目的であるとして、既に業務提携契約を締結していた丁社のみを引受人とする募集株式の第三者割当発行を決議した。なお、払込金額については甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%に相当する額とし、払込期日については定時株主総会の開催日の1週間前の日とすることとされた。また、当該決議に合わせて、定時株主総会における議決権行使の基準日について、この発行にかかる株式に限りその効力発生日の翌日とする旨の決議がされ、これに係る所要の広告も行われた。この募集株式の発行が実施されると、乙社が保有する甲社株式の甲社発行済み株式総数に対する割合は約15パーセントに低下する一方で、丁社のそれは約45パーセントに上昇することとなる。乙社は、この募集株式の発行を差し止めることができるか。
回答
設問1
甲社の閲覧請求拒否が認められるためには、乙社の閲覧請求が125条3項各号の拒絶事由に該当する必要がある。
そもそも株主名簿の閲覧請求権は、取引社会の一員としての会社の情報公開の仕組みの一つであり、株主及び債権者に認められる(125条2項)。会社法制定前には拒絶事由は定められていなかったが、濫用されると業務に支障が出るため、会社法は会計帳簿についての433条に倣って拒絶事由を設けた。しかし、会計帳簿(仕訳帳・元帳・補助簿を差すと述べた裁判例がある)には会社の営業秘密にかかる情報が含まれるといえるが、株主名簿にはそれは含まれない。そのため、433条2項3号に言う実質的競争関係にあるものに対して株主名簿が開示されたとしても、会社に不利益はない。一方、競合事業を営む株主は、買収等の提案の賛同者を増やすために株主名簿を閲覧する必要がある。そのため、平成26年改正前の判例は、請求者のほうで不当目的がないことを立証すれば会社は実質的競争関係にある者に対する閲覧拒絶はできないと解していた。平成26年改正では、実質的競争関係にある者に対して閲覧拒絶できるとする規定(旧125条2項3号)が削除された。
甲社は、乙社が甲社と事業場の競争関係にある丙社の株式の70%を保有していることを理由に閲覧拒絶しているが、これは旧3号の規定を根拠としたものと考えられる。
したがって、現行法の下では、甲社の拒絶は法的根拠がなく、できない。
設問2
1 210条各号に該当するならば、募集株式の発行の差止めが認められる。
そもそも募集株式の発行は、会社にとって資金調達のため必要な業務執行である(授権資本精度、199条、200条、201条)一方、既存株主にとっては一株当たりの経済的価値の下落と持ち株比率の希釈化という不利益をもたらすものである。そのため、既存株主をある程度保護しなければならない。現行法は既存株主の保護のために株式発行無効の訴え(828条1項2号)を用意しているが、事前に差し止めることができるに越したことはない。そこで210条の規定がある。既存株主は210条に基づき、募集株式の発行が@法令・定款違反である場合(1号)、A著しく不公正である場合(2号)に差止めることができる。乙社は、210条を本案として発行差し止めの仮処分(民事保全法23条2項)を申立てることになる。
2 では、甲社による募集株式発行が@Aのいずれかに該当するか。
(1)@について
ア 199条3項違反の有無
乙社は、@の法令違反として、まず、発行する株価が「特に有利な金額」(199条3項)に当たるにも関わらず株主総会で理由の説明がなかったことを主張しうる。「特に有利な金額」とは公正な発行価額よりも特に低い金額を言い、公正な発行価額は原則として発行時の市場価格を基準とする。そして、買受人に対して市場価格の1割程度割引することは資金調達目的の実効性確保のために行いうるから、市場価格から1割安い程度では特に低いとは言えないと解されている。
本件の丁社の払込金額は甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%であるから、1割安い程度であり、「特に有利な金額」に当たらない。
したがって、199条3項違反はない。
イ 831条1項3号違反の有無
乙社以外の既存株主が831条1項3号の特別利害関係人に当たると言えれば同条違反が主張できる。同条の特別利害関係人は、たとえば退職慰労金を支給する決議において支給を受ける者が挙げられるが、第三者割り当ての募集株式発行を決議する既存株主はこれに当たらない。
したがって、831条1項3号違反もない。
(2)Aについて
