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2021年02月14日

YOUという番組が映した時代

NHKEVで、YOU放送100回記念番組を見た。80年代に糸井重里氏の司会で放送されていた番組だ。80年代、坂本龍一や、日比野克彦などそうそうたる顔ぶれが、活躍し始めた頃である。
パソコンはまだ今ほど普及していなくて、インターネットも、発達していなくて、パソコン通信の時代である。携帯電話も、ほとんど使われておらず、一部の経営者などが使い始めていたが、大きくて重くて高価だったと思う。私は、入社7年くらいで地方に転勤になっていた。会社のパソコンはまだデスクトップで、ひとり一台ではなかった。会社でも家でもパソコンでなくワープロで文書を打ちフロッピーに保存していた。
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何十年ぶりに番組を見ていたら、出演していた若いコンピュータープログラマーが、「未来の社会では、家庭にあるパソコンがみんなつながって、手紙や画像などをやりとりしたり、パソコンでなんでもやれるようになる」と話していたが、司会の糸井さんを含めて、聞いている周りの若者は、まったくぴんと来ていない表情であった。しかし、あれから35年ほどで、その話はほとんどが現実になった。84年頃には、普通の人はそんなこと想像も出来なかったに違いない。携帯電話や、GPSで位置情報がわかってしまうことなど、SF映画や漫画の世界だった。ちなみにその話をしていた若きプログラマーの現在の様子も放送されていたが、今は、工学系ではトップクラスの大学の教授になっていた。
コロナVのおかげで、これまでは一部の人しか使っていなかったパソコンを使ったテレビ会議は、一気に普及し、リモートワークはいきなり身近な仕組みになってしまった。わずか1年弱ほどの間での劇的な変化である。

この先の20年後の未来は、いったいどんな社会になっているのだろうか?

#リモートワーク












2021年02月13日

続・記憶のスイッチ

このところ、父が、「魚があるから、食べないといけない。ちょっと見てくれ」ということが何度かあった。
数日前には、テレビを指さして、「その中に魚が入っているから、食べないといかん。ちょっと見てくれ」と何度も繰り返した。これはテレビだから、この中には、魚など入らない、そう言っても、しばらくするとまた同じことを言う。

記憶のスイッチというのは、不思議な形で突然つながるのかもしれない。以前も書いたけれど、父が認知症になってから、昔の記憶が突然蘇って、それが映像として彼の中に画像を結んでいるようなことが頻繁におこるようになった。世話をするものにとってこれがつらいのは、まず数十分ごとに呼ばれては、何度も同じことを聞かされること。そのたびにこちらも、同じような説明をしなければいけない。何度も続くと、これはなかなかやるせない。
どういう画像かわからないけれど、父にとっては、「リアル」なので、彼は、「ほら、そこにあるから、開けて見てくれ」と言う言葉を繰り返す、

父は、魚好きで、自分で調理するのも得意だった。母が亡くなったあと、毎日何かしら干物や切り身などの焼き魚を食べていた。そして、それは電気の魚焼き器を使って焼いていた。電子レンジを使うようになると、残った魚をそれで暖めるようにもなった。
テレビを指さして「その中に魚がある」というようになったのは、電子レンジか魚焼き器の中に残って、つい食べ忘れてしまった魚の記憶が蘇っているのではないかと思う。

父の名誉のために書きそえるが、こうした幻を見ている時以外は、父はしっかりしていてきちんと話もできる。ただ、最近は、幻について話すことが多くなってきたようにも思う。

介護とは闘争だというようなことを以前書いたし、記憶のスイッチについてもかいたことがある。認知症の人を世話することは、忍耐である。しかしそのことをわかっていても、やはり、繰り返しそれが行われることは、そばにいるものにとっては、なかなか疲れることなのだ。
もし私が父と同じようになったとしたら、やはり同じように食べ物について話すような気がする。記憶のスイッチとして、突然私の脳裏に画像を結ぶのは、父と同じように、生きることの根源である食べることではないかと思う。

