2016年02月02日
商法 平成20年度第1問
問題文
X株式会社は、公開会社でない取締役設置会社であり、その保有する建物および用地(以下「本件不動産」という。)において「リストランテL」の名称でレストランを営んでいる。X社の貸借対照表の資産の部に計上されている金額は、そのほとんどすべてが本件不動産の帳簿価格で占められている。なお、X社の代表取締役はAであり、また、X社においては特別取締役制度は採用されていない。
これらを前提として、次のそれぞれの場合について、問いに答えよ。
1 Aは、Y株式会社に対し、本件不動産を5000万円で譲渡し、その所有権移転登記手続きを了した。Y社は、取得した本件不動産の建物を改装して、電化製品の販売店を営むことを予定している。Aはこの取引に先立ち、X社の取締役会の承認も株主総会の承認も得ていない。その後、Aに替わってX社の代表取締役に就任したBは、Y社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができるか。
2 Aは、Y社に対し、本件不動産を厨房設備とともに7000万円で譲渡した。Aは、この取引に先立ち、X社の株主総会の承認を得ている。Y社は、「リストランテL」の名称を引き続き利用し、X社が行っていた従来のレストラン事業を営んでいる。この取引の結果、X社は事実上すべての活動を停止したが、Aが売却代金7000万円を持ち逃げして行方不明となってしまったため、X社には見るべき資産がなくなった。X社に対してレストランの運転資金を融資していたCは、Y社に対してその返済を求めることができるか。
回答
設問1
1 BがY社に対して問題の所有権の抹消を求めるためには、T株主総会決議を欠く事業譲渡(467条)に当たるとする主張と、U取締役会決議を欠く重要な財産の処分(362条4項1号)に当たるとする主張が考えられる。以下、それぞれについて論じる。
2 Tについて
Bの主張が認められるためには、本件不動産の譲渡が株主総会の特別決議を要する事業譲渡(467条、309条2項11号)に当たり、株主総会決議を欠く事業譲渡の効果が無効であり、その無効を譲渡会社が主張できることが必要である。
467条の事業譲渡に株主総会の特別決議が必要とされるのは、会社法が事業譲渡を会社の基礎的変更と位置付けており、株主に与える影響が大きいからである。どのような事業の売買契約(民法555条)に株主総会決議が必要とされるかは明文がないが、解釈の統一のため21条の事業譲渡と同一意義と解する。そして、21条の事業譲渡とは、@有機的一体として機能する財産の譲渡であり、A事業の承継を伴い、B法律上当然に競業避止義務を負うものをいうとするのが判例である。@だけで足り、工場などの譲渡も事業譲渡に当たるとする見解もあるが、静的安全を重視し過ぎているきらいがあるため採用しない。
本件不動産は@レストランを営むのに使われているから有機的一体として機能しているから、@だけで足りるという見解ならば事業譲渡に当たる。しかし、Y社は本件不動産で電化製品の販売店を営むことを予定しているから、A事業の承継がない。
したがって、本件不動産の売買契約は事業譲渡に当たらず、株主総会決議は不要である。そのため、株主総会決議を欠くことを無効事由としてX社が主張することはできない。
3 Uについて
Bの主張が認められるためには、本件不動産の売買契約が「重要な財産の処分」に当たり、取締役会決議を欠くことの効果が無効であり、その無効を譲渡会社の側から主張できることが必要である。
法が重要な財産の処分の決定権限を取締役会与えたのは、取締役の軽率な判断を防ぎ、合議により経営を慎重に行わせるためだと考えられる。そのように静的安全を図るべき重要な財産の処分に該当するか否かは、財産の価額、その価額が会社の総資産に占める割合、保有目的、処分の態様、会社における従来の取扱い等を総合考慮して決めるのが判例である。
本件不動産は5000万円と多額であり、それはX社の貸借対照表上の資産の部に計上されている金額のほとんどすべてであり、保有目的はレストランの営業であり、処分態様は通常の売買契約であり、会社において従来このような大規模な取引はなかったと考えられる。以上を総合考量すると、本件は「重要な財産の処分」に当たる。
しかし、その効果が無効と解するのは疑問である。代表取締役は会社の代表であり、包括代理権を有する(349条1項、4項)。また、取締役会決議があったかどうかは相手方からはわからないことが多く、不審事由がない場合に取引の相手方にいちいち調査義務を課すとなると、営利を目的とする株式会社の取引の迅速性が著しく害され妥当でない。そのため、代表取締役が会社を代表して行った取引は、内部的意思決定を欠くものであっても原則として有効と解する。ただ、相手方が悪意有過失の場合には相手方を保護する必要がないから、例外的に無効と解する。この点、普段取締役会を開かない小規模会社が機会主義的に無効主張することの予防から軽過失の相手方を保護する見解もあるが、権利濫用等の一般条項で対処できるため採用しない。
