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2013年07月31日

十三月の翼・40(天使のしっぽ・二次創作作品)







 はい。みなさん、こんばんは。
 今週の更新は「天使のしっぽ」二次創作、「十三月の翼」53話です。
 例によってヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意。


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 閻魔斑猫の萬部屋


イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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 ―声が、聞こえる。

 万物が眠る時の中。
 万象が絶える闇の中。

 聞こえる筈のない。
 聞こえる訳がない。
 聞こえてはいけない。

 声が、聞こえる。

 うわんうわんと。
 くわんくわんと。

 耳に痛く。
 脳漿に甘く。

 喚く様に。
 囁く様に。

 嘲る様に。
 愛でる様に。

 若く。
 老いた。

 男の様に。
 女の様に。

 大人の様に。
 子供の様に。

 人の様に。
 獣の様に。

 声が、聞こえる。

 光は怯え。
 闇は傅き。

 全てを隠す虚を孕んで
 全てを覆う無を纏って。

 声が、
 声が、
 声が、聞こえる―



                       ―顕現―


 ・・・ミドリは空を見上げていた。
 かの“声”に、皆が、神(四聖獣)すらも動揺する中、彼女は空を見上げていた。
 見つめていた。
 それは、他者とは違った視点に興味を抱く彼女独特の性癖がそうさせたのか、それとも単なる偶然だったのか。
 それは、分からない。
 とにかく。
 彼女は空を見上げていた。
 それだけは、確かな事。
 「・・・ミカ姉さん・・・」
 ミドリは、傍らに立つ彼女の袖を引く。
 呼びかける。
 震える手で。
 震える声で。
 「な、何よ?」
 ハッと我に帰った様に、ミカが振り返る。
 そんな彼女に、ミドリは言う。
 「お月様が、出てるのれす・・・。」
 「はぁ?」
 唐突と言えばあまりにも唐突な言葉。
 ミカは一瞬、ポカンとなる。
 「何言ってんのよ!!月なんて、最初っから出てたじゃない!!」
 この非常時に何を言っているのかと言わんばかりに、ミカは声を荒げる。
 けれど、ミドリは天を見上げたまま。
 まるで、目を離せば何か取り返しの付かない事が起こるとでも言う様に。
 彼女の目は、“それ”を見つめたまま。
 「・・・?ミドリ、ちょっとあんた、どうしたのよ!?」
 流石に様子がおかしいと思ったのか、ミカがペチペチとその頬を叩く。
 しかし、ミドリは視線を戻さない。
 「お月様が・・・出てるのれす・・・。」
 再び、呟く。
 「だから、月なんて最初っから出てるでしょう!?」
 苛立ったように言うミカ。
 と、
 「・・・違うのれす・・・」
 初めて返る言葉。
 それと同時に、微かな振るえがミカの手に伝わる。
 ミドリの身体が震えていた。
 怯える様に。
 戦慄く様に。
 カタカタと。
 プルプルと。
 「ミ・・・ミドリ・・・?」
 戸惑うミカに、ミドリは言う。
 「ねぇ・・・。ミカ姉さん・・・」
 彼女には似合わない、上ずった声。
 まるで、うわ言の様に言葉を綴る。
 「いつから・・・いつから・・・」
 喉が、カラカラに渇いていた。
 ゴクリと喉を鳴らす。
 しかし、それを潤す唾は一滴も湧いては来なかった。
 そして、彼女は紡ぐ。
 その言葉を。

 「お月様は、“二つ”になったれすか・・・?」

 「・・・え?」
 思いもがけない。
 否。思いもしない言葉。
 ミドリは天を見ている。
 変ることなく、天を見ている。
 震えながら。
 怯えながら。
 「・・・・・・?」
 やがてその視線を追う様に、ミカの視線も上を向き始める。
 何か、強烈な忌避感があった。
 見てはいけない。
 見るべきではない。
 気づいてはいけない。
 気づくべきではない。
 本能が語っていた。
 そう、告げていた。
 けれど、湧き出した求知心はそれを凌駕する。
 あるいはそれは、知る事で今の不安を払拭しようとする、せめてもの足掻きだったのかもしれない。
 ゆっくり。
 ゆっくり。
 視線が上がる。
 そして、視界がそれを捕らえる。
 捕らえてはいけない。
 それを捕らえる。
 「え・・・?」
 薄い唇が、そう声を漏らした。
 
