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2014年08月22日

霊使い達の宿題・光の場合(改訂版)








 入院日の告知はまだ来ません。土斑猫です。
 とにかく、「霊使い達の宿題(改訂版)、」最後の「光の場合」掲載です。
 これで改訂シリーズはとりあえずおしまい。
 後日談の「採点編」と「逃走編」はとりあえず保留。
 退院した後で考えますw
 それでは、長いお付き合いありがとうございました。



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                 霊使い達の宿題


                 ―光の場合(前編)―


                    ―1―


 ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・

 “彼”は逃げていた。
 必死に。
 懸命に。
 ただ、空の果てを目指して。

 ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・

 呼吸が苦しい。
 心臓が、早鐘の様に鳴っている。
 羽ばたく翼の筋肉が、ギシギシと悲鳴を上げている。
 しかし、ここで止まる事は出来ない。
 それは、全ての終りを意味する。

 ああ、何故こんな事になっているのだろう。
 自分はただ、平穏な毎日をおくっていただけなのに。
 それなのに、何故こんなにも恐ろしい目に会わなければならないのか。
 怖い。
 恐ろしい。
 あんなものが、この世に存在するなんて。
 創造神(ホルアクティ)は、一体何を血迷ったのだろう?
 もし会う事が出来るなら、小一時間恨み言を言ってやりたい気分だ。

 ・・・はて、先から後ろに気配を感じない。
 あの耳障りな、甲高い声も聞こえない。
 ひょっとして、振り切ったのだろうか。
 希望的観測。
 でも、今はそれにすがりたい。
 速度を緩め、後ろを振り向こうとしたその時―

 「おいつきましたーっ!!!」

 破滅の声が、“頭上”から響いた。



                      ―2―


 霊使い達がすむ魔法族の里から東に数十キロ。そこに一際華やかな都市がある。
 この世界でも特に古い歴史を持ち、常に上空に鮮やかな虹のかかる都市。
 そこは、畏敬と羨望の意を込めて、『虹の古代都市―レインボー・ルイン』と呼ばれていた。
 その環境の穏やかさから住人は多く、また景観の美しさから観光客も絶えない。
 必然的に土産物屋や宿屋等を経営する商売人達も多く集まり、その歴史の古さに反して、現在でも世界屈指の隆盛を我が物にしている稀有な都市でもあった。
 しかし、その本来なら人々の喧騒に包まれている筈の都市の一角が、今日に限ってはシンと静まり返っていた。
 人がいないわけではない。他の区画と同じく、ここも多くの観光客や住人であふれている。にも関わらず、その場所は静まり返っていた。
 そこにいる人々は皆一様に顔を伏せ、何かから必死に視線を逸らしていた。それでも、時たまチラチラと視線を上げては“それ”の動向を確認する。その目にあるのは、明確な恐れと不安。「構ってくれるな。」「こっちくんな。」明確にそう訴える視線であった。 
 さて、いったいどんな恐ろしい存在がいるのかと思いきや、そんな視線の先にいるのは、以外にも可憐な少女だった。
 ・・・もっとも、問題はその「可憐」の前に「見た目は」、という前置きが付く事だったのだが・・・。


 「う〜ん。ドラゴンさんですかぁ〜。」
 静まり返る町の中を、光霊使いのライナはそんな事を呟きながらポテポテと歩いていた。
 「こまりましたね〜。ドラゴンさんはライナのともだちにはまだいませんし、このまちはふあんないですし。どこにいけばあえるんでしょう〜?」
 彼女が歩く先から、町の人々がザザーッと引いていくのだが、そんな事はまるで気にせずに、彼女はポテポテと歩いていく。
 「だいたい、ダルクはつめたいですよね〜。せっかくいっしょにいこうっていったのに、だまってよるのあいだにいっちゃうなんて〜。」
 彼女はブツブツ言いながら、手にした杖をクルクルと回す。周囲から降り注ぐ恐怖と畏怖の視線も、当の本人には届かない。
 「さてはて、みなさんはどうおもいますかぁ〜?」
 そんな言葉とともに、頭のてっぺんにピンと立った髪の毛もクルクルと回る。
 『そうだね〜。』
 『もけっもけけっもけもけけ〜(そうっすね〜)。』
 『クリックリクリクリクリ〜(どうしたもんかね〜)。』
 『ほわ〜ほわほわほわ〜(こまったね〜)。』
 『シュワッシュワシュワッシュワッチ(我、思案)。』
 複数の声が、彼女の背後から答える。
 一つは羽の生えた球体。
 額に大きなハートマークがついている。
 ライナの使い魔、ミニ天使の『ハッピー・ラヴァー』である。
 一つは羽の生えた立方体。
 申し訳程度の手足が付いている。
 名は『もけもけ』。
 空飛ぶわらび餅にしか見えないが、何故か天使族である。
 一つはやっぱり羽の生えた毛玉。
 クリクリした目が可愛い、かもしれない。
 名は『ハネクリボー』。
 兄弟分の『クリボー』は悪魔族なのに、こっちは何故か天使族である。
 一匹は獣。
 羽の生えた毛むくじゃらの身体に、大きな一つ目がギョロギョロと蠢いている。
 名は『エンゼル・イヤーズ』。
 不気味な姿な事この上ないが、何故か天使族である。
 一つは巨大な球体。
 ボンヤリと輝くその周りに、玩具っぽい光線銃や箒がフヨフヨと漂っている。
 名は『モイスチャー星人』。
 “星人”と明らかに宇〇人なのに、何故か天s(ry
 そんな連中が、訳の分からない言葉で喋くり合いながら、ブツブツ独り言を言っている少女の後にゾロゾロと付き従っている。
 ・・・はっきり言って、異様な光景である。
 町の住民達が必死で目を合わせない様にしているのも、致し方ないのかもしれない。
 「う〜ん。どうしましょう〜?」
 『シュワ、シュワッチ(我、提案)。』
 「なんですか〜?モイ君?」
 『シュシュシュ、ディユワッ(町(ここ)人多かりし。助言乞うべし)。』
 「あ〜、なるほど〜、ここのみなさんのどなたかにきけばいいんですね〜?」
 ビクゥッ
 その言葉が、民の間に緊張を走らせる。
 「あの〜すいません〜、そこのあなた〜。」
 「うひぃいいいいいいっ!?」
 逃げ遅れた一人の民が、捕まった。
 その回りを、少女を中心とした異形の団体さんが取り囲む。
 もはや逃げ場はない。
 他の民は安堵の息を漏らしながら、犠牲となった者に哀れみと感謝の視線を送った。
 「ひぃいいいいいっ!!間に合ってるっす!!間に合ってるっす!!」
 ライナ達に囲まれた不運な“彼”―『バグマンZ』は、その爆弾の様な頭をブンブン振って泣き喚く。
 「オレっちは善良な一般バグマンっす!!悩みなんて何もないっす!!ふつーの毎日に満足してるっす!!不満ないっす!!だからそーゆーの間に合ってるっす!!ホントっす!!ホントっすから、勘弁してくださいっす!!」
 べチンッ
 「ゲフッ!?」
 はたかれた。
 エンゼル・イヤーズの鞭みたいな手に。
 結構、いやかなり痛い。
 大きな一つ目が、赤く血走ってギョロギョロしている。
 どうやら、イラついているらしい。
 真剣に、怖い。
 『ほわほわっほわほわほわ(うるさひ)!!』
 「ああ、だめですよ、めーくん。らんぼうしちゃあ。めっですよ?」
 ライナに諭され、エンゼル・イヤーズはポリポリと頭をかく。
 『ほわほわ〜(ごめんなさい)。』
 「わかればいいのです。」
 エンゼル・イヤーズの頭をなでなでしながら、ライナは改めてバグマンZに向き直る。
 「だいじょうぶですよ〜。こわいこともいたいこともしないのであんしんしてください〜。」
 (すでに痛い目に合わされてんすけど・・・)
 バグマンZの抗議の視線には全く気付かない様子で、ライナは勝手に話を進める。
 「あのですね〜、じつはライナたちはひかりぞくせいのドラゴンさんをさがしているのです。このみやこのちかくでよくみつかるってきいたんですけど、なにかごぞんじありませんか〜?」
 「は?ド、ドラゴンすか?」
 「はいです〜。」
 ライナの問いに、バグマンZは懸命に頭を捻る。
 今のこの状況から逃れられるかが掛かっているので、何しろ必死である。
 創造神(ホルアクティ)様、創星神(sophia)様。創世神様に三幻神様。も一つついでに三邪神様。どうぞオレっちめにお力を。
 普段は口にもしない、知り得る限りの神の名に祈る。
 そうして、自分の脳内を検索しまくる事数分。
 ―かくして、彼の脳裏に神の天啓は降りた。
 「はっ、そ、そうっす!!確か・・・」
 そう言って、空の虹を指差す。
 「あの虹の麓には、虹から降る光エネルギー、『シャインスパーク』の溜まり場があるんす。そこにはそれを目当てに光属性のモンスターが集まるって聞いた事があるっすから、ひょっとしたらそこに・・・」
 「ドラゴンさんもいるかもしれないんですね〜!?」
 「は、はいっす・・・。」
 「ありがとうです!!これはおれいです〜。」
 そう言って、ライナはバグマンZの手に何やら握らせる。
 「それではみなさん、いきましょ〜!!」
 『あい〜。』
 『もけ〜(はいな〜)。』
 『クリ〜(ゴーゴー)。』
 『ほわ〜ほわほわ〜(叩いてごめんね〜)』
 『シュシュワッチ、デュワッ(我、感謝)。』
 口々に言い合い、ライナ達はその場を後にした。
 後に残された人々は、ただ呆然。当然、バグマンZもただ呆然。
 「な・・・何だったんすか・・・?」
 そういってライナに握らされた手を見てみると―
 そこには飴玉が数個、転がっていたりするのだった。



                      ―3―


 「ほへ〜、きれいなところですねぇ〜。」
 『だね〜。』
 『もけもけけ〜(本当〜)。』
 『クリクリ、クリリ〜(心が洗われる様だね〜)。』
 『ほわほわほわわ〜(いい所だ〜)。』
 『シュシェア、シュワッチ(我、感動)。』
 バグマンZに教えられた場所に来たライナ達一同は、その風景に感嘆の声を上げていた。
 そこは正しく、光の楽園。
 手が届くかと思える程、近くに見える虹からは絶えず七色の光が降り注ぎ、辺りの森や泉を優しく照らし出していた。
 その光を求める様に、周囲には多くのモンスター達がたむろしていた。
 大部分は降り注ぐ光エネルギー、『シャインスパーク』を糧とする光属性のモンスター達だが、それに混じって見慣れないモンスター達がいた。それらは一様に身体の一部に宝石の様な器官を持っている。
 『何か、知らないモンスターがいるね〜。』
 「ああ、ラヴくん。あれはほうぎょくじゅうさんたちですよ。」
 ハッピー・ラヴァーの問いにライナが答える。
 『ほわほわほわわ〜(宝玉獣?)』
 「はい〜。なんでも、このちいきのこゆうしゅで、とてもめずらしいかたがただと、まえにせんせいがいってました〜。」
 『クリ〜(へぇ〜)。』
 皆が物珍しそうに見ている中で、ライナは一人周囲を見渡している。
 「ん〜。でも、ドラゴンさんのすがたはみえないですね〜。」
 『今日はまだ、来てないんじゃない?』
 『シュワシュワ、シュワシュシュシュ(我、想う。家宝は寝て待て)。』
 「そうですね〜。ライナたちもひかりぞくせいですし、ここのシャインスパークはきもちいいですもんね〜。すこし、おひるねでもしましょうか〜?」
 モイスチャー星人の提案にそう頷いて、ライナが柔らかな草の上にゴロンと寝転がろうとしたその時―
 バサァッ
 静かだった空間に羽音が響き、ライナ達の上に大きな影が落ちた。
 一斉に空を見上げたライナたちは、これまた一斉に叫んだ。
 「あ―――っ!!」(×6)


