こんばんは。土斑猫です。
「天使のしっぽ」二次創作、「十三月の翼」55話掲載です。
例によってヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意。
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閻魔斑猫の萬部屋
イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。
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―不落之夜幕―
―その言葉に、周囲の空気が目に見えて凍った。
「・・・へ、『消えてくれ』ときたぜ。」
ガイが不敵に笑い、拳を鳴らす。
「ようやく本性を現した、と言った所ですか?」
レイも、その端正な顔に冷笑を浮かべて身構える。
しかし―
『―ちょっと待ちたまえ―』
そんな彼らの様子に、”それ”は小首を傾げて手を上げる。
「な、何だぁ?」
先手必勝とばかりに突っ込みかけたガイが、たたらを踏んでつんのめる。
『―どうも君達は血の気が多いな。人―もとい悪魔の話は最後まで聞くものだ―』
「だから、何だってんだよ!?」
行き場のなくなった戦(や)る気を持て余しながら、怒鳴るガイ。
そんな彼の様子を目を細めて見ながら、”それ”は言葉を続ける。
『―確かに消えてくれとは言ったが、何も”そう言う意味”に限定した訳ではないよ―』
「ああん?」
訳が分からんと言った顔のガイ。
それを見て大げさに溜息をつく。
『―君は頭が悪いなぁ・・・―』
「んだと!?てめぇ!!」
「・・・落ち着きなさい。ガイ。さっきから言ってますが、手玉に取られてますよ・・・。」
毛を逆立てて地団駄を踏むガイを、些か疲れた様な顔で諌めるシン。
『―要は、この劇の舞台から降板してくれと言う事さ。素直にこの場から退場してくれるのなら、小生はそれで構わない。実際、今ここでやり合った所で互いに何の得にもなり得はしないだろう。無益な争いは望む所ではないのでね。どうだね?ここは大人しく引いては―』
「・・・何を勝手な事を言っている?」
”それ”の言葉を、少なからずの怒気を孕んだ声が遮る。
声の主はゴウ。
彼は両腕を組んで立ちながら、鋭い眼差しで”それ”を見据えていた。
「どう言葉を取り繕った所で、貴様が今回の事態を招いた元凶である事に違いはあるまい。それが我らの大事な者達を傷つけたのも事実。そして何より・・・」
蒼紅の瞳が輝きを増す。
「貴様をこのままにしておいては、また同じ思いをする者達が現れるのだろう?」
鋭く切り込む言葉。
グニャリと歪む、”それ”の描眼。
『―まぁ、否定はしないがね―』
あっさりと、そう言った。
瞬間―
ドォンッ
地を揺らす衝撃。
ガイが地を蹴り、”それ”へと踊りかかっていた。
「へっ!!結局そうなるんだろうが!!ゴチャゴチャ小賢しい口上吐いてねえで、黙ってぶっ飛ばされりゃあいいんだよ!!」
振りかざされた拳が、”それ”の仮面に向かって落とされる。
しかし、
カスッ
仮面を砕く筈の拳は、些か間抜けな音を立てて空を切る。
『―やれやれ。若いねぇ。君達は―』
「チィッ!!」
ガイは舌打ちをしながら、声のした方向へと向き直る。
そこには、やはり一瞬で移動した”それ”の姿。
「さっきっからチョロチョロと逃げ回りやがって!!それしか能がねぇのか!?この腰抜けが!!」
叩きつける様な罵詈雑言。
しかし、”それ”はあくまで涼しい顔。
『―まぁ、そうがならないでくれたまえ。それならそれで、先にやらなければならない事があってね―』
言葉とともに、紅い描眼が怪しく光る。
瞬間―
ゴンッ
「うっ!?」
「なっ!?」
突然襲い来る、強烈な霊圧。
皆が驚きとともに、空を見上げる。
その視線の先にあったのは―
夜空一面を覆う、紅い幾何学模様の群れ。
「な・・・何・・・?あれ・・・?」