では、丁社に対する株式発行が「著しく不公正な方法」により行われたと言えるだろうか。「著しく不公正」とは、募集株式の発行には通常は資金調達目的があることから、主要な目的が著しく不公正かどうかを判断するという主要目的ルールが使われてきた。しかし、敵対的買収防止目的での株式発行の事例が多くみられ、このルールは変化してきている。次のように考える。現に支配権争いが生じている場合に支配権維持を主要目的として株式発行することは、取締役が株主を選ぶことになり権限分配法理に反するから、原則として不公正と解する。もっとも、買収者による支配権取得が会社に回復できない損害をもたらすことを疎明した場合には、正当防衛ないし緊急避難(民720条)の背後の法理により、例外的に不公正発行に当たらないと解する。
また、現に支配権争いが生じていない場合には、従来通りの主要目的ルールが妥当する。もっとも、主要目的が正当なものであっても、新株発行により既存株主の持ち株比率が著しく低下することを認識しつつ新株発行をした場合には、合理的理由のない限り、株主の持ち株比率の利益を害する不公正発行に当たると解する。
本件の乙社は、そもそも本件株式発行前にも20パーセントしか株式を保有しておらず、支配権を得るには至らないから、本件は現に支配権争いが生じている場合には当たらない。
そこで主要目的を検討するに、本件株式発行によって乙社の持株比率は20パーセントから15パーセントに低下する一方、丁社のそれは45パーセントに上昇すること、及び今回発行された株式に限って基準日が操作され、次回の株主総会(乙社の株主提案にかかる議題が審議される株主総会)で議決権が行使できるようになっていることから、現経営者にとって不都合な提案を否決することが主要目的と認定できる。これは不公正発行に当たる。
3 したがって、乙社は210条2号に基づき、株式発行を差止めることができる。 以上
甲株式会社は、その発行する株式を金融商品取引所に上場している監査役会設置会社である。甲社の発行済み株式総数の約20%を保有する株主名簿上の株主である乙株式会社は、平成20年4月25日、同年6月27日開催予定の校舎の定時株主総会における取締役選任に関する議案及び増配に関する議案についての株主提案権を行使した。この場合において、次の二つの問いに答えよ。なお、甲社の定款には、種類株式に係る定めはないものとする。
1 乙社は、株主提案権の行使とともに、甲社に対し、その提案の内容を他の株主によく伝えたいとして、甲社の株主名簿の閲覧請求を行った。これに対し、甲社は、乙社が甲社との事業上の競争関係にある丙株式会社の総株主の議決権の70%を有していることから、乙社からの閲覧請求を拒否することとした。この閲覧請求の拒否は許されるか。
2 甲社の取締役らは、乙社からの株主提案を受けて、直ちに臨時取締役会を開催し、丁株式会社との業務提携関係を強化することが目的であるとして、既に業務提携契約を締結していた丁社のみを引受人とする募集株式の第三者割当発行を決議した。なお、払込金額については甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%に相当する額とし、払込期日については定時株主総会の開催日の1週間前の日とすることとされた。また、当該決議に合わせて、定時株主総会における議決権行使の基準日について、この発行にかかる株式に限りその効力発生日の翌日とする旨の決議がされ、これに係る所要の広告も行われた。この募集株式の発行が実施されると、乙社が保有する甲社株式の甲社発行済み株式総数に対する割合は約15パーセントに低下する一方で、丁社のそれは約45パーセントに上昇することとなる。乙社は、この募集株式の発行を差し止めることができるか。
回答
設問1
甲社の閲覧請求拒否が認められるためには、乙社の閲覧請求が125条3項各号の拒絶事由に該当する必要がある。
そもそも株主名簿の閲覧請求権は、取引社会の一員としての会社の情報公開の仕組みの一つであり、株主及び債権者に認められる(125条2項)。会社法制定前には拒絶事由は定められていなかったが、濫用されると業務に支障が出るため、会社法は会計帳簿についての433条に倣って拒絶事由を設けた。しかし、会計帳簿(仕訳帳・元帳・補助簿を差すと述べた裁判例がある)には会社の営業秘密にかかる情報が含まれるといえるが、株主名簿にはそれは含まれない。そのため、433条2項3号に言う実質的競争関係にあるものに対して株主名簿が開示されたとしても、会社に不利益はない。一方、競合事業を営む株主は、買収等の提案の賛同者を増やすために株主名簿を閲覧する必要がある。そのため、平成26年改正前の判例は、請求者のほうで不当目的がないことを立証すれば会社は実質的競争関係にある者に対する閲覧拒絶はできないと解していた。平成26年改正では、実質的競争関係にある者に対して閲覧拒絶できるとする規定(旧125条2項3号)が削除された。
