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2014年01月03日

十三月の翼・43(天使のしっぽ・二次創作作品)







 こんばんは。土斑猫です。
 今年最初の創作物更新は、「天使のしっぽ」二次創作、「十三月の翼」です。
 って言うか、前回の更新からえらく間が空いてしまいました。
 申し訳ない(汗)
 何の事はない。ドン詰まりしていたのがやっと抜けたのです。
 詰まっていたのがなくなったので、他の二次創作も順次元のペースに戻れると思・・・戻れるといいなぁ・・・。
 まあ、こんな具合ですが、どうぞ見放す事無く、今年もお付き合いくださいませ。
 それでは、例によってヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意。



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 閻魔斑猫の萬部屋



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                   ―永夜之想―

 ―四聖獣(彼ら)は、勝てない―
 「――!!」
 トウハのその言葉に、アユミは反射的に飛び出していた。
 「シン様、逃げて!!魔王(そいつ)と戦ってはいけません!!」
 思わず、想い人の元へと駆け寄ろうとする。
 しかし―
 「来てはいけません!!」
 鋭い声が、彼女を遮る。
 「――!?」
 思わず立ち止まるアユミ。
 シンは”それ”から目を離さず、声だけを彼女に向ける。
 「・・・来れば、貴女の無事が保証出来ません。」
 「シン様・・・。」
 「そこに・・・、聖者殿の傍にいてください。私達の事を想うなら・・・。」
 そう言う彼の瞳に、アユミは決意と覚悟の光を確かに見た。


 『―さて、彼女はああ言っている訳だが―』
 立ち尽くすアユミの姿を横目で見ながら、”それ”は言う。
 『―どうかね?従ってみる気はないかね?―』
 けれど―
 「・・・折角ですが、お断りさせていただきます。」
 冷ややかに返されるのは、拒絶の言葉。
 ”それ”は苦笑する様に『禍禍・・・』と嗤う。
 『―全く、伴侶の言う事は素直に聞くのが、円満の秘訣だと思うのだがねぇ・・・―』
 冗談とも本気とも取れない軽口。
 禍禍禍、禍禍禍と”それ”は嗤う。
 「そうしたいのは山々ですが、かと言って貴方を放って置く訳にもいかないでしょう?」 
 『―禍禍、それは残念―』
 そう言いながら、”それ”はその手を顎に当てる。
 『―しかし、それではどうする気なのかな?汝らの持ち手が通じないのは、もう証明済みな訳だが?―』
 「確かに、”現象”である貴方を傷つけたり、まして滅ぼす事など出来ないでしょう・・・。しかし・・・」
 淡々と、シンは言葉を続ける。
 「“封印”なら、どうです?」
 『―うむ?―』
 紅い描眼がグルリと動き、小首を傾げる。
 『―いやはや。今更何を言うかと思えば―』
 禍禍禍。
 白い仮面の向こうから響く、嗤い声。
 けれど、シンはその表情を崩さない。
 「どうでしょうか?」
 言いながら、ジリ・・・と”それ”との距離を詰める。
 「いくら貴方が現象とは言え、その”規模”が無限という訳ではないでしょう?」
 その言葉に、嗤い声がピタリと止まる。
 『―・・・どう言う事かね?―』
 ”それ”がそう言った瞬間―
 ドゥッ
 「きゃあっ!!」
 「な、何!?」
 突然、シンの身体から溢れ出す、黒い光の波。
 固唾を飲んで事態を見守っていた少女達が、驚きの声を上げる。
 「シ・・・シン様・・・!?」
 眩い光、狭まる視界。
 その中で、アユミは彼の姿を追う。
 押し寄せる光の奔流の向こうに見たその姿は、その身から立ち昇る黒い神気に覆われていた。


 『―これはこれは。流石と言おうか・・・―』
 荒ぶる神気の中、”それ”は平然と眼前に立つシンを見つめていた。
 『―心地良い神気だ。これだけのものをひねり出すは、余程の労苦だと思うが―』
 きゅうと細まる、紅い描眼。
 『―さて、何をする気かな―』
 「・・・察しているのでは、ありませんか?」
 その紅い視線の先で、黒い神気を纏いながらシンは言う。
 『―まあ、大体はね。しかし、確証はない。そこの所、汝の口から確認致したいのだが―』
興味深げに問う“それ”。
 「それなら、答えましょう。」
 主の心に呼応する様に、猛る神気が静かに渦を巻く。
 「・・・貴方を、その周りの空間ごと世界から隔離します。」
 『―ああ、やはりそう来たかね?―』
 思った通りと言う様に、忍び笑う声が響く。
 『―自分が何を言っているか、分かっているかな?―』 
 「ええ。」
 確かめる言葉に、シンは当然の様に頷く。
 「貴方は現象。倒す事は叶いません。それならば、神(私)の神気で丸ごと包み込んで現世から切り離し、そのまま次元の狭間に幽閉します。」
 ズズ・・・
 話を続けるその間にも、シンの身体から湧き出る神気はその量を増して辺りを黒く染め上げて行く。
 それを眺めながら、”それ”は溜息をつくように身体を揺らす。
 『―訊いているのは、そんな事ではないんだがねぇ―』
 ズルリと伸びた虚無色の手が、ポリポリと頭をかく。
 『―四聖獣(汝ら)の神気では小生の瘴気を抑えきれない事は、先刻確認済みだろう?それをやろうとしたら、汝自身も共に狭間へと落ち、”入れ物”が絶えぬ様に未来永劫神気を発し続けなければならない訳だが?―』
 その言葉に、しかしシンは不敵に笑う。
 「承知の上ですよ。しかし―」
 漆黒の瞳が、チラリと光の激流の向こうを見る。
 まるで、その向こうに居るはずの”彼女”の姿を通し見る様に。
 「この星の命運と私一人の身。天秤にかけた時、どちらに傾ぐかは明白でしょう?」
 『―詭弁だねぇ。汝が気にかけているのは、この星などではないだろうに―』  
 呆れた顔でそう言いながら、”それ”はグリグリと気怠そうに首を回す。
 「何を言っているのか分かりませんね。そんなくだらないお喋りをしている暇があったら、今際の言葉でも考えたらどうです?」
 立ち昇る神気が渦を巻き、巨大な霊亀の形を成す。
 漆黒の巨亀はその顎(あぎと)を開き、眼前の敵を飲み下そうと首を伸ばす。
 しかし、その様を前にしても”それ”は焦燥の欠片すら見せない。
 『―その必要はないよ―』 
 ボゥンッ
 気のない声と共に、今まさに”それ”を口中に収めんとしていた霊亀の首が吹き飛んだ。
 「!!」
 『―その覚悟と意気は認めるがね、残念ながら容量不足だ―』
 散り散りになる神気の向こうから、ユラリと姿を現す”それ”。
 『確かに小生の規模は知れたものではあるが、それでもまだまだ・・・。今の汝では、例え全ての神気を振り絞ったとしても小生を腑に収める事は出来んよ―』
 「・・・・・・。」
 『―そう急く事はないだろう。四聖獣(汝ら)はまだ若いのだ。まだ食にも適さない青い実を無駄にもぎ取るのは、こちらとしても気が引ける―』
 指にまとわりつく神気の残滓をふるい落としながら、”それ”はそう言って歯噛みするシンに語りかける。
 『―そう悔しがる事はないよ。神(汝ら)も、あと幾ばくかの時を経れば―』
 ボゥンッ
 突然、”それ”の背後で起こる噴音。
 『―む?―』
 振り向けば、そこには猛々しく牙を剥く白い巨虎の姿。
 「一人で駄目なら、これでどうだ!?」
 唸りを上げる虎形の神気の下で、それを発するガイがニヤリと笑う。
 『―人・・・もとい悪魔の話を聞いていなかったのかね?今の汝らでは―』
 ボォッ
 ドォンッ
 その言葉が終わる前に、さらに響き渡る二つの爆音。
 『―・・・やれやれ、汝らもか―』
 流石にうんざりした様に見回せば、その両側には大翼を羽ばたかせる朱鳥と、長い身体をうねらせる青い神竜の姿。
 「兄者達・・・。」
 呟くシンに向かって、彼らは言う。
 「なかなかの妙案だな。乗らせてもらおう。」
 「貴方一人に良い格好をさせる訳にはいかないのでね。」
 サラリとそんな事を言う、ゴウとレイ。
 シンはククッと苦笑すると、もう一度その身に力を込める。
 ゴウッ
 黒い神気が渦を巻き、再び霊亀を形作る。
 「さあ、仕切り直しです。」
 その言葉に応ずる様に、4体の神獣が”それ”を見下ろす。
 『―・・・・・・―』
 四つの視線が集まる中で、”それ”は胡乱気に瞳を細めた。


 その頃、アユミはただ呆然と立ち尽くしていた。
 吹き荒ぶ神気の嵐。
 押し寄せる光の波が、身体を縛る。
 しかし、それは彼女の身を傷つける事はなく、ただ流動する大気の感覚だけを残しては通り過ぎていく。
 厳しく、しかし優しい。
 彼の様だ。とアユミは思う。
 ならばこの光の先に、彼はいるのだろうか。
 目を凝らす。
 眩い輝きによって、視界はゼロに等しい。
 周りには誰もいない。
 否、単に光に遮られ、視界に収められないだけだろう。
 かりそめの孤独。
 それを不安に思わないのは、やはりこの光の中に感じる彼の気配によるものか。
 「・・・シン様・・・。」
 知らずの内に、唇がその名を紡ぐ。
 先に見た、彼の目の光。
 決意と覚悟を孕んだ、あの光。
 それが、アユミの不安を煽っていた。
 一体、何を決意したのだろう。
 一体、何を覚悟したのだろう。
 彼の前に立つ、”あれ”の姿が思い浮かぶ。
 絶対的な虚無。
 絶望的な奈落。
 この世の理も、死すらも届かない存在。
 そんなモノを前に、あの人は何をするつもりなのだろうか。
 ジワジワと沸き立ってくる、言い様のない不安。
 嫌な、予感がした。
 どうしようもなく、嫌な予感だった。
 今すぐにも駆け出して、彼の元に向かいたい衝動が襲う。 
 しかし、神気によって作られた光の波は、まるで質量でもあるかの様に彼女の身に打ち付ける。
 足は、動かない。
 否、動けないのは光のせいばかりではない。
 (来てはいけません!!)
 脳裏に蘇る、彼の声。
 (来れば、貴女の無事が保証出来ません。)
 自分を想う、その言葉。
 (聖者殿の傍にいてください。私達の事を想うなら・・・。)
 それが、彼女の足を固く絡める。
 行く手を阻む光の波は、まるでそんな彼の意思を代弁しているかの様に思えた。
 揺れる心。
 動かない身体。
 その狭間の中で、アユミはどうする事も出来ず、ただ立ち尽くすしかなかった。
 ―と、
 
 「何してるの?」

 不意に響いてきた声に、心臓が飛び上がった。
 振り返った目に飛び込んで来たのは、光になびく長い白髪と闇色のスカート。
 深い琥珀が、アユミの顔を鏡の様に映し込む。
 ―トウハ―
 考えるより先に、身体が動いた。
 反射的に身構える。
 しかし、対するトウハは何をするでもなく、そんな彼女を冷めた瞳で見つめるだけ。
 そして―
 「何、してるの?」
 また、言った。
 「何を・・・言ってるんですの・・・?」
 問い返すアユミに向かって、トウハは右手を上げる。
 「――っ!!」
 思わず身を固める。
 けれど、何も異変は起こらない。
 見れば、トウハの右手はアユミの後ろ。光の波の、その向こうを指差していた。
 「どうして、行かないの?」
 「・・・え?」
 思いがけない問い。
 アユミは、当惑する。
 けれど、そんな彼女に構う事なくトウハは続ける。
 「この先にいるのは、あんたの想い人でしょう?どうして、行かないの?」
 ビクンッ
 その言葉に、心臓が跳ねた。
 「・・・・・・!?」
 「どうして?」
 三度かけられる問い。
 返す言葉が見つからない。 
 「・・・会えなくなるよ。」
 「――っ!!」
 心が揺れる。
 足が震える。
 呼気が喉に引っかかり、ヒッと悲鳴の様な音を漏らした。
 「玄武は、何かしようとしてる。」
 トウハは淡々と語る。
 「それが何かは知らないけれど、断言してもいい。それをやったら、あんたは二度と玄武と会えなくなる。」
 「ど・・・どうして、そんな事が・・・」
 ―言えるのか?―
 最後の言葉が、胸につかえた様に出てこない。
 パクパクと、空気を求める金魚の様に喘ぐアユミ。
 そんな彼女を、トウハは見つめる。
 「四聖獣(あいつら)がその身を補して戦うなら、バアルには絶対に勝てない。玩具にされて終わるだけ。けど、そんな事玄武は分かってる。」
 琥珀色の目が、何かを見透かすかの様に光の奥を見る。
 「だから、玄武はその身を捨てる策に出る。その身を捨てて、バアルを押さえる術をとる。そして―」
 光の先を見つめていた視線が、立ち尽くしているアユミへと移る。
 「玄武は殺される。」
 あっさりと、言った。


  ―最初から、そんな気だった訳ではない。
 ただ。
 ただ。
 黒い光の中に一人佇むその姿が。
 ”そんな風に”、見えた。
 そう。
 ただ。
 ただ、それだけの事―


 「・・・・・・!!」
 絶句するアユミに向かって、トウハは淡々と言う。
 「バアル(あいつ)が執着するのは、”可能性”。」
 ゴウッ
 一際激しく、光の波が吹く。
 白い髪が大きくなびき、その顔を隠す。
 その隙間から覗く唇が、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
 「面白い力。数奇な運命。そんなものを生み出す可能性。神でも、人でも、動物でも構わない。可能性を持つモノ全てが、バアル(あいつ)の興味の全てで、寵愛の対象。けど、逆に言えば・・・」
 コツ・・・
 乾いた靴音。
 トウハが一歩、アユミに向かって近寄る。
 「その可能性をなくした時点で、それはバアル(あいつ)にとって無価値なモノに変わる。」
 コツ・・・
 また一歩、近づく足音。
 微かな筈のその音が、吹き付ける大気の中で妙にはっきりと聞こえる。
 「その身を賭すと言う事は、内にある可能性の全てを晒すと言う事。そして、その時点で玄武はバアルにとって存在価値のあるものではなくなる。そして・・・」
 小さな身体が、アユミのすぐ前で歩みを止める。 
 見上げてくる瞳。
 珠の様な琥珀が、アユミの顔を映してるぉんと揺らぐ。
 「価値のないものに、バアル(あいつ)は存在理由を見出さない。」
 ゾクリ
 急に泡立つ背筋。
 思わず、振り返る。
 彼がいる筈の方向から流れてくる、神気に満ちた風。
 それを侵食する様に、昏く冷たい気配が流れて来ていた。
 「・・・バアルが、動く・・・。」
 奥を見つめながら、トウハが呟く。
 「もう、時間がないよ。」
 諦めた様な、急かす様な口調。
 「こ・・・根拠のない前提で話さないでください!!」
 それに押し出される様に、アユミは言葉を放つ。
 「シン様は負けません!!シン様は強いんです!!それに、シン様は一人じゃありません!!皆で力を合わせれば、きっと・・・」
 「無駄。」
 せめてもの抵抗の様に喚く言葉も、あっさりと遮られる。
 「分かるもの。」
 静かに。
 「四聖獣(彼ら)は、まだ若い。」 
 冷静に。
 「いつかも知れない悠久の彼方から、バアル(あいつ)はその存在を肥大させ続けてきた。それと比べたら、四聖獣(彼ら)はあまりに小さい。」
 淡々と。
 「玄武が・・・いや、四聖全てがその存在を対価にしたとしても・・・」
 トウハは告げる。 
 「バアル(あいつ)の存在の等価には、届かない。」
 冷たく。
 「蝋燭の光じゃあ、虚無の闇は照らせない。」
 冷酷に。
 「ただ、呑み喰らわれるだけ。」
 事実を、告げる。
 「・・・・・・!!」
 絶句するアユミ。
 カタカタ カタカタ
 細かな振動が、その身を揺らす。
 自分の足が震えているのだと気づくのに、しばしの間が必要だった。
 足になけなしの力を込めて、震えを止める。
 しなければならない事は、決まっていた。
 悩む理由はなかった。
 行かなければならない。
 行って、彼を止めなければならない。
 彼が事を成す前に。
 ”あれ”が彼を喰らう前に。
 彼の元へ行って。
 彼を”あれ”の前から引きずり戻すのだ。
 踵を返し、走り出そうとしたその時―
 ゴウッ
 「――っ!!」
 その身を、一際激しい光の風が押し止める。
 それが、障壁の一種だと気づくのに時間はかからなかった。
 愕然とするアユミ。
 何とか進もうとするも、立ちはだかる光の風は頑としてそれを許さない。
 「あ・・・くぅ・・・」
 優しくも、厳しい拒絶。
 「・・・どうして・・・?」
 震える唇が呟く。
 「どうして、行ってはいけないのですか・・・?」
 滲む視界に浮かぶ、彼の姿。
 理屈は分かる。
 かの存在によって、今この世界は崩壊の瀬戸際にある。
 たった一つ四つの命と、この世界。 
 秤にかけるべくもない。
 けれど。
 けれど―
 「わたくしは・・・わたくしは・・・」
 行く手を阻む、光の風。
 それに抗う様に、足を踏み出す。
 「わたくしは・・・あなたが・・・」 
 けれど、踏み出した一歩も先に進む事すら敵わない。
 思わず、手を伸ばす。
 けれど、求める手の先は届かない。
 奥から流れてくる、魔性の気配は刻一刻とその濃さを増していく。
 いけない。
 いけない。
 このままでは。
 このままでは。
 いなくなる。
 ―あの人が、いなくなる―
 例えようもない恐怖が。
 あの百足を前にした時よりも。
 魔王(あれ)に睥睨された時よりも。
 もっと深く、心臓に切り込む様な恐怖が襲う。
 耐え切れず、彼の名を叫ぼうとしたその時―

 「全く、世話が焼けるなぁ・・・。」
 
 呆れた様に、響く声。
 いつの間にか、傍らにトウハが立っていた。
 「”とっておかなくちゃ”・・・、いけないのに・・・。」
 言葉と共に、右手が上がる。
 舞い散る燐光。
 小さな背から、大きく広がる黒翅。
 振りかぶられる手。
 そこに集中する、蛍緑の光。
 辺りに満ちる玄黒の光の中で、それが痛いまでに目に染みる。
 展開する魔法陣。
 「く・・・。」
 その顔に、浮かぶ少なからずの苦痛の色。
 ズタズタの手足から、血がしぶく。
 「あなた、何を―!?」
 「うっさい!!」
 問いかけようとしたアユミの声を、トウハのそれが遮る。
 「黙って・・・見てろ!!」
 叫ぶ様な言葉。
 それと共に、手の中の魔法陣が光の中に叩きつけられた。
 バキィイイイイインッ
 響き渡る、甲高い音。
 ぶつかり合った黒と螢緑の光が、互いに悲鳴を上げる。
 バキンッ バキンッ バキンッ
 光の中を、回転しながら進む魔法陣。
 その身を欠きながら、その引き換えに押し寄せる光の風を凪倒していく。
 その様を、唖然と見つめるアユミ。
 そして―
 バキィイインッ
 魔法陣が最後の悲鳴を上げて砕け散った時、光の中には大きな通路の様な穴がポッカリと開いていた。
 「ハ・・・ハァッ!!」
 大きく乱れる息。
 トウハが、喘ぐように咳き込む。
 「あ・・・あなた・・・」
 「いいから!!」
 思わず手を伸ばしかけたアユミを、再び遮るトウハの声。
 「ほら・・・。行きなさい!!」
 「・・・え?」
 思いもがけない言葉。
 その意味を脳が理解する前に、また声が投げかけられる。
 「長くは持たないわ・・・!!早く!!」
 自分を見上げる、真っ直ぐな瞳。
 アユミはただ、戸惑う。
 「あなた、何を言って・・・」
 「玄武の事、想ってるんでしょう!?大事なんでしょう!?」
 「・・・・・・!!」
 ようやく紡ぎ出した声も、トウハのそれに沈黙させられる。
 「なら、行きなさい。行って、掴みなさい。」
 まるで、姉が妹に説く様にトウハは語る。
 「本当に大事なら、本当に想っているのなら。」
 見つめてくる、瞳。
 その中に、狼狽するアユミの姿が映る。
 「拒まれても。振り払われても。」
 そして紡がれる、最後の一言。
 ―放しちゃ、駄目―
 ・・・酷薄な筈の琥珀の輝き。
 それが、酷く優しく見えたのは気のせいだろうか。


