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2014年06月24日

十三月の翼・47(天使のしっぽ・二次創作作品)








 久方ぶりに本職復帰です。
 何か、順番がデタラメになりましたが、取り敢えずできてた天使のしっぽから・・・。「十三月の翼」最新話掲載です。
 では例のごとく、厨二・ヤンデレ・メアリー・スー注意です。



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                  ―言忌み(こといみ)―


 『―さて、それではまず、先の問いに答えようか―』
 ”それ”の声が、静寂の中に響く。
 『―トウハ(あれ)が無事かと訊いたね―』
 「!!」
 悟郎の心臓が、ドクリと鳴る。
 脳裏に浮かぶのは、最後に見たトウハ(彼女)の姿。
 ズタズタになった手足。
 止めどなく流れ落ちる血。
 力を失い、枯草の様に崩れる身体。
 思い出すだけで、心がえぐられる。
 医療に携わる者の目から見ても、それはあまりに危うく見えた。
 特に、あの出血量。命に関わってもおかしくない。
 それから、五日も立っているというのなら尚更だ。
 その間、適切な処理をする事が出来ただろうか。
 否、その可能性はなきに等しい。
 あの衰弱ぶりでは、自分での処理など出来るはずもない。
 そもそも、あれは専門知識による治療が必要なレベルだ。
 ユキや四聖獣の様な、人智外の力を持つ者なら癒す術はあるかもしれない。
 けれど、そもそもからして彼らはトウハの側には立っていない。
 いるとすれば、今目の前にいるこの存在。
 しかし、”これ”がそんな慈心を持っているとはとても思えない。
 沸き上がってくる、最悪の想定。
 それを振り払う様に、頭を振る。
 今はただ、トウハ(彼女)の元へ駆けつけたい。
 近くにいてあげたい。
 そんな想いだけが、胸の内を満たしていた
 あの傷を、治したい。
 その心を、癒したい。
 悪魔?
 異端?
 自分が自分でなくなる?
 そんな事、今はどうでもよかった。
 今はただ、トウハ(彼女)に対する想いだけ。
 それだけが、悟郎の全てだった。
 『―現金だねぇ―』
 不意に響いた声に、心の揺らぎは止まる。
 『―先にトウハ(彼女)を拒絶したのは、汝だろうに。全く、人間の心とは浮雲よりも移ろいやすいものだ―』
 嘲る言葉。
 錐の様に、心に刺さる。
 けれど、先だっての様に恐怖に凍てついたりはしない。
 いい加減、慣れて来たのだろうか。
 それとも、単に麻痺しただけか。
 どちらでも良かった。
 この唯一の既知者を前にして、平常でいられる事が今は何よりありがたかった。
 『―禍禍禍。結構な事だ。どうもここの所、まともに話を聞いてくれる者がいなくてね。正直、辟易していたのだよ―』
 愉しげに言う、”それ”。
 しかし、次に”それ”が口にした言葉。
 それが、悟郎を揺り動かした。
 『―その想い、直接トウハ(彼女)に伝えてあげたまえよ。さぞや、喜ぶ事と思うが―』
 「!!」
 思わず、”それ”の顔を見上げる。
 闇一色のそれが、ユラリと揺れる。
 嘲笑っている。
 そう感じたが、構ってなどいられなかった。
 「トウハは・・・トウハは無事なんだな!?」
 すがりつこうとした手が、スルリと抜ける。
 『禍禍禍・・・』と”それ”が嗤う。
 『―言っただろう?ここにいるのは”影”だと。触れる事など、出来る筈もない―』
 嘲る声も、耳には入らない。
 「頼む!!教えてくれ!!トウハは・・・トウハは!!」
 『―落ち着き給えよ―』
 「グッ!?」
 軽い圧力が、悟郎を押し戻す。
 『―そう焦らずとも、教えると行った筈だがね―』
 押された勢いで尻餅をついた悟郎を、影が見下ろす。
 呆れ半分、嗤い半分と行った体で”それ”は言う。
 『―さて、件の質問の答えだが―』
 思わず、息を呑む。
 しばしの間。
 焦らすかの様に間を持たせた後、”それ”はゆっくりと口にした。
 『―生死云々の視点で言うのなら、彼女は無事だよ―』
 「―――っ!!」