2021年02月12日

Absolutely Inappropriate /Part3

もう書きたくもないのだけど、「絶対に不適切」その3は、不適切な後任調整でドタバタ劇の様相を呈してきた。突然かつがれ、そして辞退を余儀なくされた川渕さんも迷惑だったと思うが、恐らく腹の中では「何だこれ?!」という思いがあっただろうが、大人の対応で、世の中の動きを見てすぐに就任要請を拒否する意向を示した。火中の栗は、拾わないほうがよろしい。(これは私にも経験があるので(笑))
舌禍を招いたご仁の記者会見は、またさらに余分なコメントをしていて、本当はちっとも反省などしていないことが随所に感じられた。そんな会見などじっくり見る気分も失せたので、以上はニュース映像からの情報レベル。

考えてみれば、今回のオリンピックは、さまざまなことが起こっていた。今や遠い記憶のようにも思えるが、まずはシンボルマークデザインの盗用問題。デザインを真似られたという海外のデザイナーからの訴えにより、結果的にはいったん決まったマークを白紙に戻して再検討することになり、現在の野老さんデザインのマークが決定した。
さらに、猛暑を懸念したことによる札幌へのマラソンコースの変更問題。
そして、誰も予想しなかったコロナウィルスの世界的な流行による開催の1年延期である。

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ご存知の方も多いだろうが、第一回の東京オリンピックというのは、実は1964年ではなく、1940年に行われるはずだった。欧米以外で、アジア初のオリンピックだった。その前に開催された1936年のベルリンオリンピックは、ヒトラーの政治宣伝目的が色濃く反映された大会であった。そして、柔道の嘉納治五郎らの尽力によって獲得した1940年の東京開催は、そのヒトラーらによって戦争へと傾いていく国際情勢の中で、開催権を返上することを余儀なくされたのだ。晴海などで準備されていたオリンピック施設や道路などは、結果的には64年の大会で活用された。

こんなことを書くと、非国民と怒られるかもしれないが、1940年のオリンピックを開催返上させたのは、戦争へと向かう国際情勢の大きな変化だった。そして、今回は、世界規模の疫病が、開催を1年遅らせるという事態を招いた。さらに今回のドタバタ劇である。

この大会の行方は、もしかすると1940年大会と同様に、幻への道を歩み始めているのかもしれない。

#東京2020 












2021年02月11日

Absolutely Inappropriate Part2

世界的な大運動会について大きな権威を持つスイスの委員会が、Absolutely Inappropriate=「絶対に不適切!」という痛烈なコメントを出したことについて昨日紹介したが、1日でその続編を書くことになった。不適切なコメントを発言した渦中の会長様が、辞任を表明したのである。日本国内にとどまらず世界中から批判が沸き起こっているという事態ではやむを得ないことだろう。
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ネットニュースや報道などを眺めていると、仕方のないことだという受け止め方の一方で、関係者からは、今後の運営調整に大きな影響が出るという意見も多いという。総理経験者で大変なご活躍をされた方だから、まあ一般庶民にはわからない素晴らしい点もおありなのだろうが、仮にこのまま大会を実施するのであれば、実務的な調整仕事が中心になるのだから、彼以外でも、政治的調整よりもちゃんとした話のできる方で、ビジネスを適切に進めていける方のほうがよいのではないかとつい思ってしまうのだが。

覆水盆に返らず、というが、悪い冗談だったと弁明し発言を撤回する、と言っても言葉の影響は元には戻せないことが多い。そんな折に、与党のお偉い方は、怒っているボランティアの人について、少し時間がたてば治まるだろうというような発言をされた。こちらもまた、コミュニケーションのバランス感覚が欠如しているご仁のようである。

