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2016年02月06日
刑法 平成21年度第1問
甲及び乙は、路上を歩いていた際、日ごろから仲の悪いAと出会い、口論となったところ、立腹したAは甲及び乙に対し殴りかかった。甲は、この機会を利用してAに怪我を負わせてやろうと考えたが、その旨を秘し、乙に対し、「一緒に反撃しよう。」と言ったところ、乙は甲の真意を知らずに甲と共に反撃することを了承した。そして、甲は、Aの頭部を右拳で殴り付け、乙は、そばに落ちていた木の棒を拾い上げ、Aの頭部を殴り付けた結果、Aは路上に倒れこんだ。この時、現場をたまたま通りかかった丙は、既にAが路上に倒れていることを認識しながら、仲間の乙に加勢するため、自ら別の木の棒を拾い上げ、乙と共にAの頭部を多数回殴打したところ、Aは脳損傷により死亡した。なお、Aの死亡の結果がだれの行為によって生じたかは、明らかではない。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
1 乙の罪責
(1)乙はAが路上に倒れこむ前後に同人に対して木の棒で頭部を殴る暴行(人に対する物理力の行使)を加えているところ、これらを一連の行為と評価するか、倒れる以前の第一暴行とから倒れた後の第二暴行と評価するかが問題となる。行為の一個性の評価は構成要件的に重要な差異の有無を基準に決めるべきである。本件は後述のように第一暴行には正当防衛が成立していることが明らかな事案であるから、構成要件的に重要なのは正当防衛状況の連続性であり、具体的には時間的場所的連続性、侵害の継続性、防衛の意思の連続性を基準にすべきである。
本件は時間的場所的連続性と防衛の意思の連続性は認められる。そして、侵害の継続性については明らかでないから、以下場合分けして論じる。
(2)侵害が継続していた場合
Aが倒れた後もまだ甲乙に対して殴りかかる構えを見せていた等、侵害の継続性が認められる場合には、第一暴行と第二暴行はAによる急迫不正の侵害に対する一連の防衛行為とみて正当防衛の成否を検討すべきである。
本件では、Aが口論の際甲及び乙に対して殴りかかってきたから、甲及び乙の身体に対する侵害の急迫性が認められ、殴りかかる行為は身体に対する物理力の行使だから暴行罪を構成しており不正性も認められる。
「防衛するため」という文言から防衛の意思が必要と解されるが、判例は防衛行為の相当性が認められる事案で防衛の意思を否定するのは稀であるため、防衛の意思の内容としては急迫不正の侵害を認識しつつこれに対応する単純な心理状態で足り、体系的には責任阻却要件と解する。乙は甲の「一緒に反撃しよう」という言に了承して反撃したのだから、防衛の意思は認められる。
「やむを得ずにした行為」とは防衛行為の相当性を意味する。正当防衛が構成要件該当行為の違法性を阻却するのは急迫不正の侵害に対して法益を保全する利益があることに加え、正当防衛がなされることにより侵害行為の違法性が確証されることにあるのだから、緊急避難と異なり、補充性は必要ない。本件は第一行為の時点で素手のAに対して木の棒という武器を使っており武器対等の原則に反するだけでなく、第二暴行においては倒れこんでおり十分な反撃ができない状態のAに対しほぼ一方的に攻撃を加えているから、防衛行為は相当性を満たさない。
したがって、乙の一連の行為に正当防衛は成立せず、過剰防衛(36条2項)となる。過剰防衛ゆえに乙に傷害致死罪(205条)は成立するが、違法性と責任が減少するため刑が任意的に減免される。
(3)侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行が暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯と評価される。前者は後者に吸収される。207条は複数人による暴行があった場合に傷害が誰の行為によって生じたか不明なことが多く、誰にも傷害罪を問うことができない不都合性から傷害結果に至る因果関係の立証責任を転換した規定であり、この趣旨は傷害致死罪にもあてはまるから、207条は傷害致死罪にも適用されると解する。もっとも、第一暴行には正当防衛がして罪とならない。武器対等の原則に反するから過剰防衛とも思えるが、木の棒で殴るのと素手で殴るのはそれほど異質な行為とは言えず、なお防衛行為の相当性を逸脱していない。
一方、第二暴行には暴行罪の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪が成立し、前者は後者に吸収される。
最終的には傷害致死罪の共同正犯一罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)第一暴行について
Aの頭部を右拳で殴りつけた行為は暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯の構成要件該当行為と評価されるが、正当防衛が成立するため罪とならない。甲はAが殴りかかってきた際、この機会を利用してAにけがを負わせてやろうという攻撃意思を有していたが防衛の意思も有しており、防衛の意思は攻撃の意思と共存していても認められるため、正当防衛の成立は否定されない。
したがって、何らの犯罪も成立しない。
(2)第二暴行について
甲は第一行為を乙と共謀したため、乙が行った第二行為についても責任を負わないか問題となる。
ア 侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行と第二暴行はわけて考えるため、第一暴行の共謀は第二暴行に影響せず、また、甲は第二暴行について新たな共謀をしていないため、第二暴行については責任を負わない。
イ 侵害が継続していた場合
乙を実行行為者とする傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。
3 丙の罪責
(1)乙とともにAの頭部を木の棒で殴打した行為は暴行罪の単独正犯の構成要件に該当する。丙は仲間の乙に加勢するために行っているが、乙は丙に加勢を求めておらず、認識すらしていないため、「共同して」といえるか。片面的共同正犯が成立するかが問題となる。
60条が一部実行全部責任を認めたのは実行行為及び結果に対して物理的心理的因果性を及ぼしたからである。片面的共同正犯は物理的因果性を及ぼしているが心理的因果性を及ぼしていない。したがって、片面的共同正犯は認められない。
したがって、丙の行為が乙の行為と共同正犯になることはない。
(2)片面的共同正犯を肯定した場合には甲乙により行われた第一暴行について承継的共同正犯の成否が問題となるが、自説は第二暴行について乙丙の共犯関係を否定するため、承継的共同正犯の問題とはならない。
(3)(1)で検討した暴行罪の単独正犯は、207条により傷害致死罪の単独正犯となる。
最終的に、丙には傷害致死罪の単独正犯が成立する。 以上
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
1 乙の罪責
(1)乙はAが路上に倒れこむ前後に同人に対して木の棒で頭部を殴る暴行(人に対する物理力の行使)を加えているところ、これらを一連の行為と評価するか、倒れる以前の第一暴行とから倒れた後の第二暴行と評価するかが問題となる。行為の一個性の評価は構成要件的に重要な差異の有無を基準に決めるべきである。本件は後述のように第一暴行には正当防衛が成立していることが明らかな事案であるから、構成要件的に重要なのは正当防衛状況の連続性であり、具体的には時間的場所的連続性、侵害の継続性、防衛の意思の連続性を基準にすべきである。
本件は時間的場所的連続性と防衛の意思の連続性は認められる。そして、侵害の継続性については明らかでないから、以下場合分けして論じる。
(2)侵害が継続していた場合
Aが倒れた後もまだ甲乙に対して殴りかかる構えを見せていた等、侵害の継続性が認められる場合には、第一暴行と第二暴行はAによる急迫不正の侵害に対する一連の防衛行為とみて正当防衛の成否を検討すべきである。
本件では、Aが口論の際甲及び乙に対して殴りかかってきたから、甲及び乙の身体に対する侵害の急迫性が認められ、殴りかかる行為は身体に対する物理力の行使だから暴行罪を構成しており不正性も認められる。
「防衛するため」という文言から防衛の意思が必要と解されるが、判例は防衛行為の相当性が認められる事案で防衛の意思を否定するのは稀であるため、防衛の意思の内容としては急迫不正の侵害を認識しつつこれに対応する単純な心理状態で足り、体系的には責任阻却要件と解する。乙は甲の「一緒に反撃しよう」という言に了承して反撃したのだから、防衛の意思は認められる。
「やむを得ずにした行為」とは防衛行為の相当性を意味する。正当防衛が構成要件該当行為の違法性を阻却するのは急迫不正の侵害に対して法益を保全する利益があることに加え、正当防衛がなされることにより侵害行為の違法性が確証されることにあるのだから、緊急避難と異なり、補充性は必要ない。本件は第一行為の時点で素手のAに対して木の棒という武器を使っており武器対等の原則に反するだけでなく、第二暴行においては倒れこんでおり十分な反撃ができない状態のAに対しほぼ一方的に攻撃を加えているから、防衛行為は相当性を満たさない。
したがって、乙の一連の行為に正当防衛は成立せず、過剰防衛(36条2項)となる。過剰防衛ゆえに乙に傷害致死罪(205条)は成立するが、違法性と責任が減少するため刑が任意的に減免される。
(3)侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行が暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯と評価される。前者は後者に吸収される。207条は複数人による暴行があった場合に傷害が誰の行為によって生じたか不明なことが多く、誰にも傷害罪を問うことができない不都合性から傷害結果に至る因果関係の立証責任を転換した規定であり、この趣旨は傷害致死罪にもあてはまるから、207条は傷害致死罪にも適用されると解する。もっとも、第一暴行には正当防衛がして罪とならない。武器対等の原則に反するから過剰防衛とも思えるが、木の棒で殴るのと素手で殴るのはそれほど異質な行為とは言えず、なお防衛行為の相当性を逸脱していない。
一方、第二暴行には暴行罪の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪が成立し、前者は後者に吸収される。
最終的には傷害致死罪の共同正犯一罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)第一暴行について
Aの頭部を右拳で殴りつけた行為は暴行罪の共同正犯の構成要件に該当し、207条により傷害致死罪の共同正犯の構成要件該当行為と評価されるが、正当防衛が成立するため罪とならない。甲はAが殴りかかってきた際、この機会を利用してAにけがを負わせてやろうという攻撃意思を有していたが防衛の意思も有しており、防衛の意思は攻撃の意思と共存していても認められるため、正当防衛の成立は否定されない。
したがって、何らの犯罪も成立しない。
(2)第二暴行について
甲は第一行為を乙と共謀したため、乙が行った第二行為についても責任を負わないか問題となる。
ア 侵害が継続していなかった場合
この場合は第一暴行と第二暴行はわけて考えるため、第一暴行の共謀は第二暴行に影響せず、また、甲は第二暴行について新たな共謀をしていないため、第二暴行については責任を負わない。
イ 侵害が継続していた場合
乙を実行行為者とする傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。
3 丙の罪責
(1)乙とともにAの頭部を木の棒で殴打した行為は暴行罪の単独正犯の構成要件に該当する。丙は仲間の乙に加勢するために行っているが、乙は丙に加勢を求めておらず、認識すらしていないため、「共同して」といえるか。片面的共同正犯が成立するかが問題となる。
60条が一部実行全部責任を認めたのは実行行為及び結果に対して物理的心理的因果性を及ぼしたからである。片面的共同正犯は物理的因果性を及ぼしているが心理的因果性を及ぼしていない。したがって、片面的共同正犯は認められない。
したがって、丙の行為が乙の行為と共同正犯になることはない。
(2)片面的共同正犯を肯定した場合には甲乙により行われた第一暴行について承継的共同正犯の成否が問題となるが、自説は第二暴行について乙丙の共犯関係を否定するため、承継的共同正犯の問題とはならない。
(3)(1)で検討した暴行罪の単独正犯は、207条により傷害致死罪の単独正犯となる。
最終的に、丙には傷害致死罪の単独正犯が成立する。 以上
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刑法 平成20年度第2問
1 甲及び乙がXからY所有の指輪を盗んだ行為に窃盗罪の共同正犯の成否を検討する(60条、235条)。
(1) Xの占有するY所有の指輪が「他人の物」の要件を満たすか。窃盗罪の保護法益は本権ではなく、一応適法な外観を有する占有と解する。なぜならそれらの財産秩序も保護に値するからである。Xの指輪の占有は一応適法な外観を有している。したがって「他人の物」に当たる。
(2) もっとも、甲及び乙はYの「直系血族」(244条1項)であるから、刑が「免除」されるか。「直系血族」に範囲及び「免除」の意義が問題となる。
同条は、法は家庭に入らずという観点から政策的な規定と解する。したがって「免除」とは一審的処罰阻却事由を定めたものと解する。そして、一審的処罰阻却という政策的効果を生じさせるためには「直系血族」の範囲は所有者と占有者の両方との間に存在することが必要と解する。
甲は、X及びYの子であるから、両方との間に「直系血族」の関係がある。したがって、甲には窃盗罪の共同正犯が成立するが、刑が免除される。
一方、乙はXの子であるが、Yとは親族関係がなく、244条1項は適用されない。
この点、乙は指輪の所有権がXにあると誤信しており、錯誤の問題になるとも思えるが、前述のとおり244条は政策的な一審処罰阻却事由を定めた規定であるから、この点の錯誤は故意(38条1項)の存否には無関係であり、錯誤の問題にはならない。
したがって、乙には窃盗罪の共同正犯が成立する。
2 乙が甲に指輪を売却し代金を引き渡すよう命じた行為は、X及びYとの関係では甲及び乙の犯した窃盗罪の不可罰的事後行為であり、また、後述のように丙に対する罪ともならないから、独自の犯罪を構成しない。
3 甲が丙に対し、盗品であることを秘して指輪を売却した行為は、X及びYとの関係では不可罰的事後行為であり、何らの犯罪も構成しない。
丙に対する詐欺罪とならないか問題となるも、盗品であることを告げる告知義務は認められないから、不作為による欺罔行為が認定できず、詐欺罪を構成しない。
4 丙が時価100万円の価値があることを秘して10万円で指輪を買った行為に詐欺罪の成否を検討する(246条1項)。
(1)詐欺罪の保護法益は財物及びその交付目的と解する。そのため「欺いて」といえるためには交付の基礎となる重要な事実を偽ることが必要である。そして重要な事実か否かは売り手と買い手の能力によって具体的に判断すべきである。
本問では古物商という専門家の立場の丙が提示した指輪の価値は真実の価値の10分の1であり素人の売り手甲とすればその欺罔がなければ売らなかったであろう重要な事実を偽っていると言える。
したがって、丙の行為は「欺いて」に当たる。
(2)甲は上記欺罔により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為により、真正な価値との差額である90万円の財産的損害を受けたと言える。
(3)もっとも、指輪は盗品であり、甲には民法上の返還請求権がないが、前述のように詐欺罪の保護法益は財物の交付目的でもあり、丙は甲の交付目的を害したのであるから、犯罪を成立させることに問題はない。
(4)したがって、丙の行為に詐欺罪が成立する。
5 丙の同行為に盗品有償譲受罪(256条2項)が成立しないか問題となるも、甲と丙に盗品有償譲受けの意思疎通が欠けており、したがって本犯助長性が認められないから同罪は構成しない。