 ハッキリと示されたその言葉に、心の澱が流される。
 「無事だった・・・。無事だったんだ・・・。」
 熱いものがこみ上げ、目から溢れだそうとしたその時―
 『―さて、そう喜んでいいものかな?―』
 唐突に聞こえたその言葉が、再び悟郎の心に爪を立てた。
 「どういう・・・意味?」
 『―言ったであろ?それは、生死云々の話の上だと―』
 苦っ苦っ、と忍び笑いを漏らしながら”それ”は続ける。
 『―身体の健常性で言ったら、とても無事とは言えないね―』
 その一言が、悟郎を現実に返す。
 そう。トウハの負った深手は数日で治る様な代物ではない。
 命はつないでいても、これから後はどうなるか分からないのだ。
 早く。
 早く手当てをしなければ。
 「連れて行ってくれ!!」
 迷う事なく、声が出た。
 『―ふむ?―』
 もはや、恐怖も躊躇もなかった。
 ”それ”に向かって詰め寄る。
 「頼む!!僕を連れて行ってくれ!!あの娘の、トウハの所へ!!」
 『―行ってどうするのかね?―』
 「決まってるだろ!!手当てを!!あの娘の手当てをするんだ!!」
 しかし、その願いは思わぬ言葉で遮られる。
 『―無駄だよ―』
 「え・・・?」
 しばし、言葉を失う。
 「それって・・・どういう・・・?」
 絞り出した問いに、冷淡な答えが返る。
 『―言った通りだよ。汝が行った所で、出来る事は何もない―』
 思わず、絶句する。
 「――っ!!手遅れだって、手遅れだって言うのか!?」
 声を荒らげ、再び詰め寄る。
 しかし、”それ”は少しも揺るがない。
 ただ、淡々と言葉を続ける。
 『―そういう意味でもないよ―』
 「・・・え?」
 『―小生が言ったのは、手遅れと言う事ではない。治療と言う行為自体が無意味だと言っているのだ―』
 「?、?、?」
 意味が理解出来ない。
 『―分からないかね?分からないだろうね―』
 混乱する悟郎に向かって、”それ”は面白気に言う。
 まるで、次の彼の反応を楽しむ様に。
 『―そも、悪魔と言う存在がどういうものか、汝は理解しているかな?―』
 「え・・・?」
 思わぬ問いかけ。
 乱れた思考が、さらに滞る。
 悪魔という存在の定義?
 確か、ユキはそれを「守護天使の反存在」と表現した。
 では、守護天使の反対とはなんなのだろう。
 愛情と言う想いから生まれる天使。
 ならば、その反対とは?
 憎悪?
 敵意?
 否、それはユキ自身の言葉によって否定されていると聞いた。
 ならば。
 それならば。
 ”悪魔”とは。
 愛情の反存在とは。
 なんなのだろう。
 考える。
 考える。
 けれど。
 ・・・分からない。
 いくら考えても、分からない。
 今更の様に、愕然とする。
 悪魔。
 異端。
 反存在。
 自分が持っていた、トウハに対する知識。
 それは、回りから与えられた情報(もの)を飼い鵜の様に呑みこんだだけ。
 ただ漠然と、そう言うものだと思っていただけ。
 理解など、していない。
 否。理解しようとすらしていなかった。
 その本質も。
 意味も。
 何もかも。
 それで、彼女の何を救おうとしていたのだろう。
 彼女の何を癒そうとしていたのだろう。
 また、自責の念が頭をもたげようとしたその時―
 『―未知に対する人の反応など、得てしてその様なものさ。そう滅入る事でもない―』
 先取る様に、”それ”が言った。
 『―どうにも、汝は自責の念が強すぎる嫌いがあるな。もう少し、応量に構えてみてはどうかね?まあもっとも、そう言う所も”アレ”が惹かれる要素の一部なのだろうが―』
 ユラユラと揺れる影が、苦苦苦と嗤う。
 もう幾度浴びせられたかも知れない、嘲笑。
 もはや、気にする気力すら萎えている。
 しかし、そんな事も”それ”にとってはどうでもいい事。
 『―何、気に病む事はない。それも絡めて、これから伝えよう―』
 一旦言葉を切ってから、”それ”は告げる。
 『―トウハ(あの娘)についてより良く理解するための苗床。知の根底を―』
 「知の根底・・・」
 『―いかな事も、基礎知識は大事だろう?―』
 そんな言葉とともに、気配だけがニヤリと歪んだ。