緊急事態宣言が多少は功を奏したのか、この数日大都市での感染者数は減っているようだが、コロナ禍は、まだまだ治まる気配を見せない。
そういえば、禍という字の入った言葉には、「舌禍」というのもあった。
禍福は糾える縄の如し。

#森会長辞任












2021年02月10日

Absolutely Inappropriate

鮫の脳みそ、という投稿を数日前に書いた。
その時には、その脳みその持ち主の方に対して、世界最大の運動会の委員会は、「謝ったから、もう済んだことだ」というコメントを発表した。
しかし、それから数日後の今日、手のひらを返したように、その委員会から ” Absolutely Inappropriate” というこの言葉がキーワードとなったコメントが発表された。
「Absolutely」は「絶対に」「完全に」という意味。前の米国大統領がお気に入りの単語だったから、ご記憶の方も多いだろう。そして「Inappropriate」は、「不適切」、「不穏当」、という意味だ。つまり、2つをつなげると「絶対に不適切!」ということになる。
かなり厳しい表現である。この種のオフィシャルなコメントとしては相当に強い表現である。
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日本国内でのボランティアの辞退は、500人余りにのぼっているという。聖火ランナーも含まれている。風を読むのが素早い某知事は、こういう状況では、予定していた会合には参加できませんとコメントした。実に見事なリアクションである。大手自動車会社をはじめとするスポンサーは、一斉にスイスの委員会と同様のコメントを次々に発表した。これまでは、某会長への多少の遠慮もあったが、スイスにある大元の委員会がこういう態度を表明したこともあってか、右にならえ、という状況になっている。スイスの委員会は、スポンサーに弱い。何しろ世界最大の運動会には巨額のお金がかかる。スポンサーにそっぽを向かれれば、自身の巨額の給料はもとより、組織の予算も先行きが危うくなる。前言撤回なにするものぞ、ということにもなるだろう。かくして、<鮫の脳みそ包囲網>は、どんどんせばまっている。

さて、この行方は一体どうなるのだろうか?賢いビジネスマンでもあるスイスの委員会のトップは、「こういう不適切な発言もあったし、コロナのこともあるから、日本での開催には世界中から疑問の声が上がっている。中止の判断もやむを得ないかもしれない・・・」などという次の矢がとんでくるやもしれぬ。

そういえば、バッハにはマタイ受難曲という名曲もあったが、スイスのお偉いさんにとって、いや、鮫のご仁にとっても、受難の年といえるかもしれない。

#不適切 #鮫の脳みそ












2021年02月09日

新しい生活様式

スーパーなどのポリ袋が有料化されてかなりの時間が経った。
私は、使い古しのポリ袋を何個かポケットに入れ、100円ショップなどで売っているポリ袋も車に常備している。どちらのポリ袋も、基本的には、繰り返し使う。エコバッグも持っているが、ポリ袋のほうが携帯しやすいのでそちらを使うことが多い。
有料化される以前から、かなりの量のスーパーの袋をストックしていたのだが、このご時世でどんどん持ち歩いて買い物に使っていたら、いつの間にかほとんど無くなってしまっていた。今では、時々買ったりした袋をストックして利用している。あらためて考えると、これまでいかに大量のポリ袋を使っていたのかを実感する。
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ちなみに、私は、ポリ袋を三角形に折りたたんでストックしている。これは、かさばらないので保存しやすく、ポケットやカバンに入れて持ち運ぶ時にも非常に便利。おすすめします。

ポリ袋とともに定着しているのが、お店などでお金を手渡しをしなくなったこと。おつりをトレーに置くやり方など直接手が触れあうことをできるだけさけるようになっている。
サラリーマン生活を離れて久しいが、リモートだけでなくオフィスでもおそらく様々な変化があるに違いない。エレベーターのボタンをできるだけ手で直接押さない人というのもけっこう多いと聞く。ボタンを押す専用の道具まで売っているようだ。外食をほとんどしていないが、テレビで見ていると、お店も透明シートやついたてなど色々様変わりしているようだ。

