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2014年08月21日

霊使い達の宿題・闇の場合(改訂版)








 どうも。土斑猫です。
 入院日の連絡はまだ来ません。
 一体いつ宣告が来るのか、心臓バクバク胃キリキリの時間を過ごしています。
 絶対、この状況の方が健康に悪い!!
 ええい!!殺すならひと思いに殺さんかいー!!
 などと冗談は置いといて、なるべくやり残す事は少なくしておきたいものです(←縁起でもない)
 と言う訳で、宿題シリーズ改訂版だけは終了させときたいと思っています(出来れば)
 まあ、残りの面子は直す所も少ないので何とかなるのではと・・・。
 と言う訳で、今回はダルク君の話です。



1087314i.jpg
             

                霊使い達の宿題


                  ―闇の場合―


                    ―1―


 その地に訪れる月夜は、いつも酷く静かだった。
 月光に満たされる空気は、風一つ分の身動きすらせず、ただ淡々と虚空を漂う。
 月影の中に落ちる大地は、その身に草一本生やす事無く、ただ粛々と時だけを刻む。
 そこには、安らかな眠りに身をゆだねる者はいない。
 ただ沈黙に沈む数多の影が、累々と積み重なっているだけ。
 ここは、墓地(セメタリー)。
 顕界における役目を果たした存在。
 亡骸。
 残骸。
 残滓。
 そんなものが、彷徨う果てに辿りつく場所。
 世界の、裏側。
 ここでしばしの間眠り、表の世へと戻り行く道を得るものもあれば、かの世における力の行使の糧として、永遠に消えるものもある。
 有と無の狭間に在る世界。
 そんな、生者の世とは隔てられた場所。
 そこに、今夜に限っては動く人影があった。
 夜風に揺れる、カーキ色のローブ。
 周りの夜闇よりなお濃い、漆黒の髪。
 不気味な頭骨を模した杖を携えた、細身の少年
 名を、闇霊使いのダルクと言う。
 ダルクは、その物憂げな瞳を周囲に廻らしながらボソリと呟く。
 「切ないなぁ・・・。」
 気だるげなその言葉に、彼の周囲を飛び回っていた黒い翼の付いた目玉が怪訝そうに声を返す。
 『何ガデスカ?ますたー。』
 ダルクの使い魔、『D・ナポレオン』である。
 「墓地(ここ)の風景さ。現世(うつしよ)で馬車馬の様に使われて、その挙句に捨てられた骸達の山。見る度に切なくなるよ。」
 言いながら、ハァと溜息をつく。
 「僕もいつかは誰かに捨てられて、ここに来るんだろうね・・・。」
 『相変ワラズ、ねがてぃぶデスネェ。』
 D・ナポレオンは呆れた様に言う。
 『物事ハモウ少シ、ぽじてぃぶニ考エタ方ガイイデスヨ?』
 「この世に、本当に明るい話なんてあると思うかい?」
 そう言ってまた溜息をつく主に、D・ナポレオンはやれやれと首(?)を振る。
 『全ク、少シハ姉上サマヲ見習ッタラドウデスカ?キット世ノ中変ワッテ見エマスヨ?』
 その言葉に、怖気が走るように身を震わせるダルク。
 「ライナ(あいつ)みたいに?お前、僕にあんな電波を受信しろっていうの?ぞっとしないね。」
 『・・・マァ、姉上サマハ姉上サマデ、特別ナ所ハアリマスカラネェ・・・』
 「特別過ぎるんだよ・・・。あいつは・・・。」
 そんな会話を交わしながら、ダルク達は夜の墓地(セメタリー)をウロウロとうろつく。
 しかし辺りに動く影はなく、相変わらず静まり返ったまま。
 「いないな・・・。」
 『イマセンネェ・・・。』
 「ここに来れば、闇属性のドラゴンの一匹くらいいるかと思ったんだけどなぁ・・・。」
 『当テガ外レマシタカネェ・・・。』
 ダルクがまた溜息をついた。ここに来てからもう何度目だろうか。
 「やっぱり、僕はついてないんだなぁ・・・。きっと、今回も僕だけ課題こなせなくてお仕置き食らうのさ・・・。」
 『マタ、ソンナ・・・』
 こちらももう、何度目かも分からないフォローをD・ナポレオンが入れようとしたその時、
 ガサ・・・
 ダルクの背後で、そんな音が静寂の中に微かに響く。次の瞬間―
 ガバッ
 積み重なったガラクタの中から何かが飛び出し、ダルクへと飛び掛った。
 「・・・D(ディー)。」
 『了解。』
 途端、黒い光がダルク達を包む。そして―
 バキィッ
 その光の中から突き出された杖が一閃、飛び掛ってきた影を叩き落した。
 ガシャアッ
 金属音とともに地面に落ちる影。それは虫の様に蠢くと、慌てた様にガラクタの中へと這い戻っていった。
 「何だ。あいつか。」
 そう言いながら光の中から出てきたのは、憑依装着状態へとチェンジしたダルクと禍々しく巨大化したD・ナポレオン。
 ガラクタ山に潜り込む『スクラップ・ワーム』を一瞥すると、ダルクはまた溜息をついた。
 「やっと何か出てきたかと思えば、あんな外道かい?全く、ついちゃいないよ。」
 ぶつくさ言うダルクの横で、大きな一つ目をギョロギョロさせながらD・ナポレオンが辺りを伺う。
 『墓場(ここ)ハ、すくらっぷ(アレラ)ヤあんでっとの巣デモアリマスカラネェ。努々、油断ナサラヌ様二。』
 「分かってるよ。それにしても、面倒な話だなぁ。こっちは余裕がないってのに・・・。」
 頭をワシャワシャとかきむしりながら、ダルクは悪態をついた。


