こんばんは。土斑猫です。
今回は「霊使い達の宿題」改訂版・火の場合の掲載です。
基本的、話の流れは変わりませんが、書き足したり改変した文が結構あります。
その結果、また長くなって時間が・・・。
完成品の手直しだから楽に終わると思ってたのに、どうしてこうなった・・・?
まあ、改変する箇所が多いの(風とか水とか)とほとんどないの(地とか闇とか)とがありますので、手をつけてみないと分からんのですが・・・。
取り敢えず、お付き合いくださいませ。
ではでは。
霊使い達の宿題・火の場合
―1―
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
昏い空に、低い地響きが響き渡る。
黒煙立ち込めるその下には、幾重にも連なる山脈。
遥か遠くまで続く山の群は、多くがその所々に巨大な口を開けている。
その口内には例外なく真紅の液体が滾り、深黒の噴煙を天に向かって吐き出していた。
ここは、世界有数の特異地帯。名を、『ラヴァル炎地帯』。
世界は、地水火風の四大元素によってその礎を構成している。
地は水をせき止め、水は火を打ち消し、火は風から力を得、風は地を朽ちさせる。
互いが互いの力を牽制し合い、補い合う事で世界のバランスは保たれている。
しかし、何事にも例外は存在するもの。
ここ、ラヴァル炎地帯は他の三元素の力に比べて火の力が異常に突出していた。
故に、連なる山脈は常に火を吹き、生える木々は深緑の代わりに紅蓮を纏い、泉は冷水ではなく炎華によって満たされる。
灼熱の理だけが支配する世界。
炎を糧とする事が出来る者だけが住める、極限の地。
そんな不毛の地に、一人歩く人影があった。
炎の様な朱色の髪に、肩に小さな獣を乗せた少女。
この荒々しい世界にはそぐわない様な容姿にも関わらず、焼け付く様な瓦礫の道を軽々と渡っていく。
と、その肩に乗っていた獣が少女に声をかける。
『姫、気を抜くなよ。ラヴァルの守備兵なんかに見つかると、面倒だぞ。』
「分かってるよ。何回ここに来てると思ってんだ。」
朱髪の少女―火霊使いヒータは肩の使い魔、きつね火にそう応える。
”ラヴァル”とは、この炎地帯を領土とする土着民族である。
焼けた岩石の様な肌と灼眼炎髪が特徴の民族で、この炎地帯に古くから住まっている。
歴史は古く、土地の名に民族名が冠されている事からもその事が伺える。
性質は猛々しい風貌に相応しく、荒々しくて好戦的。
近隣の国や民族にちょくちょく小競り合いを仕掛けては、世間に騒動の種を振りまいていた。
当然、その気質は個人にも向けられる。
通りかかる旅人達が守備兵に見咎められ、不条理な拘束を受けたり金品を巻き上げられたりする被害がよく聞かれていた。
では、何故ヒータ(彼女)はそんな物騒な場所を訪れたのか。
答えは簡単。
件の宿題。自分の管轄である、炎属性のドラゴンを探しに来たのである。
炎の属性を持つモンスターには、その身に常に火が燃える器官を持つものが多い。
普通の森や草原では周囲を火事にしてしまうし、湖や川、或いは雨の多い場所だとその身の炎が消えてしまい、命に係わる。
それ故、連なる火山の噴炎が雨雲を払い、燃える樹海が地の水分を干上がらせるこの地域は、必然的に炎属性のモンスターが多く生息する場所となっているのだった。
当然、その類に属するドラゴン族も然りである。
それに加え、火霊使いであるヒータはその特質上、当然炎属性のモンスターをしもべにしなければならない。故に、この地域には常から通い詰めており、ここら一帯は彼女の庭の様なものであった。
限られた時間。地理的調査の手間が省けるというのも、彼女がここを選んだ理由であった。
・・・もっとも、理由は他にもあるのだが。
焼け付く岩場をくぐり抜けると、ヒータは小高い丘に上がった。
そこから、下を見下ろす。
見渡す限り、赤い溶岩と炎、黒い噴煙と焼けた岩の二色だけの世界。
「ったく。相変わらず無粋な所だよなぁ。もう少し目麗しい場所はないもんかねぇ?」
水筒の水をコクコクと飲みながら、ボヤく様にそんな事を言う。
すると、
「言ってくれますの。これでも私の故郷ですの。」
背後から、そんな抗議じみた声が聞こえてきた。
「あ、いや。そんなつもりで言ったんじゃねぇよ。わりぃわりぃ。」
バツが悪そうに振り返るヒータ。
その視線の先には、いつの間に来たのか一つの人影が立っていた。