エコと地球環境保全の考えからポリ袋の有料化が始まり、SDGSというなんだかよくわからない考え方を各企業が言い始めたところで、今度はコロナウィルスが世界中に広がり一気に生活を激変させた。政府肝いりで「新しい生活様式を〜」という動きが始まったが、いつのまにか押し付けでなく自分たちで工夫しながら新たな生活スタイルを生み出してきている。

こうした動きを見ていると、日本人は世界屈指の「工夫する民族」で、変化への対応力もきわめて高いのではないかと思う。コロナウィルスに対抗するワクチン接種も、まもなく始まろうとしている。
コロナ禍がいつまで続くのか先が見通せないけれど、日本人の高い適応力と工夫する力は、きっと次の生活のあり方を生み出していくことだろう。

#新しい生活様式  #ポリ袋有料化

2021年02月08日

ささやかなダイエットプラン

このところ体重計に乗るのを忘れていた。いや、正確に言うと、体重を知るのが少し怖かったのだ。しかしながら、一昨日シャワーを浴びた時に「久しぶりに体重計ってみるか?」とおそるおそる体重計に足をのせた。そして表示された結果を見て、愕然とした。2ケ月くらい前に比べて、劇的に増加していたのだ。
パンやケーキなどを作るようになって、カロリーの摂取量はかなり増えているだろうな、という思いはあったが、まさかこれほどの変化をもたらすとは・・・冬になって、この数か月は散歩にも出られなかったから、それもさらに拍車をかけたに違いない。
そして、もうひとつが、夜のパンである。私は、家で朝食にパンを食べることはほとんどない。パンは、夕食で肉料理などと一緒にワインを飲むときに食べることが多い。パンを自分で焼くようになってから、その回数も食べる量も明らかに増えていた。

ということで、猛反省をして早速ささやかなダイエット計画を実行に移すことにした。それは、ランチカロリーの軽減である。以前からランチでパスタを食べる回数が増えてきたなあと思っていたが、それにケーキも加わったので当然カロリーは増える。だいたいケーキを手作りすると、どうしても一人で食べるには量が多くなるので、つい食べ続けたりしてしまう。
そこで考えたのが、こんにゃくをランチの主食にすることであった。ランチにはパスタなど麺類を食べたくなることが多いので、それをしらたきなどのこんにゃくで作ろうという作戦だ。
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早速昨日のランチにクリームパスタ風こんにゃくを作って、ダイエットプランをスタートした。今日は、カルボナーラ風こんにゃくを食べた。明日は、ラーメン風にしてみようかと思っている。あとは、焼きそば風もできるだろうと思っているので、これで4種類になるから、1週間に4回のこんにゃくメニューを食べれば、少しは効果があるのではないかと思っている。
このところ、パンを焼く回数も減らしている。とはいえ、父用のおかゆが少し残ったりするので、それを片づけるために夜食べたりするのも良くないよなあ、などなどなかなか悩みはつきない(笑)。
さて、どれくらいの違いがあるものかと自分でも楽しみだが、もし良い結果が出れば、またブログに書いてみたいと思っている。乞うご期待!

