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2016年02月05日
刑法 平成15年度第1問
1 甲の罪責
(1)殺意をもってAを殴打した行為(第1行為)は殺人未遂罪(203条、199条)の構成要件に該当し、Aを山中に埋めて殺した行為(第2行為)には過失致死罪(210条)の構成要件に該当する。しかし、甲は第1行為の時点で乙が死亡したと認識しているため、殺人罪(199条)に問えないか検討する。
(2)第1行為の実行行為(殴打行為)と死亡結果との間に因果関係があるか。
因果関係は法的評価だから、自然的な条件関係のみを判断する条件説は妥当でない。相当因果関係説のうち、折衷説は行為者の認識を相当性の判断基底に取り込む点で妥当でない。客観説は因果関係に主観的契機を持ち込まない点では妥当であるが、客観的に判断して因果経過の通常性が否定される事例は想定できない。そこで、因果関係は客観的に行為の危険が結果に現実化したかを基準に判断すべきと解する。そして介在事情が結果の主因である場合には行為後に介在事情が生じる蓋然性が要件に加わると解する。
本件では殺意を持った殴打行為の後、倒れた被害者を死んだものと認識して死体を処理するという介在行為が加わる蓋然性はあると言え、したがって、第2行為による死亡結果は第1行為の危険が現実化したものと評価できる。
したがって因果関係はある。
(3)もっとも、行為者は第1行為で結果が発生したとして死体遺棄(190条)の故意で第2行為を行っている。このような因果関係の錯誤が故意(38条、犯罪事実の認識・予見)を阻却するかが問題となる。
ア 因果関係は故意の対象か否か
故意責任の本質は犯罪事実を認識し反対動機を形成せずにあえて実行行為に及んだことに対する非難であり、犯罪事実は構成要件として示されている。そうすると認識・予見の対象は構成要件該当事実のすべてであるから、因果関係も故意の対象と解する。
イ 因果関係の錯誤が故意を阻却するか
ある説(修正具体的付合説)によると、行為者の認識を前提に、現実に生じた因果経過と行為者の認識した因果経過が結果発生態様のバリエーションの問題に過ぎないのであれば、発生した因果関係についての故意を認めてよいという。この説を前提とすると、本件のような場合に因果経過が結果発生態様のバリエーションの問題に過ぎないと言えるのは、甲が当初からAを埋める行為を予定していた場合に限られる。本件では第1行為の時点で第2行為は予定されていなかったから、因果関係の錯誤が故意を阻却する。
また、通説的なのは行為者の認識した因果経過と実際の因果経過が相当因果関係の範囲内にあれば故意を阻却しないという見解である。
しかし、そもそも構成要件的に重要なのは因果関係はあるかないかであるから、具体的因果経過の誤りが故意を阻却することはないと解すべきである。
本件でも、甲は第1行為によってAが死亡するという因果関係の認識がある以上、故意が阻却されることはない。
(4)以上より、甲に殺人罪が成立する。
2 乙の罪責
殺意をもってAを埋めた行為に殺人罪(199条)が成立する。
3 共犯関係
(1)共同正犯の意義
60条以下の規定は、複数の行為者が犯罪に関与する場合に一部の者にしか構成要件該当性が認められないことの不都合を解消するための処罰拡張事由である。60条の共同正犯も、「共同して」犯罪を実行した者に処罰を拡張するものである。
(2)「共同して」の意義
行為共同説は、各人が行為を共同することによって各人の犯罪を実現することと解する。しかし、構成要件を離れて行為を考察するのは妥当でない。特定の犯罪を共同すると解する犯罪共同説が妥当である。もっとも、行為者相互が異なる犯罪を実現したとしても構成要件が重なり合う範囲では共同正犯の成立を肯定する部分的共同正犯説が妥当である。
したがって、共同正犯の要件である「共同して」とは、各自の犯罪について@共同する意思とA共同した事実と考える。
本件では、甲も乙も客観的には殺人罪という同じ犯罪を共同しているから、Aを満たす。
(3)本件の特殊性
しかし、本件は甲と乙は死体遺棄の謀議をしているのみである。そして、甲は前述のように殺人罪が成立するものの、乙との謀議以降は死体遺棄の認識しかない。殺人罪と死体遺棄罪では保護法益が異なるので構成要件的な重なり合いがない。
したがって、本件では客観的には殺人罪を共同しているにもかかわらず同罪を@共同する意思が認められず、共犯関係はないというべきである。
(4)したがって、甲と乙はそれぞれ殺人罪の単独犯となる。 以上
(1)殺意をもってAを殴打した行為(第1行為)は殺人未遂罪(203条、199条)の構成要件に該当し、Aを山中に埋めて殺した行為(第2行為)には過失致死罪(210条)の構成要件に該当する。しかし、甲は第1行為の時点で乙が死亡したと認識しているため、殺人罪(199条)に問えないか検討する。
(2)第1行為の実行行為(殴打行為)と死亡結果との間に因果関係があるか。
因果関係は法的評価だから、自然的な条件関係のみを判断する条件説は妥当でない。相当因果関係説のうち、折衷説は行為者の認識を相当性の判断基底に取り込む点で妥当でない。客観説は因果関係に主観的契機を持ち込まない点では妥当であるが、客観的に判断して因果経過の通常性が否定される事例は想定できない。そこで、因果関係は客観的に行為の危険が結果に現実化したかを基準に判断すべきと解する。そして介在事情が結果の主因である場合には行為後に介在事情が生じる蓋然性が要件に加わると解する。
本件では殺意を持った殴打行為の後、倒れた被害者を死んだものと認識して死体を処理するという介在行為が加わる蓋然性はあると言え、したがって、第2行為による死亡結果は第1行為の危険が現実化したものと評価できる。
したがって因果関係はある。
(3)もっとも、行為者は第1行為で結果が発生したとして死体遺棄(190条)の故意で第2行為を行っている。このような因果関係の錯誤が故意(38条、犯罪事実の認識・予見)を阻却するかが問題となる。
ア 因果関係は故意の対象か否か
故意責任の本質は犯罪事実を認識し反対動機を形成せずにあえて実行行為に及んだことに対する非難であり、犯罪事実は構成要件として示されている。そうすると認識・予見の対象は構成要件該当事実のすべてであるから、因果関係も故意の対象と解する。
イ 因果関係の錯誤が故意を阻却するか
ある説(修正具体的付合説)によると、行為者の認識を前提に、現実に生じた因果経過と行為者の認識した因果経過が結果発生態様のバリエーションの問題に過ぎないのであれば、発生した因果関係についての故意を認めてよいという。この説を前提とすると、本件のような場合に因果経過が結果発生態様のバリエーションの問題に過ぎないと言えるのは、甲が当初からAを埋める行為を予定していた場合に限られる。本件では第1行為の時点で第2行為は予定されていなかったから、因果関係の錯誤が故意を阻却する。
また、通説的なのは行為者の認識した因果経過と実際の因果経過が相当因果関係の範囲内にあれば故意を阻却しないという見解である。
しかし、そもそも構成要件的に重要なのは因果関係はあるかないかであるから、具体的因果経過の誤りが故意を阻却することはないと解すべきである。
本件でも、甲は第1行為によってAが死亡するという因果関係の認識がある以上、故意が阻却されることはない。
(4)以上より、甲に殺人罪が成立する。
2 乙の罪責
殺意をもってAを埋めた行為に殺人罪(199条)が成立する。
3 共犯関係
(1)共同正犯の意義
60条以下の規定は、複数の行為者が犯罪に関与する場合に一部の者にしか構成要件該当性が認められないことの不都合を解消するための処罰拡張事由である。60条の共同正犯も、「共同して」犯罪を実行した者に処罰を拡張するものである。
(2)「共同して」の意義
行為共同説は、各人が行為を共同することによって各人の犯罪を実現することと解する。しかし、構成要件を離れて行為を考察するのは妥当でない。特定の犯罪を共同すると解する犯罪共同説が妥当である。もっとも、行為者相互が異なる犯罪を実現したとしても構成要件が重なり合う範囲では共同正犯の成立を肯定する部分的共同正犯説が妥当である。
したがって、共同正犯の要件である「共同して」とは、各自の犯罪について@共同する意思とA共同した事実と考える。
本件では、甲も乙も客観的には殺人罪という同じ犯罪を共同しているから、Aを満たす。
(3)本件の特殊性
しかし、本件は甲と乙は死体遺棄の謀議をしているのみである。そして、甲は前述のように殺人罪が成立するものの、乙との謀議以降は死体遺棄の認識しかない。殺人罪と死体遺棄罪では保護法益が異なるので構成要件的な重なり合いがない。
したがって、本件では客観的には殺人罪を共同しているにもかかわらず同罪を@共同する意思が認められず、共犯関係はないというべきである。
(4)したがって、甲と乙はそれぞれ殺人罪の単独犯となる。 以上
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民事訴訟法 予備試験平成27年度
設問1
訴訟物とは、狭義には原告の権利主張である。判例は、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えにおける訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権であり、その内容である@財産的損害の賠償請求権とA精神的損害の賠償請求権に分けることはしない。つまり判例は、財産的損害も精神的損害も同じ不法行為に基づく損害賠償請求権の中の費用項目に過ぎないと考えている。
この考え方の理論的な理由は、訴訟物は実体法上の債権発生原因毎に存在すると考えれば必要十分であることだと考えられる。@もAも、実体法上は不法行為という共通の債権発生原因である。
こう考えることによる利点は、第一に、@もAもともに処分権主義(246条。訴訟の開始、審判範囲の確定とその範囲の限定、判決によらずに訴訟を終了させる権限を当事者に認める建前)や弁論主義(事実と証拠の提出は当事者の権能かつ責任であるという建前)の適用対象外となり、実体法上の認容額と訴訟法上の認容額のずれが少なくなることである。たとえば、原告が設問の【事例】のように主張し、裁判所が財産的損害は600万円だが精神的損害は400万円と評価した場合に、訴訟物が別だと考えれば、財産的損害について一部認容、精神的損害について全部認容になるが、原告は合計900万円しか認容されず、実体法上の認容額とずれが生じてしまう。しかし判例のように考えると、原告は実体法上の請求額通り1000万円を認容されることができる。特に慰謝料は算定が難しいことからすれば、このように実体法上の認容額と訴訟上の認容額のずれが少なくなることは大きな利点と言える。
第二に、裁判所にとって弾力的な審理が可能になることである。@Aが別の訴訟物だと、裁判所は訴訟物が要求する論理的順番どおりに審理をしなければならず審理が長期化しがちであるが、@Aを同一の訴訟物の中の費用項目に過ぎないと考えると、判断しやすいものから判断すればよく、効率が良い。
第三に、当事者にとって十分な手続保障を確保しつつ訴訟追行が簡単になることである。@Aが別の訴訟物だと、@を証明するための事実と証拠の主張及び反論、Aを証明するための事実と証拠の主張及び反論を準備しなければならず、それらが重複することも多いことを考えると、かなり迂遠である。しかし、判例通りに考えると、当事者は重複する主張や反論を避けることができる。もっとも、手続が簡素化して手続保障が不十分になっては当事者の裁判を受ける権利の観点から問題があるが、重複する手続きを避けるだけであるから、手続保障としては十分であるといえる。
第四に、第二第三の利点の結果、裁判所にとっても当事者にとっても、裁判の長期化が防がれるという利点がある。これは迅速な裁判を受ける権利を保障した憲法の趣旨からしても望ましいことと言える。
設問2
弁護士Aの見立てた認容額は損害額から3割減額された700万円であるにもかかわらず、弁護士Aはその700万円を一部請求として請求している。
まず、一部請求の許容性の議論である。一部請求は後の訴えでの残部請求の可能性を残している点で被告に度重なる応訴を強い、訴訟経済的にも問題があるとも思えるが、私的自治の訴訟法的反映としての前述の処分権主義の帰結と考えられるし、試験訴訟により訴額を抑えるのを認めることも裁判を受ける権利の実質的保障に資するから、許されると考える。弁護士Aの一部請求も、かかる観点から適法である。
次に、弁護士Aのした選択の実質的利点として、弁護士Aの見立てた認容額と、実際に裁判所が認定する認容額がずれた場合に、裁判所の認容額を現実に受け取ることができることが挙げられる。設問1で検討したように、原告の見立てと裁判所の認容は異なることがむしろ普通である。原告の請求額よりも認容額が小さくなることが多いだろうが、中には原告の期待した認容額以上の額を裁判所が認定することもある。その場合に、最初から原告の見立てた額のみを請求額とすると、処分権主義から、裁判所はその額を超えて認定することができない。そうすると原告としては、より多く損害賠償を獲得できたにもかかわらず主張していなかったばかりに獲得し損ねてしまうという事態になる。弁護士Aがあえて一部請求を選択したのは、そのような事態を防ぐ利点がある。そして、一部請求にしたからと言って何か原告に不利になることは考えられないから、この選択は合理的である。