 その後も、何度かモンスターには遭遇した。
 しかし、それは皆低レベルのスクラップモンスターや、アンデットモンスターばかり。
 「ああ、もう。いい加減にして欲しいなぁ。」
 ダルクはたった今叩き落した『骨ネズミ』が逃げ去るのを見送りながら、心底ウンザリしたと言った体でガラクタの山に腰を落とした。
 「もういっそ、ここに骨を埋めてしまおうかな?先生のお仕置きよりは、よほどマシなんじゃなかろか?」
 『ソウ腐ラナイデ下サイヨ。マダ時間ハアルンデスカラ、頑張リマショウヨ。』
 「そうは言うけどね、お前・・・」
 言いかけたダルクが、その言葉を止める。
 「・・・何か聞こえなかったか?」
 『確カニ・・・。』
 D・ナポレオンも、相槌を打つとギョロリと辺りを見回す。
 耳を澄ます。すると・・・。
 ピィ・・・ピィ・・・
 確かに何か聞こえる。
 ピィ・・・ピィ・・・
 か細い、小鳥の雛の様な声。この場には、非常にそぐわない。
 「確かこっちから・・・。」
 声をたどり行って見ると、ガラクタ山の陰に何やら箱が置いてある。
 それを覗いてみると・・・
 「お?」
 『ア!』
 中にいたのは、子猫ほどの小さな生き物。ただし猫とは違い、その身は黒い甲殻に覆われ、背には小さいが羽が生えている。その生き物はダルクをルビーの様な赤眼で見上げると、小鳥の様な声で弱々しく、ピィ、と鳴いた。
 「確かコイツは・・・」
 『『黒竜の雛』デスネ。』

 ―『黒竜の雛』―
 下位の、闇属性ドラゴンの一種。
 レベル・ステータスともに最低ランクではあるが、その正体は高位のドラゴン種、『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』の幼生であるとされている。