誰かが、呆然とした声で呟いた。
夜空に広がるそれは、あまりにも巨大で全体が見渡せない。
その端々は、四方の空の彼方へと霞んで消える。
しかし、目が慣れるうちに幾人かが気がついた。
規則性を持って並ぶ奇怪な模様。
その形状に、見覚えがあった。
それは、形どる光の色こそ違うけれど。
その規模こそ、比べ物にはならないけれど。
それは、今この町を覆う螢緑のそれと同じもの。
そう。
それは―
「まさか・・・”魔法陣”・・・?」
「嘘・・・。」
「冗談・・・。」
皆の口から、漏れる言葉。
そこにはもはや、驚きを通り越して呆れの色が濃い。
「・・・この規模の陣を、呪文の詠唱もなく一瞬で展開するとは・・・」
四聖獣も驚きの色を浮かべつつ、次に来るであろう異変に備えて身構える。
しかし、
「「「「・・・・・・。」」」」
特に何も起こる様子はない。
「な、何だぁ?テメェ、ハッタリか!?」
拍子抜けしたガイが、”それ”に問う。
『―ん?分からないのかね?―』
「分からねぇから訊いてんだろうが!!」
『―頭が悪い上に、観察力もないのだねぇ―』
「・・・は・・・!?」
『―それではさぞ、世の中が狭く見えるのではないかな―』
「・・・・・・。」
『―つくづく、残念な者だなぁ。君は―』
「―――っ!!」
ガイが頭に#印を多数浮かべながら、”それ”に噛み付こうとした時―
「・・・星が・・・」
シンが呟いた。
「あぁ!?」
「星の動きが・・・止まっている・・・?」
「なぬ!?」
「ええっ!?」
その言葉に、皆が改めて天を仰ぐ。
空を覆う魔法陣。
その向こうで、星達は変わる事なくそこにある。
しかし。
しかし、そこに張り付くのは違和感。
言われなければ気づかない程の、微かな。
けれど、確かな違和感。
得体の知れない感覚に、誰もが戸惑う。
「・・・何をした・・・?」
ゴウが問う。
その問いに、”それ”は何でもない事の様に答えた。
『―いや。少しばかりこの星を現世(この世)の理から”隔離”しただけださ―』
「何・・・!?」
「な、何それ!?」
狼狽する皆を面白そうに眺めながら、”それ”は続ける。
『―簡単な話だよ。このままにしておいたら、理通りに時間が過ぎて夜が明けてしまうだろう?先にも言った様に、こちらはリテイクを望んでいるのだ。しかるに、四聖獣(君達)のご協力を仰げないとなると、その準備に些か時間がかかる。ただでさえ残り少ない公演時間。其が準備時間に喰われてしまうのは、どうにもいただけない。だから、この星を現世の理から切り離させてもらったのだよ―』
淡々と語られる説明。
それを理解し、驚愕に目を見開く者、数人。
訳が分からず、ポカンとする者、多数。
「ど、どう言うこった?」
後者の代表、ガイが前者の代表シンに尋ねる。
「・・・この星から、あるべき理が取り払われてしまったと言う事です。この世界は一様に律せられた理の元に動いています。夜が明け、朝が来るのも、季節が移ろい巡るのも、命が生まれ、また死すのも、全て定められた理あってこそのもの・・・。」
少なからず血の気の失せた顔で、シンは言う。
「しかし、それが失われたと言う事は、この星における全ての事象が事象として機能しなくなる事を意味します・・・。」
「お、おい。よく分かんねえぞ。もうちょい分かりやすく・・・」
少なからずの混乱をきたしながら、ガイがそう言ったその時―
『―明けるべき夜は明けず―』
その問いに応える様に、”それ”の声が響き出す。
『―満ちるべき月は満ちず、覚めるべき眠りは覚めず、生者たるものは生者たる証をなくす。つまりは、そう言う事さ―』
「な・・・んだとぅ・・・!?」
ようやく事の次第を理解したガイやその他大勢が、その顔を強ばらせる。
「マジか?それ・・・」
「先にも言いましたが、先だってから星達が動きを止めています。これは、『夜は明ける』という理が失われている証・・・。さらに言えば、彼の言葉が正しい何よりの証拠でしょう・・・。」
場にいる皆が絶句する中、ゴウの声が静かに、しかし確かな緊張を持って響く。
「・・・成程。”魔王”の名は伊達ではないと言う事か・・・。」
言葉と共に、蒼紅の眼差しが目配せをする。
「「「!!」」」
それを見た他の四聖獣の身体が、滑る様に動く。
一瞬の後、四人は再び”それ”を取り囲む様に陣を敷いていた。
『―やれやれ。どうしてもやるのかね?血気盛んと言えば聞こえは良いが―』
溜息をつく様な調子で、”それ”が言う。
そして、
『―まぁ、構わんがね。もう貴重な公演時間を浪費する心配はないのだから―』
次に紡がれた言葉。
それは紛れもなく、戦いを受けるという意思の表示。
しかし、その口調は真面目に言っているのか、ふざけて言っているのかも判然としない曖昧なもの。
そこには、戦い(この)場において孕むべき敵意も殺意もない。
あるのは、どこまでも捉えどころのない気配。
どこまでもどこまでも虚ろで空虚な、虚無の気配。
ともすれば、意識すらも飲み込まれそうになるそれに、四獣の神達はあらん限りの神気を持って対峙する。
その神気に守られながら、少女達は張り詰めていく空気に身を竦ませる。
そこに、自分達が介入する余地など微塵もない事を知りながら。
―と、
「・・・一つ、確認しておきたい事があります。」
『―ん?―』
不意にかけられた声。
紅い描眼が、キョロリとその方向に向けられる。
その怖気る様な視線を受け止めながら、声の主―シンは言葉を続ける。
「理とは、世界の平静を保つための要(かなめ)の様なもの・・・。それを奪うと言う事は、回る独楽の回転を無理やり止める事と同義・・・。それが、何を意味するかは、分かっていますか?」
『―ああ、その事かね?―』
問いを聞いた”それ”が、成程と言った態で頷く。
『―自分のなした事だ。心配せずとも、十分に理解しているよ―』
その答えに、シンの眉根がピクリと動く。
「・・・そうですか。」
常に冷静沈着な筈の青年の顔が、目に見えて険しくなる。
その身から立ち昇る神気が、確かに激しさを増した。
「え?何?どう言う事?」
やり取りの意味を把握しかねたミカが、隣りで青ざめているアユミに問う。
「・・・聞いたままです・・・。」
「ああ・・・回る独楽がなんたらってヤツ・・・?だから、それが何だって・・・」
「・・・回る独楽の回転を止めたら、どうなります・・・?」
「え・・・そんなモン、止まって倒れるに・・・!!?」
自分の言おうとした答えが意味する事に行き当たったのか、ミカの顔からも見る見る血の気が引いていく。
「・・・それって、もしかして・・・」
カタカタと震えるミカに、同じ様に震えながらアユミは答える。
「ええ・・・。この星の成り立ち自体が、崩壊します・・・。」
その言葉に、辺りの空気が凍りつく。
「ウソ・・・!?」
「な、何さ!?それ!!」
皆が騒然となる中、シンは”それ”に向かって言葉を続ける。
「・・・つまり、貴方は自分の余興のためならば、この星がどうなろうと構わないと・・・?」
しかし、それを聞いた“それ”は顎に手を当て、考える素振りを見せる。
『―ふぅむ。それは今回の歌劇の為のやむなき代価と考えていたが、突き詰めればそれはそれで興味深い演目となり得るかな?―』
「何・・・?」
『―長き時の中で、生物の絶滅というものは幾つも見てきたが、見ていて実に愉快なものだ。流涙の悲劇の後に見る口直しとしては、最適かもしれないね―』
そして、“それ”はまた禍禍禍と嗤う。
「・・・狂ってる・・・」
「・・・悪魔・・・」
誰もが呆然とする中、四聖の身から放たれる神気がその激しさを増す。
「てめぇ、洒落んなんねぇぞ・・・。」
「・・・やはり、見逃す訳には行きませんね。」
「多対一ですが、躊躇はしません。貴方は、あまりにも危険に過ぎます。」
言葉とともに、彼らの身体が眩い光を放つ。
青。
玄。
朱。
白。
