こんばんは。土斑猫です。
と言う訳で、「霊使い達の宿題」改訂版。今回は風の場合です。
思ったより、直す事が多かった。・・・と言うより、単に長くなっただけの様な・・・(汗)
まあ、取り敢えずお付き合いお願いします。
・・・しかし、前は前後編にしなきゃダメだった話が、スッポリ一話に収まちゃった・・・。
リニューアル後のファンブログ、ホント、パネェ・・・。
霊使い達の宿題・風の場合
―1―
ヒュウゥウウーーー
遥か高空を強い気流が通り過ぎていく。デザートストームと呼ばれる、この地域特有の季節風。
周辺は乾燥していて植物が少なく、荒涼とした岩場が続く。空は良く晴れ、太陽がカンカンと照っている。それでも砂漠の様な熱感を感じないのは、このデザートストームが運ぶ、程よい湿気を含んだ空気によるもの。遥か遠くの海から運ばれる湿気を糧に、この地域は貧相ながらも、それなりの生態系を育んでいた。
ガタゴト ガタゴト
そんな風景の中に、何やら無骨な音が響く。
見れば、延々と広がる荒地の中を一台の荷台が進んでいる。
荷台を引いているのは、鎧を着込んだ中年の男。
戦場へ必要な物資を運ぶ、物資調達員。
何かと争い事の多いこの世界では、食いっぱぐれのない職として需要がある。
男は一際岩の多い場所に着くと、途端に大声を上げた。
「おぅい、嬢ちゃん!!ついたぞう!!」
その声に反応した様に、荷台の後ろから小さな生き物がピョコンと頭を出した。
黄緑色の長い身体に蝙蝠の様な翼。「プチリュウ」と呼ばれる下級ドラゴンの一種である。
「おぅ、お前さん、ご主人様んとこ、起こしてくれや。こっちもあんまりゆっくりできねぇんでなぁ。」
男の言葉に、「分かった」と頷くプチリュウ。
そのまま、再び荷台の後ろへと戻る。
そこには、カーキ色のローブを身に着けた少女が一人横たわっていた。
照りつける日差しを気にする様子もなく、心地よさそうに寝息を立てている。
『ねぇ、ウィン。ウィンってば!!』
「ふぅえ?」
プチリュウの呼びかけに、ウィンと呼ばれた少女は薄っすらと目を開ける。
「なぁにぃ?ぷっちん。もう、お昼ごはん〜?」
荷台の上に身を起こしながら、風霊使いウィンは寝ぼけ半分の声でそんな事を言う。
ポリポリと頭をかくと、ポニーテールに纏めた若葉色の髪がサラサラと歌を奏でる。
『そうじゃないよ!!目的地についたんだよ!!ほら、目ぇしっかり開けて。よだれふいて。おじさんにお礼しなさい!!』
ウィンはしばしボ〜とした後、やっと相方の言葉が脳に滲みたのか、「ああ。」と手を打った。
ポン
軽やかな音と共に、小さな身体がと荷台から飛び降りる。
そのまま、トテテと前の方に行く。
「ありがと、おじさん。おかげで助かったよ。」
そう言って、プカプカと煙草なぞふかしている男に向かって頭を下げる。
「なぁに。いいって事よ。だがよ、嬢ちゃん。本当に大丈夫なのかい?多分、“アイツ”嬢ちゃんの手には余るぜ。下手うつと・・・」
ピンッ
手にした煙草を弾き、男が言う。
「死ぬぜ。」
その目には、冗談の色も悪ふざけの気配もない。
しかし、ウィンはコロコロと笑うとこう切り替えした。
「大丈夫。やってみれば、何とかなるよ。それに、行き先で死ぬかもしれないのは、おじさんも同じでしょ。」
それを聞いた男はしばし目を丸くし、「違いねぇ。」と言ってゲラゲラと笑った。
「それじゃ。」
そう言ってウィンが拳を出す。
「おぅ。」
それに応える様に、男も拳を出す。
「「御武運を。」」
カツン