6 甲が売却代金である10万円を自ら費消した行為に委託物横領罪(252条1項)は成立しない。なぜなら、同罪の保護法益は所有権及び委託関係であり、乙と甲との間には保護に値する委託関係が存在しないからである。
7 結論
(1) 甲には窃盗罪の共同正犯が成立するが、刑が免除される。
(2) 乙には窃盗罪の共同正犯が成立する。
(3) 丙には詐欺罪が成立する。 以上
(1) Xの占有するY所有の指輪が「他人の物」の要件を満たすか。窃盗罪の保護法益は本権ではなく、一応適法な外観を有する占有と解する。なぜならそれらの財産秩序も保護に値するからである。Xの指輪の占有は一応適法な外観を有している。したがって「他人の物」に当たる。
(2) もっとも、甲及び乙はYの「直系血族」(244条1項)であるから、刑が「免除」されるか。「直系血族」に範囲及び「免除」の意義が問題となる。
同条は、法は家庭に入らずという観点から政策的な規定と解する。したがって「免除」とは一審的処罰阻却事由を定めたものと解する。そして、一審的処罰阻却という政策的効果を生じさせるためには「直系血族」の範囲は所有者と占有者の両方との間に存在することが必要と解する。
甲は、X及びYの子であるから、両方との間に「直系血族」の関係がある。したがって、甲には窃盗罪の共同正犯が成立するが、刑が免除される。
一方、乙はXの子であるが、Yとは親族関係がなく、244条1項は適用されない。
この点、乙は指輪の所有権がXにあると誤信しており、錯誤の問題になるとも思えるが、前述のとおり244条は政策的な一審処罰阻却事由を定めた規定であるから、この点の錯誤は故意(38条1項)の存否には無関係であり、錯誤の問題にはならない。
したがって、乙には窃盗罪の共同正犯が成立する。
2 乙が甲に指輪を売却し代金を引き渡すよう命じた行為は、X及びYとの関係では甲及び乙の犯した窃盗罪の不可罰的事後行為であり、また、後述のように丙に対する罪ともならないから、独自の犯罪を構成しない。
3 甲が丙に対し、盗品であることを秘して指輪を売却した行為は、X及びYとの関係では不可罰的事後行為であり、何らの犯罪も構成しない。
丙に対する詐欺罪とならないか問題となるも、盗品であることを告げる告知義務は認められないから、不作為による欺罔行為が認定できず、詐欺罪を構成しない。
4 丙が時価100万円の価値があることを秘して10万円で指輪を買った行為に詐欺罪の成否を検討する(246条1項)。
(1)詐欺罪の保護法益は財物及びその交付目的と解する。そのため「欺いて」といえるためには交付の基礎となる重要な事実を偽ることが必要である。そして重要な事実か否かは売り手と買い手の能力によって具体的に判断すべきである。
本問では古物商という専門家の立場の丙が提示した指輪の価値は真実の価値の10分の1であり素人の売り手甲とすればその欺罔がなければ売らなかったであろう重要な事実を偽っていると言える。
したがって、丙の行為は「欺いて」に当たる。
(2)甲は上記欺罔により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為により、真正な価値との差額である90万円の財産的損害を受けたと言える。
(3)もっとも、指輪は盗品であり、甲には民法上の返還請求権がないが、前述のように詐欺罪の保護法益は財物の交付目的でもあり、丙は甲の交付目的を害したのであるから、犯罪を成立させることに問題はない。
(4)したがって、丙の行為に詐欺罪が成立する。
5 丙の同行為に盗品有償譲受罪(256条2項)が成立しないか問題となるも、甲と丙に盗品有償譲受けの意思疎通が欠けており、したがって本犯助長性が認められないから同罪は構成しない。
6 甲が売却代金である10万円を自ら費消した行為に委託物横領罪(252条1項)は成立しない。なぜなら、同罪の保護法益は所有権及び委託関係であり、乙と甲との間には保護に値する委託関係が存在しないからである。
7 結論
(1) 甲には窃盗罪の共同正犯が成立するが、刑が免除される。
(2) 乙には窃盗罪の共同正犯が成立する。
(3) 丙には詐欺罪が成立する。 以上
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刑法 平成20年度第1問
問題文
甲は、甲の母X、妻乙及び甲の友人の子である大学生丙と共に暮らしていた。以下略
回答
1 乙の罪責
乙がXを殴打して死亡させた行為に殺人罪(199条)の成否を検討する。
(1)頭部という身体の枢要部をゴルフクラブという凶器で数回殴打する行為は死の結果発生の現実的危険を有するから殺人罪の実行行為に当たる。結果は発生している。
(2)問題は因果関係である。本件は乙の実行行為の後で丙の故意行為が介在しているから、第三者の故意行為が介在した場合の因果関係の判断基準が問題となる。
刑法上の因果関係を相当因果関係と解する説があるが、何を判断基底とするかの難点がある。折衷的相当因果関係説は客観的であるべき因果関係に主観的要素を取り込む点で妥当でなく、客観的相当因果関係説は事後的客観的に判断して相当性が否定される場合は著しく限定されると考えられ、いずれも妥当でない。因果関係は行為の危険が結果に現実化したかの判断である。そして、第三者の故意行為が介在した場合には、死の直接的原因が実行行為である場合には行為の危険が現実化したと言え、死の直接的原因が介在行為である場合には、介在行為が生じる可能性が要件となると解する。判例も、第三者の暴行によって式が早められた事例では死の直接的原因が行為者の行為にあったため因果関係を認めている一方、死の直接的原因が行為者の行為か第三者の行為か不明で、走行中の車のボンネットから被害者を引きずり下ろすという第三者の故意行為が生じる可能性がない事例で因果関係を否定しており、上記と同じ判断基準であると解する。
本件では、死因は治療がなされなかったことによる失血死であるため、後に検討する第三者丙の故意行為から結果が発生した場合に分類されるとも思える。しかし、失血死の原因となった傷害は乙の実行行為によるものであるから、むしろ上記の因果関係を認めた判例に近い事例であり、死の直接的原因は行為者によって作られたものである。そして、失血死はゴルフクラブでの頭部殴打という行為の危険が現実化したものと言える。
したがって、因果関係は認められる。
(3)以上より、乙に殺人罪が成立する。
2 甲及び丙の罪責
甲及び丙がXを病院前に放置し、結果的に死亡させた行為に保護責任者遺棄致死罪及び単純遺棄致死罪(いずれも219条)の共同正犯(60条)の成否を検討する。
(1)まず基本犯である甲の保護責任者遺棄罪(218条)と丙の単純遺棄罪(217条)の共同正犯(60条)の成否を検討する。
ア 前提として「共同して」(60条)とは何を共同するのかの問題がある。行為を共同するという説を採用すると完全に異なる構成要件間でも共同正犯が成立することになるが、共犯であっても構成要件の限定を受けるべきだから妥当でない。「共同して」とは犯罪を共同することであり、構成要件が重なり合う範囲では異なる構成要件間でも共同正犯となると解する(部分的犯罪共同説)。判例も殺人罪と保護責任者遺棄罪で共同正犯を認めており、同じ見解と考える。
本件では、保護責任者遺棄罪と単純遺棄罪とは保護責任者という加重身分の有無が異なるだけで、被害者の生命及び身体に対する抽象的危険犯という遺棄罪の性質は同じであるから、構成要件的に重なり合っている。
したがって、両罪の共同正犯は成立しうる。
イ 実行共同正犯の成立要件は、@共同行為、A正犯意思、B共同行為と結果の間の因果性である。
本件では@甲と丙はXを車から降ろして病院の前の路上に寝かせて立ち去り、一緒に自宅に戻るという共同行為をしている。この行為は作為による移置であるから「遺棄」(217条、218条)に当たる(218条の遺棄は置き去りも含むと解する)。また、Xは傷害を負ってぐったりしており「保護を必要とする者」(217条)ないし「身体障害者」(218条)に当たる。そして、甲はXの夫であるから扶養義務(民法877条1項)があり、保護責任者(218条)に当たるが、丙は同居する大学生に過ぎず、保護責任者ではない。以上より、甲は218条、丙は217条の実行行為を共同している。
A甲及び丙は自分たちが疑われるのを防ぐという利己的目的があり正犯意思がある。
B上記共同行為によってXの生命は危険にさらされたといえる。
ウ したがって、上記行為に甲の保護責任者遺棄罪と丙の単純遺棄罪の共同正犯が成立する。
(2)では219条の共同正犯は成立するか。
ア 結果的加重犯の共同正犯の成立要件は、結果的加重犯自体の成立要件が加重結果に過失は不要とされていることから、共同正犯でも過失は不要であり、共同行為と加重結果との間の因果関係で足りると解する。
イ まず、甲の行為と致死の結果に因果関係はあるか。本件は後に検討する丙の故意行為が介在している。第三者の故意行為が介在する場合の因果関係の判断基準は前述のとおりである。以下本件について検討する。
死の直接的原因は、先行する乙の殴打行為は実行行為前の出来事なので除いて考えると、丙の介在行為である。病院の前に放置して誰かの助けを待つという行為を共同し自宅に戻った者が、もう一度現場に戻って被害者を人目につかない場所に運ぶことは実行行為から誘発されたものとは言えず、生じる可能性はないと言える。そのため、致死の結果に因果関係は認められない。
ウ 次に、丙の行為と死亡との因果関係は、行為者の故意行為の介在事例で、介在行為によって死の原因がもたらされた場合である。この場合には先行行為が介在行為を生じさせる蓋然性・可能性が要件となり、判断規定は行為者の認識を考慮せずに客観的に行うべきと解する。そうすると、本件では先に検討したように先行行為が介在行為を生じさせる蓋然性・可能性は客観的にはない。
(3)したがって、甲には保護責任者遺棄罪が成立するのみであり、丙には単純遺棄罪が成立する。そして、構成要件が重なり合う範囲で単純遺棄罪の共同正犯となる。
3 丙の罪責
丙が、頭から血を流してぐったりしているXを病院前から人目につかない植え込みの陰に運び、その場に放置して立ち去る行為には殺人罪(199条)が成立する。単純遺棄罪の保護法益は生命及び身体への抽象的危険なので、殺人罪とは法益が同じである。そのため、単純遺棄罪は殺人罪に吸収されると解する。
4 結論
甲に保護責任者遺棄罪、乙に殺人罪、丙に殺人罪が成立する。 以上
甲は、甲の母X、妻乙及び甲の友人の子である大学生丙と共に暮らしていた。以下略
回答
1 乙の罪責
乙がXを殴打して死亡させた行為に殺人罪(199条)の成否を検討する。
(1)頭部という身体の枢要部をゴルフクラブという凶器で数回殴打する行為は死の結果発生の現実的危険を有するから殺人罪の実行行為に当たる。結果は発生している。
(2)問題は因果関係である。本件は乙の実行行為の後で丙の故意行為が介在しているから、第三者の故意行為が介在した場合の因果関係の判断基準が問題となる。
刑法上の因果関係を相当因果関係と解する説があるが、何を判断基底とするかの難点がある。折衷的相当因果関係説は客観的であるべき因果関係に主観的要素を取り込む点で妥当でなく、客観的相当因果関係説は事後的客観的に判断して相当性が否定される場合は著しく限定されると考えられ、いずれも妥当でない。因果関係は行為の危険が結果に現実化したかの判断である。そして、第三者の故意行為が介在した場合には、死の直接的原因が実行行為である場合には行為の危険が現実化したと言え、死の直接的原因が介在行為である場合には、介在行為が生じる可能性が要件となると解する。判例も、第三者の暴行によって式が早められた事例では死の直接的原因が行為者の行為にあったため因果関係を認めている一方、死の直接的原因が行為者の行為か第三者の行為か不明で、走行中の車のボンネットから被害者を引きずり下ろすという第三者の故意行為が生じる可能性がない事例で因果関係を否定しており、上記と同じ判断基準であると解する。
本件では、死因は治療がなされなかったことによる失血死であるため、後に検討する第三者丙の故意行為から結果が発生した場合に分類されるとも思える。しかし、失血死の原因となった傷害は乙の実行行為によるものであるから、むしろ上記の因果関係を認めた判例に近い事例であり、死の直接的原因は行為者によって作られたものである。そして、失血死はゴルフクラブでの頭部殴打という行為の危険が現実化したものと言える。
したがって、因果関係は認められる。
(3)以上より、乙に殺人罪が成立する。
2 甲及び丙の罪責
甲及び丙がXを病院前に放置し、結果的に死亡させた行為に保護責任者遺棄致死罪及び単純遺棄致死罪(いずれも219条)の共同正犯(60条)の成否を検討する。
(1)まず基本犯である甲の保護責任者遺棄罪(218条)と丙の単純遺棄罪(217条)の共同正犯(60条)の成否を検討する。
ア 前提として「共同して」(60条)とは何を共同するのかの問題がある。行為を共同するという説を採用すると完全に異なる構成要件間でも共同正犯が成立することになるが、共犯であっても構成要件の限定を受けるべきだから妥当でない。「共同して」とは犯罪を共同することであり、構成要件が重なり合う範囲では異なる構成要件間でも共同正犯となると解する(部分的犯罪共同説)。判例も殺人罪と保護責任者遺棄罪で共同正犯を認めており、同じ見解と考える。
本件では、保護責任者遺棄罪と単純遺棄罪とは保護責任者という加重身分の有無が異なるだけで、被害者の生命及び身体に対する抽象的危険犯という遺棄罪の性質は同じであるから、構成要件的に重なり合っている。
したがって、両罪の共同正犯は成立しうる。
イ 実行共同正犯の成立要件は、@共同行為、A正犯意思、B共同行為と結果の間の因果性である。
本件では@甲と丙はXを車から降ろして病院の前の路上に寝かせて立ち去り、一緒に自宅に戻るという共同行為をしている。この行為は作為による移置であるから「遺棄」(217条、218条)に当たる(218条の遺棄は置き去りも含むと解する)。また、Xは傷害を負ってぐったりしており「保護を必要とする者」(217条)ないし「身体障害者」(218条)に当たる。そして、甲はXの夫であるから扶養義務(民法877条1項)があり、保護責任者(218条)に当たるが、丙は同居する大学生に過ぎず、保護責任者ではない。以上より、甲は218条、丙は217条の実行行為を共同している。
A甲及び丙は自分たちが疑われるのを防ぐという利己的目的があり正犯意思がある。
B上記共同行為によってXの生命は危険にさらされたといえる。
ウ したがって、上記行為に甲の保護責任者遺棄罪と丙の単純遺棄罪の共同正犯が成立する。
(2)では219条の共同正犯は成立するか。
ア 結果的加重犯の共同正犯の成立要件は、結果的加重犯自体の成立要件が加重結果に過失は不要とされていることから、共同正犯でも過失は不要であり、共同行為と加重結果との間の因果関係で足りると解する。
イ まず、甲の行為と致死の結果に因果関係はあるか。本件は後に検討する丙の故意行為が介在している。第三者の故意行為が介在する場合の因果関係の判断基準は前述のとおりである。以下本件について検討する。
死の直接的原因は、先行する乙の殴打行為は実行行為前の出来事なので除いて考えると、丙の介在行為である。病院の前に放置して誰かの助けを待つという行為を共同し自宅に戻った者が、もう一度現場に戻って被害者を人目につかない場所に運ぶことは実行行為から誘発されたものとは言えず、生じる可能性はないと言える。そのため、致死の結果に因果関係は認められない。
ウ 次に、丙の行為と死亡との因果関係は、行為者の故意行為の介在事例で、介在行為によって死の原因がもたらされた場合である。この場合には先行行為が介在行為を生じさせる蓋然性・可能性が要件となり、判断規定は行為者の認識を考慮せずに客観的に行うべきと解する。そうすると、本件では先に検討したように先行行為が介在行為を生じさせる蓋然性・可能性は客観的にはない。
(3)したがって、甲には保護責任者遺棄罪が成立するのみであり、丙には単純遺棄罪が成立する。そして、構成要件が重なり合う範囲で単純遺棄罪の共同正犯となる。
3 丙の罪責
丙が、頭から血を流してぐったりしているXを病院前から人目につかない植え込みの陰に運び、その場に放置して立ち去る行為には殺人罪(199条)が成立する。単純遺棄罪の保護法益は生命及び身体への抽象的危険なので、殺人罪とは法益が同じである。そのため、単純遺棄罪は殺人罪に吸収されると解する。
4 結論
甲に保護責任者遺棄罪、乙に殺人罪、丙に殺人罪が成立する。 以上