 ―時は少しさかのぼる。
 薄暗い巣穴の中で、“彼”は目を覚ました。
 欠伸を一つし、軽く伸びをする。
 まだ眠気の残る頭で、これからする事を考える。
 が、今一つ考えがまとまらない。どうも昨夜、狩りに熱中するあまり夜更かしをし過ぎたらしい。
 こんな時はどうするか。
 決まっている。
 あの場所に行こう。
 あそこで光を浴びれば、気分スッキリ体調万全となること請け合いである。
 “彼”は巣穴を這い出ると、その大きな翼を広げ、空へと飛び立った。

 その場所は、彼の翼なら数分の距離だった。
 ああ、今日もいい塩梅に光が射している。
 いつもの事ながら、あそこでの光浴(バスキング)は格別なのだ。
 タップリと英気を養ったら、今日も狩りに出かけよう。
 本当なら、いつもモンスターがたむろっているあそこで狩りが出来れば手間も省けていいのだが。
 しかし、あそこはこの森における聖域。荒事が御法度なのは、森のモンスター達の間では暗黙の了解だ。
 まあ、それはどうでもいい事。そもそも豊かなこの森では、獲物のあてには事欠かない。
 とにかく、今は光浴(バスキング)だ。
 “彼”はいそいそとその場所に舞い降りた。
 異変は、その時起こった。
 『あー、ドラゴンだーっ!!』
 『もけ、もけけー(おー、間違いないー)。』
 『クリクリリー(すごーい)』
 『ほわ、ほわほわほわわー(ほう、これは見事な・・・)。』
 『シュワ、シュワッチ(我、歓喜)。』
 そんな事を口々に言いながら、見た事のない連中がかけ(?)寄ってきたのだ。
 羽の生えた球体やら、わらび餅やら、毛むくじゃらの一つ目やら・・・。
 正直、面するには一歩引いてお願いしたい様な面子である。
 突然の事態に狼狽する“彼”の前に、件の連中の間をぬって一人の人間が進み出てきた。
 「はじめまして。こんにちは。」
 そう言ってペコリとお辞儀。
 釣られてこっちも頭を下げてしまう。
 「あなたは、エレメント・ドラゴンさんですね?」
 自分が、人間の間でそう呼ばれているのは知っている。
 とりあえず、頷く。
 「エレメント・ドラゴンさんは、ひかりぞくせいですよね?」
 んな事は、知らん。
 しかし、黙っていると件の人間はしつこく「ひかりぞくせいですよね?ね?」と訊いてくる。
 面倒くさくなって、適当に頷いた。
 これが、いけなかった。
 それを聞いた人間が、ズゥアアアッともの凄い勢いで迫ってきた。
 その勢いと迫力に、思わず引いてしまう。
 「しもべになりませんか!?」
 『キュイ(はぁ)!?』
 「ライナのしもべになりませんか!?」
 『キュ、キュキュイ(ちょ、ちょっと)!?』
 「ああ、きゅうにしもべだなんてしつれいですね。それじゃあ、おともだちからはじめましょう!!」
 『キュ、キュイ・・・(あ、あんた・・・)』
 「おともだちになりましょう!!」
 『キュ・・・(ちょ・・・)』
 「おともだちになりましょう!!」
 『キュ、キュア・・・(いや、あのね・・・)』
 「おともだちになりましょう!!!」
 『・・・・・・(汗)』
 ・・・話が通じない。
 いや、そもそも人間にドラゴン(こちら)の言葉は通じないのだが・・・。
 それを差し引いても、この人間は何かが違う・・・。
 というか、何か、怖い。
 ああ、ほら。こっちを見つめる瞳の中で何かがグルグル回っている。一体何を見てるんだ。
 ほら、頭の上にピンと立った髪がクルクル回っている。まるで、何かを受信している様だ。
 ほら、口がパクパクと動いて同じ事を繰り返している。
 「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」
 ・・・ああ、何だか目眩がしてくる。
 ほら、何だか後ろの連中までブツブツ同じ事を言っている。ああ、こいつらの目、この人間と同じじゃないか。グルグルグルグル、だから、一体何を見てるんだ。一体何を聞いてるんだ。
 「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」「おともだちになりましょう」・・・・・・
 ああ、何か・・・何か、もう・・・
 駄目だ・・・。
 『キュ…キュイ…(よ、寄るな…)』
 後ずさるエレメント・ドラゴンに、ライナがトコトコと寄ってくる。
 「どうしました?わたしはおともだちになりたいだけですよ?」
 焦点が何処にあってるかも分からない目が、エレメント・ドラゴンを見据えている。
 『キュ…ウ…(友達…だと…?)』
 「たのしいですよ。いろんなものがみれたり、きけたりします。おともだちもたくさん、できますよ。」
 『キュキュ、キュアーッ!?(友達ってのは、後ろの連中の事かーっ!?)』
 その“後ろの連中”が、一斉に頷く。その動きは、申し合わせた様にピッタリだ。
 「ああ、なにをいってるのかわかりませんね。でもだいじょうぶ。おともだちになれば、みんな、なんでもわかるようになります。」
 そう言って、にっこりと微笑むライナ。
 ・・・限界だった。
 『キ、キュアー!!(ひ、ひぃいー!!)』
 「あれぇ?どこいくんですかぁ?まってくださいよぅー。」
 『キュ、キュウァーッ!!(誰か、助けてくれーっ!!)』
 気が付けばそんな魂の叫びを上げながら、エレメント・ドラゴンは大空へと逃げ出していた。



                   ―4―


 ―そして話は冒頭に戻る。
 「おいつきましたーっ!!!」
 上から降ってきたその声に気が付いた瞬間、首っ玉にしがみつかれた。
 『キィ、キュウァアアアアッ(ヒ、ヒィエエエエエッ)!!』
 「つっかまえました♪つっかまえましたー♪」
 『つっかまえた♪つっかまえた♪』
 ライナに組み付かれたエレメント・ドラゴンの周りを、ハッピー・ラヴァーがヒュンヒュンと飛び回る。
 『キュウアアアア、アアアアアアーッ(落ちる、落ちるーっ)!!』
 「わー、うろこがスベスベしてきもちいーですー♪」
 『キュキュウ、キュアアアーッ(どっから来たんだ、オノレはーっ)!?』
 首にぶら下がる厄災とくんずほぐれつしながら上を見ると、例の“お友達”の内の一人(?)が浮いているのが見えた。周りに訳の分からない道具を浮かべた、でかい球体に目玉のついたやつだ。
 どうやら、“アイツ”が“コイツ”を乗っけて追って来たらしい。全速力の自分に追いつくとは、大したスピードだ。只者ではない。
 ・・・などと感心している場合ではない。早くしがみ付いている“コイツ”を振り払って、ここから離脱しなければ。
 空(ここ)で振り払えば、当然“コイツ”は落ちるだろうが、知った事か。どうせ、上の“アイツ”が助けるだろう。ってか、よしんばそのまま墜落して地面に激突したとしても、“コイツ”なら死なない様な気もする。
 エレメント・ドラゴンがしがみ付くライナを振り払うため、全身に力を込めたその時―
 『クリ―――――ッ!!!』
 遠くから、そんな声が聞こえた。
 エレメント・ドラゴンにしがみ付いてバタバタしていたライナと周りを飛び回っていたハッピー・ラヴァーがピタッとその動きを止める。
 「マロ君!?」
 そう言って、声のした方を見つめるライナ。その目には、さっきまでグルグル回っていた狂気の影がない。
 『ライナ、今のは!!』
 「はい!!今のはマロ君の非常警戒音です!!」
 ハッピー・ラヴァーの言葉に、ライナが真剣な顔で答える。
 「何かありました!!戻ってください!!」
 『キュ、キュア(え、ええ)!?』
 「早く!!」
 相手の突然の豹変に当惑する、エレメント・ドラゴン。
 そんな彼を、それまでとは全く違う鋭さを持ったライナの声が叱咤する。
 『キ、キュア(は、はい)!!』
 迫力に押された。
 ライナをその背に乗せると、彼はもといた虹の泉の方向へと頭を向けて全力で空を駆け始めた。


