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2014年05月14日

十三月の翼・46(天使のしっぽ・二次創作作品)








 どうも〜。土斑猫です。
 天使のしっぽ二次創作「十三月の翼」59話、ようやく掲載です。
 お待たせしました(汗)
 やっぱ、二足のわらじはきっついわ〜。
 でも、反省はしないけどね(爆)
 と言う訳で例の如く、厨二病、ヤンデレ、メアリー・スー注意です。



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イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                      ―告影―


 タタタタタ・・・
 暗い町に、足音が聞こえる。
 何の音もしない空間に、微かな筈のそれは妙に大きく響いた。
 足音はやがて、立ち並ぶ建物の一つの前で止まる。
 「ドアが、開かないの〜。」
 「自動が効かなくなってるだけよ。よっ・・・と。」
 ズズズ・・・
 そんな会話の後、軋むような音とともに建物の扉が開く。
 「あ〜、しんど。こんな事やってたら腕に筋肉ついちゃうわ。」
 自動ドアをこじ開けた手をブラブラさせながら、ミカがぼやく。
 「ほら、あんた達。ちゃっちゃと用済ませて帰るわよ。ご主人様が大変なんだから。」
 「はいれす。」
 「了解なの〜。」
 その言葉に応じて、クルミとミドリが建物―スーパーの中に入っていく。
 「いい?パンとか缶詰とかお惣菜とか、料理しなくても食べられるもの選ぶのよ。あと、飲料水。」
 「分かったれす。」
 「それとクルミ!!」
 「は、はいなの!?」
 「余計なものには手を出さない事!!ちゃんと、お金は払うんだからね!!」
 「りょ、了解なの〜。」
 惣菜の並ぶ棚をよだれの出そうな顔で眺めていたクルミは、そう釘を刺されて飛び上がる様に姿勢を正した。
 「え〜と。これは食べられるれす。これは食べられないれす・・・。」
 「う〜。みんな美味しそうなの〜。」
 「・・・全く、ガスも電気も使えないと来てるんだもの。面倒ったらありゃしないわ。」
 ブツクサ言いながら、品物を物色するミカ達。
 やがて、目当てのものが集まると、それを買い物かごに詰めてレジに向かう。
 レジには、台に突っ伏して眠る女性の従業員の姿。
 魔性の眠りに侵されたその身は、ピクリとも動かない。
 ミドリはそっと手を伸ばし、その身に触れてみる。
 冷たい。
 まるで、氷の様に。
 触れる手を、台の上に投げ出された手首へと移す。
 感じるべき、鼓動もない。
 そう。何もなかった。
 彼女が生きているという証は、何もない。
 けど。
 だけど。
 彼女が死んでいるという証も、またなかった。
 酷く曖昧な、けれど確かな確信。
 ―覚めるべき眠りは覚めず、生者たるものは生者たる証をなくす―
 脳裏に響く、かの言葉。
 背筋をゾクリと、悪寒が登る。
 「ごめんなさいれす・・・。」
 それを振り払う様に、呟く。
 そしてミドリは、眠る彼女の前に商品分のお金をそっと置いた。
 

 「んぎ〜〜〜〜!!」
 さっき開けた自動ドアを、今度は力づくで閉めるミカ。
 顔を真っ赤にして踏ん張る彼女を待ちながら、ミドリは空を眺めていた。
 「何見てるなの?ミドリちゃん。」
 袋に入ったパンを頬張りながら、クルミが尋ねる。
 「お星様れす・・・。」
 「お星様?」
 つられて、クルミも空を見上げる。
 そこに広がる、満天の星空。
 地上の光が消えた今、その束縛から解放された星々は本来の輝きを持って夜の空を染め上げていた。
 「綺麗なの。ご主人様の田舎を思い出すの。」
 そう言うクルミの横で、しかしミドリの顔は晴れない。
 「・・・違うれす・・・。」
 「なの?」
 「こんなの、違うれす・・・。」
 ミドリは、他者とは違った視点を持つ。
 地に転がる石達の呟き。
 そよぐ風の囁き。
 葉を齧る虫達の会話。 
 そんな、ささやかな者達の声を見る彼女の目。
 その目に映る、星の海。
 それは酷く、酷く、歪なものとして映っていた。
 瞬かない星。
 降りゆかない月。
 動かない空。
 精巧に描いた絵を貼り付けた様な、奇妙な違和感。
 そこに感じる、確かな”気配”。
 そう。”それ”は、変わらずそこにある。
 天を覆う。
 巨大な。
 巨大な朱色の光陣。
 ”あれ”の存在を示す、確たる証。
 背筋を這い登る、悪寒。
 ああ。”あれ”はまた、何処かで自分達を見ているのだろうか。
 あの紅い目を歪め。
 虚無色の身体を揺らし。
 凍る哄笑を漏らしながら。
 何処かで。
 何処かで。
 その考えに、ミドリは知らず身を震わせた。