 昏い闇の満ちた空間に、彼女はいた。
 一条の光も入らない、廃ビルの一室。
 そこに彼女は、一人でいた。
 闇は彼女の領域。
 孤独は彼女の在り方。
 それは、間違いない。
 けれど、其を求める身体に反して。
 彼女の心は、何処かでそれを拒んでいた。
 闇は嫌い。
 ”あそこ”を、思い出すから。
 孤独は嫌。
 ”あの時”を、思い出すから。
 けれど、光の中に彼女の居場所はない。
 孤独の中でしか、彼女の有り様はない。
 だけど。
 だけど。
 心は、求める。
 想いは、飢える。
 だから。
 だから、奪う。
 光の欠片を。
 温もりの一片を。
 この、腕の中に。
 この、胸の内に。
 その、願いは変わらない。
 その、決意も変わらない。
 例え、どんなに否定されようとも。
 例え、どんなに拒まれようとも。
 わたしは決して、終わりはしない。
 ギュウ・・・
 腕を縊る。
 きつく。
 きつく。
 白い布に染みた朱が、ポタリ、ポタリと華を描く。
 止まらない。
 止まらない。
 止まる筈も、ない。
 止まらなくてもいい。
 流れ続けて構わない。
 一滴。
 ほんの一滴、残ればいい。
 あの人を。
 求めるものを。
 胸に抱くための。
 たった、一滴。
 想いながら、縊る。
 また一輪。
 闇の中に、花が咲いた。


 『―さて、では講義を始めるとしよう―』
 生徒を前にした教師の様な調子で、”それ”が言う。
 『―まず、問うが・・・―』
 ピンと立った指が、教鞭の様に揺れる。
 『―そも、愛の対位は何だと思うね―』
 ―愛情の、対位。
 咄嗟に浮かぶのは、憎悪や敵意といったもの。
 けれど、
 『―違うね―』
 ”それ”が言う。
 また、思考を先取られた。
 もう、気にもならない。
 むしろ、言葉にしづらい思考も勝手に読み取ってくれるので、楽ですらある。
 『―人間は、大概愛というものを陽に属する感情だと思っている様だが・・・―』
 講釈を垂れる様に、朗々と紡ぐ”それ”。
 会話の体を成さない会話は続く。
 『―それは間違いだ。世に起きる事件を思い出してみたまえ。その愛とやらが引き金となって起きるそれの、なんと多い事か―』
 言われるままに、思い起こす。
 確かに、思い当たる事は掃いて捨てるほどにある。
 過去。
 現在。
 そして、恐らく未来においても。
 ストーカー等はもちろん、愛憎絡みの悲劇など数え上げたらどれほどの数になるだろう。
 『―愛とは、極めて危険な感情だよ。少しの掛け違いがあれば、容易に狂気へと変ずる。しかも一見すれば、見る者の視界を薔薇色に染めるのだから尚質が悪い。そうだね。強いて言うならば―』
 ”それ”はわざとらしく考える様な素振りをすると、こう言った。
 『―「陽中の陰」と言った代物かな―』
 「陽中の陰」とは、本来「太極図」と呼ばれる図において使用される概念。
 大極図は太極のなかに陰陽が生じた様子を描いたもので、白黒の勾玉を組み合わせたような意匠をしている。
 黒は陰を表し、右側で下降する気を意味する。逆に白は陽を表し、左側で上昇する気を意味する。「陽中の陰」とは、陽の中央にある眼の様な黒色の点の事であり、同じ様に陰の中央にある白点、「陰中の陽」と対を成す。その意は、”いくら陽が強くなっても陽の中に陰があり、後に陰に転じる”と言う陰陽の循環の一部を示すものとされる。
 光の中に灯る闇。いずれはその光を喰い尽くす闇。
 それは、愛の本質を表現するものとしては実に言いえて妙と言うものかもしれない。
 悟郎はその意を知らなかったが、言葉の中に込められた意図を察する事は出来た。
 『―さて、ここまで言えば分かると思うが―』
 悟郎が得心したのを確認したかのか、”それ”は満足そうに頷いて話を続ける。
 『―憎悪も、敵意も、果ては復讐心も、全ては”愛”の派生に過ぎない。発現の仕方が違うだけで、感情の質においては同義のものだ。では、愛の対位とは何か―』
 一瞬、ほくそ笑む気配を感じた様な気がした。
 『―それは”拒絶”。そして”無関心”さ―』
 「―――っ!!」
 一瞬、心臓を鷲掴みにされる様な怖気が全身を貫いた。
 震える身体。
 それに気付いていないのか。
 それともあえて無視したのか。
 ”それ”は語りを続ける。
 『―”愛”に満たされれば、天に昇華し、願いを紡げる。”憎悪”に染まれば、呪詛に堕ち、呪いに空ろを満たされる。”復讐”に眩めば、凶鬼となりて、暴虐に全てを捨てられる―』
 まるで、見てきた何かを思い起こす様に、”それ”は虚空を仰ぐ。
 『―型こそ違えど、それぞれがそれぞれの想いの結びを憑代に、己が存在を肯定する。する事が出来る。なれど―』
 グイッ
 空を仰いでいた”それ”が、突然身を屈めてきた。
 突きつけられる顔。
 何もない、黒が視界を覆う。
 『―それすら叶わぬ御霊は、何になる?―』
 ユラリ
 闇が、揺れる。
 『―愛する者に拒絶され。想う者に想われず。繋ぐべき結びも結えず。報いる術も、憎む術も、破滅する術すらも。満たす術無き空ろの御霊は―』
 闇が鳴る。
 クワン、クワンと闇が鳴る。
 『―何になる?何になる?何になる?―』
 脳漿を。髄液を。血液を。
 歪に。歪に。波立てながら。
 『―そう―』
 闇が、泣く。
 『―悪魔(我ら)に、なるのさ―』
 クラァリ
 強い。
 強い。
 目眩が襲う。
 『―どうしたかな?―』
 ユラユラと揺れながら、”それ”が訊く。
 『―心拍数が上がっている。血圧も上昇気味だ。何か、心身に障る事でもあったかね?―』
 明らかな悪意を持って、”それ”は問う。
 答えなど、端から分かっているくせに。
 『―まあ、無理もないかな―』
 まるで、意地の悪い子が少女を嬲る様な口調。
 ヂリヂリと、心に生殺しに爪が立てられる。
 言うのか。
 それを、言うのか。
 『―身勝手な恐怖心から”アレ”を拒絶し―』
 ああ。
 ああ。
 晒される。
 型どられる。
 『―あげく、自慰のための忘却で無関心に在り続けたは―』
 業が。
 罪が。
 『―紛う事無く―』
 言うのか。
 紡ぐのか。
 君は。
 それを。
 それを―
 『―・・・・・・―』
 「・・・・・・。」
 一泊の間。
 そして―