目深に被った黒いフードに、同色のショール。
冷えた焼石の様な色をした肌。
長い髪は燃える炎の様に赤く、ざわめいている。
紛う事なき、”ラヴァル”の民の特徴。
ただし、その手足は小枝の様に細く、身体つきも酷く華奢。
フードとショールの間から除く顔にも、戦闘民族らしい猛々しさは微塵もない。
むしろ、愛らしいと言っていいだろう。
そう。
そこにいたのは少女。
確かに、ヒータとは民族も種族も違う。
けれど、その風貌は紛う事なく可憐な少女のそれだった。
「じゃあ、どういうつもりですの?」
まだ許しはしないとばかりに、飛んでくる言葉。
けれど、その響きには怒りや敵意の色はない。
むしろ、感じられるのは友人に対する様な穏やかな親しみ。
「結構なご身分ですの。東の人は。平和や平穏が当たり前のものと思ってますの。」
「いや。だから、悪かったって・・・。」
「これは重大なる風評加害ですの。」
と、遊び半分の皮肉を口にしながら、炎髪の少女はステップを踏むような足取りでヒータに近づいてくる。
そして、互いに顔を突き合わせる距離まで来ると、
「賠償を請求しますですの!!」
そう言って、『ラヴァル炎樹海』の妖女は舌と一緒に手を差し出した。
『久しぶりだな。妖女。変わりはなかったか?』
「そーね。ここ半年は特になかったですの。珍しく。」
きつね火の言葉にそう返しながら、妖女は手にしたフワフワの塊を頬張る。
「んー!!おいひーですのー!!」
喜色満開の声とともに、その顔が花が咲いた様にほころびた。
実はヒータ、この炎地帯に通う中で幾人かのラヴァルの民と親交を持つ様になっていた。
好戦的で排他的と思われがちなラヴァルだったが、そこはそれ。
やはり個人差と言うものはあるもので、中には比較的温厚な性格の者や人好きのする者もいた。
この妖女もその一人。
奔放な性格で、頭首の館での小間使い勤めを抜け出しては遊び回っている。
そんな勝手を許すあたり、ラヴァルの頭首とやらも案外懐が広いのかもしれない。
ちなみに、ヒータとはお気に入りの炎樹海で出会って意気投合して以来の仲である。
「やっぱり、姉様(あねさま)の特製シフォンケーキはオイシーですの。中に詰めたナチュル・ストロベリークリームの甘さ加減なんか、絶妙ですのー!!」
「ちぇっ。妙に絡んでくると思ったら、目当てはそれかよ。」
水とは別に用意した水筒から、手にしたカップに熱いレモンティーなど注ぎながらヒータはぼやく。
「いいじゃないですの。私の数少ない生き甲斐なんですの。ラヴァルの国には、甘味屋さんなんてないですのー。」
言いながら、ヒータからレモンティーの入ったカップを受け取る妖女。
その熱さをものともせず、コキュコキュと飲み干す。
「んー!!幸せー!!」
「ほらほら、少しは気をつけて食えよ。だらしねーな。」
ヒータの指が、妖女の頬に付いていたクリームをぬぐい取る。
「ああん。どうせなら口でとって欲しいですの。口でー。」
「気持ち悪い事言ってんじゃねーよ。馬鹿。」
指先のクリームを舐め取りながら、ヒータはわざとらしく顔をしかめる。
「姉様(あねさま)、相変わらずつれないですのー。」
ケタケタと笑う妖女。
しかし、その顔がふと真顔に戻る。
「・・・まあ、冗談はおいといて・・・」
灼眼の目が、ヒータを見つめる。
「今日は、何の用で来たですの?ただの物見雄山じゃないですの?」
「分かるか?」
ヒータの言葉に、妖女は馬鹿にするなとばかりに胸を張る。
「当然ですの。って言うか、姉様(あねさま)の方からコンタクトしてくるなんて滅多にないですの。何か、思う所があるに違いないですの。」
そう。この丘に来る途中、道程にあった炎樹海でヒータは炎樹の幹に印を刻み込んでいた。
炎樹海を遊び場にしている妖女が気づくのを見越しての事である。
「なら、話は早いや。実はな・・・」
事のあらましを話すヒータ。
妖女が、心底気の毒そうな顔をする。
「ドラゴンですの。話には聞いてたけど、無茶を言う先生ですの。ロード様のご命令の方がまだマシですの。」
「・・・だよなぁ。」
ゲンナリとした顔をするヒータ。
しかし、すぐに気を取り直す。
「まあ、文句を言ってもしょうがねえ。と言う訳で、この辺で炎属性のドラゴンの住んでる場所ってないか?」
ヒータが、炎地帯(ここ)を宿題の遂行場所に選んだ理由がこれ。
地域事情に詳しい知人がいれば、有力な情報が手に入ると踏んでの事である。