 そこは、シンと静まり返っていた。
 先刻まであった、激しい戦いの痕跡も。
 刻みつけられた筈の痛みも。
 激しい想いの残滓すらも失って。
 そこは闇に満たされ、静かにそこに佇んでいた。
 (・・・身体は、もういいのか?)
 静まり返った夜気の中、静かにそんな声が響く。
 「はい。私の方は、もう。」
 それに答える声も、また酷く静か。
 まるで、ここに満ちる静気を壊すまいとするかの様に。
 場所はかの公園。
 そこにそそり立つ、薄闇色のドーム。
 それを取り囲む様に、四つの華奢な影があった。
 (すまない。役に立たなければならない時に、この体たらくとは・・・。)
 そう言って、青龍のゴウは壁越しにメガミ―ユキに頭を下げる。
 「いえ。貴方達はあの百足を倒してくれました。それだけでも・・・。それに、”アレ”に成す術がなかったのは私も同じです・・・。」
 (全く、恐ろしい奴だ・・・。)
 溜息混じりに、ゴウは言う。
 (完全に掌で遊ばれた。俺達も、まだまだ修行が足りない様だ。)
 「確かに・・・。私達は神位という権威に、胡座をかいていたに過ぎないのかもしれませんね・・・。」
 (返す言葉もない・・・。)
 そんな会話を交わす二人の両側では、また別の会話が交わされている。
 
 「シン様、お怪我の方は大丈夫ですか?」
 (ええ。怪我と言う程のものはしていません。心配しないでください。)
 「でも・・・。」
 シンにそう言われても、アユミの顔は晴れない。
 そんな彼女に向かって、シンは続ける。
 (そう言えば、御礼がまだでしたね。)
 「え・・・?」
 (”あの時”、貴女が来てくれなければ、私は終わってました。”アレ”に愛想をつかされてね。)
 「・・・・・・!!」
 (ありがとう・・・。アユミさん・・・。)
 「そんな・・・」
 自分に向けられる、シンの笑顔。
 それにアユミは、気恥ずかしげにはにかんだ。
 
 「・・・でさ、この中の病原体ってやつ、神(あんた達)の力でどうにか出来ないの?」
 (試してはみたのですが・・・)
 自分の前に座るツバサに向かって、レイはバツが悪そうな顔をする。
 (”アレ”の影響を受けた時点で、この中の病原菌達はこの世の理から外れた存在になってしまった様です。神(僕達)の力を一切受け付けません。)
 ヤレヤレと首を振るレイ。
 それに釣られて、ツバサも溜息をつく。
 「結局、どうにもならないって訳か・・・。」
 (全く、あんな下趣味なヤツに良い様にされるなど、本来僕のプライドが許さないのですが・・・。)
 そして、二人そろってまた溜息。
 と、レイが思い出した様に口を開いた。
 (そう言えば、聖者殿の具合はどうですか?)
 その問いに、ツバサの顔が曇る。
 「うん・・・熱が下がんなくてさ・・・。目を覚まさないんだ。」
 (メガミの治癒魔法は?)
 「・・・効かない・・・。」
 (悪魔の妖気による存在軸のぶれ・・・。あんなモノのそばにいて、発熱と昏睡ですんでいる所は幸運というべきか、それとも流石は聖者殿というべきか・・・。)
 「違うよ!!」
 (!!)
 「・・・ご主人様は、人間だよ・・・。誰よりも・・・。何よりも・・・。」
 (・・・・・・。)
 呟く様なツバサの言葉に、レイはただ沈黙するだけだった。
 
