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2020年07月01日

習一篇−3章2

「出席日数をかせいだほうがいいんだって」
 その提案は銀髪の教師が言い出したのだろう。教職に就く者らしい意見ではあるが──
「いまから? 遅刻確定じゃねえか」
「ケッセキよりはチコクがいいんでしょ?」
 たしかに内申書ではそういう扱いだろう。まして一か月間入院したとなれば今期の出席日数は足りていない。だが退院日に出席しなくても咎めは受けないはずだ。
「ねえ、制服にきがえて」
 まごつく習一に対して、少女は強硬な姿勢をとる。
「お昼ごはんはわたしが用意する。授業のじゅんびなしでもいいから」
「かったりいな……」
「シドのいうこと、聞くやくそくでしょ」
 習一が承諾した契約を持ちだされては分が悪い。習一はそうか、と制服を手にとろうとしたが、現在の自分は悪童である。素直にしたがわなくてもよいのではないか、と考え直す。
「どうだったかな」
「あ、ウソつくの?」
 少女は表情を変えずに非難めいたことを言った。習一の予想の範疇である。
「なんだよ、オレが大人の言うことを聞くいい子ちゃんに見えるのか?」
「うん」
 少女はまたも真顔で答えた。この返答は習一の調子を崩すに足る、普通ではない反応だ。
「どこを見てそんな──」
「じゃあ外でまってるからね。はやくきてね」
 少女は習一の疑問を聞かずに窓の外へ降りる。習一は彼女の行方を確かめた。少女は何事もなかったかのように庭を駆けている。おそらくこの高さから難なく跳びおりたのだ。
(なんだあいつ、忍者か?)
 習一は窓に身を乗り出し、少女が二階へたどりつく経路を考えた。窓の下には人ひとりが立てる軒先がある。そこに登れれば習一の部屋に到達できそうだ。だが軒先の先端は少女の身長より高い位置にある。懸垂の要領で登るには彼女の背が足りないように思えた。
(勢いつけてジャンプして、って感じで登ったのか?)
 そんなことをすれば物音が鳴るだろうに、習一には聞こえなかった。静かに家屋を登ってこれるとは泥棒の素質がありそうである。
(おっと、そんなことより……制服か)
 どうせ部屋にこもっていても習一に得があるわけではない。学校へ行ったほうが現状の把握なり運動不足の解消なりにつながり、有意義なことのように思える。この判断は銀髪の教師と少女に強制されたものではないと自負し、着替えにかかった。
 心持ち布地がだぶつく制服を着終えると、学校用の鞄を持ち、母には行き先を告げずに外出する。さきほど軽業師的な移動をやってのけた少女が鉄格子の奥で待っていた。彼女の運動能力について議論すべきかと習一は迷ったが、自分に無関係な話だと判断して、なにも言わなかった。
 習一は学校に向けて移動する。少女は習一の後方をついてくる。習一がいたずら心から学校とはちがう方向へ進んでみると「どうしたの?」と少女が聞いてきた。学校への経路は把握されている。つまり彼女は習一がきちんと学校へ行くよう監視する役目を担っているのだ。少女の運動能力をかんがみると、追跡を捲けるとは思えず、習一は寄り道せずに登校するほかなかった。
 じりじりと照りつける太陽の下、習一は汗をじんわりかいた。もともと習一は暑いのが苦手だ。はやく涼しい屋内に入りたくなり、歩みを速めた。
 日射の中をすすみ、家からほど近い距離にある学校に到着する。現在は授業中のため、外観は静謐さがただよった。習一が生徒玄関に入る段になって少女が立ち止まる。彼女はまったく汗をかいていなかった。
(このクソ暑いの、平気なのか?)
 褐色肌の人は気温の高い地域出身者が多い。彼女もそういう暑さに慣れた外国人なのかもしれない。習一がひとりで納得していると少女は「お昼にまたくるね」と言い、きた道をもどった。監視を逃れたいま、習一は自由だ。
(これからもっと暑くなるよな……)
 蒸し暑い屋外を闊歩する気力はない。冷房をふんだんに活用した教室内にいたほうが快適である。そのように状況判断した習一は真面目に授業を受けることにした。
 下足箱のある生徒玄関へ入ると土埃の香りがただよってきた。嗅ぎなれた匂いに妙な安心感をおぼえながら習一は自身に配分された下足箱を見た。自身の内履きがちゃんとある。内履きを逆さまにしてゴミを払い、足を入れる。現在の習一は肉が削ぎ落ちた体だが、足のサイズは以前と変わらなかったようで、違和感がなかった。
 階段をのぼり、二年生の教室前廊下を通る。授業中の生徒が数人、視線を遅刻者にそそいできた。蔑みをふくんだ目はもはや慣れたものだ。習一はクラスの後方の戸を開け、入室する時にも同様の視線を集めた。習一は唯一の無人の席へ座る。自席の場所はとうに忘れていたが、勤勉な生徒たちの教室で一席空いていればそこが自分の席だと知れた。
 教鞭をとる教師は授業を中断する。出現が稀な生徒が着席するのを見届け、これといった反応をせずに再び教鞭を執る。習一は鞄を机に乗せたまま、黒板を見つめていた。