その問いに、妖女は顎に手を当てて考える。
「う〜ん。ドラグーンなら、館の竜小屋にいるですの。」
「おい。館まで行って小屋からかっぱらって来いってか?命がいくらあっても足りねえよ。」
ヒータは冗談じゃない、と首を振る。
「じゃあ、龍神様にでも挑戦してみるですの?」
「龍神様って・・・『ラヴァルバル・ドラゴン』かよ!?馬鹿言え!!それこそラヴァル全体を敵に回しちまうじゃねえか!!」
「注文がうるさいですの。」
「いや、頼むから真面目に考えてくれよ。こちとら、命がかかってるんだぜ?」
ちなみに、「命がかかる」の下りは、半分本気である。
「う〜ん。」
再び頭を捻る妖女。
しばしの間。
やがて―
「そうですの!!」
妖女がポンと手を打った。
「あっち!!」
指さした先には、赤黒く脈打つ山脈の中で一際高く噴煙を上げる巨山の姿。
「・・・『バーニングブラッド』?」
”それ”を見たヒータが、呟く様に言う。
炎山、『バーニングブラッド』。
多くの火山を有する炎火山の中でも、一際高い峰を持つ山。
一年中、真っ赤なマグマを流し続けるその姿から『焼け付く鮮血(バーニングブラッド)』と名付けられた。
「あの麓で、ドラゴンを見たって話を何回か聞いた事があるですの。」
「確かか?」
「ラヴァルの民、嘘つかない。」
誓いを立てる様に、片手を上げる妖女。
確かに、ラヴァルは戦好きな反面、敵を欺く様な策は練らない事で有名だった。
民族的な気質として、”騙す”と言う類の行為を嫌っているらしい。
「よし。なら、善は急げだ。」
そう言って、立ち上がるヒータ。
傍らで丸くなっていた狐火も、それに倣う様に身を起こす。
「ありがとな。礼は改めてするよ。」
「じゃあ、次はワッフルがいいですの。」
「分かった分かった。取り敢えず、今はそれ食っとけ。前金だ。」
そう言い残すと、ヒータと狐火は丘の斜面を滑り降りていく。
その背中に向かって、妖女が声をかける。
「そう言えば、西の樹海の方はロード様と護衛達が狩りに出てるですの。行くなら、北の炎湖畔沿いの道を行くといいですの。」
「分かった。サンキュー。」
返って来た声に「気をつけてですの〜。」声をかけ返すと、妖女はホクホク顔で残されたケーキに手を伸ばす。
と、
「あれ?」
その手が止まる。
「確か、あそこで見られたドラゴンって・・・」
一人ごちる声。
しばし、考える。
しかし、
「ま、いっか。」
あっけらかんとそう言うと、妖女は改めてケーキにかぶりついた。
・・・「細かい事は気にしない」。
ラヴァルに伝わる、健康法である。
それから数刻後、ヒータと狐火は件の山の麓へと到着していた。
「さて、どーしたもんかねぇ。」
ムッとこもる様な熱気と硫黄臭の中を進みながら、ヒータは辺りを見回す。
周囲には火山由来の熱泉が吹き出す蒸気が立ち込め、極端に視界が悪い。
「この中で、どうやって探し出す?」
その問いに、困った様に小首を傾げるきつね火。
『硫黄の臭いが強すぎる。これじゃ、某(それがし)の鼻も効かない。』
「もうちょっと、妖女の奴に詳しく聞いて来れば良かったかねぇ?」
『姫は気が早いからな。』
苦笑交じりに、きつね火が言う。
「そう言えば、肝心のドラゴンがどんな奴かも聞いてなかったな・・・。」
『迂闊だね。』
「火属性のドラゴンって、どんな奴がいたっけか?」
少し、考える様な素振りを見せるきつね火。
『そうだなぁ・・・聞く所では『ブラック・ローズ・ドラゴン』や『タイラント・ドラゴン』、『八俣大蛇』辺りが著名な所かなぁ・・・。』
「おいおい、冗談言えよ。」
その答えに、今度はヒータが苦笑いを浮かべる。
「そんな連中、オレの手に負える訳ねーだろ?」
『気弱だな。』
「自分を知ってんだよ。」
そう言って、額に浮いた汗を拭う。
「オレはウィンみたいに器用でもねーし、アウスみてーに知恵が回る訳でもねーからな。だから・・・」
拭った手を上にかざし、ギュッと握る。
「やるときゃ真正面からのガチンコ。これしかねぇ。」
それを聞いたきつね火はふむ、と前足を顎に添える。
『それじゃ、丁度いいのが出てくる事を祈るとするか。』
「だな。」
そんな事を言いながら、二人(?)は顔を合わせる。
と、
「!?」
突然、ヒータが上を仰ぎ見た。
『姫?』
きつね火が怪訝そうな顔をしたその瞬間―
「吉(きち)、危ねぇ!!」
そう叫ぶと、相棒を掴み寄せてその場を飛び退く。
ゴワシャア!!
