2016年02月02日
商法 平成19年度第1問
問題文
甲株式会社は、ホテル業を営む取締役会設置会社であり、代表取締役会長A及び代表取締役社長Bのほか、Bの配偶者C、弟D及びAの知人Eが取締役に就任している。
乙株式会社は、不動産業を営む取締役会設置会社であり、代表取締役Cのほか、B及びDが取締役に就任している。
Bは、大量の不稼働不動産を抱えて業績が悪化した乙社を救済するため、同社の所有する土地(以下「本件土地」という。)を甲社に5億円で売却しようと考え、その承認のための甲社取締役会が開催され、当該取締役会において、Bが本件土地の売買についての重要な事実を開示してその承認を求めたところ、Eから5億円の価格に難色が示されたものの、Bからバブル時代の土地価格を考えれば5億円の価格は決して高くないとの発言があっただけで、価格の相当性について議論がされることはなく、Cを議決に加えずに採決が行われた結果、Eは棄権したが、B及びDの賛成により本件土地を5億円で買い受ける売買契約を締結し、所有権移転登記手続きと引き換えに代金5億円を支払い、さらに、遅滞なく、本件土地の売買についての重要な事実を甲社の取締役全員が出席する取締役会で報告した。
その後、上記売買契約当時の本件土地の価格は、高く見積もっても3億円を超えないことが判明した。
甲社は、A,B、C、D及びEに対し、それぞれどのような責任を追及することができるか。
回答
1 総論
(1)任務懈怠責任(423条)の法理
会社と取締役は任用契約関係にあるので、取締役は職務執行に際し会社に対して善管注意義務・忠実義務を負い(330条、民644条1項、355条)その義務に違反して会社に損害を与えた場合には会社に対して損害賠償責任を負うはずである(415条1項)。しかし、会社法は上記民法上の責任だけでは不十分と考え、423条の規定を置いている。その法的性質は、取締役の会社に対する債務不履行責任である。
会社が取締役に対して423条の責任を追及するためには、@任務懈怠、A損害、B因果関係を主張立証すれば足りるが、同条が債務不履行責任の特則であることから、取締役は無過失を主張立証すれば責任を免れる。ただし、任務懈怠の内容が善管注意義務違反である場合には、任務懈怠と過失の評価根拠事実は共通である。
(2)利益相反取引の規制(356条1項2号3号)
取締役がその地位を利用して会社の利益の犠牲の上に自己の利益を図り、よって会社に損害を生じさせた場合には、前述@の任務懈怠が推定される(423条3項本文、356条1項2号3号)。利益相反取引により会社に損害を与えることは善管注意義務・忠実義務違反にほかならないが、その行われやすさから法が特に規定したものである。
本件で甲社の取締役Cは乙社の代表取締役であるから、甲社が業績の悪化した乙社を救済するために乙社から本件土地を買うことは、後者とCとの利益相反取引(356条1項3号)に当たる。そして、このような利益相反取引が取締役会の承認を経て行われたが、実際には本件土地の価格は3億円であり、対価として5億円を支払った甲社には2億円の損害が発生している。そのため、総じていえば甲社は本件土地の売買を決定した取締役会決議を任務懈怠として各取締役に対して423条に基づく損害賠償請求が可能である。以下、それぞれの取締役について要件充足性を検討する。
2 Aの責任
Aは入院中であり取締役会に出席していないから、任務懈怠又は過失がない。そのため、Aは損害賠償責任を負わない。この点、Aが代表取締役であり対内的に取締役の業務執行を監督する地位にあったことから、監視義務違反を任務懈怠と構成できないかが問題となるも、代表取締役には取締役会の決議内容自体を監視する義務はないから、そのような構成はできない。
3 Bの責任
Bは取締役会決議において本件土地の売買についての重要な事実を開示してその承認を求めたから、「当該取引をすることを決定した取締役」(423条3項2号)として任務懈怠が推定される。損害と因果関係の要件も充足する。無過失を根拠づける事実もない。
したがって、甲社はBに対して423条に基づく損害賠償請求ができる。
4 Cの責任
Cは乙社の代表取締役であるから、「356条第1項の取締役」(423条3項1号)として任務懈怠が推定される。そのほかはBと同様である。
したがって、甲社はCに対して423条に基づく損害賠償請求ができる。
5 Dの責任
Dは取締役会決議で賛成しているから、「賛成した取締役」(423条3項3号)として任務懈怠が推定される。そのほかはBと同様である。
したがって、甲社はDに対して423条に基づく損害賠償請求ができる。
6 Eの責任
Eは取締役会において価格に難色を示し、決議を棄権したため、任務懈怠が否定されないか問題となる。まず、棄権した者も「賛成した取締役」に当たるという解釈がありうるが、文言に反するため採用しない。次に、Eの上記行為が任務懈怠に当たるかどうかである。思うに、5億円は多額であるからその支出を伴う取引においては価格の相当性を吟味すべきである。そうすると、5億円の支出を伴う議題の審議に参加した取締役には、その価格の相当性を吟味すべき義務が善管注意義務として課されていると解する。本件ではEは価格に難色を示しただけで価格の相当性を議論していないのだから、上記義務違反があると言える。
したがって、甲社はEに対し、423条に基づく損害賠償請求ができる。 以上
甲株式会社は、ホテル業を営む取締役会設置会社であり、代表取締役会長A及び代表取締役社長Bのほか、Bの配偶者C、弟D及びAの知人Eが取締役に就任している。