                
                     ―5―


 ―ハネクリボーの非常警戒音がライナ達に届いたその頃、虹の泉では―
 「クポポポポポポ。いいのう、ここは。“資源”の宝庫ではないか。」
 愉快気に笑い声を響かせながら辺りを見回すのは、僧侶の様な姿をした男。
 ただし、異様なのはその僧衣の中から覗く顔。
 その顔は人間のそれではなく、4つの目を持つ奇怪な魚の顔だった。
 グシャリ
 水掻きのついた足が、水辺に咲く花を踏み躙る。
 「やーよ。あたし。こんなにギラギラ光が照ってたら、お肌が焼けちゃうじゃない。ほら、あんたたち!!ボサッとしてないで、さっさと“資源”を捕まえなさい!!」
 僧侶の横でそう喚き散らしているのは、魔法使いの様な衣装に身を包んだ青い髪の少女。
 苛立たしげに地団駄を踏みながら、泉の辺で逃げ惑うモンスター達を捕まえている部下らしき男達にがなり散らしている。
 「へいへい。わかってますがな、御嬢。」
 「そう、がならんでくだせぇ。」
 「あんまり騒がれると、折角の“資源”が逃げるでやんす。」
 そう口々に言う男達は、これまた異様な風体をしている。
 一人は蛸。
 一人は鮫。
 一人はヒレの付いた蜥蜴の様な姿をしている。
 彼らはその触手や手にした鎖を使い、次々とモンスターを捕まえては網の中に放り込んでいく。
 「全く、三匹そろって愚図なんだから。」
 「まぁそう言うなエリアル。愚図は愚図なりに、働いてくれているではないか。」
 「あんたがそう言って甘やかすから、あいつらも図に乗るのよ?シャドウ。」
 そう言い合う二人はそろって、奇妙な形をした鏡を身につけている。否、彼らだけでない。部下らしき三人にも、それぞれの武器や衣装に同様の鏡がついていた。
 と、部下達の触手や鎖をすり抜けた一匹のエレキタリスが、『シャドウ』と呼ばれた僧侶の足元に逃げてくる。
 しかしその足をすり抜けようとした所を、シャドウに踏みつけられてしまう。
 キキィッ
 苦痛の声をあげながら、パチパチと放電をするエレキタリス。しかし、シャドウはピクリともせずにせせら笑う。
 「クポポポポ、活きのいいのは良い事よ。“資源”として、我ら『リチュア』の糧になれる事を誉れに思うがいい。」
 「は、こんな雑魚チビどもなんか、幾らの足しにもならないわよ。」
 『エリアル』と呼ばれた少女は、そう言って酷くつまらなそうに鼻を鳴らした。
 「はー、シャドウはん、えろうすんまへん。こいつ、すばしっこくて・・・」
 エレキタリスに逃げられた蛸頭の男が、触手で頭をかきながら近寄ってくる。
 「ちょっと、マーカー。ただでさえ役立たずなのに、出来る仕事までし損ねる気?何だったら、あんたから“使って”もいいのよ?」
 暴れるエレキタリスのしっぽを掴んでぶら下げながら、エリアルがそういい捨てる。
 「うへぇ、御嬢は相変わらずおキツイでんなぁ。ちゃんとやりますけん、勘弁してください。」
 蛸頭の男―『リチュア・マーカー』は、そう言ってエリアルからエレキタリスを受け取ろうと触手を伸ばした。
 と、その時―
 『クリーックリクリクリーッ!!』
 飛び出してきたハネクリボーが、マーカーの触手に齧りつく。
 「おお!?何や、こいつ!?」
 驚くマーカーの後ろで、残り二人の声が響く。
 「おいおい、こっちもだぜ!!」
 「何でやんすか、オメェら!?」
 そう口々に言って身構える二人の前には、他のモンスター達を守る様に立ち塞がるもけもけとエンゼル・イヤーズの姿。
 双方、かなり怒っているらしく、もけもけは焼いた餅の様に膨れ、エンゼル・イヤーズはその目を真っ赤に充血させている。
 「何や?コイツら。気味の悪い連中でんなぁ。」
 纏わりつくハネクリボーを鬱陶しげに振り払いながら、マーカーが言う。
 「・・・この辺りの野生モンスターじゃなさそうね。何なのこいつら?」
 「ふむ。『ハネクリボー』に『もけもけ』、『エンゼル・イヤーズ』か・・・。皆、天使族の外れ者じゃ。」
 エリアルの問いに、シャドウが答える。
 「天使族ぅ?何でそんなもんがここにいるのよ?」
 「さてな。まぁよかろう。マーカー、アビス、チェイン、そいつらも捕まえてしまえ。いい儀式の足しじゃ。」
 「「「あらほらさっさー。」」」
 三人はそう言うと、相変わらず他のモンスター達を守ろうとしているハネクリボー達ににじり寄っていく。
 「にょっにょっにょっ、さぁ、大人しくしいな。」
 「そうそう、痛い思いしたくなけりゃ、大人しくするでやんす。」
 「おぅ、ジッとしてりゃ、直ぐ終わるからよう。」
 マーカーの頭から伸びる触手がハネクリボーに触れようとしたその時−
 フッ
 彼らの上に落ちる、暗い影。
 「ん?」
 何事かとマーカーが上を向いた瞬間−
 「チョワーッ!!」
 グチャッ
 「おべぇっ!?」
 降って来た靴底に顔面を踏み抜かれ、マーカーは陸揚げされた蛸の様に伸び転がった。
 「マ、マーカー!?・・・ってウベァ!?」
 「へブゥッ!?」
 伸びたマーカーの心配をする間も無く、横殴りに振られた尾に凪払われ、アビスとチェインも地べたに転がる。
 「マロ君、めー君、もけ君、大丈夫ですか!?」
 「ちょっと、今度は何なのよ!?」
 「ふむ、飛んどるのはエレメント・ドラゴンじゃが、この降ってきた娘は何じゃ?」
 訝しがるシャドウとエリアルに向かって、降ってきた娘―ライナはビシィッと指を突きつける。
 「あなた達!!一体何をしているですか!?罪もないモンスターさん達を玩具の様に扱って!!何様のつもりなのです!?」
 それを聞いたシャドウは、愉快げに笑いを漏らす。
 「クポポ、面白い事を言う娘じゃな。強い者が弱い者を糧とする。弱者が強者の踏み台となるは、まごう事無く天の理、地の自明というものじゃろうに。」
 その言葉に、ライナはますますその眉根を吊り上げる。
 「何を勝手な事を言ってるですか!!生きとし生けるもの、みんな等しくお友達なのです。」
 それを聞いたエリアルが、大げさに溜息をつく。
 「何か、随分天然オツムなヤツね?じゃあ、訊くけど、アンタ魚は食べないの?肉は好きじゃない?言っとくけど菜食主義者なんてオチは無しよ。植物族だって、“一応”生きてるんだから。」
 「それは、生き物として仕方の無い事です!!だけど、それと貴方達のやってる事は全然別です!!必要以上の搾取は、自然のバランスを崩します!!まして、力が弱いから虐げられていいなんて理屈、あっちゃ駄目なのです!!」
 「うわ、面倒くさっ!!。あたしの一番嫌いなタイプだわ。」
 「なんですってーって・・・エリアちゃん!?」
 「は?」
 お互いがお互いの顔を見て、ポカンとする。
 やがて、エリアルの顔を見つめていたライナがワナワナと震えだす。
 「な、何て事でしょう!!確かにエリアちゃんはお馬鹿で自意識過剰の自信過剰で軽薄な単細胞のお間抜けさんでしたが、こんな悪事に手を染める様な娘じゃなかった筈なのに・・・!!」
 「・・・何言ってんの?あんた・・・」
 「悲しい・・・ライナは悲しいのです・・・!!」
 完全に自分の世界に入って嘆き出すライナに、エリアルは成す術なく呆然とする。
 「何じゃ?お主の知り合いか?エリアル。」
 「知らないわよ。こんな能天気博愛主義者なんて。」
 「何ですって!?」
 ピンッ
 エリアルの言葉に、うつむいていたライナのアホ毛が立った。まるで何処ぞの妖怪少年の様である。
 「いくらエリアちゃんがお馬鹿でも、毎日見ているライナの顔を忘れる筈がないのです!!という事は・・・」
 ライナの指が再びビシィッ、とエリアルに突きつけられる。
 「あなたは、“偽エリア”ちゃんですね!!」
 「「・・・・・・。」」
 注がれる二人の視線が冷たい。
 しかし、非常に残念な事に当のライナには全く通じていない。
 「危なかった・・・。危うく騙される所だったのです。しかし、そんな姑息な手段に惑わされるライナではないのです!!残念でしたー!!」
 わー、パチパチパチ。と、拍手するハッピー・ラヴァー一同。
 「残念なのは、あんたのオツムよ・・・。」
 心底ウンザリしたという体で溜息をつくエリアル。その顔には、疲労の色が濃い。
 「どうする?シャドウ。そーとーな“アレ”みたいだけど、一応見られちゃったわよ?」
 指を頭の上でクルクルと回しながら、エリアルは魚顔の僧侶に向かって尋ねる。
 「どうするもこうするも、こうして行き合ったのも何かの縁じゃろう。“世の万物、これすべからく愛しき供物”・・・」
 「“もって我らが糧となさん”・・・ってか?」
 「うむ。それが我らの基本教念じゃ。」
 少女と僧侶が、その顔に歪んだ笑みを浮かべる。
 その笑みに少なからずの怖気を感じながら、ライナが問う。
 「教念?その言い様。あなた達、何か危ない宗教団体さんかなんかですか?」
 「・・・あんたに言われると、何だか無性に腹が立つわ・・・。」
 剣呑に呟くエリアルを制して、シャドウが前に出る。
 「新興宗教扱いは心外じゃな。『リチュア』を知らんのか?」
 「『リチュア』・・・?」
 一瞬何かを考える様な素振りをしたライナが、「ああっ!!」と声を上げる。
 「聞いた事があるです!!最近巷で噂になってる、世界征服を狙う悪の秘密組織!!」
 「・・・今一つ表現に同意しかねる所があるが、まぁ概ねそんな所じゃ。」
 「てっきりただの都市伝説だと思っていたのです。まさか本当に存在するなんて・・・」
 「事実は小説より奇なり、じゃよ。」
 戦慄くライナにそう言って、シャドウはクポポと笑う。
 「く・・・その悪の秘密組織が、なんでこんな無力無実な小モンスターさん達を拉致しようとしているですか・・・?」
 ライナの問いに、シャドウの目が怪しく光る。
 「なに、大した事ではない。少しばかり、儀式の生贄になってもらうだけじゃ・・・。」
 「い・・・生贄ですって!?」
 「何せ、わしらはまだ少数勢力でのう・・・。その不足を補う肝が、ほれ。」
 そう言って、自分の胸に下げられた奇妙な鏡を晒す。
 「この儀水鏡を使った邪悪古代儀式(イビリチュア)じゃ。これによって、わしらは大いなる力を手に入れる事が出来る・・・。」
 その言葉に合わせる様に、杖の儀水鏡が怪しげに光った。
 「そ・・・そんな事の為に、罪も無いモンスターさん達を・・・!?」
 怒りに拳を震わせるライナを見て、シャドウはまた笑う。
 「クポポ・・・確かに、こんな雑魚どもでは大した足しにはならん。おかげで数ばかり必要でのう・・・。しかし・・・」
 ザワリ・・・
 突然の寒気がライナを襲う。
 次の瞬間―
 ジュルルルルルルッ
 「きゃあっ!?」
 足元から伸びた八本の触手が、ライナの身体を絡め取った。