 「全く、すっかり手玉に取られちゃって。単純なんですから。」
 (う〜・・・。)
 腕を組んで大仰に溜息をつくタマミ。
 その前で、唸り声を上げているのはガイ。
 「大体ですね、相手の正体も知れないのに突っ込んでくなんて、そう言うのを猪突猛進って言うんです!」
 (が〜・・・。)
 「本当にもう、どうしようもないと言うか頼りないと言うか・・・」
 タマミがさらに言い募ろうとしたその時、
 (・・・面目ねぇ・・・。)
 ガイが、そんな事を呟いた。
 「ニャ・・・!?」
 いつも通り、がなり声の反論が返ってくると思っていたタマミ。 
 思わぬ反応に、こっちが面食らう。
 見れば、彼のトレードマークである耳の様に飛び出した髪が力なく萎れている。
 どうやら、本気で凹んでいるらしい。
 (・・・ホントに、ダメだよなぁ・・・。オレは・・・)
 そう言って、ますます小さくなるガイ。
 タマミ呆然。
 あのガイを、ここまで打ちのめすとは。
 別な意味で”アレ”が怖くなってくる。
 (全く・・・オレときたら、あの時もこの時も・・・)
 しかし、今重大なのはガイ(コッチ)である。
 いつも能天気な分、反対方向に振れた時の振り切れ方が凄いらしい。
 こんなガイ、見ていて痛い。
 と言うか、怖い。
 人(?)にとって、未知の領域など恐怖の対象以外の何物でもないのである。
 「い、いや、そう卑下するものでもないですよ?猪突猛進も、言い換えれば怖いもの知ら・・・アワワ、無謀・・・いやいや、ほ、ほら、勇敢と言う見方もありますし・・・」
 (いいんだよ・・・どうせ・・・どうせオレなんて・・・)
 膝を抱え、グリグリと地面に“の”の字を書く。
 ・・・重症である。
 そんな彼を見ているうちに、だんだんイライラしてきた。
 否。イライラとも違う。もっとこう、やるせない、モヤモヤした何かである。
 それは見る見る胸いっぱいに膨れ上がり、形を成して口から飛び出る。
 「ああ、もう!!シャンとしてください!!折角さっきはカッコイイと思ったのに!!」
 (・・・へ?)
 「あ・・・」
 今度はガイ、ポカン。
 思わず口を押さえたタマミ。その顔がカーッと赤く染まる。
 (お前、何言って・・・)
 「いや、だからですね。さっきはその、助けに来てくれて嬉しかったと言うか、カッコイイなぁとか、思ったりなんて・・・」
 その言葉に、ガイの顔も赤くなる。
 (・・・・・・。)
 「・・・・・・。」
 双方、顔を真っ赤にしたまま所在なさげにモジモジする。
 隔てる壁を超えて流れる、気まずい様な気恥ずかしい様な甘酸っぱい空気。
 そうやって、黙りこくること数分。
 プツン
 キレた。
 「あー!!何言わせるんですか!!このバカ虎!!」
 (な、何言ってやがんだ!?お前が勝手に・・・!!)
 「女の子に、あんな事言わせるのがバカだってんです!!バカばか馬鹿!!ヘタレ虎!!」
 (ん、んだとぅ!?馬鹿連呼した上にヘタレだぁ!!いくらなんでも言っていい事と悪い事あんだろ!?このガキ!!)
 「ガキじゃないです!!タマミです!!」
 (うっせー!!)
 「何ですかー!!」
 フーッ
 フゥーッ
 壁越しに顔を突き合わせ、唸り合う二人。
 ガイの調子が元に戻っている事には、気づかないのであった。