タグ:習一
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posted by 三利実巳 at 01:00 | Comment(0) | 長編習一 

2020年06月12日

習一篇−3章1

 光葉と名乗る男が現れた翌日、習一は退院となる。先日もらった花束は結局家へ持ち帰ることにした。習一としては花なぞ余計な荷物になるだけだと思うが、院内で花束を捨てられる場所が見つからず、家で処分することにした。
 子を迎えにきた母は花束を見てすこしおどろいていた。だが「気前のいい方がいらしたのね」とすぐに贈答品を受け入れる。習一は生返事で肯定したものの、この花束をくれた人物のアウトローじみた雰囲気を思い出し、母の言葉には素直にうなずけなかった。
 病院を出るときに看護師らが笑顔で見送ってくれたが、習一はあまりうれしく思えなかった。あの笑顔には、厄介ごとをまねく習一が出払ってくれたことをよろこぶ意図もある気がした。同時に、もう安全な居住地にいられない心もとなさも感じる。
(いまはいいが、夜がな……)
 仕事の始業及び学校の授業が始まる時間帯ゆえ、父と妹は家にいないだろう。習一が注意しているのは父だ。習一の入院中に温厚な性格に変わるはずもなく、きっと以前通りの敵意を習一に向けてくる。この弱った体でどう対処をすべきか、名案は浮かばなかった。
 習一は母の車にて家路につく。久方ぶりの実家は一目見たところでは一か月以上も離れていた実感は湧かなかった。ただいつもは施錠されていない門扉がかたく閉ざされているのを見たとき、差異を感じた。塀と塀の間にある鉄格子はふだんあまり施錠されていない。それは習一が活動する範囲での観測だ。むかしはよく夜間は施錠したようだが、以前の習一の帰宅が不規則になると、その帰宅をはばまないために鉄格子は鍵をかけずにおかれていた。それが習一不在の間はやり方が変わっていたようだ。
 母が門扉の開錠を行ない、家の玄関の戸も開けると習一は自宅に入った。荷物を携え、二階の自室へ入る。いつもは学校用の鞄や制服を適当に置いていたが、それらが整理されている。部屋主が不在だった間、母が片付けたらしい。
 習一は衣類の入った鞄を床に置き、机に花束を置いた。この花は受け取って以来いまだに給水できていない。捨ててしまおうと思っていたが、花を水に活けてもいい、という考えもある。習一は自分が思う以上にこの花束のカラフルさが気に入ったようで、粗雑にあつかいたくない気持ちが湧いた。ただ、この部屋にない花瓶を調達する気になれない。
(どうせ花瓶に入れたって、枯れるんだ)
 習一は母がときどき飾る花を思いおこした。飾りはじめは綺麗であるが、そのうち萎れていく。そして茶色く枯れる姿をいまわしく感じた。そんなみっともない姿を見てしまううちに捨ててしまえば、記憶の中では美しい花だけが残る。その利点に至ると習一は予定通りに廃棄することに決めて、花を机上に放置した。
 次に習一は室内の換気のため、窓を開けた。暑い空気がそよいでくる。病院を出た直後と車をおりたあとはあまり意識していなかったが、朝方といえど気温は高いらしい。習一はすぐに窓を閉めた。今日からすごす室内に熱気がこもらぬうちに、冷房をつけようとする。リモコンを探すと、目の端になにか映った。