                     ―6―


 「にゃーっ!!気持ち悪い!!な、何ですか!?」
 「何も蟹もあるかいっ!!」
 ライナの足元からグバァッと起き上がった、リチュア・マーカーが怒鳴る。
 「黙っとったら、話の間中ずっと人の頭踏んどってからに!!頭骨(ずこつ)折れたらどないするんや!!」
 「オメェ、骨ねぇだろ。」
 「人でもないでやんす。」
 そんな突っ込みを入れながら、『リチュア・チェイン』と『リチュア・アビス』が近づいて来る。
 「シャドウさん。こっちも済みましたで。」
 気付けば、エレメント・ドラゴンとエンゼル・イヤーズがチェインの鎖でグルグル巻きにされて地面に転がされている。ハッピー・ラヴァーやもけもけ達も、アビスの持つ網の中でもがいていた。
 「みんな!!くっ、離すです!!」
 「阿呆。そない言われて離すヤツが、何処におるんや?」
 もがくライナを、嘲るマーカー。
 「いや〜、それにしても、今日は思わぬ大漁でしたなー。」
 エレメント・ドラゴンとエンゼル・イヤーズを引きずりながらチェインが言う。
 「うむ。こやつらなら、ここの野生モンスターどもより、よほど良い糧となろう。」
 「だから、前から言ってるじゃない。こんなちまちました事やんないで、小さな町なり村なり襲ってかき集めればいいのよ。」
 満足気に頷くシャドウに向かって、エリアルが毒づく。
 しかし、シャドウはただ笑うだけ。
 「確かに、それをすれば上質の“資源”は手に入るじゃろうな。しかし、それは同時にリチュア(我ら)の存在を公に晒す事となる。さすれば、必ずやライトロードやE・HEROと言った、「正義」などという戯言を旗印にする連中が我らを襲撃する事は必至。残念じゃが、今のリチュアには奴らに対抗するには足りぬものがある。」
 「そんな事、やってみなけりゃ分からないじゃない。」
 「クポポ、若いのう。エリアル。いいから、今は待て。いずれ、時は来る。」
 「そうそう。“家宝は寝て待て”でっせ。御嬢。」
 「俺たちも、まだあんな連中とは事起こしたくねえ。」
 「右同、でやんす。」
 口々にそう諭され、エリアルはプウと膨れてしまう。
 「それでは、そろそろ戻ろうかのう。グズグズして、人に見られでもしたら面倒じゃ。」
 「「「あらほらさっさー!!!」」」
 そして、リチュア達が帰路につこうとしたその時、
 「待つのです!!」
 「うむ?」
 「「「んぁ?」」」
 見れば、マーカーに絡み取られたままのライナが、燃える様な目でリチュア達を見ていた。
 「何よ?まだ何か言いたいの?」
 鬱陶しげなエリアルに向かって、ライナが叫ぶ。
 「さっきから聞いていれば、勝手な事ばかり!!あなた達、絶対に許さないのです!!」
 「ほほう、許さなかったら何やねん。そんな様で、どうしようってんでっかー?」
 「・・・こうするです。もっくん!!」
 次の瞬間、一筋の閃光が天を下った。



                    ―7―


 バリバリバリバリーッ
 「アベアーッ!!?」
 落ちてきた閃光に焼かれ、リチュア・マーカーは盛大に引っくり返った。
 触手の先がチリチリと焦げて、辺りに香ばしい匂いが漂う。
 その隙に、ライナは触手の緊縛からスルリと抜け出る。
 「な、何!?」
 慌てて見上げた先には、宙に浮かぶ巨大な球体。モイスチャー星人の姿。
 見れば、彼(?)の傍らに浮いている光線銃から煙がたゆたっている。
 「もっくん、Gjなのです!!」
 モイスチャー星人が、答える様に明滅する。
 「何と。まだ仲間がいおったか。」
 呆れるシャドウを尻目に、ライナは網の中のもけもけとハネクリボーに向かって叫ぶ。
 「もけ君、マロ君、遠慮はいらないのです!!やっちゃうです!!」
 『もけっもけもけ〜!!』
 それに答える様に、もけもけの身体が膨らみ始める。
 「うぉお!?な、何でやんす!?」
 慌てるリチュア・アビスの手の中で、どんどん膨らむもけもけ。終には網がその膨張に耐えかね、破けてしまう。しかし、それでもまだもけもけの膨張は止まらない。薄水色だった身体は真っ赤に染まり、頭の“?”が“!”に変わっている。
 ―もけもけの固有能力(パーソナル・エフェクト)、その名も『怒れるもけもけ』である。
 「あわ、あわ、あわ・・・」
 すっかり腰を抜かしたアビスに、数十倍に膨らんだもけもけが迫る。
 「ま、待つでやんす!!話せばわか・・・」
 プチッ
 虚空に響く、空しい音。
 一拍の後、プシュ〜、と空気の抜ける様な音とともに、もけもけの身体が縮んでいく。その下から現れたのは、半分地面にめり込み、白目を剥いたアビスの姿。
 「な、何じゃわりゃーっ!!」
 慌てるチェインに突っ込んでいくのは、ハネクリボー。
 投げ付けられる鎖をかいくぐり、チェインに肉薄する。
 次の瞬間、その身体が眩く輝き、中から朱く重厚な鎧に包まれたハネクリボーが飛び出してきた。
 『クリクリクリックリーッ(ハネクリボーLV9ー)!!』
 「んなっ・・・!?」
 驚く間もあらばこそ、巨大な爪に弾き飛ばされるチェイン。
 「ンベラッ!!」
 そのまま近くにあった岩に叩きつけられ、こっちもやっぱり白目を剥いて伸びてしまった。
 あれよあれよという間に、三人のリチュアが地に転がる。あっという間に形勢逆転である。
 「ちょ、ちょっと、何よこれーっ!!」
 「いやはや・・・こりゃまいったわい。ちと、甘く見とったのう・・・。」
 流石に顔色をなくすエリアルを見て、ライナが思いっきり胸を張る。
 「にゃっはっはっはっ!!どうですか!?正義は必ず勝つのです!!」
 「あんた何もしてないだろーっ!!」
 「結果論です。過程に意味はありませーん!!」
 エリアルの魂の突っ込みも、何処吹く風である。
 「さぁ、もう勝負はついたのです!!捕まえたモンスターさん達を放しなさい!!そして、その三人担いでさっさと帰るです!!」
 ライナを中心に、ハッピー・ラヴァー達が睨みをきかす。
 「こ、この・・・!!」
 「・・・エリアル、あの三人を連れて来い。」
 歯噛みするエリアルに、シャドウが静かにそう告げる。
 「シャドウ!!あんたこのまんま引き下がるつもり!?」
 「いいから、連れて来いと言っておる!!」
 「くっ・・・!!」
 シャドウに一喝され、エリアルはしぶしぶ伸びている三人の元に行く。
 「そうそう。聞き分けがいいのは良い事なのです。」
 ニコニコしているライナを横目で睨みつけながら、エリアルは伸びている三人を叩き起こす。
 「あんた達、いつまで寝くたばってるのよ!?さっさと起きなさい!!」
 「ん・・・あぁ?」
 「痛、痛いでやんす!!」
 「御嬢、堪忍、堪忍や!!」
 エリアルに尻を蹴たぐられながら、三人はヨロヨロとシャドウの元に向かう。
 「・・・まったく、愚図は愚図なりにと思っておったが・・・」
 「すんません・・・。シャドウはん。」
 ただでさえ骨のない頭をさらにグンニャリとさせながら、マーカーがうなだれる。
 他の二人も同様である。
 しかし、シャドウは急に声音を和らげる。
 「まぁ良い。お前達にはまだ、役に立ってもらわねばならんからのう。」
 その言葉に、三人の顔がパッと明るくなる。
 「ほ、ホンマでっか!?」
 「ありがとうでやんす!!」
 「オレら、がんばるっす!!」
 「シャドウ!!あんたまだ・・・」
 言いかけたエリアルの手に、ポーンと何かが放られる。
 「!?」
 受け取ってみると、それは捕まえたモンスター達を詰め込んだ網袋。中に入っていたのは、『エレキツネザル』だった。
 「エリアル、“足らぬ分”はそれでよかろう・・・。」
 シャドウの言葉に、一瞬キョトンとするエリアル。しかし―
 「ああ、なるほどね・・・。」
 その意を察したのか、ニヤリと微笑むエリアル。それは、可愛らしい顔には酷く不釣合いな禍々しい笑みだった。
 「さあ、お前達、役に立ってもらおうかの・・・。」
 「へ・・・シャドウはん・・・一体、何言って・・・?」
 狼狽するマーカー達の顔が、シャドウの持つ儀水鏡に移り込む。
 それに気付いたライナが叫ぶ。
 「―っ!!いけません!!皆、アイツを止めて!!」
 その声に応え、ハネクリボー達がシャドウに向かう。が―
 ジャカカカカカッ
 軋む音と共に降ってくる、無数の黒剣。
 それが、皆の行く手を遮る。
 「『闇の護封剣(ダークネス・ガーディアン)』!!いつの間に!?」
 驚くライナに向かって、シャドウが笑う。
 「クポポポ、長く生きておると、色々な芸を覚えるものでなぁ・・・。」
 「・・・詠唱破棄・・・!!そんな真似・・・。」
 歯噛みするライナ。しかし、どうする事も出来ない。
 「さあ・・・これで邪魔は入らん。」
 シャドウの顔が、邪悪な笑みに歪む。
 「シャ・・・シャドウはん・・・ま、まさか、わいらの事・・・!?」
 「弱者が強者の糧になるは世の摂理、愚図は愚図なりに・・・じゃろ?」
 「駄目っ!!あなた達、逃げてーっ!!」
 「ひ、ひぃーっ!!」
 「お、お助けー!!」
 ライナの叫びに弾かれた様に、マーカー達が逃げ出す。
 しかし、その行く手をエリアルが阻む。
 「だーめ♪逃がさない♪」
 「ひ、お、御嬢・・・!!」
 「か、堪忍・・・堪忍や・・・。」
 そんな彼らの懇願も、彼女には届かない。
 「せいぜいあの世で精進することね。いつか“あっち”であったら、また馬車馬程度には使ってあげるわ♪」
 シャドウとエリアル。二人の儀水鏡が怪しい光を放ち始め、それと同時に二人の足元に巨大な魔法陣が展開する。
 「「イビル・イビリア・イビリチュア 時の澱みに沈みし混沌 古き水に眠りし邪神 我が求むは其が忌名 我が望むは其が恵み 愚なる現世(うつよ)は堕せし偽物 汝(なれ)の夢こそ尊き真理 暗き水面(みなも)に映せし御魂 其を導に此方に来たれ 深き淵に沈みし現身(うつしみ)其を礎に穢土へと降(くだ)れ 我が御魂は汝が盾 我が身体は汝が矛 其を持ち荒(すさ)びて全てを呑み込め 其を持ち猛りて全てを喰らえ」」
 シャドウとエリアル、二人の声が唱和する様に呪文を紡ぎ上げる。
 それに応える様に、光を放ち始める儀水鏡。
 妖しく光る鏡面が、マーカー達の姿を映し出す。
 途端、その姿がグニャリと歪んだ。
 「ひ、ひぃいーっ!?」
 「い、いややーっ!!」
 「お助けーっ!!」
 「キィイイイーッ!!」
 響き渡る悲鳴。
「・・・・・・!!」
 息を呑むライナ達の前で、彼らの身体がギュルッと儀水鏡に吸い込まれていく。
 マーカーとアビスはシャドウの儀水鏡に。
 チェインとエレキツネザルはエリアルの儀水鏡に。
 長い断末魔を響かせながら、マーカー達の姿が呑み尽くされる。
 しばしの間。
 やがて、周囲にゴポリという奇妙な音が響いた。
 ゴポリ・・・
 ゴポリ・・・
 ・・・儀水鏡から、何かが溢れ出していた。
 鏡であった筈のそこから溢れ出していたもの。
 それは、真っ黒な水。闇の様に黒い、否、闇そのものの様に黒い水。
 ゴポリ
 それが、ボトボトと地に落ちていく。
 ゴポリ
 黒い水が、闇が、溢れる。流れる。
 ゴポリ
 止め処なく、絶え間なく。
 ゴポリ
 溢れる水が、闇が、地に広がる魔法陣を満たしていく。
 ゴポリ
 広がっていく。
 ゴポリ
 際限なく。
 ゴポリ
 どこまでも。
 ゴポリ
 どこまでも。
 ゴポリ
 広がっていく。
 チャプン
 足元を“闇”に浸したエリアルが、チラリとライナの方を向いた。
 微笑む。
 綺麗に。
 妖しく。
 ライナの背筋に悪寒が走る。
 途端、
 ゴポンッ
 シャドウとエリアルの姿が、闇に沈んだ。
 「・・・・・・!!」
 その場にいる、全ての生き物が息を呑む。
 沈黙。
 それは、時間にすればほんの数秒。しかし、ライナ達にとっては永遠とも思える長い時間。
 ―と、
 ゴボッ
 突然、闇の水面に気泡が立つ。
 ゴボッゴボッゴボッ
 呆然と見つめるライナ達の前で、気泡はその数と大きさを増していく。
 ゴボゴボッゴボッゴボボッ
 まるで沸騰する様に、激しく沸き立つ闇色の水面。
 そして、一際大きな気泡が膨らんだと思った次の瞬間―
 ゴバァッ
 大きな音とともに、闇が割れた。