響く破砕音。
満ちる蒸気を引き裂き、落ちてきた何か。
それまでヒータ達がいた場所の地面が、鋭い爪に踏み砕かれる。
きつね火を庇う様に胸に抱いたヒータの身に、無数の瓦礫が打ち当たる。
『ひ、姫・・・!!』
「大丈夫だ。黙ってろ!!」
白い肌を、飛び散る瓦礫が傷つけていく。
鈍い痛みを堪えながら、ヒータは腕の中の相棒をギュッと抱きしめた。
『姫、無事か!?』
腕の中から顔を捻じ出したきつね火が、彼女に向かって呼びかける。
「気にすんな!!それよりアレを!!」
『え!?』
キィルルルルル・・・
向けた視線の先にいたもの。
それは、獲物を爪にかけ損ねた怒りに身をいからせる一頭のモンスター。
その姿は、銀色に光る巨大な猛禽の様に見えた。
『あいつは・・・。』
「『ホルスの黒炎竜・LV4』・・・か!?」
キュルルルルル・・・
その言葉に答える様に、黒炎竜がその眼差しをヒータ達に向ける。
『件のドラゴンってのは、こいつの事か・・・。』
「へっ、ちょうどいいじゃねぇか!!向こうの方からお出ましと来たぜ!!」
ヒータは口元の血を親指で拭うと、杖を構えてニヤリと笑う。
『けど、あいつは・・・!!』
「つべこべ言うな!!向こうはやる気だぜ!!」
その言葉は正しく。
神(ホルス)の名を冠するその竜は翼を大きく広げ、再び空へと舞い上がり始めていた。
金色の目が、暗く輝いている。
そこには、一度逃した獲物を捕まんとする殺気が満ち満ちていた。
「はっ、戦(や)るなら真正面からってか!?望む所じゃねーか!!」
キィアアアアアアアッ
その言葉が終わるや否や、黒炎竜は雄叫びを上げてヒータに襲いかかった。
構えられた爪は、真っ直ぐに彼女の心臓(きゅうしょ)を狙っている。
「させっかよ!!」
ヒータが、黒炎竜に向かって杖を突き出す。
真紅の魔法陣が閃き、その光が急速に渦を巻き始める。
罠魔法(トラップ・スペル)、『攻撃の無力化(トランジェント・トランクワル)』。
相手の攻撃をトリガーに発動し、それを無効化する罠魔法(トラップ・スペル)。
迫る爪が光の渦に阻まれ、弾かれる。
キィアッ
バランスを崩した黒炎竜。
一端宙に戻り、再び攻撃の態勢を整える。
それを見たヒータが叫ぶ。
「吉(きち)!!憑依装着だ!!」
『で・・・でも・・・』
再び降下を始める黒炎竜。
「急げ!!」
『ぎ・・・御意!!』
答えるきつね火を、ヒータは再び抱き締める。
途端、二人(?)の姿を朱色の炎柱(ほばしら)が包み込む。
驚いた黒炎竜が、慌てて急旋回をして空へと戻る。
その視界の端。
踊る様にうねった炎柱が、無数の燐火となって宙に散る。
宙に流れる、淡い燐光を纏った羽衣。
杖が一閃し、舞い散る火燐を払う。
そこから現れるのは、天女の如く羽衣をなびかせるヒータと、巨大な犬狼の如き姿に進化したきつね火―『稲荷火』の姿。
「さあて、勝負はこっからだ!!」
天の黒炎竜に向かって叫ぶヒータ。
その横で付き従う稲荷火が、地を震わせんばかりの咆哮を上げた。
―2―
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
黒い噴煙が立ち込めた空に、呻き苦しむ様な低い地響きが響き渡る。
昏い空の下。
大きく開いた火口。
真っ赤な血を流し続けるのは呻きの主、鮮血の巨峰、バーニングブラッド。
その麓。噴煙と蒸気で満ちた世界に、山の呻きとは別の音が響き渡っていた。
キィアアアアアッ
暗天の下。巨大な翼を広げ飛び回るのは、巨禽の如き姿をした銀色の竜。その竜、『ホルスの黒炎竜』は甲高い叫びを上げると、その名に相応しき黒炎の塊を己の眼下に向かって幾つも吐き出した。
その先にいるのは、淡く光る羽衣をなびかせる朱髪の少女と、尾の先に真紅の火炎を滾らせる巨狼の如き炎狐。
ウォオオオオオンッ
炎狐―稲荷火が一声咆哮する。その尾に燈る炎が大きく燃え上がり、巨大な炎帯と化す。稲荷火はそれを振るい、天から降り落ちてくる黒い炎塊を尽く凪ぎ払った。
朱髪の少女―ヒータはその炎帯を盾にして黒炎の雨を凌ぎながら、素早く呪文を詠唱する。
「火蜥蜴の囁き 神竜の羽風 世に滾りし創生の炎よ 灼熱の御霊となりて敵を撃て!!」