さらに、特に本件のような交通事故の場合は予期せぬ後遺症が発生することがあるから、それに備えるという利点もある。本件を例にとると、1000万円の認容判決が確定した後に後遺症により更なる治療費が発生した場合、さらなる治療費の損害賠償請求は、前訴判決の既判力の消極的作用によって遮断されてしまう可能性がある。弁護士Aの選択には、そのような既判力の作用によるリスクを避ける利点もある。 以上
訴訟物とは、狭義には原告の権利主張である。判例は、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えにおける訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権であり、その内容である@財産的損害の賠償請求権とA精神的損害の賠償請求権に分けることはしない。つまり判例は、財産的損害も精神的損害も同じ不法行為に基づく損害賠償請求権の中の費用項目に過ぎないと考えている。
この考え方の理論的な理由は、訴訟物は実体法上の債権発生原因毎に存在すると考えれば必要十分であることだと考えられる。@もAも、実体法上は不法行為という共通の債権発生原因である。
こう考えることによる利点は、第一に、@もAもともに処分権主義(246条。訴訟の開始、審判範囲の確定とその範囲の限定、判決によらずに訴訟を終了させる権限を当事者に認める建前)や弁論主義(事実と証拠の提出は当事者の権能かつ責任であるという建前)の適用対象外となり、実体法上の認容額と訴訟法上の認容額のずれが少なくなることである。たとえば、原告が設問の【事例】のように主張し、裁判所が財産的損害は600万円だが精神的損害は400万円と評価した場合に、訴訟物が別だと考えれば、財産的損害について一部認容、精神的損害について全部認容になるが、原告は合計900万円しか認容されず、実体法上の認容額とずれが生じてしまう。しかし判例のように考えると、原告は実体法上の請求額通り1000万円を認容されることができる。特に慰謝料は算定が難しいことからすれば、このように実体法上の認容額と訴訟上の認容額のずれが少なくなることは大きな利点と言える。
第二に、裁判所にとって弾力的な審理が可能になることである。@Aが別の訴訟物だと、裁判所は訴訟物が要求する論理的順番どおりに審理をしなければならず審理が長期化しがちであるが、@Aを同一の訴訟物の中の費用項目に過ぎないと考えると、判断しやすいものから判断すればよく、効率が良い。
第三に、当事者にとって十分な手続保障を確保しつつ訴訟追行が簡単になることである。@Aが別の訴訟物だと、@を証明するための事実と証拠の主張及び反論、Aを証明するための事実と証拠の主張及び反論を準備しなければならず、それらが重複することも多いことを考えると、かなり迂遠である。しかし、判例通りに考えると、当事者は重複する主張や反論を避けることができる。もっとも、手続が簡素化して手続保障が不十分になっては当事者の裁判を受ける権利の観点から問題があるが、重複する手続きを避けるだけであるから、手続保障としては十分であるといえる。
第四に、第二第三の利点の結果、裁判所にとっても当事者にとっても、裁判の長期化が防がれるという利点がある。これは迅速な裁判を受ける権利を保障した憲法の趣旨からしても望ましいことと言える。
設問2
弁護士Aの見立てた認容額は損害額から3割減額された700万円であるにもかかわらず、弁護士Aはその700万円を一部請求として請求している。
まず、一部請求の許容性の議論である。一部請求は後の訴えでの残部請求の可能性を残している点で被告に度重なる応訴を強い、訴訟経済的にも問題があるとも思えるが、私的自治の訴訟法的反映としての前述の処分権主義の帰結と考えられるし、試験訴訟により訴額を抑えるのを認めることも裁判を受ける権利の実質的保障に資するから、許されると考える。弁護士Aの一部請求も、かかる観点から適法である。
次に、弁護士Aのした選択の実質的利点として、弁護士Aの見立てた認容額と、実際に裁判所が認定する認容額がずれた場合に、裁判所の認容額を現実に受け取ることができることが挙げられる。設問1で検討したように、原告の見立てと裁判所の認容は異なることがむしろ普通である。原告の請求額よりも認容額が小さくなることが多いだろうが、中には原告の期待した認容額以上の額を裁判所が認定することもある。その場合に、最初から原告の見立てた額のみを請求額とすると、処分権主義から、裁判所はその額を超えて認定することができない。そうすると原告としては、より多く損害賠償を獲得できたにもかかわらず主張していなかったばかりに獲得し損ねてしまうという事態になる。弁護士Aがあえて一部請求を選択したのは、そのような事態を防ぐ利点がある。そして、一部請求にしたからと言って何か原告に不利になることは考えられないから、この選択は合理的である。
さらに、特に本件のような交通事故の場合は予期せぬ後遺症が発生することがあるから、それに備えるという利点もある。本件を例にとると、1000万円の認容判決が確定した後に後遺症により更なる治療費が発生した場合、さらなる治療費の損害賠償請求は、前訴判決の既判力の消極的作用によって遮断されてしまう可能性がある。弁護士Aの選択には、そのような既判力の作用によるリスクを避ける利点もある。 以上
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民事訴訟法 予備試験平成25年度
設問1(1)ア
1 Bは独立当事者参加(47条)をすることができる。理由は以下のとおりである。
2 債権者代位訴訟が提起された場合、訴訟物は既に債権者によって訴訟上主張されていて債務者には訴訟物の管理処分権がないから(非訟事件手続法88条3項)、債務者には当事者適格(当事者として訴訟追行し、判決の名宛人となる資格)がなく、また、債務者が重ねて同じ訴訟物を主張する訴訟は二重起訴に当たり不適法(142条)なのが原則である。
しかし、債権者の当事者適格は被保全債権の存在によって基礎づけられているところ(民法423条)、仮に被保全債権が存在しないのであれば、債務者の管理処分権は失われず、債権者は当事者適格がなくなるのであるから、被担保債権の存在を争うことと同時であれば、債務者にも当事者適格が認められ、債務者が訴訟物を争うことも二重起訴に当たらないと解すべきである。
そして参加の方法としては、債権者に対して債務不存在確認請求をし、第三債務者に給付請求をするという三面訴訟になるから、独立当事者参加(権利主張参加)が適切である。要件は@他人間の訴訟係属、A定立する請求が請求の趣旨レベルで非両立、B当事者適格である。本件で@とBは問題なく認められる。Aについて本件を見ると、Aの訴訟の請求の趣旨は「Cは、Aに対して、500万円を支払え」であり、Bの訴訟の請求の趣旨は「Bは、Aに対して、500万円を支払え」であるから、非両立である。
設問1(1)イ
1 Aの訴えについて
甲債権はAの当事者適格を基礎づけているから、それが存在しない以上、Aには当事者適格がないことになる。したがって、裁判所は訴え却下判決をすべきである。
2 Bの訴えについて
甲債権が存在しない場合、まず、BのAに対する債務不存在確認請求に対して、裁判所は請求認容判決をすべきである。
また、甲債権の不存在はBの当事者適格の根拠となるから、BのCに対する訴えは適法である。そして、乙債権が存在することは、BのCに対する請求の本案勝訴要件となる。したがって、裁判所は請求認容判決をすべきである。
設問1(2)
1 訴訟1の口頭弁論終結時に甲債権が存在したと判断したとき
前訴の既判力(確定判決の後訴での通用力ないし拘束力)の消極的作用によって、裁判所は前訴と矛盾する判断をすることが許されない結果、訴訟2の受訴裁判所は、乙債権は存在しないものとして請求棄却判決をすべきである。
2 訴訟1の口頭弁論終結時に甲債権が存在していなかったと判断したとき
既判力は訴訟物について生じるから、訴訟1では甲債権の存在には既判力が生じていない。したがって訴訟2の裁判所は甲債権が存在しないと認定することができる。そうすると、前訴判決は当事者適格のないAによって追行されて出された判決であるから、無効な判決であり、乙債権の不存在にも既判力は生じないと考えることができる。したがって、訴訟2の受訴裁判所は請求認容判決をすべきである。
設問2
Dは共同訴訟参加(52条)によって、Cに対して乙債権の弁済を求めることができる。共同訴訟参加とは、訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合に、その第三者が原告または被告の共同訴訟人として参加することをいう。要件は、@他人間の訴訟係属、A合一確定の必要性、B当事者適格である。
本件は、@AC間に訴訟係属があり、A責任財産の公平分担という見地からAC間の訴訟とCD間の訴訟は類似必要的共同訴訟となると解され、したがって合一確定の必要性が認められる。
問題はB当事者適格の有無である。今まで述べてきたように、債権者が代位債権を行使する結果債務者は自らの債権の管理処分権を失い、その結果当該権利を訴訟物とする訴訟における当事者適格も失うという考え方(古い判例がある)からは、当事者適格はDに独占的に帰属していると考えるのが自然のように思える。しかし、債務者ではなく第三者が訴訟物について債権者代位訴訟をしてくる場合には、責任財産の公平分担という要請があるから、債務者が参加する場合とは異なり、当該第三者にも当事者適格を認めるべきと考える。
したがって、Dは共同訴訟参加ができる。 以上
1 Bは独立当事者参加(47条)をすることができる。理由は以下のとおりである。
2 債権者代位訴訟が提起された場合、訴訟物は既に債権者によって訴訟上主張されていて債務者には訴訟物の管理処分権がないから(非訟事件手続法88条3項)、債務者には当事者適格(当事者として訴訟追行し、判決の名宛人となる資格)がなく、また、債務者が重ねて同じ訴訟物を主張する訴訟は二重起訴に当たり不適法(142条)なのが原則である。
しかし、債権者の当事者適格は被保全債権の存在によって基礎づけられているところ(民法423条)、仮に被保全債権が存在しないのであれば、債務者の管理処分権は失われず、債権者は当事者適格がなくなるのであるから、被担保債権の存在を争うことと同時であれば、債務者にも当事者適格が認められ、債務者が訴訟物を争うことも二重起訴に当たらないと解すべきである。
そして参加の方法としては、債権者に対して債務不存在確認請求をし、第三債務者に給付請求をするという三面訴訟になるから、独立当事者参加(権利主張参加)が適切である。要件は@他人間の訴訟係属、A定立する請求が請求の趣旨レベルで非両立、B当事者適格である。本件で@とBは問題なく認められる。Aについて本件を見ると、Aの訴訟の請求の趣旨は「Cは、Aに対して、500万円を支払え」であり、Bの訴訟の請求の趣旨は「Bは、Aに対して、500万円を支払え」であるから、非両立である。
設問1(1)イ
1 Aの訴えについて
甲債権はAの当事者適格を基礎づけているから、それが存在しない以上、Aには当事者適格がないことになる。したがって、裁判所は訴え却下判決をすべきである。
2 Bの訴えについて
甲債権が存在しない場合、まず、BのAに対する債務不存在確認請求に対して、裁判所は請求認容判決をすべきである。
また、甲債権の不存在はBの当事者適格の根拠となるから、BのCに対する訴えは適法である。そして、乙債権が存在することは、BのCに対する請求の本案勝訴要件となる。したがって、裁判所は請求認容判決をすべきである。
設問1(2)
1 訴訟1の口頭弁論終結時に甲債権が存在したと判断したとき
前訴の既判力(確定判決の後訴での通用力ないし拘束力)の消極的作用によって、裁判所は前訴と矛盾する判断をすることが許されない結果、訴訟2の受訴裁判所は、乙債権は存在しないものとして請求棄却判決をすべきである。
2 訴訟1の口頭弁論終結時に甲債権が存在していなかったと判断したとき
既判力は訴訟物について生じるから、訴訟1では甲債権の存在には既判力が生じていない。したがって訴訟2の裁判所は甲債権が存在しないと認定することができる。そうすると、前訴判決は当事者適格のないAによって追行されて出された判決であるから、無効な判決であり、乙債権の不存在にも既判力は生じないと考えることができる。したがって、訴訟2の受訴裁判所は請求認容判決をすべきである。
設問2
Dは共同訴訟参加(52条)によって、Cに対して乙債権の弁済を求めることができる。共同訴訟参加とは、訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合に、その第三者が原告または被告の共同訴訟人として参加することをいう。要件は、@他人間の訴訟係属、A合一確定の必要性、B当事者適格である。
