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2020年05月17日

……見たいの? (秘密のページ)

無題.png



 この間、R-18小説書いたと報告したら、そこんところのページだけ観覧数が妙に上がってる。
 ……見たいのだろうか?
 ……リンク先は置いといたんだけど……。

 う〜〜〜〜〜〜む。
 なら……。

 



 置いといた。
 見れ。
 ―雷雨―

 晴れた日だった。
 とても、晴れた日だったんだ。
 だから。
 だからさ。
 あんな事になるなんて、思わなかった。

 ◆

 ザァアアア。
「わぁあああ!」
 突然降ってきた大雨の中を、僕は悲鳴を上げながら全力で自転車を漕いでいた。
 けれど、例の如くのボロ。スピードは全然上がらない。加えて、馴染みのない道なの何処をどう行ったら良いのか分からない。おまけに言うと、滝みたいな雨のせいで、視界までロクに効かない。
 踏んだり蹴ったりと言うか、八方塞がりと言うか。

 そもそも、何でこんな事になってるんだ?
 いや、この頃暖かくて、日も長くなって。それで、何処ぞで梅の花が綺麗に咲いたって聞いたから、じゃあ帰りに見てかないかって里香を誘って……。ああ、そうだよ。僕のせいだよ。慣れない道で戸惑ってるうちに空が曇ってきて、ヤバイとか思ってたらこの有り様さ。全く、ついてない。
 でも、そんな事は大した問題じゃない。問題なのは、僕の後ろに乗っている里香だ。当然、彼女も雨に濡れている。このままじゃあ、風邪をひいてしまうかもしれない。
 里香の身体は、強くない。そんな事になったら、大変だ。
 焦りまくっていると、
「裕一」
 後ろを向くと、里香が暗い空を見上げていた。
「お、おう。どうした?」
「慌てなくて、いいよ」
怒られるのかと思ってビクビクしてたら、かけられたのは静かで透明な声。
「慌てなくて、いい」
 繰り返す。言い聞かせる、みたいに。
 何で、と訊こうとして、気づいた。
 里香の目が、見ていたモノ。降りしきる、雨の帳。その、向こう。暗い、暗い、空の果て。
 闇が、煌る。切り裂く、閃光。真っ黒い空が、明るい青に染まる。
 遅れて響く、遠雷。
 荒れ荒ぶ、世界。
 それを、里香は澄んだ瞳でジッと見つめていた。
「綺麗だね」
 呟く様に、言う。
「強くて。激しくて」
 まるで、焦がれる様に。
「世界って、本当に綺麗」
 そう呟く、彼女の瞳。空の煌きを映すそれこそ、本当に綺麗で。
 また、雷鳴。
 吸い込まれそうだった意識が揺さぶられて、我に帰った。
「い、いやいや! 駄目だって! このままじゃお前、風邪ひくぞ!?」
 そう。それどころじゃないのだ。このまま濡れ続けていれば、本格的に風邪をひいてしまう。里香の身体の事を考えたら、そんな事は出来る限り限り避けたかった。
 とは言うものの、どうしたものか。
 知らない場所。商店の有無も分からなければ、雨宿りさせてくれる友達の心当たりも、ない。
「裕一」
 オタオタしていると、また呼ばれた。
「何だよ?」
「あれ」
 細い指が、指し示す先。激しい雨幕の向こうに、何かが薄らと見える。小さいけど、どうやら建物らしい。
「あそこ、行こう」
 里香が、誘う。
 迷ってる暇は、なかった。

 ◆

 雨をかき分ける様にしてたどり着いたソレは、古びたバス停だった。自転車を放り出して、ほうほうの体で転がり込む。
「だ、大丈夫か!? 里香!」
「大丈夫だよ。そんなに焦らなくて、いいのに。裕一、馬鹿みたい」
 笑う里香。揺れる黒髪から落ちる雫が、薄闇の中でキラキラと光る。微かに漂う、洗い髪の様な香り。不意の高鳴りを誤魔化す様に、周りを見回す。古びた、木造のバス停。ボロボロの壁や屋根に雨が染みて、湿った木の匂いが満ちる。何処かの壁板が剥がれてるのか、風邪が吹く度にバタバタと音が響く。雨漏りしないのが、せめてもの救いだろうか。
「随分、古いな」
「そうだね。もう長い事、使われてないみたい」
 頷いて、外を見る。相変わらず続く、滝の様な雨。少し先。さっきまで僕達がいた道路すら見えない。
 思い出すのは、さっき遠くの空に見えた雷。遠かったけれど、こっちに来るのだろうか。だとしたら、本番はこれからと言う事になる。やっぱり、すっかり止むまで待つのが吉か。
「……少し、待つしかないな」
「うん」
 頷く里香は、何処か嬉しそうだった。