 (・・・何をやってるんだ?アイツらは・・・。)
 後ろの方でギャーギャー言い合っているタマミとガイを見て、ゴウは溜息をつきながら呟く。
 「あの二人は、あれで良いのです。あの陽気が、皆の救いになります。」
 (ふ・・・。まあ、確かにな。) 
 微笑みながら言うユキに、ゴウは苦笑いしながら答える。
 (・・・しかし、今の状況が芳しくない事は確かだ。)
 ふと真顔に戻り、ゴウは言う。
 (聖者殿は動けず、四聖獣(俺達)もこの有様・・・。悪魔(やつら)にとっては絶好の好機の筈。本来、すぐにでも次の襲撃があって良さそうなものだが・・・。)
 顎に手を当て、考えるゴウ。
 (それがない所を見ると、やはりあの娘のダメージが回復するのを待っていると見るのが妥当か・・・。)
 「それなのですが、一つ気になる事が・・・」
 (うん?)
 ユキの言葉に、ゴウは怪訝そうな目を向ける。
 「あの娘は、何故”何もしなかった”のでしょう?」
 (・・・どう言う事だ?)
 「あの時、私達の意識はほぼあの魔王に集中していました。迂闊な話ながら、御主人様の守りはかなり薄手になっていた筈。その隙を、何故トウハ(あの娘)はつかなかったのでしょう。」
 その言葉に、ゴウはあの時視界の端に見た光景を思い出す。
 あの時、確かにかの少女は聖者−悟郎のすぐそばにいた。
 背を向けてはいたものの、その距離は手を伸ばせばすぐに届くものだった筈。
 しかるに、彼女はそれをしなかった。それまでの悟郎に対する執着を考えれば、確かに不自然とも思える。
 (ふむ・・・?)
 考える事、しばし。
 ”あの時”の情景を思い返す。
 (・・・確かあの時は、何人かが聖者殿の周りを固めていたな。そのせいではないのか?)
 しかし、ユキは黙って首を振る。
 「皆が揃って立ち向かえばこそ、守護天使(あの娘達)は悪魔(彼女)に対抗出来るのです。たった三人・・・ましてあの状況では、彼女に抗う事など出来ません。」
 (それは、あの娘が手負いだったからだろう。あそこまで衰弱していては、戦いなどろくに出来まい。)
 「そこなのです。」
 (うん?)
 「魔性の者の特性として、異常な再生力が上げられます。この世に淀み貯まる負の力。無尽蔵とも言えるそれを力に変える魔の者達は、いくら破壊されようともその”要”が健在である限り何度も再生し、蘇ります。」
 確かに。
 あの大百足はシン達によって致命傷を与えられるまで、幾度となく再生を繰り返していた。魔王(バアル)に至っては、言わずもがなである。
 「しかるに、彼女にはその様子が全く見られませんでした。」
 ユキの脳裏に蘇るのは、かの時のトウハの姿。
 止まらない血。
 塞がらない傷。
 見るに分かる程に、底を尽きていくその力。
 「私は当然、彼女にも再生(その力)があるものだと思っていました。だからこそ、あそこでの封印を急いだのです。それは四聖獣(貴方達)も同じ筈・・・。」
 (・・・確かに。)
 頷くゴウ。
 「貴方達の障壁に穴を開けた時、あの娘は言ったそうです。”とっておかなければいけないのに“・・・と。」
 (・・・・・・。)
 「それを聞いた時、思ったのです。ひょっとして、あの娘は・・・」
 次にユキが紡いだ言葉に、ゴウは思わず目を見開いた。


 ギリ・・・
 薄闇の中に、何かを締め付ける様な音が響く。
 誰もいない、廃ビルの中の一室。
 そこに、彼女は一人座り込んでいた。
 ギリリ・・・
 ギリリ・・・
 音が響く。
 俯く様に屈めた身。
 それが小さく身動ぎする度、音が鳴る。
 彼女の前の床。
 埃が溜まり、薄汚れたその上。
 そこに転がる、白いもの。
 そこに伸びる、白いもの。
 見る人がいたなら、それが何かは即座に知れただろう。
 包帯。
 そう。それは、無造作に放り出された幾つかの包帯だった。
 死んだ白蛇の様に伸びる、その先。
 それは徐々に上に上がり、彼女の右腕に幾重に巻きついていた。
 グルグルと渦を巻く、細い螺旋。
 その先端を、小さな口が咥えている。
 しかと噛み締め。
 力を込める。
 ギリリ・・・
 ギリリ・・・
 音が鳴る。
 自分の腕を。
 その傷を。
 呪わしい相手の首を縊る様に。
 ギリリ、ギリリと締めていく。
 真っ白いそれに、朱い色がジワリと染みる。
 やがてそれは、一雫の涙の様にポタリと堕ちて。
 床に一輪、真っ赤な花を咲かせた。
 『―具合はどうかね―』
 静寂の中に、唐突に響く声。
 ピクリ。
 その声に、微かに震える肩。
 小さな口から、ポトリと包帯の端が落ちる。
 「・・・良い訳、ないでしょう・・・。」
 その方向に視線を向ける事なく、吐き捨てる様に言う。
 『―禍禍禍。相変わらず愛嬌の無い事だ。まぁ、いつもの調子と思えば良いのかな?重畳重畳―』
 カラカラと響く軽口。
 彼女は忌々しげに舌打ちすると、ようやく視線を上げる。
 「・・・五月蝿いな。何の用なの。あんたの相手なんかしている暇、ないんだけど・・・!!」
 見据えたその先に、その者の姿はない。
 ただ、霞んだような夜闇が漂うだけ。
 それでも、彼女の目はその中にかの姿を見る。
 「言いたい事、あるんでしょ?さっさと言ってよ。」
 その言葉に、闇の奥が禍禍と嗤う。
 『―聖者殿が、目覚めるよ―』
 ピクリ
 小さく震える、彼女の肩。
 それを揶揄する響きを持って、声は続ける。
 『―何を言っているかは、分かるだろう?―』
 「・・・・・・。」
 『―休憩は終わりだよ―』
 「・・・・・・。」
 『―最終幕の、始まりだ―』
 「・・・・・・。」
 黙りこくる彼女。
 その前で、闇が動く気配がする。
 「・・・何処行くの?」
 『―伝えに行くのだよ。終盤(フィナーレ)を飾るべき、もう一人の主役にね―』
 「・・・・・・!!」
 琥珀の瞳が、微かに朱い光を灯して睨めつける。
 「・・・余計な事は・・・。」
 『―分かっているよ―』
 禍禍禍。
 乾いた嗤いを残して、気配は消える。 
 その残滓を忌々しげに見つめると、彼女はダラリと下がった包帯の端を咥える。
 ギリリ・・・
 引き絞る音。
 滲んだ朱が一滴、ポタリと揺れてまた落ちた。

