2016年02月02日
商法 平成20年度第2問
問題文
甲株式会社は、その発行する株式を金融商品取引所に上場している監査役会設置会社である。甲社の発行済み株式総数の約20%を保有する株主名簿上の株主である乙株式会社は、平成20年4月25日、同年6月27日開催予定の校舎の定時株主総会における取締役選任に関する議案及び増配に関する議案についての株主提案権を行使した。この場合において、次の二つの問いに答えよ。なお、甲社の定款には、種類株式に係る定めはないものとする。
1 乙社は、株主提案権の行使とともに、甲社に対し、その提案の内容を他の株主によく伝えたいとして、甲社の株主名簿の閲覧請求を行った。これに対し、甲社は、乙社が甲社との事業上の競争関係にある丙株式会社の総株主の議決権の70%を有していることから、乙社からの閲覧請求を拒否することとした。この閲覧請求の拒否は許されるか。
2 甲社の取締役らは、乙社からの株主提案を受けて、直ちに臨時取締役会を開催し、丁株式会社との業務提携関係を強化することが目的であるとして、既に業務提携契約を締結していた丁社のみを引受人とする募集株式の第三者割当発行を決議した。なお、払込金額については甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%に相当する額とし、払込期日については定時株主総会の開催日の1週間前の日とすることとされた。また、当該決議に合わせて、定時株主総会における議決権行使の基準日について、この発行にかかる株式に限りその効力発生日の翌日とする旨の決議がされ、これに係る所要の広告も行われた。この募集株式の発行が実施されると、乙社が保有する甲社株式の甲社発行済み株式総数に対する割合は約15パーセントに低下する一方で、丁社のそれは約45パーセントに上昇することとなる。乙社は、この募集株式の発行を差し止めることができるか。
回答
設問1
甲社の閲覧請求拒否が認められるためには、乙社の閲覧請求が125条3項各号の拒絶事由に該当する必要がある。
そもそも株主名簿の閲覧請求権は、取引社会の一員としての会社の情報公開の仕組みの一つであり、株主及び債権者に認められる(125条2項)。会社法制定前には拒絶事由は定められていなかったが、濫用されると業務に支障が出るため、会社法は会計帳簿についての433条に倣って拒絶事由を設けた。しかし、会計帳簿(仕訳帳・元帳・補助簿を差すと述べた裁判例がある)には会社の営業秘密にかかる情報が含まれるといえるが、株主名簿にはそれは含まれない。そのため、433条2項3号に言う実質的競争関係にあるものに対して株主名簿が開示されたとしても、会社に不利益はない。一方、競合事業を営む株主は、買収等の提案の賛同者を増やすために株主名簿を閲覧する必要がある。そのため、平成26年改正前の判例は、請求者のほうで不当目的がないことを立証すれば会社は実質的競争関係にある者に対する閲覧拒絶はできないと解していた。平成26年改正では、実質的競争関係にある者に対して閲覧拒絶できるとする規定(旧125条2項3号)が削除された。
甲社は、乙社が甲社と事業場の競争関係にある丙社の株式の70%を保有していることを理由に閲覧拒絶しているが、これは旧3号の規定を根拠としたものと考えられる。
したがって、現行法の下では、甲社の拒絶は法的根拠がなく、できない。
設問2
1 210条各号に該当するならば、募集株式の発行の差止めが認められる。
そもそも募集株式の発行は、会社にとって資金調達のため必要な業務執行である(授権資本精度、199条、200条、201条)一方、既存株主にとっては一株当たりの経済的価値の下落と持ち株比率の希釈化という不利益をもたらすものである。そのため、既存株主をある程度保護しなければならない。現行法は既存株主の保護のために株式発行無効の訴え(828条1項2号)を用意しているが、事前に差し止めることができるに越したことはない。そこで210条の規定がある。既存株主は210条に基づき、募集株式の発行が@法令・定款違反である場合(1号)、A著しく不公正である場合(2号)に差止めることができる。乙社は、210条を本案として発行差し止めの仮処分(民事保全法23条2項)を申立てることになる。
2 では、甲社による募集株式発行が@Aのいずれかに該当するか。
(1)@について
ア 199条3項違反の有無
乙社は、@の法令違反として、まず、発行する株価が「特に有利な金額」(199条3項)に当たるにも関わらず株主総会で理由の説明がなかったことを主張しうる。「特に有利な金額」とは公正な発行価額よりも特に低い金額を言い、公正な発行価額は原則として発行時の市場価格を基準とする。そして、買受人に対して市場価格の1割程度割引することは資金調達目的の実効性確保のために行いうるから、市場価格から1割安い程度では特に低いとは言えないと解されている。