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2016年02月05日
刑法 平成19年度第1問
問題文
甲、乙及び丙は、事故死を装ってXを殺害しようと考え、丙がXを人気のない港に呼び出し、3名でXに薬剤をかがせて昏睡させ、昏睡したXを海中に投棄して殺害することを話し合って決めた。そこで、丙は、Xに電話をかけ、港に来るよう告げたところ、Xはこれを了承した。その後、丙は、このまま計画に関与し続けることが怖くなったので、甲に対し、電話で「待ち合わせ場所には行きません。」と言ったところ、甲は、「何を言っているんだ。すぐこい。」と答えた。しかし、丙が待ち合わせ場所である港に現れなかったので、甲及び丙は、もう丙は来ないものと思い、待ち合わせ場所に現れたXに薬剤をかがせ昏睡させた。乙は、動かなくなったXを見て、かわいそうになり、甲にX殺害を思いとどまるよう懇請した。これを聞いて激怒した甲は、乙を殴ったところ、乙は転倒し、頭を打って気絶した。その後、甲は、Xを溺死させようと岸壁から海中に投棄した。なお、後日判明したところによれば、Xは、乙が懇請した時には、薬剤の作用により既に死亡していた。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 甲、乙及び丙がXを殺害した行為に殺人罪の共同正犯が成立するか(60条、199条)。丙は実行行為を行っていないため共謀共同正犯を認めるべきかが問題となる。
共同正犯を含む共犯の処罰根拠は実行行為及び結果に因果性を及ぼした点にある(因果共犯論)。そして、実行行為に加わらなくても共謀をすれば実行行為者に対して心理的因果性を加えることができるため、共謀共同正犯は認められる。
そして、共謀は主要事実として厳格な証明を要するが、必ずしも謀議行為の立証でなくても、意思の連絡に加え正犯性を基礎づける事情が立証されれば足りると解する。
甲、乙及び丙は3名でXに薬剤をかがせて昏睡させ、昏睡したXを海中に投棄して殺害することを話し合って決めるという謀議行為を行っているので、殺人罪の共謀が認められる。
2 丙は共謀後に計画に関与し続けるのが怖くなり実行行為を行わなかったため、共犯からの離脱が認められるか。離脱の要件が明文なく問題となる。
前述のように共犯の処罰根拠が実行行為及び結果に与えた因果性であるから、共犯からの離脱の有無は因果性の有無により判断すべきである。実行着手前は離脱の表明と共犯者の了承、着手後はそれに加えて結果不発生のための措置を取ることを要件とする見解は、それらの行為を行えば因果性の遮断が認められやすいことを示したにとどまり、絶対的な指標ではないと考える。
本件では、丙は甲に対して電話で離脱の意思表明をしており、甲は了承しなかったものの、実際に甲及び乙は丙が犯行現場に現れなかったことから、もう丙はこないものと思って実行行為に及んでおり、丙が加えていた心理的因果性の遮断は認め得る。しかし、丙は共謀通りXに電話をかけてXを計画上の犯行現場である港に呼び出しており、実行行為及び結果の危険発生に至る物理的因果性を自ら設定している。この因果の流れを遮断するためにはXを港に来させなくする措置が必要であったところ、丙は単に電話で甲に対して離脱の意思を表明しただけである。そのため、物理的因果性は遮断されていない。
したがって、丙に共犯からの離脱は認められない。
3 甲及び乙がXに薬剤をかがせ、甲がXを海中に投棄した行為に殺人罪の実行の着手および薬剤をかがせた時点で殺人罪の故意が認められるか。Xは計画通り海中投棄によって死亡したのではなく、薬剤をかぐことにより死亡しているから問題となる。
(1)実行の着手について
薬剤をかがせた行為(先行行為)に実行の着手が認められるか否かについては、海中投棄(後行行為)を行うという計画を含めて行為の一個性が認められるか否かによって判断できる。そして、行為の一個性の判断は、先行行為の必要不可欠性、先行行為の後に後行行為を行いにくくなる特段の事情の有無、両行為間の時間的場所的近接性等の事情を考慮し、先行行為が後行行為と密接な関係にあり、先行行為の時点で結果発生の現実的危険があるか否かによって判断するのが判例である。
本件は、先行行為はXの抵抗を排して後行行為を行うために必要不可欠であり、先行行為が行われさえすれば後行行為を行いにくくなる特段の事情はなく、両行為間は時間的場所的に近接している。そのため、先行行為は後行行為と密接な関係にあり、先行行為の時点でXが死亡する結果発生の現実的危険性が認められる。
したがって、先行行為に殺人罪の実行の着手が認められる。
(2)故意について
行為の一個性が認められた以上先行行為の時点での故意(結果発生の認識・予見)は認めてよい。本件でもXに薬剤をかがせた時点でX殺害の故意は認められる。
3 しかし、甲及び乙は海中投棄による殺害を認識していたのに薬剤をかがせる行為で構成要件が実現しているから、因果関係の錯誤が故意を阻却しないかが問題となる。
因果関係も構成要件要素であるから故意の対象となると考える。
そして、因果関係の錯誤は行為者の認識した因果経過と現実の因果経過の齟齬が相当因果関係の範囲内であれば故意を阻却しないと解する。相当性の判断基底は、錯誤が故意という行為者の認識の問題である以上、行為者の計画を基準とすべきと考える。
本件は、薬剤をかがせて海中投棄するという一連の行為を認識していた甲及び乙にとって、薬剤の作用により結果発生するか海中投棄により結果発生するかはいずれもありうることであり、相当因果関係の範囲内と言える。
したがって、因果関係の錯誤は故意を阻却しない。
4 乙は薬剤をかがせた後に動かなくなったXをみてかわいそうになり、甲に殺害をおも思いとどまるよう懇請しているが、この行為により共犯からの離脱あるいは中止未遂(43条但書)が認められるかが問題となり得る。
しかし、薬剤をかがせた行為により既にXの死亡という既遂結果は発生しているため、共犯からの離脱も中止未遂も認められない。
5 甲が乙を殴って気絶させた行為は乙の生理的機能を害しているから傷害罪(204条)が成立する。 以上
甲、乙及び丙は、事故死を装ってXを殺害しようと考え、丙がXを人気のない港に呼び出し、3名でXに薬剤をかがせて昏睡させ、昏睡したXを海中に投棄して殺害することを話し合って決めた。そこで、丙は、Xに電話をかけ、港に来るよう告げたところ、Xはこれを了承した。その後、丙は、このまま計画に関与し続けることが怖くなったので、甲に対し、電話で「待ち合わせ場所には行きません。」と言ったところ、甲は、「何を言っているんだ。すぐこい。」と答えた。しかし、丙が待ち合わせ場所である港に現れなかったので、甲及び丙は、もう丙は来ないものと思い、待ち合わせ場所に現れたXに薬剤をかがせ昏睡させた。乙は、動かなくなったXを見て、かわいそうになり、甲にX殺害を思いとどまるよう懇請した。これを聞いて激怒した甲は、乙を殴ったところ、乙は転倒し、頭を打って気絶した。その後、甲は、Xを溺死させようと岸壁から海中に投棄した。なお、後日判明したところによれば、Xは、乙が懇請した時には、薬剤の作用により既に死亡していた。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 甲、乙及び丙がXを殺害した行為に殺人罪の共同正犯が成立するか(60条、199条)。丙は実行行為を行っていないため共謀共同正犯を認めるべきかが問題となる。
共同正犯を含む共犯の処罰根拠は実行行為及び結果に因果性を及ぼした点にある(因果共犯論)。そして、実行行為に加わらなくても共謀をすれば実行行為者に対して心理的因果性を加えることができるため、共謀共同正犯は認められる。
そして、共謀は主要事実として厳格な証明を要するが、必ずしも謀議行為の立証でなくても、意思の連絡に加え正犯性を基礎づける事情が立証されれば足りると解する。
甲、乙及び丙は3名でXに薬剤をかがせて昏睡させ、昏睡したXを海中に投棄して殺害することを話し合って決めるという謀議行為を行っているので、殺人罪の共謀が認められる。
2 丙は共謀後に計画に関与し続けるのが怖くなり実行行為を行わなかったため、共犯からの離脱が認められるか。離脱の要件が明文なく問題となる。
前述のように共犯の処罰根拠が実行行為及び結果に与えた因果性であるから、共犯からの離脱の有無は因果性の有無により判断すべきである。実行着手前は離脱の表明と共犯者の了承、着手後はそれに加えて結果不発生のための措置を取ることを要件とする見解は、それらの行為を行えば因果性の遮断が認められやすいことを示したにとどまり、絶対的な指標ではないと考える。
本件では、丙は甲に対して電話で離脱の意思表明をしており、甲は了承しなかったものの、実際に甲及び乙は丙が犯行現場に現れなかったことから、もう丙はこないものと思って実行行為に及んでおり、丙が加えていた心理的因果性の遮断は認め得る。しかし、丙は共謀通りXに電話をかけてXを計画上の犯行現場である港に呼び出しており、実行行為及び結果の危険発生に至る物理的因果性を自ら設定している。この因果の流れを遮断するためにはXを港に来させなくする措置が必要であったところ、丙は単に電話で甲に対して離脱の意思を表明しただけである。そのため、物理的因果性は遮断されていない。
したがって、丙に共犯からの離脱は認められない。
3 甲及び乙がXに薬剤をかがせ、甲がXを海中に投棄した行為に殺人罪の実行の着手および薬剤をかがせた時点で殺人罪の故意が認められるか。Xは計画通り海中投棄によって死亡したのではなく、薬剤をかぐことにより死亡しているから問題となる。
(1)実行の着手について
薬剤をかがせた行為(先行行為)に実行の着手が認められるか否かについては、海中投棄(後行行為)を行うという計画を含めて行為の一個性が認められるか否かによって判断できる。そして、行為の一個性の判断は、先行行為の必要不可欠性、先行行為の後に後行行為を行いにくくなる特段の事情の有無、両行為間の時間的場所的近接性等の事情を考慮し、先行行為が後行行為と密接な関係にあり、先行行為の時点で結果発生の現実的危険があるか否かによって判断するのが判例である。
本件は、先行行為はXの抵抗を排して後行行為を行うために必要不可欠であり、先行行為が行われさえすれば後行行為を行いにくくなる特段の事情はなく、両行為間は時間的場所的に近接している。そのため、先行行為は後行行為と密接な関係にあり、先行行為の時点でXが死亡する結果発生の現実的危険性が認められる。
したがって、先行行為に殺人罪の実行の着手が認められる。
(2)故意について
行為の一個性が認められた以上先行行為の時点での故意(結果発生の認識・予見)は認めてよい。本件でもXに薬剤をかがせた時点でX殺害の故意は認められる。
3 しかし、甲及び乙は海中投棄による殺害を認識していたのに薬剤をかがせる行為で構成要件が実現しているから、因果関係の錯誤が故意を阻却しないかが問題となる。
因果関係も構成要件要素であるから故意の対象となると考える。
そして、因果関係の錯誤は行為者の認識した因果経過と現実の因果経過の齟齬が相当因果関係の範囲内であれば故意を阻却しないと解する。相当性の判断基底は、錯誤が故意という行為者の認識の問題である以上、行為者の計画を基準とすべきと考える。
本件は、薬剤をかがせて海中投棄するという一連の行為を認識していた甲及び乙にとって、薬剤の作用により結果発生するか海中投棄により結果発生するかはいずれもありうることであり、相当因果関係の範囲内と言える。
したがって、因果関係の錯誤は故意を阻却しない。
4 乙は薬剤をかがせた後に動かなくなったXをみてかわいそうになり、甲に殺害をおも思いとどまるよう懇請しているが、この行為により共犯からの離脱あるいは中止未遂(43条但書)が認められるかが問題となり得る。
しかし、薬剤をかがせた行為により既にXの死亡という既遂結果は発生しているため、共犯からの離脱も中止未遂も認められない。
5 甲が乙を殴って気絶させた行為は乙の生理的機能を害しているから傷害罪(204条)が成立する。 以上
刑法 平成19年度第2問
問題文
甲は、交番で勤務する警察官Xに恨みを抱いていたことから、Xを困らせるため、Xが仕事で使っている物を交番から持ち出し、仕事に支障を生じさせようと考えた。そこで、甲は、Xが勤務する交番に行き、制帽を脱いで業務日誌を書いているXに対し、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」とうそを言った。これを信じたXは、制帽と業務日誌を机の上に置いたまま、事故現場に急行するため慌てて交番から出て行ったので、甲は、翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで、交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出し、自宅に持ち帰った。
その日の夜、甲は、知人の乙と会い、「警察官を困らせるために交番から制帽と業務日誌を持ち出してきたが、もういいから、明日こっそり交番に返しておいてくれ。」と言ったところ、乙が、甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」といったので、甲は、業務日誌だけを乙に渡し、制帽については、Xに返すのをやめ、後に売るために自宅に保管しておくことにした。翌日、乙は、この業務日誌をもって交番に向かったが、その途中、このまま返すのが惜しくなり、この機会にXに金を出させようと思った。そこで、乙は、交番に着くと、Xに対し、「この業務日誌を拾った。マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と言ったが、Xは、これに応じなかった。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 甲の罪責
(1)Xに対し嘘を言って交番から出て行かせた行為は公務の執行を妨害しているが、暴行又は脅迫によるものではないため、公務執行妨害罪(95条1項)は成立しない。同行為に偽計業務妨害罪(233条)が成立するか検討する。
「業務」とは社会生活上の地位に基づき継続して行う事務を言うが、公務がこれに含まれるか問題となる。公務は暴行又は脅迫という限られた妨害手段に対してのみ保護されている(95条1項)のに対し、業務はそれ以外の緩やかな妨害手段から広く保護している。その根拠は、前述の「業務」の意義からは公務も業務に含まれるが、強制力を行使する権力的公務については業務妨害罪による保護が必要ないということと解する。
警察は強制力を行使する権力的公務である。
したがって、甲の行為に偽計業務妨害罪は成立しない。
(2)交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出した行為に詐欺罪(236条1項)は成立しない。なぜなら、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」という欺罔行為は交付に向けられていないからである。そこで、同行為に窃盗罪(235条)の成否を検討する。
ア 制帽も業務日誌もXが所有する有体物だから「他人の財物」に当たる。
イ 「窃取」とは占有を移転させることであり、甲は制帽と業務日誌を持ち出しているからこの要件を満たす。
ウ 以上の故意(38条1項)のほかに、窃盗罪は財産罪であるから不法領得の意思が書かれざる要件として必要である。その内容は、不可罰的な使用窃盗との区別のための@権利者排除意思と、毀棄罪との区別のためのA経済的利用処分意思である。本件では、甲は翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで持ち出しているから@を欠くようにも思えるが、制帽と業務日誌は一般人に貸し借りできない性質の物だから、@は認められると考える。しかし、甲はXを困らせるためにそれらを持ち出しているから、Aが欠ける。よって不法領得の意思が認められない。
エ したがって、窃盗罪は成立しない。
(3)制帽を持ち出した行為はXの制帽の効用を害する行為だから器物損壊罪(261条)が成立する。
(4)業務日誌は警察官Xという「公務員」(7条1項)が交番という「公務所」(7条2項)で使う文書だから「公務所の用に供する文書」(258条)に当たる。そして同条の「毀棄」は隠匿を含むところ、甲の持ち出し行為は隠匿に当たる。したがって、業務日誌を持ち出した行為には公用文書毀棄罪(258条)が成立する。