 
 ・・・淡い香りがした。
 甘く、涼やかな香り。
 それが、初夏に芽吹く新緑の香りだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
 サワサワサワ・・・
 そよぐ風。擦れ合う葉の音が耳をくすぐる。
 目の前にそびえる、大きな木。
 その幹から一本、太く大きく伸びる横枝。
 そこに、彼女は腰掛けていた。
 茂る枝葉に遮られ、その顔は見えない。
 ただ不思議と、その顔が微笑んでいる事だけは分かった。
 リン・・・
 静かに、けれど確かに響く鈴の音。
 リン・・・
 リリン・・・
 風に乗って流れる音。
 リリン・・・
 リン・・・
 微かな強弱を持って流れる音色。
 この世にあるとは思えない、優しく、穏やかな音色。
 けれど。
 ふと、思い当たる。
 知っている。
 自分は、この音(ね)を知っている。
 ずっと。
 ずっと遠い昔から。
 自分はこれを知っている。
 これを。
 この鈴音の様な”声”を。
 ・・・くん・・・
 音が。
 声が。
 語りかける。
 ああ、どうして。
 どうして、”君”が・・・。
 手を伸ばす。
 上から差し出される、小さな手。
 いっぱいに伸ばした、指先が触れる。
 そこから伝わる、熱。
 温かく、優しく、そして冷たい。
 不思議な温もり。
 身体の内をのたうっていた、澱んだ熱が消えていく。
 頬を流れる雫。
 名を呼ぶ。
 遠い、遠い、幼い声で。
 嬉しそうに、返る答え。
 サワサワ、サワサワと。
 微笑んだ。
 