 ・・・月が、浮いていた。

 暗い夜天の中天に、白く浮かぶ月。
 薄く欠けた、十三夜の月。
 今、当然空(そこ)にあるべき姿の月。
 けれど。
 その隣。
 その月のすぐ隣に。
 “それ”はあった。
 
 それは新円。
 歪んだ真円。
 それは、深紅。
 濁った、真紅。
 目を焼く程に。
 周囲の夜闇を霞ませる程に。
 赤い。
 紅い。
 朱い。
 黒いまでに、紅い円。
 それは、在り得ない。
 決して在り得ない。
 否。
 在ってはいけないもの。
 そこに“それ”があるならば、決して在り得てはいけないもの。
 ―月―
 そう呼ぶにはあまりに紅く。
 そう呼ぶにはあまりに歪で。
 だけど、天に浮かぶその在り様はそうとしか呼び様がなく。
 全ての否定を否定して。
 それはユラユラと、ユラユラと、浮かび、たゆらっていた。

 「・・・何よ・・・?あれ・・・?」
 ミカの口が、呆然と呟く。
 「え・・・?」
 「あ・・・!?」
 「きゃ・・・!!」 
 ミカとミドリの様子に気付いた皆も、次々に空を見上げては驚きの声を上げる。
 「お、おい!!何だよ!?ありゃ!!」
 「これは・・・一体・・・!?」
 「む・・・。」
 その異様に、四聖獣達も息を呑む。
 「ユキねえたん・・・」
 「あれ、何・・・?」
 ナナとルルが、声を震わせながらユキにしがみつく。
 「・・・・・・。」
 そんな二人を抱きしめながら、ユキは無言で空を見上げる。
 怯える様に雲に隠れる白月。
 その横で、嘲笑うかの様に紅く燃える赤月。
 燃える?
 そう。
 それは燃えていた。
 紅く。
 紅く。
 黒々と。
 「・・・月では、ない・・・?あれは・・・!?」
 自分の至った考えに、絶句するユキ。
 そんな彼女の視線の先で、“それ”がグニャリと歪む。
 深く。
 深く欠けた。
 歪な三日月。
 否。
 それは笑み。
 己で真理にたどり着いた彼女を褒め称えるのか。
 それとも、己の考えに戦く彼女を嘲笑うのか。
 顔を強張らせながら自分を見上げるユキを見下ろし。
 炎々と。
 延々と燃えながら。
 歪んだ“それ”は、ニタリニタリと笑っていた。 


 「う・・・動いた!!」
 「違う・・・月じゃない!!」
 「何なの・・・!?何なの!?あれ!!」
 「分かんない!!分かんないよ!!」 
 ・・・皆が天の“それ”に意識を奪われる中、アカネは俯き地面を凝視していた。
 決して、“それ”を視界に入れない為に。
 決して、“それ”の存在を認めない為に。
 有り得ない。
 有り得ない。 
 有り得ない。
 有り得ない。
 有り得ない。 
 “在っては、いけない”
 そう。
 こんな事が在ってはいけないのだ。
 だって。
 だって。
 だって。
 “アレ”は。
 “あの声”は。
 己を包む現状を、アカネは必死で否定する。
 けれど。
 だけど。
 『―さて、本意ではないが―』
 その思いは届かない。
 満ちてくる。
 だけど確実に。
 響く声と共に、その気配が。
 そして―
 『―舞台(そちら)に上がるとしよう―』
 その言葉を耳にした時、彼女は絶望と共に覚悟を決めた。
 「――っ皆!!」
 「――っご主人様!!」
 放った言葉に重なる、もう一つの声。
 それが誰の声かなど、確かめるまでもなかった。
 次に“彼女”が叫ぶ言葉が何かを知りながら、同じ言葉をそれに重ねる。