本件は、@AC間に訴訟係属があり、A責任財産の公平分担という見地からAC間の訴訟とCD間の訴訟は類似必要的共同訴訟となると解され、したがって合一確定の必要性が認められる。
問題はB当事者適格の有無である。今まで述べてきたように、債権者が代位債権を行使する結果債務者は自らの債権の管理処分権を失い、その結果当該権利を訴訟物とする訴訟における当事者適格も失うという考え方(古い判例がある)からは、当事者適格はDに独占的に帰属していると考えるのが自然のように思える。しかし、債務者ではなく第三者が訴訟物について債権者代位訴訟をしてくる場合には、責任財産の公平分担という要請があるから、債務者が参加する場合とは異なり、当該第三者にも当事者適格を認めるべきと考える。
したがって、Dは共同訴訟参加ができる。 以上
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民事訴訟法 予備試験平成24年度
設問1@
1 第2訴訟において、YはXから本件機械を買ったのはYではなくZであると主張することが許されるか。第1訴訟の既判力に抵触しないかが問題となる。
既判力とは確定判決に生じる後訴での通用力ないし拘束力であり、訴訟法上の効力である(訴訟法説)。既判力は紛争の蒸し返し防止のために必要であり、当事者が既判力の生じる訴訟物について争い手続保障が尽くされたことが正当化根拠となる。既判力には、それに反する当事者の主張を許さず、裁判所もそのような主張を排斥しなければならないという消極的作用と、裁判所は既判力の生じた全その判断内容を前提として審理判断しなければならないという積極的作用がある。本件@の主張は、より具体的には既判力の消極的作用に反しないかが問題となる。これを解決するためにはまず既判力の生じる客観的範囲を明らかにする必要がある。
2 既判力の客観的範囲
既判力の客観的範囲は「主文に包含するもの」(114条1項)つまり訴訟物であると考えられている(給付判決の主文には訴訟物は現れないから厳密には主文=訴訟物ではない)。既判力が及ぶ場面をこのように狭く解する理由は、裁判所が判断しやすいものから判断できるというように審理に弾力性がもたらされること、当事者は訴訟物の存否に攻撃防御を集中させるため訴訟物には手続保障が尽くされていると言えること、紛争解決としては訴訟物に既判力を及ぼせば十分であることである。
訴訟物とは、最狭義には原告が主張する権利自体を意味し、本件第1訴訟でいえば「XのYに対する150万円の給付請求権」となる。あるいは、訴訟物に請求原因を含めて考えると「XのYに対する売買契約に基づく150万円の代金支払請求権」となる。
一方、第2訴訟の訴訟物は「XのYに対する売買契約に基づく250万円の給付請求権」あるいは「XのYに対する売買契約に基づく250万円の代金支払請求権」である。では、第2訴訟に第1訴訟の既判力は及ぶだろうか。既判力の作用場面が問題となる。
3 既判力の作用場面
既判力は前訴の訴訟物と後訴の訴訟物が@同一の場合、A矛盾関係にある場合、B前訴の訴訟物が後その訴訟物の先決関係にある場合に作用すると言われている。
(1)訴訟物に請求原因を含めて考えた場合
本件では、A矛盾関係にないことは明らかである。そして、訴訟物を「XのYに対する売買契約に基づく150万円の代金支払請求権」というように請求原因を含めてとらえた場合には請求原因の部分が@同一ないしB先決関係にある。したがって、第1訴訟の既判力は第2訴訟に及ぶ。
その結果、売買契約の当事者がYでなくZであるというYの主張は、第1訴訟の主文そのものを否定する主張であるから、既判力の消極的作用により遮断される。
(2)訴訟物に請求原因を含めないで考えた場合
この場合には、@同一でもB先決関係でもない。請求原因は判決理由中の判断ということになる。判決理由中の判断には既判力は及ばないと考えられている。
しかし、既判力の作用場面でないからと言ってあらゆる主張を許すと、紛争の蒸し返しが起こり得る。したがって、既判力の作用場面以外にも後訴で前訴判断に反する主張が認められない場合があると解すべきである。そのような理論構成が問題となる。
4 判決理由中の判断の蒸し返しを防ぐ法律構成
争点効(前訴において当事者が実際に争い、裁判所が実質的に判断した点に生じる後訴への通用力)を認める考え方がある。この理論を使うと本件のYの主張は遮断できる。しかし、争点効は判例の認めるところとなっていない。
矛盾挙動禁止原則および権利失効原則という訴訟上の信義則を用いる見解もあるが、これも厳密には判例の採用するところではない。
判例は信義則によって後訴を却下するという方法を使い、実質的に後訴での紛争蒸し返し的な主張を遮断している。信義則に反するか否かの考慮要素は前訴と後外の関連性、前訴で主張することの期待可能性等である。本件でも、第1訴訟と第2訴訟は請求原因が同一であるため関連性が大きく、Yは実際に第1訴訟で当事者を争って敗訴している。したがって、信義則により第2訴訟は却下される。
設問1A
1 訴訟物に請求原因を含めて考えた場合
この場合には既判力の消極的作用により、既判力の生じた第1訴訟の判断に反する主張をすることが許されない。では、Aの主張が既判力の生じた第1訴訟の判断に反するだろうか。
第1訴訟の訴訟物と第2訴訟の訴訟物が別である以上、第2訴訟でのみ提出された相殺の抗弁は第1訴訟の判断とは無関係であり、認められるとも思える。
しかし、判例は相殺の抗弁についていわゆる外側説を採用している。つまり、判例は一部請求において相殺の抗弁が出された場合、訴訟物に関わらず請求権全額を判断し、全額から相殺した残額と一部請求額を照らし合わせた判断をしている。そうすると、第2訴訟において初めて相殺の抗弁が出された場合には、請求額全体からの相殺を考えるため、結局第1訴訟で認容された請求権を再び審理することになってしまう。これは既判力の生じた第1訴訟の判断に反するという見方があり得る。
一方で、既判力の基準時は口頭弁論終結時(民事執行法35条2項参照)と解されているが、相殺の抗弁は被告にとっても債権の出捐を伴い、請求権に内在する瑕疵ではないから、前訴での提出が期待できず、基準時後に相殺の抗弁を提出することは前訴既判力によって遮断されないと解されている。こうした相殺の抗弁の特殊性を考えると、既判力の生じた第1訴訟の判断に反する者であっても例外的に遮断されないという見方もできそうである。
しかし、本件の相殺の抗弁は、まさに売買目的物である本件機械の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権を自働債権とするものであり、請求権に内在する瑕疵であるから、本件の特殊性として、第1訴訟での提出が期待できないとは言えない。瑕疵を発見したのが第1訴訟終了後であれば提出が期待できないともいえようが、本件は第1訴訟継続中に瑕疵を発見しているから、やはり提出が期待できないとは言えない。
したがって、Aの主張は第1訴訟の既判力の消極的作用によって遮断される。
2 訴訟物に請求原因を含めないで考えた場合
この場合には第1訴訟の既判力は第2訴訟において作用しないが、Aの主張が争点効ないし信義則で遮断されるかの問題となる。
争点効理論によれば、前訴で瑕疵担保責任は争っていないため、主張は遮断されない。
信義則によれば、1に述べたことと同様の理由により、第2訴訟で売買目的物自体の瑕疵を原因とする瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権による相殺の主張は遮断される。
設問2
相殺の抗弁には既判力が生じる(114条2項)ため、弁済の抗弁を先に判断し、残額について相殺の抗弁をすべきと一般的にはいわれる。
しかし、本件Aの主張は請求原因たる売買契約に内在する瑕疵を原因とする損害賠償請求権による相殺なので、Yにとっての本件自働債権は本件訴訟の訴訟物と離れた別個の権利として保護する必要がない。むしろ、自働債権が220万円以上認められた場合には、弁済した180万円は不当利得として返還請求できることになる。
そうすると、本件では例外的に相殺から先に判断し、相殺の残額が弁済されたか否かを判断すべきである。 以上
1 第2訴訟において、YはXから本件機械を買ったのはYではなくZであると主張することが許されるか。第1訴訟の既判力に抵触しないかが問題となる。
既判力とは確定判決に生じる後訴での通用力ないし拘束力であり、訴訟法上の効力である(訴訟法説)。既判力は紛争の蒸し返し防止のために必要であり、当事者が既判力の生じる訴訟物について争い手続保障が尽くされたことが正当化根拠となる。既判力には、それに反する当事者の主張を許さず、裁判所もそのような主張を排斥しなければならないという消極的作用と、裁判所は既判力の生じた全その判断内容を前提として審理判断しなければならないという積極的作用がある。本件@の主張は、より具体的には既判力の消極的作用に反しないかが問題となる。これを解決するためにはまず既判力の生じる客観的範囲を明らかにする必要がある。
2 既判力の客観的範囲
既判力の客観的範囲は「主文に包含するもの」(114条1項)つまり訴訟物であると考えられている(給付判決の主文には訴訟物は現れないから厳密には主文=訴訟物ではない)。既判力が及ぶ場面をこのように狭く解する理由は、裁判所が判断しやすいものから判断できるというように審理に弾力性がもたらされること、当事者は訴訟物の存否に攻撃防御を集中させるため訴訟物には手続保障が尽くされていると言えること、紛争解決としては訴訟物に既判力を及ぼせば十分であることである。
訴訟物とは、最狭義には原告が主張する権利自体を意味し、本件第1訴訟でいえば「XのYに対する150万円の給付請求権」となる。あるいは、訴訟物に請求原因を含めて考えると「XのYに対する売買契約に基づく150万円の代金支払請求権」となる。
一方、第2訴訟の訴訟物は「XのYに対する売買契約に基づく250万円の給付請求権」あるいは「XのYに対する売買契約に基づく250万円の代金支払請求権」である。では、第2訴訟に第1訴訟の既判力は及ぶだろうか。既判力の作用場面が問題となる。
3 既判力の作用場面
既判力は前訴の訴訟物と後訴の訴訟物が@同一の場合、A矛盾関係にある場合、B前訴の訴訟物が後その訴訟物の先決関係にある場合に作用すると言われている。
(1)訴訟物に請求原因を含めて考えた場合
本件では、A矛盾関係にないことは明らかである。そして、訴訟物を「XのYに対する売買契約に基づく150万円の代金支払請求権」というように請求原因を含めてとらえた場合には請求原因の部分が@同一ないしB先決関係にある。したがって、第1訴訟の既判力は第2訴訟に及ぶ。
その結果、売買契約の当事者がYでなくZであるというYの主張は、第1訴訟の主文そのものを否定する主張であるから、既判力の消極的作用により遮断される。
(2)訴訟物に請求原因を含めないで考えた場合
この場合には、@同一でもB先決関係でもない。請求原因は判決理由中の判断ということになる。判決理由中の判断には既判力は及ばないと考えられている。
しかし、既判力の作用場面でないからと言ってあらゆる主張を許すと、紛争の蒸し返しが起こり得る。したがって、既判力の作用場面以外にも後訴で前訴判断に反する主張が認められない場合があると解すべきである。そのような理論構成が問題となる。
4 判決理由中の判断の蒸し返しを防ぐ法律構成
争点効(前訴において当事者が実際に争い、裁判所が実質的に判断した点に生じる後訴への通用力)を認める考え方がある。この理論を使うと本件のYの主張は遮断できる。しかし、争点効は判例の認めるところとなっていない。
矛盾挙動禁止原則および権利失効原則という訴訟上の信義則を用いる見解もあるが、これも厳密には判例の採用するところではない。
判例は信義則によって後訴を却下するという方法を使い、実質的に後訴での紛争蒸し返し的な主張を遮断している。信義則に反するか否かの考慮要素は前訴と後外の関連性、前訴で主張することの期待可能性等である。本件でも、第1訴訟と第2訴訟は請求原因が同一であるため関連性が大きく、Yは実際に第1訴訟で当事者を争って敗訴している。したがって、信義則により第2訴訟は却下される。
設問1A
1 訴訟物に請求原因を含めて考えた場合
この場合には既判力の消極的作用により、既判力の生じた第1訴訟の判断に反する主張をすることが許されない。では、Aの主張が既判力の生じた第1訴訟の判断に反するだろうか。
第1訴訟の訴訟物と第2訴訟の訴訟物が別である以上、第2訴訟でのみ提出された相殺の抗弁は第1訴訟の判断とは無関係であり、認められるとも思える。
しかし、判例は相殺の抗弁についていわゆる外側説を採用している。つまり、判例は一部請求において相殺の抗弁が出された場合、訴訟物に関わらず請求権全額を判断し、全額から相殺した残額と一部請求額を照らし合わせた判断をしている。そうすると、第2訴訟において初めて相殺の抗弁が出された場合には、請求額全体からの相殺を考えるため、結局第1訴訟で認容された請求権を再び審理することになってしまう。これは既判力の生じた第1訴訟の判断に反するという見方があり得る。