 しばしの間、僕と里香は話をして時間を潰した。
 けど、それが続いたのもちょっとだけ。話題が尽きて、どちらともなく黙ってしまった。おかしいな。里香となら、いくらでも話していられる筈なのに。不思議に思いながら、里香を見る。さっきより、少し深さを増した薄闇。少し儚く見える、彼女の姿。
 ああ、そうか。
 蝕まれているんだ。この闇に。冷気に。近寄る、夜に。彼女の、存在が。まるで、微睡みの中の夢みたいに。
 鎌首をもたげる蛇みたいに、蠢く不安。思わず、手を伸ばす。抱き締めようとした、その時。
 空が、閃いた。射し込んでくる、青白い光。明るく照らし出される、バス停の中。浮かび上がる里香の姿。
 ――!!――
 ゴロゴロゴロと、空が鳴る。闇が戻った室内で、僕は竦み上がっていた。今までにないくらいに、鼓動が鳴る。父親に憤った時も。夏目にボコボコにされた時も。あの夜、里香の病室に向かって病院の壁を走った時さえも。心臓が、こんなにも荒々しく喚いた事はなかった。理由は、分かっている。あの瞬間、稲光の中で見た里香の身体。濡れた服が張り付いて、輪郭が顕になった肢体。透ける布地越しに見えた、肌の色。そして、水滴が滑る項。どれもが皆、酷く艶かしくて――。
 湧き上がる、黒い劣情。振り払う様に頭を振ったけど、網膜に焼き付いた『ソレ』は消えない。チラリと、横を見る。里香に変わった様子は、ない。ホッと、息をつく。知られたくなかった。こんな感情だけは。絶対に。

 ◆

 ……どれくらい、経っただろう。雨は、一向に止む気配がない。雷は、相変わらず空を揺らしている。とてもじゃないけど、外に出られる状態じゃない。それでも、構わずに時は過ぎていく。少しずつ、濃く深くなっていく闇。最悪、里香と僕、どちらかの母親が帰ってきた頃合いに電話をして、迎えに来てもらおうとも思ったんだけど。
 取り出す、携帯。液晶に映るには、『圏外』の文字。元から電波が通ってないのか。それとも、この天気のせいか。とにかく、役に立たない事は間違いない。それでも、唯一の光源だったり時間を知る手段だったりする訳で。無駄に電池を消費しない様に、スイッチを切る。画面が消える瞬間、見た時間。
 17:10。
 陰鬱な気持ちになって、溜息を付く。向ける、視線。追うのは変わらず、里香の姿。彼女は変わらずその場所にいたけれど、闇に溶けかける姿は酷く虚ろ。さっきよりも増した儚さに身震いして、また手を伸ばす。細い肩に触れる、指先。濡れた布の感触。冷え切ったそれが、すぐ下の肌の熱さをより明瞭に伝えた。
「――っ!!」
 蘇る、衝動。思わず、手を引っ込めようとしたその時。
 里香が、振り向いた。暗がりの中、真っ直ぐに僕を見据える目。思わず強張る僕に向かって、里香は言う。
「……どうして?」
「……え?」
「どうして、触らないの?」
 答えに、詰まる。
「さっきも、だよね?」
 問いかける瞳が、揺れていた。何かを、探る様に。
「どうして、触らないの?」
 澱んでいた闇が、揺れた。近づいてくる、里香。何か、酷く怖く感じて。後ずさる。
 カツ。
 靴が、鳴る。
 カツ。
 湿って、渇いた音。
 カツ。
 パタタと堕ちる雫。揺れる、黒い髪。
 後ずさる。まるで、逃げるみたいに。
「何で、逃げるの?」
 思考を読む様に、問いかける。足が、少しだけ早くなる。慌てて、合わせる。
「裕一、変」
 不機嫌そうな、声。
「待ってたのに」
 咄嗟に意味が分からなくて、でも、気づいて。また、混乱する。
「お、お前、何言ってんだよ!? 何か、変だぞ!」
「変なのは、裕一」
 ズイと、迫る。
「いや、だって!」
 ズイ、ズイ、迫る。
「だって! 今の、”そう言う事”だぞ!?」
「”そう言う事”って?」
「だから!」
 言葉になんて、出来る訳ない。あのまま触れてたら……なんて!
 ただ、逃げる。でも。
「逃がさないから」
 追ってくる、声。結構……いや、真剣に怖い。
 逃げ回ろうとしても、バス停は狭い。すぐに、追い詰められて……。
 ドンッ!
 伸びてきた手が、僕の後ろの壁を掴む。所謂、壁ドン状態。いや、逆だろ。普通。
「捕まえた」
 里香が、勝ち誇った様に言う。
「捕まえたって、お前……」
 おどおどする僕に、里香がズイと顔を寄せる。薄闇の中でも、ハッキリと。まだ濡れてる髪から、雫が散る。混じる様に、甘い香りが舞った。
「もう、逃がさない」
 囁く様な、声。近い、顔。意識は、しているのかもしれない。頬が少し、朱い。それが酷く艶かしくて、僕はゴクリと唾を飲んだ。
「裕一」
 間近で聞こえる、声。
「何で、逃げたの?」
「そ、それは……」
 渇いた喉が引っ付いて、言葉が出てこない。口をパクパクさせていると、里香が目を細めた。酷く、意地悪そうに。
「……思ったの?」
「……へ?」
「”したい”って、思ったの?」
 今度こそ、心臓が飛び出るかと思った。
「え、あ、いや、そ、そそそそれは、ははは……」
 滅茶苦茶あからさまにキョどる、僕。必死に、誤魔化しを試みる。
「そ、そんな、訳、ないだろ? こんな、非常時に! そん、な……」
 正直に、言う。
 思惑が、あった。
 こうすれば。こんな、情けないザマを見せれば。道化を、演じれば。
 意地悪な彼女は。高慢ちきな彼女は。女王様な、彼女は。
 呆れるだろう。
 笑うだろう。
 馬鹿に、するだろう。
 そうやって、有耶無耶にしてくれるだろう。
 いつもの里香に、戻って。
 そして、いつもの僕達に。

 ――けど――。

 里香の目は、少しも揺れなかった。それどころか――。
「駄目」
 頬を包む冷たい、けれど確かな熱を孕んだ感触。僕の顔を、両手で挟んだ里香が言う。とても。とても。艶の篭った声で。
「逃がさないって、言った」
 ドン。鈍い音と共に、背中が壁につく。もう、本当の意味で逃げ場はない。
「裕一」
 僕の顔を包んだまま、里香は訊く。
「何で、逃げるの?」
 近い顔。甘い吐息。頬に触れる、熱。全部が、どうしようもなく……。
「だって……」
「だって?」
「いや、その……」
 口篭る僕をジッと見て、里香はまた、目を細める。
「……知ってるよ」
「……え?」
「気づいてたもの」
「何、を……?」
 一瞬の、間。ちょっとだけ、呼吸を止めて。
「見てたよね」
「は……?」

「雷が光った、”あの時”」

「――――っ!!」
 思わず飛びず去ろうとしたけれど、後ろは壁。後頭部を強かにぶつけて、呻き声を上げてしまう。
「馬鹿」
 笑う、里香。
 それもやっぱり、いつもの笑いじゃない。何かを誘う様な、とても……淫靡な笑み。
「いや、あれは、その……」
「何、怖がってるの?」
 クスリ。微笑んで。
「駄目だなんて、言ってないのに」
 ドクン。心臓が、金切り声を上げる。
「お前、何言って……」
「言ったまんま、だよ?」
 里香が、背伸びをした。彼女の手は、変わらず僕の顔を掴んでいる。近づく、顔。口。意図を理解して、今度こそ僕は喚いた。
「な、何考えてんだ!? やめろよ!」
 里香が動きを止めて、小首を傾げる。
「どうして?」
「どうしてって……」
「嫌?」
「嫌とか……そんなんじゃ、なくて……」
 顔を掴んでいた手が、スルリと滑る。首に絡まる、腕。顔が、ますます近くなる。
「あたしが、”いいよ”って言ってる」
「でも、こんな所で……」
「こんな所、だから」
 黒い瞳が、チラリと流れる。戸口。相変わらず、滝の様な雨。叩きつける、雨音。暗い、空。耳朶を嬲る、雷鳴。夜の、足音。抱いてくる、闇の腕(かいな)。隔絶された、世界。
「誰も、来ないし。来れないよ。家よりも、学校よりも」
「里香……」
「待ってたのに。ずっと」
 でも、僕は首を降る。心は早っていたけれど。身体は、求めていたけれど。それでも、理性は手綱を放さなかった。
「駄目なんだ……」
「怖い?」
 里香が、問う。
 そう。僕は、怖かった。自分の欲望に、身を任せてしまう事が。自分の手で、里香を壊してしまう事が。
 里香は、儚い。薄硝子で作った、万華鏡の様に。とても。とても、綺麗だけど。夢中になって無茶に回せば、きっと壊れて消えてしまう。そんな恐怖が、いつも欲望を凌駕した。
 そう。今、この時も。
 けれど。
「大丈夫だよ」
 囁く、声。とても、優しく。
「あたしは、裕一に壊されたりしない」
 間近な目。真っ直ぐに、見つめる。
「裕一は、あたしにくれたから。あたしも、あげたい」
「里香……」
「さっき、雷。怖かったけど、綺麗だった」
 答える様に、光。
「世界が、生きてた」
 煌きの中。眩く。
「裕一」
 近づく。ゆっくりと。
「あたしも……」
 重なる、唇。ゆっくりと満ちていく、甘い吐息。陶酔の中で溶けていく、理性と恐怖。
 少しだけ、絡める舌。焦らす様に、里香が口を放す。伸びて滴る、細い雫。
「冷たいね。裕一」
 白い指。解く、胸のスカーフ。ハラリと、落として。
「温めて、あげる。だから……」
 もう片方。僕の、首元に。
「温めて……」
 首のホックを、パチリと外した。

 ◆

「ん、んん……」
 薄闇の中に漏れる、くぐもった里香の声。聞いた事もない、甘い響き。脳漿が沸騰する様な感覚の中で、僕は夢中で彼女の口を貪る。合わせた口の中で、音を立てて絡み合う舌。甘美な唾液の味と蠱惑の感触に、もっともっと舌を伸ばす。
「ん……ゆ、いち……」
 苦しくなった里香が、僕の身体を押して口を離す。
 ハァ、とつく息。しっとりと濡れた唇と、上気した頬。目眩がするくらいに、艶かしい。
 お互いの服を脱がそうとした里香。でも、それすら待ちきれなくて。力一杯抱きしめた僕は、飢えた野良犬みたいにむしゃぶりついていた。さっきまでとは逆に、彼女を荒々しく壁に押し付けて。
「里香……!」
「あ……」
 行き場を求めるみたいに、里香の頬に口を寄せる。そのまま、這わせる舌。白い首筋。顔を埋めて、吸う。喘ぐ、声。鼓膜が、揺れる。背中に回していた手を、ゆっくりと下へ。濡れて張り付いた服の隙間、すべり込ませる。ビクリと震える、華奢な身体。冷たく火照った肌の、滑らかに吸い付く手触り。大事に。大事に愛撫しながら、口は胸元。脱ぎかけて、乱れて、大きく開いた胸元。服の奥から、立ち昇る香気。胸いっぱいに味わって、鎖骨に沿う様に何度もキスをする。
「……は、あ……」
 震える身体が、ピクリと跳ねる。僕の背中に回されていた手が、ギュッと学生服を握り締める。感じて、いるのだろうか。里香が。僕の手で。
 考えると、ゾクゾクする様な歓喜が湧く。だから、ただ沒れる。蜜に沈む、虫けらみたいに。
 背中に入れた手を、上に這わせる。探って触れた、感触。ブラジャーと確認して、指をかける。外そうとするけれど、上手くいかない。焦っていると、愛撫が止まって余裕が戻ったのか。里香が少し上ずった声で、フフと笑う。
「分かんないんだ……?」
「あ、うん……」
「しょうがないなぁ……。あのね……」
 優しく静かに、教えてくれる。焦れる事も、不器用に呆れるでもなく。
 指示に従って、両手で捻る。微かな手応え。スルリと抜き取って一息つくと、彼女が微笑む。
「はい……。お利口さん」
「何だよ……。ガキじゃないぞ?」
「そうだね。どっちかっていうと、イヌみたい。舐めて、ばっかだし」
 何か、前にも言われたなイヌみたいって。ぼやける思考。少しだけ、遠い記憶。
 里香が、僕の頬を撫でる。
「そんなに焦らなくて、いいよ」
 耳に寄せる口。くすぐる、吐息。
「あたしは、どこにも行かないよ。大丈夫だよ。だから……」
 寄せられる、頬。
「もっと、ゆっくり……ね……」
「お、おう……」
 素直に、頷く。
 微笑む、里香。
 そして僕達はまた、唇を重ねた。

 ◆

 ギシリ。
 色褪せた古いベンチが、僕達の重みに軋む。仰向けに横たわった里香に重なりながら、問う。
「大丈夫か? 重かったら……」
「大丈夫。でも……」
 里香が、自分の身体を見下ろす。服を脱いだ僕達。でも、里香は全部じゃない。セーラー服は、上までたくし上げただけ。
「全部脱がせて、良いのに」
「あ、いや。それは――」
 ……何て言うか、こっちの方が……。
 僕の思考を見透かした様に、ジト目になる里香。
「……変態……」
 ボソリと言われて、焦る。
「ちょ、いや、待てよ! 普通だろ!? このくらい!」
「あはは、裕一のへんたーい」
 あからさまに馬鹿にされて、流石にムッとする。
「あはは……んっ」
 笑う口を、塞ぐ。ゆっくりと舌を絡ませて、離す。ハァッと、息を吐く里香。睨んで、言う。
「あんまり馬鹿にすると、 手加減してやらないぞ?」
 キョトンとして、ニコリと笑む。
「うん。いいよ……」
 その笑顔がとても愛しくて、僕はまた口を重ねた。

 ◆

 白い肌の上で息づく、二つの膨らみ。学校で一番小さいなんて言われてた、それ。でも、そんな事なんて、どれほどの問題だろう。伏せたお椀の様な、綺麗な流線。てっぺんで控えめに主張する、桜色の突起。想像よりもずっと、蠱惑的な造形。ドキドキしながら凝視してると、視線を感じた。目を向けると、頬を赤らめた里香が見ていた。とても、不安そうな眼差しで。
 どうしたのかと思って視線を追い、気づいた。里香の目は、自分の胸を見ていた。二つの膨らみの間についた、傷痕。手術痕。自分に寄り添っていた死。その、爪痕を。
 里香も女の子だ。傷のついた身体を見られる事は、辛いのかもしれない。
 でも。
 僕は微笑み返して、彼女の膨らみの間に顔を埋めた。刻まれた傷に、口づけする様に。
 里香がビクッと震えて、『ひぁっ!』と驚きとも戦慄きとも分からない声を上げる。構わずに、傷に舌を這わせる。プルプルと震える、里香。傷痕って敏感だと聞いた事があるけれど、ひょっとしたら本当なのだろうか。
「ゆ……いち……」
 震える里香の声に、行為で返す。傷の奥。感じる鼓動が、高鳴る。
 実際の所、僕はこの傷を忌しいものだとは思ってない。確かにこれは、里香に宿った死の証。けれど、彼女が生を掴み取った証でもあって。
 そして、何より。
 僕と里香が繋がり合った、運命の証。
 それを愛しいと思ってしまう事は、罪だろうか。