 「「逃げて―――!!」」

 瞬間、紅く輝く闇が天を下る。


 “それ”が地に触れた時、時は一瞬、止まったかの様に見えた。
 一拍の間。
 そして―
 ゴゥンッ
 地面が一瞬で凍てつき、氷割れ、砕けていく。
 ゴゥヒュウッ
 大気は爆風の様に弾け、凍りつき、引き裂かれていく。
 その風を受けた草木は一瞬で枯れ散り、宙を舞っていた虫や眠りの縁にあった小鳥達はその大気を呼気した瞬間に絶命する。
 空に在るものは吹き払われ。
 地に在るものは薙ぎ打たれ。
 その様はまるで、地球そのものが悲鳴を上げている様で。
 「―――――っ!!!」
 悲鳴はなかった。
 全てを蹂躙する暴威の嵐。
 そして、それと共に満ちていく骨の髄までが蝕まれると思える程の冷気。
 声など出せない。
 身動きなど、出来もしない。
 皆が皆、地虫の様に地に張り付き、成す術なくそれに翻弄される。
 そんな中、辛うじて動きがとれる者達が一握り。
 「・・・さむいらお・・・」
 ユキの腕の中のルルが、身体の震えを押さえる事も出来ず、微かに呟く。
 (――いけない!!)
 それを察したユキは、咄嗟に障壁を張る。
 「く・・・あ・・・こいつぁ、やべぇぞ!!」
 「シン、レイ、ガイ・・・!!障壁を張れ・・・!!このままでは、皆が持たん!!」
 「あ・・・兄者・・・」
 「承知・・・!!」
 そして四聖獣達も、少女達を守る様に障壁を張る。
 しかし―
 ピキキ・・・パキン・・・
 神(ユキ)達が張った障壁は、ゴウのそれさえも数秒と持たずに凍てつき、割れ砕ける。
 「ま・・・マジかよ!?」
 「気を抜いてはいけません!!壁を張り続けてください!!」
 障壁が砕ける端から、新たな障壁を張る。
 そんないたちごっこの中、シンがハッと気付いた様に叫ぶ。
 「いけない!!聖者殿!!」
 悟郎がいるのは、自分の作った結界の中。それが無意識の油断につながった。
 悟郎のいる場所は、彼らが張る障壁から外れた位置にある。
 守りを得手とする玄武の作った結界とは言え、この魔性の嵐の中では一分ともつとも思えなかった。
 聖者とはいえ、今はただの人間の身。
 守護天使ですら危ういこの中で、無事に済む道理はなかった。
 シンが己の迂闊さを呪いながら、振り仰ごうとしたその時―

 「馬鹿野郎!!」

 吹き荒れる嵐を引き裂く様にして、そんな声が響き渡った。


 悟郎は、夢でも見る様な気持ちで“それ”を見ていた。
 地鳴りとともに迫りくる、氷色(ひいろ)の爆風。
 それに呑まれた木々が、あっという間に枯れ散るのが見える。
 あれに呑まれれば、自分も終わるだろう。
 多分。
 不思議と、恐れも焦燥もなかった。
 ただ、これが報いなのだという思いが、チラリと胸を過ぎっただけだった。
 一つの命を弄び、傷つけた、その報い―。
 そんな思いを抱きながら、悟郎は迫る爆風を見つめていた。
 そして、結界に爆風が触れる。
 ピシリ
 結界が、ひび入る音が聞こえた。
 ああ、終わりなんだな。
 刑の執行を待つ罪人の様に、彼が目を閉じたその時―
 パッキィイイイイン
 結界が、割れた。


 悟郎は、閉じた目の奥で“その時”が来るのを待っていた。
 1秒。
 2秒。
 だけど、一向にその気配はやってこない。
 不審に思い、開けた視線のその先にあったのは―

 自分を守る様に広がる、黒曜の翅と、白銀の髪。

 彼女が。
 トウハが。
 彼を守る様、に爆風の前に立ちはだかっていた。
 その身を覆っていた筈の封印の束縛は、今はもうない。
 恐らく、爆風に侵され、砕け散ったのだろう。
 とにかく。
 その小さな身体を、翅を、いっぱいに広げ、トウハは悟郎を守っていた。
 ボロボロの身体が、風の圧力に押され、ギシギシと千切れそうに軋む。
 それでもトウハは、悟郎の前からどかない。
 そして。
 鋭い眼差しがキッと爆風の奥を見つめ、食い縛られていた口が、大きく開いて言葉を発した。
 「馬鹿野郎!!」
 怒鳴り声が、風に乗って響き渡る。
 「ご主人様を殺す気か!?さっさとこの様、何とかしろ!!」
 身体の中の空気を全て吐き出さんばかりの剣幕で、トウハは叫ぶ。
 すると―
 『―おっと。これは失敬―』
 爆風の中心から、そんな声が聞こえた。
 途端―
 ピタリ
 風が、地鳴りが、止まった。
 止んだのではなく、止まった。
 何の前触れも。
 何の余波も。
 本当に何も。
 何も残す事なく、止まった。
 消えた。
 『―現世(こちら)に来るのは久方ぶり故、些か加減を間違えた様だ。どうぞ御容赦願いたい―』
 皆が唖然とする中、静けさを取り戻した夜闇にそんな声が響く。
 その出所に集中する、皆の視線。
 黒く氷割れ、砕けた大地。
 その中心に人影が一つ、立っていた。
 異形の人影だった。
 背は高い。3mはあるだろうか。
 その背丈のわりに細身な身体を包むのは真っ暗な衣。
 黒と言うにはあまりに濃く。
 夜と言うにはあまりに深く。
 闇と言うにはあまりに虚ろ。
 そう。あえて言うならそれは虚無。
 光も闇も、全てを呑み込む。
 そんな虚無色の衣が、まるで影法師の様に地面から伸び上がっている。
 顔は分からない。
 その顔は、白い仮面に覆われていた。
 口も鼻もない。
 のっぺりとした表面に、大きな双眼だけがペイントされた、奇妙な面。
 天辺からは、ねじくれた角が二本、ニョッキリと突き出している。
 その後ろでざわめく髪は、これまた形容し難い色。
 強いて形容するなら、それは蜘蛛の糸。
 細い蜘蛛の糸が束となり、白磁の仮面の後ろでザワリザワリとざわめいていた。
 人ではない。
 あろう筈がない。
 まして、天使でなどありえない。
 ならば。
 それならば―
 皆が声も出せずにいる中、それの目がキョロリと動いた。
 仮面の表面に描かれただけの筈のそれが、キョロリと動いた。
 まるで、アニメーションでも見ているような、奇妙な違和感。
 描かれた視線が、トウハへと向けられる。
 『―随分と手酷くやられたね。トウハ。いや、その孤軍奮闘ぶりはなかなかに絵になるものだったが―』
 笑いを含んだ声が、くわんくわんと響く。
 男の様な。女の様な。
 若い様な。老いた様な。
 獣の様な。人の様な。
 全くもって、捉え所のない声。
 それが酷く耳障りに、それでいて酷く甘美に、皆の耳に届く。
 『―しかし、大百足(彼)は些かミスキャストだったと言わざるを得ないのではないかな?強大過ぎて平等性を欠き、同等の力の干渉を許さざるを得なくなってしまった―』
 溜息と共に、黒衣の中からニュウと大きな手が出る。
 真っ黒い、新月の夜の影を立体化させた様な手。
 闇を凝縮して形成した様な、奇妙な手。
 それを仮面の額に当て、ヤレヤレと言わんばかりに首を振る。
 『―結果、繊細なる歌劇が、酷く粗雑なものになってしまった。全く、無粋な事この上もない―』
 「・・・うるさい・・・」
 『―まぁ、その責任の一端は小生にもあるのだがな。この劇が、暴悪と神威によってどの様に乱れ、どの様な調べを奏でるのか、正直、興味を持ってしまったのだから―』