(5)乙に対し、制帽と業務日誌を交番に返すよう言った行為に盗品運搬罪の共同正犯(60条、256条2項)の成否を検討する。
ア 被害者の下へ届ける行為が「運搬」に当たるのかが問題となる。そもそも256条の保護法益は主に被害者の盗品に対する追求権だが、運搬者等が本犯を助長した点も処罰根拠となっていると解する。違法状態を維持する点が保護法益だという見解は、本犯者が保管していても違法状態が維持されているため保管罪が成立しかねず、説明として妥当でない。被害者の下へ運ぶ行為は追求権を害することはないが、本犯を助長する点は被害者の下以外へ運ぶ行為と異ならない。したがって、被害者の下へ運ぶ行為にも盗品運搬罪は成立すると解する。
イ 甲が乙に頼んだ行為は「共同」の要件たる共謀に当たる。そして、乙は共謀に基づき業務日誌についてXの下へ運んでいる。この運ぶ行為は「運搬」(256条2項)に当たる。
ウ しかし、盗品運搬罪は「盗品」の運搬について成立するところ、業務日誌は公文書毀棄罪によって占有されているにすぎず、「盗品」ではない。
ウ したがって、業務日誌について盗品運搬罪の共同正犯は成立しない。
(6)後で制帽を売るために制帽を自宅に保管した行為に盗品保管罪(256条2項)が成立する。甲は乙に「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言われて保管することを決意したのであり、この時点で不法領得の意思が認められるからである。
(7)罪数
@器物損壊罪、A公用文書毀棄罪、B盗品保管罪が成立しているが、@とAは同じ行為だから観念的競合(54条1項前段)による科刑上一罪となる。@AとBは保護法益が違うから併合罪(45条)となる。
2 乙の罪責
(1)甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言って甲に制帽の保管を決意させた行為に盗品保管罪の教唆犯(61条1項、256条2項)が成立する。乙は分け前をもらうわけではなく、提案したにすぎないから他人の犯罪と言えるため、共同正犯には問疑しない。
(2)Xに対し「マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と述べて10万円を請求した行為に恐喝罪(249条1項)が成立するか検討する。
ア 「恐喝」とは財物の交付に向けられた暴行又は脅迫であり、ここで言う脅迫は相手方を畏怖させるもので足りる。畏怖するか否かは客観的に判断する。本件では、警察官に対してその業務日誌をマスコミに持って行くと言うことは客観的に警察官を畏怖させる行為である。そして、甲は対価として10万円を要求しているから上記脅迫は財物の交付に向けられている。したがって、「恐喝」に当たる。
イ 恐喝罪が既遂となるためには恐喝によって畏怖し、畏怖に基づき財物を交付する必要がある。しかし、本件でXは10万円を交付しなかった。
ウ したがって、本件は恐喝未遂罪が成立するにとどまる(250条、249条1項)。
(3)@盗品保管罪の教唆犯とA恐喝未遂罪は併合罪となる。 以上
甲は、交番で勤務する警察官Xに恨みを抱いていたことから、Xを困らせるため、Xが仕事で使っている物を交番から持ち出し、仕事に支障を生じさせようと考えた。そこで、甲は、Xが勤務する交番に行き、制帽を脱いで業務日誌を書いているXに対し、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」とうそを言った。これを信じたXは、制帽と業務日誌を机の上に置いたまま、事故現場に急行するため慌てて交番から出て行ったので、甲は、翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで、交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出し、自宅に持ち帰った。
その日の夜、甲は、知人の乙と会い、「警察官を困らせるために交番から制帽と業務日誌を持ち出してきたが、もういいから、明日こっそり交番に返しておいてくれ。」と言ったところ、乙が、甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」といったので、甲は、業務日誌だけを乙に渡し、制帽については、Xに返すのをやめ、後に売るために自宅に保管しておくことにした。翌日、乙は、この業務日誌をもって交番に向かったが、その途中、このまま返すのが惜しくなり、この機会にXに金を出させようと思った。そこで、乙は、交番に着くと、Xに対し、「この業務日誌を拾った。マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と言ったが、Xは、これに応じなかった。
甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 甲の罪責
(1)Xに対し嘘を言って交番から出て行かせた行為は公務の執行を妨害しているが、暴行又は脅迫によるものではないため、公務執行妨害罪(95条1項)は成立しない。同行為に偽計業務妨害罪(233条)が成立するか検討する。
「業務」とは社会生活上の地位に基づき継続して行う事務を言うが、公務がこれに含まれるか問題となる。公務は暴行又は脅迫という限られた妨害手段に対してのみ保護されている(95条1項)のに対し、業務はそれ以外の緩やかな妨害手段から広く保護している。その根拠は、前述の「業務」の意義からは公務も業務に含まれるが、強制力を行使する権力的公務については業務妨害罪による保護が必要ないということと解する。
警察は強制力を行使する権力的公務である。
したがって、甲の行為に偽計業務妨害罪は成立しない。
(2)交番内からXの制帽と業務日誌を持ち出した行為に詐欺罪(236条1項)は成立しない。なぜなら、「そこの道で交通事故があって人が倒れています。」という欺罔行為は交付に向けられていないからである。そこで、同行為に窃盗罪(235条)の成否を検討する。
ア 制帽も業務日誌もXが所有する有体物だから「他人の財物」に当たる。
イ 「窃取」とは占有を移転させることであり、甲は制帽と業務日誌を持ち出しているからこの要件を満たす。
ウ 以上の故意(38条1項)のほかに、窃盗罪は財産罪であるから不法領得の意思が書かれざる要件として必要である。その内容は、不可罰的な使用窃盗との区別のための@権利者排除意思と、毀棄罪との区別のためのA経済的利用処分意思である。本件では、甲は翌日まで自宅に隠しておいたあと返還するつもりで持ち出しているから@を欠くようにも思えるが、制帽と業務日誌は一般人に貸し借りできない性質の物だから、@は認められると考える。しかし、甲はXを困らせるためにそれらを持ち出しているから、Aが欠ける。よって不法領得の意思が認められない。
エ したがって、窃盗罪は成立しない。
(3)制帽を持ち出した行為はXの制帽の効用を害する行為だから器物損壊罪(261条)が成立する。
(4)業務日誌は警察官Xという「公務員」(7条1項)が交番という「公務所」(7条2項)で使う文書だから「公務所の用に供する文書」(258条)に当たる。そして同条の「毀棄」は隠匿を含むところ、甲の持ち出し行為は隠匿に当たる。したがって、業務日誌を持ち出した行為には公用文書毀棄罪(258条)が成立する。
(5)乙に対し、制帽と業務日誌を交番に返すよう言った行為に盗品運搬罪の共同正犯(60条、256条2項)の成否を検討する。
ア 被害者の下へ届ける行為が「運搬」に当たるのかが問題となる。そもそも256条の保護法益は主に被害者の盗品に対する追求権だが、運搬者等が本犯を助長した点も処罰根拠となっていると解する。違法状態を維持する点が保護法益だという見解は、本犯者が保管していても違法状態が維持されているため保管罪が成立しかねず、説明として妥当でない。被害者の下へ運ぶ行為は追求権を害することはないが、本犯を助長する点は被害者の下以外へ運ぶ行為と異ならない。したがって、被害者の下へ運ぶ行為にも盗品運搬罪は成立すると解する。
イ 甲が乙に頼んだ行為は「共同」の要件たる共謀に当たる。そして、乙は共謀に基づき業務日誌についてXの下へ運んでいる。この運ぶ行為は「運搬」(256条2項)に当たる。
ウ しかし、盗品運搬罪は「盗品」の運搬について成立するところ、業務日誌は公文書毀棄罪によって占有されているにすぎず、「盗品」ではない。
ウ したがって、業務日誌について盗品運搬罪の共同正犯は成立しない。
(6)後で制帽を売るために制帽を自宅に保管した行為に盗品保管罪(256条2項)が成立する。甲は乙に「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言われて保管することを決意したのであり、この時点で不法領得の意思が認められるからである。
(7)罪数
@器物損壊罪、A公用文書毀棄罪、B盗品保管罪が成立しているが、@とAは同じ行為だから観念的競合(54条1項前段)による科刑上一罪となる。@AとBは保護法益が違うから併合罪(45条)となる。
2 乙の罪責
(1)甲に対し、「警察官の制帽なら高く売れるよ。」と言って甲に制帽の保管を決意させた行為に盗品保管罪の教唆犯(61条1項、256条2項)が成立する。乙は分け前をもらうわけではなく、提案したにすぎないから他人の犯罪と言えるため、共同正犯には問疑しない。
(2)Xに対し「マスコミに持って行かれたら困るだろう。10万円出せば返してやる。」と述べて10万円を請求した行為に恐喝罪(249条1項)が成立するか検討する。
ア 「恐喝」とは財物の交付に向けられた暴行又は脅迫であり、ここで言う脅迫は相手方を畏怖させるもので足りる。畏怖するか否かは客観的に判断する。本件では、警察官に対してその業務日誌をマスコミに持って行くと言うことは客観的に警察官を畏怖させる行為である。そして、甲は対価として10万円を要求しているから上記脅迫は財物の交付に向けられている。したがって、「恐喝」に当たる。
イ 恐喝罪が既遂となるためには恐喝によって畏怖し、畏怖に基づき財物を交付する必要がある。しかし、本件でXは10万円を交付しなかった。
ウ したがって、本件は恐喝未遂罪が成立するにとどまる(250条、249条1項)。
(3)@盗品保管罪の教唆犯とA恐喝未遂罪は併合罪となる。 以上
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刑法 平成18年度第1問
1 甲の罪責
Aに治療薬を投与させXを死亡させた行為に殺人罪の間接正犯の成否を検討する(199条)。
(1)甲には外形的に自手実行がない。自手実行がない者に処罰拡張類型としての共犯でなく正犯が成立するか、成立するとしていかなる場合か、間接正犯の成否と要件が問題となる。
自手実行を行わない者も正犯とすべき場合はあるから間接正犯の成立は認めるべきである。問題は成立要件である。
ア 規範的障害説
この点で実行行為を行う被利用者に実行行為をやめる規範的な可能性があった場合には間接正犯は成立せず狭義の共犯となるという見解がある(規範的障害説)。この見解によれば本件はAには自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務という規範的障害があるから、甲が正犯となることはない。
イ 行為支配説
しかし規範的障害説は純粋惹起説を前提としており、正犯なき共犯を認める結果となる点で判例も採用する因果的共犯論と両立しがたく、妥当でない。間接正犯の成立要件は非利用者の行為を道具のごとく支配していたことと解すべきである(行為支配説)。行為支配の有無は@被告人と介在者との関係、A働きかけの程度、B指示の内容、C介在者の事情、D利益の帰属を考慮する。
(2)包摂
@甲は病院長であり、研修医乙とは指揮監督関係にある。B指示の内容は、Xに特定の薬を服用させれば死に至ることはないが聴力を失うという偽計を用い、また、Aの信用絵お失わせるよう持ち掛け、Aが心理的に甲に協力しやすくしている。C乙には日ごろからAの指導方法に不満を募らせていたという事情があり、Aを貶めるためなら甲に協力しやすい状態にあった。D甲はXに恨みを持っており、乙はXに対しては何ら恨みを持っていないから、X殺害による利益はもっぱら甲に帰属する。したがって、甲は乙の行った下記の実行行為を支配していたといえるから、甲を殺人罪の間接正犯に問うべきである。
そして、特異体質のあるXに対して当該薬を投与することは死の結果を生じさせる現実的危険があるから殺人罪の実行行為に当たる。そして、Aは投与された薬の副作用によって死亡しているから、結果と因果関係もある。
(3)結論
したがって、甲に殺人罪の間接正犯が成立する。
そして、後述する乙の犯罪とは傷害致死罪の限度で相互利用補充関係が認められるから、傷害致死罪の限度で共同正犯となる(60条、205条)。
2 乙の罪責
乙がAに対し、「Xに特異体質はない」旨報告し、AをしてXに薬を投与させてXを死亡させた行為に傷害致死罪の共同正犯の成否を検討する(60条、205条)。
(1)間接正犯の成否
問議する犯罪について処罰拡張事由の共犯(共同正犯も本質は共犯である)よりも間接正犯を先に検討すべきである。前述のように間接正犯の成立要件は実行行為を行う被利用者の行為の道具のごとき支配利用である。
本件で乙は、自ら患者の特異体質の確認をしないAの習性を利用し、Aに対してXに特異体質はないと虚偽の報告をしている。そして、乙は、甲がAに対して特異体質のあるAに特定の治療薬を投与するよう指示することを知っている。これらの事情からは乙もAの行為を支配利用したと評価してもよさそうである。
しかし、乙はAの研修医であり、実際にAが特定の治療薬を使うという実行行為を行わせる決定的行為である指示を出す立場にないこと、乙はその指示という決定的行為を甲に依存していることから、Aが実行行為に出ることを道具のように支配利用していたとは評価できない。
したがって、乙は間接正犯としては問議できない。
(2)共同正犯の成否
ア 共同正犯の成否
乙が間接正犯でない以上、次は共同正犯の可能性を検討することになる。
共同正犯を含めた共犯の処罰根拠は構成要件的結果に因果性を及ぼした点にある。本件で乙の一連の行為がなければAの実行行為はなされず結果も発生しなかったと言えるため、この要件は満たされる。
では、乙は共同正犯となるのか、それとも甲の犯罪を幇助したにすぎないか。この点の区別基準として判例は「自己の犯罪」と言えるかどうかという主観を重視し、その認定のための間接事実として役割の重要性等の客観的事実を考慮している。結論に変わりはないが、主観を認定するのは理論的には困難であるため、自説は客観的に重要な役割(重要な因果的寄与)を担った場合が共同正犯であると解する。
本件では、乙は甲からAの信用を失わせようと持ち掛けられた謀議行為の際、これを承諾するだけでなく、自ら「AからXの検査を指示されたときは、Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告をする。」と提案し、甲と対等に犯行計画を立案している。そして、実際に計画通りに行動しており、Aの実行行為直前に重要な役割を果たしている。したがって、乙は客観的に重要な役割を担っているといえ、殺人罪の共同正犯が成立しうる。
イ 故意阻却の有無
しかし、乙は甲から、Xは副作用によって死ぬことはないが聴力を失うと聞きそれを信じていたため、傷害罪の故意(犯罪事実の認識・予見、38条1項)はあるが、殺人罪の故意がない。この場合に故意が阻却されるかが問題となる。
故意責任の本質は犯罪事実を認識して規範に直面し、反対同期の形成が可能であるのにあえて実行行為に出た点に対する非難である。そして規範は構成要件として与えられている。そうすると、行為者の認識した事実と発生した事実とが構成要件的に符合している限りで、軽い罪が成立すると解すべきである(法定的付合説)。
本件では、傷害罪と殺人罪は人の身体と生命という連続的な法益を保護しているから重なり合いはある。したがって、軽い傷害罪が成立しうる。
ウ 傷害致死罪の成否
そして、現実にはAは死んでいるから傷害致死罪が成立するかを見るに、結果的加重犯の成立要件として、責任主義の観点からは加重結果につき過失が必要ということになる。しかし判例は加重結果について過失は不要としているから、基本犯の行為と加重結果との間に因果関係があれば結果的加重犯が成立することになる。