 少しのインターバルと里香の言葉で、最初にあった獣の様な肉欲は少し形を潜めていた。ジンジンと急かす感覚は変わらないけれど、里香の事を気遣う余裕が戻ってきていた。
 少しでも、優しく。
 少しでも、痛くない様に。
 少しでも、気持ちいい様に。
 顔を埋めたまま、右手を伸ばす。片方の膨らみを、そっと掴む。手の中に、丁度良く収まる大きさ。吸い付く様な、感触。ゆっくりと、揉みしだく。程よい弾力。心地いい。先端の突起を人差し指でクリクリと弄ると、里香の身体がピクリと震えた。
「ん……んん……」
 漏れる、切なげな吐息。一生懸命抑えてる様な感じが、可愛らしい。唇を寄せたまま、滑らせる。もう片方の膨らみ。なだらかな流線をなぞって、先端へ。ペロッと舐め上げると、また震える身体。反応が愛おしくて、つい何回も舐めてしまう。
「も……裕一……しつこい……」
 上ずる声が、抗議する。
「でも、気持ち良さそうだけど?」
「……分かんない……」
 上気した顔が、目を伏せる。その目が、熱に浮かされた様に潤んでいる。気づいた途端、酷く意地悪な加虐心がムラムラと。
硬くなったソレを、口に含む。『ひゃ!?』と言う声と一緒にピクンと跳ねる身体。愛撫を続ける手とは別の手を、背中に回す。ギュッと抱き締めて、逃げられない様に。
 含んだ先端。舌で転がして、吸う。
「や……ひぅ!」
 小鳥の様な戦慄きを上げて、身を捩る里香。反応と熱に高まる肌が、彼女が確かに感じている事を教えてくれる。
 口を、離す。手は休ませずに動かしながら、改めて訊く。
「いいか?」
 荒くなった息をつきながら、僕を見る。少しだけ躊躇して、頷いた。とても、恥ずかしそうに。
 また、高鳴る心臓。
 正味、女の子を喜ばせる技術(テクニック)なんて知りゃしない。今やってる事なんて、せいぜい山西みたいなロクデナシな悪友達と見たエロビデオの真似事。後は、ただ自分の衝動をぶつけているだけ。
 でも、そんなモノでも里香は喜んでくれてる。
 嬉しくて。
 愛しくて。
 変なこだわりなんか、吹っ飛んでしまった。残していたセーラー服に手をかけて、むしり取る。
「きゃっ」
 ビックリする里香の、完全な裸体。息を飲む程に、綺麗で。流した時間が、酷く惜しい。取り戻さなきゃと言う焦燥に急かされて、また息づく膨らみにしゃぶりつく。
 「あっ」
 ピクンと仰反る、背中。引き寄せる様に腕を回して、今度は逆の膨らみを頬張る。
 「ん……裕一……」
 抱き締めて、密着して、優しく、荒々しく。熱を持って張り詰めた膨らみを、散々に揉みしだく。舌で嬲って、唾液で汚して。耳をくすぐる、か細い嬌声。たまらない。硬くしこった先端を、前歯で噛む。水を求める白魚の様に悶える身体。撫で回して。絡み付かせて。含んでいた先端から、滑らせる口。今度は、背中の方。脇の下。
「え!? やだ!」
 驚いた里香。慌てて脇を締め様とするけれど、容赦しない。無理矢理、腕を押し上げる。
「ちょっと! 待ってってば!」
 抗議の声も無視して、顔を突っ込む。こもる熱と、汗の匂い。そして、濃厚な香り。
 蠱惑的で退廃的で。クラクラと、陶酔。深い所にキスすると、『ひゃっ!』と言って飛び上がる。
「ちょっ! 止めろ! 馬鹿!」
 喚く声も、可愛い。意地悪する様に、何回もキスをして、舐める。
「あは、あはは! くすぐったい! あはは!」
 たっぷり楽しんで、口を離す。顔を上げると、涙目の里香が、息を切らしながらこっちを睨む。
「……変態……」
 また、言われた。まあ、今の行為は我ながら変態じみてた。素直に、謝ろう。
「御免、調子に乗った。でも……」
 背中に回って、胸を囲む様に手を回す。汗ばんだ白いうなじ。何度目かもしれないキスをして、火照った耳に囁く。
「すっげぇ、可愛かった」
「う……」
 素直な、感想。昂ぶりとは別の意味で赤くなった里香が、顔を伏せる。
 そんな仕草を見る度に、堪らなく疼く衝動。またむしゃぶりつきたくなる気持ちを、グッと押さえる。抑えがきかないのは分かってたし、里香も承知の上だろうけど。あんまり暴走したら、彼女に負担をかけてしまう。少し頭を冷やして、訊いてみる。
「でさ……」
「何……?」
「次、何して欲しい?」
「――――!!」
 更に真っ赤になってしまう里香。何、恥ずかしい事訊いてんだ。全然、冷えてない。
「……あの、ね……」
「ん?」
 自責の念に苛まれていると、里香がおずおずと言った感じで呟く。
「その、あたし……」
「え?」
 何だか、モジモジしている。チラチラと、僕の顔を見る潤んだ目。
「だから……ええと……」
「な、何だよ? 具合でも、悪いのか?」
 思わずそんな事を訊いたら、石にされそうな目つきで睨まれた。
「もう! 分かれ! バカ裕一!」
「え? ええ??」
 ビックリして、気づいた。里香の様子。上気した顔。汗ばんで震える身体。上ずった声に、荒い息。そして、何かを求める様な表情。
 思い至って、ドキリとした。
「あ……」
「バカ……」
 恥ずかしそうに、目を逸らす里香。
「あの……もう、そんなに……?」
「何、言ってるの……? あんなに、滅茶苦茶……」
 ジト目で睨む身体が、フルフルと震えてる。
 ……高まってるんだ。限界、まで。
 ゴクリ。
 知らずのうちに、喉が鳴る。
「裕一……」
「いや、でもまだ……」
「どうして……?」
「だ、だって……」
 里香の視線が、チロリと流れる。自分の影に隠れた、僕の半身。
「裕一だって、もう……」
 ハアと言う吐息と共に漏れる、声。彼女の臀部に触れていた僕自身に、ゾクリとした刺激が走る。
 そう。夢中で気がつかなかったけれど、僕ももう限界が近かった。今にも、はち切れそうな程に。
 でも。
「………我慢しなくて、いいんだよ……?」
「う……」
「裕一……?」
 何処か乞う様な、甘い声。でも、答える事が出来ない。全身から、滝の様に汗が溢れてくる。さっきまで滾っていた情欲が、ちびた蝋燭みたいに揺らいでゆく。
 固まったままの僕を見て、里香が訊く。
「ひょっとして、怖い……?」
「………」
 そう。僕はビビっていた。この期に、及んで。里香を傷つけてしまうかもしれない。里香を汚してしまうかもしれない事。そして、里香の命を削ってしまうかもしれない事。そんな身勝手で今更な思いが、僕の身体を縛っていた。
 そして、この未知の行為に対する純粋な躊躇と恐怖も。
 馬鹿な事、言うなと思う。
 情けない、それでも男かと、自分を罵倒する。
 せっかく里香が決心してくれたのに。全部を、委ねてくれたのに。
 それを、無駄にするのか。不意にするのか。
 散々に殴りつけるけど、竦んだ心は動かない。だんだんと萎えていく熱に、泣きたくなったその時。
「もう……。仕方ないなぁ……」
 溜息と一緒に、呆れた様な声。そして。
 クルン。
 腕の中の里香が、身体を回してこっちを向いた。薄闇の中、見上げる瞳と視線が合う。
「情けない顔して。やっぱり、裕一だなぁ」
 クスリと微笑んだ、顔。あまりの綺麗さに、見とれた瞬間。
「――ひっ!」
 思わず変な声を上げて、飛び上がってしまった。
 いつの間にか伸びてきた、里香の手。それが、萎えかけていた僕自身を握り締めていた。
「うわ……意外と……」
「ちょ……おま、何やって……!???」
 滅茶苦茶テンパる僕を面白そうに見つめながら、囁く。
「大丈夫……」
 言葉とともに、動き出す手。ゆっくりと優しく、僕を扱く。
「――――っ!!!!」
 背筋を、電流みたいな感覚が走る。息を飲んで絶句する僕を、小悪魔みたいな表情が見つめる。
「……ほら……」
 リズムを取る様に、動く指。
「戻って、来て……」
 誘われる様に戻ってくる、熱と猛り。
「り……里香……」
 戦慄く僕の手を、里香のもう一方の手が掴む。
「裕一も、いいよ……?」
 そう言って、下へと引く。導く先は、自分の下腹部。
 クチュリと微かに、湿った音。『ふっ……』と切なげな声を漏らして、肩を竦める里香。初めての感触に、真っ白になる頭。そんな僕の胸に、委ねる様に顔を寄せて。汗と混じった、髪の香り。クラクラと、目眩。
「ね……? 分かるよね……」
 囁きながら、もっと奥へ。柔らかい、肉の感触。滑る、蜜。
「大丈夫、だよ……」
 ハッ……ハッ……と震えながら、歌う。
「待って、るんだから……」
 湧き上がる、衝動。無意識の内に、動く指。
 水音が響いて、漏れる声。
「ずっと、ずっと、裕一を……」
 僕を握る手は、止まらない。優しく、優しく、僕を嬲る。
「裕一、だけ……」
 答える様に、僕も指を動かす。濡れた割れ目をなぞって、ツ……と、押し込む。
「んん……!」
 漏れる声。
 温く滑る、蜜の壺。掻き混ぜる様に、蠢かす。
「く……う……」
 押し殺す様に、呼気。動く彼女の手が、濡れていく。僕の指も、濡れていく。交じり合う、水音。濃くなっていく性臭が、僕らの脳漿を犯していく。しばしの、睦み合い。
 もう、十分だった。
「里、香……」
 彼女から指を抜いて、言う。
「あの、さ……」
「うん……いいよ……」
 里香の手も、動きを止める。
「……分かる?」
 高揚した声で、訊いてくる彼女。うん。正直、よく分からない。
 困った顔の僕を見て、またクスリ。
「分かった」
 そのままだった手が、僕を引く。
「連れてって、あげる」
 導く、手。僕の先端が、彼女の中心に触れる。
「ちょ、ちょっと待って」
「何? まだ、怖い?」
 小首を傾げる里香に、僕は首を振る。
「あの……さ……。今更、何だけど……」
「ん?」
「いいのか……?」
 絞り出した言葉。里香が、目を細める。
 でも、これだけは訊いておかなきゃいけなかった。絶対に。
「俺で、いいのか……?」
「馬鹿」
 間髪置かずに、言われた。
「いいに、決まってる」
 寄せられる、顔。近い。
「裕一だから、いいの」
 甘い、吐息。酔い堕ちる、思考。
「裕一じゃなきゃ、ダメなの」
 近づく、唇。
 もう、迷うべきじゃなかった。
 手を、里香の腰に回す。
 彼女の手が、誘う。
「裕一……」
 抱き寄せて。導いて。
「大好き……」
 重なる、唇。