 窓を見れば桟に足をかける人がいる。銀髪の少女だ。袖のないケープを羽織り、リュックサックを背負っていた。
「おまえ、どっから……!」
 習一は少女の二階からの登場にとまどった。だが習一がもたつくうちに少女に転落されても困ると思い、すぐに窓を開けてやった。少女は当たり前のことのように、
「シューイチ、おはよう」
 と言って、土足のまま部屋に入ってきた。彼女は背中の荷物を床に下ろし、中をさぐる。窓から入室したことへの釈明はなにもないらしい。
「なんで窓からきた?」
 習一がたずねると少女は「ラクだから」と簡単に答えた。楽の定義がどうにも習一には理解しがたい。家屋の外壁をつたって二階へ上がることと、玄関から訪問して階段を上がることのどちらが楽か。普通は後者である。
「補習にひつようなもの、もってきた」
 少女はマイペースに、半透明な緑や赤のクリアファイルを三つばかり出してきた。ファイルの中に多数の紙が入っている。彼女はこれを届けるために危険な侵入を果たしたらしい。
「このプリントの問題をぜんぶ答えてね。できたのを先生に見せたら答えがもらえるから、自分で丸つけをして提出するんだって。これは来週中に出してくれればいいって」
 少女はクリアファイルを机に置いた。そして机上にある花束に目を留める。
「このお花、どうしたの?」
「病院で会ったやつにもらった」
「どんな人?」
 習一は少女に警告しておくべき事柄があったことを思い出す。
「そいつは光葉、とか言ったな。お前んとこの教師をさがしてるやつだ。チンピラみたいな男だったから気をつけとけよ」
「うん、シドにそう言っておく」
 少女が危機感なく答える。少女が事の重大さをわかっていないのでは、と習一は心配になり、さらなる注意をうながそうとした。だが当の少女はならず者のことなぞ気に留めず、花に興味をそそぐ。
「お花をお水につけなくていいの?」
「あ……この花か?」
「うん。こういうお花って、お水を入れたカビンにつけておくものなんでしょ」
 聞くまでもない、当然なことだと習一はあきれた。同時に、この少女にまるで幼稚園児のような純真さを見い出す。
「ああ、そうだな。切り花はそうやって活けておくもんだ」
 習一は年長者ぶって、丁寧に返答した。すると少女は「カビンがないの?」と聞いてくる。
「お花をいけるもの、さがしてこようか?」
「いらねえ。この花は無理やり押しつけられたもんだし、捨てようと思ってる」
 捨てる、と言った瞬間、少女の表情はくもった。もったいない、とでも思ったのだろう。習一自身も廃棄するには惜しい物だ。
「なんなら、お前がもってくか?」
「くれるの?」
「そうだ。花の世話がめんどーだっていうなら、花の好きなやつに渡してくれ」
「うん、わかった」
 少女が空のリュックサックへ花束を入れた。花弁の部分を外にはみ出させ、落ちないように両方向にあるファスナーの位置を調整する。花束を収納したリュックを少女が背負ったので、習一はこれで彼女が帰るのだと思った。だが──
「シューイチ、これから学校に行こう」
 とっくに授業は開始している時刻にもかかわらず、少女はそう提案した。

タグ:習一
posted by 三利実巳 at 21:50 | Comment(0) | 長編習一 
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