因果関係の判断基準について、相当因果関係説は客観的であるべき因果関係に相当性という異質な判断要素を取り込むことや判断基底をどこに設定するかによって結論が変わり得るという問題点を有しているため採用できない。因果関係は行為の危険が結果に現実化したかを基準に判断すべきである。
本件は折衷的相当因果関係説によればAの特異体質は一般人には認識し得ず乙も認識していなかったから判断基底から外れ、治療薬を投与された通常の患者が死亡することは相当でないから因果関係なしという結論になる。しかし、自説では特異体質のあるAに対し、投与すれば死亡することが判明している危険な薬を投与して実際に死亡させることは、行為の危険が結果に現実化したものと評価できる。したがって、死亡結果との間に因果関係が認められる。
(3)結論
したがって、乙に傷害致死罪の共同正犯が成立する。
甲の犯罪とは、構成要件が重なり合う傷害致死罪の範囲で共同正犯となる。 以上
Aに治療薬を投与させXを死亡させた行為に殺人罪の間接正犯の成否を検討する(199条)。
(1)甲には外形的に自手実行がない。自手実行がない者に処罰拡張類型としての共犯でなく正犯が成立するか、成立するとしていかなる場合か、間接正犯の成否と要件が問題となる。
自手実行を行わない者も正犯とすべき場合はあるから間接正犯の成立は認めるべきである。問題は成立要件である。
ア 規範的障害説
この点で実行行為を行う被利用者に実行行為をやめる規範的な可能性があった場合には間接正犯は成立せず狭義の共犯となるという見解がある(規範的障害説)。この見解によれば本件はAには自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務という規範的障害があるから、甲が正犯となることはない。
イ 行為支配説
しかし規範的障害説は純粋惹起説を前提としており、正犯なき共犯を認める結果となる点で判例も採用する因果的共犯論と両立しがたく、妥当でない。間接正犯の成立要件は非利用者の行為を道具のごとく支配していたことと解すべきである(行為支配説)。行為支配の有無は@被告人と介在者との関係、A働きかけの程度、B指示の内容、C介在者の事情、D利益の帰属を考慮する。
(2)包摂
@甲は病院長であり、研修医乙とは指揮監督関係にある。B指示の内容は、Xに特定の薬を服用させれば死に至ることはないが聴力を失うという偽計を用い、また、Aの信用絵お失わせるよう持ち掛け、Aが心理的に甲に協力しやすくしている。C乙には日ごろからAの指導方法に不満を募らせていたという事情があり、Aを貶めるためなら甲に協力しやすい状態にあった。D甲はXに恨みを持っており、乙はXに対しては何ら恨みを持っていないから、X殺害による利益はもっぱら甲に帰属する。したがって、甲は乙の行った下記の実行行為を支配していたといえるから、甲を殺人罪の間接正犯に問うべきである。
そして、特異体質のあるXに対して当該薬を投与することは死の結果を生じさせる現実的危険があるから殺人罪の実行行為に当たる。そして、Aは投与された薬の副作用によって死亡しているから、結果と因果関係もある。
(3)結論
したがって、甲に殺人罪の間接正犯が成立する。
そして、後述する乙の犯罪とは傷害致死罪の限度で相互利用補充関係が認められるから、傷害致死罪の限度で共同正犯となる(60条、205条)。
2 乙の罪責
乙がAに対し、「Xに特異体質はない」旨報告し、AをしてXに薬を投与させてXを死亡させた行為に傷害致死罪の共同正犯の成否を検討する(60条、205条)。
(1)間接正犯の成否
問議する犯罪について処罰拡張事由の共犯(共同正犯も本質は共犯である)よりも間接正犯を先に検討すべきである。前述のように間接正犯の成立要件は実行行為を行う被利用者の行為の道具のごとき支配利用である。
本件で乙は、自ら患者の特異体質の確認をしないAの習性を利用し、Aに対してXに特異体質はないと虚偽の報告をしている。そして、乙は、甲がAに対して特異体質のあるAに特定の治療薬を投与するよう指示することを知っている。これらの事情からは乙もAの行為を支配利用したと評価してもよさそうである。
しかし、乙はAの研修医であり、実際にAが特定の治療薬を使うという実行行為を行わせる決定的行為である指示を出す立場にないこと、乙はその指示という決定的行為を甲に依存していることから、Aが実行行為に出ることを道具のように支配利用していたとは評価できない。
したがって、乙は間接正犯としては問議できない。
(2)共同正犯の成否
ア 共同正犯の成否
乙が間接正犯でない以上、次は共同正犯の可能性を検討することになる。
共同正犯を含めた共犯の処罰根拠は構成要件的結果に因果性を及ぼした点にある。本件で乙の一連の行為がなければAの実行行為はなされず結果も発生しなかったと言えるため、この要件は満たされる。
では、乙は共同正犯となるのか、それとも甲の犯罪を幇助したにすぎないか。この点の区別基準として判例は「自己の犯罪」と言えるかどうかという主観を重視し、その認定のための間接事実として役割の重要性等の客観的事実を考慮している。結論に変わりはないが、主観を認定するのは理論的には困難であるため、自説は客観的に重要な役割(重要な因果的寄与)を担った場合が共同正犯であると解する。
本件では、乙は甲からAの信用を失わせようと持ち掛けられた謀議行為の際、これを承諾するだけでなく、自ら「AからXの検査を指示されたときは、Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告をする。」と提案し、甲と対等に犯行計画を立案している。そして、実際に計画通りに行動しており、Aの実行行為直前に重要な役割を果たしている。したがって、乙は客観的に重要な役割を担っているといえ、殺人罪の共同正犯が成立しうる。
イ 故意阻却の有無
しかし、乙は甲から、Xは副作用によって死ぬことはないが聴力を失うと聞きそれを信じていたため、傷害罪の故意(犯罪事実の認識・予見、38条1項)はあるが、殺人罪の故意がない。この場合に故意が阻却されるかが問題となる。
故意責任の本質は犯罪事実を認識して規範に直面し、反対同期の形成が可能であるのにあえて実行行為に出た点に対する非難である。そして規範は構成要件として与えられている。そうすると、行為者の認識した事実と発生した事実とが構成要件的に符合している限りで、軽い罪が成立すると解すべきである(法定的付合説)。
本件では、傷害罪と殺人罪は人の身体と生命という連続的な法益を保護しているから重なり合いはある。したがって、軽い傷害罪が成立しうる。
ウ 傷害致死罪の成否
そして、現実にはAは死んでいるから傷害致死罪が成立するかを見るに、結果的加重犯の成立要件として、責任主義の観点からは加重結果につき過失が必要ということになる。しかし判例は加重結果について過失は不要としているから、基本犯の行為と加重結果との間に因果関係があれば結果的加重犯が成立することになる。
因果関係の判断基準について、相当因果関係説は客観的であるべき因果関係に相当性という異質な判断要素を取り込むことや判断基底をどこに設定するかによって結論が変わり得るという問題点を有しているため採用できない。因果関係は行為の危険が結果に現実化したかを基準に判断すべきである。
本件は折衷的相当因果関係説によればAの特異体質は一般人には認識し得ず乙も認識していなかったから判断基底から外れ、治療薬を投与された通常の患者が死亡することは相当でないから因果関係なしという結論になる。しかし、自説では特異体質のあるAに対し、投与すれば死亡することが判明している危険な薬を投与して実際に死亡させることは、行為の危険が結果に現実化したものと評価できる。したがって、死亡結果との間に因果関係が認められる。
(3)結論
したがって、乙に傷害致死罪の共同正犯が成立する。
甲の犯罪とは、構成要件が重なり合う傷害致死罪の範囲で共同正犯となる。 以上
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刑法 平成17年度第2問
問題文
A県B市内の印刷業者である甲は、知人でB市総務部長として同市の広報紙の印刷発注の職務に従事している乙に現金を渡して同市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えていた。そうした折、甲は、同県内の土木建設業者である知人の丙から同県発注の道路工事をなるべく多く受注するための方法について相談を受けたので、この機会に丙の金を自己のために乙に渡すことを思い付き、乙に対し、「近いうちに使いの者に80万円を届けさせます。よろしくお願いします。」と伝えたところ、乙は、甲が80万円を届けさせることの趣旨を理解した上、これを了承した。一方、甲は、丙に対し、「県の幹部職員である乙に金を渡せば、道路工事の発注に際して便宜を図ってくれるはずだ。乙に80万円を届けなさい。」といったところ、これを信じた丙は、使者を介して乙に現金80万円を届けた。乙は、これが甲から話のあった金だと思い、その金を受領した。
後日、丙は、甲が丙のためではなく甲自身のために乙に80万円を届けさせたことを知るに至り、甲に対して80万円の弁償を求めた。しかし、甲は、丙に対し、「そんなことを言うなら、おまえが80万円を渡してA県の道路工事を受注しようとしたことを公表するぞ。そうすれば、県の工事を受注できなくなるぞ。」と申し向け、丙をしてその請求を断念させた。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
甲がB市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えて80万円を供与する趣旨を理解し、その理解の下で丙から80万円を受領した行為に受託収賄罪(197条1項後段)の成否を検討する。
(1)乙は地方公共団体であるB市の職員だから「公務員」に当たる(7条1項参照)。
(2)「賄賂」とは公務員が職務行為の対価として受取る利益の一切を意味し、現金80万円はこれに当たる。
(3)「職務に関し」(職務行為関連性)は必ずしも具体的職務権限の範囲内である必要はなく、一般的職務権限の範囲内であれば足りるし、職務密接関連行為も含まれる。乙はB市総務部長としてB市の広報紙の印刷発注の職務に従事していたから、広報誌の発注は具体的職務権限の範囲内であるため、この要件を満たす。
(4)「請託」とは、公務員に対し職務に関して一定の行為を行うことを依頼することをいい、「受けた」といえるためには承諾したことが必要である。乙は、甲が印刷を受注したがっていることを理解して80万円を受け取ったのだから、甲に対して発注するという行為の依頼を黙示に承諾したと言え、これらの要件を満たす。
(5)したがって、乙の行為に受託収賄罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)事情を知らない丙を道具のように支配利用して乙に賄賂を渡した行為は賄賂の「供与」にあたり、贈賄罪の間接正犯(198条)が成立する。
(2)丙を欺罔し、丙をして乙に80万円を交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
ア 欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為だが、それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽るものでなければならない。本件では甲は乙が県の幹部職員であると偽っているところ、丙は県の道路工事の受注を欲しているから、乙が県の幹部職員か否かは交付の基礎となる重要な事項であり、この要件を満たす。
イ 丙は上記欺罔により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として80万円を交付している。
ウ 詐欺罪も財産罪であるから、書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし丙の行った交付は客観的に賄賂であり、不法原因給付(民708条)として丙には乙に対する民事上の返還請求権がないから、刑法上保護に値する財産的損害がなく、詐欺罪は成立しないのではないかが問題となる。しかし、交付行為が不法原因給付に当たるとしても、交付以前の財物に不法性が認められない場合にはその財物は欺罔者との関係で保護に値するから、詐欺罪が成立すると解する。本件では、交付以前に丙が有していた80万円には何らの不法性がなく、これは甲との関係で刑法上保護に値する。
エ したがって、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(3)丙に対し、不正を公表すると申し向け、80万円の請求を断念させた行為に恐喝利得罪(249条2項)の成否を検討する。
ア 「恐喝」とは財物又は財産上の利益に向けられた暴行または脅迫であり、ここで言う脅迫とは他人を畏怖させるに足りる害悪の告知をいう。本件で甲の発言は丙からの80万円の請求を断念させることに向けられており、発言中の丙の行為を公表するという行為は、現実になされれば丙の土木建設業者としての信用が失墜するから、丙を畏怖させるに足りる害悪の告知と言え、この要件を満たす。
イ 丙は上記発言により畏怖し、畏怖により生じた瑕疵ある意思に基づき甲に対する請求を断念して黙示の交付をした。
ウ 恐喝罪も財産罪であるから書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし、詐欺罪で検討したのと同様に、丙の乙に対する給付は不法原因給付として民事上返還請求できないから、財産的損害がないのではないかが問題となる。確かに、先ほどと異なり、恐喝による交付前の丙の財産は現金80万円ではなく乙に対する80万円の不当利得返還請求権であり、これは不法原因給付であるから甲との関係でも保護に値しない。しかし、先ほど検討した甲の丙に対する欺罔行為は民事上の不法行為(民709条)に当たるため、丙は甲に対して80万円の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しており、この債権には不法性がないから、甲との関係で保護に値する。甲は恐喝によりこの不法性のない債権の実現を妨げているから、丙には財産的損害が発生したといえる。
エ したがって、甲の行為に恐喝利得罪が成立する。
(3)罪数
甲には@贈賄罪、A詐欺罪、B恐喝利得罪が成立する。@とAは別の法益を侵害しているから併合罪(45条)である。AとBは同一の法益主体の同一の法益に向けられているから、Aの包括一罪とする。
3 丙の罪責
乙に対する80万円の交付行為に贈賄罪の幇助犯(62条1項、198条)の成否を検討する。
幇助とは、正犯の実行行為及び構成要件的結果惹起を物理的・心理的に促進する行為である。丙は、客観的に甲の贈賄罪を物理的に促進し、同罪を惹起している。そして、丙は主観的には自己の贈賄罪の故意(構成要件的結果発生の認識・予見、38条1項)があったのであり、この故意は客観的に実現した犯罪と構成要件的に同一の故意であるから、丙には甲の贈賄罪の故意が認められる。
したがって、丙の行為に贈賄罪の幇助犯が成立する。 以上
A県B市内の印刷業者である甲は、知人でB市総務部長として同市の広報紙の印刷発注の職務に従事している乙に現金を渡して同市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えていた。そうした折、甲は、同県内の土木建設業者である知人の丙から同県発注の道路工事をなるべく多く受注するための方法について相談を受けたので、この機会に丙の金を自己のために乙に渡すことを思い付き、乙に対し、「近いうちに使いの者に80万円を届けさせます。よろしくお願いします。」と伝えたところ、乙は、甲が80万円を届けさせることの趣旨を理解した上、これを了承した。一方、甲は、丙に対し、「県の幹部職員である乙に金を渡せば、道路工事の発注に際して便宜を図ってくれるはずだ。乙に80万円を届けなさい。」といったところ、これを信じた丙は、使者を介して乙に現金80万円を届けた。乙は、これが甲から話のあった金だと思い、その金を受領した。