                   ―8―


 ベチャッ ベチャベチャッ ベチャッ
 「きゃは、きゃはははっきゃーはははははっ!!」
 己が子宮を破られた闇が、悲鳴の様に重い水音をたてる。
 それに重なるのは、鼓膜をつん裂く様な甲高い哄笑。
 ワシャワシャと蠢く節足を黒い水面に突き立てながら、巨大な影が深淵から這い上がってくる。
 ズルリ、ズルリと這い出たそれは、人魚と言うには余りにも醜怪な人と魚類の合成体。
 キシキシと間接が軋む音を立てながら蠢く、六本の昆虫の様な節足。それに支えられるのは、六つの単眼と翼の様なヒレを持った怪奇で巨大な魚体。そして何よりおぞましきはその頭部。そこに生えるのは、まごうことなく、エリアルと呼ばれていたかの少女の上半身。
 異形と化したその身の上で、そこだけは変わらぬ少女の顔が酷く楽しげに叫んだ。
 「きゃはは、何シテンノ!?しゃどう、早ク出テキナサイヨ!!」
 ゴパァッ
 その声に応える様に、再び闇の水面(みなも)が弾ける。
 そこから現れたのは、水掻きと鋭い爪を供え、青黒く光る鱗に覆われた巨腕。
 その腕はグオンと曲がると地を掴み、その勢いのまま己が主の身体を引きずり出した。
 ドパァンッ
 三度弾ける水面。
 降り注ぐ水飛沫の向こうから現れたのは、身の丈数メートルはある巨大な半人半魚の怪物。
 闇の水面からその全身を現した怪物は、気だるげに首を回すと、その口を大きく開く。
 ギョオオオオオオオオオッ
 咆哮。
 周囲の木々や地面が、怯える様に震える。
 「きゃははははっ!!良イワァ、ヤッパリ、アンタソノ格好ノ方ガいかスワヨ!!しゃどう、イエ、そうるおーが!!」
 ソウルオーガと呼ばれた怪物は、その太い首をグキグキと鳴らしながら、微かにシャドウの面影の残る顔から低い声を放つ。
 「ソウ気楽二言ウナ。コノ姿二ナルト、ドウニモ身体ガ疼イテイカン。ヤリ過ギナケレバ良イガ。」
 そんな言葉とともに、冷たい光を灯す四つの目がライナ達を見つめる。
 「サテ、オ前達、オ陰デソウ多クモナイ“資源”ヲ消費シテシマッタ。ソノ埋メ合ワセ、存分ニシテ貰オウ。」
 「・・・・・・!!」
 笑いを含んだその声音に、尋常ではない邪悪さを感じたライナは思わず後ずさる。
 「モウ、コンナ無粋ナモノハイランナ。」
 ルォン
 ソウルオーガの胸の儀水鏡が怪しく揺らめいた。水面に広がる波紋の様なその揺らぎが届いた途端、闇の護封剣が掻き消えた。
 驚くライナ達の前で、エリアルだった怪物が、奇声とも哄笑ともつかない叫びを上げる。
 「きゃははははっ!!サァ、楽シイ楽シイ、だんすぱーてぃーノ始マリヨォ!!」
 そう言って、怪物はまた楽しげな哄笑を上げた。



                ―9―


 “彼”は戸惑っていた。
 今、“彼”の目の前には、八体の生物がいる。
 二体は怪物。
 五体は天使。
 そして、一人は人間。
 怪物達はとても恐ろしい。その強大さと邪悪さが、本能を通じて見てとれる。
 正直、逃げ出したかった。本能が、危険を告げている。逃げるべきである。いや、逃げなければならない。こいつらの前から。こいつらの手の届かぬ所へ。
 それほどまでに、恐ろしい存在だった。
 しかし、それなら。それなら何故?
 “この人間は逃げないのだ?”
 先ほどまでは、別の意味で恐怖を感じていた相手ではあるが、その実体は自分よりはるかに脆弱な、“ただ”の人間である。
 なのに、何故逃げない?
 自分と相手の力の差が分からないほど、愚かなのだろうか。
 いや。それはない。その証拠に、ほら、華奢な足が震えている。
 怖いのだ。自分と同じ様に、この人間も。
 なのに、何故?
 その時、“彼”は気付いた。
 彼の人間が見つめているもの。
 それは、怪物達の後ろにあるもの。
 網袋に包まれ、恐怖にもがくモンスター達の姿だった。


 「まいんどおーがす、オ主ハ小娘ドモノ方ヲヤレ。ワシハ、コチラノでか物ドモヲ貰ウ。」
 ソウルオーガはそう言って、モイスチャー星人ともけもけ、ハネクリボーLV9に向かう。
 「きゃはははははははっ!!イイワヨウ!!ドウセアタシ、最初カラソノツモリダシィ!!」
 楽しげに叫ぶと、エリアル―マインドオーガスは六本の節足をワシャワシャと蠢かしてライナとハッピー・ラヴァーに襲いかかる。
 「サァ!!踊リマショウ!!」
 「くっ!!」
 振り下ろされる、鉄杭の様な爪。
 それをすんでの所で避けたライナは、同じ様にギリギリで爪を避けたハッピー・ラヴァーに向かって叫ぶ。
 「ラヴ君!!憑依装着です!!」
 『了解!!』
 降り注ぐ爪の雨をかい潜り、二人の姿が重なる。
 瞬間閃く、真っ白な光。
 そこに突き立てられる、死の爪の一撃。
 しかし―
 「アラァ?」
 マインドオーガスが、キョトンとした声を出す。
 土煙の中から、彼女の爪を杖で受け止めるライナと戦闘形態に変化したハッピー・ラヴァーの姿が現れた。
 「ナァニイ?ソンナ奥ノ手持ッテタノォ?キャハハ、楽シマセテクレルジャナァイ!!」
 「く・・・!!」
 光の杖と闇の爪が、ギシギシと軋み合う。
 「そんな・・・そんな姿になってまで、“力”が欲しいですか!!」
 ライナの叫びに、マインドオーガスはせせら笑う。
 「“力”ァ?ソウヨォ!!欲シイニ決マッテルジャナァイ!!“力”ガアレバァ、何ダッテ出来ルシィ、何ダッテ手二入ルワァ!!」
 ケタケタと笑いながら、マインドオーガスはグォンと爪を振り抜いた。
 「キャアッ!!」
 それに弾かれたライナが、悲鳴を上げて地に転がる。
 「ホラァ、ドォシタノォ?アタシラノ事、否定シタイナラァ、アンタノ“力”デェ捻ジ伏セテミナヨォ!!」
 「・・・・・・!!」
 杖にすがって辛うじて立ち上がるライナを守る様に、ハッピー・ラヴァーが額のハートマークから光線を放つが、マインドオーガスはそれを軽々と杖で弾き飛ばしてしまう。
 「きゃはははは!!ドウヨォ、コノ“力”!!モォ、最ッ高ォオオ!!」
 怪物の哄笑は、どこまでも尽きる事なく響き渡った。