 そして、僕達は一つになった。

 ◆

 その後の事は、よく覚えてない。
 燃える滾る様な、快楽の煉獄。
 怖くて。
 不安で。
 でも、どうしようもなく幸せで。
 僕達は、ひたすらに抱きしめ合っていた。
 気の利いた技術なんて知らなくて。
 上手な奉仕の仕方なんて分からなくて。
 それでも、狂う程に溺れて。
 お互いの、息。
 唾液。
 匂い。
 汗。
 肌。
 声。
 そして、深い深い、内まで。
 全てをぶちまけて。混ぜあって。啜りあって。貪りあって。
 もう、時間も。世界も。自分達の存在すら曖昧になった頃。
 込み上げてくる、熱い感覚。
 気づいて、なけなしの自分を掻き集める。
「里、香……」
 ずっと吸い合っていた口。少しだけ離して、呼びかける。
「……?……」
 酔った眼差しで見上げる里香。求める様に、僕の口を追う。
「待って……俺、もう……。外に、出さないと……」
「……駄目……」
 振り絞った理性は、あえなく拒まれる。
「離れちゃ……駄目……離れ、ないで……」
「でも……」
「駄目」
 回されていた腕に、力が篭る。引き寄せられる、頭。再び触れ合うばかりの、唇。微かな空間の中で、里香が乞う。
「……欲しいから……裕一の、全部……」
「里香……」
「受け止めるから……大丈夫だから……だか、ら……」
 もう一度、口が交わる瞬間。たった、一言。