闇一色だった空を鮮やかな四彩の光に彩り、それぞれの主の元へと獣神具が顕現した。
『―おやおや、怒らせてしまったかな?―』
その様を見た”それ”が、愉しげにそう言ったその時―
「”少し”、だぁ?」
背後から響いた声が、その言葉を遮る。
「こちとら、とっくの昔にキレてんだよ!!」
三度地を蹴ったガイが、”それ”に向かって飛びかかる。
『―また君かね?全く、学習力のない事だ―』
振り返りもせず言う姿が、霞の様に失せる。
しかし―
瞬間、ガイの足が空を蹴りその身体の方向を変えた。
『―おや?―』
響く、以外そうな声。
高速で方向転換したガイの目前で、黒い影が具現化していた。
「学習しねーのは、テメーの方だ!!」
腕を振りかざしながら、吠える。
「あんだけやられりゃ、魔力は感じなくても気配ぐらい追える様になるってんだよ!!」
そして―
「もらったぁ!!」
鋭く閃いた爪が、虚無色の衣を捕らえた。
ズバァッ
鈍い音と共に振り抜かれる爪。”それ”の身体が、上下に分かれる。
「あ・・・!!」
「やった!!」
その様を見た少女達が、思わずそんな声を漏らす。
しかし―
「・・・やってない。」
酷く冷めた声が、彼女らの言葉を否定する。
集まる視線。
その中心にいるのは、黒翅と黒衣の少女。
―トウハ。
地に座する悟郎を守る様に立ったまま、彼女は戦いの場を見据えていた。
「あんな事じゃ、バアル(あいつ)は死にやしない・・・。」
「え・・・?」
「だって・・・」
皆が、戸惑いの表情を浮かべたその時、
「・・・何だ!?」
トウハの言葉を肯定するかの様に、その声が響いた。
ガイは当惑していた。
自分の爪は確かに奴の身体を捕らえた。
”手応え”もあった。
しかし、その手応えは―
「ガイ!!」
不意にかけられた声に、彼はハッと我に帰る。
途端、その目に入る中のは、宙に舞う”それ”の顔。
嗤っていた。
半分がなくなった身体で。
クルクルと宙を舞いながら。
その真っ赤な描眼を歪ませながら。
嗤っていた。
ゾクリ
走る悪寒。
「――!!」
反射的に身を引く。
瞬間―
バクンッ
間にあったガイの身体を挟み込む様に、上下に両断された筈の身体がくっついた。
ジュウ・・・
切断された断面が交じり合う様に渦を巻き、溶け合い、融合する。
その非現実的な挟撃から、かろうじて逃れたガイ。
数メートルの距離を飛びずさり、地面に転がる。
『―禍禍禍、惜しい、惜しい―』
前を向いていた顔をグルリと回してガイの方を見ると、”それ”は何事もなかった様に嗤う。
「野郎、気味の悪い真似しやがって・・・。」
体制を立て直しながら、青息を吐くガイ。
見れば、一拍逃げ遅れた服の端が抉り取られた様になくなっている。
”それ”の身体に巻き込まれ、”喰われた”のだ。
『―気をつけたまえ。小生の身体は些か意地汚い。迂闊に突っ込めば、その通りだ―』
主の言葉に呼応するかの様に、虚無色の身体がゴボゴボと蠢く。
「・・・悪趣味の上に悪食かよ。手に負えねえな・・・。」
額を流れる汗を拭いながら毒づくガイ。
「ならば、これはどうです!?」
そんな声と共に、朱色の矢が雨の様に”それ”に降り注ぐ。
飛び上がったレイが、上空から朱雀の矢を放ったのだ。
放たれた矢は狙い過たず、”それ”の身体に突き刺さっていく。
瞬く間に、ハリネズミになる”それ”。
しかし―
ズリュリュッ
また黒衣が蠢き、渦を巻く。
すると突き立っていた矢は見る見るそれに巻き込まれ、虚無の中へと呑まれて消えた。
「――!!」
驚きに目を見張るレイ。
と、その目に飛び込んでくる青い光。
ズガガガガッ
轟音と共に地が揺れる。
青く光る衝撃波が、地面を削りながら”それ”に迫っていた。
”それ”が振り返るのと、衝撃がその身に接するのはほぼ同時。
ズバァッ
青い光が、斬音と共に虚無色の身体を切り裂く。
―が、結果は同じ。
衝撃で、ガクンと仰け反った身体。
それがゆっくりと起き上がる。
ズルズル・・・
同時に渦を巻く黒衣。
泣き別れた身体が、元の形へと戻っていく。
「・・・何と・・・。」
「『青龍の牙』でもダメかよ・・・。」
ガイやレイが呆れる中、振り下ろした『青龍の牙』を右手に下げながら、ゴウは傍らに立つシンに尋ねる。
「どうだ?シン。」
「ええ、大体見当がつきました。」
事態を静観していたシンはそう言うと、ガイに向かって呼びかける。
「ガイ。」
「何だよ?」
「先ほど、奴の身体を裂いた時の手応えはどうでしたか?」
その問いに一瞬キョトンとすると、ガイはその時の事を思い出す様に右手をワシャワシャさせる。
「あー、確か妙な感じだったな。なんつーかこう、水の中を掻いてるみてーな・・・。」
「・・・やはり・・・。」
シンが、その目を細める。
「ちっ・・・こうなりゃやけだ!!効かなきゃ、効くまでぶん殴ってやらぁ!!」
「やれやれ・・・。またそれですか。もっとも、確かに他に手はなさそうですが・・・。」
ブンブンと右手を回すガイにため息をつきながらも、レイは『朱雀の翼』を広げる。
そして、両者がもう一度攻撃に移ろうとしたその時―
「待ちなさい!!」
急に響いた声が、二人の動きを制する。
「な、何だよ!?」
突っ込もうとした所を止められたガイが、急ブレーキを踏みながら怒鳴る。
「何か掴みましたか?」
上空から問いかけるレイに頷きながら、シンは言う。
「とりあえず、攻撃は止めてください。するだけ無駄です。」
「あぁ!?」
怪訝そうな顔をするガイ。
そんな彼には構わず、シンは言葉を続ける。
「奴は、魔王(バアル)は私達とは違った位相に存在しています。」
「な・・・!?」
「何だ!?そりゃあ!!」
唖然とするレイとガイ。
その向こうで、”それ”がニヤリと笑みを浮かべる。
『―ほう。気がついたかね?―』
「ええ。でもなければ、その不死身っぷり。説明がつきません。」
そう言うと、シンは一歩前に出て“それ”に対峙した。
「位相が違うって、どういう事・・・?」
話を聞いていたミカが、訳が分からないと言った態で傍らのアユミに尋ねる。
「それは・・・」
「説明するだけ無駄だよ。お笑い兎なんかに、理解出来る訳がない。」
答えようとしたアユミを、そんな声が遮る。
声の主はトウハ。
彼女は相変わらず悟郎の前に立ったまま、まんじりともせずに”それ”の動向を見つめている。
そんな彼女の背中に向かって、ミカががなる。
「ちょっとアンタ!!何よその言い方!!それじゃまるでミカが馬鹿みたいじゃない!?って言うか、何ちゃっかりこっち側に来てんのよ!?アンタはあっち側でしょうが!!あっち!!しっしっ!!」
そう言って、ハエでも追うように手をふるミカ。そんな彼女を振り返りもせずに、トウハは言い返す。
「ご主人様が心配なだけ。あんた達なんか関係ない。それと、まるでじゃなくてそのものズバリだって言ってる。そんな事も分からないなんて、ホント、馬鹿。」
その言い様に、ミカはますますいきり立つ。
「何ですってー!?上等じゃない!!この場で決着つけてやるわ!!表出なさい!!表!!」
「ここが表だっつの。じゃあ何?説明したら分かる訳?」
「分かるわよ!!分かってやろうじゃない!!3級守護天使舐めんじゃないわよコノヤロー!!」
「いいわ。じゃあ、語ってあげる。」
そして溜息を一つつくと、トウハは語り始めた。
曰く。
『位相』とは、『動きや変化の中に現れる、特定の状況や位置』の事。
水が低温下では氷になり、高温下では水蒸気になる様に、物質は同じ存在のものであっても、それが置かれる環境下によって違った存在の形をとる。
では、物質が『生物』という環境下に置かれた時に取る位相は何か。
答えは明白。『固体』である。
完全な液状の生物というものは存在しないし、気体状の生物などというものも有り得ない。
己を構成する『肉体』という『固体』が位相を変える時、その生物は生物としての有り様を失う。
動物が溶けたらどうなるか?
植物が蒸発したら?
その状態で、生物としての存在を保てるものなど、有りはしない。
その変化の先にあるのは、生物からの位相の変化。つまりは『死』しか有り得ないのだから。
「意味、分かる?」
語り終えたトウハが、ミカに問う。
「・・・分かるっちゃ、分かるけど・・・」
「あら、以外。」
わざとらしく驚く声。
「うっさいわね。いちいちこの小悪魔は・・・。」
苛立たしげに言うミカ。しかし、その顔は釈然としない色を浮かべる。
「・・・だけど・・・。」
「何よ?」
「何か、納得出来ないんだけど・・・」
首を傾げるミカ。
「何が?」
「だって・・・それじゃ・・・」
自分が何を言いたいのか、上手く言葉にならない。ミカはもどかしげに口をパクパクさせる。
と―
「馬鹿な事、言わないでください!!」
「!?」
不意に横から入ってきた声に、ミカが視線を向ける。
トウハは相変わらず、”それ”と四聖獣を見据えたまま。
声の主は、アユミ。
彼女は呆然としたまま、言葉を続ける。
「そんな、生き物なんて・・・違う位相に存在する生物なんて、理に反します!!」
「そうよ!!それ!!」
ミカが、ポンと手を打つ。
「あんた、言ったじゃない。液体や気体の生物はいないって。それじゃ、魔王(あいつ)は何なのよ?」
「ちょっと違うなぁ・・・。」
トウハが、呟く様に言う。
「は?」
「バアル(あいつ)は、もっと上位の位相の存在。もう、物質ですらない。”アレ”は現象。地震や、竜巻と同じ。意思を持った、”魔王”と言う名の現象。」
「な・・・!?」
「はぁ!?」
それを聞いたミカとアユミが、そろって息を飲む。
「何よそれ!?それじゃまるで出鱈目じゃない!!」
「出鱈目だよ。」
ミカの言葉に、トウハはあっさりと頷く。
「そんな事、有り得ません!!」
「有り得ないよ。」
アユミの言葉にも、反応は同じ。
そして、トウハは言う。
「出鱈目だし、有り得ない。だけど、バアル(あいつ)は存在する。」
「な・・・な・・・」
「・・・矛盾・・・してます・・・。」
混乱する二人を、しかしトウハはせせら笑う。
「矛盾?言い得て妙だね。それこそ、魔王(あいつ)を体現する言葉かも。」
息を呑む二人。
アユミが、戦慄きながら言う。
「それじゃ・・・それじゃあ・・・」
その言わんとする事を察したのか、トウハがチロリと彼女を見る。
まるで、憐れむ様な視線で。
「・・・火を傷つける事は出来ない。水を殺す事は出来ない・・・。」
呟く言葉が、絶望を紡ぐ。
「バアル(あいつ)は生物であって生物じゃない。壊れない。殺せない。理は魔王(あいつ)を縛れない。死の概念は、魔王(あいつ)には届かない・・・。だから・・・」
最後の言葉を拒絶する様に、アユミは首を振る。
言わないでくれと言う様に、首を振る。
しかし、トウハは言う。
まるで、諦めろと言う様に。
「・・・勝てないね。」
アユミの顔が、絶望に歪む。
「四聖獣(彼ら)は、勝てない。」
その言葉に、その場の皆が絶句した。
続く
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