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2014年12月09日

十三月の翼・59(天使のしっぽ・二次創作作品)




 こんばんは。土斑猫です。
 「十三月の翼」59話掲載です。
 な、長かった・・・。今までで最高に長い1話だ。
 でも、お陰でようやく次回に最終回に持ち込めそうです。
 と言う訳で、お付き合いの程を。



ヘル.jpg


                     ―桜風―


 「――――っ!?」
 不意に感じたその気配に、ユキは振り返った。
 ここは、メイドの世界。
 全てが終わった後、彼女は悟郎と守護天使達を四聖獣に託してこの世界に戻っていた。
 心残りは多分にあったが、新しく生まれる守護天使達を導く役目をこれ以上捨て置く訳にはいかなかった。
 それでも、想いは変わらず皆とある。
 特に、悟郎やアカネの傷は深い。
 バランスを欠いた心が、どんな不慮の事態を呼ぶか分からなかった。
 故に、僅かな異変にも気づける様にアンテナを張っていた。
 そのアンテナに、何かが引っかかった。
 急いで、水晶玉を覗く。
 映し出される、悟郎達のアパート。
 それを、確かに何かの気配が包んでいた。
 しかし―
 緊張が、当惑に変わる。
 「これは・・・?」
 戸惑う口が紡ぐ。
 「神気・・・?」
 見入る彼女の目の前で、優しい気配がフワリと揺れた。  

 
 「・・・な、何だ・・・?こりゃあ・・・」
 戸口に立ち尽くすガイが、呆然と呟く。
 離れたメイドの世界にいるユキが気づいた異変。
 近くの四聖獣達が、気づかない道理はない。
 けれど、そんな彼らもやはりその気配に戸惑いを覚える。
 彼らが見つめるのは、眠りにつく守護天使達の姿。
 その中、横たわるアカネを中心に件の気配は流れ出していた。
 しかし、部屋を舞うそれは酷く優しい。
 まるで天使達の眠りを覚ますまいとするかの様に、静かに、穏やかに、部屋を巡る。
 それを読んだレイが呟く。
 「妖気ではない・・・。これは・・・神気?いや、しかし・・・」
 それを継ぐ様に、シンも言う。
 「私達の知る神気ではありません・・・。一体、これは・・・」
 「と、とにかく、あいつ起こすか?」
 眠るアカネに近づこうとするガイ。
 ―と、
 ビンッ
 「ウガッ!?」
 悲鳴をあげて、ガイが飛び上がる。
 「ど、どうしました!?」
 慌てて問うレイ。
 そんな彼に、ガイは鼻を押さえながら涙目で答える。
 「はら、はひはれら・・・。(鼻、弾かれた・・・。)」
 「はあ?」
 ポカンとする、レイとシン。
 「どうやら、起こすなと言う事らしいな。」
 様子を見ていたゴウが言う。
 すると、
 フワリ・・・
 華の香が、彼らを包んだ。
 優しい温もり。
 逆立つ心が、凪いでいく。
 それは、まるで自分の意を察してくれた事を感謝する様で。 
 「兄者・・・。」
 それを感じたシンが、ゴウを見る。
 「ああ・・・。」
 頷くゴウ。
 「どうやら、害意はないらしい・・・。」
 同じ意見なのだろう。
 他の三人が、身体から力を抜く。
 「ただし、気は抜くな。何が起こっても、対処出来る様にしておけ。」
 そう釘を刺すと、彼は気配の漂う空間をもう一度見上げた。