 一方、ソウルオーガと対峙したモイスチャー星人達は―
 ゴガガガガッ
 凄まじい音を立てて、大地が削れる。
 突進してきたハネクリボーLV9を、ソウルオーガその怪力で受け止める。その隙に、「怒れるもけもけ」を発動したもけもけがソウルオーガ押し潰そうと、上から圧し掛かる。しかし―
 ルォン
 ソウルオーガの頭上の空間が、波紋の様に歪む。もけもけがその空間に触れた途端―
 ガォンッ
 その身体が何かに弾かれた様に宙に舞い、地へと落ちる。
 「無駄ジャ。」
 ソウルオーガはほくそ笑むと、ハネクリボーを投げ飛ばす。
 その影からモイスチャー星人が光線銃を撃つが、
 「無駄ジャト言ウテオル。」
 「!!」
 やはり波紋の様に歪んだ空間がそれを阻み、光線を反射する。モイスチャー星人はその光線に自身を焼かれ、成す術なく地に落ちる。
 それを踏みつけ、嘲笑を浴びせながらソウルオーガは言う。
 「ワシノ“力”ハ、相手ノ魔力磁場ヲソノママ相手二跳ネ返ス。幾ラ主等ノ力ガ強カロウト、其レハ全テ主等二返ルノヨ。」
 『クリーッ!!』
 立ち上がったハネクリボーが再度特攻を仕掛けるが、結果は同じ。自身の力に弾き飛ばされ、そのままライナとマインドオーガスの戦闘の只中に墜落する。
 ズガァアアンッ
 「マ、マロ君!!」
 ライナは兵装が解け、元の姿に戻ってしまったハネクリボーを抱き上げる。
 「チョットォ、折角人ガ楽シンデルノニィ、余計ナ茶々入レシナイデヨォ!!」
 「スマンナ。ダカラ言ッタジャロウ。コノ身体ハ、加減ガキカンノジャ。」
 ギャアギャアと喚き散らすマインドオーガスに、ソウルオーガは五月蝿くて敵わんと言った態で耳を塞ぐ。
 「マァ、イイワ。ドウセモウ、終リミタイダシィ。」
 そう言って見下す先には、憑依装着も解け、ボロボロになったライナの姿。
 「ドゥオ?コレデ良ク分カッタデショウ?ドンナ綺麗事言ッタッテ、コノ世ハ“力”ガ全テナノヨォ。」
 しかし、それでもライナの瞳は揺るがない。
 「違います・・・。あなた達は・・・間違っているのです!!」
 その様子に、マインドオーガスは溜息をついて首を振る。
 「フン。全ク強情な娘ネ。マァ、イイワ。ソレナラアンタ二モ、コノ快感教エテアゲル。」
 そして、手にした杖にはめられている儀水鏡をライナに向ける。
 「見テゴラン。」
 向けられた鏡は、ライナを映してはいなかった。
 奈落に続く穴の様に、闇が満ちた鏡面。その中で、無数の何かが蠢いている。
 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ
 “それら”は闇の中で蠢きながら、口々に苦しげな呻きを上げていた。
 「『怨念集合体』・・・!?」
 呟くライナに、マインドオーガスは妖しく微笑む。
 「コイツラハネ、過去二アタシノ儀式ノ生贄二ナッタ“資源”達ヨ。儀水鏡(この)ノ中デ、未来永劫、アタシノ“力”ニナリ続ケルワ・・・。」
 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ・・・・・・
 虚ろな鏡の中で、虚ろな魂達が呻き続ける。
 その声に、ライナは肌が粟立つのを感じた。
 「アンタモ、コノ仲間二入レテアゲル。」
 「な・・・!?」
 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ・・・・・・
 その言葉に呼応するかの様に、呻き声が大きくなる。
 「ホラァ、コイツラモォ、早ク来イッテ言ッテルワヨォ。」
 マインドオーガスが、儀水鏡をライナに突きつける。
 「サァ、オイデ!!」
 途端、鏡の中から“それら”が溢れ出した。
 「マロ君、ラヴ君!!」
 ライナが、抱いていたハネクリボーと傍らに転がっていたハッピー・ラヴァーを突き飛ばすのと、“それら”が彼女に絡みつくのとは同時だった。
 「キャアアアアアアッ!!」
 心臓を鷲掴みにされる様なおぞましい感覚に、ライナは悲鳴を上げる。
 「きゃははははっ!!大丈夫ヨォ!!苦シイノハ最初ダケ!!堕チテシマエバ良クナルカラァ!!」
 耳朶を無数の呻き声が覆う。無数の冷たい手が精神を、魂を引き抜こうと、爪を立てる。
 「ホラホラァ!!何無理シテンノォ!!来チャイナヨォ!!早ク早クゥッ!!」
 「あ・・くぁ・・・」
 響く哄笑が、苦痛に耐える精神を容赦なく揺さぶる。
 いっそ、このまま意識を手放してしまった方が楽かもしれない。
 ライナがそう思いかけたその時―
 「きゃあっ!?」
 不意に響いた悲鳴とともに、死霊達の束縛が緩んだ。そして次の瞬間、
 グイッ
 意識の外から伸びてきた暖かい感触が、ライナの肩を掴んで死霊の渦の中から引きずり出した。
 「はっ、はぁっ!!」
 水の中から引きずりだされた魚の様に、口をパクパクしながら息を吸う。霞んだ視界の中に心配そうに見下ろす大きな一つ目。
 「め・・めー君・・・。ありがとです。」
 絶え絶えの声で礼を言うと、エンゼル・イヤーズはかぶりを振って指差した。
 その方向を見たライナの視界に入ってきたのは、彼女を守る様にマインドオーガスの前に立ちはだかる一匹の竜の姿。
 「エレメント・ドラゴンさん・・・。」
 呟くライナをチラリと横目で見ると、エレメント・ドラゴンは再びマインドオーガスに向かう。
 ゴォッ
 ドラゴンの口から放たれた炎がマインドオーガスを包むが、それは杖の一振りでかき消される。
 「コノ雑魚、邪魔スンナ!!」
 怒りの声とともに爪が一閃し、エレメントドラゴンを叩き落した。
 「ドラゴンさん!!」
 地に落ちたドラゴンに駆け寄ると、ライナはその首をギュッと抱き締めた。
 「ありがとです・・・。後はライナに任せてです・・・。」
 そのライナの言葉を聞くと、エレメント・ドラゴンは分かったと言う様に尾を振った。
 「きゃっははははは!!何辛気臭イ茶番展開シテンノ!?ソンナ塵屑相手ニ!!」
 その言葉に、ライナの肩がピクリと震える。
 「・・・塵屑、ですか・・・?」
 「きゃは!!ダッテソウジャナイ!!ソイツハちぇいんニスラ勝テナイ。アタシニカスリ傷ノ一ツモ付ケラレナイ!!タダノ役立タズノ塵屑ヨォ!!」
 キャラキャラとマインドオーガスは嘲笑う。
 「ホラァ、ソンナノッ放っトイテェ、アタシト遊ビマショウヨォ!!」
 喚き散らしながら、マインドオーガスは再びその爪を振るう。
 しかし―
 ガキィイイイン
 ライナの杖が、その爪を受け止めた。
 「エ・・・!?」
 「やっぱり、貴女はエリアちゃんとは違うのですね・・・。」
 エレメント・ドラゴンの額に軽く口付けをすると、ライナは立ち上がりながら杖を振るった。
 ギキャアアアアアンッ
 硬質の音が鳴り響き、光の杖が闇の爪を弾き返した。
 「ナ・・・何!?」
 唖然とするマインドオーガスに向かって、ライナは言う。
 「貴女は言いましたね・・・。貴女達を否定したいなら、ライナ達の“力”でねじ伏せてみろと・・・。」
 喋る言葉は、先程までにはなかった力強さに満ち満ちている。
 「分かりました。その言葉通り、ライナ“達”の力、見せてあげるです!!」
 ヒュヒュヒュンッ
 ライナの手の中で杖が踊った。



                     ―10―


 「我が願うはかの誓い・・・」
 華麗に杖を舞わせながら、ライナは呪文を紡ぐ。
 「君が御魂は我が御魂 君の導は我が導 其が契り 永久(とわ)に損なう事無き鎖 我ら其を剣(つるぎ)とし 真理を開く力と成さん!!」
 舞い踊る杖が、光の軌跡を描く。
 「ヌゥ!?」
 「マ・・・眩シ・・・!!」
 ソウルオーガとマインドオーガス。眩い光にたじろぐ二匹の前で、ライナを中心に広がる軌跡が彼女と仲間達を繋いでいく。
 ハッピー・ラヴァー、ハネクリボー、もけもけ、エンゼル・イヤーズ、モイスチャー星人、そして、エレメント・ドラゴン。
 彼らを繋いだ光は再びライナに集約し、その身を包む。
 そして―
 「『団結の力(フォース・オブ・コネクト)』!!」
 光を纏ったライナが、凛と言葉を結んだ。
 「・・・『団結ノ力(フォース・オブ・コネクト)』ダト!?」
 その意味を知るソウルオーガが、驚愕の声を漏らす。
 「ナ、何ヨ!!ソンナコケオドシ・・・!!」
 「待テ!!」
 ソウルオーガの制止を無視し、我が身に走る本能の戦慄を振り払うかの様に、マインドオーガスがライナに襲い掛かる。
 しかし―
 バキィッ
 「―ナッ!?」
 振り下ろした爪が、杖の一撃で弾かれる。
 「コッ、コノがきぃいいい!!」
 逆上し、次々とその爪を突き立てる。
 しかし、それらはことごとくライナの杖に阻まれる。
 完全に、力負けしている。
 「ソ、ソンナ―」
 馬鹿な、と言いかけた瞬間、ライナの姿が視界から消える。
 気がついた時には、ライナはマインドオーガスの本体―エリアルへと肉迫していた。
 「速・・・」
 ガキャアアッ
 凄まじい衝撃が、エリアルを貫く。
 横殴りに振るわれた杖の一撃が、エリアルの身体の直ぐ下―マインドオーガスの米神へと叩き込まれていた。
 「キャアアアアアアッ!?」
 成す術なく弾き飛ばされ、地に転がるマインドオーガス。
 「ゲ・・・ゲホ・・・ナ・・・何ナノ・・・!?コイツ、急二・・・!?」
 身体の芯を貫いた衝撃にえずきながら、地にのたうつ。
 相手の力の、あまりにも強大な変貌に戸惑いを隠せない。
 打ちのめされた足が震える。
 もはや、その身を支える事すらままならない。
 そんなマインドオーガスを、光を纏ったライナが見下ろす。
 「どうですか・・・?これがライナの、ライナ“達”の力です!!」
 ―装備魔法(クロス・スペル)『団結の力(フォース・オブ・コネクト)』―
 それは、装備魔法(クロス・スペル)の中でも最上位に位置するもの。
 己とその心を通わせた仲間の間でのみ、発動可能となる魔法。
 その効果は術者自身の力と、その仲間達の力を束ね、一つとする。
 そして今、五体の仲間と一体の竜の力を束ねたライナの力は、確かにマインドオーガスのそれを凌駕していた。
 「さぁ、勝負はついたです!!もう、あきらめて大人しく帰るです!!」
 「ク・・・。」
 エリアルの目が憎々しげに見上げるが、ライナの瞳は揺るがない。
 「・・・見下スナ!!コノがきぃっ!!」
 そう喚いて、エリアルが手にした儀水鏡をライナに向けた。
 鏡の中の怨念集合体が蠢き、獲物を引きずり込もうと溢れ出す。
 「アハハハハッ!!食ワレッチマエ!!」
 会心の哄笑を上げるエリアル。しかし―
 「エッ!?」
 エリアルの前に、もう一つの鏡が突きつけられていた。
 それは、ライナの杖にはめ込まれていた鏡。
 それが、目にも眩い光を放つ。
 「鏡は何も、リチュア(あなた達)の専売特許じゃないです!!」
 鏡を中心に、朱い魔法陣が展開する。
 ―罠魔法(トラップ・スペル)の発動―
 「飲み込め!!『暗闇を吸い込むマジック・ミラー(ダークイート・マーキュリー)』!!」
 ライナの鏡が、全ての“闇”を飲み込む神鏡(かみがね)と化す。
 オ オ オ オ オ オ オ オ!!
 光に照らされた死霊達が、一斉に声を上げた。
 それは、光に食われる苦痛の声か。
 それとも、闇の呪縛から開放される歓喜の声か。
 ライナの鏡が、エリアルの儀水鏡から無数の死霊達を吸い出していく。
 「ア、アタシノ“力”ガ!!儀水鏡ガ!!」
 悲鳴を上げるエリアル。
 しかし、ライナの鏡は容赦なく死霊達を吸出し、飲み込んでいく。
 「タ・・・助ケ・・・」
 エリアルの目が、助けを求める様に宙を泳ぐ。
 その視線が、数歩距離を開けた所で傍観していたソウルオーガを映す。
 しかし、ソウルオーガはその顔に薄笑みを浮かべたまま、動かない。
 絶望の表情を浮かべるエリアル。その前で、光の鏡が最後の闇を呑み尽くす。
 ピシィッ
 それと同時に、ひび入る儀水鏡。そして―
 パリィイイイイインッ
 力の根源を失った魔鏡が、粉々に砕け散った。
 「ア・・・・・・」
 グラリ
 マインドオーガスの巨体が揺らぐ。
 ズズゥン
 地響きとともに、倒れ伏す。
 マインドオーガスの身体は崩壊を始め、見る見る塵となって散っていく。
 やがて全てが消えた時、そこには気を失ったエリアルが元の姿のままで倒れ伏していた。