言葉の結びと共に、ヒータの杖に火球が燈る。
「炎の飛礫(ファイヤー・ボール)!!」
声と共に杖から放たれた火球が、黒炎の隙間をくぐる様に黒炎竜に向かう。しかし朱炎の輝きが直撃するかと思われた瞬間、銀色の装甲に覆われた足がそれをいとも容易く蹴り潰してしまった。
「アチッ!アチチッ!!」
舞い落ちてきた火球の残滓に肌を焦がし、慌てて自分の尾の影に隠れるヒータを庇いながら稲荷火が唸る。
『『竜足撃(スタンピング・クラッシュ)』ですか。伊達にホルス(神)の名は冠していませんな。』
「相手を褒めてんじゃねーよ!!」
怒鳴る主を横目で見ながら、稲荷火は冷ややかに言う。
『竜足撃(あれ)は一度に一つの術(スペル)しか潰せませぬ。故に、術の並行励起の鍛錬をしておくべきだと常々進言していた筈ですが。』
「だから、オレはウィンみてーに器用じゃねーの!!」
『言い訳ですな。』
稲荷火はがなる主を諭しながら、振りそそぐ黒炎を払い続ける。
『それにしてもまずいですな。このままではジリ貧ですぞ。』
「わーってるって!!今どうすっか考えてんだ!!邪魔すんな!!」
『やれやれ。』
溜息をつきながら尾を振るう稲荷火。帯状に伸びていた尾の火炎が、今度は槍状になって黒炎竜に向かう。
キィアッ
黒炎竜は嘲る様に鳴くと、鋭く旋回してそれをかわしながら黒炎を乱れ撃つ。
無数の火炎弾が周囲に着弾し、立て続けに爆発を起こす。
「っの野郎、調子ンのりやがって!!」
爆発をかいくぐりながら、ヒータが毒づく。
『完全に地の利が向うにありますな。いかがいたします?姫。』
「・・・・・・。」
相方の言葉にしばらく無言で考え込んだ後、ヒータは囁く様な念話を炎狐に送った。
「吉(きち)。しばらく時間稼ぎ、頼めるか?」
『・・・・・・!』
その言葉だけで、稲荷火は全てを悟る。
『如何ほど?』
「3・・・5分だ。」
『御意。』
頷くと、稲荷火は尾の炎で地を叩いた。
バウンッ
叩きつけられた炎が地で爆ぜ、その勢いで稲荷火の身体が宙を舞う。
キィッ!?
不意の事態に驚く黒炎竜に、稲荷火は唸りをあげて踊りかかった。
キィアアアアッ!!
ゴァアアアアッ!!
灼熱の暗天の下で、竜と獣の叫びが交差する。
稲荷火の牙が黒炎竜の喉元を狙うが、銀の装甲に弾かれる。
代わりに鋭く閃いた黒炎竜の爪が、その腹をかすめる。
亜麻色の毛が抉られ、火の粉の様にパッと舞った。
『・・・これはなかなか、難儀ですな。』
地へと落ちながらそう考え、それでも主の願いを叶うため、再度尾の炎で地を打って舞い上がる。
「すまねぇ。吉(きち)。」
そんな相棒の奮闘を見上げながら、ヒータは杖を地面に打ち立てる。
「来い!!ガイヤ・ソウル!!」
その呼びかけに応じる様に、地面から沸き立つ蒸気。
轟々と立ち込めるその中から、真っ赤な球体が現れる。
ボコボコと沸騰する灼熱の身体。
―『爆炎集合体 ガイヤ・ソウル』―
大気中に在する炎精が集合して生まれたと言われる、霊的生命体。
ヒータが使役出来る中でも、最大の攻撃力を誇るしもべ。
知性を持たぬそれは、言葉の代わりに真紅の単眼で己の主をギョロリとねめつけた。
そんなを存在を前に、ヒータは手にした杖を構え直して目を閉じる。
肌を焼く様な熱感を受けながら、それでもその身は微塵たりとも揺るがない。
やがて、その口が高らかに呪文を詠唱する。
「テス・タル・ラー・テル・テスタロス 来たれ炎精 焦熱の使徒 来たれ火霊 灼熱の使徒 我が沿うは神竜の御心 我が願うは炎帝の怒り 回れ輪転 始原の理 在りし御霊を朱に染め 其が鼓動を破壊と変えよ」
詠唱とともにヒータの足元に朱い光が走り、地面に複雑な文様を描き始める。
其が形作るは、巨大な魔法陣。
完成したそれは朱い燐光を散らしながら浮かび上がり、ヒータとガイヤ・ソウルをその内に納める。
同時に、朱の光に包まれるガイヤ・ソウル。
そこでヒータは目を開き、宙で戦う相方に向かって呼びかける。
「吉(きち)!!来い!!」
その声を聞いた稲荷火は踵を返し、主の元へと宙を走る。
それに異常を察した黒炎竜。大きく羽ばたくと、戦線離脱を試みる。
しかし―
「遅ぇよ!!」