乙株式会社は、不動産業を営む取締役会設置会社であり、代表取締役Cのほか、B及びDが取締役に就任している。
Bは、大量の不稼働不動産を抱えて業績が悪化した乙社を救済するため、同社の所有する土地(以下「本件土地」という。)を甲社に5億円で売却しようと考え、その承認のための甲社取締役会が開催され、当該取締役会において、Bが本件土地の売買についての重要な事実を開示してその承認を求めたところ、Eから5億円の価格に難色が示されたものの、Bからバブル時代の土地価格を考えれば5億円の価格は決して高くないとの発言があっただけで、価格の相当性について議論がされることはなく、Cを議決に加えずに採決が行われた結果、Eは棄権したが、B及びDの賛成により本件土地を5億円で買い受ける売買契約を締結し、所有権移転登記手続きと引き換えに代金5億円を支払い、さらに、遅滞なく、本件土地の売買についての重要な事実を甲社の取締役全員が出席する取締役会で報告した。
その後、上記売買契約当時の本件土地の価格は、高く見積もっても3億円を超えないことが判明した。
甲社は、A,B、C、D及びEに対し、それぞれどのような責任を追及することができるか。
回答
1 総論
(1)任務懈怠責任(423条)の法理
会社と取締役は任用契約関係にあるので、取締役は職務執行に際し会社に対して善管注意義務・忠実義務を負い(330条、民644条1項、355条)その義務に違反して会社に損害を与えた場合には会社に対して損害賠償責任を負うはずである(415条1項)。しかし、会社法は上記民法上の責任だけでは不十分と考え、423条の規定を置いている。その法的性質は、取締役の会社に対する債務不履行責任である。
会社が取締役に対して423条の責任を追及するためには、@任務懈怠、A損害、B因果関係を主張立証すれば足りるが、同条が債務不履行責任の特則であることから、取締役は無過失を主張立証すれば責任を免れる。ただし、任務懈怠の内容が善管注意義務違反である場合には、任務懈怠と過失の評価根拠事実は共通である。
(2)利益相反取引の規制(356条1項2号3号)
取締役がその地位を利用して会社の利益の犠牲の上に自己の利益を図り、よって会社に損害を生じさせた場合には、前述@の任務懈怠が推定される(423条3項本文、356条1項2号3号)。利益相反取引により会社に損害を与えることは善管注意義務・忠実義務違反にほかならないが、その行われやすさから法が特に規定したものである。
本件で甲社の取締役Cは乙社の代表取締役であるから、甲社が業績の悪化した乙社を救済するために乙社から本件土地を買うことは、後者とCとの利益相反取引(356条1項3号)に当たる。そして、このような利益相反取引が取締役会の承認を経て行われたが、実際には本件土地の価格は3億円であり、対価として5億円を支払った甲社には2億円の損害が発生している。そのため、総じていえば甲社は本件土地の売買を決定した取締役会決議を任務懈怠として各取締役に対して423条に基づく損害賠償請求が可能である。以下、それぞれの取締役について要件充足性を検討する。
2 Aの責任
Aは入院中であり取締役会に出席していないから、任務懈怠又は過失がない。そのため、Aは損害賠償責任を負わない。この点、Aが代表取締役であり対内的に取締役の業務執行を監督する地位にあったことから、監視義務違反を任務懈怠と構成できないかが問題となるも、代表取締役には取締役会の決議内容自体を監視する義務はないから、そのような構成はできない。
3 Bの責任
Bは取締役会決議において本件土地の売買についての重要な事実を開示してその承認を求めたから、「当該取引をすることを決定した取締役」(423条3項2号)として任務懈怠が推定される。損害と因果関係の要件も充足する。無過失を根拠づける事実もない。
したがって、甲社はBに対して423条に基づく損害賠償請求ができる。
4 Cの責任
Cは乙社の代表取締役であるから、「356条第1項の取締役」(423条3項1号)として任務懈怠が推定される。そのほかはBと同様である。
したがって、甲社はCに対して423条に基づく損害賠償請求ができる。
5 Dの責任
Dは取締役会決議で賛成しているから、「賛成した取締役」(423条3項3号)として任務懈怠が推定される。そのほかはBと同様である。
したがって、甲社はDに対して423条に基づく損害賠償請求ができる。
6 Eの責任
Eは取締役会において価格に難色を示し、決議を棄権したため、任務懈怠が否定されないか問題となる。まず、棄権した者も「賛成した取締役」に当たるという解釈がありうるが、文言に反するため採用しない。次に、Eの上記行為が任務懈怠に当たるかどうかである。思うに、5億円は多額であるからその支出を伴う取引においては価格の相当性を吟味すべきである。そうすると、5億円の支出を伴う議題の審議に参加した取締役には、その価格の相当性を吟味すべき義務が善管注意義務として課されていると解する。本件ではEは価格に難色を示しただけで価格の相当性を議論していないのだから、上記義務違反があると言える。
したがって、甲社はEに対し、423条に基づく損害賠償請求ができる。 以上
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/4690476
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック