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2014年08月25日

十三月の翼・48(天使のしっぽ・二次創作作品)








 こんばんは。未だに病院から放置プレイを食らっている土斑猫です。
 とりあえず、その時が来るまで更新出来るものはしときませう。
 と言う訳で、今回は天使のしっぽ二次創作、「十三月の翼」61話です。



ポスター5.jpg




                      ―儚氷―


 世界は、夜に覆われている。
 もう、どれだけ。
 どれほどの期間、この夜が続いているのか。
 それは、もう分からない。
 否。
 そんな疑問は、もはや愚問でしかない。
 今ある夜は、偽りの夜。
 あるべき理から切り離され。
 あるべき姿を上塗りされ。
 ただそこにあるだけの、“夜”。
 更ける事も。
 明ける事もない夜。
 その切り貼りの世界の中で、彼はたゆらっていた。
 その夜と同じ様に。
 明ける事のない絶望に、包まれながら。


 『―さて、絶望はもう十分かな―』
 床に崩れ落ち、俯く悟郎。
 身動きもままならない彼に向かって、あいも変わらず嗤い混じりの声で”それ”は言う。
 『―まあ、そう悄気ないでくれたまえよ。悪い話はここまでだ。ここから先は、汝にとって益となる話をしよう―』
 その言葉に、悟郎は虚ろな瞳を上げる。
 「えき・・・?」
 『―そう。”益”さ―』
 ユラリ
 影が腰を屈め、座り込む悟郎に視線を合わせる。
 『―どうかね。トウハは、怖いかね?―』
 「え・・・?」
 『―拒みたいかね?―』
 急な問いに、思考が止まる。
 真っ白になる脳内。
 顕になる心。
 底の、底。
 それを、”それ”は見逃さない。
 『―ああ。やはり、怖いようだねぇ―』
 「!!」
 放たれた言葉が、悟郎の心を捕える。
 鷲掴みにされる、むき出しの魂。
 鈍った刃が、古傷を抉る様な痛み。
 呻く声すらも、失う。
 『―何。気に病む事はない―』
 そんな彼を労わる様に、”それ”は、わざとらしい声音で言う。
 『―その事を責める者はいないよ。未知とは、恐ろしいものだ。汝の反応は、一生物として、至極当然のものだよ―』
 言いながら、”それ”が顔を寄せてくる。
 目の前に迫る、奈落色の空間。
 『―さて、話を戻そう―』
 クワンクワンと鳴り響く、無明の響き。
 脳漿が、揺れる。
 『―もし―』
 ニタリ
 また、”それ”が笑む気配がした。
 『―汝が、どうしてもトウハを拒みたいと思うなら―』
 ピッ
 黒い蜘蛛が、指を一本立てて見せる。
 『―あと”一日”、しのぎたまえ―』
 「・・・え?」
 意味を分かりかねる悟郎。
 構う事なく、”それ”は続ける。
 『―先にも言った様に、悪魔とは本来礎とすべき想いに拒絶された存在。入るべき”芯”が入らないその在り様は、酷く不安定でね―』
 影の身体が、ユラリと揺れる。
 まるで、自分の言葉を体現するかの様に。
 『―その体裁を繕うために、別のものを礎にする必要があるのだが―』
 影がヒョイと、小首を傾げる様な仕草を見せる。
 『―さて、それは何だと思うかね?―』
 かけられる問い。
 しかし、悟郎に答える術はない。
 初めから、分かっていたのだろう。
 答えを待つことなく、言葉は続けられる。
 『―それは、”時“であり、”存在“であり、”心“でもある―』
 「どういう、事・・・?」
 『―かの地において、小生はトウハ(あの娘)に言った―』
 歌う様に、”それ”は詠う。
 『―汝の、全ての時を、存在を、心を、その全てを、力へと変えてやろう―』
 声に踊る様に、その手が上がる。
 『―一つ―』
 ピン
 指が一本、ピョンと立つ。
 『―汝の時を、求める場所へ這い上がる力に―』
 ピン
 もう一本。
 『―汝の存在を、全ての障害を排する力に―』
 ピン
 そして、もう一本。
 『―汝の心を、欲するものをもぎ取る力に―』
 ピピン
 最後に、全ての指が。
 『―汝の全てを、愛でる者を抱き締める力に―』
 「・・・・・・!!」
 与えられる情報が、理解の範囲を超える。
 否。
 それが孕む意の忌まわしさが、理解する事を拒ませる。
 『―理解出来るかね―』
 その事を知りながら、あえて“それ”は問う。
 『―理解出来るだろう―』
 脳に焼き付ける様に、確かめる。
 『―そう。己の全てを力に変えて、悪魔はその存在を構成している―』
 ゾワリ
 形にされた言葉。
 心が怖気る。
 けれど、
 『―逃げてはいけないよ―』
 ”それ”は、逃げる事を許さない。
 『―汝に益なる話は、ここからなのだから―』
 含み笑う気配。
 分かる。
 この会話の先に、救いなどありはしない。
 あるのはただ、形を変えた絶望だけ。
 『―存在の全てが力―』
 分かっている。
 『―力は消費されるもの―』
 分かっているのに。
 『―悪魔が存在を続けると言う事は―』
 ゾロリ
 影色の蜘蛛が、愛しげに頬を包む。
 『―存在そのものを消費し続ける事に他ならない―』
 「・・・・・・!!」
 叫びたかった。
 もう止めてくれと、喚きたかった。
 だけど、声は出ない。
 乾いた声帯が、喉に張り付くだけ。
 『―分かるだろう?分かるだろう?―』
 禍禍禍。
 禍禍禍。
 嗤う声。
 『―このまま待てば―』
 止めろ。
 止めろ。
 止めてくれ。
 『―トウハ(あの娘)は―』
 けれど、懇願は届かない。
 届く、筈もない。
 そして。
 最後の絶望は、紡がれる。
 『―消えて、失せる―』
 蝋燭の火が消える様に。
 目の前の、光が消えた。


 ヒョオオオオオ・・・
 夜泣きの様な風笛が、ビルの隙間を這い上がる。
 その音を虚ろな意識で聞きながら、トウハは廃ビルの窓枠に腰掛けていた。
 街は、闇に包まれている。
 魔性の眠り。
 理の断絶。
 二重の結界に蝕まれた虚ろの闇は、彼女の目をもってしても見通せない。
 けれど、その方向は違えない。
 見つめる。
 ただ、見つめる。
 あの人は。
 あの人は今、どうしているのだろう。
 ”あれ”に。
 あの性悪に。
 嬲られては、いないだろうか。
 傷つけられては、いないだろうか。
 本当は、今すぐにも飛んで行きたかった。
 すぐにも駆けつけて、”あれ”の影の下から連れ去りたかった。
 けど。
 だけど。
 それは、無理な事。
 万全であったとしても、”あれ”に自分の力は及ばない。
 まして、今の自分では尚の事。
 視線を落とす。
 血の気の失せた、白い手足。
 それを覆うのは、喰い込む程に強く巻かれた包帯。
 本来の純白から真紅に染め上げられたそれからは、今も紅い雫が滴っている。
 ポタリ
 ポタリ
 止めどなく滴るそれが、窓枠で弾けては闇の中に散っていく。
 紅い滴りは止まらない。
 止まる筈もない。
 自分の身体は、存在の全てを変えた力によって編み上げられたもの。
 願いを叶う。
 ただ、その為だけに錬成された義骸。
 そこに、己の為の力などありはしない。
 成長はない。
 治癒もない。
 変わる事もなければ、癒える事もない。
 ただ。
 ただ。
 願いを叶うがために。
 削りゆくだけ。
 減りゆくだけ。
 消えゆく、だけ。
 けど、それでいい。
 願いを掴む為ならば。
 其を成す為ならば。
 この身など、泡沫のものでいい。
 だから。
 だから―
 流れる存在を押し留める様に、トウハは己の傷をギュウと縊る。
 そんな事に、何の意味もないと知りながら。


 『―例えるならば、一塊の氷と思えばいい―』
 呆然と座り込む悟郎に向かって、”それ”は語る。
 『―氷と言う位相は、一定の低温の中でのみ存在出来る。一度その環境から外されれば、後は溶けゆくのみだ―』
 飽和状態の思考に捻じ込む様に、”それ”は語り続ける。
 『―悪魔もそうだ。存在全てを変換した、”力”という消費物。それのみで型作られた身体は、”かの世界”の内でのみ維持する事が叶う―』
 目眩がする。
 不快なえずきが、胃の中をかき回す。
 けれど。
 けれど。
 耳を塞ぐ事は出来ない。
 許されない。
 『―トウハ(あの娘)が、結界で身を覆っていた事は知っているだろう。汝らは、それを”かの世界”の瘴気で”この世界”を犯さないためだと思っていた様だが、事実は逆だ―』
 頭が、痛い。
 心臓が、早鐘の様に打つ。
 身体の全てが。
 心の深層が。
 これ以上は止めろと、喚き散らす。
 それを込み上げる嘔吐物を呑み落とす様に、押さえつける。
 地獄はまだ、終わらない。
 『―もう、分かるだろう?あの結界は、彼女からこの世界を守るためのものではない。この世界から、彼女を守る為のものだ―』
 そう。
 彼女が。
 トウハがしていた事は―
 『―トウハ(あの娘)は、必死で足掻いていたのだよ。放り出された氷が、自身の冷気で少しでも己を保とうとする様に―』
 かの少女の姿が、脳裏に浮かぶ。
 闇を背に、凛と立つその姿。
 『―だが、悲しきかな。どんなに足掻いた所で、氷はただの氷。いつかは尽き果て、溶け消える。そして、それはあの娘も同じ事―』
 強い娘だと思った。
 揺るがない娘だと思っていた。
 だけど。
 だけど―。
 『―遠からず、終わりは来る。この世界に蝕まれ、その存在を保ちきれなくなる時が―』
 そう。
 どんなに、周りを冷やしても。
 どんなに、世界を凍てつかせても。
 氷は、氷。
 いずれは。
 いずれは―
 『―己の存在を維持する為の力。障害を排除する為の力。そして、汝を手に入れる為の力。その全てを、あの娘は健気にやりくりしていたのだよ。限りのある、その中で。そして、その限界が―』
”それ”の指が、天を指す。
 『―次の満月、と言う事なのだ―』
 ああ、そうか。
 だから。
 だから、あの娘は―
 『―しかし、その計算も狂ってしまった―』
 まとまりかけた思考に、その声が水を差す。
 『―守護天使達の予想外の奮闘に、メガミの介入、なけなしの切り札も四聖獣に潰された。実に、想定以上の浪費だ―』
 想定以上。
 ありふれたその言葉が、計り知れないおぞましさを持って心を揺する。
 『―あの娘の力は、残り僅か。もって後―』
 ドクン
 心臓が鳴く。
 ドクン
 上ずる様な響きを持って。
 ドクン
 悲鳴を、上げる。
 けれど、そんな事には委細構わず。
 ”それ”は、言う。

 『―24時間―』

 確かに一瞬、鼓動が止まった。


 「・・・24時間・・・。」
 血の滴る腕を見ながら、トウハは呟く。
 それは、自分に残された力と、今こうして消費されていく分のペースから算出した残り時間。
 もっとも、それはこの地が正常な理の下で動いていた場合の話。
 魔王(バアル)の力によって理から隔離されている今は、力の消費の事は考えなくていい。
 しかし、今のままでいる訳にはいかない。
 理から隔離されていると言う事は、あらゆる事象が本来あるべき形で作用しない事を物語っている。
 そんな中で術を行使しても、望む結果が得られる筈もない。
 チャンスは一回。
 その一回で、かの人の存在をこちら側に組み替えなければならない。
 失敗は、許されない。
 それに、そもそもバアル(アレ)が今の状況を維持したままでいてくれる筈もない。
 ”アレ”が望むのは、あくまで劇の続き。
 役者を想って、休憩時間を伸ばす事などありえない。
 先刻、”アレ”は「休憩は終わり。」と言った。
 ならば、遠からずこの“隔離”の結界は解かれる。
 全ては、その時。
 今度こそ。
 必ず。
 必ず。
 琥珀の瞳が、燃える様な朱に輝いた。