#こんにゃくダイエット #こんにゃくメニュー













2021年02月07日

麒麟伝説

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の最終回が終わった。いつも見たり見なかったりという中途半端な視聴状況になる私も、今回の最終回はしっかり拝見した。
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今日の段階では、見ていない人がいらっしゃると申し訳ないので詳細には書かないけれど、本能寺の変のあとのことにも少し触れるというアプローチは、新鮮な手法ではあるけれど、やはりドラマの盛り上がりという点では、多少間延びした感があるかもしれない。しかし、それは、業火の中で自決を選んだ信長の壮絶な死で終わるというこれまでの本能寺の変のドラマのイメージが、我々の心の中にできているからではないだろうか。
こうしたステレオタイプが出来上がったお芝居というのを演出するのは、なかなか大変だなあと最終回を見ながらあらためて感じた。
とはいえ、脚本の池端氏の構成力は、さすがであった。ドラマ全体を光秀の視点ですすめるというのは、確かにこれまであまり行われていなかったかもしれない。光秀の運命を大きく動かす重要な役回りに松永久秀を位置づけ、そのキャスティングも、曲者俳優の吉田鋼太郎を配したことなどもうまく計算されていたなあと思う。まあこれ以上書くと歴史に弱い私としては、ぼろが出るのでこの程度にしておきたい。
実は、ドラマを見ながら今日印象的に感じたことは、ステレオタイプについてである。

日本人の心象風景の中で、光秀は主君を裏切った悪者で、裏切者だからこそ三日天下で終わってしまったんだというような定型イメージは、大なり小なりできあがっているのではないか?こうしたステレオタイプ=定型的な固定観念というのは、様々なところにあるように思う。定型的なものの見方にあてはめたうえで物ごとを判断したり対応したりしようとするのは、日本人にとって、わりと当たり前のことになっているのではないだろうか?
例えば、コロナウィルスに対する対処のし方においても、いつのまにか「こういう時はこうすべきだよね」とか、他の人がしている行動パターンからあまりはずれないようにしようとする定型的な行動特性というのが、いつのまにか共有されていく。我々が、世界の中でも群を抜いてルールを守ってそうした行動を自然に取ることができるというのは、固定的なやり方を比較的受け入れやすいという国民性が影響しているかもしれない。

麒麟がくる、というドラマのキーワードは、世の中を平和にしてくれる麒麟がいつかやってくる、という伝説であった。光秀は、麒麟になろうとしたのかもしれないが、それは夢に終わった。
麒麟伝説のように、コロナVがおさまった平らかな世の中は、きっとやってくるに違いない。そう信じている。

#麒麟がくる #ステレオタイプ

2021年02月06日

みんなのうた、こころのうた

午前中の家事を終えて、ちょっと休憩しながらテレビをつけたら、懐かしいメロディーが聞こえてきた。「〜ドとレとミの音が出なーい・・・どーしよう、どーしよう・・・パッキャマラド・パッキャマラド・パオパオパパパ〜」呪文のような謎の言葉を含んだ歌詞と、懐かしいアニメーション。画面には、久里洋二というテロップ。
おやっと思って、検索してみたら、みんなのうた60年というページを見つけた。
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どうやら、放送60年を記念して、昔の映像と曲を放送しているようだ。私が見た曲は、「クラリネットこわしちゃった」というタイトルであった。この曲の正式なタイトルを今日はじめて確認したような気もする。僕の大好きなクラリネット、とかいう曲だとずっと思っていた。

私が見た曲は、1963年〜とある。そうか10歳前後の頃に聞いた曲なんだ、としみじみ思ったが、今日流れていた放送を見ながら、ほぼ全部を歌うことができた。10歳頃に見た記憶が体にしみこんでいて、歌詞のテロップが出ていたとはいえ、謎の呪文部分を含めてすべてをスムーズに歌えた。歌の記憶とはすごいものだとあらためて思った。

歌っているのはダークダックス。今はもうなくなってしまったグループだが、日本の音楽界におけるコーラスグループの草分けである。ちなみに、このグループの皆さんは私の大学の先輩でもあって、実は大学時代に、北陸出身の学生会連合で、このグループを招へいしてコンサートを開催したことがある。学生時代から、後に勤めた会社での仕事のようなことをやっていたわけである。コンサート当日、ダークダックスのメンバーにお会いした時には、非常に優しい皆さんで、学生に対しても真摯に誠意をもって向き合って協力してくださったことに感激したことを覚えている。