 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 二人の間に、流れる沈黙。
 しばしの間。
 やがて、それに耐えかねた様にアユミが言う。
 「・・・何を、企んでいますの・・・?」
 「・・・・・・。」
 対するトウハは何も言わず、ただアユミを見つめる。
 そんな彼女に、アユミは猜疑の視線を返す。
 「あなたが執着するのは、ご主人様だけの筈・・・!!それがこんな事をするなんて、一体何を・・・」
 「・・・企んでないよ・・・。」
 乱れる呼吸を収めようとするかの様に、トウハが息をつく。
 「心配しなくていい・・・。ご主人様には、金魚姉さまとお笑い兎がビッタリ張り付いてる・・・。今のわたしじゃあ、手の出し様がない・・・。」
 そしてまた、溜息の様に息をつく。
 「信じる、信じないはアンタの自由だけど・・・」
 ―後悔するもしないも、自由だよ―
 そう言って、トウハはまたアユミを見る。
 アユミもまた、その瞳を見つめ―
 クルリ
 踵を、返した。
 「・・・何だ。行くんだ?」
 「・・・あなたの、その目を信じます。」
 その言葉に、トウハはクスリと微笑む。
 「ふうん。頑固なだけの堅物だと思ってたけど、存外そうでもないんだねぇ?」
 クスクスと笑う彼女に、アユミは冷ややかな声を返す。
 「勝手に人を型にはめないでください。それと・・・」
 黒い瞳が肩越しに、チラリとトウハ見る。
 「ご主人様や皆に手を出したら、許しませんから。そのつもりで・・・。」
 「はいはい。」
 「それと・・・」
 「何?まだ何かあるの?」
 「事が済みましたら、ウチに寄ってください・・・。」
 「?」
 「・・・お茶を、ご馳走しますわ・・・。」
 「・・・は?」
 キョトンとするトウハ。
 そんな彼女を残し、アユミは走り出す。
 その姿は瞬く間に、黒い光の向こうへと消えて行った。 
 黙ってそれを見送るトウハ。
 と―
 ピシィッ
 突然響く、何かがひび割れる様な音。
 「―――っ!!」
 途端、顔を歪めてトウハは崩れ落ちる。
 ピキ・・・
 ピキキ・・・
 背から伸びる黒翅に入っていく、一筋の亀裂。
 パキィン
 か細い悲鳴を上げて、翅の一部が欠け落ちる。
 ビクリと震える、小さな身体。
 「あ・・・くぅ・・・」
 苦痛に喘ぐ様に漏れる声。
 涙の滲む目をギュッと瞑り、耐える様にその身を固める。
 しばしの間。
 やがて、その背から広がっていた黒翅がスウッと消える。
 両手を地につき、ハァハァと肩で息をするトウハ。
 「・・・何やってんだろ・・・。わたし・・・。」
 小さな口が、自嘲する様に呟く。
 と、その時―
 「!」
 背後に気配。 
 ゆっくりと、振り向く。
 その先には、自分を見つめる少女の姿。
 光の風の中で、黄金(こがね)色の髪が揺れる。
 「アカネちゃん・・・。」
 ポツリと、呟く。
 そんな彼女を、アカネは呆然と見つめていた。
 「・・・見てたの・・・。」
 かけられる言葉に、アカネは頷く。
 「トウハ・・・。君は・・・」
 問う言葉は、そこで途切れる。
 辺りを覆う、沈黙。
 黒い光の中、見つめ合う二人。
 カシャ・・・ン
 地に落ちた翅の欠片が、黒い燐光となって散り消えた。
 


                                        続く
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