一方で、既判力の基準時は口頭弁論終結時(民事執行法35条2項参照)と解されているが、相殺の抗弁は被告にとっても債権の出捐を伴い、請求権に内在する瑕疵ではないから、前訴での提出が期待できず、基準時後に相殺の抗弁を提出することは前訴既判力によって遮断されないと解されている。こうした相殺の抗弁の特殊性を考えると、既判力の生じた第1訴訟の判断に反する者であっても例外的に遮断されないという見方もできそうである。
しかし、本件の相殺の抗弁は、まさに売買目的物である本件機械の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権を自働債権とするものであり、請求権に内在する瑕疵であるから、本件の特殊性として、第1訴訟での提出が期待できないとは言えない。瑕疵を発見したのが第1訴訟終了後であれば提出が期待できないともいえようが、本件は第1訴訟継続中に瑕疵を発見しているから、やはり提出が期待できないとは言えない。
したがって、Aの主張は第1訴訟の既判力の消極的作用によって遮断される。
2 訴訟物に請求原因を含めないで考えた場合
この場合には第1訴訟の既判力は第2訴訟において作用しないが、Aの主張が争点効ないし信義則で遮断されるかの問題となる。
争点効理論によれば、前訴で瑕疵担保責任は争っていないため、主張は遮断されない。
信義則によれば、1に述べたことと同様の理由により、第2訴訟で売買目的物自体の瑕疵を原因とする瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権による相殺の主張は遮断される。
設問2
相殺の抗弁には既判力が生じる(114条2項)ため、弁済の抗弁を先に判断し、残額について相殺の抗弁をすべきと一般的にはいわれる。
しかし、本件Aの主張は請求原因たる売買契約に内在する瑕疵を原因とする損害賠償請求権による相殺なので、Yにとっての本件自働債権は本件訴訟の訴訟物と離れた別個の権利として保護する必要がない。むしろ、自働債権が220万円以上認められた場合には、弁済した180万円は不当利得として返還請求できることになる。
そうすると、本件では例外的に相殺から先に判断し、相殺の残額が弁済されたか否かを判断すべきである。 以上
民事訴訟法 予備試験平成23年度
1 Yが平成22年4月3日に死亡していたと認められる場合、第一審の訴訟係属があったとするとその時期はZが訴状の送達を受けた同年4月7日だから、訴訟係属前にYが死亡していたことになる。そして被告がYであるとするならば、二当事者対立構造を欠き、訴訟は係属していなかったことになる。そこで、控訴審はまず本件の被告は誰かを問題にすべきである。
被告が誰かを確定する基準は、原告の意思、現実に被告として行動した者、訴状の記載などが考えられるが、訴訟開始段階と訴訟がある程度進行した段階では異なる基準を用いるのが妥当である。すなわち、訴訟開始段階での被告の確定は、訴訟要件判断の基準となるから明確な訴状の記載によるべきであるが、訴訟がある程度進行した段階では、訴訟手続の安定や訴訟経済の要請が働くから誰を当事者とするのが紛争解決のために適切か、そしてその者を被告としても手続保障が十分かという視点から実質的に被告を確定すべきである。
本件を見るに、訴状の被告欄の記載はYであるが、原告Xの意思としてはYが死亡しているならばその唯一の相続人としてその財産を包括承継したZを被告とすると推測され、また、実際に第一審手続で被告として行動したのはZ自身である。そうすると、本件第一審手続の被告はZとするのが紛争解決のために適切であり、Zの手続保障も十分であると言える。
したがって、本件第一審の被告はZである。
2 そうすると、控訴審は、XとZを当事者として、控訴棄却判決をすべきである(302条1項)。
3 なお、仮に当事者確定基準で形式的表示説を採用したとしても、本件で被告をYとすることはできないと思われる。なぜならYは訴訟係属時より前に死亡しているため、Yを被告とすると訴訟係属自体がされないことになるからである。 以上
被告が誰かを確定する基準は、原告の意思、現実に被告として行動した者、訴状の記載などが考えられるが、訴訟開始段階と訴訟がある程度進行した段階では異なる基準を用いるのが妥当である。すなわち、訴訟開始段階での被告の確定は、訴訟要件判断の基準となるから明確な訴状の記載によるべきであるが、訴訟がある程度進行した段階では、訴訟手続の安定や訴訟経済の要請が働くから誰を当事者とするのが紛争解決のために適切か、そしてその者を被告としても手続保障が十分かという視点から実質的に被告を確定すべきである。
本件を見るに、訴状の被告欄の記載はYであるが、原告Xの意思としてはYが死亡しているならばその唯一の相続人としてその財産を包括承継したZを被告とすると推測され、また、実際に第一審手続で被告として行動したのはZ自身である。そうすると、本件第一審手続の被告はZとするのが紛争解決のために適切であり、Zの手続保障も十分であると言える。
したがって、本件第一審の被告はZである。
2 そうすると、控訴審は、XとZを当事者として、控訴棄却判決をすべきである(302条1項)。
3 なお、仮に当事者確定基準で形式的表示説を採用したとしても、本件で被告をYとすることはできないと思われる。なぜならYは訴訟係属時より前に死亡しているため、Yを被告とすると訴訟係属自体がされないことになるからである。 以上
民事訴訟法 平成22年度第2問
問題文
Xは、Yに対し、ある名画を代金100万円で売却して引き渡したが、Yは、約束の期限が過ぎても代金を支払わない。この事例について、以下の問いに答えよ。なお、各問いは、独立した問いである。
1 Xは、Yを被告として、売買代金100万円の支払いを求める訴えを提起し、第一審で請求の全部を認容する判決を得たが、代金支払期限後の遅延損害金の請求を追加するため、この判決に対して控訴を提起した。この控訴は適法か。
2 Yが、Xから買い受けた絵画は贋作であり、売買契約は錯誤によって無効であると主張して、代金の支払を拒否したため、Xは、Yを被告として、売買代金100万円の支払請求を主位的請求、絵画の返還請求を予備的請求とする訴えを提起した。
(1)第一審でXの主位的請求の全部を認容する判決がされ、この判決に対してYが控訴を提起したところ、控訴裁判所は、XY間の売買契約は無効で、XのYに対する売買代金債権は認められないとの結論に達した。この場合、控訴裁判所は、どのような判決をすべきか。
(2)第一審で主位的請求を全部棄却し、予備的請求を全部認容する判決がされ、この判決に対してYのみが控訴を提起したところ、控訴裁判所は、XY間の売買契約は有効で、XのYに対する100万円の売買代金債権が認められるとの結論に達した。この場合、控訴裁判所は、どのような判決をすべきか。
回答
設問1
1 控訴は相手方や裁判所に負担を課すから、控訴を適法に提起するためには控訴の利益が必要である。どのような場合に控訴の利益が認められるかが問題となる。
通説は、申立てにおいて求めた判決を得られたかどうかで判断する(形式的不服説)。しかし、黙示の一部請求の後に残部請求ができなくなってしまい、その場合には例外的に控訴の利益を認めるという理論構成にならざるを得ず妥当でない。そこで、控訴人が判決効によって別訴での救済を受けられなくなる場合に控訴の利益が認められると解する(新実体的不服説)。この説でも訴え却下判決に対して請求棄却を求める控訴が説明できないが、形式的不服説よりは妥当な結論を導きやすい。
本件は、形式的不服説によれば全部認容判決であるから原則として控訴は提起できない。そこで、形式的不服説を採るなら、Xに遅延損害金の支払を受けさせる必要性と、それをYに支払わせたとしてもYの不意打ちにならず、かつYは第一審で実質的に遅延損害金に対しても攻撃防御をしていることを理由に例外的に控訴の利益が認められるという説明になる。新実体不服説を採るなら、Xが全部認容判決後に別訴で遅延損害金を請求するのは争点効または信義則(2条)に反し許されないから(遅延損害金の法的性質は履行遅滞に基づく損害賠償請求権だから、売買代金支払請求権とは訴訟物が別であり、既判力には抵触しない。)、控訴の利益が認められるということになる。
2 また、Xに設問の控訴を提起させることがYの遅延損害金についての審級の利益(300条1項、307条参照)を害さないかも問題となるが、Yは第一審で実質的に遅延損害金請求に対して攻撃防御していると認められるという前述の理由で、Yの審級の利益を害することはないと言える。
3 したがって、Xの控訴は適法である。
設問2(1)
1 主位的請求を全部認容した判決に対して被告が控訴し、控訴裁判所が主位的請求を棄却して予備的請求を認容することは、被告の不利益変更禁止原則(304条)に反しないか。
不利益変更禁止原則とは、控訴裁判所が、相手方の控訴又は附帯控訴がないかぎり、控訴オ人の不利に第一審判決の取消又は変更をすることができないという原則である。その根拠は処分権主義(246条)に求めるのが通説である。処分権主義とは、当事者に訴訟の開始、審判対象の確定とその範囲の限定、判決によらずに訴訟を終了させる権限を認める建前であり、実体法上の私的自治を訴訟法的に反映したものである。しかし、控訴は既に提起されている訴訟についてされるものだから、処分権主義との関連は薄い。そこで私見では不利益変更禁止原則は控訴を委縮させないための政策的な規定と解する。
本件では不利益変更禁止原則の根拠を処分権主義に求めると、Yによって控訴審の審判対象が主位的請求に限られているにも関わらず、予備的請求を認容してしまうのは不利益変更禁止原則に反し許されないのが原則と言える。しかし、実体法上、主位的請求たる売買代金請求訴訟が棄却されれば、予備的請求たる絵画の返還請求が認められる関係にある。そして、主位的請求を認容されたXに附帯控訴を期待することはできないし、控訴を提起したYは控訴が認容された場合に予備的請求が認容されることを予期していると言えるし、予備的請求についてもYは実質的に第一審で審理を尽くしていたと言える。そのため、例外的に不利益変更禁止原則に反しないと説明することになる。
不利益変更禁止原則は政策だとする自説からは、そもそも控訴審の審判対象を主位的請求に限定する必要はなく、当然に予備的請求を認容しうるということになる。
2 控訴裁判所が予備的請求を認容することが、予備的請求についてのYの審級の利益を害さないか問題となるも、前述のように本件の主位的請求と予備的請求はいずれか一方が成立する関係にあるため、第一審で実質的に予備的請求についての審理もされていたとみることができ、Yの審級の利益を害してはいない。
3 したがって、控訴裁判所は、主位的請求を認容した原判決を破棄し、予備的請求認容の自判をすべきである。
設問2(2)
1 主位的請求を棄却し予備的請求を認容した判決に対して被告が控訴し、控訴裁判所が予備的請求を棄却する場合に主位的請求を認容することは、不利益変更禁止原則に反し違法ではないか。
一般的に主位的請求のほうが予備的請求よりも原告の本来の要求に近く、そのため被告にとって負担が大きいと考えるならば、主位的請求の認容は被告にとっては不利益変更となろう。判例もそのように解している。
しかし、本件は絵画の代金を支払っても絵画を引渡しても被告の負担はそれほど異ならないと考えられるし、(1)では主位的請求を棄却して予備的請求を認めることが不利益変更にならないという結論に至ったので、本件で判例通りに判断するのは(1)と矛盾するように思える。
実質的に考えても、本件で予備的請求を棄却された場合に主位的請求が認容されることはYは予期しているべきだし、第一審で棄却された主位的請求についてYは当然に防御の手続を尽くしているはずである。ただ、(1)と少し異なり、主位的請求を棄却されたXに控訴ないし附帯控訴の提起を期待するのはそれほど不合理ではないが、そうかといって本件のように主位的請求と予備的請求の利益状況が異ならない場合にもそのように言い切れるわけではなく、本件Xが絵画の返還に満足して控訴ないし附帯控訴しなかったことを特段責めるわけにはいかない。
2 主位的請求は第一審で棄却されているので、審級の利益は本件では問題にならない。
3 したがって、控訴裁判所は、予備的請求を棄却し、主位的請求を認容すべきである。
以上
Xは、Yに対し、ある名画を代金100万円で売却して引き渡したが、Yは、約束の期限が過ぎても代金を支払わない。この事例について、以下の問いに答えよ。なお、各問いは、独立した問いである。
1 Xは、Yを被告として、売買代金100万円の支払いを求める訴えを提起し、第一審で請求の全部を認容する判決を得たが、代金支払期限後の遅延損害金の請求を追加するため、この判決に対して控訴を提起した。この控訴は適法か。
2 Yが、Xから買い受けた絵画は贋作であり、売買契約は錯誤によって無効であると主張して、代金の支払を拒否したため、Xは、Yを被告として、売買代金100万円の支払請求を主位的請求、絵画の返還請求を予備的請求とする訴えを提起した。
(1)第一審でXの主位的請求の全部を認容する判決がされ、この判決に対してYが控訴を提起したところ、控訴裁判所は、XY間の売買契約は無効で、XのYに対する売買代金債権は認められないとの結論に達した。この場合、控訴裁判所は、どのような判決をすべきか。
