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2015年03月24日

霊使い達の宿題・逃走編(改訂版)




 どうも。土斑猫です。
 今回載せますのは、pixiv用に書いた「霊使い達の宿題・逃走編」を加筆、修正したものです。
 話の大本はそのままですが、やはり細かい所がチョコチョコと変わっています。
 お暇などございましたら、どうぞご利用くださいませ。
 ではでは。



お姫様.jpg
  

             前回までのあらすじ

 何だかんだと面倒な事情により、宿題の遂行を断念せざるをえなかったエリア。
 お仕置きを逃れるため、逃走を図る。
 そんな彼女に対し、ドリアードは他の霊使い達を刺客として送り込むのだった・・・。



                    ―その1―



 「はぁ・・・はぁ・・・こ、ここまでくれば・・・」
 息を切らしながらそう言うと、エリアは手近な木陰にへなへなと座り込んだ。
 『大丈夫?エリア。』
 主を気遣うギゴバイトが、担いで来た荷物の中からブルー・ポーションを引っ張り出してエリアに渡す。
 「あ、ありがと・・・」
 息も絶え絶えになりながら受け取ると、栓を抜くのももどかしくゴキュゴキュと豪快に飲み干す。
 「ぷはーっ!!うめーっ!!」
 ドンッと地面に空になった瓶を置くエリア。
 『ちょっとエリア、はしたないよ。女の子が。』
 腰に手をやりながら、注意するギゴバイト。
 「別に良いじゃない。アンタしかいないんだし。誰も見てないわよ。」
 『そういう問題じゃないでしょ。そんなんだから彼氏も出来ないんだよ!?』
 その言葉に、エリアの動きがピタリと止まる。
 「・・・彼氏なんていらないわよ。っていうか、もういるし。」
 『ええ!?初耳だよ!!い、一体何処の誰さ!?』
 ギゴバイトが顔色を変えてそう言った途端、
 ヒュンッ
 バコッ
 『アベシッ!?』
 突然飛んできたブルー・ポーションの空瓶が、その顔面を強打する。
 『な、何すんのさ!?急に!!』
 「・・・うっさい、馬鹿!!」
 抗議するギゴバイトに向かって、エリアは苛ついた調子で言い捨てる。
 『馬鹿ってなんだよ!?訳わかんないし!!」
 「うっさいったらうっさい!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!!朴念仁!!」
 機関銃の様にまくしたてるエリア。
 その頬が薄く染まっているのは、怒りのためかそれとも別の理由か。
 とかく、今も昔も複雑かつ面倒な乙女心なのであった。
 と、その時―
 「『炎の飛礫(ファイヤー・ボール)』!!」
 そんな声とともに、無数の火球がエリア達を襲う。
 チュドーン
 「ウッキャーッ!!」
 『ワキャーッ!!』
 派手な爆音とともに、盛大に吹っ飛ばされるエリアとギゴバイト。
 「アチ、アチチ!!な、何よ何何!?」
 火の点いたローブをバタバタしながら、走り回るエリア。
 『エリア、落ち着いて!!』
 そう言って、両手を組むギゴバイト。すると、手の隙間から、チャーッと水が出て火を消し止める。
 「だ、誰よ!?こんな面白くもない冗談かますのはっ!?」
 憤怒の形相で喚きまくるエリア。
 それに応える様に、飛火が上げる煙の向こうから現れる人影。
 朱色の髪が、炎の起こす上昇気流にユラユラと揺れる。
 「見つけたぜ。エリア。」
 エリア、仰天。
 「ヒ、ヒータ!!あんた、どういうつもり!?」
 「どうもこうもねえよ。先生がお前を連れて来いってさ!!」
 そう言いながら、ヒータは紅蓮の炎が灯る杖を構える。
 傍らには、燃えさかる尾を揺らす稲荷火の姿。
 すでに憑依装着済み。
 戦闘準備完了状態である。
 「そういう事だから、覚悟しな!!」
 言うや否や、杖を振りかざして踊り掛かるヒータ。
 ガキィイイッ!!