                    ―11―


 「ハァ・・・ハァ、ハァ」
 「ぐぽぽぽぽ。随分ト、辛ソウジャナ・・・。」
 荒い息をつくライナを、暗い影が覆う。
 見上げると、ソウルオーガの四つの目が暗い光を灯してライナを見下ろしていた。
 「大シタモノジャ。ソノ年端デ『団結ノ力(フォース・オブ・コネクト)』ノミナラズ、『暗闇ヲ吸イ込ムまじっく・みらー(ダークイート・マーキュリー)』マデ使エルトハナ・・・。余程良イ師に師事シテイルト見エル。」
 「・・・・・・。」
 「ジャガ、ソレ程ノ高位魔法。何時マデモモツモノデモアルマイ。ドウジャ?今ノ戦イデ、粗方使イ果タシタノデハナイカ?」
 その言葉が正しい事を示す様に、ライナを包んでいた光は確かに薄れつつあった。
 「あなた・・・わざと・・・!!」
 ライナの言葉に、ソウルオーガはグポポと笑い声を上げる。
 それはそのまま、問いへの肯定。
 「戦時二オイテ、敵ノ有リ弾ガ尽キルノヲ待ツハ、常套手段ヨ。」
 「彼女は・・・あの娘は仲間ではなかったのですか!?」
 「仲間?ソウジャナ。中々良イ弾避ケニナッテクレタ。イイ“道具(なかま)”ジャッタヨ。“アレ”ハ。」
 その嘲りの篭った言い様に、ライナは嫌悪と怒りの眼差しを向ける。
 「何ジャ?マサカコノ期二及ンデ、りちゅあ(わしら)ガ“友情”等ト言ウオタメゴカシヲ謳ウトデモ思ッタカ?」
 ソウルオーガは、ただ笑う。
 「ぐぽぽ、コノ世ハ所詮、食ウカ食ワレルカヨ。ソレ以外ノ事柄ナド、全テ弱者ノ言イ訳二過ギン。」
 言いながら、ズシリと重い足音を立ててライナへと近づく。
 「く・・・つっ・・っ!?」
 構えをとろうとしたライナ。
 しかし、途端に凄まじい激痛が全身を走る。
 崩れ落ちそうになる身体を辛うじて杖で支えるが、最早それが精一杯。
 それを見たソウルオーガは、さらに嘲笑の笑みを深くする。
 「ドウヤラ、術ノ“反動”ノ様ジャナ。ソモソモ自力ノ何倍モノ膂力ヲ宿ラセル術。無理モアルマイ。」
 笑いながら、ググッとライナに向かって屈み込む。そしてもはや動く事もままならない彼女の顎を、人差し指でクイッと上げた。
 絡み合う、ライナとソウルオーガの視線。
 「ドウジャ、娘。『りちゅあ』二入ランカ?」
 生温い親しみのこもった声で、ソウルオーガが言った。
 「・・・何を・・言ってる、ですか・・・?」
 「先ニモ言ッタガ、ワシラハ少数勢力デナ、常日頃カラ人材不足ニハ悩マサレテオル。現ニ今モ四人失ッタバカリジャ。」
 ソウルオーガの指が、愛撫する様に顎を撫でる。
 氷の様に冷たいその感触が、ライナの背筋に怖気を走らせた。
 「オ主ノ様ナ術者ナラ不足ハナイ。精進スレバ後ノ幹部候補モアリエヨウ。」
 「・・・・・・。」
 返事をしないライナに、ソウルオーガは胸の儀水鏡を指し示す。
 「コノ儀水鏡ノ力、見タデアロウ?オ主ガソレホドノ代償ヲ払って得タノト同等の“力”ヲ、何ノ苦痛モナク手ニスル事ガ出来ル。」
 「・・・何の、苦痛もなく・・・?」
 痛みに引きつる喉を無理やりに歪ませ、ライナは皮肉めいた声を出す。
 「・・・仲間や・・・罪もない命を代価に使う術の・・・何が、“苦痛もなく”ですか・・・!!」
 「ヤレヤレ、マタソレカ・・・。」
 そう言って、ソウルオーガは大げさに溜息をつく。
 「分カラヌ娘ジャ。弱者ガ強者ノ糧ニナルハ世ノ理。万物全テノ事象ニハ、ソレニ応ジタ対価ガ必要。オ主ノ術トテ、ソウデハナイカ?」
 「・・・!?」
 「対価ニスルガ、他者ノ命カ己ノ命カ、ソノ違イダケ。ソウデアロ?」
 「・・・・・・。」
 無言のライナの頬を、鋭い爪がツツ、となぞる。
 「受ケ入レヨ。ドンナ綺麗事ヲホザコウト、ソレガ我等術者ノ真理。ナレバツマラヌ戯言ナド捨テ、共ニ真理ノ追究ニ興ジヨウデハナイカ。“力”トイウ真理ノナ。」
 「・・・・・・。」
 ライナは何も言わない。ただ杖を握る手にギギュッと力がこもっていく。
 「・・・例え・・・」
 「ウン?」
 「例えそれが真理だとしても、ライナは御免です!!」
 叫びと共に、杖をソウルオーガの儀水鏡へ向かって突き出す。
 眩い光に包まれる杖。最後の力を凝縮した、正真正銘、最後の一撃。
 しかし―
 ルォンッ
 杖と儀水鏡の間の空間が、波紋の様に揺らぐ。
 パキィンッ
 「キャアッ!!」
 反射した自身の力を受け、ライナは大きく弾け飛んだ。
 「ソレガ答エカ・・・。」
 ソウルオーガがゆっくりと立ち上がる。
 「ナレバ仕方ナイ。汝モ我ガ力ノ糧トナルガイイ・・・。」
 太い腕が、倒れ伏すライナにゆっくりと伸びる。
 「愚カナ娘ヨ・・・。己ガ不明ヲ呪エ・・・。」
 猛禽のそれの様に開いた爪が、ライナにかかろうとしたその時―
 『ライナ!!』
 その腕に、ハッピー・ラヴァーが飛びかかる。同時に他の面々も攻撃を仕掛けるが、尽く歪む空間に弾き返され、ライナ同様に地に転がる。
 「グポポポポ。涙グマシイノォ。オ主ラトテ、ソノ小娘二巻キ込マレ、利用サレタ口デアロウ二。」
 満身創痍になりながら、それでも齧りついてくるラヴァー達をカトンボの様に叩き落しながら、ソウルオーガは嘲る。
 『違う!!』
 ライナを守る様に、ボロボロの翼をいっぱいに広げながらハッピー・ラヴァーが叫ぶ。
 『ボク達は仲間だ!!友達だ!!使役されたからここにいるんじゃない!!皆、自分の意思でここにいるんだ!!リチュア(お前達)なんかと一緒にするな!!』
 ラヴァーの言葉に呼応するかの様に、他の皆が集まりライナの周りにスクラムを組む。
 「ラヴ君・・・みんな・・・」
 「・・・フン。全ク持ッテ鬱陶シイ連中ジャ。マァ良イ。ナラバソノ望ミ通リ、仲良ク一緒二、我ガ糧ニナルガ良イワ。」
 ソウルオーガの胸の儀水鏡が、ライナ達の姿を映す。
 「コレデ、終リジャ。」
 儀水鏡が妖しい光を放つ。そして―

 「―“終わるのは、お前の方だ”―」

 「ヌ?」
 『ライナ・・・!?』
 その場の全員の視線が、その少女に集まる。

 「―“ここは聖域。”―」

 「―“全ての命が、等しく加護を受ける場所”―」

 「―“お前達は、それを侵した。”―」

 「―“それは、違う事なき罪”―」

 「―“罪は、贖われなければならない”―」

 「・・・何ヲ言ッテオル・・・?」
 訝しげに問うソウルオーガに、ライナは答える。
 「・・・ライナの言葉じゃありません。“彼”の言葉です。」
 そう言って示す方向にいたのは―
 『エレメント・ドラゴン・・・?』
 ポカンとする皆の前で、件の竜はゆっくりと頷いた。
 『ライナ・・・アイツの言葉が・・・』
 「はい。分かります。分かる様に、なりました。」
 そう言って、ライナは微笑むと改めてソウルオーガに向き直る。
 「いいんですか?あなた、ここにいると何か怖い目に会うみたいですよ?」
 「何ヲ訳ノ分カラヌ事ヲ・・・!?」
 ライナの忠告を鼻で笑ったソウルオーガの背筋が凍った。
 不意に襲いかかってきたのは、それまで感じた事もない、強烈なプレッシャー。
 “誰か”が見ている。
 何か、とてつもない“存在”が。
 慌てて振り返ったその視界に映ったのは、己を見つめる七頭のモンスターの姿。
 七頭、それぞれの身体には美しく輝く宝玉が光っている。
 「宝玉獣さん達・・・?」
 ライナが驚いた様に呟く。ここにいたモンスター達は捕まった者以外、全て逃げてしまったものと思っていたのに。
 「ナ・・・何ジャ。驚カセオッテ・・・。」
 ソウルオーガが、上ずった声で言う。
 「己等ノ様ナ雑魚ニ用ハナイ。サッサト去ネ!!」
 言いながら、彼は気付いていた。あれほど“資源”にこだわっていた自分が、目の前のモンスター達にはその食指が全く動かない事に。それどころか、この自分より遥かに矮小な筈のモンスター達に、強烈な忌避感を覚えている事に。
 「去ネト言ウテオル!!」
 ギョォオオオオオオオッ
 吼える。精一杯の威嚇の意を込めて。
 しかし、“彼ら”は微塵とも動じない。
 ただジッと、彼を見つめるだけ。
 「ウ・・・ウゥ・・・!?」
 そのプレッシャーに、彼が思わず後ずさったその時―
 『汝は、禁を侵した。』
 胸に藍色の宝玉を持った白豹が言った。
 人間の、高き智あるものの言葉だった。
 『この地は聖域。』
 甲羅を緑色の宝石で飾った亀が言った。
 『全ての命が、変わらぬ庇護を得るべき場所。』
 額に橙色の宝珠を頂いた象が言った。
 『その地で、汝らは命を弄んだ。』
 翼に、蒼色の宝玉を輝かせる天馬が言った。
 『それは、罪である。』
 首に、黄色の宝珠を持った白虎が言った。
 『確かなる、罪である。』
 翼と胸に、紺色の宝石を飾った鷲が言った。
 そして―
 『罪は、贖われるべきである。』
 尾に朱色の宝玉を頂いた小獣が言った。
 「ウ・・・ウォオオオオッ!!」
 圧し掛かるプレッシャーに耐えかね、ソウルオーガは宝玉獣達に襲い掛かる。
 しかし―
 カッ
 宝玉獣達の姿が光を放つ。
 「ぬぁっ!?」
 「キャアッ!!」
 先のライナが放ったものより、何倍も眩い光。
 その光の中で、ライナは見た。
 宝玉獣達の姿が、光の柱となっていく。
 藍色。
 緑色。
 橙色。
 蒼色。
 黄色。
 紺色。
 そして朱色。
 七色の光の柱は一つとなり、虹色の竜巻となって天をうねる。
 荒れ狂う、光の嵐。地に這う者、全てがなす術なく翻弄される。
 天に踊る、白銀の帯。舞い散る、純白の翼。
 クゥオオオオオオオオン
 遥か彼方まで轟くのは、遠雷かそれとも咆哮か。
 ゴオッ
 稲妻の如く落ちる、虹色の光。それを阻まんと展開する、波紋。しかし、七色の奔流はそれすら飲み込み、その全てを押し潰す。響き渡る、絶望の叫び。
 ・・・眩い光の中で、魔性の鏡が砕けて散った。