(2)第一審で主位的請求を全部棄却し、予備的請求を全部認容する判決がされ、この判決に対してYのみが控訴を提起したところ、控訴裁判所は、XY間の売買契約は有効で、XのYに対する100万円の売買代金債権が認められるとの結論に達した。この場合、控訴裁判所は、どのような判決をすべきか。
回答
設問1
1 控訴は相手方や裁判所に負担を課すから、控訴を適法に提起するためには控訴の利益が必要である。どのような場合に控訴の利益が認められるかが問題となる。
通説は、申立てにおいて求めた判決を得られたかどうかで判断する(形式的不服説)。しかし、黙示の一部請求の後に残部請求ができなくなってしまい、その場合には例外的に控訴の利益を認めるという理論構成にならざるを得ず妥当でない。そこで、控訴人が判決効によって別訴での救済を受けられなくなる場合に控訴の利益が認められると解する(新実体的不服説)。この説でも訴え却下判決に対して請求棄却を求める控訴が説明できないが、形式的不服説よりは妥当な結論を導きやすい。
本件は、形式的不服説によれば全部認容判決であるから原則として控訴は提起できない。そこで、形式的不服説を採るなら、Xに遅延損害金の支払を受けさせる必要性と、それをYに支払わせたとしてもYの不意打ちにならず、かつYは第一審で実質的に遅延損害金に対しても攻撃防御をしていることを理由に例外的に控訴の利益が認められるという説明になる。新実体不服説を採るなら、Xが全部認容判決後に別訴で遅延損害金を請求するのは争点効または信義則(2条)に反し許されないから(遅延損害金の法的性質は履行遅滞に基づく損害賠償請求権だから、売買代金支払請求権とは訴訟物が別であり、既判力には抵触しない。)、控訴の利益が認められるということになる。
2 また、Xに設問の控訴を提起させることがYの遅延損害金についての審級の利益(300条1項、307条参照)を害さないかも問題となるが、Yは第一審で実質的に遅延損害金請求に対して攻撃防御していると認められるという前述の理由で、Yの審級の利益を害することはないと言える。
3 したがって、Xの控訴は適法である。
設問2(1)
1 主位的請求を全部認容した判決に対して被告が控訴し、控訴裁判所が主位的請求を棄却して予備的請求を認容することは、被告の不利益変更禁止原則(304条)に反しないか。
不利益変更禁止原則とは、控訴裁判所が、相手方の控訴又は附帯控訴がないかぎり、控訴オ人の不利に第一審判決の取消又は変更をすることができないという原則である。その根拠は処分権主義(246条)に求めるのが通説である。処分権主義とは、当事者に訴訟の開始、審判対象の確定とその範囲の限定、判決によらずに訴訟を終了させる権限を認める建前であり、実体法上の私的自治を訴訟法的に反映したものである。しかし、控訴は既に提起されている訴訟についてされるものだから、処分権主義との関連は薄い。そこで私見では不利益変更禁止原則は控訴を委縮させないための政策的な規定と解する。
本件では不利益変更禁止原則の根拠を処分権主義に求めると、Yによって控訴審の審判対象が主位的請求に限られているにも関わらず、予備的請求を認容してしまうのは不利益変更禁止原則に反し許されないのが原則と言える。しかし、実体法上、主位的請求たる売買代金請求訴訟が棄却されれば、予備的請求たる絵画の返還請求が認められる関係にある。そして、主位的請求を認容されたXに附帯控訴を期待することはできないし、控訴を提起したYは控訴が認容された場合に予備的請求が認容されることを予期していると言えるし、予備的請求についてもYは実質的に第一審で審理を尽くしていたと言える。そのため、例外的に不利益変更禁止原則に反しないと説明することになる。
不利益変更禁止原則は政策だとする自説からは、そもそも控訴審の審判対象を主位的請求に限定する必要はなく、当然に予備的請求を認容しうるということになる。
2 控訴裁判所が予備的請求を認容することが、予備的請求についてのYの審級の利益を害さないか問題となるも、前述のように本件の主位的請求と予備的請求はいずれか一方が成立する関係にあるため、第一審で実質的に予備的請求についての審理もされていたとみることができ、Yの審級の利益を害してはいない。
3 したがって、控訴裁判所は、主位的請求を認容した原判決を破棄し、予備的請求認容の自判をすべきである。
設問2(2)
1 主位的請求を棄却し予備的請求を認容した判決に対して被告が控訴し、控訴裁判所が予備的請求を棄却する場合に主位的請求を認容することは、不利益変更禁止原則に反し違法ではないか。
一般的に主位的請求のほうが予備的請求よりも原告の本来の要求に近く、そのため被告にとって負担が大きいと考えるならば、主位的請求の認容は被告にとっては不利益変更となろう。判例もそのように解している。
しかし、本件は絵画の代金を支払っても絵画を引渡しても被告の負担はそれほど異ならないと考えられるし、(1)では主位的請求を棄却して予備的請求を認めることが不利益変更にならないという結論に至ったので、本件で判例通りに判断するのは(1)と矛盾するように思える。
実質的に考えても、本件で予備的請求を棄却された場合に主位的請求が認容されることはYは予期しているべきだし、第一審で棄却された主位的請求についてYは当然に防御の手続を尽くしているはずである。ただ、(1)と少し異なり、主位的請求を棄却されたXに控訴ないし附帯控訴の提起を期待するのはそれほど不合理ではないが、そうかといって本件のように主位的請求と予備的請求の利益状況が異ならない場合にもそのように言い切れるわけではなく、本件Xが絵画の返還に満足して控訴ないし附帯控訴しなかったことを特段責めるわけにはいかない。
2 主位的請求は第一審で棄却されているので、審級の利益は本件では問題にならない。
3 したがって、控訴裁判所は、予備的請求を棄却し、主位的請求を認容すべきである。
以上
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民事訴訟法 平成22年度第1問
問題文
Aは、Bに対し、平成21年11月2日、返済期日を平成22年3月31日とする約定で200万円を貸し渡した。このような消費貸借契約(以下「本件契約」という。)が成立したことについてはAとBとの間で争いがなかったが、Bがその返済期日にAに本件契約上の債務を弁済したかどうかが争いとなった。
そこで、Bは、同年4月30日、Aを被告として、本件契約に基づくBのAに対する債務が存在しないことを確認するとの判決を求める訴えを提起した。
この事例について、以下の問いに答えよ。なお、各問いは、独立した問いである。
1 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えとは別の裁判所に、別訴として、Bを被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。この場合のBの訴えとAの訴えのそれぞれの適法性について論ぜよ。
2 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えに対する反訴として、Bを反訴被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。
(1)この場合のBの訴えとAの反訴のそれぞれの適法性について論ぜよ。
(2)同年6月1日の第1回口頭弁論期日において、Bは、Aの請求に対して、BはAに本件契約上の債務を全額弁済したのでAの請求を棄却するとの判決を求めると述べるとともに、Bの訴えを取り下げる旨述べ、これに対し、Aは、Bの訴えの取り下げに同意すると述べた。その後の同年7月15日の第2回口頭弁論期日において、Aは、反訴を取り下げる旨述べたが、Bは、Aの反訴の取り下げに異議を述べた。この場合のAの反訴の取り下げの効力について論ぜよ。
回答
設問1
1 Bの提起した債務不存在確認訴訟は、Bが訴え提起をした平成22年4月30日の時点では適法である。
2 Aの提起した訴訟は、二重起訴であって不適法ではないか(142条)。
142条の趣旨は@被告の応訴の煩、A訴訟不経済、B矛盾判決の危険の防止と言われる。しかし、Bについては前訴判決の存在を看過した場合にしか問題にならず、その場合でも後の判決を再審で取消すことができるから(338条1項10号)、理由にならない。二重起訴に当たるかどうかは訴訟物の同一性で判断する。Bの提起した訴訟とAの提起した訴訟の訴訟物はいずれもAのBに対する本件契約に基づく債権であるから、同一である。したがって、Aの訴訟は142条違反であるから不適法であり、却下されるのが形式的帰結である。
3 もっとも、確認訴訟よりも給付訴訟のほうが給付義務の存否まで確定できる点で紛争解決能力が高い。そのことを重視するならAの訴訟を適法とし、Bの訴訟を訴えの利益を欠くとして却下することも考えられる。訴えの利益とは、紛争解決のために訴訟によることの必要性・実効性を吟味する訴訟要件であり、訴訟が相手方や裁判所に手間をかけるものであることから必要とされる。現に、債務不存在確認訴訟に対して反訴で給付訴訟が提起された事案で、債務不存在確認訴訟を訴えの利益がないとして却下した判例がある。
本件はその判例と㋐反訴でなく別訴である点、㋑別の裁判所に提起している点が異なる。この二点をどうかんがえるか。まず㋐については、反訴であれば同一の裁判所で処理され、弁論が併合される可能性が高い。そのため二重起訴禁止の理由である被告の応訴の煩や訴訟不経済が生じず、紛争解決の実効性だけを考えればよいため、給付訴訟を残すという判断をしやすい。しかし、反訴であっても弁論の分離が禁止されているわけではないから(146条参照)、反訴と別訴でことさら違う判断をする理由はない。要するに、別訴であっても同一裁判所で弁論の併合を裁判所に義務付ける限り、判例の射程は及ぶと解する。
しかし本件では、甲は㋑別の裁判訴に提起しているのである。このままでは弁論が併合される可能性はなく、判例の射程外である。
そこで、以下のようにすればよい。まず、裁判所はそれぞれの訴訟が提起された裁判所のどちらで裁判を行うのがA及びBにとって衡平かを判断し、どちらかの訴訟をもう一方の訴訟が提起されている裁判所に移送すべきである(17条)。そして、移送された裁判所は二つの訴訟の弁論を併合する(152条1項)。そのうえで、Aの訴訟を残し、Bの訴訟を訴えの利益がないとして却下する。
したがって、以上の手続を経る限り、Aの訴えは適法であり、Bの訴えは不適法である。
設問2(1)
本問も形式的にはBの訴えは適法で、Aの反訴が二重起訴に当たり不適法である。しかし、弁論の分離を禁止する限り、Aの反訴が適法で、Bの訴えが訴えの利益を欠き不適法と解することができる。もっとも、前述の判例によれば、本件では弁論の分離を禁止するという条件なしに後者の結論となる。
設問2(2)
訴えの取下げ(261条)とは原告が訴えを撤回する訴訟行為である。私的自治の訴訟法的反映を根拠とする処分権主義(246条)の一環として認められる。反訴(146条)とは、訴訟の係属中に、被告が原告に対して、同じ訴訟手続での審判を求めて提起する訴えであるから、反訴の取下げとは、被告が反訴として提起した訴えを撤回する訴訟行為である。
訴え又は反訴の取下げは、取り下げる者の一方的意思表示で行われれば、訴訟による紛争解決を求めていた相手方の利益を害する。そこで、訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出するなどして争う意思を表明した場合には、相手方の同意を得なければ効力を生じないのが原則とされている(261条2項本文)。ただし、反訴の取下げには相手方の同意は不要である(同但書)。この261条2項但書を形式的に当てはめると、本件でAの反訴の取下げは有効である。
しかし、この結論は妥当でない。Bが本訴を取り下げたのは本訴の債務不存在確認訴訟よりも反訴の給付訴訟のほうが紛争解決力が高いためであって、本訴について争う意思をなくしたからではないからである。
そもそも261条2項但書が例外的に反訴の取下げに原告の同意を不要とした趣旨は、本訴を取り下げた原告には通常は本訴に係る紛争を民事訴訟という手段で解決する意思がなく、それにもかかわらず被告の反訴の取下げに同意しないのは信義に反するからだと考えられる。そうすると、本訴を取り下げた原告の意思が、本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残している場合には、261条2項但書は適用されないと解すべきである。
本件では、Bは本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残しているため、Bに261条2項但書は適用されない。
したがって、同条本文の原則通り、Aの反訴の取下げにはBの同意が必要であり、その同意が得られていない本件では、Aの反訴の取下げは無効である。 以上
