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2015年03月02日

霊使い達の宿題・採点編(改訂版)




 この間言っていた、霊使い達の宿題・採点編の改訂が終わったので載せておきます。  
 まあ、改訂とは言っても文の言い回しとか変えただけで、内容は”全く”変わってないんですけどね(爆)
 いや、本来こうある筈だったんですよ。
 本編(特にお嬢様)のが想定外だった訳で・・・。
 まあ、お暇な方は間違い探しでもしてみてくださいなw
       



              霊使い達の宿題《採点編》


                     ―1―


 チチチ・・・ピリリ・・・
 そこここから聞こえる、小鳥達の声。豊かな森の木々の隙間から差し込む優しい朝日が、一棟の質素な建物を照らし出していた。
 ここは魔法族の里。その中心にある魔法専門学校。
 そこの、教員室の一席。
 一人の女性が座り、お茶を嗜んでいた。
 純白の法衣に、蒼い肩当て。頭には、若葉色の被り物。サラリと腰の辺りまで伸びた髪は、まるで上質の絹の如く。主人の人格を表す様に、柔らかい黄金(こがね)色に染まっている。
 ジャスミンの香りのするお茶を口に運びながら、女性は時折その端整な顔に楽しげな微笑みを浮かべる。
 と、その傍らに歩いてくる人影が一つ。
 「何か、随分と楽しそうですね?ドリアード先生。」
 女性に話しかけたのは、白い翼に白衣、ピンク色の巻き髪に眼鏡といった出で立ちの女性。
 学校医の、メンタルカウンセラー・リリーである。
 「あら、そうですか?」
 ドリアードと呼ばれた女性は、そう言って自分の頬を撫でる。
 「ええ、とっても楽しそう。今日は、何かあるんですか?」
 そう訊かれ、クスリと笑う。
 「今日は、"あの子達"が帰って来るんです。」
 酷く、楽しげな声。
 まるで、幼い少女のそれ。
 「あの子達?」
 リリーは少し首を傾げた後、ああ、と手を打つ。
 「先生のクラスの、霊使い達。」
 「はい。」
 笑顔で頷く。
 「そう言えば、ここしばらく姿が見えませんでしたね。何かあったんですか?」
 「宿題を出してたんです。」
 何か、やたらと楽しそうである。
 「宿題?どんな?」
 返ってきた答えは、酷くサラリとしたもの。
 「ドラゴンです。」
 「・・・はい?」
 頭が一瞬、理解を拒む。
 しかし、そんな事には委細構わずドリアードはニコニコと続ける。
 「一人一頭、自分と同属性のドラゴンをしもべにしてくる様に言ったんです。」
 「・・・え゛?」
 その口調の軽さと、内容の重さのギャップ。
 思わず、顔が引きつる。
 しかし、当のドリアードはただ楽しげにお茶をすするだけ。
 「楽しみですねぇ。皆、どんな子を連れてくるんでしょう?」
 「そ・・・そうですね・・・は、はは・・・。」
 ・・・皆、五体無事で帰ってくればいいけど・・・。
 そんな思いを抱えながら、ドリアードと笑い合うリリーなのだった。


 その頃、学校の寮には宿題を終えた霊使い達が次々と戻ってきていた。
 「おぅ、帰ったぜー。」
 「ただいま。」
 「ただいまです〜。」
 「ただいま・・・。」
 「・・・・・・。」
 「やっふ〜。皆、遅かったね。」
 一足早く帰って来ていたウィンが、笑顔で出迎える。
 「『遅かったね』じゃねーよ。こちとら、死ぬ思いだったんだぜ?」
 ぼやきながら、ベッドにゴロンと大の字に寝っ転がるヒータ。
 「そう言う君こそ、随分と早く戻ってた様だね。」
 言いながら、アウスは大きな旅行バッグからお土産(古の森駅銘菓・パンプキング饅頭)を出してウィンに渡す。
 ウィンは「わー、ありがとう。」などと言いながら、さっそくビリビリと包装紙を破って箱を開けると、中身をパクつく。
 「んむ、ふぁふぁふい、ふぁふぃとふぃふぁふふぁったはら・・・」
 「もの食いながら、喋んじゃねーよ。」
 ヒータに注意され、急いで口の中の物を飲み込む。
 「プハッ!!うん。わたし、意外と近場だったから。四日目くらいには帰って来てお昼寝してた。」
 それを聞いたアウスが、ハハッと笑う。
 「君は実に馬鹿だなぁ。せっかく先生公認で長期の休みがとれたのに、それを昼寝なんかで潰すなんて。人生は有限なんだよ?もっと有意義に使うべきだと思うけどね?」
 「んな余裕あったの、オメーだけだよ・・・。」
 ベッドに埋まりながら、ボソリともらすヒータ。
 「んー、でも、一生の間に出来るお昼寝の数もきっと限られてるし、それはそれで、有意義なんじゃないかなー?」
 ウィンはそう言って、また一つ饅頭をほうばる。
 それを見て、苦笑するアウス。
 「全く。ブレないね、君は。まぁ、らしいと言えばらしいかな?」
 呆れと感嘆の混じった言葉に、ウィンはカボチャ餡のついた顔でニパリと笑った。
 ―と、
 「ダルクー!!いっしょにいこうっていったのにー!!おいていくとはどういうりょーけんですか〜!?」
 「・・・ああ、もう。朝っぱらからからむなよ・・・。・・・お前の声は甲高いんだ・・・。・・・中耳炎にでもなったら、どうしてくれる・・・。」
 突然の金切り声に、皆の視線がそちらに向かう。
 そこにいたのは、鬱陶しげに顔を逸らすダルク。そしてそんな彼に、(文字通り)絡み付くライナの姿。
 「・・・離れろって・・・!!」
 「ダメです〜!!」
 心底イヤそうな顔で押し退けようとするダルク。
 しかし、ライナは頑として離れない。
 「何だようるせーな。こちとら夜通し歩いて来てクタクタなんだよ。少し静かにできねーのか?」
 言いながら、ベッドから起き上がるヒータ。スタスタと二人に近づき、ベリッと引き剥がす。
 「姉弟ゲンカなんざ、オレの相方も食わねーぞ。一体、どうしたってんだよ?」
 「ああ、ヒータちゃん!!」
 瞳をグルグル回したライナが、ズズイッと迫る。
 ヒータ、ちょっと引く。
 「きいてくださいよー。ダルクったらいっしょにいくってやくそくしたのにー。ライナのことおいてひとりだけでいっちゃったのです!!ひどいとおもいませんかー?」
 「・・・お前、あそこで断わったら、OKするまで張りついてきただろ・・・?ウザい事この上ないから、適当に茶を濁したんだよ・・・。」
 はぁ、と溜息をつくダルク。先にも増して、嫌そうな顔である。
 それを聞いたライナ。再びつんざくような大声を上げる。
 「な、なんですとー!?つまりはなっからだますきでしたか!?かくしんはんですかー!?おかげでライナたちがどんなめにあったとー!!」
グルグル回る目。ついでにアホ毛も回る。
 「・・・やっぱり、何かトラブルに巻き込まれてたのか・・・。」
 ダルク、ますます嫌な顔をする。
 「うそつきはじゅうざいですよー!!そんなわるいこはさうざんどにーどるまるのみのけいですー!!」
 「・・・お前が黙ってくれるなら、針二千本でも針三千本でも呑んでやるよ・・・。この電波式トラブルメーカー・・・。」
 途端、怪しい光を放つライナの目。
 「・・・そのいいよう、はんせいしてないですね。しかたないです。こうなったら"あれ"をするしかないようです。」
 「・・・え゛・・・!?」
 その言葉を聞いた途端、ダルクの顔が青ざめる。
 「ちょ、ちょっと待て!!"あれ"って、"あれ"か!?」
 「ほかになにかありますか?"あれ"といったら、"あれ"にきまってますー。」
 ザザザッと後ずさるダルク。しかし、無情にも退路は壁に塞がれる。
 「ま、待て待て待て!!分かった、謝る!!謝るから、"あれ"だけは止めろ!!」
 そう言って、両手をブンブン振る。顔色は青いを通り越して最早土色である。
 しかし、そんな懇願が通じる道理もない。
 ジリジリと迫るライナ。
 「だめですー!!おねえさんをだますようなおとうとに、きょひけんはありませーん!!」
 「いや、双子だし!!姉とか弟とか関係ないから・・・って、ちょ、おm・・・ 勘弁してくれ!!」
 ダルクは助けを求める様に、ヒータの方を見やる。
 けれど、今しがたまでそこにあった筈の姿がない。
 いつの間に移動したのだろう。
 安全圏まで退避したヒータが、苦笑いを浮かべてこっちを見ていた。
 「・・・ま、身から出た錆ってやつだな。今日の所は諦めな。」
 「・・・う、裏切り者・・・!?」
 せめてもの抵抗の様に漏らす、絶望と怨嗟の声。
 しかし、それも虚しく虚空に溶けるだけ。
 「にゃはははは、ひごろのおこないがものをいうです!!さぁ、かくごするです!!」
 手をワキワキと動かしながら、迫るライナ。
 無邪気な笑顔であった。
 不気味なほどに。
 そして―