後日、丙は、甲が丙のためではなく甲自身のために乙に80万円を届けさせたことを知るに至り、甲に対して80万円の弁償を求めた。しかし、甲は、丙に対し、「そんなことを言うなら、おまえが80万円を渡してA県の道路工事を受注しようとしたことを公表するぞ。そうすれば、県の工事を受注できなくなるぞ。」と申し向け、丙をしてその請求を断念させた。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
甲がB市が発注する広報誌の印刷を受注したいと考えて80万円を供与する趣旨を理解し、その理解の下で丙から80万円を受領した行為に受託収賄罪(197条1項後段)の成否を検討する。
(1)乙は地方公共団体であるB市の職員だから「公務員」に当たる(7条1項参照)。
(2)「賄賂」とは公務員が職務行為の対価として受取る利益の一切を意味し、現金80万円はこれに当たる。
(3)「職務に関し」(職務行為関連性)は必ずしも具体的職務権限の範囲内である必要はなく、一般的職務権限の範囲内であれば足りるし、職務密接関連行為も含まれる。乙はB市総務部長としてB市の広報紙の印刷発注の職務に従事していたから、広報誌の発注は具体的職務権限の範囲内であるため、この要件を満たす。
(4)「請託」とは、公務員に対し職務に関して一定の行為を行うことを依頼することをいい、「受けた」といえるためには承諾したことが必要である。乙は、甲が印刷を受注したがっていることを理解して80万円を受け取ったのだから、甲に対して発注するという行為の依頼を黙示に承諾したと言え、これらの要件を満たす。
(5)したがって、乙の行為に受託収賄罪が成立する。
2 甲の罪責
(1)事情を知らない丙を道具のように支配利用して乙に賄賂を渡した行為は賄賂の「供与」にあたり、贈賄罪の間接正犯(198条)が成立する。
(2)丙を欺罔し、丙をして乙に80万円を交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
ア 欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為だが、それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽るものでなければならない。本件では甲は乙が県の幹部職員であると偽っているところ、丙は県の道路工事の受注を欲しているから、乙が県の幹部職員か否かは交付の基礎となる重要な事項であり、この要件を満たす。
イ 丙は上記欺罔により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として80万円を交付している。
ウ 詐欺罪も財産罪であるから、書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし丙の行った交付は客観的に賄賂であり、不法原因給付(民708条)として丙には乙に対する民事上の返還請求権がないから、刑法上保護に値する財産的損害がなく、詐欺罪は成立しないのではないかが問題となる。しかし、交付行為が不法原因給付に当たるとしても、交付以前の財物に不法性が認められない場合にはその財物は欺罔者との関係で保護に値するから、詐欺罪が成立すると解する。本件では、交付以前に丙が有していた80万円には何らの不法性がなく、これは甲との関係で刑法上保護に値する。
エ したがって、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(3)丙に対し、不正を公表すると申し向け、80万円の請求を断念させた行為に恐喝利得罪(249条2項)の成否を検討する。
ア 「恐喝」とは財物又は財産上の利益に向けられた暴行または脅迫であり、ここで言う脅迫とは他人を畏怖させるに足りる害悪の告知をいう。本件で甲の発言は丙からの80万円の請求を断念させることに向けられており、発言中の丙の行為を公表するという行為は、現実になされれば丙の土木建設業者としての信用が失墜するから、丙を畏怖させるに足りる害悪の告知と言え、この要件を満たす。
イ 丙は上記発言により畏怖し、畏怖により生じた瑕疵ある意思に基づき甲に対する請求を断念して黙示の交付をした。
ウ 恐喝罪も財産罪であるから書かれざる要件として財産的損害が必要と解する。しかし、詐欺罪で検討したのと同様に、丙の乙に対する給付は不法原因給付として民事上返還請求できないから、財産的損害がないのではないかが問題となる。確かに、先ほどと異なり、恐喝による交付前の丙の財産は現金80万円ではなく乙に対する80万円の不当利得返還請求権であり、これは不法原因給付であるから甲との関係でも保護に値しない。しかし、先ほど検討した甲の丙に対する欺罔行為は民事上の不法行為(民709条)に当たるため、丙は甲に対して80万円の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しており、この債権には不法性がないから、甲との関係で保護に値する。甲は恐喝によりこの不法性のない債権の実現を妨げているから、丙には財産的損害が発生したといえる。
エ したがって、甲の行為に恐喝利得罪が成立する。
(3)罪数
甲には@贈賄罪、A詐欺罪、B恐喝利得罪が成立する。@とAは別の法益を侵害しているから併合罪(45条)である。AとBは同一の法益主体の同一の法益に向けられているから、Aの包括一罪とする。
3 丙の罪責
乙に対する80万円の交付行為に贈賄罪の幇助犯(62条1項、198条)の成否を検討する。
幇助とは、正犯の実行行為及び構成要件的結果惹起を物理的・心理的に促進する行為である。丙は、客観的に甲の贈賄罪を物理的に促進し、同罪を惹起している。そして、丙は主観的には自己の贈賄罪の故意(構成要件的結果発生の認識・予見、38条1項)があったのであり、この故意は客観的に実現した犯罪と構成要件的に同一の故意であるから、丙には甲の贈賄罪の故意が認められる。
したがって、丙の行為に贈賄罪の幇助犯が成立する。 以上
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刑法 平成17年度第1問
問題文
甲は、自己の取引先であるA会社の倉庫には何も保管されていないことを知っていたにもかかわらず、乙の度胸を試そうと思い、何も知らない乙に対し、「夜中に、A会社の倉庫に入って、中を探して金目のものを盗み出してこい。」と唆した。乙は、甲に唆されたとおり、深夜、その倉庫の中に侵入し、倉庫内を探したところ、A会社がたまたま当夜に限って保管していた同社所有の絵画を見つけたので、これを手にもって倉庫を出たところで警備員Bに発見された。Bが「泥棒」と叫びながら乙の身体をつかんできたので、乙は、逃げるため、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。ちょうど、そのとき、その場を通りかかった乙の友人丙は、その事情をすべて認識し、乙の逃走を助けようと思って、乙と意思を通じたうえで、丙自身が、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。乙は、その間にその絵画を持って逃走した。Bは間もなく臓器破裂に基づく出血性ショックにより死亡したが、その臓器破裂が乙と丙のいずれの暴行によって生じたかは不明であった。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
(1)倉庫という「建造物」(住居、邸宅以外のすべての建物)の中に窃盗目的で入った行為は倉庫の管理権者の意思に反するから「侵入」に当たり、同行為に建造物侵入罪が成立する(130条)。
(2)絵画を手にもって倉庫を出た行為はA会社所有の「他人の財物」の占有を移転させる行為であるから「窃取」に当たり、同行為に窃盗罪(235条)が成立している。
そしてBに発見され、逃げるためすなわち「逮捕を免れ」(238条)るためにBの腹部を強く蹴り上げるという「暴行」(人の犯行を抑圧するに足りる物理力の行使)をした行為に事後強盗罪(238条)が成立する。
(3)窃盗罪は事後強盗罪に吸収される。
2 乙及び丙の罪責
(1)甲と丙が意思を通じたうえで、丙が乙に対し腹部を強く蹴り上げる暴行を加え、乙は盗品である絵画を持って逃走した行為に事後強盗罪の共同正犯の成否を検討する(60条、258条)。
丙は窃盗に関与していないが、事後強盗罪の共同正犯となるか。同罪の法的性質と関連して問題となる。
事後強盗罪を窃盗罪と暴行罪の結合犯ととらえたうえで、承継的共同正犯の問題とする見解がある。しかし、この見解では窃盗の実行に着手した時点で事後強盗罪の実行にも着手したと解さざるを得ず妥当でない。
事後強盗罪は「窃盗」という身分を持つ者のみが行うことのできる身分犯と解すべきである。そして、不真正身分犯と解すると同罪が暴行・脅迫罪の加重類型となってしまい、財産を保護法益とすることにそぐわないから、真正身分犯と解する。
そうすると暴行のみを共同した者に共同正犯が成立するか否かは共犯と身分の問題となる。65条1項の「身分によって構成すべき」、同2項の「身分によって特に刑の軽重があるとき」という文言から、同条は1項が真正身分犯、2項が不真正身分犯の規定と解する。そして、事後強盗罪に暴行のみ加わった者は、暴行により窃盗身分を有する者に「加功した」(65条1項)と言える。したがって、事後強盗罪に暴行のみ加わった者に同罪の共同正犯が成立する。
したがって、乙及び丙に事後強盗罪の共同正犯が成立する。
(2)乙単独の事後強盗罪は、乙及び丙の事後強盗罪の共同正犯と包括一罪となる。
(3)では、乙及び丙について強盗致死罪(240条)を成立させることができるか。Bの死亡結果は乙の暴行によるものか丙の暴行によるものかが不明であるため問題となる。
前提として結果的加重犯の共同正犯が成立するかが問題となるが、結果的加重犯について加重結果に過失は不要であり、基本行為と加重結果との間に因果関係があれば成立するというのが判例であるから、結果的加重犯の共同正犯も、共同行為と加重結果との間に因果関係があれば加重結果に過失がなくとも成立すると解する。以下、乙丙それぞれについて検討する。
ア 乙について
乙は自ら行った暴行について単独正犯として責任を負い、丙が行った暴行について共同正犯として責任を負っている。したがって、乙が責任を負う暴行とBの死亡結果との間には因果関係がある。したがって、乙に強盗致死罪の共同正犯が成立しうる。
イ 丙について
丙は現段階では自らの暴行による事後強盗罪の共同正犯しか成立しておらず、乙の暴行により死の結果が生じた可能性がある以上、強盗致死罪の共同正犯を成立させることはできない。同罪を成立させるためには、丙が、加功前の乙単独の暴行についても責任を負う必要がある。承継的共同正犯が認められればそれが可能になるため、承継的共同正犯の成否を検討する。
承継的共同正犯については、加功前の行為者の行為及びそこから生じた結果を積極的に利用した場合には加功前の行為者の行為による結果の責任も承継するという一部肯定説が有力であった。
しかし、そもそも共同正犯を含む共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果に因果性を及ぼした点にある(因果共犯論)から、いくら積極的に利用したと言っても加功前の行為者の行為には因果性を及ぼすことができない以上、承継的共同正犯は否定すべきである。最近の判例もそのように解している。
本件でも、丙は関与前の乙の暴行について責任を負わない。
したがって、丙には事後強盗罪の共同正犯が成立するのみである。
ウ 結論
そうすると、共犯は犯罪を共同するものであるから異なる罪名の共同正犯は罪名が重なり合う範囲でしか成立しないから(部分的犯罪共同説)、乙に強盗致死罪の共同正犯、丙に事後強盗罪の共同正犯とするわけにはいかない。結局、乙も丙も事後強盗罪の共同正犯となる。
3 甲の罪責
(1)乙に対して、A会社に侵入するよう唆した行為に建造物侵入罪の教唆犯が成立する(61条、130条)。
(2)乙に対して、窃盗罪の教唆犯が成立するか。甲はA会社の倉庫内に何も保管されていないと認識していたため、既遂の故意(犯罪事実の認識・予見)がない。そこで未遂の教唆が可罰的かが問題となる。
前述のとおり、共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果を通じて間接的に法益侵害をしたことである。そして、単独犯で未遂の故意しかない者に既遂罪を成立させることはない。そうすると、教唆犯でも未遂の故意しかない者に既遂の教唆犯を正立させることはできないというべきである。
したがって、乙に窃盗罪の教唆犯は成立しない。
(3)未遂の教唆を認めた場合には、乙が実現した事後強盗罪について共犯の錯誤が問題となるが、前述のように未遂の教唆は否定すべきであるから、問題とならない。 以上
甲は、自己の取引先であるA会社の倉庫には何も保管されていないことを知っていたにもかかわらず、乙の度胸を試そうと思い、何も知らない乙に対し、「夜中に、A会社の倉庫に入って、中を探して金目のものを盗み出してこい。」と唆した。乙は、甲に唆されたとおり、深夜、その倉庫の中に侵入し、倉庫内を探したところ、A会社がたまたま当夜に限って保管していた同社所有の絵画を見つけたので、これを手にもって倉庫を出たところで警備員Bに発見された。Bが「泥棒」と叫びながら乙の身体をつかんできたので、乙は、逃げるため、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。ちょうど、そのとき、その場を通りかかった乙の友人丙は、その事情をすべて認識し、乙の逃走を助けようと思って、乙と意思を通じたうえで、丙自身が、Bに対し、その腹部を強く蹴り上げる暴行を加えた。乙は、その間にその絵画を持って逃走した。Bは間もなく臓器破裂に基づく出血性ショックにより死亡したが、その臓器破裂が乙と丙のいずれの暴行によって生じたかは不明であった。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
回答
1 乙の罪責
(1)倉庫という「建造物」(住居、邸宅以外のすべての建物)の中に窃盗目的で入った行為は倉庫の管理権者の意思に反するから「侵入」に当たり、同行為に建造物侵入罪が成立する(130条)。
(2)絵画を手にもって倉庫を出た行為はA会社所有の「他人の財物」の占有を移転させる行為であるから「窃取」に当たり、同行為に窃盗罪(235条)が成立している。
そしてBに発見され、逃げるためすなわち「逮捕を免れ」(238条)るためにBの腹部を強く蹴り上げるという「暴行」(人の犯行を抑圧するに足りる物理力の行使)をした行為に事後強盗罪(238条)が成立する。
(3)窃盗罪は事後強盗罪に吸収される。
2 乙及び丙の罪責
(1)甲と丙が意思を通じたうえで、丙が乙に対し腹部を強く蹴り上げる暴行を加え、乙は盗品である絵画を持って逃走した行為に事後強盗罪の共同正犯の成否を検討する(60条、258条)。
丙は窃盗に関与していないが、事後強盗罪の共同正犯となるか。同罪の法的性質と関連して問題となる。
事後強盗罪を窃盗罪と暴行罪の結合犯ととらえたうえで、承継的共同正犯の問題とする見解がある。しかし、この見解では窃盗の実行に着手した時点で事後強盗罪の実行にも着手したと解さざるを得ず妥当でない。
事後強盗罪は「窃盗」という身分を持つ者のみが行うことのできる身分犯と解すべきである。そして、不真正身分犯と解すると同罪が暴行・脅迫罪の加重類型となってしまい、財産を保護法益とすることにそぐわないから、真正身分犯と解する。
そうすると暴行のみを共同した者に共同正犯が成立するか否かは共犯と身分の問題となる。65条1項の「身分によって構成すべき」、同2項の「身分によって特に刑の軽重があるとき」という文言から、同条は1項が真正身分犯、2項が不真正身分犯の規定と解する。そして、事後強盗罪に暴行のみ加わった者は、暴行により窃盗身分を有する者に「加功した」(65条1項)と言える。したがって、事後強盗罪に暴行のみ加わった者に同罪の共同正犯が成立する。
したがって、乙及び丙に事後強盗罪の共同正犯が成立する。
(2)乙単独の事後強盗罪は、乙及び丙の事後強盗罪の共同正犯と包括一罪となる。
(3)では、乙及び丙について強盗致死罪(240条)を成立させることができるか。Bの死亡結果は乙の暴行によるものか丙の暴行によるものかが不明であるため問題となる。
前提として結果的加重犯の共同正犯が成立するかが問題となるが、結果的加重犯について加重結果に過失は不要であり、基本行為と加重結果との間に因果関係があれば成立するというのが判例であるから、結果的加重犯の共同正犯も、共同行為と加重結果との間に因果関係があれば加重結果に過失がなくとも成立すると解する。以下、乙丙それぞれについて検討する。