 「じゃ・・・じゃあ、君の・・・この結界の中なら、トウハは消えずに済むのか!?」
 『―まあ、そう言う事になるかね。”悪魔が消える”と言う事象も、言わばこの世界の理の一つだからねえ―』
 すがりつくような悟郎の言葉に、”それ”は気のない声でそう答える。
 「それなら・・・それなら!!」
 『―”このままにしていてくれ”などと言う願いなら、聞かないよ―』
 「―――っ!!」
 言わんとした事を否定され、悟郎は言葉に詰まる。
 『―自分で言うのもなんだが、今のこの世の有り様は偽りだよ。ハリボテの世界に生けられる華もまた、造花にすぎない。そんな存在(もの)には、何の面白みもないからね―』
 その言葉が、枯れかけていた悟郎の心に火を点けた。
 「いい加減に・・・」
 『―うん?―』
 「いい加減にしてくれ!!」
 胸の溜まりきっていた澱を吐き出す様に、叫ぶ。
 「二言目には、面白いだの面白くないだの!!皆は・・・トウハ達は君の玩具じゃない!!」
 響く怒号。
 しかし、”それ”は何の反応も見せない。
 「もう、十分だろ!?あの娘を・・・トウハを解放しろ!!これ以上・・・これ以上、傷つけるのは止めてくれ!!」
 『―”傷つける”、ねぇ?―』
 そして、返ってきたのは、
 『―”それ”は、どちらにかかるのかな?トウハかね?それとも、”汝”かね?―』
 この上ない嘲りのこもった、そんな言葉。
 しかし、それは再び悟郎の身体を討止める。
 「・・・・・・!!」
 『―即答出来ないかね。もっともだ。それを自覚しないほど、愚かではないだろう―』
 苦苦苦、とほくそ笑みながら、悟郎の顔を覗き込む。
 『―何の事はない。この件でもっとも傷つき、苦しんでいるのは汝自身だ―』
 憐憫を装った声が、悟郎を嬲る。
 『―苦しいだろうねぇ?痛いだろうねぇ?―』
 カタカタと壊れた玩具の様に揺れる、首の音。
 それに蝕まれる様に、激情が萎えていく。
 『―何。心配する事はない。言っただろう?これは、汝の益となる話だと−』
 カタカタ
 カタカタ
 影が鳴る。
 『−今のトウハには、メガミは勿論、守護天使を退ける力さえない。彼女らでも、十二分に壁となろう―』
 影だけの顔。
 『―簡単な話だよ―』
 表情など、ありはしない。
 『―望むのならば、汝はただ、彼女らの後ろで動かずにいれば良い―』
 けれど、分かる。
 『―それだけで、汝は全ての苦悩憂いから解放される―』
 その顔は、きっと。
 『―そう。そうしているだけで―』
 きっと―
 『―トウハは、消えてなくなるのだから―』
 そして、優しく。
 酷く優しく、終わりは告げられた―


 『―さて、話は終わりだ―』
 そう言いながら、”それ”は屈めていた身を起こす。
 『―後は汝次第。望む道を、選び給え―』
 力なく座り込む悟郎に向かってそう言うと、影で象られた姿がほつれ始める。
 みるみる薄れていく、その姿。
 「ま、待ってくれ!!」
 『―話は終わりと言ったはずだよ―』
 すがる様な叫びも、”それ”には届かない。
 『―狂言回しの役目はここまでさ。小生はまた、一介の観客へと戻ろう―』
 揺れる裾を掴もうとした手が、するりと抜ける。
 『―愉しみにしているよ。汝”ら”が選ぶ選択を。それがどの様な調べを奏でるか―』
 見えない視線が、どこかに流れる気配がする。
 けれど、悟郎は気づかない。
 『―興味深い―』
 そこの存在を認識しながら、”それ”はほくそ笑む。
 『―実に、興味深い―』
 影が、霞の様に消えていく。
 微かに揺れる空気。
 それに踊るように、窓の端で黄金(こがね)色の束がチロリと揺れる。
 そして、何の残滓も残す事なく、影は消えた。