 ゴネッゴネゴネッゴネッ
 メケケッメケメケメケッ
 ゴニョルゴニョルッゴニョッ

 「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!」
 怪音とともに、響き渡る悲鳴。
 「うわー。相変わらず凄いね。ライナちゃんの“あれ”。」
 「実に、天性の才能を感じるね。ぜひ一度、御教授承りたいものだけど。」
 「・・・アウス(お前)は止めとけ・・・。」
 などと言いつつ、事の次第を見守るその他三人。
 待つ事、しばし―
 「ふぃ〜。こんかいはこのくらいにしといてやるです。」
 そう言いながら、身を起こすライナ。顔に清々しい笑顔を浮かべながら、額の汗をグイッと拭う。
 一方、床にうつ伏せに転がったダルク。
 無言。
 時々、ピクピクと痙攣する様が不安をさそう。
 「やっぱり、“あれ”はいいですね〜。たましいがあらわれます。・・・ん?たましいといえば・・・」
 何かを思い出したかの様に、キョロキョロと周囲を見回すライナ。
 「どうしたの?ライナちゃん。」
 饅頭をくわえたまま、ウィンが尋ねる。
 「エリアちゃんはどこでしょう?おはなししたいことがあるんですが・・・。」
 「あれ?そういやあいつ、どこ行った?確かいっしょに帰って来てたよな?」
 ヒータもそう言って、辺りを見回す。
 「エリア女史なら、そこにいるよ。」
 「え?」
 「はい?」
 「ん?」
 アウスに示された方向を、全員(ダルク除く)が見る。
 途端―

 ずぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・

 重く、暗い空気が全員を圧倒した。
 見れば、エリアが部屋の隅で両膝を抱えて小さくなっている。
 「エ・・・エリア?」
 「ど・・・どうしたですか?」
 「も、もしもし?もしも〜し?」
 皆の呼びかけにも、エリアは全く反応しない。
 完全に、自分の世界に埋没している。
 「ど・・・どうしたってんだ・・・?」
 「あのエリアちゃんが・・・」
 「何か、よっぽど気にかかる事があるみたいだね。」
 皆の疑問に答える様に、顎に手を添えたアウスが言った。
 「・・・気にかかる事ってなんだよ?」
 「そうだね。例えば・・・」
 ヒータの問いにアウスは少し考えて、
 「“宿題”を完遂出来なかったとか・・・」
 などと宣った。
 「―――――っ!!?」
 途端、ビョンと跳ね起きるエリア。
 びびる、一同(アウス除く)。
 「な、ななななな、何言って、言ってんの!?そ、そそ、そんな訳、なな、ないじゃない!!」
 パクパクと口を開閉させるエリア。
 凄まじく挙動が不審である。
 その様を見たアウスが、クスリと笑む。
 「おや、違うのかい?」
 「あ、あああ、当たり前でしょでしょ!!こ、ここ、このあたしに限って、そそ、そんなこと・・・つ、つつ、捕まえたわよ!!ド、ドラゴン!!そ、そりゃーもう、す、すす、凄いのを!!凄いんだ、だから!!も、もう、皆、見たら、(ピー)を(ピー)して、(ピー)しちゃうんだから!!」
 呂律の回らない舌で、怒涛の様にまくし立てるエリア。
 一同、唖然。
 そんな中、アウスは一人薄笑みを浮かべる。
 「へぇ、それは楽しみだ。」
 「そ、そうよ!!期待してて、ちょうだい!!」
 「だよね。先生の“おしおき”の怖さは周知のことだし。宿題出来ませんでしたなんて言ったら、それこそどんな目に合うか・・・。」
 その言葉に、エリアの顔から一気に血の気が引いていく。
 「どうしたんだい?顔色が悪いよ?大物捕まえて、疲れたのかい?」
 クスクス笑いながら訊くアウスに、エリアはブンブンと頷いた。
 と、その時―
 コンコン
 部屋に響く、ノックの音。
 あからさまにビクッとするエリア。
 「はい。どーぞー。」
 ウィンが、戸の方に向かって答える。
 部屋の戸がキィ、と開く。
 顔を出したのは、プチリュウ始めとする各使い魔たち。
 帰還報告をしに、ドリアードの所に行っていたのだ。
 『広場に集合だって。さっそく採点を始めるみたいだよ。』
 皆の間に、走る緊張(一部除く)。
 各々が準備をし、使い魔達をつれて部屋を出る。(ちなみにダルクは伸びたまま、ライナにズルズルと引きずられていった)。
 皆がそれぞれの思いに浸りながら歩く中で、アウスはチラリとエリアを見る。
 ローブから除く足が、ガクガクと震えている。
 それを見て、彼女はポソッと呟いた。
 「本当に、楽しみだね♪」
 かくして、運命の時はその幕を開けた。



                     ―2―


 「まずは皆さん、ご苦労様でした。全員、無事に戻ってこれた様で何よりです。成長しましたね。先生は嬉しいです。」
 学校敷地内の広場に集合した霊使い達。
 彼女達を前に、ドリアードは満面の笑みを浮かべる。
 (・・・”無事に”って事は、危険性把握してたのか・・・。)
 (ご苦労様じゃねっつーの!!死にかけたっつーの!!)
 (お腹減ったなー。)
 メンバーの内の何人かが、腹の中でぶつくさ言う。
 ―と、
 「何か言いましたかー?ダルクさん、ヒータさん。」
 笑みを浮かべたまま、ドリアードがそんな事を言ってくる。
 「「―――――っっ!!!?」」
 半ば本当に飛び上がりながら、ブンブンと首を横に振る二人。
 「おかしいですね?気のせいでしたか。」
 小首を傾げるドリアード。
 「あ、そうそう。この発表会が終わったら、お昼にしますからね。もうちょっと、我慢してくだい。ウィンさん。」
 「はーい。」
 天然の様で、妙に鋭い。
 『真実の眼(トゥルース・アイ)』を常時展開しているという噂は、本当なのかもしれない。
 冷や汗など拭いながら、そう思うダルクとヒータだったりする。