本件でY社に過失があるか検討するに、本件不動産は帳簿価格からしてX社の財産のほぼすべてであるという事情は不審事由と評価でき、この場合にはY社にAの行為がX社の取締役会決議を経たものなのか調査する義務が発生すると解する。そうすると、Y社には調査義務を果たさなかった過失があるから、本件不動産の売買契約は無効である。
では、その無効を決議を欠いた会社自身が主張できるか。禁反言の法理に触れるようにも思えるが、代表者の暴走から株主を保護する必要性があるし、無効は本来誰でも主張できるものだから、できると解する。
したがって、BはY社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができる。
設問2
1 Cが22条1項に基づきY社に対して弁済する責任を負うか検討する。
まず、本件不動産の売買契約が21条の事業譲渡に当たる必要がある。設問1で述べた要件に当てはめると、本件は@前述のように有機的一体として機能する財産の譲渡であり、AY社はX社が従来営んでいたレストラン事業を行うので事業の承継があり、BX社は21条に基づく競業避止義務を負担するから、事業譲渡に当たる。
そして、事業を譲り受けたY社が譲渡会社の商号を続用する必要があるところ、Y社は「X社」という商号は続用していないが、「リストランテL」という屋号を続用している。屋号の続用に22条1項が類推適用されるか検討するに、22条1項の趣旨は、事業譲渡は第三者からはわかりにくく、債権者からすると、商号が続用されている場合には、事業の承継がないか、あったとしても譲受人において債務を承継したものと信頼するのが通常であるから、その信頼を保護することである。そうすると、その趣旨は、屋号が営業主体を表わすものとしてもちいられている場合において、屋号を譲受人が続用しているときに妥当する。したがって、屋号が営業主体を表わすものとしてもちいられている場合で、屋号を譲受人が続用しているときは、22条1項の類推適用により、譲受人も譲渡人の債権者に対して弁済する責任を負うと解する。
本件は、「リストランテL」は営業主体を表わすものとしてもちいられており、Y社はそれを続用している。そして、X社がCに対して負っていた債務はレストランの運転資金であるから、「事業によって生じた債務」に当たる。
したがって、Cは、22条1項類推適用に基づき、Y社に対して返済を求めることができる。
なお、仮に「リストランテL」が営業主体を表わすものとしてもちいられていなかった場合であっても、事業譲渡が詐害的であった場合には、Cは23条の2第1項に基づき、一定期間内(同2項)に、Y社に対して弁済を請求できる。23条の2の規定は、事業譲渡が詐害的に行われることを防止するため、平成26年改正で新設された。 以上
X株式会社は、公開会社でない取締役設置会社であり、その保有する建物および用地(以下「本件不動産」という。)において「リストランテL」の名称でレストランを営んでいる。X社の貸借対照表の資産の部に計上されている金額は、そのほとんどすべてが本件不動産の帳簿価格で占められている。なお、X社の代表取締役はAであり、また、X社においては特別取締役制度は採用されていない。
これらを前提として、次のそれぞれの場合について、問いに答えよ。
1 Aは、Y株式会社に対し、本件不動産を5000万円で譲渡し、その所有権移転登記手続きを了した。Y社は、取得した本件不動産の建物を改装して、電化製品の販売店を営むことを予定している。Aはこの取引に先立ち、X社の取締役会の承認も株主総会の承認も得ていない。その後、Aに替わってX社の代表取締役に就任したBは、Y社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができるか。
2 Aは、Y社に対し、本件不動産を厨房設備とともに7000万円で譲渡した。Aは、この取引に先立ち、X社の株主総会の承認を得ている。Y社は、「リストランテL」の名称を引き続き利用し、X社が行っていた従来のレストラン事業を営んでいる。この取引の結果、X社は事実上すべての活動を停止したが、Aが売却代金7000万円を持ち逃げして行方不明となってしまったため、X社には見るべき資産がなくなった。X社に対してレストランの運転資金を融資していたCは、Y社に対してその返済を求めることができるか。
回答
設問1
1 BがY社に対して問題の所有権の抹消を求めるためには、T株主総会決議を欠く事業譲渡(467条)に当たるとする主張と、U取締役会決議を欠く重要な財産の処分(362条4項1号)に当たるとする主張が考えられる。以下、それぞれについて論じる。
2 Tについて
Bの主張が認められるためには、本件不動産の譲渡が株主総会の特別決議を要する事業譲渡(467条、309条2項11号)に当たり、株主総会決議を欠く事業譲渡の効果が無効であり、その無効を譲渡会社が主張できることが必要である。
467条の事業譲渡に株主総会の特別決議が必要とされるのは、会社法が事業譲渡を会社の基礎的変更と位置付けており、株主に与える影響が大きいからである。どのような事業の売買契約(民法555条)に株主総会決議が必要とされるかは明文がないが、解釈の統一のため21条の事業譲渡と同一意義と解する。そして、21条の事業譲渡とは、@有機的一体として機能する財産の譲渡であり、A事業の承継を伴い、B法律上当然に競業避止義務を負うものをいうとするのが判例である。@だけで足り、工場などの譲渡も事業譲渡に当たるとする見解もあるが、静的安全を重視し過ぎているきらいがあるため採用しない。