 硬いもの同士がぶつかり合う、硬質な音が響き渡る。
 振り下ろされてきた炎杖。それを、エリアは間一髪、自分の杖で受け止めていた。
 ギリギリギリ・・・
 二人の力は拮抗し、鍔迫り合いになる。
 「観念しな、エリア。お上にもお慈悲はあるぜ・・・。」
 ギリギリギリ・・・
 「あ・・・あんた、あたしを売るつもり・・・?」
 歯を食いしばりながら、恨めしげに睨むエリア。
 ギリギリギリ・・・
 対するヒータは、力みながらも不敵な笑みを浮かべる。
 「心外だねぇ・・・。なるべく軽いお仕置きで済む様にしてやろうっていう友情じゃねぇか・・・。」
 「よっけいなお世話よ!!」
 ガッキィイイイイインッ
 甲高い音と共に、二人の身体が弾かれる。
 ズザザッと体制を立て直しながら、ヒータが呪文を唱える。
 「愚者の嘆き 炎帝の裁き 天下(てんげ)に律する不変の理 神が名下に紅蓮となりて 不従の罪に灼熱の報いを!!」
 呪文の詠唱に合わせる様に、ヒータの杖に灯る炎が渦を巻く。
 「『火あぶりの刑(ギルティ・ブレイズ)』!!」
 ヒータの杖からあふれた炎が、紅蓮の巨蛇となってエリアに襲いかかる。
 「きゃー!!アチッ、アチチチチッ!!」
 炎の巨蛇に舐められ、悲鳴をあげるエリア。
 「ちょっ、ヘルプヘルプ!!ギゴ、何とかしてー!!」
 悲鳴混じりの声に、ギゴバイトは自分も泣きそうになりながら叫ぶ。
 『火力強くて僕じゃ無理!!イーズ呼んで!!』
 その言葉に、エリアは慌てて杖を地面に打ち立てる。
 「イーズ、来なさい!!」
 杖の先から水がしぶき、その中から水瓶を持った緑色の肌の女性が現れる。
 イーズこと、『泉の妖精』である。
 「イーズ、早く早く!!」
 泉の妖精はコクリと頷くと、手にした水瓶を逆さに返す。
 ドバァアアアアッ
 大量の水が瓶から溢れ出し、炎の蛇を消し去った。
 「ちっ!!」
 舌打ちするヒータ。一方、エリアはゼエゼエと息を切らしながら怒鳴り立てる。
 「ちょっと、あんた、ふりじゃないでしょう!!本気で殺る気だったわね!?」
 「何言ってんだ。んなわけねーだろ?まぁ・・・」
 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべるヒータ。
 「先生は、五体の無事は問わねーとは言ってたけどな!!」
 「にゃ、にゃにおう!?」
 裏返った声で叫ぶエリア。
 ついでに、自分もひっくり返りそうである。
 「良い機会だと思わねぇか!?全くよう!!」
 ひどく嬉しげな声とともに、再び飛んでくる『炎の飛礫(ファイヤー・ボール)』。
 『エリア、危ない!!』
 ギゴバイトと泉の妖精が、それを慌てて消して回る。
 「あ、あんた、あたしに何か恨みでもある訳!?」
 「テメーの胸に訊いてみな!!」
 逃げ回りながらがなりたてるエリアに、ヒータもがなり返す。
 チョロチョロと逃げ回りながら、考えるエリア。
 やがて、ポンと手を打つ。
 「分かった!!あれね!?あんたがとってたマドルチェ堂のナチュル・パンプキン・パイ勝手に食べた事でしょう!?」
 「・・・何・・・?」
 ヒータの動きが、ピタリと止まる。
 「意地汚いわね!!たかがお菓子の一つや二つでいつまでもネチネチと!!そんなに大事なら名前でも書いときなさいよ!!」
 吐き捨てる様に言い放つエリア。しかし、ヒータの様子がおかしい。
 「あれ・・・お前の仕業だったのか・・・」
 「へ・・・?」
 ポカンとするエリア。
 その前で、拳を握り締めたヒータがワナワナと震え出す。
 「お前なぁ・・・ありゃあ、一日百個限定なのを、開店五時間前から並んでやっと買ったんだぞ・・・。それをよくも・・・」
 思わぬ反応。エリア、大いに焦る。
 「あ、あれ?ひょっとして違った?じゃ、じゃああれかしら?あんたの秘蔵の香水を勝手に使った事?それとも、あんたが大事にしてたティーカップ落として割っちゃった事?あ、そうだ、あんたのよそ行きの服にご隠居の猛毒薬こぼしちゃった事とか・・・?」
 それを聞く度、ヒータの米神の青筋は増えていく。