 「さて、それでは誰から発表してもらいましょうか。」
 ドリアードが、品定めでもするかの様に皆を見渡す。
 ワクワクと輝く瞳で応じる者。
 平然と受け流す者。
 目を合わせない様にする者。
 反応は三者三様。
 しばしの間の後―
 「じゃあ、はい!」
 ドリアードの指が、メンバーの一人を指した。
 若葉色のポニーテールが、ピョンと跳ねる。
 「ウィンさん、お願いします。」
 「はーい。」
 元気良く手を上げ、ウィンはそう返事を返した。


 皆の列から一歩進み出たウィン。瞳を閉じて杖を構える。
 大きく一つ、深呼吸。
 そして―
 「おいで!!『まじっちー』!!」
 呼び声と共に、杖の先端が地面を打つ。
 途端、
 ゴヴゥアアアッ
 唸りを上げて巻き上がる烈風。
 その場にいる全員が、一瞬視界を奪われる。
 やがてその烈風が収まると同時に、
 ジュラアアアアアアアアッ!!
 響き渡る咆吼。
 風渦の中から現れた異形に、一同の間から「おおー」と感嘆の声が上がる。
 大きな翼を羽ばたかせながら、地面に降りたつ竜。
 彼は周りをグルリと見渡すと、その頭を甘える様にウィンにすり寄せた。
 「よーしよし、『まじっちー』、いい子いい子。」
 自分の身体程もある竜の頭を撫でながら、ウィンはドリアードに「先生、こんな感じだよ。」と笑いかけた。
 その笑顔を同じ笑顔でもって受け止めると、ドリアードは「どれどれ」と件の竜に近づいて行く。
 スルスルと進むその足取りには、怯えも警戒も見て取れない。
 間近まで歩み寄ると、値踏みする様にしげしげと観察。
 次に手を伸ばし、その身体を撫ぜる。
 「『魔頭を持つ邪竜』ですか。なかなか良い個体ですね。」
 翼の傷や鱗の並びを確かめながら、そう言う。
 「使役(しつけ)もしっかり出来ている様ですし、頑張りましたね。ウィンさん。」
 誉められたウィンは、「でしょー」などと言いながら、えっへんと胸を張る。その心中を代弁するかの様に、トレードマークのポニーテールもピコピコと跳ねまくる。
 しかし、
 「・・・ですが。」
 「・・・ほぇ?」
 不意に、ドリアードの口をついて出てきた否定文。
 跳ねていたポニーテールが、ピタリと止まる。
 細められた蒼い目が、ウィンを見つめていた。
 「些か、レベルが低すぎますね。ウィン(貴女)なら、憑依装着すればもう少し上のレベルも狙えたのではありませんか?」
 「え、えと・・・それは・・・」
 確かに。
 『魔頭を持つ邪竜』のレベルは3。それに対し、憑依装着時のウィンの認定レベルは4である。
 まあ、レベル3とは言っても大概化物である事に変わりはないのだが。
 しかし、ドリアードの辞書に妥協と言う文字はない。
 淡々と、ウィンを諭す。
 「確かに、慎重を期するのは大事な事です。けれど、自分の実力より下のラインをなぞるだけでは、更なる高みを目指す事は出来ません。度を過ぎた無茶をしろとは言いませんが、時にはもう少し大胆になってみる事も必要なのですよ。」
 「はぅう・・・。」
 返す言葉もなく、ションボリするウィン。ポニーテールも、フニャリと下がる。
 けれど、
 クシャクシャ。
 しょげた頭を、温かい手が撫でた。
 「ふぇ?」
 見上げる視界に映る、優しい笑顔。
 彼女の頭を撫でながら、ドリアードは言う。
 「だけど、逆に言えば難点はそれだけです。その他の点では充分。」
 そして、手にした採点表にスラスラと点数を書き込む。
 「はい。良く出来ました。」
 そんな言葉とともに渡された表には、「90点」の文字。
 それを見たウィンの顔が、パァッと明るくなる。
 ピコン
 ポニーテール、復活。
 次第を見ていた他のメンバーからは、パチパチと拍手が贈られる。
 「今度はもっと、レベルの高い相手に挑戦してみましょうね。」
 にっぱりと笑む、ウィンの顔。
 「はーい!!」と言う声が、青い空に元気に響いた。



                     −3−


 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 ・・・広場は沈黙に包まれていた。
 これ以上ないほどの沈黙であった。
 切ないほどの沈黙であった。
 「な、何だよ!?みんなして、何黙りこくってんだよ?」
 沈黙の中心に置かれた少女、ヒータは訳も分からずそう叫んだ。