軽い音を立てて、二人の拳が打ち合わされた。
『さて、ウィン。これからどうするの?』
男を見送った後、プチリュウがウィンに問いかける。
「う〜ん、そうだね。取り合えずは・・・」
『取り合えずは・・・?』
「お昼にしよう!!」
そう言うと、ウィンは適当な岩に腰掛ける。
どこから出したのか、いつの間にやら膝の上には大きなバスケットが一つ。
カパッと蓋を開け、取り出したのはこれまた大きなサンドイッチ。
満面の笑みとともに、かぶりつく。
『ちょっと、ウィン!!少しは真面目にムゴマゴムゴ・・・・・・』
ずっこけて、そこらの砂場に突っ込んでいたプチリュウ。
ようやく引き抜いた頭。
その勢いで喚こうとする口が、まろやかな卵の味と香ばしいパンの香りで塞がれる。
「大丈夫だって。ぷっちん。」
プチリュウの口にたまごサンドを押し込みながら、ウィンは笑う。
「ここはね、植物が少ないから必然的に動物も少ないの。だから・・・」
ドウンッ
何処か遠くで、砂が爆ぜる音がした。
『今の音・・・ウィムグガゴ!!?』
目を白黒させてたまごサンドを飲み込んだプチリュウの口に、今度はサラダサンドが詰め込まれる。
そして自分はピーナツバターサンドなど齧りながら、ウィンはあくまでのんびりした口調で続ける。
「ここに住む肉食のモンスターは、何時でも何処でも、獲物を見つけられる様に五感が物凄く鋭く出来てるんだって。」
ドウンッ
また、音。
今度は、少し近い。
「だからね・・・」
ウィンが、サンドイッチの最後の一片を口に放り込んだその瞬間―
ドォンッ
彼女の背後で、大きく砂が弾ける。
巻き上がる砂ぼこりの中から現れたのは、ウィンの身体を丸々収める程に巨大な顎。
グワシャア!!
鋭い牙を幾重にも連ねたそれが、猛スピードで閉じる。
次の瞬間、ウィンの座っていた岩とバスケットが粉々に粉砕される。
しかし、そこにウィンの姿はとうにない。
彼女の身体は木の葉の様に風に舞い、砕けた岩から数メートル離れた場所にフワリと着地した。
「こっちが探さなくても、待ってれば向こうから来てくれるんだよ。」
胸に抱いたプチリュウにそう語りかけるが、彼の意識はもうそこにはない。
シュウルルルル・・・
彼が凝視する砂ぼこりの中。
そこから聞こえるのは、低く響く唸り声。
ズシリ
砂を踏み締める、重い足音。
バサリ
羽ばたく音とともに、巻き立つ砂煙が吹き飛ばされる。
その中から現れる、異形。
大きく広がる翼。
蛇の様にうねる、長い首。
10メートルはあろうかという身体を包むのは、鈍く光る砂色の鱗。
殊更奇異なのは、その胴体部。
首の付け根には、長く後方に伸びる捻くれた角。
暗い緑色に光る、もう一対の眼球。
己が身体を二分するかの様に裂け開くのは、ギリギリと鋭い歯牙を軋ませる巨大な口。
それは、胴体に悪魔の如き顔を刻みつけた異形の竜。
『で・・・出た・・・。』
「狙いはバッチリ。初めまして。『魔頭を持つ邪竜』くん♪」
そう言って、口をパクパクさせているプチリュウを宙に放つウィン。
背中からすらりと杖を抜き取ると、クルリと一回転させて手に収める。
「さーて。折角とったカロリー、あんまり無駄遣いしたくないんだよね。手早く終わらせてもらうよ。」
そんな彼女の言葉を聴いているのかいないのか、魔頭を持つ邪竜はゆっくりと大顎を開く。
身体が二つに裂けるのではないかと思える程に、大きく開く口。
濁った緑色の唾液が滴り、ジュッと焼け付く様な音を立てて地面に落ちる。
そして―
ヴシャアァアアアアアアッ!!!
荒地の静寂を引き裂く様に、響き渡る咆哮。
軽い口調とは裏腹に、緊張で強張った顔で杖を構えるウィン。
そんな彼女に向かって、死の顎(あぎと)は飢欲のままに襲いかかった。
ザグゥッ
「わっ・・・と!!」
鋭利な歯牙の群れが、広がる砂原をえぐる。
それから転がる様にして逃れたウィン。
体制を立て直すと、その勢いのまま杖の先端を邪竜に向ける。
「―踊れ風精 暴(あかしま)の舞い 吼えよ嵐精 暴(あらしま)の歌 其が名がもとに集い来て 偽なる理を吹き砕け―」
ヴォンッ
朗々と響く詠唱。
杖の先に灯る深緑の魔法陣。
そして―
「破術の旋風(サイクロン)!!」
ギャルルルルルルッ
結ばれる言の葉。
それと同時に、巻き起こった旋風が唸りを上げて邪竜に襲いかかる。
ドゥンッ
重い炸裂音とともに立ち込める砂煙。
濛々と視界を遮るそれの向こうを、息を飲んで見つめるウィンとプチリュウ。
しかし、次の瞬間プチリュウの耳がピクリと動く。
『ウィン、避けて!!』
「!!」
咄嗟に身を翻すウィン。
途端、
ドガァアアアアアンッ
舞い立つ砂煙を吹き飛ばし、飛んで来た何かがそれまでウィンがいた場所に大穴を開けた。
「ひぇえ〜。」
思わず青息を吐くウィン。
そんな彼女の目の前で、ユラリと姿を現す巨体。
魔頭を持つ邪竜。
その身体は、鱗の一片すらも欠けてはいない。
「あっちゃ〜。やっぱり、ダメか。」
バツが悪そうに舌を出すウィン。
『当たり前だろ!?サイクロン(あれ)は対魔法用の術なんだから!!モンスターに使ったって意味ないよ!!』
「あはは。牽制ぐらいにはなるかな?とか思ったんだけどなぁ。」
ギャアギャアと喚きたてるプチリュウをなだめながら、ウィンは苦笑いを浮かべる。
『やめてよ!!パニくらないのは君の良い所だけど、こんな時くらい危機感持って!!』
「ごめんごめん。そんな怒らないでよ。ぷっちん。」
『いいや、良い機会だから言わせてもらうよ!!大体君はね・・・』
シュウウウウウ・・・
「『ハッ』」
場所も時もわきまえずに言い合いをしていた二人(?)。
すんでの所で殺気に気付き、左右に避ける。
ゴシャァアアアアッ
その間を何かが猛スピードで通り抜け、先にあった岩を粉々に砕き散らす。
「あっぶな〜。」
『さっきのはあれか・・・。』
シュウウウウウ・・・
再び響く怪音。
見れば、邪竜の身体が見る見る風船の様に膨らんでいく。
鱗と鱗の間が伸びきり、下の皮膚が顕になる。
これ以上膨らめば、身が弾けると思われた瞬間―
ガバァッ
胴体の魔頭が、ガバリとその大口を開ける。
途端、
ゴヴゥアアアッ
そこから轟音を立てて飛び出す、何か。
それが、圧縮された空気の塊と察すると同時に、ウィンは三度身をかわす。
ゴァアンッ
轟音とともに着弾。
「どうやら、あれがあの子の持ち札みたいだね。」
巻き上がる砂埃にむせ込みながら、ウィンがそんな事を言う。
『結構な破壊力だよ!!どうする!?』
「うん。」
相方の言葉に頷くと、ウィンは再び膨らみ始める邪竜を見やる。
「威力は凄いけど、発射するまでに時間がかかるみたい。一度出したら次弾までには間がある。そこを叩こう。」
『分かった!!』
頷き合う二人(?)の視界の端で、邪竜がその大口を開くのが見える。
『ウィン!!』
「今!!」
姿勢を低くしたウィンの上を、空気の砲弾が唸りを上げて通り過ぎる。
かすった髪の毛が削り散らされるのを感じながら、這う様な姿勢で地を走る。
そして―
「入った!!」
邪竜の懐に入ったウィンが、杖を構える。
その先に展開する、真紅の魔法陣。
それを邪竜の身体に叩きつけようとした、その瞬間、
ゾ ク リ