 「・・・ああ、そうかい・・・。何もかも全部、お前の仕業だったって訳かい・・・!?」
 朱色の髪がザワザワとざわめき、その身から比喩ではなくメラメラと炎が立ち昇る。
 「え、えぇー!?どれも違うの!?じゃあ他には・・・ああん、もう、色々ありすぎて分かんないじゃない!!馬鹿!!」
 「・・・コ・ロ・ス・!!」
 低くドスのこもった声が呟く。
 途端―
 ゴウッ
 ヒータの頭上に、炎の飛礫(ファイヤー・ボール)の何倍もある巨大な火球が現れた。
 それを見たエリア達は、一様に仰天する。
 『ちょ、あれって!?』
 「『死恒星(デス・メテオ)』じゃない!!それも詠唱破棄!?」
 通常魔法(ノーマル・スペル)、『死恒星(デス・メテオ)』。
 焦点温度が千度に達する火の玉をぶつける、単純だが強力な魔法。普通の人間が食らえば、まあ大抵は死ぬ。
 「な、何よ!!ヒータあんた、詠唱破棄みたいな器用な真似、苦手なんじゃなかったの!?」
 『火事場の馬鹿力ってやつじゃないのかなぁ・・・。』
 どこか遠い目で語るギゴバイト。
 昏く沈んだ声で、ヒータが言う。
 「吉・・・ちょいとアイツ抑えてろ。確実に、当てる。」
 『ぎょ・・・御意・・・。』
 どこか怯えた様な調子で、エリアに飛びかかってくる稲荷火。
 『ちょ、まず・・・』
 慌てるギゴバイト。と、その手が突然引かれる。
 『へ・・・んぐっ!?』
 抱き締められた顔が、形の良い胸に埋まる。
 瞬間―
 ドッバァアアアアアッ
 空高く立ち昇る水柱。
 キラキラと輝く虹が、宙に架かる。
 と、
 バキィッ
 『ぬぁっ!?』
 唐突に襲う衝撃に、稲荷火が弾き飛ばされる。
 「吉!?」
 驚くヒータの前で弾ける水玉(すいぎょく)。
 「憑依装着、完了!!」
 飛び散る水滴の中から現れたのは、憑依装着モードになったエリア。そしてランクアップして、『ガガギゴ』となったギゴバイトの姿だった。


 クルクルと杖を舞わせながら、エリアが言う。
 「ギゴ!!稲荷火(あいつ)抑えて!!」
 『分かった!!』
 そう言うと、ガガギゴは稲荷火の前に立ちふさがる。
 『・・・因果な立場ですな。お互い。』
 『・・・全くだ。』
 ジリジリと対峙しながら、溜息を付き合う二人(?)なのだった。
 一方、ヒータとエリアは―
 「しゃらくせえ!!憑依装着したって死恒星(こいつ)は防げねーぞ!!」
 「そんな事、分かってるわよ!!憑依装着これは・・・」
 言うと同時に、エリアが杖を地面に突き立てる。
 「これを使うためよ!!」
 ガガガッ
 突き立てられた杖が、弧を描く様に地面を削る。
 途端―
 ゴバァッ
 杖が描いた軌跡から、大量の水が噴き出した。
 「ぬなっ!?」
 驚くヒータ。
 「詠唱破棄出来る呪文くらい、あたしだって持ってんだからね!!」
 霊使いのレベルを上げる憑依装着。
 その効果は術者の内蔵魔力量も上げ、より高位の術の使用も可能にする。
 その事を証明するかの様に、際限なく湧き吹く烈水。
 それは見る見る渦を巻き、大波となってヒータに襲いかかる。
 「いっけぇー!!『大波小波(ツイン・ウェーブ)』!!」
 「なっ、なななっ!?」
 慌てるヒータ。
 そんな彼女を、大波が死恒星(デス・メテオ)ごと呑み込む。
 ザザァアン・・・
 一拍の後、大波は小波となって引いて行った。
 あとに残ったのは、全身びしょ濡れで倒れ伏すヒータの姿。
 「ブイ!!」
 会心の笑顔でVサインをかますエリア。
 一方―
 「こ・・・こんのやろー・・・」
 杖を支えに、ヨロヨロと起き上がるヒータ。
 「舐めんじゃねーぞ・・・!?こんくらいでオレは・・・」
 その目には、今だメラメラと炎が燃えている。
 しかし、エリアはあくまで余裕の体。
 「倒せるなんて思ってないわよ。」
 「へ?」
 ポカンとするヒータ。
 「あたしの方見て、何か気づかない?」
 言われて、ヒータはエリアをマジマジと見る。
 「あれ・・・?」
 確かに。
 さっきまでエリアに付き従っていた筈の、泉の妖精。
 その姿がない。
 何処にいったのだろう?
 訳が分からないヒータの前で、エリアが胸を張る。
 「通常魔法(ノーマル・スペル)、『大波小波(ツイン・ウェーブ)』。その効果は・・・」
 ザワリ
 急に、異様な悪寒がヒータを襲った。
 「な、何だ!?って、う、うぇ!?」
 ヒータが見たものは、自分の下半身を覆う半透明のゲル状の物質。
 否。グニグニウネウネネトネト動いてる所を見ると、どうやら生き物らしい。よく見れば、その表面に顔の様なものも確認出来る。
 「ライムこと、『リバイバルスライム(原作仕様)』」よ。どーお?可愛いでしょう?」
 「こ、こんなもん、いつの間に・・・って、ひゃっ!?ちょ、おま、どこ触って、う、うひゃひゃ、ちょ、やめ・・・!?」
 これが先程エリアが放った、『大波小波(ツイン・ウェーブ)』の効果。
 最初の大波で水属性モンスターの召喚をキャンセルし、入れ替わりに引いていく小波で別の水属性モンスターを再召喚していく。
 「死恒星(デス・メテオ)の消火と、あんたの目晦ましもかねてやったんだけど、ンフフ。上手くいっちゃったー♪」
 嬉しそうにはしゃぐエリア。
 その様を忌々しそうに睨むと、ヒータは自分の下半身を覆って色々しているリバイバルスライム(原作仕様)に向かって杖を振り上げる。
 「何でぇ!!こんなヤツ!!」
 吐き捨てる言葉と一緒に、杖が一閃。
 グチャアッ
 その一撃で、リバイバルスライム(原作仕様)はバラバラに弾け飛ぶ。
 「はぁ・・・はぁ・・・、どうだ!?ざまぁみろ!!」
 (色々な意味で)紅潮した顔で、荒い息をつくヒータ。しかし、
 「無駄よ!!」
 ギュルルルッ
 エリアの声と共に、飛び散ったリバイバルスライム(原作仕様)の破片が集まる。
 「な、何だよ!?こいつ!!」
 驚くヒータ。
 バラバラになったはずのリバイバルスライム(原作仕様)が、元通りになって再びヒータに絡みついていた。
 エリアが、エヘンと胸を張る。
 「どーお!?驚いたでしょう。ライム(原作仕様)は破壊されても、すぐに元通り自己再生するのよん!!ちなみに、戦闘破壊でも効果破壊でもOKだから♪」
 「な、何ぃ!?なんだそのインチキ能力・・・って、ひゃん!?ちょ、やめ、あひゃひゃ、へ、変なとこはいんじゃね・・・ひゃっ!?そ、そこ、だめだって、だ・・・らめぇ!!」
 顔を真っ赤に紅潮させて悶えるヒータ。
 そんな彼女に向かって、エリアは手を振る。
 「じゃ、悪いけど、しばらくその子と遊んでてねー。ギゴ、行くわよー。」
 「お、おう!!」
 タッタカターと走り出すエリアと、慌てて後を追うガガギゴ。
 「あ、てめ・・・ちょ、ま・・・あ、あん!!うひ、うひゃひゃひゃっ!!待って、コイツなんとか・・・ひゃあ!!き、吉、何とかしてぇ!!」
 「ぎ、御意!!」
 エリア達の後を追おうとした稲荷火だが、主の悲鳴を聞いてそれを断念する。
 慌ててとって返し、主に絡み付いているリバイバルスライム(原作仕様)を食いちぎるが、千切るそばから再生してしまう。
 「じゃ、せいぜい愉しんでねー。バイビー!!」
 そう言って、悠々と走り去るエリア達。
 「て、てめー、まてってーっあひっ!!キャハハハハッ!!く、くすぐった・・・だ、だめ、そこはマジで駄目だって・・・やめ、やめて・・・ひぁあっ!!」
 「ああ、こりゃあ、手に終えませんな・・・。」
 「エリアてめーっ、覚えてろー!?」
 青い空の下、ヒータの悲鳴混じりの怒声と稲荷火の溜息が響き渡った。



                   ―その2―

 
 良い日であった。
 空は高く澄み渡り、遠く雲雀が鳴いている。
 太陽はさんさんと降り注ぎ、吹き渡るそよ風が心地良い。
 ピクニックなど洒落込んだら、さぞ気持ちの良い事だろう。
 しかし、そんなご機嫌な陽気などどこ吹く風な様子の者達が二人。
 そこだけドンヨリと重苦しい空気を纏いながら、彼女達はトボトボと歩を進めていた。
 連れ合いの片割れ。青髪の少女がぼやく。
 「・・・参ったわね・・・。まさかヒータが追っ手になるなんて・・・。ホントに友情も義理もあったもんじゃないわ・・・。世知辛いったらありゃしない。」
 肩を落としながら、プヒ〜と溜息をつくエリア。並んで歩くギゴバイトも、暗い顔で頷く。
 『この調子だと、他の皆も敵に回ってると思った方がいいかも。もしアウスさんあたりが本気できたら、ちょっと厄介だよ?』
 それを聞いたエリア。ブルル、と身震いする。
 「アウスの本気ー?不吉な想像させないでよ。考えるだけでゾクゾクする。先生のお仕置きと究極の選択だわ。それ。」
 疲労とは別の原因で、汗が流れる。
 『ボクも考えたくないけど、想定は常に最悪を前提に構えておかないと。ダルク君じゃないけどさ。』
 エリアと同じく、嫌な汗を拭いながら言うギゴバイト。
 「じゃあどうしろってのよ?具体的に。」
 『ええと・・・』
 しばし頭を捻るギゴバイト。やがて、ポンと手を打つ。
 『そうだ!!取り敢えず、あれを装備してりゃいいんじゃないかな?ほら、『明鏡止水の心(ハート・オブ・クリスタル)』。』
 それを聞いたエリア、露骨に嫌そうな顔をする。
 「ええ、嫌よ!!あれ術式の構築大変なんだもん!!」
 『そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!ほら、ボクが見張ってるから、早くして!!』
 「わ、分かったわよ。そう急かさないでよ!!」
 ブツブツ言いながら地面に腰を下ろすと、杖を正眼に構える。
 「―我が望むは彼の守り 古の水霊 不変の輝き 其が理 天より落ち来る水珠となりて 我にかりそめの久遠をもたらせ―」
 言葉の紡ぎと共に、杖から一条の光が天に昇る。
 天に描かれる、緑色の魔法陣。そして―
 「『明鏡止水の心(ハート・オブ・クリスタル)』!!」
 言葉の結びと共に、天に描かれていた魔法陣がギュルルルッと収束する。
 やがて、収束した魔法陣は一滴の雫となって天から落ちた。
 ピチョーン
 それが、下に座するエリアの上で弾ける。
 ポウッ
 青い光に包まれる、エリアの身体。
 「はぁ、これでいいんでしょ?」
 大きく息をつくと、くたびれたと言わんばかりに背中から地面に寝転がる。
 『まあ、これで当面は安心かな。』
 ギゴバイトは腰に手を当てて、寝転がるエリアを見下ろす。
 ―装備魔法(クロス・スペル)・『明鏡止水の心(ハート・オブ・クリスタル)』―
 装備した者を、戦闘による死傷や破壊魔法から守る術。
 その効果に見合い、術式の構築はなかなか難しい。
 複雑な術式構築が苦手なエリアとしては、あまり手を出したくない代物ではある。
 『ほら、エリア。いつまでも寝っ転がっていないで、早く逃げないと。』
 ギゴバイトが急かすが、エリアはグダグダとくだを巻く。
 「もう〜。急かさないでってば〜!!大丈夫よ〜。明鏡止水の心(これ)装備したんだから〜。」
 ダレ切った声でそう言った瞬間―
 「ところがギッチョン!!」
 ゴオッ
 『ワァッ!?』
 「キャアッ!?」
 突如襲う、緑の旋風。
 「な、何よ!?これぇ!!」
 『コ、コレってまさか!?』
 ヒュオオオオオ・・・
 やがて風が収まると、
 「え!?ちょ、何!?」
 驚くエリア。
 たった今まで身に纏っていた明鏡止水の心(ハート・オブ・クリスタル)の光が掻き消えていた。
 『『破術の旋風(サイクロン)』!!って事はやっぱり!!』
 旋風が襲ってきた方向を仰ぎ見るギゴバイト。
 そこにいたのは―
 緑色のポニーテールが、しなやかに風になびく。