 ウィンの後、ドリアードの指名を受けたヒータ。
 待ってましたとばかり、数日前にしもべにしたばかりの"それ"を召喚した。
 したのであったが・・・。
 「あー、これって・・・」
 「・・・やっちゃったな・・・」
 「期待を裏切らないねぇ。ヒータ女史。」
 「あっちゃー、ですねぇ・・・。」
 「な、何!?何だよ!!」
 想定外の反応に、焦りまくる。
 彼女の隣りにいるのは、十数mに及ぶ長大な体を持ったモンスター。
 巨大な蛇を思わせるその身体の表面は、真っ赤に灼熱した岩の様な鱗に覆われ、獰猛そうなその顔からは、炎をまとった吐息が噴き出されている。
 灼熱の身体はジリジリと焼け付く様な熱気が放ち、地面に生える草を焼き焦がしていた。
 「・・・これはまた、自然環境に優しくないモンスターを連れて来ましたねぇ・・・。」
 そう言って、溜息をつくドリアード。
 その様子に、ヒータの困惑はますます深まる。
 「え、え?ホント、何なの?オレ、何かまずった?」
 オロオロする彼女の肩を、トントンと叩く者がいる。
 振り返ると、困った様な顔をしたウィンが立っていた。
 「な、何だよ?」
 「ヒーちゃん、この子、『プロミネンス・ドラゴン』・・・。」
 「お、おう!そうだぞ!!炎属性でドラゴンで・・・」
 「ヒーちゃん、違う・・・。」
 ウィンが、酷く気の毒そうに首を振る。
 「な、何が・・・?」
 もう何度目かも分からない”何”を口にする。
 「この子、"ドラゴン族"じゃない。」
 「・・・へ?」
 「この子、"炎族"・・・。」
 ヒータ、硬直。
 ドリアードがまた溜息をつく。
 「以前、生物分類学で教えましたよ?また、居眠りしてましたね?」
 「え、えぇー!?だ、だってプロミネンス・"ドラゴン"って・・・、ドラゴンって・・・ドラゴンだから、ドラゴンだろ!?」
 見てる方が気の毒になるほど、テンパるヒータ。アウスがクスクス笑いながら言う。
 「君は実に馬鹿だなぁ。その理屈じゃあ、キンメダイも鯛になるし、サンショウウオも魚になっちゃうだろ?」
 「え・・・違うのか?」
 ポカンとするヒータ。
 アウス、ただ苦笑。
 と、傍らで様子を見ていたきつね火がポンと前足を打った。
 『そうか・・・!!どうりであの時何か引っかかって・・・』
 「な・・・お前、知ってたのかよ!?」
 『いや、あの時はいっぱいいっぱいで頭回らなかった・・・。』
 食ってかかるヒータに、きつね火は慌てて弁解する。
 しかし、行き所のない怒りは収まらない。 
 「てめぇ!!あんな苦労したのにお陰で・・・!!」
 『な、何だよ!?大体主の方こそ、失念どころか知りもしなかったくせに!!』
 「何だとー!?」
 『何だよー!!』
 この上なく不毛な争いが始まろうとしたその時、
 「お止めなさい!!」
 鋭い声が割って入った。
 「『はひゅいひひぃいい!!』」
 今にも取っ組み合いになりそうだった一人と一匹。
 変な声を上げて竦み上がる。
 「これはヒータ(貴女)に出した課題です。責任転嫁するんじゃありません!!」
 「は・・・はい!!」
 ドリアードの叱責に、気をつけするヒータ。
 そんな彼女を前に、溜息をつく先生。三度目。
 「全く、しょうがないですね。とにかく、これでは採点対象にはならない訳ですが・・・」
 「え、ちょ、ちょっと待ってよ!?先生!!」
  その言葉に、ヒータは慌てる。
 「大変だったんだよ!!いや、ホントに!!死ぬ思いだったんだって!!」
 「それは、他の皆さんも同じ筈ですよ?」
 「・・・う・・・」
 もっともな言葉。
 ぐうの音も出ない。
 「条件は皆同じです。そこで選択の間違いを犯すのはあなたの不知、不勉強が原因。違いますか?」
 「・・・はい・・・。」
 返す言葉もなく、しょんぼりするヒータ。
 釣られて、プロミネンス・ドラゴンときつね火も申し訳なさそうに頭を垂れる。
 彼らに・・・特にプロミネンス・ドラゴンには何の責任もないのだが。
 ・・・と、うつむいていたヒータの頭を、ふわりとした感触が包む。
 見上げると、ヒータの頭をドリアードが撫でていた。
 優しい微笑みが咲く。
 「でも、これで一つ勉強になりましたね。間違いを経て得た知識は忘れないものです。今回の間違いをどうか次の機会に生かしてください。」
 「先生・・・。」
 「それと、私は何も貴女の頑張りを全部否定するつもりはありませんよ?」
 その言葉に、思わず「えっ!?」と目を見開くヒータ。
 「種族はともかく、その他の点においては文句はありません。その努力は認めます。」
 それを聞いたヒータの顔が、パッと明るくなる。
 「それじゃあ・・・」
 ドリアードは何やらサラサラと採点表に書き込むと、それを彼女に手渡した。
 いそいそと覗き込む、ヒータとそのしもべ二匹。
 しかし、目に飛び込んできたのは―
 「さ・・・30点・・・?」
 ヘニョリと萎れこむヒータ。
 ついでに、プロミネンス・ドラゴンも脱力した様にヘタリと地面に伸びる。
 きつね火もガックリ。尻尾の炎も、弱火。
 「 課題の主眼を外している事に、違いはありませんからね。その30点が努力点です。」
 「そ、そんな〜。」
 ヒータ半泣き。
 でも、聞く耳は持たれない。
 「他の皆さんがちゃんとドラゴンを捕まえている以上、あなたにそれ以上の点数をあげる訳にはいきません。」
 「う〜・・・。」
  不満そうなヒータ。そんな彼女の頭を撫でながら、ドリアードはウフフ、と笑いかける。
 「そんな顔をしないでください。この次、もっと頑張りましょう。それと―」
 撫でる手に、不意に力がこもる。
 ミシリという、不気味な音。
 「・・・次は、ありませんよ・・・。」
 静かに響く、ドスの効いた声。
 笑顔のドリアードから、"何か"が立ち昇る。
 陽炎の様に揺らぐ、背後の風景。
 それを見た皆が、一様に顔を青ざめさせて(一部除く)ざっと下がる。
 どっと瀧の様に汗を吹き出すヒータ。
 恐怖に全身の毛を逆立てるきつね火。
 プロミネンス・ドラゴンは、怯えて小さくとぐろを巻く。
 「分・か・り・ま・し・た・か・?」
 鈴音の如き声が、今は奈落から響く悪魔のそれに聞こえる。
 「・・・・・・はひ・・・・・・。」
 油取りの蝦蟇の如く、脂汗塗れで答えるしかないヒータ。
 「よろしい。」
 笑顔のまま。
 あくまで笑顔のまま、ドリアードはそう言った。



                      ―4―


 「では、次はアウスさん。お願いします。」
 そんなドリアードの声を背に受けながら、ヒータがトボトボと戻ってくる。
 「うぅ・・・散々だぁ・・・。」
 「ヒーちゃん、ドンマイ!!」
 「このつぎがんばればいーのです。」
 「・・・世の中、そんなもんだよ・・・。」
 見ている方が切なくなるほど落ち込んでいるヒータに、皆が口々にフォローの言葉をかける。
 しかし、そんな声も耳に入らないのか、ヒータはショボくれたまま。
 と―
 「お疲れ様。おかげで愉快なものが見れたよ。」
 唐突に飛んできた、そんな言葉。
 皆の視線が、一斉に集まる。
 その先にいたのは、眼鏡をかけた栗毛の少女。
 アウスである。
 「久しぶりに心から笑ったよ。実に爽快だね。」
 そのあまりの言い様に、ライナがギョッとする。
 「・・・ちょ・・・そ、それはようしゃない、さすがアウスちゃん、ようしゃないです・・・(汗)」
 関係ない、第三者すら焦る。
 当事者であるヒータの癇に障らない訳がない。
 「愉快なって、アウスてめえ!!オレは見せもんじゃねーぞ!!」
 痛い所をつつかれ、猛烈に食ってかかる。しかし、当のアウスは涼しい顔でクスクス笑うだけ。
 「いやいや、ご謙遜を。なかなかの笑劇だったよ。」
 「この・・・」
 憤怒の表情で、ヒータがアウスの胸倉を掴む。
 「ちょー!!ちょっと、ちょっとですー!!」
 今にも殴りかかりそうな勢いのヒータに、慌てて止めに入ろうとするライナ。と、そんな彼女の肩を誰かが掴む。
 振り返ると、そこには自分の肩を掴むウィン。そして、気怠そうに腰を下ろしているダルクの姿。
 「ウィンちゃん、なにゆえとめるですか!?っていうか、ダルクはなにへいわそうにだべってやがるですか!?たったひとりのおとこでが、ここでやくだたなくてどうするですか!?やくだつべきときにやくだたないおとこなんて、いてもいなくてもおんなじなのです!!ゲール・ドグラさんとこいって、すこしはよのなかへのほうしについてごせっきょうたまわってくるといいのですー!!」
 「・・・男女差別だろ、それ・・・。って言うか、聞いたら怒るぞ・・・。ゲール・ドグラが・・・。」
 そう呟きながら、ダルクはポリポリと頭をかく。「かったるい」というのを絵で描いた様な態度である。
 「こ、こんのがきゃーっ!!」
 アホ毛と目玉をグルグル回しながら飛びかかろうとするライナ。
 「ちょ、ちょっとライちゃんってば!!」
 そんな彼女を羽交い締めにするウィン。
 これ以上戦火を広めると面倒なので、彼女としては珍しく必死である。
 「大丈夫!!大丈夫だよ!!」
 「はい!?どういうことですかー!?」
 ライナ、訳が分からない。
 「だいじょうぶって、あれをだいじょうぶっていうなら、このよにバトルフェイズなんてそんざいしないですー!!あ、ひょっとしてぶしのなさけってやつなのですかー!?いけませんよー!!そのはてにあるのは、おかみによるおいえとりつぶしとかたきうちのうちいりのむげんるーぷなのですー!?」
 「・・・お前、何年何日、あいつらと一緒にいるんだよ・・・?」
 テンパるライナに向かって、ダルクが心底面倒くさそうに言う。
 「"あいつ"のやり方は、とっくに分かってるだろ?」
 ダルクの指が、気怠そうに件の"あいつ"を指差した。
 その先―ヒータとアウスは正に一瞬即発の態にあった。
 「てめぇの言い様にゃあ、常々辛抱してきたけどなぁ!!今度という今度は・・・!!」
 内に溜まっていた鬱憤を吐き散らす様に、ヒータは拳を振り上げる。
 しかし、それでもアウスの表情は微塵も揺るがない。
 眼鏡の奥に浮かぶのは、あくまで小悪魔の如き笑み。
 「おや、殴るのかい?別に良いけど。それじゃあやっぱり、今回のが君の限界って事かな?」
 「な、なにぃ!?」
 「『その通り。だから余計に腹が立ち』ってね。自分にこれ以上の自信がないから、理屈抜きの腕力に打って出る。違うかい?」
 「こ、この・・・!!」
 「もし違うって言うなら、それをボクに示してごらん。そしたら、謝罪でも土下座でもしてあげるよ。」
 そして、アウスはクスクスと笑う。
 次の瞬間、ヒータが憤怒の表情で拳を握り締めた。
 ギリギリッ
 「―――っ!!」
 拳が握りこまれる音に、思わず目をつぶるライナ。
 しかし―
 ヒータはその拳をアウスに叩きつける事はなく、代わりに掴んでいた胸ぐらを突き飛ばす様に離した。
 アウスはわざとらしく、「おっとっと」などとバランスをとる振りをする。
 「上等だよ!!」
 そんなアウスに向かって、ヒータは怒鳴る。
 「じゃあ、見てやがれ!!この次は、これでもかってくらいスゲー首尾上げて、その澄ました面(つら)地面に擦りつかせてやっからな!!」
 その言葉を聞いたアウスは、
 「そうかい。じゃ、せいぜい楽しみにしてるよ。」
 などと言ってパンパンとローブの埃をはらうと、余裕の態でクルリと踵を返す。
 「おぅ!!今の内にせいぜい笑っていやがれ!!この眼鏡小悪魔!!」
 米神をヒクつかせながら喚き散らすヒータを一瞥し、アウスは平然とドリアードの元へと向かった。
 「あれ?はれ?」
 「ほら、見ろ。」
 ポカンとするライナに、ダルクはさもありなんといった顔をする。
 二人の目の前には、アウスの後姿に向かってギャアギャアと悪態をつき続けるヒータ。その様子は、すっかりいつもの調子に戻っている。
 そんな二人を眺めながら、ウィンはただニコニコと微笑んでいた。