本件の丁社の払込金額は甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%であるから、1割安い程度であり、「特に有利な金額」に当たらない。
したがって、199条3項違反はない。
イ 831条1項3号違反の有無
乙社以外の既存株主が831条1項3号の特別利害関係人に当たると言えれば同条違反が主張できる。同条の特別利害関係人は、たとえば退職慰労金を支給する決議において支給を受ける者が挙げられるが、第三者割り当ての募集株式発行を決議する既存株主はこれに当たらない。
したがって、831条1項3号違反もない。
(2)Aについて
では、丁社に対する株式発行が「著しく不公正な方法」により行われたと言えるだろうか。「著しく不公正」とは、募集株式の発行には通常は資金調達目的があることから、主要な目的が著しく不公正かどうかを判断するという主要目的ルールが使われてきた。しかし、敵対的買収防止目的での株式発行の事例が多くみられ、このルールは変化してきている。次のように考える。現に支配権争いが生じている場合に支配権維持を主要目的として株式発行することは、取締役が株主を選ぶことになり権限分配法理に反するから、原則として不公正と解する。もっとも、買収者による支配権取得が会社に回復できない損害をもたらすことを疎明した場合には、正当防衛ないし緊急避難(民720条)の背後の法理により、例外的に不公正発行に当たらないと解する。
また、現に支配権争いが生じていない場合には、従来通りの主要目的ルールが妥当する。もっとも、主要目的が正当なものであっても、新株発行により既存株主の持ち株比率が著しく低下することを認識しつつ新株発行をした場合には、合理的理由のない限り、株主の持ち株比率の利益を害する不公正発行に当たると解する。
本件の乙社は、そもそも本件株式発行前にも20パーセントしか株式を保有しておらず、支配権を得るには至らないから、本件は現に支配権争いが生じている場合には当たらない。
そこで主要目的を検討するに、本件株式発行によって乙社の持株比率は20パーセントから15パーセントに低下する一方、丁社のそれは45パーセントに上昇すること、及び今回発行された株式に限って基準日が操作され、次回の株主総会(乙社の株主提案にかかる議題が審議される株主総会)で議決権が行使できるようになっていることから、現経営者にとって不都合な提案を否決することが主要目的と認定できる。これは不公正発行に当たる。
3 したがって、乙社は210条2号に基づき、株式発行を差止めることができる。 以上
甲株式会社は、その発行する株式を金融商品取引所に上場している監査役会設置会社である。甲社の発行済み株式総数の約20%を保有する株主名簿上の株主である乙株式会社は、平成20年4月25日、同年6月27日開催予定の校舎の定時株主総会における取締役選任に関する議案及び増配に関する議案についての株主提案権を行使した。この場合において、次の二つの問いに答えよ。なお、甲社の定款には、種類株式に係る定めはないものとする。
1 乙社は、株主提案権の行使とともに、甲社に対し、その提案の内容を他の株主によく伝えたいとして、甲社の株主名簿の閲覧請求を行った。これに対し、甲社は、乙社が甲社との事業上の競争関係にある丙株式会社の総株主の議決権の70%を有していることから、乙社からの閲覧請求を拒否することとした。この閲覧請求の拒否は許されるか。
2 甲社の取締役らは、乙社からの株主提案を受けて、直ちに臨時取締役会を開催し、丁株式会社との業務提携関係を強化することが目的であるとして、既に業務提携契約を締結していた丁社のみを引受人とする募集株式の第三者割当発行を決議した。なお、払込金額については甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%に相当する額とし、払込期日については定時株主総会の開催日の1週間前の日とすることとされた。また、当該決議に合わせて、定時株主総会における議決権行使の基準日について、この発行にかかる株式に限りその効力発生日の翌日とする旨の決議がされ、これに係る所要の広告も行われた。この募集株式の発行が実施されると、乙社が保有する甲社株式の甲社発行済み株式総数に対する割合は約15パーセントに低下する一方で、丁社のそれは約45パーセントに上昇することとなる。乙社は、この募集株式の発行を差し止めることができるか。
回答
設問1
甲社の閲覧請求拒否が認められるためには、乙社の閲覧請求が125条3項各号の拒絶事由に該当する必要がある。