甲社は、乙社が甲社と事業場の競争関係にある丙社の株式の70%を保有していることを理由に閲覧拒絶しているが、これは旧3号の規定を根拠としたものと考えられる。
したがって、現行法の下では、甲社の拒絶は法的根拠がなく、できない。
設問2
1 210条各号に該当するならば、募集株式の発行の差止めが認められる。
そもそも募集株式の発行は、会社にとって資金調達のため必要な業務執行である(授権資本精度、199条、200条、201条)一方、既存株主にとっては一株当たりの経済的価値の下落と持ち株比率の希釈化という不利益をもたらすものである。そのため、既存株主をある程度保護しなければならない。現行法は既存株主の保護のために株式発行無効の訴え(828条1項2号)を用意しているが、事前に差し止めることができるに越したことはない。そこで210条の規定がある。既存株主は210条に基づき、募集株式の発行が@法令・定款違反である場合(1号)、A著しく不公正である場合(2号)に差止めることができる。乙社は、210条を本案として発行差し止めの仮処分(民事保全法23条2項)を申立てることになる。
2 では、甲社による募集株式発行が@Aのいずれかに該当するか。
(1)@について
ア 199条3項違反の有無
乙社は、@の法令違反として、まず、発行する株価が「特に有利な金額」(199条3項)に当たるにも関わらず株主総会で理由の説明がなかったことを主張しうる。「特に有利な金額」とは公正な発行価額よりも特に低い金額を言い、公正な発行価額は原則として発行時の市場価格を基準とする。そして、買受人に対して市場価格の1割程度割引することは資金調達目的の実効性確保のために行いうるから、市場価格から1割安い程度では特に低いとは言えないと解されている。
本件の丁社の払込金額は甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%であるから、1割安い程度であり、「特に有利な金額」に当たらない。
したがって、199条3項違反はない。
イ 831条1項3号違反の有無
乙社以外の既存株主が831条1項3号の特別利害関係人に当たると言えれば同条違反が主張できる。同条の特別利害関係人は、たとえば退職慰労金を支給する決議において支給を受ける者が挙げられるが、第三者割り当ての募集株式発行を決議する既存株主はこれに当たらない。
したがって、831条1項3号違反もない。
(2)Aについて
では、丁社に対する株式発行が「著しく不公正な方法」により行われたと言えるだろうか。「著しく不公正」とは、募集株式の発行には通常は資金調達目的があることから、主要な目的が著しく不公正かどうかを判断するという主要目的ルールが使われてきた。しかし、敵対的買収防止目的での株式発行の事例が多くみられ、このルールは変化してきている。次のように考える。現に支配権争いが生じている場合に支配権維持を主要目的として株式発行することは、取締役が株主を選ぶことになり権限分配法理に反するから、原則として不公正と解する。もっとも、買収者による支配権取得が会社に回復できない損害をもたらすことを疎明した場合には、正当防衛ないし緊急避難(民720条)の背後の法理により、例外的に不公正発行に当たらないと解する。
また、現に支配権争いが生じていない場合には、従来通りの主要目的ルールが妥当する。もっとも、主要目的が正当なものであっても、新株発行により既存株主の持ち株比率が著しく低下することを認識しつつ新株発行をした場合には、合理的理由のない限り、株主の持ち株比率の利益を害する不公正発行に当たると解する。
本件の乙社は、そもそも本件株式発行前にも20パーセントしか株式を保有しておらず、支配権を得るには至らないから、本件は現に支配権争いが生じている場合には当たらない。
そこで主要目的を検討するに、本件株式発行によって乙社の持株比率は20パーセントから15パーセントに低下する一方、丁社のそれは45パーセントに上昇すること、及び今回発行された株式に限って基準日が操作され、次回の株主総会(乙社の株主提案にかかる議題が審議される株主総会)で議決権が行使できるようになっていることから、現経営者にとって不都合な提案を否決することが主要目的と認定できる。これは不公正発行に当たる。
3 したがって、乙社は210条2号に基づき、株式発行を差止めることができる。 以上
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