 「うるさい・・・!!」
 『―かくなる上は致し方なし。ここは一度幕を下ろし、リテイクとしよう―』
 「うるさい!!」
 “それ”に向かって、トウハが怒鳴った。
 相変わらず、守る様に悟郎の前に立ち、“それ”を睨みつける顔には、怒りと嫌悪の色がありありと浮かんでいる。
 「あんたなんか呼んでない!!一体何しに来た!?“バアル”!!」
 まくし立てる様に怒鳴りつける。
 しかし、件の“それ”は何の揺らぎも見せる事なく、絵の目を歪に歪ませながら、ニタリニタリと笑うだけ。
 『―禍禍禍禍・・・。相変わらずつれない事だね。トウハ。折角自分が主役にまで登りつめた歌劇の披露会なのだ。“観客”には、もっと愛想を良くするものだよ―』
 「何を、勝手な事を―」
 “それ”とトウハが言い合う中、周りにいる少女達は、声の一つも出せずにいた。
 理由は簡単。
 恐ろしかったのだ。
 今、自分達の目の前に立つ“それ”。
 “それ”が放つ霊気、妖気、邪気。
 あまりにも圧倒的な、存在感。
 それが抗い様もない程に重い澱となって、彼女達を押し潰そうとしていた。
 見るのも怖い。
 声を聞く事すら恐ろしい。
 言葉を交わすなど、思えもしない。
 怖い。
 怖い。
 怖い。
 ただひたすらに。
 “怖い”。
 悟郎を守る為であれば、どんな事にも耐える事が出来る。
 そう断言出来た。
 出来る、筈だった。
 恐怖を感じないと言えば、嘘になる。
 悪魔(トウハ)に会った時。
 その脅威を身に感じた時。
 そして、あの大百足を前にした時。
 確かに恐れた。
 怖いと思った。
 しかし、最後には必ず使命感がそれを凌駕した。
 悟郎への想いが、心を蝕もうとする恐怖をねじ伏せた。
 ―この身に代えても、お守りする―
 その誓いが皆の心を束ね、どんな恐威にも立ち向かう事が出来た。
 けれど。
 だけど。
 今、ここにいる“それ”から感じるものは、全く異質。
 その気配だけで、自分達の存在が脅かされる。
 もし声でもかけられれば、この魂は霧の様に掻き消えてしまう。
 そんな、確かと言うにはあまりにも確かすぎる確信。
 怖い。
 怖い。
 怖い。
 逃げたい。
 逃げてしまいたい。
 叫びながら。
 泣きながら。
 何もかも。
 何もかも放り出して。
 だけど、それは無理な事。
 もしそれをしようとして、その意識をこちらに向けられでもしたら。
 全てが、終わり―
 カタカタと震える身体。
 それは辺りに満ちる冷気のせいか。
 それとも心に満ちる恐怖のせいか。
 カタつく身体を、戦慄く手でかき抱きながら。
 少し。
 ほんの少しだけ、視線を上に上げる。
 目に入るのは、悟郎の前に立ち“それ”と対峙するトウハの姿。
 見れば、彼女も震えていた。
 白い顔をさらに蒼白にして。
 細い足を、プルプルと揺らして。
 ああ、そうか。
 彼女も。
 彼女も怖いのだ。
 自分達と同じ様に。
 彼女も、怖いのだ。
 だけど。
 だけど。
 それでも彼女は、あそこに立っている。
 怯えに苛まれながら。
 恐れに弄ばれながら。
 それでもあそこに。
 悟郎の前に立っている。
 何のために?
 知れている。
 それは、守るため。
 大事な人を。
 愛する主人を。
 あの奈落の様な虚無から守る為。
 その様が、凍りかけていた心に火を入れる。
 あの娘が、それを成すのなら。
 あの娘が、想いを貫くのなら。
 自分達は、何をすべきか。
 自分達は、何を貫くべきか。
 愚問だ。
 そう。
 自分達は守護天使。
 とるべき道は、ただ一つ。
 お守りすべきは、ただ一つ。
 棒切れの様になっていた足に、力を込める。
 強張っていた手に、意思を通す。
 そして―