                       ―12―


 『ほわほわ、ほわわ〜(それじゃいくよ〜)』
 「はい、お願いしますです。」
 シュボッ
 そんな音とともに、エンゼル・イヤーズの目から放たれた光が、座り込んだライナ達に降り注ぐ。
 すると、光の当った箇所の傷が見る見る癒え、血の気の失せていたライナの肌にも、赤みが戻っていく。
 「あ〜、やっぱりめー君の『ヒーリング・レイ』は良いですね〜。魂が洗われます〜。」
 『ところでさ、ライナ。』
 すっかりリラックスしてるライナに向かって、その腕に抱かれたハッピー・ラヴァーが問う。
 「何ですか?ラヴ君。」
 『さっきの“あれ”、何だったの?』
 “あれ”とはつい先ほど、ライナ達を救った“現象”の事である。
 突然巻き起こった七色の光の竜巻は、ソウルオーガを一撃で叩き伏せるとまた忽然と消えてしまった。気がつけばたった今までいた筈の宝玉獣達の姿もなく、後には粉々に割れた儀水鏡と、ボロボロになったシャドウ・リチュアが転がっているだけだった。
 「“あれ”ですか。多分、『虹彩龍(レインボー・ドラゴン)』じゃないでしょうか?」
 『「レインボー・ドラゴン」?』
 「はい。前に先生から習いました。昔からレインボー・ルイン(この辺り)でたまに目撃されるらしいんですけど、正体はよく分かってないそうです。ドラゴンって付いてますけど、見た目の便宜上そう呼ばれてるだけで、実際の所モンスターなのか、それとも何かの現象なのかもまだ判別されてないとか。」
 『ふーん。』
 ハッピー・ラヴァーが今一つ納得しかねるといった体で首を傾げかけた時、
 『・・・キュ、キュイ(・・・あれは、神だ)。』
 不意に飛んできた声に、皆の視線が集そちらを向く。
 そこにいたのは、ライナ達と一緒に光を浴びているエレメント・ドラゴン。
 集まる視線に、地に伸ばしていた首を鬱陶しげに上げると、言葉を続ける。
 『キュイ、キュキュイキュイ。キュイキュイキュキュ、キュキュイ。キュイ(“あれ”は、この世界からさらに高みに在る次元の存在。その相は確かに命あるものなれど、この世界の者ではその存在に干渉することすら叶わない。そういうものだ)。』
 それだけ言って、エレメント・ドラゴンはまたその首を地面に伸ばした。
 「神様、ですか・・・。」
 ライナは呟くと、“それ”が消えた空を見上げた。


 『ほわ、ほわっほわー(はい、おしまい)。』
 エンゼル・イヤーズはそう言うと、皆に当てていた光を切った。
 「あ、ありがとです。やっぱり、めー君の『ヒーリング・レイ』は効きますねー。お陰で完全復活です。」
 右手をグリグリと回しながら、ライナは晴々とした顔をする。
 「じゃあ、ラヴ君、お願い出来ますか?」
 『あいよ。』
 そう言って、ハッピー・ラヴァーはライナと向き合う。
 『キュイキュア(何をするのだ)?』
 尋ねるエレメント・ドラゴンにハネクリボーが答える。
 『クリックリクリ〜(見てればわかるよ)。』 
 皆が見つめる中、ライナは杖を構え、瞳を閉じると呪文を紡ぎ出した。
 「クリエル・クライス・クライスト 煌き来たれ 創世の使徒 輝き歌え 生命の唄 天に舞うは鳳凰の羽根 我が願うは光帝の慈悲 巡りし輪転 転生の導 暗きに険路に光を落とし、迷えし御霊に新たな道を」
 ライナとハッピー・ラヴァーを囲むように、魔法陣が浮かび上がる。ハッピー・ラヴァーの身体が淡い光に包まれ、その羽がフワリと舞って、魔法陣の中に円を描く。その円の中にライナが杖の鏡を合わせると、鏡から溢れた光がその円の中を満たす。
 「―光霊術、「聖」―」
 言葉の結びとともに、光に満たされた円が彼方と此方を結ぶ門となる。
 やがて光の中に影が浮かび、それがスルリと抜け出してくる。
 ライナの手に抱き止められたそれを見て、エレメント・ドラゴンは目を見張った。
 それは、先ほど生贄として儀水鏡に呑まれたはずのエレキツネザル。闇の禁呪の媒体となった身体に寸分の欠損もなく、ライナの腕の中で安らかな寝息を立てている。
 『キュキュア、キュアキュキュキュ(蘇生術・・・いや、転生術か)!?』
 エレメント・ドラゴンの驚きの声に、他の面子が応える。
 『クリ、クリリ(まぁ、そんなもん)。』
 『もけ、もけけけ、もけもけ(あれはあれで、負担が大きいから、あんまり使って欲しくないんだけどね)。』
 『シュワシュワッシュワッチ、デュワッ(めー氏、アップを開始)。』
 『ほわっほわほわ〜(了解)。』
 腕の中のエレキツネザルをそっと地面に置くと、ライナは首をコキコキ鳴らしながらハッピー・ラヴァーに向き直る。
 「ラヴ君、もう少し、お願い出来ますか?」
 『リチュアの三馬鹿も戻すんでしょ?いいよ。いつもの事だし。』
 「ごめんです。」
 それを聞いたエレメント・ドラゴンは驚きの声を上げる。
 『キュキュア!?キュアキュアキュ・・・(あの三人も戻すだと!?何を馬鹿な・・・)!?』
 『ほわほわほわーほわ〜(あいつらだけじゃーないよ〜)。』
 その一つ目を目蓋の上からグリグリと揉みしだきながら(これがアップらしい)、エンゼル・イヤーズが言う。
 『ほわほわほ〜わほわ、ほわほわほわ〜ほわ、ほわほ〜わほわ(ホントは、あの鏡に吸われてた魂全部を戻したいんじゃないかな〜?あの術で引っ張り戻せるのは、彼岸に流れて一両日以内の魂だけだから無理だけど)。』
 『キュキュアキュ、キュウァ・・・(それが正義だとでも言うつもりか?甘い事を・・・)。』
 『シュ、シュシュワッチ(甘さがなければ、この世は地獄)。』
 吐き捨てるようなエレメント・ドラゴンの言葉に、モイスチャー星人が答える。
 『!』
 『シュシュワッチ、ディユワッシュワッシュワッチ(以前読んだ本に在りし言葉。以来、“あれ”の座右の銘)。』
 視線を戻すと、丁度ライナが光の輪の中から気絶しているリチュア・マーカーを引っ張り出している所だった。
 『クリクリックリ〜クリ〜クリ、クリクリクリ(正義だとか、そういうんでもないよ。単純に、自分のしたい事をしてるだけで)。』
 『もけ〜もけもけ、もけけもけけけけ(まぁそんなヤツだから、俺らも気に入った訳だけど)。』
 『・・・・・・。』
 もけもけ達のそんな言葉を聞きながら、エレメント・ドラゴンは汗びっしょりになって作業を続けるライナを見つめていた。


 『で、こいつらはどうすんの?』
 気を失っているリチュア達をそこらへんから採ってきた蔦で縛りながら、ハッピー・ラヴァーは地面に大の字になってヒーリング・レイを浴びているライナに訊く。
 「鏡は全部割っちゃいましたからね。当面、悪い事は出来ないと思います。後で都の官憲さんにでも連れて行ってもらいましょう。」
 エンゼル・イヤーズにお礼を言いながら起き上がったライナは、そう言って微笑んだ。


 『・・・・・・。』
 そんな様子を一歩引いた所で見ながら、エレメント・ドラゴンは考えていた。
 それなりに長い時を生きてきたが、世の中にはまだまだ自分の理解の範疇を超える事があるものだ。
 それら全てを理解しようなどとは思わないが、長い事抱いていた認識に固執するほど頑なな訳でもない。
 目の前のこの人間が特別なのかどうかは知らないが、今後「人間」という種族に対する見方は、少し変えてみる事にしよう。
 そんな事を思いながら、エレメント・ドラゴンは大空に向かって翼を広げた。
 「・・・どこへ行くですか?」
 ビクゥッ
 背後から聞こえた声に、エレメント・ドラゴンの身体が硬直する。
 ギギギ、と首を廻らすと、こちらに背を向けたライナの姿が目に入る。
 向こうを向いていたその首が、カタカタとこっちを向いて微笑んだ。
 何だか、首が180度くらい回っている気がするが、目の迷いと言う事にしよう。というか、したい。
 「どこへ行くですか?」
 また、訊いて来た。
 貼り付けた様な笑顔が怖い。
 『キュ・・・キュウァ・・・(いや・・・ちょっと急用が・・・)』
 「御用ですか?それならライナ達も御一緒するです。」
 『キュア・・・キュキュア・・・(いや・・・そんな・・・)』
 「いけませんねぇ。」
 ライナが、抑揚のない声で言う。
 「貴方は、もうともだちです。」
 見れば、頭のアホ毛がクルクルと回り始めている。
 ついでに、大きな瞳の中でも何かがグルグル回り出している。
 「ともだちはいつもいっしょにいるものです。いなきゃいけません。いるべきです。」
 『そうそう』
 頭のハートを明滅させながら、ハッピーラヴァーが言う。
 『クリクリ、クリクリ(友達、友達)。』
 大きな目をグリグリさせながら、ハネクリボーが言う。
 『もけもけ、もけ、モケケ(一緒にいよう、いませう、いなきゃ)。』
 身体をプクプクと膨らませたり、萎ませたりしながら、もけもけが言う。
 『ほわ〜、ほわほわほわ〜、ほわ〜(楽しいよ〜、愉快だよ〜、友達は〜)』
 真っ赤に充血した目(※疲れ目)をシパシパさせながら、エンゼル・イヤーズが言う。
 『シュシュ、シュワッ、シュワッチ(君、僕、友達)。』
 ヒポポポポ、と電子音なぞ響かせながら、モイスチャー星人が言う。
 『キ、キキュア・・・(う、うう・・・)』
 「さあ、いっしょに!!」
 『キ、キキュアーッ(ヒ、ヒィイイイイーッ)!!』
 恐怖の叫びを上げて飛び立つエレメント・ドラゴン。
 「あれぇ、どこいくんですかぁー?もっくん、おってくださいー。」
 『しゅわっち(了解)』
 それを追って飛び立つライナ達。
 「まってー。」
 『キュキュァー(来るなー)!!』


 その日、レインボールインの住民達は空に響くドラゴンの悲鳴と、それに追いすがる少女の声に、一晩中悩まされたという。



                                    終わり


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