 『何デ、コンナ所にイルンデショウ?』
 弱々しく泣き続ける雛を前に、D・ナポレオンが呟く。
 「決まってるだろ。コイツの固有能力(パーソナル・エフェクト)を思い出せよ。」
 『ア・・・』
 ダルクの言葉が、ある事を思い起こさせる。
 モンスターの中には、その身に魔法の様な異能の力を内蔵する種類があり、それは固有能力(パーソナル・エフェクト)と呼ばれている。
 文字通り魔法の様に様々な超常の現象を引き起こすが、その中には能力発動のトリガーとして己の身を引き換えにするパターンがまれに見られる。
 自身の身を引き換えにする事にどの様な利点があるのか、研究者達の間では様々な仮説が立てられているが、多くの場合、発動した際に起こる現象が魔法や攻撃の無効化であったり、同族及びその上位種の召喚であるため、仲間を守るための利他的行動であるという見方が有力である。
 「黒竜の雛(こいつら)も、巣が襲われた時には雛の内の一匹が、自分を呼び水にして成体の真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)を呼び寄せるんだ。大方、コイツもそれをやったんだろうさ。」
 『ナルホド・・・。』
 納得した様に頷く、D・ナポレオン。
 しばし、何かを考え込む様に雛を見つめていたが、ふと思いついた様に手(?)を叩いた。
 『ソウダ。コノ子ヲシモベニシマショウ!!真紅眼ノ系統ハ闇属性デスシ、丁度イイジャナイデスカ。』
 「はあ?」
 しかし、ダルクはまるで乗り気ではないと言わんばかりに嫌な顔をする。
 「コイツを?冗談じゃない。見ろよ。こんなに弱ってる。もう死にかけだよ。大体、自己犠牲系の効果(エフェクト)を使って墓地(ここ)送りになった時点で、生きてる事事態が珍しいんだ。」
 確かに、件の雛は箱のそこにグッタリと横たわり、か細い鳴き声を上げるばかりである。
 「こんな奴、しもべにしたってしょうがない。直ぐに死んじまうのがオチさ。」
 『デモ、可愛ソウデスヨ。』
 全く乗り気ではないダルクに、D・ナポレオンが食い下がる。
 『ネェ、何トカシテ上ゲマショウヨ。ますたー。』
 巨大な目をウルウルさせて、迫る。
 ちょっと、怖い。
 その迫力に、タジタジとなるダルク。
 『ま・す・た・ー!!』
 ダメ押しの一言。
 「あぁ、もう、分かったよ!!」
 そう言うと、ダルクは雛に向かって屈み込む。
 「全く、お前は悪魔族のくせにらしくないんだから・・・。」
 ブツブツ言いながら、持っていた杖を箱の中で震えている雛に当てる。
 ポゥ・・・
 杖から溢れた光が、雛の身体に契約の証印を刻み付ける。
 瀕死の雛の身体は、素直にそれを受け入れた。
 「さて、後は・・・」
 ダルクは指でパパッと宙に円陣を描いた。
 空中に灯る、緑色の魔法陣。
 「魔力磁場、構成・・・」
 大きく一息。
 そして、
 その円陣に重ねる様に、ダルクの指がもう一つ円陣を描いた。
 「来たれ創世 導きの光 来たれ凰神 救いの羽風(はかぜ) 彼方の世にて迷いし御魂 彼の光に導かれ 彼の風に乗りて此方の世へ舞い戻れ」
 呪文が結ばれると共に二つの円陣は溶け合い、新たな魔法陣を作り出す。
 「・・・ったく、面倒なんだよな。この術・・・」
 ぶつくさ言いながらも、ダルクは術式の構築を続ける。かなり集中しているらしく、その額には汗が浮き始める。
 やがて輝く魔法陣の中から翼を模した十字架(クロス)が現れ始めた。
 「だいたい、僕のカラーじゃないし。」
 完全に具現化した十字架(クロス)がダルクの手の中で回転を始める。
 そこで一呼吸置くと、ダルクはその十字架(クロス)を箱の中の雛へと突き立てた。
 「『死者転生(サムサ―ラ)』・・・。」
 言葉が結ばれるとともに、雛の身体に突き立てられた十字架(クロス)が溶け込む様に消えていく。
 同時に、雛の身体を包む様に広がる緑の魔法陣。
 その中に溶け込んでいく、雛の姿。
 雛の姿が魔法陣の中に消えると、ダルクは「よし。」と言って杖を構える。
 「来い!!」
 言葉と共に、杖の先が地面を突く。
 舞い上がる、闇色の光。
 その中から、再び黒竜の雛が姿を現した。
 「ほら、もう大丈夫だろ。」
 汗びっしょりになったダルクが抱き上げると、その腕の中で雛は「ピィ」と元気に鳴いた。

 ―『死者転生(サムサーラ)』―
 高位の通常魔法(ノーマル・スペル)で、死者や瀕死者の存在をキャンセルし、新たな存在として再構築する術である。
 その効果範囲が、術者がしもべ契約をしたモンスターに限られる。発動コストとして、事前に別の魔力磁場の構成が必要となるといった制約があるものの、さらなる上位魔法であり、限られた権利者でしか使えない『死者蘇生(リライブ)』に比べて習得が容易、制限なく使用出来るといった利点がある。

 「これで良いんだろ?」
 ハァ、と息をつきながら言うダルク。
 『ダカラ、ますたー、好キデスヨ♡』
 「誉めても、何も出やしないよ。」
 ニコニコと笑う相方に向かってそう言うと、ダルクはよっこらしょっと腰を上げた。
 「用も済んだし、そろそろ帰ろうか。まぁ、雛(こいつ)じゃ赤点スレスレがいい所だろうけど。」
 『点数ガ全テジャアリマセン。』
 「相変わらず甘いなぁ、お前。」
 『甘サガナケレバ、コノ世ハ真ッ暗デス。』
 「はいはい。」
 そんなやり取りをしながら、ダルク達がその場を立ち去ろうとした時―
 サァ・・・
 それまで周囲を照らしていた月明かりが消え、辺りが文字通り漆黒の闇に包まれる。
 そして―
 ゾワァ
 「『!?』」
 突然に襲う悪寒。
 ダルクとD・ナポレオンが、一斉に振り返る。
 その視線の先で―
 ズルリ
 闇が、蠢いた。


                   ―2―


 「D(ディー)!!」
 『ハイ!!』
 ダルクの呼びかけに即座に応じ、D・ナポレオンが憑依装着を行う。
 身構えるダルク達の前で、グバッと闇が弾けた。
 ゾゾゾゾゾッ
 蠢く闇が互いに絡み合い、何かの形を作り出していく。
 見上げる程に巨大な体躯。手の様になった部分から伸びる鋭い爪。頭からは長い角とも触角ともつかないものが生え、顔の両端まで裂けた口にはズラリと鋭い牙が並ぶ。
 「ヤ・・・『闇ヨリ出デシ絶望』・・・!!」
 目の前に立ちはだかったその姿に、D・ナポレオンが呆然と呟いた。
 
 ―『闇より出でし絶望』―
 墓地に堕ちたモンスターの憎念や魔法の残滓が寄り集まって生まれたと言われる、高位のアンデットモンスター。
 その攻撃力は、並のドラゴン族すら凌駕すると言われている。

 「まずいな・・・。」
 『・・・デスネ・・・。』
 憑依装着はしたものの、到底ダルク達に太刀打ち出来る相手ではない。
 手は、逃げの一択しかない。
 シャアアアア・・・
 死臭のする呼気を吐きながら、絶望がゆっくりと迫る。
 対してダルク達はジリジリと距離をとりながら、逃走のタイミングを伺う。
 しかし―
 グバァッ
 「うわっ!?」
 『ますたー!?』
 突然死角から闇色の触手が伸び、ダルクを襲う。
 辛うじて直撃はかわすものの、刃の様に鋭い先端がダルクの左肩をザックリと切り裂いた。
 『コノッ!!』
 D・ナポレオンが、その腕に向かって目から光線を放つ。
 しかし、それは霧の様に漂う闇に巻き込まれ、吸収されてしまう。
 ギャッギャッギャッギャッギャッ
 響く絶望の哄笑。
 そう。絶望は憎念という闇の集合体。
 闇に堕ちるこの時間、この場所はそれ全てが絶望の手の中。
 逃げ場はない。
 「まいったな・・・。」
 体勢を立て直しながらも、ダルクは苦痛に息を漏らす。
 『ますたー!!大丈夫デスカ!?』
 「大丈夫・・・とは言いかねる・・・。」
 肩から溢れる血をローブで拭いながら、ダルクは血の気の失せた顔で答える。
 「どうにも・・・見逃してくれそうにない・・・。」
 『・・・ハイ。』
 ギャッギャッギャッギャッギャッ
 笑う絶望。
 それに合わせる様に、周囲に満ちる闇の中から何本もの触手が生えてくる。
 無数の刃が、獲物に手をかけようと蠢き回る。
 「・・・こりゃ、年貢の納め時かな?」
 『・・・ますたー・・・』
 「何、心配するなよ。出来る限り足掻いてみるからさ・・・。」
 そう言うと、ダルクは腕に抱いていた雛に話しかける。
 「おい、お前は逃げろ。」
 ピィ・・・
 雛が短く鳴いて、ダルクを見上げる。
 真紅の瞳が、彼の顔を映す。
 「せっかく人が拾ってやった命だ。無駄にするなよ。」
 優しく微笑むダルク。
 そして、もがく雛を近くのガラクタ山の中に押し込んだ。
 「さて、D(ディー)。お前も逃げていいぞ?」
 杖で身を支えながら、傍らに寄り添うD・ナポレオンに言う。
 けれど、ナポレオンはかぶりを振って答える。
 『御側ニ・・・。』
 その言葉に、苦笑いするダルク。
 「物好きだなぁ・・・。お前も。」
 肩からの血が止まらない。
 ふらつく身を杖で辛うじて支える。
 その様を見た絶望の顔に、残酷な笑みが浮かぶ。
 無数の触手が、獲物を嬲る喜びに踊る様に蠢く。
 「ったく・・・。ホント、ついてないなぁ・・・。」
 ギャッギャッギャッギャッ・・・
 響く哄笑。そしてー
 グワッ
 無数の闇が、ダルクを八つ裂きにせんと伸びる。
 せめて、少しでも主の盾にならんと飛び出すD・ナポレオン。
 しかし、さらにその前に小さな影が飛び出す。
 「『!?』」
 それは先刻、ガラクタ山に押し込んだ筈の小さな身体。
 「ばっ・・・!?」
 叫びかけたダルクが、その声を呑み込む。
 ―雛の目が、一層深い真紅に輝いていた。
 その意味を察するダルク。
 制止の声を上げようとした、その瞬間―
 カッ
 雛の身体が、真っ赤な光を放つ。
 地から天を貫く、真紅の光。
 ピィイイイイイイイッ
 高く鳴り響く、雛の鳴き声。
 否。
 それは、己の全てを賭した命の咆哮。
 同時に巻き起こる、凄まじい暴風。
 その場にいた全ての者が、その視界と自由を奪われる。
 そして光と暴風の両者が消えた時、そこにはもう、小さな雛の姿はなかった。
 視覚を取り戻したダルク達が見たもの。
 それは、黒。
 周りの闇よりもなお深く輝く、漆黒の巨体。
 硬い攻殻に覆われた身体が、満ちる絶望を凪ぐ様にうねる。
 響く咆哮が、沈黙に沈む墓地(セメタリー)を地鳴りの様に揺らした。