 「お待たせしました。すいません。」
 あえて事態を静観していたドリアード。目の前に来たアウスに向かって、溜息混じりに言う。
 「全く、相変わらずですね。貴女らしいと言えばその通りですが、もう少し他にやり方と言うものがあるでしょうに。」
 「さて、何の事ですか?」
 あくまで 澄ました表情のアウス。ドリアードは苦笑する。
 「まぁ、良いでしょう。では、お願いします。」
 「はい。」
 そう答えて、アウスは手にした杖で地面を軽く突く。
 「おいで。」
 途端―
 ドバァアアアアンッ
 地面が爆発する様に弾ける。
 もうもうと立ち込める土煙。
 「ゲホッゲホッケホ・・・」
 「うみゃあぁああー、めが、めがぁあああー・・・です。」
 「馬鹿野郎ー、もう少し大人しく出来ねぇのかよ!?」
 「・・・服が土だらけ・・・。・・・洗ったばかりなのに・・・。」
 「ああ、すまないね。"彼"、ちょっと不器用だから。」
 皆のブーイングを軽く受け流すアウス。
 ブゥフウルルルル・・・
 そんな彼女の言葉に、低い唸り声が重なる。
 ズシリッ
 重い足音を響かせながら、土煙の中から現れたもの。
 それに、場にいる皆の視線が集中した。
 「えぇ!?ウソ、あれって・・・!?」
 「な、なんとぉー!?なのです。」
 「マジかよ・・・!?」
 「・・・へぇ、こりゃ驚いた・・・。」
  口々に飛び出る、驚嘆の声。
 「『地を這うドラゴン』・・・ですか?」
 さしものドリアードも、驚きを隠せない。
 「どうですか?先生。」
 澄ました顔で言うアウス。
 「攻撃力は基準の1500越え。レベルは、憑依装着の認定値を越えるレベル5。種族は純然たるドラゴン族。そして・・・」
 アウスがそっと足を出すと、地を這うドラゴンは頭を垂れその靴を舐めた。
 その光景に、皆は驚き半分呆れ半分の視線を注ぐ。
 「使役(しつけ)もこの通り。さて、何か突っ込みは、ありますか?」
 「そ、そうですねぇ・・・?え、えーと・・・」
 ドリアードはしばし考えると、ポンと手を打った。
 「そ、そうそう。この子は確か絶滅危惧種で・・・」
 「捕獲許可証ならここに。」
 ドリアードの言葉を先どる様に、アウスがそれをペラリと見せる。
 「使役許可証もありますよ。ほら。」
 「あぅ・・・」
 言葉に詰まるドリアード。
 その様子を見たアウスはクスリと笑い、つ、と手を差し出した。
 「それじゃあ評価、お願いします。」
 「え・・・あ、はいはい。」
 ドリアードは慌てて、手にした表に点数を書き込む。
 「はい、大変良く出来ました。」
 手渡された紙には、大きな花丸と100点の文字。
 「ありがとうございます。」
 アウスは一礼してそれを受け取ると、ステステと皆の元へと戻って行った。
 その後ろ姿を見送りながら、ドリアードはボソリと呟く。
 「出来すぎるのも考えものですねぇ・・・。言う事なくて、ツマンネ・・・。」
 その呟きを聞いてか聞かずか、アウスはチロリと舌を出した。