ヒータはそう叫ぶと杖を大きく振りかぶり、野球のスイングの様に朱球(あけだま)と化したガイヤ・ソウルに叩きつける。
「火霊術!!『紅』!!」
瞬間、朱球は朱い閃光となる。
それは流星の如く宙を走ると、逃げる竜を打ち貫く。
―黒い空に、音高らかに炎華が散った―
―霊術―
それは霊使い達が個々に持つ、固有魔法(オリジナル・スペル)。
複雑な呪文の詠唱、術の媒体となるモンスターが必要である等、少なからずのコストが存在するが、その効果は絶大なものを誇る。
ヒータの霊術は、『火霊術・紅(くれない)』と呼ばれる。
媒体となったモンスターの攻撃力を、全ての物理・概念法則を無視して直接相手に叩き込む術であり、火力という点では霊使い達の中でも最大級の威力を誇る。
ガイヤ・ソウルの高い攻撃力を直接その身に受けた黒炎竜は、成す術なく地へと墜ちた。
そこまでは良かった。
良かったのだが―
「おい、どーなってんだよ!?これ!!」
暗い煙天の下に、ヒータの怒号が響いていた。
「契約の証印がつかねぇぞ!!どーいう事だよ!?」
確かに、地に伏した黒炎竜の身体に押された契約の証印は、その身に刻まれる事なく宙に霧散してしまう。何度繰り返しても同じである。
それを見た稲荷火が、呟く様に言う。
『う〜む。やはりですか・・・。』
「あぁ!?やはりって何だよ!!」
イラつく主に対し、あくまで冷静に答える。
『忘れましたか?『ホルスの黒炎竜・LV4』は、契約の証印等の洗脳に類する効果を受け付けないのです。』
「・・・へ?」
ポカンとするヒータを見て、稲荷火はあからさまに嫌な顔をする。
『知らなかったのですか?授業でドリアード女史が言っていたではありませんか。』
「え〜、あ〜、その・・・」
しどろもどろになるヒータ。どう見ても挙動不審である。
『・・・また居眠りしていましたな。』
「う、うるせぇ!!おめーも知ってんだったら何で言わねーんだ!?」
『何か妙案でもあると思っていたのですが・・・。期待した某(それがし)が愚かでした・・・。』
「んだとテメェ!!しもべの分際でケンカ売ってんのか!?」
『こういう事案に、主(あるじ)もしもべもありますまい!!』
ギャーギャー言い合う二人(?)。
しかし、そのケンカは突如起こった異変に中断される。
傍らで伏していた黒炎竜の身体が、突如眩い光を放ち始めたのだ。
「な、何だ!?」
『こ、これは!!』
驚く二人(?)の目の前で、黒炎竜の身体がドンドン大きくなってゆく。それと同時に身体のあちこちにひびが入り、その下から長い尾や新たな羽が生え始める。
「な、なんなんだよ!?これ!!」
『レ、進化(レベルアップ)でござる!!』
いつもの冷静さも何処へやら、完全にテンぱった様子で稲荷火が答える。
「レ、レベルアップゥ!?」
『お忘れか!?こやつらLVモンスターは条件を満たすとさらに高位の存在に進化するのです!!』
「じょ、条件ってなんだよ!?」
『た、確か黒炎竜(こやつ)の場合は特定数の敵の撃破の筈!!』
「や、殺られてないぞ!?オレ達、殺られてないぞ!?」
『そ、そんな事言われましても某(それがし)も知らないでござるですよ!?』
狼狽する二人(?)を他所に、黒炎竜の進化は進む。
稲荷火と大差のなかった体格は今や見上げる程となり、より巨大となった羽は天を覆わんかと思う程である。
「・・・・・・。」
『・・・・・・。』
絶句する二人(?)の前で、閉じられていた目がゆっくりと開く。
燃え盛る火炎の瞳が足元をねめつけ、神を冠する己を愚弄した不心得者達をしかと映した。
「よ・・よお、グッドモーニング・・・。」
『お、お目覚めの程はいかがかな・・・?』
・・・・・・・・・。
「・・・・・・。」
『・・・・・・。』
黒炎竜がゆっくりと首を下げ、ヒータ達に視線を合わせる。
その目がニコリと笑った様に見えたのは、気のせいだろうか。
そして、次の瞬間―
キィアァアアアアアアアアアアッ
天を裂かんばかりの咆哮が響き渡り、くわっと開かれた口から漆黒の炎が吹き出した。
「きゃあああああああっ!!」
『どわぁああああああっ!!』
間一髪でそれを避けるが、それで収まる筈もない。黒炎竜は当るを幸い、辺り一体に黒炎を吐きまくる。