Aは、Bに対し、平成21年11月2日、返済期日を平成22年3月31日とする約定で200万円を貸し渡した。このような消費貸借契約(以下「本件契約」という。)が成立したことについてはAとBとの間で争いがなかったが、Bがその返済期日にAに本件契約上の債務を弁済したかどうかが争いとなった。
そこで、Bは、同年4月30日、Aを被告として、本件契約に基づくBのAに対する債務が存在しないことを確認するとの判決を求める訴えを提起した。
この事例について、以下の問いに答えよ。なお、各問いは、独立した問いである。
1 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えとは別の裁判所に、別訴として、Bを被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。この場合のBの訴えとAの訴えのそれぞれの適法性について論ぜよ。
2 Bの訴えに係る訴状の送達を受けたAは、同年5月20日、Bの訴えに対する反訴として、Bを反訴被告として、本件契約に基づいて200万円の支払いを請求する訴えを提起した。
(1)この場合のBの訴えとAの反訴のそれぞれの適法性について論ぜよ。
(2)同年6月1日の第1回口頭弁論期日において、Bは、Aの請求に対して、BはAに本件契約上の債務を全額弁済したのでAの請求を棄却するとの判決を求めると述べるとともに、Bの訴えを取り下げる旨述べ、これに対し、Aは、Bの訴えの取り下げに同意すると述べた。その後の同年7月15日の第2回口頭弁論期日において、Aは、反訴を取り下げる旨述べたが、Bは、Aの反訴の取り下げに異議を述べた。この場合のAの反訴の取り下げの効力について論ぜよ。
回答
設問1
1 Bの提起した債務不存在確認訴訟は、Bが訴え提起をした平成22年4月30日の時点では適法である。
2 Aの提起した訴訟は、二重起訴であって不適法ではないか(142条)。
142条の趣旨は@被告の応訴の煩、A訴訟不経済、B矛盾判決の危険の防止と言われる。しかし、Bについては前訴判決の存在を看過した場合にしか問題にならず、その場合でも後の判決を再審で取消すことができるから(338条1項10号)、理由にならない。二重起訴に当たるかどうかは訴訟物の同一性で判断する。Bの提起した訴訟とAの提起した訴訟の訴訟物はいずれもAのBに対する本件契約に基づく債権であるから、同一である。したがって、Aの訴訟は142条違反であるから不適法であり、却下されるのが形式的帰結である。
3 もっとも、確認訴訟よりも給付訴訟のほうが給付義務の存否まで確定できる点で紛争解決能力が高い。そのことを重視するならAの訴訟を適法とし、Bの訴訟を訴えの利益を欠くとして却下することも考えられる。訴えの利益とは、紛争解決のために訴訟によることの必要性・実効性を吟味する訴訟要件であり、訴訟が相手方や裁判所に手間をかけるものであることから必要とされる。現に、債務不存在確認訴訟に対して反訴で給付訴訟が提起された事案で、債務不存在確認訴訟を訴えの利益がないとして却下した判例がある。
本件はその判例と㋐反訴でなく別訴である点、㋑別の裁判所に提起している点が異なる。この二点をどうかんがえるか。まず㋐については、反訴であれば同一の裁判所で処理され、弁論が併合される可能性が高い。そのため二重起訴禁止の理由である被告の応訴の煩や訴訟不経済が生じず、紛争解決の実効性だけを考えればよいため、給付訴訟を残すという判断をしやすい。しかし、反訴であっても弁論の分離が禁止されているわけではないから(146条参照)、反訴と別訴でことさら違う判断をする理由はない。要するに、別訴であっても同一裁判所で弁論の併合を裁判所に義務付ける限り、判例の射程は及ぶと解する。
しかし本件では、甲は㋑別の裁判訴に提起しているのである。このままでは弁論が併合される可能性はなく、判例の射程外である。
そこで、以下のようにすればよい。まず、裁判所はそれぞれの訴訟が提起された裁判所のどちらで裁判を行うのがA及びBにとって衡平かを判断し、どちらかの訴訟をもう一方の訴訟が提起されている裁判所に移送すべきである(17条)。そして、移送された裁判所は二つの訴訟の弁論を併合する(152条1項)。そのうえで、Aの訴訟を残し、Bの訴訟を訴えの利益がないとして却下する。
したがって、以上の手続を経る限り、Aの訴えは適法であり、Bの訴えは不適法である。
設問2(1)
本問も形式的にはBの訴えは適法で、Aの反訴が二重起訴に当たり不適法である。しかし、弁論の分離を禁止する限り、Aの反訴が適法で、Bの訴えが訴えの利益を欠き不適法と解することができる。もっとも、前述の判例によれば、本件では弁論の分離を禁止するという条件なしに後者の結論となる。
設問2(2)
訴えの取下げ(261条)とは原告が訴えを撤回する訴訟行為である。私的自治の訴訟法的反映を根拠とする処分権主義(246条)の一環として認められる。反訴(146条)とは、訴訟の係属中に、被告が原告に対して、同じ訴訟手続での審判を求めて提起する訴えであるから、反訴の取下げとは、被告が反訴として提起した訴えを撤回する訴訟行為である。
訴え又は反訴の取下げは、取り下げる者の一方的意思表示で行われれば、訴訟による紛争解決を求めていた相手方の利益を害する。そこで、訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出するなどして争う意思を表明した場合には、相手方の同意を得なければ効力を生じないのが原則とされている(261条2項本文)。ただし、反訴の取下げには相手方の同意は不要である(同但書)。この261条2項但書を形式的に当てはめると、本件でAの反訴の取下げは有効である。
しかし、この結論は妥当でない。Bが本訴を取り下げたのは本訴の債務不存在確認訴訟よりも反訴の給付訴訟のほうが紛争解決力が高いためであって、本訴について争う意思をなくしたからではないからである。
そもそも261条2項但書が例外的に反訴の取下げに原告の同意を不要とした趣旨は、本訴を取り下げた原告には通常は本訴に係る紛争を民事訴訟という手段で解決する意思がなく、それにもかかわらず被告の反訴の取下げに同意しないのは信義に反するからだと考えられる。そうすると、本訴を取り下げた原告の意思が、本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残している場合には、261条2項但書は適用されないと解すべきである。
本件では、Bは本訴に係る紛争を民事訴訟で争う意思を残しているため、Bに261条2項但書は適用されない。
したがって、同条本文の原則通り、Aの反訴の取下げにはBの同意が必要であり、その同意が得られていない本件では、Aの反訴の取下げは無効である。 以上
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民事訴訟法 平成20年度第2問
問題文
債権者Xの保証人Yに対する保証債務履行請求訴訟に、主債務者Zは、Yを補助するため参加した。
1 第一審でY敗訴の判決が言い渡され、その判決所の正本が平成20年7月3日にYに、同月5日にZに、それぞれ送達された。Yはこの判決に対して何もしなかったが、Zは同月18日に控訴状を第一審裁判所に提出した。この控訴は適法か。
2 Y敗訴の判決が確定した後、Yは、Zに対し、求償金請求の訴えを提起した。
仮に、Yが、主債務の存在を疑わしめる重要な証拠であってZの知らないものを所持していたにもかかわらず、XY間の訴訟において、その証拠の提出を怠っていた事実が判明した場合、Zは、YZ間の訴訟において、主債務の存在を争うことができるか。
回答
補助参加とは、訴訟の結果について法律上の利害関係を有する第三者が、その当事者を補助して訴訟追行するために訴訟に参加することをいう(42条)。補助参加人は上訴等の法律行為ができるが(45条1項本文)、補助参加の時における訴訟の程度に従ってすることができないものはすることができない(同但書)。この規定の趣旨は、補助参加人は他人の訴訟の結果によって自己に不利益が及ぶのを避けるために訴訟行為ができ、その限りで独立性を有するが、補助参加人は他人間の訴訟における当事者ではないから、当事者ができない訴訟行為をすることができないということ、すなわちその限りで従属性を有することを定めたものである。
では、補助参加人は当事者の控訴期間(285条)が経過した後も自己の控訴期間内であれば控訴できるだろうか。敗訴当事者の控訴期間経過後の補助参加人の提起した控訴を、45条1項本文の「上訴の提起」とみるか、同但書の「補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないもの」とみるかが問題となる。
そもそも控訴とは、第一審の裁判を不服として、控訴裁判所に、裁判の取消または変更を求める不服申し立てである(281条以下)。控訴審で審判対象となるのは請求の当否ではなく不服申しての当否であり、判断資料は第一審のものに新たに加えることができる(続審制、296条2項、298条1項、301条1項)。控訴が提起されると、第一審の裁判は確定を遮断され、控訴審に移審する。控訴を棄却すると第一審判決が確定し(301条1項)、控訴を認める場合は第一審判決を取り消すか(305条)、第一審に差し戻す(307条)。
以上のように、控訴の提起は訴えの提起とは異なるが、訴えの提起と同程度に訴訟物たる権利関係の存否を決める影響力を持つ行為である。そうすると、訴え提起に妥当する訴訟法上の原則である処分権主義(246条)の趣旨(私的自治の訴訟法的反映)に照らし、控訴の提起が当事者以外の者によってなされる場面は限定的に解すべきである。
また、控訴期間が設けられている趣旨は、前述の処分権主義の趣旨からその期間内での不服申し立てを許容する一方、裁判通りの権利関係を望む当事者や、争われている権利義務関係に利害関係を持つ当事者の法律関係を早期に安定させることでもある。そうすると、当事者以外の者に独自の控訴期間を認めるのには慎重になるべきである。
以上を考慮すると、当事者の控訴期間経過後に補助参加人がする控訴提起は、「補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないもの」に当たると解するのが相当である。
したがって、Zの控訴は45条1項但書に反し、違法である。
設問2
XY間の訴訟を前訴とすると、前訴の訴訟物はXのYに対する保証債務の履行請求権であり、この点に既判力(確定判決の後訴での通用力ないし拘束力)が生じる(114条1項)。つまり、XのZに対する主債務の履行請求権の存否の判断には前訴の既判力は生じていない。既判力の客観的範囲がこのように「主文に包含するもの」すなわち訴訟物に限られているのは、その方が審理を弾力的にできるし、紛争解決としてはそれで十分だし、当事者の手続保障が訴訟物の範囲では尽くされていると言えるからである。
しかし、前訴の既判力とは別に、前訴の「効力」(46条本文)が補助参加人Zに対して生じる。そもそもこの「効力」(参加的効力)とは、補助参加人に対して生じるものであるから、敗訴責任の公平分担を根拠として、訴訟物以外にも及ぶと解される。詳述すると、参加的効力は、既判力と同様に、紛争解決の必要性ゆえに認められ、当事者の手続保障が尽くされていることで正当化される訴訟法上の効力であるが、既判力とは異なり、その究極的根拠が実体法上の私的自治ではなく、それに加えて敗訴責任の公平分担であるため、敗訴責任を公平に分担する限りで、その効力の及ぶ客観的範囲は訴訟物をはみ出るのである。なお、このように訴訟物をはみ出る効力がいかなる範囲で生じているかは客観的に明らかでないため、裁判所は当事者の援用を待ってその効力の存否を判断すればよいと解する。
これを保証債務履行請求訴訟で主債務者が補助参加した事例についてみると、主債務の存在は、訴訟物ではないものの、訴訟物たる保証債務の存在を認定するためには主債務の存在の立証が成功しなければならないから、前訴で実質的な審理が行われた部分であり、その部分については原則として主債務者の手続保障が尽くされていると言える。そして、この部分について参加的効力を生じさせなければ、保証人と債務者との間で求償権の存否をめぐる争いが生じ、紛争解決の必要性ひいては敗訴責任の公平分担の趣旨に反する。したがって、保証債務の履行請求権の訴訟に主債務者が補助参加した場合に保証人が敗訴した場合であって、後の求償請求訴訟で保証人が参加的効力を援用したときは、原則として主債務の存在に参加的効力が及ぶと解する。
もっとも、保証人が主債務の存在を疑わしめる重要な証拠であって主債務者の知らないものを所持していたにもかかわらず、前訴においてその提出を怠っていた場合には、保証人が代替する、主債務者に参加的効力を及ぼすことを正当化する手続保障が尽くされていなかったと言える。したがって、その場合には、例外的に、主債務者に参加的効力が及ばないと解すべきである。
本件でも、Yは主債務の存在を疑わしめる重要な証拠であってZの知らないものを所持していたにもかかわらず、XY間の訴訟において、その証拠の提出を怠っていたという事情があるから、例外の場合に当たり、Zに参加的効力は及ばない。
したがって、Zは、YZ間の訴訟において、主債務の存在を争うことができる。 以上