                     ―5―


 「凄いね。さすがアーちゃん!!」
 「うぅ〜む!!ぐぅのねもでないとはこのことなのです。」
 「・・・で、評価の基準が上がる訳か・・・。・・・ついてない・・・。」
 「けっ・・・。」
 「どうってことないよ。それより・・・」
 皆にかけられる賞賛の言葉(1名除く)を軽く受け流しながら、アウスは地べたに胡坐をかいて頬杖などついているダルクに言う。
 「ダルク氏。今度は君らしいよ。」
 そんな言葉ともに、親指で後ろを指す。
 見れば、ドリアードがニコニコしながらおいでおいでをしている。
「・・・よりにもよって、お前の後か・・・。ついてない・・・せめてでも、“コイツ”の後なら良かったのに・・・。」
 ダルクはよっこらせ、と立ち上がると傍らのライナの頭をポンポンと叩いた。
 「ですよね〜。ライナのあとならきもらくで・・・ってどういういみですか!!」
 「・・・お前が考えた通りの意味だよ・・・。」
 「な、なんですとぅ!?」
 ギャーギャー喚くライナを残し、ダルクはズルズルとドリアードの元へ向かう。
 「・・・ああ、あの表情・・・。アウス(前)で突っこめなかった分、こっちでやる気満々だよ・・・。全く、ついてない・・・。」
 ブツブツ言いながら前に立ったダルクを、ドリアードは苦笑いしながら迎える。
 「相変わらずネガティブですね・・・。そんな私情の入った評価はしませんから、安心してください。」
 「・・・はぁ、そうですか・・・?・・・でも、口では皆そう言うんですよね・・・。分かってますよ・・・。」
 どんよりと重くなる空気。
 ドリアード、顔に縦線4本。ついでに、汗マーク1つ。
 「ま、まぁ、とりあえず、見せてもらいましょう。どうぞ。」
 そう言って、ダルクを促す。
 しかし−
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 し〜〜〜〜〜ん。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 やっぱり、し〜〜〜〜〜ん。
 「・・・あ、あの・・・ダルクさん?」
 唐突に割って入った沈黙。
 いささか顔を引きつかせながら、ドリアードが言う。
 「・・・はい・・・?」
 「あの、早く召喚を・・・。」
 「・・・もう、出してますよ・・・?」
 かったるそうに答えるダルク。
 それぐらい察しろと言わんばかりである。
 「・・・へ・・・?」
 ポカンとするドリアード。
 ついでに皆も、ポカン。
 「・・・おいこら、出て来い・・・!!」
 そう言って、ダルクは頭の後ろに下がっているフードを叩いた。
 途端―
 ピィヤァアアア!!
 そんな声を上げながら飛び出す、黒いもの。
 それは小さな翼をパタパタしながら、ダルクの頭にしがみ付いた。
 「うわ、何?あれ!?」
 「かわいーです!!」
 「う・・・か、可愛い・・・(はあと)」
 「へぇ。これはまた、珍しいものを・・・。」
 自分に集中する視線に怯える様に、“それ”はまたフードの中に戻ろうとする。
 「・・・こら、隠れるな。もう少し、我慢しろ・・・。」
 半分フードに潜った“それ”を再び引っ張り出すと、ダルクは腕の中に抱いた。
 「・・・と、言う事です・・・。」
 「『黒竜の雛』、ですか・・・?」
 むずがる子供の様に、ダルクにしがみつく「雛」。それを見るドリアードの目が、急に厳しさを増した。
 『黒竜の雛』は文字通り、『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』の幼体。普通に考えれば、黒竜の巣から盗ってきたと思う所である。
 「よく成体の真紅眼(レッドアイズ)を呼ばれませんでしたね?というか、生物保護法の第8条12項目、覚えていますか?」
 ドリアードの言葉に、ダルクの身体がピクリと動く。
 少しの間の後、彼の唇が言葉を紡ぎ始める。
 「『―希少たる竜族の繁殖行為、営巣地、利用状態にある巣、及び明確に親子関係にあたる個体群に対する過剰なる干渉、或いはそれに類似する行為の全てを禁止する。これに違反した場合、10年以下の懲役、500万以下の罰金、或いはその両方を課するものとする。尚、絶対たる必要に迫られし場合のみ、該当機関の許可を得た上において、その行為を前記原則の例外とする。―』」
 「・・・覚えていた様ですね。」
 「・・・ええ、一応・・・。」
 ドリアードの言葉に、しがみついてくる雛をあやしながら答えるダルク。
 「ならば分かりますね?その子を盗ってくる事は、この条文にある『利用状態にある巣、及び明確に親子関係にあたる個体群に対する過剰なる干渉』に抵触します。次第によっては、法が・・・そこまで行かなくとも、学園があなたを罰しなければならない事になります。」
 ザワッ
 その言葉に、場にいる皆がざわめく。
 「え?ちょ、ちょっと、どういう事だよ!?」
 「簡単な話さ。あの子竜を巣から盗ってきたって事になれば、ダルク氏は法律を犯した事になる。犯罪者、前科者になるんだよ。」
 淡々と語るアウス。
 それを聞いた皆が、一様に青ざめる。
 「そ、そんな!!だってあたし達は先生に言われて・・・」
 「先生は、“ドラゴンをしもべにしてこい”とは言ったけど、“手段を選ぶな”とまでは言っていない。それに、生物保護法についてはボク達はすでに授業で習ってる。この課題は、“それ”を知ってるという前提で出されてたんだ。だから、ボクだって正式な手続きを講じてこういうものをとってる。」
 そう言って、アウスは手にした許可証をペラペラと晒す。
 「・・・もっとも、最高に危険な子連れ竜の巣を荒らしに行くなんて、先生自身、思っちゃいなかったろうけどね。」
 クルクルと許可証を丸めるアウスに、助けを求める様にライナがすがる。
 「で、でも、そんなの、ライナだってしらなかったですよ!!そ、そうだ!!しらなかったっていえば・・・」
 「そんな理屈は通じない。罪は罪だ。それに、言ったろ?“習ってる”んだよ。ボク達は。知らなかったは通じない。」
 「そ・・・そんなぁ・・・。」
 容赦ないその言葉に、ライナはヘナヘナと崩れ落ちる。
 「それじゃあ、ダルクはあしたからけーむしょぐらしですか?けーむしょでくさいメシですか?ライナはひとりぼっちですか?そんなの、そんなのイヤです〜!!」
 「ライちゃん・・・。」
 「馬鹿野郎・・・。いくら“お仕置き”が怖いからって、法なんか犯しやがって・・・!!」
 「皆、落ち着きなよ。」
 今にも泣き出しそうな皆に向かって、アウスは言葉を続ける。
 「何もそう決まった訳じゃない。この法律が規定してるのは、あくまで“巣にいる”か、“親の庇護下”にいる幼体。あの雛が巣から盗られたものじゃない、“はぐれ”だという事が証明されればこの法は適応されないで済む。」
 「そんなの、どうやって証明すんだよ・・・?」
 「それは、ダルク氏の説明如何だね。」
 ヒータの問いにそう返し、アウスはドリアードとダルクの元へと視線を戻した。


 「どうなのですか?ダルクさん・・・。」
 問い詰めるドリアード。
 いつもの穏やかさが嘘の様に、厳しい顔。
 息を飲む皆。
 5人の視線が集まる中、ダルクはしばし考え、そして―
 「・・・ご想像にお任せします・・・。」
 「・・・は・・・?」
 「・・・なんて言うか、説明すんの、だるいんで・・・。」
 一同、ズッコケ。
 「そ、そこですらそう来るか・・・!?」
 「さ、さすがダルク・・・。ゆがみねぇです・・・。」
 「で、でもさぁ・・・。」
 「ああ。あれじゃあ、有罪確定だね。」
 一人ズッコケなかったアウスが、腕を組みながらそう言った。
 ドリアードは少し悲しげな顔をしながら、もう一度問い直す。
 「・・・どうしても、説明しませんか?」
 「・・・さっき言ったとおりです・・・。」
 そう言って、黙り込むダルク。
 ドリアードは溜息をつくと、その手をダルクに伸ばす。
 細い指が、ダルクの肩に触れようとしたその時―
 『チョオット待ッタァアアアア――――ッ!!』
 そんな叫びとともに、ドリアードとダルクの間に黒い球体が飛び込んできた。
 ダルクの使い魔、D・ナポレオンである。
 『 先生、聞イテクダサイ!!コレニハ事情ガ・・・』
 「あ、こら!!お前!!」
 しもべの意図に気づいたダルクが止めようとするが−
 『しゃぁああらっぷ!!!』
 物凄い剣幕で怒鳴られて、逆に黙らされてしまう。
 『確カ二、己ノ手柄ヲぺらぺら喋ラナイノハ漢ノ美徳デハアリマスガ、ソレモ時ト場合二ヨリマス!!コンナ時ニマデダンマリスルノハ、タダノ馬鹿デス!!』
 「いや、だけどな、お前・・・」
 『しゃぁああらっぷ!!!』
 二度目。
 その剣幕にビビった雛が、またフードの中に潜り込む。
 『ますたーガ言ワナイノナラ、私ガ言イマス!!」
 そしてD・ナポレオンは事の一部始終をぶちまけた。
 その結果―
 「うぅ・・・え、偉いねぇえ・・・ダルくん・・・!!」
 「よくやった!!さすがわがおとうと。よくやったのです!!」
 「ちくしょう・・・泣かせるじゃねぇか・・・。」
 「うーん。あんまりボク好みの話じゃないなぁ・・・。」
 半泣きの皆(1名除く)に、揉みくちゃにされるダルク。
 「ウザイ・・・だから言いたくなかったんだよ・・・。」
 ライナにワシワシと頭をなでられながら、うんざりした顔で呟くダルク。
 その傍らで、これまた半泣きのドリアードがD・ナポレオンに確認を取っていた。
 「それで、間違いはないのですね?」
 『ハイ。証拠デシタラ、ますたーノ腕ヲ見テクダサイ。『闇ヨリ出デシ絶望』ノ爪痕ガアリマス。』
 それを聞いたドリアードは、ツカツカとダルクに向かう。
 群がっていた一同が引く中、ドリアードはダルクの左腕を手に取るとグイッと袖をめくった。
 顕になる、痛々しい傷跡。
 「・・・確かに・・・。」
 そう呟くと、ドリアードはギュウッとダルクを抱き締めた。
 「ムギュウッ!?」
 顔を彼女の胸に埋められ、踏んづけられたカエルみたいな声を上げるダルク。 
 「良い子ですね!!さすが、私の教え子です!!」
 「く、苦しい〜!!ウザイィ〜!!」
 ドリアードの腕の中でもがく主を見ながら、D・ナポレオンはほっと息をつくのだった。