黒い炎が舐めた岩肌は、爆発するどころかドロリと溶けて蒸散していく。とんでもない高温である。
「うわっ!!うわっ!!」
焦るヒータ。舌を噛みそうになりながら呪文を唱え、炎の飛礫(ファイヤー・ボール)を飛ばす。
しかし、炎弾は竜の身体に当たるやいなや、霧の様に霧散してしまう。
『ホルスの黒炎竜・LV6』は特殊な耐性を持っており、身に触れる魔法を無効化する。
魔法使いにとっては、まさに天敵とも言える相手である。
「ち、ちくしょう!!駄目か!!」
『退きましょう、姫!!分が悪過ぎます!!』
「ちぃっ!!それしかねえか!!」
反撃を諦め、逃げの体制に入る二人(?)。
しかし、怒りに狂った黒炎竜にそれを許すつもりは毛頭ない。
キィアァアアアアアアアアアアッ
一際大きく咆哮すると、翼を広げて舞い上がる。
ゴゥッ
吹き降ろされる、台風にも等しい羽風。
「キャアアアアアッ!!」
『ぬぉおおおおおっ!!』
ヒータ達の身体が、紙屑の様に転がる。
ゴォアアアアアッ
それに向かって、吹き付けられる黒炎。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
吹き散らされる黒煙。
溶け落ちる岩。
沸騰する地面。
それはまさに、地獄絵図。
黒炎竜の怒りの嵐は、いつ果てるともなく続いた。
―3―
どれほどの時間が経っただろうか。
いつしか、ゴツゴツしていた岩場は艶々と滑らかな磨石の並ぶ平地へと姿を変えていた。
吐き散らされた黒炎が、岩を溶かし尽くしてしまったのだ。
バサァッ
シュウシュウと白煙を上げる地面に、大きな羽音を立てて舞い降りる黒炎竜。
金色の目が、グルリと周囲を見回す。
動くものは、何もない。
その事を確かめると、満足したのだろう。黒炎竜は一声鳴くと、空の彼方へと飛んでいってしまった。
それから数分後―
「も・・・もういいか・・・?」
『お・・・おそらく・・・。』
そんな声が聞こえると、残っていた岩の影からヒータと稲荷火が顔を出す。
「は・・・はぁ、やりゃあ、出来るもんだな・・・。」
そう言うと、ヒータはヘナヘナとその場に崩れ落ちる。
その足元では、赤い魔法陣が役目を終えたかの様に消えていく。
―罠魔法(トラップ・スペル)、『聖魂絶界(ホーリーライフバリアー)』―
高位の罠魔法(トラップ・スペル)で、敵からの攻撃を完全に無効化する事が出来る。しかし、その発動トリガーが複雑。
魔力基盤の構築のために、一度別の魔法を発動させそれをキャンセルする。もしくは、召喚したモンスターをリリースするという過程が必要となる。
そのため、これを成功させるには最低でも魔法の発動とキャンセル、バリアの展開とをほぼ同時にという事を行わなければならない。
本来、術の並行励起を苦手とするヒータには非常に困難な事である。
けれど、火事場の馬鹿力とでも言おうか。この窮地においては、見事に成功させたのであった。
もっとも、その代償としてヒータは精神力を使い切り、疲労困憊の態である。
『お見事でございました。しかし・・・困りましたな・・・。』
主の苦労を労いながらも、稲荷火はそう言って頭を悩ませる。
そう、このままでは肝心の“宿題”が達成出来ない。どうしても一頭、別のドラゴンを探してしもべにしなければならない。しかし・・・
「・・・無理・・・。もー、無理・・・。」
肝心のヒータがこの有様である。さて、どうしたものか。稲荷火が再び頭を捻ろうとしたその時―
カランッカラン
『ん?』
上から落ちてきたのは数個の岩の欠片。そして―
フッ
二人(?)の上に、落ちる影。
「『へ?』」
思わず上を見上げると、何かがこちらに向かって落ちてくる。
「え?え?」
『姫、危ない!!』
訳が分からず呆気に取られているヒータを、稲荷火が突き飛ばす。
ズダァアアアアアン
二人(?)がその場から転げ出るのと、“それ”が盛大な音を立てて地面に激突するのはほぼ同時だった。
「な、何だぁ!?」
『こ、これは!?』
ヒータ達の目の前に横たわっていたもの。
それは、一見蛇の様な身体をしたモンスター。
体長は、十数メートルはあるだろうか。