ア 乙について
乙は自ら行った暴行について単独正犯として責任を負い、丙が行った暴行について共同正犯として責任を負っている。したがって、乙が責任を負う暴行とBの死亡結果との間には因果関係がある。したがって、乙に強盗致死罪の共同正犯が成立しうる。
イ 丙について
丙は現段階では自らの暴行による事後強盗罪の共同正犯しか成立しておらず、乙の暴行により死の結果が生じた可能性がある以上、強盗致死罪の共同正犯を成立させることはできない。同罪を成立させるためには、丙が、加功前の乙単独の暴行についても責任を負う必要がある。承継的共同正犯が認められればそれが可能になるため、承継的共同正犯の成否を検討する。
承継的共同正犯については、加功前の行為者の行為及びそこから生じた結果を積極的に利用した場合には加功前の行為者の行為による結果の責任も承継するという一部肯定説が有力であった。
しかし、そもそも共同正犯を含む共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果に因果性を及ぼした点にある(因果共犯論)から、いくら積極的に利用したと言っても加功前の行為者の行為には因果性を及ぼすことができない以上、承継的共同正犯は否定すべきである。最近の判例もそのように解している。
本件でも、丙は関与前の乙の暴行について責任を負わない。
したがって、丙には事後強盗罪の共同正犯が成立するのみである。
ウ 結論
そうすると、共犯は犯罪を共同するものであるから異なる罪名の共同正犯は罪名が重なり合う範囲でしか成立しないから(部分的犯罪共同説)、乙に強盗致死罪の共同正犯、丙に事後強盗罪の共同正犯とするわけにはいかない。結局、乙も丙も事後強盗罪の共同正犯となる。
3 甲の罪責
(1)乙に対して、A会社に侵入するよう唆した行為に建造物侵入罪の教唆犯が成立する(61条、130条)。
(2)乙に対して、窃盗罪の教唆犯が成立するか。甲はA会社の倉庫内に何も保管されていないと認識していたため、既遂の故意(犯罪事実の認識・予見)がない。そこで未遂の教唆が可罰的かが問題となる。
前述のとおり、共犯の処罰根拠は共同行為者の実行行為及び結果を通じて間接的に法益侵害をしたことである。そして、単独犯で未遂の故意しかない者に既遂罪を成立させることはない。そうすると、教唆犯でも未遂の故意しかない者に既遂の教唆犯を正立させることはできないというべきである。
したがって、乙に窃盗罪の教唆犯は成立しない。
(3)未遂の教唆を認めた場合には、乙が実現した事後強盗罪について共犯の錯誤が問題となるが、前述のように未遂の教唆は否定すべきであるから、問題とならない。 以上
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刑法 平成16年度第2問
問題文
甲は、Aとの間で、自己の所有する自己名義の土地を1000万円でAに売却する旨の契約を締結し、Aからその代金全額を受け取った。ところが、甲は、Aに対する所有権移転登記手続前に、Bからその土地を1100万円で買い受けたい旨の申入れを受けたことから気が変わり、Bに売却してBに対する所有権移転登記手続きをすることとし、Bとの間で、Aに対する売却の事実を告げずに申入れどおりの売買契約を締結し、Bから代金全額を受け取った。しかし、甲A間の売買の事実を知ったBは、甲に対し、所有権移転登記手続前に、甲との売買契約の解除を申し入れ、甲は、これに応じて、Bに対し、受け取った1100万円を返還した。その後、甲は、C銀行から、その土地に抵当権を設定して200万円の融資を受け、その旨の登記手続をし、さらに、これまでの上記事情を知る乙との間で、その土地を800万円で乙に売却する旨の契約を締結し、乙に対する所有権移転登記手続きをした。
甲及び乙の罪責を論ぜよ。
回答
第1 甲の罪責
1 Aに対して売却した土地をBに売却し、Bから1100万円を受け取った行為にBとの関係で詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。甲がBに売却する時点で登記をAに移す意思があったか否かで結論が異なるため、場合分けする。
(1)Aに登記を移す意思があった場合
ア 「欺いて」とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。不作為による欺罔の場合には、不真正不作為犯であるから、告知義務が必要である。
本件ではBに対する売却の時点で「Aに売却済であり、かつAに移転登記をするつもりであること」を告げないことが「欺いて」に当たるのかが問題となる。これが告げられればBが土地を買わないことは客観的に確実であるから、これを告げないことは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽っている。また、当然告知義務も発生する。したがって、「欺いて」の要件を満たす。
イ Bは上記行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として1100万円を交付した。
ウ しかし、本件では解除があって甲に1100万円が返還されているから、財産的損害がなく、詐欺は未遂にとどまるのではないかが問題となる。前提として詐欺罪も財産罪であるから書かれざる既遂構成要件要素として財産的損害が必要と解する。もっとも、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害する限り交付自体が財産的損害となると解する。
本件では乙は土地がAに売却されていることを知って甲との売買契約を解除しているのだから、乙はAに売却されていない土地を買う予定だったと認められ、1100万円はAに売却されていない土地の対価として交付したものと認められる。しかし実際には土地はAに売却されていたのだから、Bの1100万円の交付目的は害されていたといえる。したがって本件では1100万円の交付自体が財産的損害となる。
エ 以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(2)Aに登記を移す意図がなかった場合
「欺いて」の要件充足性について、本件の「Aに売却済の事実を告げないこと」は、誰にも売却されていないことが一般的に土地購入の消極的動機になるから、交付に向けられた欺罔といえる。しかし、二重譲渡は民法上対抗問題とされている適法行為であるから(民177条)、「Aに売却済の事実」は交付の基礎となる重要な事項とまでは言えないし、このことについて甲の側に告知義務が生じるとも言えない。
したがって、Bに対して「Aに売却済の事実を告げないこと」は欺罔行為に当たらず、上記行為に詐欺罪は成立しない。
2 Bに対して二重に売却した行為にAに対する委託物横領罪(252条1項)の成否を検討する。
(1)「占有」は法律上の占有を含むところ、甲は登記名義を有する。
また、横領罪の保護法益は所有権及び委託信任関係だから「占有」は委託信任関係に基づくものでなければならないところ、土地の所有権は甲A間の売買契約によりAに移転し、甲はAに対して登記移転義務を負っているから、所有者との委託信任関係も認められる。
(2)「他人の物」の要件については、前述のように土地所有者はAであり、土地は有体物だからこの要件を満たす。
(3)「横領」とは不法領得の意思の実現行為を指し、不法領得の意思とは、横領罪の保護法益が所有権及び委託関係であることから、委託の任務に背いて所有者でなければできない処分をする意思のことを言うと解する。
不動産の二重譲渡事例では既遂時期がいつかが問題となる。というのは、不動産の二重譲渡がなされても、登記が第二譲受人に移転されない限り、売主の第一譲受人への登記移転義務は履行不能とならないからである。確かに、二重譲渡自体が移転登記義務の履行不能をもたらしうるから不法領得の意思の発現行為だとも言いうるが、二重譲渡自体は民法上完全に適法行為(民177条)であるし、また、横領罪は危険犯ではないから、履行不能をもたらす危険を根拠に横領罪を成立させることはできないと考える。したがって、不法行為の意思が実現するのは第二譲受人への移転登記時である。
本件で売主甲はBと売買契約を締結したのみで、Bへの移転登記をしていない。
したがって、「横領」が認められない。
(4)以上より、甲の行為に委託物横領罪は成立しない。
3 Aに売却した土地に、自己がC銀行から融資を受けるために抵当権を設定した行為に委託物横領罪が成立する。抵当権の設定は処分であり、AとCは民法上対抗関係に立つところ、Cの抵当権設定登記がされているから、「横領」に当たるためである。
4 Aに売却した土地を、乙に売却した行為に委託物横領罪の成否を検討する。
土地について既にAに対する委託物横領罪が成立していることから、重ねて同罪が成立するかが問題となる。確かに、1つの物を2回自分のものにすることはできないと考えれば二回目は共罰的事後行為とも思える。しかし、抵当権設定によって所有者から交換価値を奪っても、甲のもとにはまだ使用価値の委託信任関係が残っており、二回目の売却はその使用価値を奪う点で一回目とは異なる不法領得の意思が発現しているとみることができる。したがって、抵当権設定後の売却のような場合には横領罪は重ねて成立すると解する。
本件はC銀行に対する抵当権設定後の売却である。
したがって、甲の行為に委託物横領罪が成立する。
5 罪数
甲には@C銀行のために登記をしたことによる委託物横領罪、A乙に売却したことによる委託物横領罪が成立し、両者は包括一罪となる。B詐欺罪が成立する場合は、詐欺罪と併合罪(45条)となる。
第2 乙の罪責
1 甲から、事情を知って土地を譲り受けた行為に、前述Aの委託物横領罪の共同正犯(60条、252条1項)の成否を検討する。
民法上、土地の第二譲受人は背信的悪意者に当たらない限り適法に土地を取得しうる。そうすると、刑法上も、単純悪意の第二譲受人に対する第一譲受人は保護に値しないと解すべきである。
本件乙は、これまでに事情を知っているにすぎないから単純悪意者である。
したがって、Aの乙の行為に委託物横領罪の共同正犯は成立しない。
2 横領罪が成立している土地を、事情を知って買った行為に盗品有償譲受罪(256条2項)の成否が問題となる。
(1)「盗品」とは財産罪にあたる行為によって領得された物をいうところ、本件土地は横領罪により甲が領得した物であるから、「盗品」にあたる。
(2)256条2項の保護法益は被害者の追求権であるが、事後従犯的性格もある。そこで、「有償で譲り受け」るとは、売買契約などの約束が交わされただけでは足りず、盗品等の現実の移転が必要と解する。
本件では、甲乙間で土地の売買契約が締結されたのみならず、所有権移転登記手続が済まされているから、土地の所有権は現実に乙に移転しており、したがって「有償で譲り受け」たと言える。
(3)従って、乙に盗品有償譲受罪が成立する。
以上
甲は、Aとの間で、自己の所有する自己名義の土地を1000万円でAに売却する旨の契約を締結し、Aからその代金全額を受け取った。ところが、甲は、Aに対する所有権移転登記手続前に、Bからその土地を1100万円で買い受けたい旨の申入れを受けたことから気が変わり、Bに売却してBに対する所有権移転登記手続きをすることとし、Bとの間で、Aに対する売却の事実を告げずに申入れどおりの売買契約を締結し、Bから代金全額を受け取った。しかし、甲A間の売買の事実を知ったBは、甲に対し、所有権移転登記手続前に、甲との売買契約の解除を申し入れ、甲は、これに応じて、Bに対し、受け取った1100万円を返還した。その後、甲は、C銀行から、その土地に抵当権を設定して200万円の融資を受け、その旨の登記手続をし、さらに、これまでの上記事情を知る乙との間で、その土地を800万円で乙に売却する旨の契約を締結し、乙に対する所有権移転登記手続きをした。
甲及び乙の罪責を論ぜよ。
回答
第1 甲の罪責
1 Aに対して売却した土地をBに売却し、Bから1100万円を受け取った行為にBとの関係で詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。甲がBに売却する時点で登記をAに移す意思があったか否かで結論が異なるため、場合分けする。
(1)Aに登記を移す意思があった場合
ア 「欺いて」とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。不作為による欺罔の場合には、不真正不作為犯であるから、告知義務が必要である。
本件ではBに対する売却の時点で「Aに売却済であり、かつAに移転登記をするつもりであること」を告げないことが「欺いて」に当たるのかが問題となる。これが告げられればBが土地を買わないことは客観的に確実であるから、これを告げないことは交付に向けられ、交付の基礎となる重要な事項を偽っている。また、当然告知義務も発生する。したがって、「欺いて」の要件を満たす。
イ Bは上記行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として1100万円を交付した。
ウ しかし、本件では解除があって甲に1100万円が返還されているから、財産的損害がなく、詐欺は未遂にとどまるのではないかが問題となる。前提として詐欺罪も財産罪であるから書かれざる既遂構成要件要素として財産的損害が必要と解する。もっとも、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害する限り交付自体が財産的損害となると解する。
本件では乙は土地がAに売却されていることを知って甲との売買契約を解除しているのだから、乙はAに売却されていない土地を買う予定だったと認められ、1100万円はAに売却されていない土地の対価として交付したものと認められる。しかし実際には土地はAに売却されていたのだから、Bの1100万円の交付目的は害されていたといえる。したがって本件では1100万円の交付自体が財産的損害となる。
エ 以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
(2)Aに登記を移す意図がなかった場合
「欺いて」の要件充足性について、本件の「Aに売却済の事実を告げないこと」は、誰にも売却されていないことが一般的に土地購入の消極的動機になるから、交付に向けられた欺罔といえる。しかし、二重譲渡は民法上対抗問題とされている適法行為であるから(民177条)、「Aに売却済の事実」は交付の基礎となる重要な事項とまでは言えないし、このことについて甲の側に告知義務が生じるとも言えない。
したがって、Bに対して「Aに売却済の事実を告げないこと」は欺罔行為に当たらず、上記行為に詐欺罪は成立しない。
2 Bに対して二重に売却した行為にAに対する委託物横領罪(252条1項)の成否を検討する。
(1)「占有」は法律上の占有を含むところ、甲は登記名義を有する。
また、横領罪の保護法益は所有権及び委託信任関係だから「占有」は委託信任関係に基づくものでなければならないところ、土地の所有権は甲A間の売買契約によりAに移転し、甲はAに対して登記移転義務を負っているから、所有者との委託信任関係も認められる。
(2)「他人の物」の要件については、前述のように土地所有者はAであり、土地は有体物だからこの要件を満たす。
(3)「横領」とは不法領得の意思の実現行為を指し、不法領得の意思とは、横領罪の保護法益が所有権及び委託関係であることから、委託の任務に背いて所有者でなければできない処分をする意思のことを言うと解する。
不動産の二重譲渡事例では既遂時期がいつかが問題となる。というのは、不動産の二重譲渡がなされても、登記が第二譲受人に移転されない限り、売主の第一譲受人への登記移転義務は履行不能とならないからである。確かに、二重譲渡自体が移転登記義務の履行不能をもたらしうるから不法領得の意思の発現行為だとも言いうるが、二重譲渡自体は民法上完全に適法行為(民177条)であるし、また、横領罪は危険犯ではないから、履行不能をもたらす危険を根拠に横領罪を成立させることはできないと考える。したがって、不法行為の意思が実現するのは第二譲受人への移転登記時である。
本件で売主甲はBと売買契約を締結したのみで、Bへの移転登記をしていない。
したがって、「横領」が認められない。