そもそも株主名簿の閲覧請求権は、取引社会の一員としての会社の情報公開の仕組みの一つであり、株主及び債権者に認められる(125条2項)。会社法制定前には拒絶事由は定められていなかったが、濫用されると業務に支障が出るため、会社法は会計帳簿についての433条に倣って拒絶事由を設けた。しかし、会計帳簿(仕訳帳・元帳・補助簿を差すと述べた裁判例がある)には会社の営業秘密にかかる情報が含まれるといえるが、株主名簿にはそれは含まれない。そのため、433条2項3号に言う実質的競争関係にあるものに対して株主名簿が開示されたとしても、会社に不利益はない。一方、競合事業を営む株主は、買収等の提案の賛同者を増やすために株主名簿を閲覧する必要がある。そのため、平成26年改正前の判例は、請求者のほうで不当目的がないことを立証すれば会社は実質的競争関係にある者に対する閲覧拒絶はできないと解していた。平成26年改正では、実質的競争関係にある者に対して閲覧拒絶できるとする規定(旧125条2項3号)が削除された。
甲社は、乙社が甲社と事業場の競争関係にある丙社の株式の70%を保有していることを理由に閲覧拒絶しているが、これは旧3号の規定を根拠としたものと考えられる。
したがって、現行法の下では、甲社の拒絶は法的根拠がなく、できない。
設問2
1 210条各号に該当するならば、募集株式の発行の差止めが認められる。
そもそも募集株式の発行は、会社にとって資金調達のため必要な業務執行である(授権資本精度、199条、200条、201条)一方、既存株主にとっては一株当たりの経済的価値の下落と持ち株比率の希釈化という不利益をもたらすものである。そのため、既存株主をある程度保護しなければならない。現行法は既存株主の保護のために株式発行無効の訴え(828条1項2号)を用意しているが、事前に差し止めることができるに越したことはない。そこで210条の規定がある。既存株主は210条に基づき、募集株式の発行が@法令・定款違反である場合(1号)、A著しく不公正である場合(2号)に差止めることができる。乙社は、210条を本案として発行差し止めの仮処分(民事保全法23条2項)を申立てることになる。
2 では、甲社による募集株式発行が@Aのいずれかに該当するか。
(1)@について
ア 199条3項違反の有無
乙社は、@の法令違反として、まず、発行する株価が「特に有利な金額」(199条3項)に当たるにも関わらず株主総会で理由の説明がなかったことを主張しうる。「特に有利な金額」とは公正な発行価額よりも特に低い金額を言い、公正な発行価額は原則として発行時の市場価格を基準とする。そして、買受人に対して市場価格の1割程度割引することは資金調達目的の実効性確保のために行いうるから、市場価格から1割安い程度では特に低いとは言えないと解されている。
本件の丁社の払込金額は甲社株式の直近3か月の市場価格の平均の90%であるから、1割安い程度であり、「特に有利な金額」に当たらない。
したがって、199条3項違反はない。
イ 831条1項3号違反の有無
乙社以外の既存株主が831条1項3号の特別利害関係人に当たると言えれば同条違反が主張できる。同条の特別利害関係人は、たとえば退職慰労金を支給する決議において支給を受ける者が挙げられるが、第三者割り当ての募集株式発行を決議する既存株主はこれに当たらない。
したがって、831条1項3号違反もない。
(2)Aについて
では、丁社に対する株式発行が「著しく不公正な方法」により行われたと言えるだろうか。「著しく不公正」とは、募集株式の発行には通常は資金調達目的があることから、主要な目的が著しく不公正かどうかを判断するという主要目的ルールが使われてきた。しかし、敵対的買収防止目的での株式発行の事例が多くみられ、このルールは変化してきている。次のように考える。現に支配権争いが生じている場合に支配権維持を主要目的として株式発行することは、取締役が株主を選ぶことになり権限分配法理に反するから、原則として不公正と解する。もっとも、買収者による支配権取得が会社に回復できない損害をもたらすことを疎明した場合には、正当防衛ないし緊急避難(民720条)の背後の法理により、例外的に不公正発行に当たらないと解する。
また、現に支配権争いが生じていない場合には、従来通りの主要目的ルールが妥当する。もっとも、主要目的が正当なものであっても、新株発行により既存株主の持ち株比率が著しく低下することを認識しつつ新株発行をした場合には、合理的理由のない限り、株主の持ち株比率の利益を害する不公正発行に当たると解する。
本件の乙社は、そもそも本件株式発行前にも20パーセントしか株式を保有しておらず、支配権を得るには至らないから、本件は現に支配権争いが生じている場合には当たらない。
そこで主要目的を検討するに、本件株式発行によって乙社の持株比率は20パーセントから15パーセントに低下する一方、丁社のそれは45パーセントに上昇すること、及び今回発行された株式に限って基準日が操作され、次回の株主総会(乙社の株主提案にかかる議題が審議される株主総会)で議決権が行使できるようになっていることから、現経営者にとって不都合な提案を否決することが主要目的と認定できる。これは不公正発行に当たる。
3 したがって、乙社は210条2号に基づき、株式発行を差止めることができる。 以上
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