 「―――っ!?」
 目を開けた時、最初に飛び込んできたのは暗い天井だった。
 自分の置かれた状況が分からずに、寝床の中で固まる事しばし。
 錆つきかけていた思考が、回り始める。
 「ああ・・・そう、か・・・。」
 布団の中の、腕を動かす。
 鉛の様に重い。
 長い事、動かしていなかった印だ。
 まとわりつくだるさを押して、腕を布団の中から出す。
 そのまま、手を自分の額に置く。
 ひんやりと、冷たい。
 どうやら、熱は下がっているらしい。
 「ん・・・。」
 力を込めて、身体を起こす。
 ズルル・・・
 かけられていた布団が、鈍い音を立ててずり落ちる。
 枕元を探って眼鏡を見つけ、顔にかける。
 ようやく鮮明になる、視界。
 暗い部屋を見渡すと、床に転がり寝息を立てる少女達の姿。
 ついさっきまで、彼の看病をしていたのだろう。
 布団の傍らには、ランが濡れタオルを握ったまま力尽きた様に横たわっていた。
 昏々と眠る顔。
 それを、そっと覗き込む。
 あの時以来、不眠不休で彼に寄り添っていたのだろう。
 その寝顔には、疲労の色が濃い。
 「・・・ごめん。ラン、皆・・・。」
 その額にかかる朱色の髪を、撫でる様に人差し指でかき上げる。
 この間から、こんな事の繰り返し。
 自分の不甲斐なさが、つくづく嫌になる。
 眠る彼女達を起こさない様に、そっと寝床を出る。
 ガララ・・・
 音を忍ばせて、ベランダへの窓を開ける。
 外に出ると、ひんやりとした夜気が澱んだ肺を洗った。
 空を見上げる。
 満天の星空。
 けれど、偽りの星空。
 時を刻まない、空。
 それを覆う、巨大な魔法陣。
 間違いない。
 世界は、あの時のまま止まっている。
 あの時のまま。
 あの痛みのまま。
 ふと思い、視線を落とす。
 このアパートに続く、坂道。
 その先に、あの姿が見えないか。
 あの、白銀の輝きが見えないか。
 目を、凝らす。
 けれど、夜闇の奥にそれはない。
 闇の奥に続くのは、やはり闇だけ。
 あの娘は。
 彼女は。 
 ここにはいない。
 思い出す。
 酷い怪我をしていた。
 どうしようもなく、傷ついていた。
 ”アレ”に連れ去られるその瞬間。
 最後に伸ばされた、手。
 何故、自分はあの手を掴めなかったのだろう。
 もう少し、手を伸ばしていたら。
 もっと、身を乗り出していれば。
 あの手を、掴めていたのではないか。
 あの小さな身体を、抱き締める事が出来たのではないか。
 何故、そうしなかった?
 何故、それが出来なかった?
 簡単だ。
 怖かったのだ。
 自分を知らぬ存在に変えてしまうという、彼女が。
 彼女の後ろの、あの存在が。
 向こうの領域の懐。
 そこに、触れる事が。
 恐ろしかったのだ。
 「今になっても、まだ・・・」
 もはや、自嘲の言葉すら浮かばない。
 くく・・・。
 喉の奥から、引きつる様な笑いが漏れる。
 どうして、自分は。
 どこまで、自分は。
 手で顔を覆おうとした、その時―
 『―そう、卑下する事でもないと思うがねぇ―』
 傍らから、その声が響いた。
 覚えのある声だった。
 忘れ様のない、声だった。
 全身を走る悪寒。
 「―――っ!!」
 思わず向けた、視線の先。
 隣家のベランダとを隔てる、壁。
 何もない。
 何もいない。
 気のせい?
 否。あの声は、確かに―
 『―自分とは異質の存在に恐怖を覚えるのは、生物の生存本能としては当然の反応だ。無意味な自責は、身体に毒だよ―』
 聞こえた。
 確実に。
 しかし、声の出処には”あの”声も、気配もない。
 戸惑いを覚えたその時、それは目に入った。
 白い壁の中心。
 そこに張り付く、黒いもの。
 歪な菱形の身体。
 縊れ上がり、膨らんだ腹。
 四方に伸びる、八本の脚。
 小さな。
 小さな異形。
 それは。
 「・・・蜘蛛・・・?」
 呟いた目の前で、それが脚を蠢かす。
 瞬間、沸き起こるのは奇妙な違和感。
 今、この町は停滞の魔法に覆われている。
 自分達を除く、全ての生物は生と死の狭間の眠りを彷徨っている筈。
 なのに、この蜘蛛は―
 そう思い至った途端、
 『―こんばんは―』
 三度響く、声。
 そして―
 ゴバァッ
 蜘蛛の身体が、闇に溶け出す様に広がった。
 広がった闇・・・否。それよりも、もっと、もっと深い奈落がそれを形作る。
 夜闇の中、ポッカリと空いた空間。
 一片の色もない、黒一色。
 白壁に、影絵の様に浮かび上がったそれ。
 ユラリと立ち上がる、その人形(ひとがた)は―
 『―御気分は如何かな?聖者殿―』
 紛う事なき声で、そう言った。