(4)以上より、甲の行為に委託物横領罪は成立しない。
3 Aに売却した土地に、自己がC銀行から融資を受けるために抵当権を設定した行為に委託物横領罪が成立する。抵当権の設定は処分であり、AとCは民法上対抗関係に立つところ、Cの抵当権設定登記がされているから、「横領」に当たるためである。
4 Aに売却した土地を、乙に売却した行為に委託物横領罪の成否を検討する。
土地について既にAに対する委託物横領罪が成立していることから、重ねて同罪が成立するかが問題となる。確かに、1つの物を2回自分のものにすることはできないと考えれば二回目は共罰的事後行為とも思える。しかし、抵当権設定によって所有者から交換価値を奪っても、甲のもとにはまだ使用価値の委託信任関係が残っており、二回目の売却はその使用価値を奪う点で一回目とは異なる不法領得の意思が発現しているとみることができる。したがって、抵当権設定後の売却のような場合には横領罪は重ねて成立すると解する。
本件はC銀行に対する抵当権設定後の売却である。
したがって、甲の行為に委託物横領罪が成立する。
5 罪数
甲には@C銀行のために登記をしたことによる委託物横領罪、A乙に売却したことによる委託物横領罪が成立し、両者は包括一罪となる。B詐欺罪が成立する場合は、詐欺罪と併合罪(45条)となる。
第2 乙の罪責
1 甲から、事情を知って土地を譲り受けた行為に、前述Aの委託物横領罪の共同正犯(60条、252条1項)の成否を検討する。
民法上、土地の第二譲受人は背信的悪意者に当たらない限り適法に土地を取得しうる。そうすると、刑法上も、単純悪意の第二譲受人に対する第一譲受人は保護に値しないと解すべきである。
本件乙は、これまでに事情を知っているにすぎないから単純悪意者である。
したがって、Aの乙の行為に委託物横領罪の共同正犯は成立しない。
2 横領罪が成立している土地を、事情を知って買った行為に盗品有償譲受罪(256条2項)の成否が問題となる。
(1)「盗品」とは財産罪にあたる行為によって領得された物をいうところ、本件土地は横領罪により甲が領得した物であるから、「盗品」にあたる。
(2)256条2項の保護法益は被害者の追求権であるが、事後従犯的性格もある。そこで、「有償で譲り受け」るとは、売買契約などの約束が交わされただけでは足りず、盗品等の現実の移転が必要と解する。
本件では、甲乙間で土地の売買契約が締結されたのみならず、所有権移転登記手続が済まされているから、土地の所有権は現実に乙に移転しており、したがって「有償で譲り受け」たと言える。
(3)従って、乙に盗品有償譲受罪が成立する。
以上
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刑法 平成15年度第2問
問題文
甲は、20年以上前から乙という名前で社会生活を営み、運転免許証も乙の名前で取得していた。ところが、甲は、乙名義で多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況に陥った。そこで、甲は、返済の意思も能力もないにもかかわらず、消費医者金融X社から甲名義で借入れ名下に金員を得ようと企て、上記運転免許証の氏名欄に本名である「甲」と記載し、住所欄には現住所を記載した借入申込書を作成した。次いで、甲は、子の借入申込書と運転免許証とを自動契約受付機のイメージスキャナー(画像情報入力装置)で読み取らせた。X社の本社にいた係員Yは、ディスプレイ(画像出力装置)上でこれらの画像を確認し、貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを同受付機を通して発行した。甲は、直ちにこのカードを使って同店舗内の現金自動支払機から30万円を引き出した。
甲の罪責を論ぜよ(ただし、運転免許証を取得した点については除く。)。
回答
1 甲名義の借入申込書を作成した行為に私文書偽造罪(159条1項)の成否を検討する。
(1)借入申込書は実社会生活に交渉を有する事項を証明する文書だから「事実証明に関する文書」に当たる。
(2)「偽造」の要件を満たすか。
虚偽診断書作成罪は特別に構成要件が用意されているから、「偽造」とは無形偽造を指す。そして、文書偽造罪(第17章)の保護法益は文書に対する関係者の信用であり、関係者の信用は名義人(文書上作成者と認識される者をいう。)と作成者(文書の意思・観念の帰属主体と解する。)が異なる場合に害される。したがって、「偽造」とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることと解する。
本件で文書の作成者は、20年前から乙という名で社会生活を営んでいる乙こと甲である。一方、名義人は甲である。乙の本名は甲なのであるから人格の同一性を偽ってはいないとも思えるが、20年間乙という名で社会生活を営んできた乙こと甲は、「乙」として社会的信用を築いてきているのだから、突如として「甲」と名乗るのは別人格へのなりすましと認められ、関係者の信用が害される。
したがって、人格の同一性を偽っているから「偽造」の要件を満たす。
(3)「署名」とは自筆で名を記すことを指し、乙こと甲は自筆で「甲」と記載しているから、この要件を満たす。
(4)以上の故意に加え、「行使の目的」が必要である。「行使の目的」とは、偽造した文書を真正な文書として使用することを言い、乙こと甲は当該借入申込書を使って現金を借りる目的があったから、この要件も満たす。
(5)以上より、私文書偽造罪が成立する。
2 偽造した借入申込書を自動契約受付機のイメージスキャナーで読み取らせ、もって真正な借入申込書として使用した行為に偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。
3 運転免許所の氏名欄に「甲」と記載のある紙片を張り付けた行為に公文書偽造罪(155条1項)の成否を検討する。
(1)運転免許証は155条1項の公文書に当たる。
(2)「偽造」の程度としては、一般人に真正な文書と思わせる外観を作出することが必要である。そうでなければ文書についての信用が害されないからである。
本件は運転免許証に紙片が張り付けられており、一般人は一見して不正がなされていると見破ることができ、「偽造」にあたらない。
この点、似た事例で行使態様を考慮して「偽造」に当たるとした裁判例があるが、行使態様を考慮して「偽造」か否かを決めることは有形偽造の判断に異質の要素を持ち込むもので採用できない。
(3)したがって、同行為に公文書偽造罪は成立しない。
4 ディスプレイ上に表示された運転免許証を公文書とみて、当該ディスプレイを作成した行為に公文書偽造罪が成立するか。
文書偽造罪の文書であるためには、文字が可視的・可読的な形で媒体に固定されている必要があり、しかも、視覚による直接的な認識可能性が必要である。機械的処理により間接的に表示されるものでは足りない。
本件のディスプレイ上の表示は機械的処理による間接的な表示である。
したがって、本件のディスプレイ上の表示は「文書」に当たらず、この行為にも公文書偽造罪は成立しない。
5 ディスプレイ上に加工した運転免許証を表示させて身分証明として使った行為に偽造公文書行使罪は成立しない。加工された運転免許証に公文書偽造罪が成立していないからである(158条1項)。
6 偽造私文書と加工された運転免許証を用いてYを欺罔し、貸出限度額を30万円とするキャッシングカードを交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
(1)欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付行為に向けられており、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。消費者金融会社は借主の返済能力に関心があるところ、乙こと甲は多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況にあったから、Xは乙こと甲に対しては融資をしなかったと認められる。そのため、乙こと甲が甲名義の借入申込書と運転免許証を使うことは、消費者金融会社の錯誤を惹起する行為と言え、欺罔行為に当たる。
(2)Yは上記欺罔行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを発行した。
(3)詐欺罪も財産罪であるから書かれざる構成要件要素として財産的損害が必要と解されるが、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害している限り、交付自体が財産的損害となると解する。
本件ではYが交付しているのはキャッシングカードというプラスチック片に過ぎないが、同カードは現金自動支払機から現金を引き出すことに用いられるため財産的価値がある。そして、Yは返済能力のある「甲」に対して交付する目的で交付したと解されるところ、実際には返済能力のない「乙こと甲」に交付されているから、交付目的が害されている。
したがって、財産的損害の要件を満たす。
(4)以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
7 カードを使って現金自動支払機から30万円を引き出した行為は、現金の占有を移す行為だから窃盗罪(235条)が成立する。
8 罪数
甲には@私文書偽造罪、A偽造私文書行使罪、B詐欺罪、C窃盗罪が成立している。@はAの牽連犯となる(54条1項後段)。AはBの牽連犯である。BとCは同一目的に基づく一連の行為として行われているから、Cの包括一罪とする。 以上
甲は、20年以上前から乙という名前で社会生活を営み、運転免許証も乙の名前で取得していた。ところが、甲は、乙名義で多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況に陥った。そこで、甲は、返済の意思も能力もないにもかかわらず、消費医者金融X社から甲名義で借入れ名下に金員を得ようと企て、上記運転免許証の氏名欄に本名である「甲」と記載し、住所欄には現住所を記載した借入申込書を作成した。次いで、甲は、子の借入申込書と運転免許証とを自動契約受付機のイメージスキャナー(画像情報入力装置)で読み取らせた。X社の本社にいた係員Yは、ディスプレイ(画像出力装置)上でこれらの画像を確認し、貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを同受付機を通して発行した。甲は、直ちにこのカードを使って同店舗内の現金自動支払機から30万円を引き出した。
甲の罪責を論ぜよ(ただし、運転免許証を取得した点については除く。)。
回答
1 甲名義の借入申込書を作成した行為に私文書偽造罪(159条1項)の成否を検討する。
(1)借入申込書は実社会生活に交渉を有する事項を証明する文書だから「事実証明に関する文書」に当たる。
(2)「偽造」の要件を満たすか。
虚偽診断書作成罪は特別に構成要件が用意されているから、「偽造」とは無形偽造を指す。そして、文書偽造罪(第17章)の保護法益は文書に対する関係者の信用であり、関係者の信用は名義人(文書上作成者と認識される者をいう。)と作成者(文書の意思・観念の帰属主体と解する。)が異なる場合に害される。したがって、「偽造」とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることと解する。
本件で文書の作成者は、20年前から乙という名で社会生活を営んでいる乙こと甲である。一方、名義人は甲である。乙の本名は甲なのであるから人格の同一性を偽ってはいないとも思えるが、20年間乙という名で社会生活を営んできた乙こと甲は、「乙」として社会的信用を築いてきているのだから、突如として「甲」と名乗るのは別人格へのなりすましと認められ、関係者の信用が害される。
したがって、人格の同一性を偽っているから「偽造」の要件を満たす。
(3)「署名」とは自筆で名を記すことを指し、乙こと甲は自筆で「甲」と記載しているから、この要件を満たす。
(4)以上の故意に加え、「行使の目的」が必要である。「行使の目的」とは、偽造した文書を真正な文書として使用することを言い、乙こと甲は当該借入申込書を使って現金を借りる目的があったから、この要件も満たす。
(5)以上より、私文書偽造罪が成立する。
2 偽造した借入申込書を自動契約受付機のイメージスキャナーで読み取らせ、もって真正な借入申込書として使用した行為に偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。
3 運転免許所の氏名欄に「甲」と記載のある紙片を張り付けた行為に公文書偽造罪(155条1項)の成否を検討する。
(1)運転免許証は155条1項の公文書に当たる。
(2)「偽造」の程度としては、一般人に真正な文書と思わせる外観を作出することが必要である。そうでなければ文書についての信用が害されないからである。
本件は運転免許証に紙片が張り付けられており、一般人は一見して不正がなされていると見破ることができ、「偽造」にあたらない。
この点、似た事例で行使態様を考慮して「偽造」に当たるとした裁判例があるが、行使態様を考慮して「偽造」か否かを決めることは有形偽造の判断に異質の要素を持ち込むもので採用できない。
(3)したがって、同行為に公文書偽造罪は成立しない。
4 ディスプレイ上に表示された運転免許証を公文書とみて、当該ディスプレイを作成した行為に公文書偽造罪が成立するか。
文書偽造罪の文書であるためには、文字が可視的・可読的な形で媒体に固定されている必要があり、しかも、視覚による直接的な認識可能性が必要である。機械的処理により間接的に表示されるものでは足りない。
本件のディスプレイ上の表示は機械的処理による間接的な表示である。
したがって、本件のディスプレイ上の表示は「文書」に当たらず、この行為にも公文書偽造罪は成立しない。
5 ディスプレイ上に加工した運転免許証を表示させて身分証明として使った行為に偽造公文書行使罪は成立しない。加工された運転免許証に公文書偽造罪が成立していないからである(158条1項)。
6 偽造私文書と加工された運転免許証を用いてYを欺罔し、貸出限度額を30万円とするキャッシングカードを交付させた行為に詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。
(1)欺罔行為とは人の錯誤を惹起する行為である。それは交付行為に向けられており、交付の基礎となる重要な事項を偽ることが必要である。消費者金融会社は借主の返済能力に関心があるところ、乙こと甲は多重債務を負担し、乙名義ではもはや金融機関からの借り入れが困難な状況にあったから、Xは乙こと甲に対しては融資をしなかったと認められる。そのため、乙こと甲が甲名義の借入申込書と運転免許証を使うことは、消費者金融会社の錯誤を惹起する行為と言え、欺罔行為に当たる。
(2)Yは上記欺罔行為により錯誤に陥り、錯誤に基づく処分行為として貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを発行した。
(3)詐欺罪も財産罪であるから書かれざる構成要件要素として財産的損害が必要と解されるが、詐欺罪の保護法益は財産及びその交付目的と解されるから、交付目的を害している限り、交付自体が財産的損害となると解する。
本件ではYが交付しているのはキャッシングカードというプラスチック片に過ぎないが、同カードは現金自動支払機から現金を引き出すことに用いられるため財産的価値がある。そして、Yは返済能力のある「甲」に対して交付する目的で交付したと解されるところ、実際には返済能力のない「乙こと甲」に交付されているから、交付目的が害されている。
したがって、財産的損害の要件を満たす。
(4)以上より、甲の行為に詐欺罪が成立する。
7 カードを使って現金自動支払機から30万円を引き出した行為は、現金の占有を移す行為だから窃盗罪(235条)が成立する。
8 罪数
甲には@私文書偽造罪、A偽造私文書行使罪、B詐欺罪、C窃盗罪が成立している。@はAの牽連犯となる(54条1項後段)。AはBの牽連犯である。BとCは同一目的に基づく一連の行為として行われているから、Cの包括一罪とする。 以上
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