 「見つけたよ!!エーちゃん!!」
 憑依装着したウィンが、ビシリと杖を突きつけてそう言った。


 「ウ、ウィン!?今度はあんた!?」
 「その通り!!さぁ、エーちゃん!!大人しくお縄を頂戴!!」
 そう言うとウィンは手にした杖をクルクルと回し、ビシィッとポーズを決める。
 結構、ノリノリである。
 「あ、あんただけはと思ってたのに・・・。他称「霊使いの良心」はどうしたの!?っていうか、明鏡止水の心(ハート・オブ・クリスタル)どうしてくれんのよ!!せっかく人が苦労して構築したのに!!」
 嘆くエリア。しかし、ウィンは涼しい顔。
 「だって明鏡止水の心(あれ)そのまんまだと、エリアちゃん無敵状態でしょ?それじゃ、わたし困るんだもーん。」
 キャラキャラと笑うウィン。相変わらずの天真爛漫っぷりである。
 「ど・・・毒気抜かれるわね・・・。って言うか、あんたもアタシに恨みあるわけ?」
 その問いに、ウィンはキョトンとする。
 「ん?ないよ。そんなの。」
 「じゃあ何でよ!!そんなに先生が怖いわけ!?あたし達の絆は!?友情はどうしたの!?」
 エリアの叫びに、ウィンは小指を頬に添えてウーンと唸る。
 「確かに先生は怖いけど、それだけじゃないよ。絆?友情?それは大事だけど、今回ばっかりはちょっと優先順位が下なんだよね。」
 その言葉に、今度はエリアがキョトンとする。
 「へ・・・?じゃあ、一体何なのよ?」
 「それはね・・・」
 「それは・・・?」
 しばしの間。
 エリアの喉が、唾を飲み下す。
 ゴクリという音が、やけに大きく響いた。
 そして、ウィンは高らかに言い放つ。
 「エーちゃん捕まえてきたら、先生が「デビコック」のハングリーバーガー食べに連れて行ってくれるんだもーん!!」
 ドシャアァアアアッ
 何の音か。エリアが盛大にずっこけた音である。
 ちなみに、「デビコック」とは何か。
 虹の古代都市、レインボー・ルインで評判のハンバーガーショップである。看板メニューはハングリーバーガー。一つ1800ゴブリン。結構、お高い。リピーター曰く、食うか食われるかのスリルが病みつきになるとか。シェフはデビルコック。オーナーは成金ゴブリン。只今店舗拡大につきパート、アルバイト募集中。時給850ゴブリンなり。深夜シフトは1000ゴブリン。この世界の深夜勤務はリスクが大きい。それはもう、追いはぎやら盗賊団やら。
 などとどうでもいい話をしている間に、凄まじい勢いでずっこけたエリアがようやっと杖を支えにして起き上がってきた。その様は、まるで先ほど『大波小波(ツイン・ウェーブ)』を食らって倒れたヒータそっくりである。因果は巡るのだ。
 「あ・・・あんた・・・!!友情と食いもん計りにかけて、食いもんとるってか!!この欠食児童!!」
 「あり?エーちゃん、怒ってる?何で?」
 本気で不思議そうな顔のウィンに向かって、エリアは力いっぱい怒鳴り散らす。
 「自分とハンバーガー計りにかけられて、ハンバーガー取られた日にゃあ大概の人間が怒るわ!!つーか、あんたはそれでいいんか!?人間として自分の在り方に疑問とか湧かないんか!?」
 しかし、非常に困った事にウィンは何の躊躇いもなくこう言い放つのだった。
 「駄目だよ。エーちゃん。人にとって食べ物さんはなくてはならないものなんだよ。食べ物さんなくして人は在らず。食べ物さんとの出会いは一期一会。その大事な機会を逃すなんて、あってはならない事なんだよ。」
 「あ、あんたって奴ぁ・・・」
 耐えられずorzるエリア。
 頭の中で何か大事なものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。それは人間観とか人生論とか、とにかくそういう大事なものである。