 「―――――っ!!」
 ハッとした様に、トウハは顔を上げた。
 その先にあるのは、空。
 縫い止められた、偽りの夜天。
 それを覆う、巨大な紅い魔法陣。
 その中天に浮かぶ、昏く輝く濁赤の月。
 声が、響く。

 『―さあ、最終幕の開演だ―』

 途端―
 パシンッ
 何かが弾ける様な感覚。
 そして―
 空を見上げるトウハが、その目を鋭く細める。
 魔法陣が。
 天を覆っていた魔法陣が、消えていた。
 ゆったりと流れ始める、星々の輝き。
 地に。
 世界に。
 理が。
 戻ってきていた。


 「空が・・・!?」
 その変化には、悟郎も気づいた。
 魔王が、結界を解いたのだ。
 同時にそれは、残り少ないトウハの時間が流れ始める事も意味する。
 逡巡はなかった。
 起き上がる身体。
 萎え切った足が、一瞬よろめく。
 ガスッ
 それに、喝を入れる様に拳を叩き込む。
 抜けた力を無理やり引きずり戻し、踵を返す。
 部屋の中に入れば、皆はまだ穏やかなな寝息を立てている。
 好都合だった。
 そのまま皆を起こさぬ様に部屋を抜け、玄関へと向かう。
 靴を履き、ドアを開けようとしたその時、
 「何処へ行くの?」
 背後から、不意に声がかけられた。
 「!!」
 振り向くと、いつの間に来たのだろうか。
 少女が一人、彼の後ろに立っていた。
 黄金(こがね)色の髪が、薄闇の中で静かに揺れる。
 「アカネ・・・。」
 呆然と、目の前に立つ少女の名を呼ぶ。
 「何処へ、行くの?」
 また、訊いた。
 「アカネ・・・。僕は・・・」
 「トウハの所に、行くんだね。」
 彼の答えを先取る様に、アカネが言う。
 少し、俯いているのだろうか。
 その顔は部屋の薄闇と髪の影に沈み、表情は伺えない。
 「アカネ、分かってくれ!!僕は・・・」
 ドンッ
 言葉を言い切る前に、身体に鈍い衝撃が伝わる。
 アカネが、その身を投げ出す様にして悟郎に抱きついていた。
 「ご主人様・・・。」
 「アカネ・・・。」
 「どうしても、行くんだね?」
 投げかけられたのは、制止ではなく、確認の言葉。
 悟郎は、頷く。
 「行かなきゃ、ならないんだ・・・。」
 絞り出すような声で、答える。
 「あの娘は・・・トウハは・・・ずっと、一人で・・・」
 「分かってる・・・。」
 「泣いてたんだ・・・。」
 「分かってる・・・。」
 「僕のせいで・・・。」
 「・・・・・・。」
 立ち消えそうな会話が、部屋の薄闇に溶けていく。
 悟郎は、続ける。
 「だから、僕は行かなくちゃならない・・・。」
 アカネも、返す。
 「トウハ(あの娘)の”側”に、行くの・・・?」
 淡々とした響き。
 それが、殊更に悟郎の心に突き刺さる。
 「・・・分からない・・・」
 「わたし達を、おいて行くの・・・?」
 「・・・・・・。」
 答えはない。
 術は、ない。
 「分からない。だけど、僕は行かなきゃいけないんだ・・・。」
 クスリ
 微かに笑う、そんな気配がした。
 「・・・そうだよね・・・。」
 「アカネ・・・?」
 「ご主人様は、そういう人だよね・・・。」
 クスクスと、アカネは笑う。
 「優しくて・・・優しすぎて・・・何も、誰も捨てる事が出来ない・・・」
 「・・・ごめん・・・。」
 「いいんだよ・・・。」
 「え・・・?」
 「ご主人様は、それでいいんだ・・・。」
 笑い声とも、泣き声ともとれない声でアカネは言う。
 「その優しさを、忘れないで。失くさないで。ご主人様はご主人様のままでいて・・・」
 身体に回された手が、震えている。 
 その様子に、悟郎は不信を覚える。
 「それが、わたしのお願い・・・」
 紡がれる言葉は、まるで別れのそれの様。
 「アカネ・・・何を言って・・・?」
 「ご主人様・・・」
 「え・・・?」
 「ごめんなさい。」
 瞬間―
 バシンッ
 「――――っ!!」
 強烈な衝撃が、悟郎の身体を貫いた。
 意識が一瞬で、真っ白になる。
 「あ・・・?」
 悟郎の身体が傾ぎ、アカネに寄りかかる。
 「く・・・。」
 それを身体全体で支えると、アカネはそっと床に横たえる。
 ホッと一息つくと、彼女は自分の右手を見る。
 バチバチ
 そこに握られていたのは、青い電光を放つスタンガン。
 ドロン
 紫色の煙が立ち、手の中でスタンガンが乾電池へと変わる。
 「ご主人様・・・。」
 アカネはそっと身を屈めると、その顔を悟郎に寄せる。
 「ごめんなさい・・・。」
 もう一度そう言って、彼の額に口づけをする。
 しばし後、彼女は立ち上がると玄関へと降りる。
 靴を履いて、ドアへと向かう。
 カチャリ
 寂しい音を立てて、扉が開く。
 「・・・さようなら・・・。」
 微かに響く声。
 そして、アカネの姿は夜の闇の中へと消えていった。