 本能が、悲鳴を上げた。
 逃げろと。
 迷わず。
 惑わず。
 顧みず。
 今すぐ逃げろと、喚き散らした。
 だけど。
 けれど。
 足は、動かなかった。
 否。動かさなかった。
 叫びもがく本能を、理性が力ずくで押さえ込む。
 そう。
 逃げない。
 もう、逃げない。
 今度こそ。
 今度こそ、自分は―
 跳ね回る胸に、大きく、大きく息をためる。
 震える足に力を込め、睦悟郎はしかと”それ”の前へと立った。
 『―ほう。先だってとは随分と気概が違う様だね―』
 その様を見た”それ”が、ユラユラと揺れながら嬉しそうに言う。
 『―助かるよ。逃げたり、気をやったりされる様では、話をするにも手間がかかる―』
 「・・・何をしに・・・?」
 引きつる喉から、絞り出す様に声を出す。
 「皆に、何かしようというのなら、僕が許さない・・・。」
 『―禍禍。そう怖い顔をしないでくれたまえ―』
 強い意思を持って見つめる悟郎。
 そんな彼を前に、”それ”はユラユラと身体を揺らす。
 『―先だっても言ったが、小生は守護天使(彼女達)に害を成すつもりはない。もちろん、汝にもね―』
 「それを、信じろっていうの・・・?」
 『―それに関しては、信じて欲しいと言うしかないね。その為の体裁も整えて来たのだが―』
 「体裁?」
 『―そうさ―』
 そう言って、”それ”は軽く両手を広げる。
 『―ここにいるのは、”小生”自身ではない。”影”だよ―』
 「影・・・?」
 『―そう。その証拠に、この間の様な圧力は感じないと思うが―』
 その言葉は確かだった。
 これだけ近くにいると言うのに、あの巨大な氷に圧し潰される様な圧迫感がない。
 身体を蝕む冷気も。
 精神を摩する瘴気も。
 感じる事はない。
 『―また五日も寝込まれてしまってはかなわないからね。それなりに気は使わせてもらおう―』
 「五日・・・。」
 『―そう。汝はそれだけ眠っていたのだよ。まあ、この星が理から外れている今においては、あくまで概念的なものでしかないが―』
 そんなにも、長い間眠っていたのか。
 軽い目眩が、悟郎を襲う。
 だが、そんな事も浮かぶ懸念の前では些細な事。
 震える足を押して、”それ”へと詰め寄る。
 「トウハは、トウハは無事なのか!?」
 そう。
 彼女は酷い傷を負っていた。
 それこそ、その命に関わるのではないかと思える程に。
 自分が眠っていたという、五日間。
 それを、彼女はどうやって過ごしたのだろう。
 たった一人で。
 誰の助けもなく。
 その身と心を癒す術もなく。
 暗闇の中で、孤独に佇む姿が脳裏を過ぎった。
 『―禍禍、やはり気になるようだねぇ?―』
 思った通りと言う態でそう言うと、”それ”はカラカラと嗤う。
 「嗤うな!!答えろ!!」
 湧き上がる焦燥と苛立ちを隠しもせずに、叫ぶ。
 しかし、その激情も”影(それ)”を揺らす事すら出来はしない。
 ”それ”は、嘲笑う様な響きで言う。
 『―”無事”、か。それは、汝が想定する内容によって違うと言わざるを得ないな―』
 その答えに、困惑する悟郎。
 「それって、どういう・・・」
 『―まあ、待ちたまえ。順を追って説明しよう。そもそも、小生は汝の疑念を解こうと思って、ここに来たのだから―』
 「僕の・・・疑念・・・?」
 『―そうさ―』
 ニタリ
 真っ黒な影が歪む。
 何もないその顔に、歪な笑みの気配だけを漂わせて。
 『―魔王(我ら)は神の様な堅物ではないのでね。求められれば与えるよ。富も、力も、そして知も。ただし―』
 影の手が上がり、悟郎を指差す。
 『―それを吉兆とするか、凶兆とするかは、あくまで受け手次第だが―』
 そう言って、ニタリ、ニタリとそれは笑む。
 顔の無い顔で、楽しげに。
 悟郎の喉が、下す唾もないのにゴクリと鳴った。



                                                 続く
この記事へのコメント
十三月の翼・59の感想です。

一時休戦、ということで、つかの間の平和が……と思いきや、
地球が理から外れた状態は変わらず……。あの場に居た者達以外は、すべて仮死状態みたいなことになっているわけですな。
幸い、食料とかはそのまま食べられるようですが……。食料すら栄養にならなくなってたら大変ですしなw

で、四聖獣は相変わらず、闇の結界に捕らわれたままですか。
なんだか、あれだけの力を持ちながら、ゴウのいうとおり、なんたる体たらく状態になってしまいましたな。
しかも、ガイがここまで落ち込むとは……相当ですなw それを励まそうとついつい本音? を言ってしまったタマミが最高ですよもぅw それをきっかけにいつもの夫婦ゲンカが始まったようで、多少元気になったようでなによりなによりw