 『―結構―』

 そんな言葉が、皆の耳に響いた。
 思わず目を上げる。
 “それ”が見ていた。
 描かれただけの目を歪ませて。
 にこやかに。
 酷くにこやかに歪ませて。
 自分を。
 否、自分“達”を、見ていた。
 この世のものでない、声が言う。
 『―実に結構な事だ。守護天使(君達)はそうでなくてはいけない。天使とは、そうあってこそ、映えるもの。自分達を、味気ない造花に貶めるべきではないよ―』
 そして、“それ”は『禍禍禍』と笑う。
 一度は引いた汗が、またどっと噴出した。
 見られていたのだ。
 自分達の、葛藤を。
 自分達の、愚かな世迷を。
 “あれ”はずっと、見透かしていたのだ。
 見透かした上で、見ていたのだ。
 哀れむ様に。
 嘲る様に。
 何も言わず。
 何もせず。
 ただ、見ていたのだ。
 それは言わば、心の嘲笑。
 それはいわば、魂の陵辱。
 手足に、震えが戻ってくる。
 心が、恥辱に満たされていた。
 自分達の愚かしさに。
 自分達の惨めさに。
 自分達の“本性”の、醜さに。
 込み上げて来るものが、押さえきれない。
 目から、雫が零れ落ちようとしたその時、

 「少し、黙ってもらおうか。耳が爛れる。」

 それを押し留める様に、声が響いた。
 それはとても冷徹で、だけど熱い滾りを感じさせる声。
 見れば、四聖獣の四人が、“それ”を取り囲むように立っていた。
 四人が四人。その顔に怒りの表情を浮かべている。
 「どこの誰かは知りませんが、随分といい趣味をしているようですね・・・」
 底冷えのする様な声で、シンが言う。
 「全くです。自分でプレッシャーを与えておいて、それに怯える様を愉しむなど・・・」
 「下衆いにも程があるぜ・・・。」
 レイとガイも、言葉に浮かぶ嫌悪を隠そうともしない。
 しかし―
 『―禍禍禍禍。バレていたかね?―』
 そんな神による四方からの圧力を、“それ”は意にも介さず受け流す。
 と、同時に皆を覆っていた、重い澱の様な空気が消えた。
 思わず、はぁ、と息を吐く。
 澄んだ夜の空気を吸った肺の腑が、生き返った様に鼓動した。
 『―いや、失敬失敬。守護天使(彼女ら)があまりにも愛らしいものだから、つい悪戯をしてしまった。小生の悪い癖、戯れの一つだ。今一度、ご容赦を―』
 微塵も悪びれる様子を見せず、“それ”は言う。
 「・・・チッ・・・。胸糞悪ぃ。急に沸いて出てきやがって。テメェ、一体何者だ!?」
 ガイの問いは、皆の問い。
 “それ”の答えを、皆が待つ。
 『―これはこれは。小生とした事が、礼の初歩を欠いていたな。どうも、久方の顕界に、些か浮かれすぎている様だ。重ね重ね、申し訳ない―』
 何が楽しいのか、笑いを含んだ声で謝罪の言を重ねながら、“それ”は言う。
 『―小生は『バアル』。『黒陽のバアル』。不肖ながら、“魔王”の号を預かりしもの。以後、お見知り置きを―』
 そして、黒陽の魔王はその手を胸に当てると、ゆったりと。酷くゆったりと頭(こうべ)を垂れる。
 紅く濁った月の様な瞳が、その場の全てを映して、三日月の様にぐにゃりと歪んだ。


                                             
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