                    ―3―


 ―黒竜の雛(こいつら)も、巣が襲われた時には雛の内の一匹が、自分を呼び水にして成体の真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)を呼び寄せるんだ―
 先刻、自分が言った言葉を、ダルクは悔しさと共に噛み締めていた。
 今彼らの前に立つのは、あの弱々しい雛とは全く別の姿。
 烏の濡れ羽の様に輝く甲殻に覆われた巨体。
 天を覆わんばかりに広げられた、漆黒の翼。
 炎の様に、深い真紅に輝く瞳。
 ―『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』―
 かの『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)』と対を成す、伝説の竜が一柱。
 ”彼”は今、ダルク達を護る様に、闇から出でし絶望の前に立ちはだかっている。
 そう。
 ”彼”は護っていた。
 己にとって塵芥に等しい、人間と言う存在を。
 何故か。
 答えは、一つ。
 それは、己が一族の雛の願いを叶うため。
 幼き雛が、己が命を賭して託した願いを叶うため。
 それだけのために、かの竜はこの地へと降り立った。
 グォオオオオオオッ
 怒りに猛る咆哮が、周囲に落ちる闇を振るわせた。


 『コレガ、真紅眼(レッドアイズ・・・)。』
 目の前の竜を見上げながら、D・ナポレオンが呆然と呟く。
 「ああ・・・。」
 忘我した様な声で、ダルクが呟く。
 しかし、D・ナポレオンの驚きは直ぐに焦燥へと変わる。
 『ダ、駄目デスヨ!!ますたー!!闇ヨリ出デシ絶望ノ攻撃力ハ、確カ真紅眼(レッドアイズ)ヨリ上ノ筈デス!!』
 「・・・ああ・・・。」
 けれどそんな相方の叫びにも、ダルクは変わらないトーンで返すだけ。
 実際、闇より出でし絶望は焦ってはいなかった。
 確かに、突然現れた竜には驚いた。
 しかし、その力が自分に及ばない事は即座に本能で分かった。
 ただ、嬲る獲物が増えただけ。
 そう結論に至り、絶望はゲラゲラと哄笑を上げた。


 D・ナポレオンは知らない。
 自分の主人が、まったく焦りの色を見せないその理由を。
 絶望は気付かない。
 その余裕が、油断という、戦場において最も持ってはならない感情の一つだという事を。


 周囲の闇がまたうねる。
 そこから伸びた無数の触手が、獲物を引き裂こうと牙をむく。
 しかし、それが黒い甲殻にかかる寸前、真紅眼(レッドアイズ)がカッと口を開いた。
 鋭い歯牙が並ぶその奥で、炎が滾っていた。
 それは紅い、紅い、黒いまでに紅い炎。
 その様はまるで、奈落に燃える黒き炎獄。
 ガオンッ
 渦を巻いた黒炎は、巨大な火球となって放たれる。
 周囲に満ちていた闇はその輝きに散らされ、それに触れた触手が瞬時に蒸散する。
 “いかな光でも、いかな攻撃でも呑み込む”筈の、闇の腕が。
 ―――――っ!?
 絶望は驚愕したが、時はすでに遅かった。
 ズガァアアアアアッ
 ギャアアアアアアアアアッ
 つんざく様な炸裂音と、絶望の悲鳴が交錯する。
 身体のど真ん中に大穴を開けられた絶望が、為す術なく崩れ落ちた。
 『ナ・・・何デ・・・!?』
 周囲の闇が薄らぎ、月明かりが戻る中で、D・ナポレオンが唖然と呟く。
 「『黒炎弾』・・・。」
 まるで全てを察していたかの様に冷めた声で、ダルクが言う。
 「真紅眼(レッドアイズ)の固有能力(パーソナル・エフェクト)。どんな物理法則も概念法則も無視して、自身の攻撃力を直接相手に叩き込む。攻撃力の差なんて、何の意味もない。」
 ブツブツと呟きながら、ダルクは真紅眼(レッドアイズ)の足元を潜り、“それ”の元へ向かった。
 闇より出でし絶望は、その力の大半を黒炎弾によってこそぎ取られ、地べたでビチビチと無様にもがいていた。
 ダルクが、それを冷ややかな目で見下ろす。
 絶望が、命乞いをする様に彼を見上げる。
 しかし、見下す目はどこまでも冷たかった。
 白い手が、握り締めた黒杖を振り上げる。
 「・・・消えろ・・・!!」
 ただの残滓と成り果てていた絶望は、その一撃であっさりと霧散した。