                                     続く
この記事へのコメント
感想れす♪

魔王様の心理攻撃(というかとっくの昔にイジメの領域ww)、まだ続きますなw
もう悟郎さんオーバーキル状態やねんw

悟郎さんの中にある、人としてはどうしようもない「怖れ」を罪悪感に変え、さらには一日待てば「死ぬぜ? 見殺しにできるんだぜ?」とか言い出す始末。
あのねー。「(怖いと感じることを)気に病むことはない」とかいうなら、そもそも聞くなよww そういうところが悪趣味と言うのだ(;´Д`)

しかし、あれですな。トウハがあれほどの力を出せるというのは、自らの存在そのものを代償にしているからなのですな。

たとえば核爆弾とかも、あれはたしか自らの質量を引き換えに膨大なエネルギーに変換しているんじゃないかとオモタ。それだけ、「存在」というものはエネルギーの塊なのですな。

トウハがこの世に居続けようとする限り、トウハは自らの身を文字通りすり減らしていくわけで……。
余裕のよっちゃんで行動している第一印象とは裏腹に、
残り時間を気にしながら、実は涙ぐましいやりくりをしていたのですなぁ。

そんなトウハの元へ向かうアカネ。
望みを捨てず、最後の勝負に出ようとするトウハ。

二人共、ガンバレ。

感想終わり。


ア、アレ? 最後の感想のシメに誰か忘れてる……?
あ、いたね。悟郎さん居たねww

てか、力を振り絞って、「おお! 我らがご主人様、ついに動く!!」 と思いきや
スタンガンで卒倒って、いくらなんでもヘタレ展開すぎませんかwww

アカネちゃんも、なんか最近攻撃力高すぎない? 以前のアカネちゃんだったら自分のご主人様をスタンガンなんてしないと思うのだが(((((´・ω・`)))))

でも真面目な話、

「あの子の側に行くの?」
「わたし達を、おいていくの?」
「ご主人様は、そういう人だよね」

というアカネちゃんのセリフは、なんだか切のうて切のうて、情景が目に浮かぶようでしたよ。
ドラマとしては良いシーンですなー。

さて、決意を秘めたアカネちゃんですが、
一体何をしに行くのでありましょうか。

トウハがあちら側の存在である以上、共存は考えられず、
また、トウハを失いたくないというご主人様の気持ちも無下にはできず。

果たして解決策はあるのでありましょうや?

そして、観客と言いながらいちいち存在感デカすぎる魔王の今後の出方も気になります。
(観客といっておいて、このまま最後まで見物で終わる気が全くしませんw)

ますます先が読めぬ「十三月の翼」、将来きっとアニメ化しようね!(★ゝω・)b⌒☆

てなわけで、また次回〜〜♪
Posted by エマ at 2014年08月29日 23:46
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