 「冬葉お姉ちゃん・・・どうして・・・」
 呆然と彼女を見上げながら、悟郎は呟く。
 そんな彼を見下ろしながら、冬葉はただニコニコと微笑むだけ。
 やがて、何かを察した様に悟郎の顔に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
 「ああ・・・、そうか・・・。これは、夢なんだ・・・。」
 左手で顔を覆い、ククッと笑う。
 「お姉ちゃんを死なせて、トウハも助けられず、挙句にこんな自慰の夢・・・。本当に、救い様がないな・・・。」
 もう、自分を肯定する理由すらない。
 いっそ、気が狂った方がマシではないかと思えたその時、
 (あれあれ。すっかり捻ちゃって。)
 そんな声が響いた瞬間、
 ザァ・・・
 桜色の風が、視界を覆う。
 次に視界が開けた時、木の上にいた筈の冬葉がいつの間にか目の前に立っていた。
 ビクリ
 怯える様に後ずさる悟郎。
 そんな彼を見上げながら、冬葉の姿のそれは言う。
 (ホント、大きくなったなぁ。あの頃は、わたしの方がずっと大きかったのに。)
 ニコリと、微笑む顔。
 あの頃のままの、優しい笑顔。
 一瞬、例え様もない安らぎが胸を満たす。
 ザァ・・・
 再び舞う、桜色の風。
 気づくと、悟郎は膝まずく様にして冬葉に抱きしめられていた。
 熱くもなければ、冷たくもない。不思議な体温。
 甘く爽やかな桜の香りが胸を満たす。
 (これはね・・・。)
 耳元で、鈴音の声が囁く。
 (確かに現実とは違うけど・・・)
 ポンポン
 小さな手が、背中を叩く感触。
 (夢なんて、悲しいものでもないよ。)
 声は出なかった。
 抱きしめられる感触の全て。
 それが、彼女の言葉の真実を物語っていた。
 (分かるよね・・・。)
 その声に促される様に。
 (この”わたし”は、本当の”わたし”・・・。)
 何かがこみ上げる。
 (だから・・・。)
 頬を、熱い雫が伝う。
 (いいんだよ・・・。)
 気づいたとき、悟郎は泣いていた。
 彼女の腕の中で。
 幼子の様に。
 声を上げて。
 泣いていた。
 (よしよし・・・。)
 冬葉が、そんな彼の背を叩く。
 ポンポン
 ポンポン
 (辛かったね。頑張ったね・・・。)
 まるで、ぐずる弟をなだめる様に。
 悟郎の涙が枯れるまで、彼女はその背を叩き続けた。


 ・・・アカネは、夜の町にいた。
 立ち並ぶ建物に灯りはあるが、人通りは全くない。
 辺りを見回すと、一軒の店が目に入った。
 建てられて間もない、洋菓子店。
 ぼんやりと灯りの点いたその外見に、アカネは見覚えがあった。
 「ここは・・・」
 そう。
 忘れる筈もない。
 ここは、アカネが彼女と初めて出会った場所。
 忌まわしい。
 けれど、懐かしい。
 あの場所。
 「わたし・・・何で・・・?」
 自分は家で寝ていた筈。
 何故、こんな所にいるのだろう。
 疑問は、しかしすぐに氷解する。
 「ああ・・・夢か・・・。」
 そう気づき、溜息をつく。
 空を仰げば、そこにはあの夜と同じ三日月。
 もっとも、その色だけはあの禍々しい濁赤ではなく、白だけど。
 それを見つめながら、アカネはス・・・と目を細める。
 その目尻から溢れる、一筋の雫。
 ああ、やっぱり駄目だ・・・。
 涙が溢れるままに、そう思う。
 振り切る事など、出来ない。
 忘れる事など、叶う筈もない。
 あの娘の事。
 あの娘との事。
 何よりも怖かった彼女。
 心を重ねた彼女。
 闇の中で泣いてた彼女。
 救う事の、叶わなかった彼女。
 四聖獣が言っていた。
 その魂は、無に散じてしまったと。
 それは、一動物としての転生すらもままならないという事。
 結局、自分は何も出来なかった。
 あの娘の想いに、答える事すら出来なかった。
 心に負った傷は消えない。
 消えるべきではない。
 この傷を自分は一生、いや、魂がこの世界にある限り背負っていくのだ。
 それがあの娘が負った痛みに対する、せめてもの償い。
 それすら、結局は自己満足に過ぎないのだろうけど。
 疼く胸を抑えながら、アカネはもう一度月を見上げた。


 (もう、いいのかな?)
 悟郎が自分から身を離すのを見て、冬葉はそう言った。
 「うん・・・。ごめん、冬葉お姉ちゃん・・・。」
 赤味を帯びた目を擦る悟郎を見つめながら、彼女はニコリと微笑んだ。


 (全く。こんな事にならない様にあの時の事、忘れさせておいたんだけどなぁ・・・)
 草の上に腰を下ろした冬葉が、(上手くいかないもんだねぇ。)などと言いながら、溜息をつく。
 「・・・それじゃ、あの時の記憶がなかったのは・・・!?」
 驚いた悟郎の問いに、頷く冬葉。
 (うん。わたしが持って行った。)
 さらりと言い放つと、ペコリと頭を下げる。
 (でも、結局それが君と”あの娘”を苦しめる事になっちゃった。ごめん。)
 謝る彼女。けれど、悟郎は責めようとはしない。
 「謝らないで。お姉ちゃんは僕のためを思ってしてくれたんだ。むしろ僕の方こそ、冬葉お姉ちゃんやトウハに取り返しのつかない事を・・・」
 (でも、その代わりに君は沢山の命を助けてる。)
 「!!」
 (一つの命が、別の命の対価になる訳じゃないけれど。それでも、あの時のわたしの選択は間違ってなかったと思ってる。それは、わたしだけでなく、”あの娘”もそう。)
 その言葉が、初めて悟郎の心を逆立てる。
 「気休めは止めて!!」
 思わず、荒ぶ声。
 冬葉の目が、彼を見上げる。
 「・・・あの娘は、消えてしまった・・・。たった一人で!!また、僕のために!!」
 (・・・・・・。)
 「そんな事をした僕が、許される筈がない・・・!!許される筈がないじゃないか!!」
 心の澱を吐き散らす様な。
 行き場のない怒りをぶつける様な。
 そんな、叫び。
 しかし、そんな八つ当たりとも言える様な声を、冬葉はそよ風の様に受け止める。
 そして、
 (わかってないなぁ。)
 些か、呆れた様に言う。
 「何が!?」
 噛み付く悟郎。
 けれど、彼女は怯まない。
 まるで、子供の駄々を諭す様に答える。
 (あの娘は何にも怒ってない。心を残してもいない。まして、救われてないなんて事、ありえない。)
 「どうして・・・どうしてそんな事が分かるの!?」
 (分かるよ。)
 平然と、彼女は言う。
 まるで、当たり前の事の様に。
 (だって・・・)
 ニッコリと笑って。
 その言葉を。

 (―直接、聞いたもの。―)



 背後から聞こえてきた声に、アカネはその身を固めた。
 振り向く事は出来ない。
 上げた視線を下ろす事すら出来ない。
 ただ、震えるままに月を見つめる。
 そして、
 「だぁ〜かぁ〜らぁ〜」
 その声が、
 「言ってるでしょう!?」
 再び、言う。
 「月ばっかり、見てるなってーの!!」
 グニャッ
 「むぐぅっ!?」
 後ろから伸びた手に、両頬を掴まれる。
 グニグニ・・・グニッ・・・
 頬っぺが、縦横無尽に引っ張られる。
 「い・・・いふぁいいふぁい!!」
 堪らず、その手を振りほどく。
 勢いで振り向いた視界の先。
 そこで揺れるのは、透き通る様な純白の髪。
 琥珀色の瞳が彼女を映し、薄い唇がニコリと微笑んだ。


 「・・・嘘だ・・・。」
 たった今聞いた言葉を受け切れず、悟郎は呆然と呟いた。
 (嘘じゃないよ。)
 狼狽える彼に向かって、冬葉は静かに言う。
 (嘘ついたって、仕方ないでしょ?)
 「でも、あの娘は・・・あの娘は、消えてしまったって・・・魂も残さず、なくなってしまったって・・・!!」
 (確かに、危なかったけどね。)
 若草の床から立ち上がる冬葉。青い空を仰ぐ様にして、悟郎の顔を見る。艶やかな髪がサラリと流れて、柔らかいそよ風に舞った。
 (君が、わたしを繋いでくれたから。狐さんが、わたしを咲かせてくれたから。君達が、あの娘の心を溶かしてくれたから・・・)
 言いながら、懐から何かを取り出す。
 (わたしは、あの娘を受け止める事が出来た。)
 それを見た悟郎が、目を見開く。
 「あ・・・ああ・・・」
 (あの娘がね、君が信じなかったら、これを見せてくれってさ。)
 声を失う悟郎の前で、冬葉が得意そうに笑む。
 差し出された手の中でたなびくのは、陽の光にキラキラと光る白透色のリボン。
 それは紛う事なく、”彼女”を飾っていたもの。 
 悟郎はもう一度、目の前の少女を見つめる。
 ザァ・・・
 桜が舞う。
 春色の風の中で、佇む冬葉。
 悟郎は、問う。
 「・・・冬葉お姉ちゃん・・・いや、君は・・・君は一体・・・?」
 桜の華弁の向こうの顔が、微笑んだ。


 『―産土神(うぶすながみ)?』
 それを聞いた屍姫(ヘル)が、珍しい単語を聞いたと言う様に目をパチクリさせた。
 ―産土神(うぶすながみ)とは、個々の命が生まれた土地を守護する神である。
 己の守護地に住まう命を生まれる前から死んだ後まで守り、対象となる者が他所に移住しても一生を通じ守護するとされている。
 『光にも闇にも属さない、星そのものに根を下ろす神ですの。絶滅寸前だと聞いてましたけど?―』
 『―ああ―』
 彼女の言葉に、”それ”は頷く。
 『―今日日、人間達の信仰が減ったせいで殆ど見られなくなった。その上、行動が特定の地域に限られていると来ている。まさか、観察する機会に恵まれるとは思わなかった。全く、実に有意義な時間だったよ―』
 『『『―へえ。で、その引きこもりが何でまた出てきたんだい?―』』』
 ガラガランと頭を鳴らすナベリウス。 
 怠惰とはいえ、彼もまた知識欲には貪欲な魔王の一人。それなりに、興味はあるらしい。
 『―本体ではなかったね。あれは恐らく”分体”だ―』
 『『『―分体?ああ、守護地から離れた者についていかせる種芽の事かい?―』』』
 カラコロン
 三つの頭が、軽い音を立てながらてんでに揺れる。
 『『『―成程、合点が行った。君の子、故郷の産土の守護下にいたな?彼奴らは己の縄張り内では万能に近いと聞いた。輪廻から外れた魂をもう一度引き込む事も、可能と言う訳か―』』』
 『―光の理にも闇の鎖にも縛られない、純粋に命のみを司る存在が故の所業だろうね―』
 けれど、それに屍姫(ヘル)が意を唱える。
 『―でも、変ですの。そういった顕界(あちら)での因果は、こちらに堕ちる際に全て切れる筈ですの。産土の守護とて 同じ筈。それが、何故?―』
 その問いに、”それ”が待ってましたとばかりに破顔する。
 『―そう。そこが今回の話の妙味な所だよ―』
 今だ降りしきる華の雪。
 暇を持て余した魔王達の会話は続く。


 (苦労したよ?君を通して、狐さんに種を植えて、苗床代わりになってもらって、力場を作って、その中からあの子の魂が散じる瞬間に取り込むってね。気の抜けない一大作戦。)
 「・・・・・・。」
 (散華する瞬間の魂なら、フリーだからね。わたしでも輪廻を紡ぎ直せる。)
 「冬葉お姉ちゃん・・・」
 (まぁ、散っちゃった分、魂魄が減ったからその分回復には時間がかかると思うけど・・・)
 「冬葉お姉ちゃん!!」
 (・・・・・・。)
 半ば叫びの様な悟郎の声に、冬葉は言の葉を止める。
 「それじゃ・・・それじゃ、お姉ちゃんは・・・?」
 その問いかけに、冬葉はふと寂しげな笑みを浮かべる。
 (そうだよ。悟郎君・・・。)
 ザァ・・・
 風が吹く。
 華吹雪の中で、冬葉の姿が一瞬視界から消える。
 そして次に悟郎が彼女を視認した時、その姿は違うものへと変わっていた。
 薄桜色の和装。たなびく羽衣。神に、仕える者の姿。
 呆然と見つめる悟郎に、彼女は言う。
 (わたしの魂は、あの時地に抱かれて取り込まれた。そして、あの地の産土の一部になったの。)
 薄く紅をさした唇が、ふふ、と笑む。
 (わたし、変わり者だったからねぇ。だから、見初められちゃったのかな?)
 その声を聞きながら、悟郎は戦慄く様に震える。
 「だって・・・だって、それじゃお姉ちゃんは・・・」
 そう。
 神に見初められると言う事。
 一部になると言う事。
 それは、言い換えれば魂が縛られると言う事。
 輪廻も。
 転生も望めない。
 ただ、在り続けるだけ。
 それが如何に辛い事かを、悟郎はトウハによって痛いほどに知らされていた。
 「お姉ちゃん・・・。」
 ヨロヨロと冬葉に近づく悟郎。
 そして―
 バチコーンッ
 「ぶっ!?」
 両頬を掌で挟む様にして、叩かれた。
 (また、そんな顔をする!!)
 冬葉が、怒った顔で彼を睨みつけていた。
 (言っておくけどね、わたしは自分を可哀想だなんて思ってないよ。こうなったお陰で、得たものが沢山ある。出来る様になった事が沢山ある。そして、何より・・・)
 冬葉が、手にしたリボンを胸に抱く。
 (あの娘を、助ける事が出来た・・・。)
 「冬葉お姉ちゃん・・・。」
 (それに・・・)
 目を細めて手を口に当てると、クスリと笑う。
 (格好良くなった悟郎君も見れたしね。)
 「な・・・!?」
 赤くなる悟郎。冬葉は、それを見て笑い転げる。
 (あはは、可愛いなぁ。もう。あの娘が入れ込むのも分かるかも。)
 「!!」
 それを聞いた悟郎が、ハッと我に返る。
 「お姉ちゃん、トウハは!?トウハは何処!?」
 (とうは?とうはって・・・、ああ、あの娘の事か。紛らわしいなぁ。もう・・・)
 「そんな事いいから!!トウハに会わせて!!」
 詰め寄る悟郎にちょっと引きながら、冬葉が答える。
 (ああ、あの娘はね、今別口に行ってる。)
 「別口・・・?」
 (決まってるでしょ?あの娘にとって大切な、もう一人。)
 「あ・・・!!」
 頷く冬葉。
 (そう。狐さんの所だよ。)
 言葉とともに、空を仰ぐ。
 桜の華が、その先を導く様に風に舞った。


 星の空に浮かぶ、真っ白い三日の月。
 その下に広がる夜街。
 人影はない。
 誰もいない。
 いるのは二人。
 たった、二人。
 その内の一人が言う。
 空の月と同じ様に、真っ白な髪をシャラリと鳴らして。
 「・・・で、そう言う訳よ。全く、折角様になる終わり方出来たと思ったのに。様にならないったらないわ。」
 対する一人は、何も言わない。
 言えない。
 ただ、天の月と同じ様に、黄金(こがね)の束を震わせるだけ。
 白い少女―かつてクロスズメバチのトウハと呼ばれた少女が、苛立つ様に声を荒げる。
 「何なのよ!?もう!!しけた顔しちゃってさ!!そんなんで、人との約束守れんでしょうね!?」
 けれど、黄金(こがね)の少女―キツネのアカネは答えない。
 ただ震え、立ち尽くすだけ。
 トウハはますます苛立つ。
 「だーっ!!いい加減にしてよ!!さっきから人もとい悪魔を幽霊見るみたいな目で見てさ!!そりゃ、今は似た様なもんだけど・・・!?」
 言いかけていた啖呵が止まる。
 目に涙をためたアカネが、両腕を広げて飛びついてきたのだ。
 しかし―
 スカッ
 抱き締めようとした両手は、虚しく空をかく。
 その勢いのまま、アカネは突っ伏す様に地面に転がった。
 「あ・・・いたたた・・・」
 「・・・何やってんの?」
 その醜態を冷ややかな目で見下しながら、トウハは呆れ声で言う。
 「話、聞いてなかったの?今のわたしは霊体。それも密度が減ってるの。触れる訳ないじゃない。」
 「ご・・・ごめん・・・。つい・・・。」
 頭をさすりながら身を起こすアカネ。
 それを見ながら、トウハは溜息をつく。
 「あ〜あ。こんな調子じゃあ、ご主人様の事頼む相手、間違えたかしら?」
 そんな事をぼやきながら、アカネに向かって手を差し出す。
 「あ・・・え・・・?」
 戸惑う彼女に、あからさまに苛々しながら言う。
 「あ〜もう!!意識集中してるから、今度は触れるわよ!!」
 その言葉に従って、おずおずと手を触れる。
 ・・・感触があった。
 そのまま、握り締める。
 「ほら、チャッチャと立ちなさい。」
 そう言って立たせようとするが、肝心の本人が動かない。
 「ちょっと!!何やってんのよ!?さっさと立てって・・・?」
 急かそうとした言葉が途切れる。
 アカネは、泣いていた。
 掴んだ手を額に当て、祈る様に。
 まるで、これが幻なら消えてくれるなと祈る様に。
 「・・・・・・。」
 トウハは黙ったまま、しばしの間そのままでいた。
 少女の嗚咽は続く。
 その願いを途絶えさせぬ様に、月はただただ白く輝いていた。


 「じゃあ、君は転生出来るんだな!?」
 月明かりの中に佇む、洋菓子店。
 その入口に続く階段に並んで腰掛け、少女達は話していた。
 アカネの確かめる様な問いに、トウハが答える。
 「まあ、そう言う事になったみたい。カッコのつかない話だけどね。もっとも・・・」
 目の前に、手をかざす。
 白い肌が、月の光を通す様に透ける。
 「魂の密度が減っちゃったから、しばらく”アイツ”の中で眠らなきゃいけないらしいけど・・・。」
 「あいつって、冬葉さん?」
 「そ。」
 そう呟いて、長い髪を指先でクルクルと弄ぶ。
 「”アイツ”、ずっとキミの中で見てたみたい。」
 「わたしの中で・・・。」
 胸に手を当てるアカネ。
 「狐って、土気の強い動物だからね。苗床代わりに丁度良かったんだとさ。」
 そう言って、ジト目でアカネを睨むトウハ。
 「おかしいと思ってたんだ。たまに、どう考えたってキャパシティ以上の事してくるからさ。」
 「オプション付きなんてずるいよね〜。」などとボヤく。
 「そんな事言われても・・・。」
 困った顔をするアカネ。話を逸らす様に、言葉を紡ぐ。
 「じゃ、じゃあ、君がご主人様の田舎に追っていけなかったのは・・・」
 「ん。”アイツ”のせい。分体でこの有様なのに、本体の近くなんて行ける筈ないじゃん。弾かれるか、逆に吸収されるのがオチ。」
 「キミにも、苦手な相手っていたんだな。」
 「そう。悪魔だって、姑は怖い。」
 叩き合う軽口。二人は、クスクスと笑い合う。
 と、
 チラリ
 二人の目の前を、数枚の桜が舞う。
 「あ・・・。」
 「・・・そろそろ、時間かな?」
 そう言って、立ち上がるトウハ。
 アカネも慌てて立ち上がる。
 「・・・行っちゃうのか・・・?」
 「こんな成りで、いつまでもここにいる訳にいかないじゃん?」
 その言葉に、追いすがる様にアカネは言う。
 「ご主人様には・・・そ、そうだ!!ナナやクルミ姉さんにも・・・!!」
 「時間がね・・・。身体が、もたないんだ。」
 寂しげに言うその身体は、月明かりの中で薄く透ける。
 「じゃあ・・・何で、わたしなんかの所に・・・」
 問うアカネに、微笑むトウハ。
 「なんかね、キミに会いたかったんだ・・・。」
 照れくさそうに、ポリポリと頭をかく。
 「トウハ・・・。」
 「ご主人様に、合わせる顔がないってのもあるけどね。まあ、言伝(ことづて)は頼んだし・・・。心残りはないよ。」
 そう言って、するりと両手を上げる。
 白い手がアカネの首に回り、クイッと引き寄せる。
 コツン
 ぶつかり合う、二人の額。
 琥珀の瞳にアカネの顔を映しながら、トウハは言う。
 「・・・どれだけかかるか、分からないけれど・・・」
 「うん・・・。」
 「必ず帰ってくるから・・・」
 「うん・・・。」
 「元気でいなさい・・・。」
 「うん・・・。」
 「キミ達の光が、わたしの導になるから・・・。」
 「分かった・・・。」
 そして、二人は目を閉じる。
 まるで、お互いの存在を確かめ合う様に。
 しばしの、間。
 と、トウハが呟く。
 「あのさ・・・。」
 「ん・・・?」
 「この事、夢だと思う?」
 「・・・・・・。」
 「思う?」
 躊躇う様に、アカネは言う。
 「・・・本当は、少し怖い・・・」
 「だと思った・・・。」
 クスリと笑う気配。
 「だからね、証拠を残してあげる。」
 「・・・証拠?」
 「そう。証拠。」
 クスクスと、悪戯を企む子供の様な笑い声。
 「何なの・・・?」
 「それは、見てのお楽しみ。」
 「・・・意地悪だな・・・。」
 「そう。わたしは意地悪なの。」
 クスクス。
 笑い合う二人。
 そして―
 「じゃ、行くね。」
 「・・・うん。」
 「行ってきます・・・。」
 「行って、らっしゃい・・・。」
 気配が消える。
 アカネが目を開けると、そこにはもうトウハの姿はなかった。


 (さ〜て、わたしもそろそろ行かなくちゃ。)
 青い空を仰ぎながら、冬葉は言う。
 「え・・・?行っちゃうのかい?」
 それを聞いた悟郎が、寂しげな顔をする。
 (まあね。早く本体に戻って、”あの娘”を休ませてあげないと。)
 「そうか・・・。」
 その顔を見た冬葉が笑う。
 (ほら、そんな顔しない!!これ、上げるから!!)
 そう言って、何かを悟郎に握らせる。
 「あ・・・。」
 手の中を見た悟郎の口から、声が漏れる。
 そこにあったのは、風に揺れる白透色のリボン。
 (今度”あの娘”を迎える時には、そんな顔しちゃ駄目だよ。)
 「うん・・・。」
 頷く悟郎に向かって、ニコリと笑うと冬葉は手をかざす。
 ザァ・・・
 舞い吹雪く、桜の華弁。
 その風の中で、冬葉は言う。
 (悟郎君、わたし”達”はいつでも”あそこ”にいるから!!)
 「―――――っ!!」
 (会いに来てね!!待ってるよ!!)
 「う、うん!!」
 その声に、悟郎は声を張り上げて答える。
 (それから―)
 「何!?」
 (”お土産”、置いとくからー!!)
 「お土産!?」
 (うん!!)
 「お土産って、何さー!?」
 (見てからのお楽しみー!!)
 クスクスクス・・・
 風音に混じって流れる、鈴音の笑い声。
 視界を覆う、桜色。
 甘い陶酔。
 温む安らぎ。
 その中で、悟郎の意識はゆっくりと薄れていった。