しかし、トウハが負の存在でありながら、他と類する再生能力を持っていない、というのは確かに興味深いですな。もしかしたら、負の存在に完全に成り果ててしまったわけではない、ということでしょうか。
もしかしたら、そこが物語の今後の展開に大きく関わってきそうな気がしますぞ。

この作品のええところは、どんでん返しばかりでなく、こうした謎というか、伏線をところどころしっかり設けてくれるところですな。急展開や衝撃的なシーンを配置するか、伏線を張り巡らせるか。作品を書く上ではなかなかそのバランスが難しいところですが、いやはや……やはり他の方の作品を読むのはいろいろな意味で参考になります。

トウハは未だに回復ままならず……。彼女自身、バアルの策から逃れる独自の策を考えようとしているのかもしれませんが、まだ形になっている感じではありませんな。
悟郎さんにいよいよ直接的に接触してきたバアルですが、悟郎に何を吹き込むつもりなのやら……。
吹き込んだ後の悟郎さんの行動がどうなるかで、最終章がどう展開するか変わりそうな感じですが。

おそらく、私の感じだと、バアルに予知能力は無い。または持てる能力があったとしても、あえて自ら捨てているのではないかと思いますね。あらかじめ物語の結末が見えていては、余興になりませんからな。

そう考えると、ひたすらせっせと皆が必死こいて動くネタを仕込んでおいて、あとは予期せぬ展開をひたすら見物するわけですか。ほんっと悪趣味ーw

しかし、するとこの魔王をやっつけるには、どうすりゃええのと考えてしまうわけです。
『余興』を台無しにしてしまう、というのも考えたんですが、そうすっと消されてしまうしなー。
じゃあ『余興』を大いに盛り上げてあげれば、満足してそのうち帰ってくれるかな、というのも……もしかして底なしに遊ぶタイプじゃ意味ないしなw

んー、どうすれバインダー!!!

いや、いや、しかしですよ。バアルがいかに魔王とはいえ、限りある存在である守護天使たちや四聖獣たちに語りかけてくる、という意味では、知能レベルを彼らに合わせて落としてくれているわけで、そういう知能的なレベルでいえばある意味、現時点では対等な気もする。知恵をめぐらしてもしかしたら奇策が出てくるかも……。

それでもダメなら……厨二だ。邪気眼だ。もうなんでも持ってこーい!!(爆)

というわけで、毎度のことながら、まったく先読めませんが次回も楽しみにしていますw
Posted by エマ at 2014年06月01日 21:44
(=゚ω゚)ノ うむっ、緊急1乙だ。

展開がだれてくる頃だと前回言ったが、
それはあくまで続きを待っている連載中の話であって、
既に投下済みのものを連続で読む場合にはまた話が違ってくるかもしれんな。

今回はボクシングでいうところのインターバルみたいなもんかな。
ガスも電気も使えない中、食料調達とはご苦労な事だ。
調達係にクルミを入れたのは人選ミスって気もするがなwww
それとも本人が名乗り出たのだろうか。
何かちょっと被災地っぽい雰囲気だが、ちゃんと代金払うのは流石ヒロインというべきかw

四聖獣カプール(水陸両用MSではない)はやはりタマミ&ガイが一番しっくりくるな。
タマミにはああいうぶっ飛び型の相手が似合うのだろうw
しっぽ時代の他の3組はどうもなんか取ってつけた感が否めなかったが、
こういう話の積み重ねがあれば全国のファンも納得できそうだな。
ラグル以外はwwwwwww

で、互いに態勢を立て直して
次の(おそらくは最終)ラウンドに行くという寸法なわけね。
ところで、一部のゲームには最終決戦においてのみ使用可能な最強兵器というものが
あってだね……
もし要り様なら最終決戦兵器を弊社の方で提供できるのだがwww

・ロケットランチャー:時限脱出イベント中に投下されるバ○オシリーズの伝統武器
・フェイゾンビーム:ラスボスのエネルギーを吸収して撃ち返せるチートウェポン
・グランファイアー:もはや説明不要の超次元戦闘艇。宇宙も軽く制圧可能
・クゥ○ル・ジ・ア○シ○ン:( `Д´)つ ええ加減にせえ!


セールスを忘れないのが会社運営のコツだZE(・∀・)b
by 株式会社アクシオン代表取締役 天ヶ崎ラグル
Posted by G5‐R at 2014年05月21日 20:04
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