債権者Xの保証人Yに対する保証債務履行請求訴訟に、主債務者Zは、Yを補助するため参加した。
1 第一審でY敗訴の判決が言い渡され、その判決所の正本が平成20年7月3日にYに、同月5日にZに、それぞれ送達された。Yはこの判決に対して何もしなかったが、Zは同月18日に控訴状を第一審裁判所に提出した。この控訴は適法か。
2 Y敗訴の判決が確定した後、Yは、Zに対し、求償金請求の訴えを提起した。
仮に、Yが、主債務の存在を疑わしめる重要な証拠であってZの知らないものを所持していたにもかかわらず、XY間の訴訟において、その証拠の提出を怠っていた事実が判明した場合、Zは、YZ間の訴訟において、主債務の存在を争うことができるか。
回答
補助参加とは、訴訟の結果について法律上の利害関係を有する第三者が、その当事者を補助して訴訟追行するために訴訟に参加することをいう(42条)。補助参加人は上訴等の法律行為ができるが(45条1項本文)、補助参加の時における訴訟の程度に従ってすることができないものはすることができない(同但書)。この規定の趣旨は、補助参加人は他人の訴訟の結果によって自己に不利益が及ぶのを避けるために訴訟行為ができ、その限りで独立性を有するが、補助参加人は他人間の訴訟における当事者ではないから、当事者ができない訴訟行為をすることができないということ、すなわちその限りで従属性を有することを定めたものである。
では、補助参加人は当事者の控訴期間(285条)が経過した後も自己の控訴期間内であれば控訴できるだろうか。敗訴当事者の控訴期間経過後の補助参加人の提起した控訴を、45条1項本文の「上訴の提起」とみるか、同但書の「補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないもの」とみるかが問題となる。
そもそも控訴とは、第一審の裁判を不服として、控訴裁判所に、裁判の取消または変更を求める不服申し立てである(281条以下)。控訴審で審判対象となるのは請求の当否ではなく不服申しての当否であり、判断資料は第一審のものに新たに加えることができる(続審制、296条2項、298条1項、301条1項)。控訴が提起されると、第一審の裁判は確定を遮断され、控訴審に移審する。控訴を棄却すると第一審判決が確定し(301条1項)、控訴を認める場合は第一審判決を取り消すか(305条)、第一審に差し戻す(307条)。
以上のように、控訴の提起は訴えの提起とは異なるが、訴えの提起と同程度に訴訟物たる権利関係の存否を決める影響力を持つ行為である。そうすると、訴え提起に妥当する訴訟法上の原則である処分権主義(246条)の趣旨(私的自治の訴訟法的反映)に照らし、控訴の提起が当事者以外の者によってなされる場面は限定的に解すべきである。
また、控訴期間が設けられている趣旨は、前述の処分権主義の趣旨からその期間内での不服申し立てを許容する一方、裁判通りの権利関係を望む当事者や、争われている権利義務関係に利害関係を持つ当事者の法律関係を早期に安定させることでもある。そうすると、当事者以外の者に独自の控訴期間を認めるのには慎重になるべきである。
以上を考慮すると、当事者の控訴期間経過後に補助参加人がする控訴提起は、「補助参加の時における訴訟の程度に従いすることができないもの」に当たると解するのが相当である。
したがって、Zの控訴は45条1項但書に反し、違法である。
設問2
XY間の訴訟を前訴とすると、前訴の訴訟物はXのYに対する保証債務の履行請求権であり、この点に既判力(確定判決の後訴での通用力ないし拘束力)が生じる(114条1項)。つまり、XのZに対する主債務の履行請求権の存否の判断には前訴の既判力は生じていない。既判力の客観的範囲がこのように「主文に包含するもの」すなわち訴訟物に限られているのは、その方が審理を弾力的にできるし、紛争解決としてはそれで十分だし、当事者の手続保障が訴訟物の範囲では尽くされていると言えるからである。
しかし、前訴の既判力とは別に、前訴の「効力」(46条本文)が補助参加人Zに対して生じる。そもそもこの「効力」(参加的効力)とは、補助参加人に対して生じるものであるから、敗訴責任の公平分担を根拠として、訴訟物以外にも及ぶと解される。詳述すると、参加的効力は、既判力と同様に、紛争解決の必要性ゆえに認められ、当事者の手続保障が尽くされていることで正当化される訴訟法上の効力であるが、既判力とは異なり、その究極的根拠が実体法上の私的自治ではなく、それに加えて敗訴責任の公平分担であるため、敗訴責任を公平に分担する限りで、その効力の及ぶ客観的範囲は訴訟物をはみ出るのである。なお、このように訴訟物をはみ出る効力がいかなる範囲で生じているかは客観的に明らかでないため、裁判所は当事者の援用を待ってその効力の存否を判断すればよいと解する。
これを保証債務履行請求訴訟で主債務者が補助参加した事例についてみると、主債務の存在は、訴訟物ではないものの、訴訟物たる保証債務の存在を認定するためには主債務の存在の立証が成功しなければならないから、前訴で実質的な審理が行われた部分であり、その部分については原則として主債務者の手続保障が尽くされていると言える。そして、この部分について参加的効力を生じさせなければ、保証人と債務者との間で求償権の存否をめぐる争いが生じ、紛争解決の必要性ひいては敗訴責任の公平分担の趣旨に反する。したがって、保証債務の履行請求権の訴訟に主債務者が補助参加した場合に保証人が敗訴した場合であって、後の求償請求訴訟で保証人が参加的効力を援用したときは、原則として主債務の存在に参加的効力が及ぶと解する。
もっとも、保証人が主債務の存在を疑わしめる重要な証拠であって主債務者の知らないものを所持していたにもかかわらず、前訴においてその提出を怠っていた場合には、保証人が代替する、主債務者に参加的効力を及ぼすことを正当化する手続保障が尽くされていなかったと言える。したがって、その場合には、例外的に、主債務者に参加的効力が及ばないと解すべきである。
本件でも、Yは主債務の存在を疑わしめる重要な証拠であってZの知らないものを所持していたにもかかわらず、XY間の訴訟において、その証拠の提出を怠っていたという事情があるから、例外の場合に当たり、Zに参加的効力は及ばない。
したがって、Zは、YZ間の訴訟において、主債務の存在を争うことができる。 以上
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民事訴訟法 平成19年度第2問
問題文
甲は、乙に対して貸金債権を有しているとして、乙に代位して、乙が丙に対して有する売買代金債権の支払いを求める訴えを丙に対して提起した。
1 甲の乙に対する貸金債権の存否に関する裁判所の審理は、どのようにして行われるか。
2 乙の丙に対する売買代金債権が弁済により消滅したことが明らかになった場合、裁判所は、その段階で、甲の乙に対する貸金債権の存否の判断を省略して、直ちに甲の丙に対する請求を棄却する判決をすることができるか。
3 裁判所は、甲の乙に対する貸金債権は存在し、乙の丙に対する売買代金債権は弁済により消滅したと判断して、甲の丙に対する請求を棄却する判決を言い渡し、その判決が確定した。当該貸金債権が存在するとの判断が誤っていた場合、この判決の既判力は乙に及ぶか。
回答
設問1
債権者代位訴訟では、被保全債権の存在は、実体法上の債権者代位権(民423条)の発生要件であるとともに、訴訟法上は代位債権を行使するための訴訟要件である。本問の事案を使って詳述すると、甲の乙に対する債権が存在するということが、甲が乙の丙に対する債権を行使する当事者適格を基礎づける。
当事者適格とは、当事者として訴訟追行し、判決の名宛人となる資格を意味する訴訟要件であり、通常は訴訟物に関して最も強い利害関係を有する実体法上の権利を持つ者に対して認められる。しかし、実体法上の権利者でなくても、訴訟担当者として当事者適格が認められる場合がある。破産管財人は法定訴訟担当者として破産者の代わりに当事者適格を認められるし、組合の代表者が任意的訴訟担当者として当事者適格を認められる場合もある。
債権者代位権は、それが行使されれば債務者は代位債権すなわち自己の第三債務者に対する債権の処分権限を失う仕組みになっている(非訟事件手続法88条3項)。つまり、債権者代位権が行使された場合には実体法上の権利者が処分権限を失い、代位債権者のみが債務者の有する債権を行使することになる。
このように、甲の乙に対する貸金債権の存在は訴訟要件たる当事者適格を基礎づけるものであるから、論理的にはそれを判断しないと本案たる乙の丙に対する債権の存否の判断に入ることができない。しかし、実際には二つの権利の存否の判断は並行して行われる。このように並行して行っても、通常は裁判官が被保全債権が存在しないとの心証を形成した時点で代位債権の存否についての審理を打ち切って訴え却下判決をすればよいから、不都合はない。
設問2
ただ、被保全債権と代位債権を並行して審理するとなると、裁判官が代位債権の存否についての心証を先に形成してしまう可能性がある。それが本問の場合である。
この場合に裁判官が被保全債権の存否について判断しないまま審理を打ち切って判決をしてしまうと、以下のような不都合がある。すなわち、仮に被保全債権が存在していなかったならば、代位債権者は実体法上債権者代位権を有していなかったということになり、したがって、訴訟法上当事者適格がない者によって第三者の権利が処分されたという事態になる。形式的には当事者適格などの訴訟要件は本案の判断をする前提であるし、実質的には当事者適格のない者すなわち実体法上の権利者ではなく、第三者の権利を行使することも正当化されない者によって権利が処分されたことになり、債権者本問では乙の不利益は著しい。
したがって、裁判所は、乙の丙に対する債権が消滅したことが明らかになったとしても、甲の乙に対する貸金債権の存否の判断は省略できず、請求棄却判決をすることはできない。
設問3
甲が乙に代位して乙の丙に対する債権を行使した訴訟を前訴とすると、前訴の既判力(確定判決の後訴での通用力ないし拘束力)は「主文に包含するもの」(114条1項)すなわち訴訟物について生じるから、甲の乙に対する債権の存否には既判力は生じない。そこで、本問でいうと乙が、甲の乙に対する債権の不存在の確認を求めることは、前訴の既判力には抵触しない。
その確認訴訟で請求認容判決が出された場合には、前訴の甲は当事者適格なく乙の債権を行使したことになり、設問2で述べた不都合が事後的に生じる。この場合は、以下のように考えるべきである。
すなわち、前訴は当事者適格の欠缺すなわち訴訟要件の欠缺を看過して出された判決であるから当然無効であり、既判力は発生しない。したがって、存在しない既判力は当然乙に及ばない。 以上
甲は、乙に対して貸金債権を有しているとして、乙に代位して、乙が丙に対して有する売買代金債権の支払いを求める訴えを丙に対して提起した。
1 甲の乙に対する貸金債権の存否に関する裁判所の審理は、どのようにして行われるか。
2 乙の丙に対する売買代金債権が弁済により消滅したことが明らかになった場合、裁判所は、その段階で、甲の乙に対する貸金債権の存否の判断を省略して、直ちに甲の丙に対する請求を棄却する判決をすることができるか。
3 裁判所は、甲の乙に対する貸金債権は存在し、乙の丙に対する売買代金債権は弁済により消滅したと判断して、甲の丙に対する請求を棄却する判決を言い渡し、その判決が確定した。当該貸金債権が存在するとの判断が誤っていた場合、この判決の既判力は乙に及ぶか。
回答
設問1
債権者代位訴訟では、被保全債権の存在は、実体法上の債権者代位権(民423条)の発生要件であるとともに、訴訟法上は代位債権を行使するための訴訟要件である。本問の事案を使って詳述すると、甲の乙に対する債権が存在するということが、甲が乙の丙に対する債権を行使する当事者適格を基礎づける。
当事者適格とは、当事者として訴訟追行し、判決の名宛人となる資格を意味する訴訟要件であり、通常は訴訟物に関して最も強い利害関係を有する実体法上の権利を持つ者に対して認められる。しかし、実体法上の権利者でなくても、訴訟担当者として当事者適格が認められる場合がある。破産管財人は法定訴訟担当者として破産者の代わりに当事者適格を認められるし、組合の代表者が任意的訴訟担当者として当事者適格を認められる場合もある。
債権者代位権は、それが行使されれば債務者は代位債権すなわち自己の第三債務者に対する債権の処分権限を失う仕組みになっている(非訟事件手続法88条3項)。つまり、債権者代位権が行使された場合には実体法上の権利者が処分権限を失い、代位債権者のみが債務者の有する債権を行使することになる。
このように、甲の乙に対する貸金債権の存在は訴訟要件たる当事者適格を基礎づけるものであるから、論理的にはそれを判断しないと本案たる乙の丙に対する債権の存否の判断に入ることができない。しかし、実際には二つの権利の存否の判断は並行して行われる。このように並行して行っても、通常は裁判官が被保全債権が存在しないとの心証を形成した時点で代位債権の存否についての審理を打ち切って訴え却下判決をすればよいから、不都合はない。
設問2