 『―“汝”、なのだから―』

 はっきりと、言い切った。
 ・・・その言葉を聞いた瞬間、悟郎は崩れ落ちる。
 絶望からではない。
 悲しみからでもない。
 それは。
 それはあまりにも純粋な。
 残酷な程に純粋な。
 安堵、だった。
 『―結構だね。随分と、晴々とした顔をしている―』
 溶ける様に座り込んだ悟郎。
 そんな彼を見下ろしながら、”それ”は言う。
 晴々?
 本当に、自分はそんな顔をしているのだろうか。
 否。
 そこに、疑問符などつきはしない。
 分かっているのだ。
 自分は。
 何もかも。
 そして、今胸を通るこの清々しさは―
 『―さぞや、気が楽になった事だろう―』
 全てを見透かし、”それ”は言う。
 『―何より、この断罪(言葉)を欲していたのは、汝自身なのだから―』
 返る言葉はない。
 ただ頷く様に、悟郎はカクリと俯いた。
 『―滑稽なものだねぇ―』
 禍禍禍。
 囁く様に、”それ”は嗤う。
 『―守護天使(彼女達)や四聖獣は、汝の傷を少しでも癒そう隠そうと必死であったろうに。それが結果、罪悪の上塗りにしかなってなかったと言うのだから―』
 「・・・言うな・・・。」
 『―ふむ?―』
 「皆、僕の事を想っていてくれたんだ。それを揶揄する事は、許さない・・・。」
 俯いたまま、けれど強い語気で悟郎は言う。
 けれど、”それ”はせせら笑うだけ。
 『―禍禍禍。偽善だねぇ。少しは素直になったらどうかね?”お前達の想いは苦痛だ”と―』
 「うるさい!!お前に、お前なんかに言われる筋合いじゃない!!」
 『―小生はそうだろうね。だが、トウハはどうかな?―』
 「!!」
 思わず、答えに詰まる。
 『―汝がそうやって天使(彼女ら)を思いやる間も、あの娘は一人で泣き続けているのだよ?―』
 ズクリ
 心臓が、錆びた刃でえぐられる様に痛む。
 脳裏に浮かぶのは、目の前で泣き崩れたあの姿。
 そう。
 彼女は。
 あの娘は。
 今も、ああして。
 泣いて、いるのだ。
 一人で。
 たった、一人で。
 行かなければ。
 今すぐに。
 彼女の元へ。
 あの娘の、そばへ。
 先の決意を思い出す。 
 けれど。
 だけど。
 そう決心した筈なのに。
 そう想いを固めた筈なのに。
 身体はまだ、動かない。
 動けない。
 この期に及んで。
 今更になって。
 『―苦苦苦・・・―』
 苦悶に顔を歪める悟郎。
 その様を見ながら、”それ”は嗤う。
 『―どうやら、まだ釣り合わない様だね―』
 「釣り・・・合わない・・・?」
 『―そうさ―』
 当惑する悟郎に、ユラリと頷く。
 『―汝の中では、まだ守護天使(彼女達)の存在の方がトウハよりも重いのさ―』
 ギクリ
 再び心臓が悲鳴を上げる。
 その言葉は、あまりに的確に悟郎の心理を突いていた。
 そう。この身を縛る迷いはまさにそれ。
 心がトウハ(彼女)に傾ぐ度、皆への想いが叫ぶ。
 彼女達と過ごした日々。
 彼女達と紡いだ絆。
 彼女達が開いてくれた光。
 それが、楔となって悟郎の心を打止めていた。
 皆を裏切ってはいけない。
 皆を悲しませてはいけない。
 その思いが、悟郎を抱き包んで離さなかった。
 『―ふむ。”生みの親より育ての親”と言うからねぇ。より長きを共にした者達に心を縛られるのは致し方なしと言った所かな?しかし―』
 ユラユラと揺れながら、”それ”は思いにふける。
 そして、次に出てきた言葉は、
 『―このままでは、つまらないね―』
 「つま・・・らない・・・?」
 『―そうさ。どちらに傾ぐか分かりきってる天秤など、計測する価値もないだろう?―』
 「・・・・・・!!」
 どこまでも、万物を享楽の糧としか評じない。
 その言い様に、強い憤りを感じるも反する言葉は出てこない。
 『―では。軽い方の皿にもう少し重石を足すとしよう―』 
 そう言うと、”それ”はゾロリと手を伸ばす。
 影色のそれが、慈しむ様に悟郎の頬を包む。
 グイッ