「きて」

 それが、最後。
 僕達は、一緒に壊れた。
 相手を気遣う事も。
 労わる事も忘れて。
 盲目に。
 ひたすらに。
 狂った嬌声を上げて。
 ひたすらに、喰らい合って。
 止める術も、放り投げて。
 登って。登り詰めて。
 熱い、昇華と共に。

 僕達は、共に果てた。

 ◆

「里香……」
 行為の後の、気怠い陶酔。幸福な脱力感に委ねながら、腕の中の里香に問う。
「なぁに……?」
 情事の余韻に染まった声。甘ったるい響きが、耳をくすぐる。
「何処か、しんどくないか?」
「大丈夫……」
「痛く、なかったか……?」
「あんまり……」
 『痛いって、聞いてたんだけどな……』と言って、考えて、微笑む。
「きっと、裕一とだからだね……」
「……バーカ……」
 不意打ちの高鳴りを誤魔化す様に、汗で濡れた黒髪をクシャクシャと撫ぜる。
「何よ。裕一のクセに」
「そうだな。馬鹿なのは、俺の方だよな」
 言い合って、アハハ、ウハハと笑う。
 ひとしきりそんなやり取りをして、里香がチラリと外を見る。
「……雨、止まないね」
「そうだな……」
「まだ、帰れないね……」
「そうだな……」
 顔を戻す里香。疲労が残った顔で嬉しそうに笑ってる。
「じゃあ、休んでこう。雨が、止むまで」
「……だな。仕方ないな」
「うん」
 そう言って、里香は僕の胸に顔を埋める。
「里香、服くらい……」
 言い終わる前に聞こえ始める、可愛い寝息。早い。
「……ま、いいか……」
 この雨だ。どうせ、人なんて来やしない。
 そう思い直して、眠る里香の顔を見る。起きる様子は、ない。
 何だかんだで、疲れてたんだろう。当たり前の事だけど。
 散々、情けなかった僕。そんな僕を、受け入れてくれた里香。
 ずっと抱いていた愛しさは、一つになった今、もっと強い何かに変わっていた。
 あの気持ちより強いものなんて、ある筈ないと思っていたのに。
 腕の中の宝物。起こさない様に、抱き締める。
「ずっと、守るから……」
 ささやかな誓いを囁いて、目を閉じる。

 降りしきる、雨の音。子守唄の様に、耳を愛でる。
 きっと、この雨は神様の贈り物。僕達の時間が続く限り、全ての世界を閉ざしてくれる。
 里香の存在を感じながら、まどろんでいく意識。
 眠りに落ちる瞬間、光が鳴いた。

 遠い遠い、雨の向こうで。


 終わり
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この記事へのコメント
(=゚ω゚)ノ いってれぼ
G5‐R惨状だぜよ。物書きの性は俺にもわかるぜ。

これは要するに主人公とヒロインがニャンニャンする話ってわけね。
なんか最近思うに、この手の話では女キャラの方が積極的になってるような気が。

などと言っておいて実はこれを読んだ時点で
「半分の月がのぼる空」の内容は全く知らなかったりするw

で、調べてみた。どうやらヒロイン「秋庭里香」は不治の病にかかってて
そのうえでどう生きていくか、みたいな話かな。

キャラの名前には文学者からとったものが多いな。
夏目とかわかりやすすぎw つーか医者が患者をボコボコにするなw
まああくまでヒロインの主治医らしいが、これって医師免許剥奪されないのかwww

もしアクシオンを介入させたらヒロインの病気を治してはいおしまいって感じかなw
(アカシックレコードにアクセスして秋庭里香の遺伝子データを改ざんすれば可能)
ついでに襲ってきた復讐鬼を瞬殺するというおまけもつけようw

あるいは、病気が体内に侵入したミクロ大の復讐鬼の仕業で、
ラグルかゼクシアがミクロ化してこれを退治しに行くってのもありか。
「ウルトラセブン」のダリー、もしくは「ケロロ軍曹」の超ダリーみたくw

そういえば、サガラリサ(漢字忘れたw)は
この秋庭里香からのインスパイアだったりするのかな。

でわわん
Posted by G5‐R at 2020年05月28日 01:02
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