ただ、被保全債権と代位債権を並行して審理するとなると、裁判官が代位債権の存否についての心証を先に形成してしまう可能性がある。それが本問の場合である。
この場合に裁判官が被保全債権の存否について判断しないまま審理を打ち切って判決をしてしまうと、以下のような不都合がある。すなわち、仮に被保全債権が存在していなかったならば、代位債権者は実体法上債権者代位権を有していなかったということになり、したがって、訴訟法上当事者適格がない者によって第三者の権利が処分されたという事態になる。形式的には当事者適格などの訴訟要件は本案の判断をする前提であるし、実質的には当事者適格のない者すなわち実体法上の権利者ではなく、第三者の権利を行使することも正当化されない者によって権利が処分されたことになり、債権者本問では乙の不利益は著しい。
したがって、裁判所は、乙の丙に対する債権が消滅したことが明らかになったとしても、甲の乙に対する貸金債権の存否の判断は省略できず、請求棄却判決をすることはできない。
設問3
甲が乙に代位して乙の丙に対する債権を行使した訴訟を前訴とすると、前訴の既判力(確定判決の後訴での通用力ないし拘束力)は「主文に包含するもの」(114条1項)すなわち訴訟物について生じるから、甲の乙に対する債権の存否には既判力は生じない。そこで、本問でいうと乙が、甲の乙に対する債権の不存在の確認を求めることは、前訴の既判力には抵触しない。
その確認訴訟で請求認容判決が出された場合には、前訴の甲は当事者適格なく乙の債権を行使したことになり、設問2で述べた不都合が事後的に生じる。この場合は、以下のように考えるべきである。
すなわち、前訴は当事者適格の欠缺すなわち訴訟要件の欠缺を看過して出された判決であるから当然無効であり、既判力は発生しない。したがって、存在しない既判力は当然乙に及ばない。 以上
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2016年02月04日
民事訴訟法 平成18年度第2問
設問1
1 主張(1)の意味
(1)主張(1)のうち「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認める」という部分は裁判上の自白(179条)に当たるか検討する。
裁判上の自白とは、訴訟における弁論としての事実の主張であって相手方の主張と一致しているものをいう。この裁判上の自白に当たると、T179条に基づく証明不要効のほか、U私的自治に基礎を置く弁論主義を根拠として裁判所の審判排除効、Vその審判排除効の必然的帰結として判決における判断拘束効、W当事者の主張の撤回制限効が生じると解されている。撤回制限効の根拠は争いがある。禁反言という説が一般的だが、他の訴訟行為の撤回は原則として自由であるのになぜ裁判上の自白だけ禁反言が要求されるのかが説明できず妥当でない。裁判上の自白は相手方の信頼を含めて訴訟における争点縮小機能を有し、この争点縮小機能を保護することが撤回制限効の根拠と解する。そのため、撤回制限効は当事者双方を拘束する。
裁判上の自白はこのように強力な効果を及ぼすものであるから、要件は厳格に解さなければならない。要件は、@弁論としての主張であること、A事実の主張であること、B相手方の主張と一致していることと解する。この他に不利益性を要求する見解があるが、撤回制限効の根拠を争点縮小機能と解し、撤回制限効は両当事者を拘束するという自説からは、どちらかの当事者に不利益か否かは無関係だから要件とならないと解する。
「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認める」という陳述は@Bを満たす。Aについて、売買契約の締結は事実ではなく債権債務の発生原因の陳述であるからAを満たさないとも思える。しかし、このような自白であっても私的自治という根拠は当てはまり、請求の認諾(266条)さえも認められているのだから、事実の自白と同様に扱われるべきと解する。
したがって、問題の部分は裁判上の自白に当たる。
(2)主張(1)のうち、契約締結後に……本件売買契約は錯誤により無効である」という部分は、相手方の主張と両立し、相手方の主張から生じる法的効果を妨げる意義を有するから抗弁である。
(3)したがって、主張(1)は、前半が裁判上の自白、後半が抗弁という訴訟上の意味を有する。
2 主張(2)について
仮に主張(2)が真実であるとすると、本件売買契約上の実体法上の代金支払い義務を負っているのはYではなくZということになる。当事者適格(当事者として訴訟を追行し、判決の名宛人となる資格)は訴訟の結果について直接的に重要な法的利害関係を有する者に認められると考えられ、通常は売買契約においては契約に基づく実体法上の債権債務を負う者がこれに当たるから、主張(2)が真実であるならば、Yには当事者適格がない。その結果、Xの提起した訴訟は被告が存在しなくなり、明文なき訴訟係属の要件と解される二当事者対立構造を欠くため却下されることになる。
そうすると、第1回口頭弁論期日に行われた主張(1)に基づく裁判上の自白は無意味になるから、撤回されたのと同様の効果を生じる。なお、主張(1)後半の抗弁の撤回は単なる主張の変更である。
3 (2)の主張の訴訟法上の問題点
裁判上の自白には原則として前述のように争点縮小機能を根拠とした撤回制限効がある。例外的に撤回できるのは、1⃣自白が錯誤に基づき行われたこと、2⃣自白が刑事上罰すべき他人の行為によって行われたこと、3⃣相手方の同意があることに限られると解される。1⃣について、古い判例は自白内容が反真実であることが立証されれば錯誤であったことが推定されるとしているが、裁判上の自白の法的性質は意思表示と解されるから、実体法上の錯誤(民法95条)のみが要件となると解する。
本件でも1⃣2⃣3⃣のいずれかの事情がなければ主張(2)は裁判上の自白の撤回制限効により排斥されるべきである。
設問2
Zの主張はZの代表者であるYにより行われたものであるが、Yは以前にZの主張と事実上両立しない主張を行っているから、Yという同一人物による矛盾挙動と評価できる。このような主張の変更が許されるか問題となる。
訴訟において主張の変更は自由である。その理由は、実体法上の私的自治の原則からすると、訴訟上で当事者が自己の権利を主張するか放棄するかは自由であり、相手方の出方によって態度を変えることもあり得るからである。設問1で検討した裁判上の自白は、このような主張変更の自由の例外である。
本件は単なる主張の変更であり裁判上の自白に当たらない。したがって、裁判所はZの主張をそのまま採用すべきである。具体的には、Xに認否を尋ね、Xが争うのであれば主張の真偽を証拠を通じて明らかにすべきである(これは当事者適格という訴訟要件の判断であるが、本案審理と並行して行われる。)。審理の結果、Zの主張が真実であることが判明すれば、Xの訴えを却下すべきである。
この点、裁判上の自白の撤回制限効の根拠を通説のように禁反言と解するならば、本件のような矛盾挙動もまさに禁反言に触れるから、許されないとしなければ一貫しない。しかし、自説は撤回制限効の根拠を争点縮小機能の維持に置くので、そのような問題は生じない。
このような結論はXに酷とも思えるが、Xはこのような結果を避けるため、Yに対する訴えとZに対する訴えを両方提起し、弁論の併合(152条)の申立てをすることができるから、問題ない。裁判所は、本件においてかかる申立てがなされた場合には、Xの訴訟提起の煩を避けるため弁論併合の義務が生じると考えられる。 以上
1 主張(1)の意味
(1)主張(1)のうち「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認める」という部分は裁判上の自白(179条)に当たるか検討する。
裁判上の自白とは、訴訟における弁論としての事実の主張であって相手方の主張と一致しているものをいう。この裁判上の自白に当たると、T179条に基づく証明不要効のほか、U私的自治に基礎を置く弁論主義を根拠として裁判所の審判排除効、Vその審判排除効の必然的帰結として判決における判断拘束効、W当事者の主張の撤回制限効が生じると解されている。撤回制限効の根拠は争いがある。禁反言という説が一般的だが、他の訴訟行為の撤回は原則として自由であるのになぜ裁判上の自白だけ禁反言が要求されるのかが説明できず妥当でない。裁判上の自白は相手方の信頼を含めて訴訟における争点縮小機能を有し、この争点縮小機能を保護することが撤回制限効の根拠と解する。そのため、撤回制限効は当事者双方を拘束する。
裁判上の自白はこのように強力な効果を及ぼすものであるから、要件は厳格に解さなければならない。要件は、@弁論としての主張であること、A事実の主張であること、B相手方の主張と一致していることと解する。この他に不利益性を要求する見解があるが、撤回制限効の根拠を争点縮小機能と解し、撤回制限効は両当事者を拘束するという自説からは、どちらかの当事者に不利益か否かは無関係だから要件とならないと解する。
「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認める」という陳述は@Bを満たす。Aについて、売買契約の締結は事実ではなく債権債務の発生原因の陳述であるからAを満たさないとも思える。しかし、このような自白であっても私的自治という根拠は当てはまり、請求の認諾(266条)さえも認められているのだから、事実の自白と同様に扱われるべきと解する。
したがって、問題の部分は裁判上の自白に当たる。
(2)主張(1)のうち、契約締結後に……本件売買契約は錯誤により無効である」という部分は、相手方の主張と両立し、相手方の主張から生じる法的効果を妨げる意義を有するから抗弁である。
(3)したがって、主張(1)は、前半が裁判上の自白、後半が抗弁という訴訟上の意味を有する。
2 主張(2)について
仮に主張(2)が真実であるとすると、本件売買契約上の実体法上の代金支払い義務を負っているのはYではなくZということになる。当事者適格(当事者として訴訟を追行し、判決の名宛人となる資格)は訴訟の結果について直接的に重要な法的利害関係を有する者に認められると考えられ、通常は売買契約においては契約に基づく実体法上の債権債務を負う者がこれに当たるから、主張(2)が真実であるならば、Yには当事者適格がない。その結果、Xの提起した訴訟は被告が存在しなくなり、明文なき訴訟係属の要件と解される二当事者対立構造を欠くため却下されることになる。
そうすると、第1回口頭弁論期日に行われた主張(1)に基づく裁判上の自白は無意味になるから、撤回されたのと同様の効果を生じる。なお、主張(1)後半の抗弁の撤回は単なる主張の変更である。
3 (2)の主張の訴訟法上の問題点
裁判上の自白には原則として前述のように争点縮小機能を根拠とした撤回制限効がある。例外的に撤回できるのは、1⃣自白が錯誤に基づき行われたこと、2⃣自白が刑事上罰すべき他人の行為によって行われたこと、3⃣相手方の同意があることに限られると解される。1⃣について、古い判例は自白内容が反真実であることが立証されれば錯誤であったことが推定されるとしているが、裁判上の自白の法的性質は意思表示と解されるから、実体法上の錯誤(民法95条)のみが要件となると解する。
本件でも1⃣2⃣3⃣のいずれかの事情がなければ主張(2)は裁判上の自白の撤回制限効により排斥されるべきである。
設問2
Zの主張はZの代表者であるYにより行われたものであるが、Yは以前にZの主張と事実上両立しない主張を行っているから、Yという同一人物による矛盾挙動と評価できる。このような主張の変更が許されるか問題となる。
訴訟において主張の変更は自由である。その理由は、実体法上の私的自治の原則からすると、訴訟上で当事者が自己の権利を主張するか放棄するかは自由であり、相手方の出方によって態度を変えることもあり得るからである。設問1で検討した裁判上の自白は、このような主張変更の自由の例外である。
本件は単なる主張の変更であり裁判上の自白に当たらない。したがって、裁判所はZの主張をそのまま採用すべきである。具体的には、Xに認否を尋ね、Xが争うのであれば主張の真偽を証拠を通じて明らかにすべきである(これは当事者適格という訴訟要件の判断であるが、本案審理と並行して行われる。)。審理の結果、Zの主張が真実であることが判明すれば、Xの訴えを却下すべきである。
この点、裁判上の自白の撤回制限効の根拠を通説のように禁反言と解するならば、本件のような矛盾挙動もまさに禁反言に触れるから、許されないとしなければ一貫しない。しかし、自説は撤回制限効の根拠を争点縮小機能の維持に置くので、そのような問題は生じない。
このような結論はXに酷とも思えるが、Xはこのような結果を避けるため、Yに対する訴えとZに対する訴えを両方提起し、弁論の併合(152条)の申立てをすることができるから、問題ない。裁判所は、本件においてかかる申立てがなされた場合には、Xの訴訟提起の煩を避けるため弁論併合の義務が生じると考えられる。 以上
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