 軽い力がかかり、俯いていた顔が上向けられる。
 闇が、目の前でニヤリと歪む。
 『―知っているかね。汝はもう一つ、罪を犯しているのだよ?―』
 「・・・え・・・?」
 当惑する悟郎に、囁く様な声が絡みつく。
 『―トウハ(彼女)は蜂だ。一匹の、働き蜂だ―』
 「・・・・・・?」
 『―本来、昆虫は生物の中で最も機械的な存在だ。自我を持たず。知能を持たず。一定の本能(プログラム)によって行動するのみに特化した生物だ―』
 急に始まった場違いな話に、当惑する悟郎。
 しかし、それは構わずに続ける。
 『―その中でも、社会を構築する蜂や蟻は格別と言って良いだろう。彼女らは生物としての”個”すら持たない。彼女らは皆、女王から一匹に働き蜂に至るまで、”巣”と言う巨大な社会システムを維持する為の端末の一つに過ぎない―』
 ・・・意図が、分からない。
 彼は・・・。
 否、”これ”は何を伝えようとしているのだろう。
 『―自我を持たない単なる端末。一片の部品。それが、蜂(彼女ら)と言う存在の本質だ。なれど―』
 不意に、口調が変わる。
 それまでの説明調子から、何か悪戯を企む子供の様なものに。
 『―トウハに関わらず、昆虫の守護天使というものも、確かに存在する―』
 グイッ
 ”それ”が、さらに顔を寄せてきた。
 思わず、息を呑む。
 しかし、”それ”は構わない。
 『―思考を。心を。想いを持たぬ昆虫。それが何故、想いの結晶たる天使となった?悪魔となった?―』
 問いかける。
 視界を覆う闇が、問いかける。
 『―彼女らは何故己を知った?無個の端末が、何故想いと言う究極の”思考”を持つに至った?―』
 詰め寄る影が、思考へと絡みつく。
 まるでその先にある、破滅を示唆するかの様に。
 『―トウハは無論、守護天使にも働き蟻だった者、働き蜂だった者がいる。彼女らは何故、その存在になり得た?何故?何故?―』
 ―何故?―
 思考の中にねじ込む様に、繰り返す。
 まるで、否定を許さぬ様に。
 まるで、逃避を許さぬ様に。
 『―答えは簡単だ。彼女達は皆、主人(汝ら)から共通のものを与えられている―』
 「僕が・・・与えた・・・?」
 『―正しく。正しく―』
 頭が、混乱する。
 自分がトウハに与えたもの?
 分からない。
 分からない。
 自分はいったい、彼女に何をしたというのか。
 『―分からないかね。分からないと言うのなら、それこそ罪と言うべきものだろう。言ってみれば、それがトウハ(彼女)の存在を歪めたのだから。』
 虚ろな楔が、頭痛の中に叩き込まれる。
 クワンクワン
 クワンクワン
 耳鳴りが響く。
 『―汝がトウハ(彼女)に与えたもの。トウハ(彼女)の存在を歪めたもの。それは―』
 ―間―
 たっぷりと、いたぶる様に間をおいて―
 ”それ”は、告げた。
 『―”名”だよ―』
 「――!?」
 一瞬、思考がついていかなかった。
 それは、とても当たり前のもので。
 自分にとって、あまりにも当然の行為で。
 それが、こんな災禍につながるなど理解の範囲外でしかない。
 戸惑う悟郎を見て、”それ”はせせら笑う。
 『―ああ、今の人間は知らないのだねぇ。少し前の人間達は、よく心得ていたものだが―』
 「・・・どう言う、事・・・?」
 『―”名”と言うものは、ただの個体識別のための記号ではない。言葉通り、つけられた者自身の存在を定義知らしめるものだ―』
 「定義・・・?」
 『―鳥は”鳥”と呼ばれる事でその存在を定義し、人は”ヒト”と呼称する事によってその有り様を認知する―』
 「・・・・・・。」
 『―ましてや個々につけられる”真名(まな)”ともなれば、それはその者自体の体現に等しい―』
 理解の及ばぬ、智源の領域。
 それを拒み、白痴に逃げ込もうとする思考を、”それ”の声が捉える。
 『―昔の人間(汝ら)はその事をよく理解していたよ。”真名(まな)”と”字名(あざな)”を使い分け、何処の誰とも知れぬ者に其が知られる事を避けていた。己と言う存在の、根源を捕らえられぬ様に―』