                     ―4―


 役目を果たした真紅眼(レッドアイズ)は、その翼を広げ、夜空の果てへと去っていった。
 それを見送る、ダルクとD・ナポレオン。
 その姿が見えなくなると、ダルクは近場のガラクタ山に背を持たれ、そのまま座り込んでしまった。
 『シ、シッカリシテクダサイ!!ますたー!!』
 D・ナポレオンは慌てて近寄ると、肩の傷を引き裂いたローブでしっかりと結んだ。
 『コレデ血ハ止マルト思イマスケド、モットチャントシタ手当テヲシナイト・・・。早ク寮ニ戻リマショウ。』
 けれど、そんな相方にダルクはそっけなく答えた。
 「戻るよ。用が済んだらな。」
 『エ・・・?』
 訳が分からないと言った体の相方に、薄く微笑みながらダルクは言う。
 「雛(あいつ)だよ。能力(エフェクト)を使ったんだ。また墓地(ここ)のどっかで死にかけてるに決まってる。」
 『ア・・・』
 傷口をもう一度強く締めると、ダルクはよっこらせ、と立ち上がる。
 「疲れたろ?お前は先にもどってていいぞ?」
 D・ナポレオンはしかし、首(?)を振って拒絶する。
 『御側ニ・・・』
 予想済みのその言葉に、それでもダルクは苦笑する。
 「全くお前、物好きだなぁ。」
 言いながら、ダルクは墓地(セメタリー)の奥に向かって歩き出す。
 それに、ピッタリと付き従うD・ナポレオン。
 「ああ、それにしても、この身でまた死者転生(あれ)をやらなきゃいけないのか。全く、ついてないよ。」
 『ふふ、ソウデスネ・・・。』
 いつもの調子に戻った会話を交わしながら、二つの影は薄闇の向こうへと消えていく。
 ・・・夜はまだ、長かった。



                                     終わり
タグ:霊使い
この記事へのコメント
もともと戦闘的でない性格をさらに甘くしたような改変がちらほら見られる。ザコモンスターへの攻撃はゆるゆるだし、黒竜の雛には優しく微笑みかけたりするのだ。ますますダルクの今後が心配である。

「霊使い達の黄昏N-2」で「死者転生(リライヴ・ソウル)」とされていたが、今回の改訂版で「死者転生(サムサーラ)」に変更になった。ミステイクともとれるが、意味的にはサムサーラの方があっている。

しかし、こうして、同じ内容の2つの文章を読むのも面白いな。付け加えられた文、推敲し選び取られた言葉を知ることで、より観せたい所が明確になる。また、微妙な違いではあるが、元の文が客観的に事象を追った物なら、改訂版はよりダルクまたはD・ナポレオンの主観を重視して書かれている感じがする。

さて、闇霊使いの分析もやっておきますか。
術も召喚も積極的に使わず、大技の使用も「ライナのサポート」というイメージが拭いきれない影の薄いダルク。しかし彼の主戦術は他の霊使いにはあまり見ない特徴的なものだ。「杖による打撃」。ヴィジョン戦でのとどめ、アバンス戦での鍔迫り合い、そしてこの宿題編でも彼が戦いで見せたのは打撃攻撃だ。自身の属性を考えれば便利な術を使い、強力なモンスターを使役することもできそうなものだが・・・。不器用な性格が戦い方にも表れるのだろうか。伸び代こそあるものの、彼が自身の枷を外せる日はまだ先になりそうだ。
Posted by zaru-gu at 2014年08月28日 23:42
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