それまでとは違った悪寒が、彼女の背筋を走る。
思わず見上げる。
その視界に、自分を見下ろす竜の顔が映った。
邪竜が、その首に頂く本当の頭。
それが、クワッと口を開いた。
途端、真っ赤な華が視界を覆う。
それが、飛び散る自分の血だと気付くのと同時に、ウィンはそのズタズタになった身体を地面に叩きつけられていた。
『ウィンー!!』
叫ぶプチリュウ(相方)の声が、酷く遠くに聞こえた。
―2―
―「魔頭を持つ邪竜」―
荒地や砂漠に生息する、風属性の下級ドラゴン族。
体長は8〜10メートル。
様々な形状に派生するドラゴン族の中でも奇種と呼ばれ、その形状は特異を極める。
最大の特徴はその胴体。
そこには竜本来の頭部の他にもう一つ、「魔頭」と呼ばれる特殊器官が存在している。
「魔頭」は第二の視覚、聴覚、嗅覚、そして摂食機能を有しており、文字通り”副頭部”とも呼べる器官である。
これの存在により、魔頭を持つ邪竜はその体格に対して大型の獲物を捕食する事が可能になっている。
これは食料資源の乏しい地において、獲物の選択範囲を広げる事に役立っている。
非常に貪欲であり、その獲物には当然の様に人間も含まれる。
同種が生息する地域を移動する際は、注意が必要である。
同種が持つ攻撃は二つ。
上部の竜頭が放つ「斬裂疾風(レザーブレス)」。そして胴体の魔頭から発射される「烈風弾(バレットブレス)」である。
「烈風弾(バレットブレス)」は体内で圧縮した空気を弾丸の様に打ち出すもので、破壊力が高く、直撃すれば岩さえも粉砕する。しかし、身体の正面から直線上の軌道にしか発射出来ず、連射も出来ない。そのため、察するのもかわすのも容易い。
一方、上の竜頭が出す「斬裂疾風(レザーブレス)」は薄皮を裂く程度の真空刃を無数に飛ばす攻撃で、威力こそ低いが連射がきき、長く稼動のきく首に乗った頭から発射されるため、四方八方満遍なく飛ばす事が出来る。
これで獲物の動きを封じ、「烈風弾(バレットブレス)」で止めを刺すのが主な攻撃パターンである。
同種と対峙する際は、これにはまらない事が重要である。
「あ・・・つぅ・・・」
全身に受けた衝撃と、痺れる様な痛みで身体が動かない。
霞む視界に、口を開けて迫る魔頭が映る。
洞窟の様に暗いそれは、底の無い奈落の入口の様に見えた。
(うわ・・・。これ、ヤバイかも・・・。)
朦朧とした思考。
何処か他人事の様な感覚の中で、ウィンは迫る邪竜の姿を見つめる。
と、
グイッ
襟首が、強い力で引かれた。
見れば、そこにはいつの間にかプチリュウが食いついていた。
『フンニュウゥウ―――っ!!』
彼はありったけの力を込めると、背負投げの要領でウィンの身体をぶん投げる。
ドサァッ
「むきゅっ!!」
投げられた先で、叩きつけられたウィンが踏みつけられたアマガエルの様な声を上げる。
しかし、そんな事には構ってられない。
『うわわっ!!』
今度はこちらが逃れる番。
自分を噛み潰そうとする歯牙の群から、間一髪飛び抜ける。
ガチィイイイイインッ
獲物を逃した牙が、苛立たしげな音とともにぶつかりあった。
『ウィン、ウィン!!大丈夫!?しっかりして!!』
「あ・・・うん。平気。ありがとう。ぷっちん。」
主の元に飛び寄り、声をかけるプチリュウ。
どうにか身を起こしたウィンが、気丈に笑顔を浮かべながら答える。
どうやら、地面に叩きつけられたショックで意識がはっきりしたらしい。
『怪我は!?』
「あ、うん。」
言われて、自分の身体を確かめる。
全身に刻まれた切り傷。
纏ったローブには血が染み、じっとりと重くなっている。
見た目はズタズタの体で、大怪我の様にも見える。
しかし。
「大丈夫みたい。手も、足も動く。」
そう言って、よろめきながらも立ち上がるウィン。
実際、傷は浅かった。
出血は多いものの、それ自体は皮一枚程度のもの。大きな血管や筋と言った致命傷になりうる器官には、届いていない。
「何があったの?」
再び杖を構えながら、事の次第を見ていたであろう相方に尋ねる。
『ウィンが懐に入った時、邪竜(あいつ)が上の口から何かを吐いた。途端に、その有様だよ。』
「見えなかったの?」
『見えなかった。その代わり空気を切る様な音がした。』
「そっか・・・。」
それを聞いたウィンが、得心した様に頷く。
「真空波(かまいたち)・・・だね。」
『多分。』
二人(?)が頷きあったその時―
ガボォッ
鈍い音が響き、不可視の圧力が襲いかかる。
『うわっ!!』
「ととっ!!」
咄嗟に避ける。
ガボンと陥没する地面。
『また空気弾(これ)!?』
「なら、隙が―!?」
振り向いたウィン。
しかし、その視線の先で竜の顔が口を開く。
「!!」
バシュウッ
今度は明確に聞こえた。
しかし、間に合わない。
ザザンッ
ウィンの足から、血がしぶく。
「痛ぅっ!?」
傾ぐ身体。
バズゥッ
その隙を逃さず、放たれる空気弾。
『危ない!!』
慌ててタックルするプチリュウ。
もつれ合って倒れ込むその横を、轟音が通り過ぎる。
響く爆音。
地が揺れる。
『駄目だ、ウィン!!一旦隠れよう!!』
「う、うん!!」
慌てて近くの岩場に潜り込む。
「『はあ、はあ、はあ・・・』」
お互いに、荒い息をつく。
「空気弾と違って、かまいたちの方は連射が効くのか・・・。隙がないなぁ・・・。」
困った様な顔をするウィンに、プチリュウが言う。
『このままじゃジリ貧だよ!!憑依装着を!!』
「そうだね。分かった!!」
憑依装着とは、しもべと自分の魔力を同調・一体化する事によって各能力を底上げする呪法。
精霊使いの切り札とも言える秘術である。
『早く!!』
「うん!!それじゃ、いくよ!!」
ウィンが、プチリュウを抱きしめようと手を伸ばす。
が。
フッ
突然、差していた日が陰る。
「『え?』」
二人(?)そろって上を見る。
―10メートルの巨体が宙を舞っていた。
グォオオオオオッ
そのまま、二人(?)に向かって降ってくる。
『うわぁああああっ!?』
「にゃぁああああっ!!」
慌てて、てんでの方向に逃げる。
ズシィイイイイインッ
邪竜の身体が、ウィン達の隠れていた岩を粉砕する。
分断されたウィンとプチリュウ。
これでは、肝心の憑依装着が出来ない。
別の岩陰に隠れたウィン。
彼女に向かって、向うの岩陰からプチリュウの念話が飛んでくる。
『ちょっとウィン!!これマジでヤバイよ!!何か作戦とかないの!?』
そんな相方の声に、ウィンは頭をかきながら答える。
「いや〜、おびき寄せるまでは考えてたんだけど、その後はまぁ相手のレベルも低いしなんとかなるかな〜なんて・・・。」
『だ・・駄目だこりゃ・・・。』
岩の向うで、プチリュウが脱力する気配がした。
ウィンは岩の陰からそっと顔を覗かせ、低い唸り声を上げている邪竜の様子を見る。全身の鱗が逆立ち、明らかに苛立っている。相当空腹らしい。
「う〜ん。下の頭が出すのは簡単に避けられるんだけど、上の頭が出すヤツがなぁ・・・。」
実際、威力が低いとはいえこれだけ食らえば流石にダメージも堪ってくる。
重なる失血で、時折強い目眩が襲う。体力も落ちている。血が染み込んだローブが重い。足元がふらつき始めており、このままではあの空気弾や押し潰しを食らってしまうのも時間の問題だろう。
そうなったら、一巻の終わりである。