 『―分かるかね?―』と言う言葉と共に、影の指が悟郎の左胸を指す。
 『―”真名”を知られると言う事は、魂の情報を知られるに等しい。多少の力ある者ならば、其を利用する事さえ出来る。簡単に言うと―』
 ニタリ
 歪み笑む気配。
 背筋が震える。
 『―小生が汝の名を唱え、そうしろと命ずれば、その心臓は鼓動を止める―』
 「―――!!」
 身中を貫く、明確な恐怖。
 とっさに左胸を押さえ、後ずさる。
 しかし、”それ”は何もしない。
 『―どうしたかね?―』
 ただ、その反応を愉しむ様な声音。
 それが、問う。
 酷く、わざとらしく。
 『―恐れる事はないだろう?汝も、その”力ある者”の一人なのだから―』
 「・・・え?」
 ポカンとする悟郎に向かって、”それ”が言う。
 『―まだ理解出来ないかね?”聖者”殿―』
 「!!」
 その言葉を聞いた途端、何かが重くのしかかった。
 ―聖者―
 それは、四聖獣(神達)が自分に対して使う呼称。
 自分の、前身であったと言う存在。
 かつて四聖獣(彼ら)から獣神具(力)を奪い、封印したと言う高身(たかみ)。
 四聖獣(彼ら)は言う。
 その力は、今の自分にも確かに継がれていると。
 けれど、そんな事を気にした事はなかった。
 昔は昔。
 今は今。
 全ては、遠い過去の事。
 今の自分は、ただ自分であればいい。
 そう思って生きてきた。
 生きていく、つもりだった。
 だけど。
 だけど―
 『―それは、無理な話だね―』
 見透かし。
 嘲り。
 ”それ”は言う。
 『―いくら汝がそう思おうと、その御魂に刻まれた証は不変のもの。逃れる術も、無視する術も、ありはしない―』
 逃げられはしないと、闇色の蛇が絡みつく。
 『―さあ、もう理解出来るだろう?―』
 問いかけられる。
 そう。
 もう、分かっている。
 分かって、しまった。
 自分が。
 自分がした事は―
 『―そう。”彼女ら”は、”名”を与えられた事によって”個”を得たのだ―』
 ドクン
 もう、予想出来た答え。
 それでも、心は悲鳴を上げる。
 『―凡人の言霊でさえそうなのだ。それを汝は、知らぬとは言え・・・いや、知らぬからこそか?成してしまったのだよ。”聖者”と言う力を持って名をつけるという、呪いにも等しい行為を、トウハ(あの娘)に―』
 また、目眩がした。
 今度はもっと。
 より、強く。
 その言葉が正しいとしたら。
 いや。紛う事なく、正しいのだろう。
 そう。自分は、成してしまったのだ。
 何の自覚も。
 何の知識もなく。
 その行為を。
 『―瞬間、彼女は”トウハ”となった。在るべき道(システム)から切り離され、その存在を歪められ。”蜂”と言う、”全の一”たる存在ではなく、”トウハ”と言う”個”になった。”蜂”という存在証を失い、全く別の存在と化した―』
 もう、聞きたくなかった。
 これ以上、知りたくなかった。
 けれど。
 逃がしはしないと、その言は魂へと絡みつく。
 『―分かるかね?分かるだろう―』
 シュルリシュルリと、まとわりつく。
 『―その時点で、”あれ”は蜂として生きる事は出来なくなったのだよ。汝に添い、汝がために生きる。それしか出来ない、”式”となったのだ―』
 戦慄く口が、呟く。
 「僕の・・・僕の、せいで・・・。」
 『―正しく―』
 労わりの言葉など、ありはしない。
 ”それ”はただ、現実を紡ぐ。
 『―汝のせいさ―』
 再び響く、断罪の言葉。
 心が。
 魂が。
 切り刻まれる。
 『―蜂としての在り様を奪われ、その魂を掴まれ、あげく、拒まれ忘却された。消しようのない、想いの刻印だけはそのままに―』
 (・・・貴方だけ・・・)
 トウハが晒したあの想い。
 その痛みが、今更の様に胸を締め付ける。
 『―全く、悪魔に堕するにはこの上ない条件だと思わないかね?―』
 ―禍禍禍―
 ”それ”が、また嗤う。
 愉しげに。
 嬉しげに。
 抗う気力は、もうなかった。