音楽の力というのは、本当にすごいものだと思う。人の心を動かし、思い出の記憶として何十年も消えずに残り、感動を保存し続ける。曲を聴いたときに、その曲にまつわる自分の思い出が一緒になってぱあっと蘇ったりもする。「みんなのうた」というこの番組では、わずか数分の番組だが、アニメなどの映像表現や、歌手の起用、アレンジなど各パートにおいて、常に革新的なアプローチをされていたと思う。ここを起点として、優れた才能のアーチストが羽ばたいてもいった。そうしたことが60年という今に至る素晴らしい歴史を生み出したのだろう。

みんなのうたは、心のうた、記憶の風景になっている。

#みんなのうた  #クラリネットこわしちゃった












2021年02月05日

鮫の脳みそ

政治家や経営トップなど責任ある立場にいる人は、その発言にも当然責任を持つ必要がある。たとえば、トランプ元大統領というのは、思いつきの発言を基本にしているのだが、それにどんどん尾ひれをつけて大きくしていって「フェイク・トゥルース」にしてしまう人ではないかと思っている。選挙に不正があった!と思いついた途端にそれをすぐに口にして、「そうだ、確かに不正はあったのだ!」と自分の中でそれをどんどんふくらませてエスカレートさせてしまう。しかし、問題は、それが、フロリダ州内の町の自治会長が言っているのなら罪はないが、世界を動かす超大国のトップだったから、アメリカ国内を分断に導き、国際関係にも多大な影響を与えた。
今回のミャンマーの軍部によるクーデターも、それを生み出した遠因のひとつには、「選挙の不正を攻撃の理由にする」というトランプ的アプローチが、ヒントにあったのではないかと個人的には感じている。

日本のオリンピックを牽引する組織のトップである例のおじさんが、また無神経な発言をして物議をかもしている。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと会議で発言したという。
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私の友人が彼の発言を、SNSで見事な「解説」(意訳?)として展開してくれた。あまりに面白かったので、彼の了解を得たうえで、以下に引用させていただく。

>「何で俺が謝らなきゃならないんだよ!
>「会長、ここは1つオリンピックの為にも曲げてお願いします。」
>「ったくよお!いちいちうるせえんだよ!俺が言ってるんじゃないんだよ。皆言ってるよ。
女が増えると面倒臭いって」
>「辞めろって言うなら辞めてやるよ。だけど後は誰も居ないだろう!
> 皆さん、この方は総理大臣時代に「鮫の脳ミソ」と言われて世界中の鮫が怒ったと言う方ですぞ!政権の支持率が1桁を誇った方ですぞ! こんなこと位はそりゃ言いますよ。
> 反省️多分そんな日本語は知らないと思いますよ顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)
> こんな男をトップに戴いている、まあその程度の組織委員会だと言われても仕方がないし、懸命に頑張っているスタッフが余りにも可哀想だね

もちろんこれは友人による創作だが、彼の本心は案外これに近いところにあるのではないかと思ってしまう。
おそらく彼にとって、この発言は、彼一流のいつもの笑えないユーモアなのだ。
(なんでみんな笑ってくんないんだよ?ギャグなのに、わかってないなあ・・・)きっと、心の中ではそうつぶやいているに違いない。

しかし、責任ある立場にある人の悪いジョークは、冗談ではすまない。日本だけではなく世界中からブーイングが巻き起こった。ネット時代の問題発言は、瞬く間に世界を駆け巡りオリンピックそのもののあり方にまで影響を及ぼす。IOCは、ものわかりよさげに、彼は謝っているからそれで終わった、という温情発言をいちはやく発表したが、ちょうどいい機会なのだから、この方の発言を理由にして開催中止の提言をするのが良かったのではないだろうか?
かつて問題発言の多さから、鮫の脳みそなどと揶揄されたご仁だが、今回は、鮫もきっと海の底で、俺の方がましだ、などと怒っていることだろう。
TVを見ながら、そんなことをひとり思っている年金老人でありました。

#森喜朗 #鮫の脳













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