そして、その事はしもべであるプチリュウも重々承知だった。
それが、彼に一つの決断をさせる。
『こうなったら・・・』
バッ
突然、プチリュウが隠れていた岩陰から飛び出した。
「ぷっちん!?」
驚くウィンに、念話が届く。
『ボクがアイツの首の動き止めるから!!ウィンはその間に契約の印章を!!』
その言葉とともに、プチリュウは邪竜に向かって真っ直ぐに突っ込んで行く。
気が付いた邪竜は頭を素早く廻らすと、その口から無数の真空刃を吐き出した。
『う・・・く・・・』
鋭い真空の刃が鱗に当たり、鈍い音を立てる。
プチリュウの小さな身体はその衝撃だけで弾き飛ばされそうになるが、それに耐えて尚も突き進む。
『こんの!!』
そしてついに邪竜の頭部に飛びつくと、そのエラに齧り付き、自分の細長い身体を邪竜の首に絡み付けた。
『ウィン!!動き、押さえたよー!!』
「え?あ、うわ!?あー、ちょっと、待って。チャージ完了まであと3分!!」
慌てて杖の先へと精神を集中し始めるウィン。
シャアァアアアッ
怒り狂った邪竜が、ブンブンと頭を振り回す。
『は、早くしてー!!』
プチリュウは全身の力を込め、必死に齧りつく。
と、振り回されていた頭がピタッと止まった。
『へ?』
途端、邪竜がその翼を大きく広げた。
『!?』
バサァッ
砂煙が舞い、巨体がふわりと宙に浮く。
『まずい!!』
押し潰す気だ―プチリュウが気付くのと、邪竜の身体がウィンの上に踊りかかるのとは同時だった。
『ウィンー!!』
ズズゥウウンン
叫びも空しく、邪竜の巨体が鈍い地響きとともに地に落ちた。
もうもうと立ち込める砂煙。
自身の主の無残な姿を想像し、プチリュウは思わず目を閉じる。
―と、
「絶望するのは、まだ早いんじゃないかなぁ?」
聞き慣れた声が思わぬ方向から聞こえ、プチリュウは思わず頭上を見上げた。
見れば、そこには赤い魔法光を散らしながら軽々と宙を舞うウィンの姿。
『え?じゃこっちは!?』
慌てて目を戻す。
邪竜の下にいたのは、これまた巨大な翼を交差させてその巨体を受け止める巨鳥の姿。
『「シールド・ウィング」!!って事は、位相転移(シフト・チェンジ)!?いつの間に!?』
―罠魔法(トラップ・スペル)・『位相転移(シフト・チェンジ)』―
敵の攻撃行動をトリガーに発動し、術者自身とそのしもべの位置を一瞬にして取り替える罠魔法(トラップ・スペル)。
邪竜の挙動は、ウィンにも見て取れた。
最大の攻撃時は、最大の隙でもある。
ウィンは、咄嗟にもう一匹のしもべであるシールド・ウィングを空中に召喚。さらに、自分の真下に位相転移(シフト・チェンジ)を展開していたのである。
プチリュウに向かって、得意げにVサインをするウィン。
一方、慌てたのは邪竜。必殺の一撃を突然出てきた新手に易々と受け止められた上(シールド・ウィングの翼は文字通り鋼鉄の強度を誇る)、狙っていた筈の娘は頭の上。訳が分からない。
と、狼狽する邪竜の真下で、再び赤い光が走る。
その光は猛スピードで地を走り、瞬く間に巨大な六亡星を描き出す。
『六亡星の呪縛(プリンシプル・ヘキサグラム)!!』
驚いたプチリュウが離れるのと入れ替わる様に、地から浮かび上がった六亡星が邪竜の身体を拘束する。
―罠魔法(トラップ・スペル)・「六亡星の呪縛(プリンシプル・ヘキサグラム)」―
対象とした相手を、その力の強さに関わりなく拘束する術である。
ジュルァアアアアアアアアッ
苦悶の叫びを上げる邪竜。
「もう、逃がさない!!」
そう言うウィンの手の中で、杖が新緑の輝きを放つ。
「チャージ完了!!これで・・・」