 「―――?」
 傷を縊る手が、ふと止まる。
 何だろう?
 何か、胸の奥が疼いた様な気がする。
 フラリ
 立ち上がる。
 細い身体が、風に嬲られる小枝の様に揺れる。
 傾ぐその身を堪えながら、月明かりの差し込む窓辺に近づく。
 ポタリ
 ポタリ
 歩いた後に、朱い雫の華が咲く。
 たどり着いた、窓の縁。
 朽ちた廃ビル。
 そこにあるべきガラスは、とうに朽ちている。
 一歩先。奈落の様に落くぼむ、闇。
 けれど、それに対する恐怖は微塵もない。
 あの。
 かの世で見た、真の奈落。
 ―「ペテロの門」―
 あの全てを飲み込む虚無の口に比べたら、こんな高さなど子供騙しに等しい。
 何の躊躇いもなく、窓の縁へ足をかける。
 ヒィオオオオオ・・・
 ビルの壁を這い上がって来た風が、すすり泣きの様な声を立てて白銀の髪を舞い上げる。
 それに不安定に身体を揺らしながらも、その瞳は真っ直ぐにその方向を見つめる。
 胸が疼く。
 まるで、かの人の痛みを教える様に。
 「・・・ご主人様・・・。」
 囁いた言の葉は、流れる風の声に溶けて消えた。



                                                続く 
この記事へのコメント
(=゚ω゚)ノ とある超凶悪弾幕シューティング購入記念紺
とうとうエマっちょんに追い抜かれたよ。
今回も相変わらずバールの魔王さんが大活躍(?)だなwww