 
 「それでは、改めて評価の方を・・・」
 皆に揉みくちゃにされてボロボロになったダルクの前で、ドリアードは採点表を手にとった。
 ハンカチで目尻の涙を拭きながら、採点表にサラサラと文字を書き込む。
 「はい。」
 「・・・どうも・・・。」
 受け取ったダルクは、二体のしもべと共にそれを覗き込む。
 「・・・へ・・・?」
 『ハァ?』
 『ピィ?』
 表に書いてあったのは、点数ではなく『プライスレス』の文字。
 「・・・あの・・・何ですか・・・?これ・・・。」
 訳がわからないといった態のダルクに、ドリアードは涙目で答える。
 「残念ですが、貴方だけ採点の基準を変える訳にはいきません。『雛』はレベルも低いですし、点数だけでみれば悪いと言わざるをえないでしょう。けれど、点数が全てではありません。今回の貴方の所業は、非常に素晴らしいものです。点数などで表すことなど出来ないものです。よって、この様な評価としました。」
 「・・・はぁ・・・。」
 なんじゃそれ、と言った顔の皆。
 「その子、大事にするのですよ。」
 「・・・はい・・・。」
 相変わらず、気だるげに答えるダルク。
 その頭の上で、雛とD・ナポレオンは微笑んで(?)うなずき合うのだった。



                      ―6―


 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 沈黙である。
 広場はこの日、二度目の沈黙に覆われていた。
 沈黙の中心にいるのは、艶やかな銀髪の少女。光霊使いのライナ。
 ドリアードと向かい合っている彼女の横には、朱色の身体に亜麻色のたてがみをなびかせる竜、『エレメント・ドラゴン』が座している。
 エレメント・ドラゴンのレベルは4。攻撃力は1500とされている。
 内容だけで見れば、アウス同様問題はないはずであるが・・・。
 「あのー、ライナさん・・・?」
 ドリアードが、困った様に訊ねる。
 「はい。なんでしょう?」
 笑顔で答えるライナ。
 無邪気と言う言葉を、形にした様な顔である。
 「何か、この方、ご機嫌が宜しくない様なんですが・・・。」
 そう言ってドリアードは、エレメント・ドラゴンを見る。
 もともと赤いエレメント・ドラゴンだが、その顔が心なしかより赤みがかっている。亜麻色のたてがみはザワザワとざわめき、憤る様に噴き出す鼻息には、チロチロと小さな火の粉が混じっている。
 ・・・どう贔屓目に見ても、心穏やかそうには見えない。
 ドリアードは米神を抑えながら、訊く。
 「 ・・・というか、貴女この方の事、召喚してないですよね?どう見ても携帯かけてあの方に連れてきていただいた様に見えたのですが・・・?」
 言いながら上を見る。
 そこにはヒポポポ、などと電子音を響かせながら浮いている巨大で半透明の球体。
 ・・・モイスチャー星人である。
 「ああ、それはしかたないのです。」
 手の中のスマートフォンをチャカチャカといじると、ライナはアドレス帳をドリアードに見せる。
 「エドくんはけいたいもってないのです。だから、もっくんにでんわして、テレポーテーションでつれてきてもらったです。」
 見れば、確かにモイスチャー星人の周りを光線銃やら箒やらと一緒にスマートフォン(尚、最新機種)が舞っている。
 「はあ・・・。でも、しもべにしたのでしょう?なら、ちゃんと召喚権限を行使して"召喚"したほうがいいんじゃないですか?通話料金も浮きますし。」
 「ていがくサービスに入ってるからへいきなのです。それと・・・」
 ライナはチッチッと指を振る。
 「エドくんはしもべじゃありません。おともだちなのです。」
 ドリアード、困惑。
 「お友達、とは?」
 小首をかしげる彼女に、ライナは胸を張って答える。
 「おともだちはおともだちなのです。だいたい、いきなりしもべになってくれなんてしつれいなのです。ぶれいなのです。なにさまなのかというやつなのです。さいしょは、まずおともだちから。すべてはそれからはじまるのです。ぜったいのしゅじゅーかんけいも、あま〜いれんあいかんけいも、しゅくめいのライバルかんけいも、ちでちをあらうてきたいかんけいも、すべてはおともだちからはじまるのです!!」
 言いながら、ズズィッと迫ってくるライナ。しかドリアードは動じず、眉をへの字にして言う。
 「困りましたね。いくらそう言われても、一応宿題は"しもべ"にしてくる事ですからねぇ・・・。友達では評価対象になりませんよ。」
 「な、なんですとー!?」
 ドリアードの言葉に、仰け反るライナ。
 「するとせんせいは、おともだちをしもべのかいごかんといちづけるですか!?おともだちはガイアナイトさんやサイバー・ジムナティクスさんとおなじあつかいですかー!?」
 「聞いた本人達が怒る様な言動は、控えてください。ヒータさんの時にも言いましたが、宿題の本筋を外してしまっては、意味がないんですよ?」
 その言葉に、ライナはますますいきり立つ。
 「いくらせんせいでもききずてなりませんー!!ともだちはこのよにおけるしこうのそんざいがいねんなのですよー!!」
 溜息をつくドリアードに構わず、ライナは機銃掃射の様に喚きまくる。
 「せかいはともだちからはじまったのです!!ともだちはせかいのこんげんなのです!!ことわりです!!このよのすべてのふこうはみんながともだちでないがゆえにしょうじるのです!!よのそんざいばんぶつすべてはともだちになることによってきゅうさいされるのです!!じんるいほかんけいかくもえんかんのことわりもばんぶつともだちかけいかくのまえにはいぬのふんほどのかちもないのです。ともだちはきゅうきょくにしてしこうのたいげんなのですー!!」
 「―『地割れ(アース・クラック)』。」
 バカンッ
 「ア〜レ〜!?」
 唐突に開いた地面の亀裂に飲み込まれるライナ。
 「全く、話が進まないじゃないですか。」
 平然とそう言いながら、ドリアードはその亀裂をまたいでスタスタと歩いていく。
 歩いていく先にいるのは、エレメント・ドラゴンである。
 さっきまで怒りに紅潮しているように見えたその顔色は、今は何故か紫色に染まっている。
 どうやら、青ざめているらしい。
 その後ろの方では、10歩ほど後ずさった一同が同じように顔を青ざめさせながらヒソヒソと言い合っている。
 (・・・おい、『地割れ(アース・クラック)』無詠唱で発動したぞ・・・。)
 (相変わらず、おっかねぇ・・・。)
 (ライちゃん、死んじゃったかな・・・。)
 ヒソヒソと囁き合う一同をよそに、ドリアードは笑顔でエレメント・ドラゴンに向かう。
 『すいません。いくつかお聞きしたいのですが・・・?(竜語)』
 『は、はひゅわいぃいい!!(竜語・以下略)』
 あからさまにビビっているエレメント・ドラゴン。
 ・・・無理もないかもしれない。
 『あなたがあの子と友達になったという経緯を、教えてくださいませんか?』
 『は・・・はい・・・!!』
 ビシッと姿勢を正してお座りをすると、エレメント・ドラゴンは事の次第を話し始めた。
 そして、十数分後―
 『なるほど・・・。あの娘はあの娘なりに、苦労はしたようですね。』
 『は・・・はい、それはもうそれなりに・・・。』
 コクコクと水飲み鳥の様に頷く、エレメント・ドラゴン。
 『それで、貴方自身はどう思っているのですか?振り回されて、随分憤慨なさっていた様ですが?』
 『そ・・・それは・・・』
 答えに困る様に口ごもる、エレメント・ドラゴン。
 その目を、何かを探る様に見つめるドリアード。
 しばしの間。
 やがてニッコリと微笑むと、エレメント・ドラゴンに手を伸ばす。
 赤い巨体が、一瞬すくみ上がる。
 しかし、伸ばされたドリアードの手は、その喉を優しく撫でていた。
 思わずゴロゴロと喉を鳴らす。
 『分かりました。今日はご苦労様でしたね。もう、御帰りいただいて結構ですよ。』
 その言葉に、一瞬ポカンとするエレメント・ドラゴン。
 やがて何かを察した様に頷くと、その翼を広げて飛び立つ。
 去り際、ライナの落ちた亀裂をチラリと見る。
 しかし、ドリアードが大丈夫とでも言う様に頷くと安心したように踵を返す。
 大空の果てへと消えて行くその姿を見送ると、ドリアードは足元の亀裂を覗き込む。
 その奥には、目を回して伸びているライナの姿。
 それを微笑みを浮かべながら見つめると、ドリアードは取り出した採点表にさらさらと数字を書き込む。
 書き込まれた点数は、0.5点。
 「・・・あなたとは、まだ色々と話し合わねばならないようですね。そりゃもう色々と。」
 楽しそうにそう言いながら、ドリアードは上を見上げる。
 そこには、フヨフヨと浮いているモイスチャー星人の姿。
 『貴方も、大変でしょうけどこの娘の事、これからもよしなに頼みますね。(宇宙語)』
 『君ノ宇宙語ハ、解カリ難イ。(宇宙語)』
 照れたように明滅しながらそう言うモイスチャー星人を見て、ドリアードはただ楽しそうに微笑むばかりだった。