本件不動産は@レストランを営むのに使われているから有機的一体として機能しているから、@だけで足りるという見解ならば事業譲渡に当たる。しかし、Y社は本件不動産で電化製品の販売店を営むことを予定しているから、A事業の承継がない。
したがって、本件不動産の売買契約は事業譲渡に当たらず、株主総会決議は不要である。そのため、株主総会決議を欠くことを無効事由としてX社が主張することはできない。
3 Uについて
Bの主張が認められるためには、本件不動産の売買契約が「重要な財産の処分」に当たり、取締役会決議を欠くことの効果が無効であり、その無効を譲渡会社の側から主張できることが必要である。
法が重要な財産の処分の決定権限を取締役会与えたのは、取締役の軽率な判断を防ぎ、合議により経営を慎重に行わせるためだと考えられる。そのように静的安全を図るべき重要な財産の処分に該当するか否かは、財産の価額、その価額が会社の総資産に占める割合、保有目的、処分の態様、会社における従来の取扱い等を総合考慮して決めるのが判例である。
本件不動産は5000万円と多額であり、それはX社の貸借対照表上の資産の部に計上されている金額のほとんどすべてであり、保有目的はレストランの営業であり、処分態様は通常の売買契約であり、会社において従来このような大規模な取引はなかったと考えられる。以上を総合考量すると、本件は「重要な財産の処分」に当たる。
しかし、その効果が無効と解するのは疑問である。代表取締役は会社の代表であり、包括代理権を有する(349条1項、4項)。また、取締役会決議があったかどうかは相手方からはわからないことが多く、不審事由がない場合に取引の相手方にいちいち調査義務を課すとなると、営利を目的とする株式会社の取引の迅速性が著しく害され妥当でない。そのため、代表取締役が会社を代表して行った取引は、内部的意思決定を欠くものであっても原則として有効と解する。ただ、相手方が悪意有過失の場合には相手方を保護する必要がないから、例外的に無効と解する。この点、普段取締役会を開かない小規模会社が機会主義的に無効主張することの予防から軽過失の相手方を保護する見解もあるが、権利濫用等の一般条項で対処できるため採用しない。
本件でY社に過失があるか検討するに、本件不動産は帳簿価格からしてX社の財産のほぼすべてであるという事情は不審事由と評価でき、この場合にはY社にAの行為がX社の取締役会決議を経たものなのか調査する義務が発生すると解する。そうすると、Y社には調査義務を果たさなかった過失があるから、本件不動産の売買契約は無効である。
では、その無効を決議を欠いた会社自身が主張できるか。禁反言の法理に触れるようにも思えるが、代表者の暴走から株主を保護する必要性があるし、無効は本来誰でも主張できるものだから、できると解する。
したがって、BはY社に対して本件不動産の所有権移転登記の抹消を求めることができる。
設問2
1 Cが22条1項に基づきY社に対して弁済する責任を負うか検討する。
まず、本件不動産の売買契約が21条の事業譲渡に当たる必要がある。設問1で述べた要件に当てはめると、本件は@前述のように有機的一体として機能する財産の譲渡であり、AY社はX社が従来営んでいたレストラン事業を行うので事業の承継があり、BX社は21条に基づく競業避止義務を負担するから、事業譲渡に当たる。
そして、事業を譲り受けたY社が譲渡会社の商号を続用する必要があるところ、Y社は「X社」という商号は続用していないが、「リストランテL」という屋号を続用している。屋号の続用に22条1項が類推適用されるか検討するに、22条1項の趣旨は、事業譲渡は第三者からはわかりにくく、債権者からすると、商号が続用されている場合には、事業の承継がないか、あったとしても譲受人において債務を承継したものと信頼するのが通常であるから、その信頼を保護することである。そうすると、その趣旨は、屋号が営業主体を表わすものとしてもちいられている場合において、屋号を譲受人が続用しているときに妥当する。したがって、屋号が営業主体を表わすものとしてもちいられている場合で、屋号を譲受人が続用しているときは、22条1項の類推適用により、譲受人も譲渡人の債権者に対して弁済する責任を負うと解する。
本件は、「リストランテL」は営業主体を表わすものとしてもちいられており、Y社はそれを続用している。そして、X社がCに対して負っていた債務はレストランの運転資金であるから、「事業によって生じた債務」に当たる。
したがって、Cは、22条1項類推適用に基づき、Y社に対して返済を求めることができる。
なお、仮に「リストランテL」が営業主体を表わすものとしてもちいられていなかった場合であっても、事業譲渡が詐害的であった場合には、Cは23条の2第1項に基づき、一定期間内(同2項)に、Y社に対して弁済を請求できる。23条の2の規定は、事業譲渡が詐害的に行われることを防止するため、平成26年改正で新設された。 以上
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