 「気配が・・・消えた?」
 事態を見守っていた四聖獣達が、辺りを見回す。
 それまで部屋・・・否、家中に満ちていた気配が、嘘の様に消えていた。
 感覚を最大にして探るが、特に変わった事もない。
 少女達は相変わらず、スヤスヤと穏やかな寝息を立てている。
 「結局、何だったんだ・・・って、うおっ!?」
 言いかけたガイが、驚きの声を上げる。
 それまで眠っていた筈のアカネが、突然身を起こしていた。
 まるで夢から覚めた様に、布団の上で目をパチクリさせている。
 「お・・・おい。大丈夫か?おま・・・って、どわぁっ!?」
 再度、驚くガイ。
 唐突に布団から飛び出したアカネが、覗き込もうとしたガイを突き飛ばして部屋から走り出ていた。
 「ちょ、ちょっと!?」
 「どうしました!?」
 他の四聖獣の声にも、アカネの足は止まらない。
 そのまま、廊下を駆け抜けて行く。
 「一体、さっきから何だってんだよぉ・・・?」
 突き飛ばされて転がっていたガイが、ブツクサ言いながら起き上がった。
 否。起き上がろうとした。
 しかし―
 ふぅうぅううううう〜
 ゾクリ
 下から聞こえる威嚇音と同時に襲ってきた悪寒に、その動きは止まる。
 恐る恐る下を見ると―
 真っ赤になって牙を向く、タマミの顔。
 ・・・突き飛ばされた拍子で、ガイはタマミに覆い被さる様に倒れていたのである。
 サーッ
 全身の血が音を立てて下がる。
 ジャキーンッ
 鋭い音を立てて伸びる、タマミの爪。
 「ま、待て!!違う!!違うぞ!!こ、これはだな!!その、何だ・・・いや、とにかくオレはそんなつもりじゃ・・・!!」
 「問答・・・」
 「いや、だから待てって・・・!!」
 「無用―――っ!!このエロどらねこ―――っ!!」
 ザシャシャシャ――――ッ
 「ウガァアアアアア――――ッッッ!!!」
 悲鳴とともに、真っ赤な華が壮絶に咲いた。


 ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・
 薄暗い部屋の中、アカネは閉められているカーテンの前に立っていた。
 その奥にあるのは、外を望むベランダ。
 手を伸ばし、カーテンを掴む。
 そして・・・。
 手が、動かない。
 心臓が、酷く高鳴っている。
 期待とともに、不安があった。
 あれは、やはり夢だったのではないだろうか。
 立ちきれない想いが見せた、自慰のための都合のいい夢。
 そんな思いが巡る。
 掌に、じっとりとにじむ汗。
 決意は、つかない。
 高鳴る期待。
 払えない不安。
 心の葛藤に耐えかね、アカネが目をつぶったその時―
 フワリ
 温かい感触が、その手を掴んだ。
 驚いて目を開ける。
 大きな手が、彼女の手を包む様にしてカーテンを掴んでいた。
 「・・・ご主人様!?」
 アカネに寄り添う様に立った悟郎が微笑む。
 「大丈夫だよ。アカネ。」
 その一言が、アカネに確信を与える。
 吹き飛ぶ不安。
 お互いに頷き合い、一気にカーテンを引いた。
 瞬間、極彩の眩きが彼らの視界を覆う。
 アパートの庭に作られた花壇。
 それが、色とりどりの華に埋まっていた。
 プリムラ。
 ダリア。
 ビオラ。 
 金魚草。 
 薔薇。
 向日葵。
 アキギリ。
 レンテンローズ。
 九輪草。
 パンジー。
 ローズマリー。
 バイケイソウ。
 季節も何も関係ない。
 十二の月を彩る華達。
 それが一斉に芽吹き、咲き誇っていた。
 ベランダに飛び出す、悟郎とアカネ。
 花壇の前で戸惑っている、女性の姿が目に入った。
 大家の、立川はるかである。
 悟郎とアカネに気がついた彼女が振り返る。
 「あ、あら。睦さんとアカネちゃん、こんにちは。」
 「こんにちは!!お花、凄いですね!!」
 悟郎の返事に、当惑する様にはるかは言う。
 「え、ええ。朝はどうって事なかったのに、さっき気がついたら・・・。どうしたのかしら・・・?」
 首を傾げるはるか。
 そんな彼女を他所に、アカネは満開の花壇を見つめる。
 その目は、見つけていた。
 いっぱいの華達の中で、恥ずかしそうに佇む一輪の銀花を。
 「・・・トウハ・・・。」
 呟く声に答える様に、銀の花弁がサラリと揺れた。


 ・・・後ろの方から、大勢の足音が聞こえる。
 恐らく、騒ぎで目を覚ました皆がこちらに向かって来ているのだろう。
 丁度いい。皆で祝おう。この小さな奇跡を。
 悟郎は握っていた右手を見る。
 その手の中には、白澄色のリボンが一本。
 「届いたよ・・・。お姉ちゃん。トウハ・・・。」
 そして、悟郎はそれをそっと胸に抱いた。
 流れる風の中に、微かに桜の香が香った。



                                    続く
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