                      ―7―


 ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・
 彼女は逃げていた。
 必死に。
 懸命に。
 ただ地の果てを目指して。
 ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・
 呼吸が苦しい。
 心臓が早鐘の様に鳴っている。
 細い足の筋肉が、ギシギシと悲鳴を上げている。
 しかし、ここで止まる事は出来ない。
 それは、全ての終りを意味する。
 ああ、何故こんな事になっているのだろう?
 走りながら、思考を巡らす。
 全ての原因は、あの氷の地での因縁。
 あそこにおける、騒動のせいだ。
 自分に落ち度はなかった。
 全ては、あの地の連中がいけないのだ。
 連中とは?
 決まっている。
 三頭の氷龍及び氷結界の連中だ。
 氷龍(あいつら)が、大人しく寝てなかったせいで。
 氷結界(あの連中)が、事を迅速に収めなかったせいで。
 自分が出張らなきゃならない事態になったのだ。
 そりゃ、運命だとか使命だとか、色んなしがらみがあったのは確かだけど。
 迷惑を被ったのは事実だ。
 別れる時の風水師の顔が浮かんできて、非常に癇に障る。
 あんなに晴々とした顔しやがって。
 それで、こっちがどんな目にあってるか知りもしないで。
 そもそも・・・

 
 『エリア、何してんの!?早く足動かして!!』
 「はひゅわぁっ!?」
 相棒のギゴバイトの声に、物思いにふけっていたエリアは飛び上がる程に驚いた。
 「な、何よ!?急に大きな声出さないで!!心臓飛び出るかと思ったじゃない!?」
 『捕まったら、比喩どころかリアルで心臓えぐられるよ!?何考え込んでるのさ!?この非常時に!!」
 ゼエゼエと息を切らしながら、それでも走るのを止めずにギゴバイトは怒鳴る。
 「こんな事態に陥った理由を考えてたのよ!!いかにあの龍(トリシューラ)が粘着質だったかとか、いかに氷結界の連中がノータリンだったかとか・・・。うん。やっぱりあたし、悪くない!!」
 『責任転嫁なぞしとる場合かい!?ったく、本当に馬鹿なんだから!!』
 息を切らしながら溜息をつくギゴバイト。なかなか器用である。
 「な・・・馬鹿とは何よ!!大体あんた下僕でしょ!?だったら何か主人(アタシ)が怒られずに済む様な方法考えなさいよ!!それとも何!?アタシが先生にお仕置き食らってもいいっていうつもり!?」
 息を切らしながら、息もつかずに怒鳴り散らすエリア。こっちも結構器用である。
 『良くないからこうやって一緒に逃げてんだろ!?いいから黙って走れ!!」
 「何よなになに!?言うに事欠いて命令形!?ムキーッ、いったいアタシを誰だと思ってんのよ!?その無礼、いつかきっかり報いらせてやるんだからね!!」
 「そん時まで命があったらね!!」
 息を切らしながらギャアギャア言い合う二人。結局、どっちも器用な二人なのだった。


 その頃、他の霊使い達が課題の評価を受けていた広場。
 大方は終わり、後は水霊使いのエリアを残すのみとなっていた。
 「それでは、エリアさん、出てきて下さい。」
 ドリアードが呼ぶ。
 しかし、返事はない。
 「?、エリアさん、どうしました?エリアさーん?」
 やっぱり、返事はない。
 他の霊使い達も、ざわめき始める。
 「あれぇ?エーちゃん、どこ行ったんだろ。」
 「さっきまでここにいただろ?」
 「・・・確かに・・・」
 「へんですねぇ?」
 と、皆がざわつく中、アウスが「おや?」と言って地面にあった何かを拾い上げた。
 それを見て、彼女はクスッと笑う。
 「皆、これを見てご覧よ。」
 言われた一同が、「え?なになに」と集まってくる。そしてー
 「・・・あーあ・・・」
 「・・・あいつ・・・」
 「・・・道理で様子がおかしいと思ったら・・・」
 「エリアちゃん・・・ごしゅうしょうさまです・・・。」
 「本当に、期待を裏切らない人ばかりで、ボクは嬉しいよ。」
 皆がそう言いながら見つめるのは、アウスの手の中。そこに握られた、一枚の紙きれ。
 それには―

 「探さないでください。byエリア」

 ―の文字。
 そして、当の本人はどこにもいない。
 「・・・逃げましたか・・・」
 静かに響いたその声に、場にいる全員(一部除く)が震え上がる。
 いつの間にか、近くに来ていたドリアード。
 す、と手を伸ばしてアウスの手から紙きれをとる。
 そして、書かれた文字をチョンチョンと触ると小さく頷いた。
 「このインクの乾き具合・・・。まだ遠くには行ってませんね・・・。」
 そう言って上げた顔には、見た目にも穏やかな、しかしどこか無機質な笑顔。
 ドリアードはその能面のような顔で皆を見回すと、厳かに口を開いた。
 「皆さん・・・」
 「は、はい(です)!!」×4
 「どうやら、エリアさんは少し遅れている様ですね。皆さんで迎えに行ってあげてください・・・。」
 顔はあくまで笑顔。しかしその背後からは"何か"が陽炎の様に立ち昇り、心なしかドドドドドドという擬音まで見える様な気がする。
 凄まじい圧力(プレッシャー)である。
 「五体の無事は問いません。速やかに、エリアさんをここに連れてきてください。いいですね?」
 あくまで崩れない、満面の笑顔。
 それが、逆に怖い。
 一同、ただブンブン頷くだけ。
 「では、お願いします。」
 「はい(です)!!」×4
 一斉に答えて、シュバババッと散って行く霊使い達。
 それを見届けながら、ドリアードは呟く様に言った。
 「・・・知りませんでしたか?精霊術師からは逃げられない・・・。」
 周囲の風が、怯える様にピュ〜と鳴いた。



                                    終わり

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