 これではかのトモダチ至上主義者、ライナと相互互換ではないか。いや、同じ霊使いである以上、相互互換なのは当たり前なのだが、今はそんな他所の世界の話をしている場合ではない。ないったらない。
 「という訳で、エーちゃんお覚悟!!」
 何が”という訳”なのかは分からないが、ビシィッとポーズを決めるウィン。
 「あー、もう分かったわよ!!こうなったら、やってやろうじゃない!!」
 半ばヤケクソでそう叫ぶと、エリアも杖を構える。
 かくして、ここに霊使い対霊使い。仁義なき戦い二の巻の幕が切って落とされた―
 のだが・・・
 「『破術の旋風(サイクロン)』!!」
 「ウキャーッ!!」
 「『砂塵の大竜巻(ダスト・トルネード)』!!」
 「アヒャアーッ!!」
 「『一陣の風(シャープ・ウィンド)』!!」
 「ヒギャアーッ!!」
 聞こえてくるのはウィンの決め声と、エリアの悲鳴ばかり。
 ・・・無理もないかもしれない。
 ウィンの得意とする風系魔法は、装備魔法(クロス・スペル)や永続魔法(エターナル・スペル)、罠魔法(トラップ・スペル)等の破壊に特化している。
 対して、エリアの水系魔法にはずばりその装備魔法(クロス・スペル)や永続魔法(エターナル・スペル)、罠魔法(トラップ・スペル)が多いのである。
 先程の『明鏡止水の心(ハート・オブ・クリスタル)』はもちろん、『霧幻装甲(ミスト・ボディ)』も、『災厄の水面(ウォーターハザード)』も、全て装備魔法(クロス・スペル)や永続魔法(エターナル・スペル)である。
 相性が悪い事、この上もない。
 付け加えて言えば、ウィンは術式の平行励起が非常に得意であり、矢継ぎばやに魔法が飛んでくる。なので、おちおち呪文の詠唱やしもべの召喚もままならない有様である。
 「ぜぇ・・・ぜぇ・・・こ、これは、まずいわ・・・!!」
 無駄に体力を消耗し、息も絶え絶えになったエリアが杖にすがりながら呟く。
 「へっへーん。エーちゃん、そろそろチェックメイトかなー?」
 余裕のウィンが、クルクルと杖を踊らせる。
 何かしもべを召喚し、勝負を決めるつもりなのだろう。
 焦ったエリアが叫ぶ。
 「ちょっ!!ギゴ、何してんの!?早く憑依装着を・・・!!」
 『あ〜、ちょっとゴメン。今、無理。』
 「はぁ!?何言って・・・」
 がなりながら振り返るエリア。
 『ね?無理でしょ(泣)?』
 風竜(プチリュウが憑依装着でランクアップした)に頭を咥えられたギゴバイトが、ブラ〜ンブラ〜ンと揺れながらバツが悪そうに笑って見せた。
 「ギ・・・ギゴォオオオオ!?」
 虚しく響くエリアの叫び。
 「ふっふっふっ。もはや万事手詰まりだね!!」
 ほくそ笑みながら、ウィンが杖を振り上げる。
 「さあ、諦めてハンバーガーの糧になれ!!」
 ウィンの杖が地を突こうとしたその瞬間―
 「ちょっと待ったぁあああー!!」
 そんな叫びとともに、エリアが右手を突き出していた。
 その手の中には、小さな紙切れが1枚。
 それを見たウィンの顔が、驚愕に強張る。
 「そ、それはまさか!?」
 ウィンの反応に引きつった笑みを浮かべると、“それ”を持つ手を震わせながらエリアは言った。
 「マドルチェ堂本舗の、時間無制限スィーツバイキング・ペア招待券(50ペア限定)よ・・・。お願い、これで手を打って・・・。」
 チケットを凝視したまま、滝の様によだれを流すウィン。その前で、エリアはただただ悲しげに肩を震わせるのだった。


                   ―その3―


 『良かったね。あれでウィンさんが納得してくれて。んでなきゃ、万事休すだったよ。』
 風竜にカプンチョされてた頭をコキコキと鳴らしながら、そんな事を言うギゴバイト。
 しかし、当のエリアに窮地を脱した喜びはない。