そして邪竜に向かって落ちながら、杖を思いっきり振りかぶる。
「終わりだぁああああああっ!!!」
パッチィイイイイイインッ
叩きつけられる杖。
邪竜の身体に、新緑の光が散った。
「ふゃあ〜。疲れたなぁ〜。」
すっかり大人しくなった邪竜の横で座り込みながら、ウィンはそう声を上げた。
『全く、こんな身体で術の並行励起なんて。いつも無茶が過ぎるんだよ。』
荷物の中から引っ張り出した救急セットで手当をしながら、プチリュウが呆れた様に言う。
「えへへ。」
そんな彼に向かって、微笑みかけるウィン。
『な、何さ?』
「ぷっちんがあんなに頑張ってくれたんだもん。あたしがへたれる訳にはいかないよ。」
『そ、それは・・・』
顔を赤らめて畏まるプチリュウに、ウィンが軽くキスをする。
「ありがとう。ぷっちん。」
そう告げると、力尽きた様に邪竜の身体にもたれかかる。
『ウ、ウィン!!』
慌てる相方に、もう一度微笑みかけるとウィンはそっと目を閉じる。
「疲れちゃった・・・。ちょっと、寝るね・・・。」
『あ、ああ。うん。』
「・・・あ〜、お腹減ったなぁ・・・。」
呟く様にそう言うと、その口からはもう穏やかな寝息が漏れ始めていた。
『・・・お疲れ様。ウィン。』
プチリュウはそう言って、その小さな翼で小さな主の顔に差す日差しを遮った。
―3―
―それから二日後。
件の荒地の近くを、空の荷台を引きながらあるく物資調達員の姿があった。
「やれやれ。今回も何とか生き残れたか。」
そう言いながら、カラカラと荷台を引く男の姿は包帯だらけである。
「ま、命あってのものだねってもんさな。」
などと言いながら、岩場を通り過ぎようとしたその時―
「おーじちゃん♪」
聞き覚えのある声に、男は足を止めて振り返る。
そこには、小さな竜を肩に乗せて手を振る少女の姿。
男に負けず劣らずボロボロの体で、満面の笑みを浮かべている。
その少女が大声で叫んだ。
「ちょっとそこまで、乗っけてってくれないかな?」
男もニヤリと笑うと、「おうよ。」と言って空の荷台を指差した。
終わり
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いきなり何の事か分かりませんね。いやいや、私だって動揺してるんです。おそらく誤字、もしかしたら誤字じゃないかもしれない、とんでもない箇所を見つけてしまったのですから。ちなみに上の文章は「Yahoo!辞書」からの引用です。
ローブ→ロープ 見つけた方は爆笑してください。改訂前の文でも同じ単語が使われています。
あ、それから、』と」を間違ってるところがあったので探してみてください。
「10メートル」:へー、そんなにデカかったのかと、改定前と読み比べると知らないうちに大きくなっていたことに気付く。ドラゴンの成長速度ハンパねぇな。
「詠唱」:サイクロンを使うシーンが追加。同時に、今回初めて(多分)サイクロンの詠唱が登場。あと六亡星の厨二名も決定。
全体的に色々と詳しくなっているな、という感じ。特に魔頭を持つ邪竜の生態について詳しく知りたい人向け(笑)それと真空波できざまれるウィンが見たい人向け(w)
ウィンの戦力分析、大体こんな感じ?
魔法の才能が長けており、術の並行励起や詠唱破棄など難易度の高いスキルを使って絶え間無く術を飛ばしてくる。その反面、火力は低くく決定打に欠ける。また、風の能力により素早く身軽な動きが可能であり、持ち前の体術や風の声による危険察知、さらにウイング・イーグルの飛行能力も相まって、回避能力は高い。シフトチェンジの存在もかなり怖い。いきなり背後にダガー装備で現れるとかできるわけだし。