今回はトウハ悪魔化の真相に加えていろいろとためになる話をしてくれてるねえ。
愛の対義語が拒絶・無関心とは実に斬新な切り口だ。

何か「呪詛」とか「復讐」とか見覚えのあるwordが目につくんだけど、
これはつまり『そういう意図』って解釈でいいのかな?
ちなみに『復讐』の方に関しては実は俺もあまりよくわかっていないというオチだがw

ただ、悟郎みたいなパターンって生き物を飼う人間の中では
多かれ少なかれ有り得る事でわないかと。
多分悪魔たちの世界にはトウハのような経緯で悪魔化した連中がわんさかいそうだな。
こういう問題はアクシオンの力を以てしても解決が難しそうで実に厄介だ。
それを更にややこしくしてくれやがってるのが魔王というわけか。

ところで、魔王様のありがた〜い講義に月謝を支払っておかねばならんな。
ゼクシアの奴が超必殺奥義「ツインゼクスマッシャー」を
披露してくれるそうだからありがたく受け取ってくれw
ちなみにその威力は、G3‐XYZのギガスマッシャー(通常版)よりも
上なのでよろしくwww
Posted by G5‐R at 2014年06月29日 00:46
待望の第60話だー! 待っていましたぞよ♪

なんといいますか、読んでいるうちに悟郎さんだけでなく私の感覚まで麻痺してきた感があります。
悟郎さん、さんざん失望と自責の念に追い込まれて、「もうやめて! 悟郎さんのライフはゼロよ!」状態なのに、こう……可哀想だという気持ちを通り越して、暴力を前にただ何もすることもできず涙を枯らして傍観している小さな少女のような気持ちです。え? そんなお前美しいもんじゃだろ? いいの!心はそんな気分なの!ww

人間の手による手当てが通じるような存在では、もはやない悪魔のトウハですが、そうなってしまった原因がついに明らかになりましたね。

聖者の力によって名前を与えられたことにより、個が確立されたにもかかわらず、拒絶され忘れさられたことにより、悪魔へと落ちてしまったとは……。トウハよ……(´;ω;`)ブワッ

確かに、知らずとはいえ、残酷なことを成してしまったのですね。悟郎さんは。
聖者パワーが、こんな形で発動してしまうとは……。悲しいですね。

そして、愛の反義語が拒絶や無関心であると言うバアル。これは、実際に現実でも同じ言葉をおっしゃった方がいましたね。WFPかどこかの組織のトップの方だったと思いますが。

愛や憎しみ、拒絶といった感情は奥が深いもので、色々と考えさせられるものがあります。
いや、私も感情にトラブルを抱えてるアズマっちというキャラを抱えておりますゆえ、そこらへんは結構考えるのです。

「愛とは、極めて危険な感情だ」というバアルですが、私的に言うなら、愛には「本当の愛」と「条件付きの愛」という2つに分かれるのだと思っています。
「条件付きの愛」というのは、いわば「不安に下支えされている仮初の愛」とも言えるもので、いわば錯覚です。
その条件が満たされているうちは充足を感じるけど、その不安が現実化すると、裏切られたと感じて憎しみに変わるという……。人間、殆どの場合は何かしらの不安を抱えていますから、人々が実践している愛の殆どは、残念ながら「条件付きの愛」なのでしょう。かく言う私も含めて。

ちなみに、私なら「愛」の反義語は「不安」だと答えます。「無関心」は難しいところですが、「拒絶」も「不安」から来ていると思うので。

いや、こういう感情についての思索って、尽きることがないですな。興味深い。禍禍禍。

まぁ、私の屁理屈はおいといて、今回もバアルの言葉責めは絶好調でしたね。
悟郎さんの気持ちを言葉や論理巧みに追い込むところは、さすがですわー。
だれか、悟郎さんを助けてやって^^;

さてさて、シーンが変わって。これはトウハの視点なのかな?
なにやら思いつめた感じで、飛び降りようとしているのだろうか……あかん! おいらが下でお姫様だっこして受け止めるから30秒待たれよ!←

いや、ホンマこんな調子で、悟郎さんもトウハも、救われるんだろうなー?w
ちょっと不安になってきましたが、次回も心待ちにしておりますですよ。

ではでは〜^^/
Posted by エマ at 2014年06月28日 21:30
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