その体表はゴツゴツした岩状の鱗に覆われ、その頭から尾にかけてメラメラと炎のたてがみが燃えている。紅蓮に彩られた顔は、その獰猛さを表すかの様に猛々しい。
しかし、それは起きていればの話。
今、その顔はすすに覆われ真っ黒。
薄く開いた目は、グルンと白目を向いている
横たわる身体は、ピクリとも動かない。
どうやら、完全に気絶しているらしい。
「こいつって確か・・・」
『『プロミネンス・ドラゴン』・・・ですな。』
「何で、伸びてんだ?」
『む、姫。あそこを。』
稲荷火の示す方向を仰ぎ見てみると、そこの岩場が大きくえぐれていた。
ヒータは、はたと思い当たる。
「あー。あそこって、最初に黒炎竜(アイツ)が炎弾吐きまくった時に・・・」
『どうやら、流れ弾に当った様ですな。』
「そうか。それでその気はなくても、結果的に黒炎竜(アイツ)がプロミネンス・ドラゴン(コイツ)を倒した事になって・・・」
『黒炎竜(あやつ)が進化(レベルアップ)した訳ですな。』
「なるほど。」
『謎が解けましたな。』
「なぁんだ。分かってみりゃあ、どうってこたぁないな。あははは。」
『全くですな。カカカカカ。』
「はは・・・」
『カカ・・・』
「・・・・・・。」
『・・・・・・。』
しばしの沈黙。
やがて、ヒータがぼそりと言う。
「こいつ、『プロミネンス・ドラゴン』なんだよな・・・。」
『そうですな・・・。』
「『ドラゴン』、なんだよなぁ・・・。」
『そうついてますからなぁ・・・。』
「・・・・・・。」
『・・・・・・。』
二人(?)は黙って見つめ合う。
やる事は、一つだった。
数分後。証印のついたプロミネンス・ドラゴンを前に、ヒータはほっと息をついていた。
「ふぃー。何とかなったな。」
『そうですな、姫。・・・しかし・・・』
額の汗を拭い、清々しい笑顔を浮かべるヒータ。
けれど、稲荷火は今一つしっくりこないという顔をしている。
「何だよ?」
『某(それがし)、何か重大な失念をしている様な気がするのですが・・・。』
「何が?」
『いや、それが今一つ・・・。』
「?」
考え込む相方を前に、ヒータも首を傾げる。
しかし、それも束の間。
すぐに糸が切れた様に喚きだす。
「だーっ!!ゴチャゴチャ考えたって仕方ねぇ!!さっさと帰るぞ!!」
『し、しかし姫!!』
「いいからさっさと来い!!もし黒炎竜(あいつ)が戻ってきたりしたら、目も当てらんねーぞ!!」
『ぎょ、御意!!』
多少の違和感を抱えながら、それでも二人(?)は家路につく。
その違和感の正体を彼女達が知るのは、これからしばらく後の話。
今考えるのは、美味しい食事と柔らかいベッド。それだけで良かった。
低い呻きをあげる巨峰を後に、二人(?)の姿は見る見る小さくなっていく。
―黒い煙天の下、遠くで黒炎竜の鳴く声が響いていた―
終わり
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こういった細かい設定が作品に奥深さを与えるのだろう。ただ、それを本文中で懇切丁寧に説明するのか、裏設定のままサラッと流すのかは作者の自由である。
遊戯王的には地水「炎」風のような気がするのですが。
ひーたん特製シフォンケーキのエピソードが追加!さすがだな、まさかここでひーたん特製シフォンケーキを出してくるなんて。改訂版、なかなか侮れないぜ・・・。しかもレモンティーとは抜け目無い。え?妖女?あぁ、ヒータとラヴァルの関係性についての記述もチョロっとありましたね。うん、やっぱりひーたん特製シフォンケーキだよな。
せっかくなので、ヒータの戦力分析を。
炎系の魔法でとにかくダイレクトに火力を叩き込むのが主な戦術。ファイヤー・ボールなどの速射の効く術と、デス・メテオ等の決め手となる高火力の術を状況に合わせて使い分ける。また、戦闘センスはかなり良く、とっさの戦術の組立や、ギリギリの状態からの相手との駆け引きは目を見張るものがある。しかし、下準備の悪さが目立ち、行き当たりばったり感は否めない。もう一つ特徴的な事としては、モンスターの召喚をほとんどしない点だろうか。きつね火への信頼もあるだろうが、両親から受け継いだ戦士族の血が自ら前へ出て戦うことを望むのかもしれない。