 「ああ・・・せっかく・・・1年も前から手回しをして・・・貯金はたいて、手に入れたチケットだったのに・・・。」
 その細い肩が、プルプルと震えている。
 どうやら、血涙の決断だったらしい。
 『そんな事言ったって、仕方ないじゃないか。大体、さっきヒータさんが苦労して手に入れたマドルチェ堂のお菓子食べちゃったって言ってたじゃない。こういうのを因果応報って言う・・・ウベァッ!?』
 皆まで言う前に後ろから踏まれ、ギゴバイトは派手に地面とキスをする。
 『な・・・何すんのさ!!急に!?』
 「うるさいうるさいうるさい!!人の気も知らないで!!大体、何でわざわざ入手難易度高いペア券手に入れたと思ってんのよ!?」
 『え?どう言う事?』
 何の事か分からないと言った体の彼を前に、エリアは顔を真っ赤に膨らませて黙ってしまう。そのまなじりには涙まで浮かんで・・・
 『え!?何!?どうしたの!?そ、そんなに大事だったの!?あのチケット・・・』
 「うるさい!!もういい!!」
 慌てるギゴバイトに向かってそう言い捨てると、エリアは浮かんだ涙を乱暴に拭いてズンズンと歩き出す。
 「ほら、さっさと行くわよ!!こうなったら、何が何でも逃げ切ってやるんだから!!」
 エリアがそうがなった瞬間―
 「・・・そうは・・・」
 「いかのスミブクロなのですー!!」
 そんな声とともに、天からジャカカッと降り落ちる無数の光の剣。そのまま宙に突き刺さり、エリア達の行く手を阻む。
 お馴染み、『光の護封剣(シャイン・ガーディアン)』である。
 『あ〜、これって・・・』
 「今度はあんた達〜・・・?」
 心底、かったるそうに言う二人。
 「ちょ、ちょっとなんですか!?そのやるきのないリアクションは!?もっとこう、あるでしょ!?なにーとか、まさかーとか」
 などと言いながら、道端の茂みの中から出てくるライナ。その後ろにはダルクが、ついでの様にくっついている。
 「あら、ダルクも一緒なの・・・?大変そうね。お互い・・・」
 「・・・全くだよ・・・。」
 ウンザリした様な顔で頷きあう、エリアとダルク。
 「ちょー、ちょっとちょっと!!なにふたりでいきとうごうしてるですか!?ダルク、いまはエリアちゃんはてきなのですよ!?」
 「・・・って言ってるわよ?アンタの片割れ。」
 「・・・ああ、まぁ、そういう訳だから・・・」
 「・・・やるの?」
 「・・・まぁ、やんなきゃやんないで、周りが五月蝿いし・・・」
 『ですよねー・・・。』×2(ギゴバイトとD・ナポレオン)
 その場にいる全員(二人(?)除く)が溜息をつく。
 空気が重い。実に、重い。
 「まぁ、そんならとっととやりましょうか・・・。二人一緒なら、手間が省けていいわ・・・。」
 そう言って、よっこいしょと杖を構えるエリア。
 「な、なんですか!?そのワイトのむれをまとめてめんどうみるよみたいなたいどは!?ライナとダルクはそんなにやすくはないのですよー!!」
 憤慨するライナの横で、ダルクもやれやれと杖を手に取る。
 こうして、霊使い対霊使い・仁義なき戦い、第三幕は幕を上げたのだった。



 ・・・先にも言ったが、その日はよく晴れた穏やかな日であった。
 降り注ぐ日の光は優しく大地を照らし、涼やかな風は新緑の梢をサワサワと揺らす。
 と―
 コポポポポポ・・・
 その中に響く、静やかな水音。
 『ハイ、オ茶入リマシタヨー。』
 『はいはーい。』
 『お茶菓子はこれでいいのかなー?』
 『ハイ、美味シインデスヨー。ソノ道明寺。』
 甲斐甲斐しくお茶の準備をしているのは、D・ナポレオン。
 彼女が用意したお茶やお茶菓子を、ハッピー・ラヴァーとギゴバイトが手際良く運んで行く。
 その先では―
 『はい。お茶ー。』
 「あ、どうもなのですー。」
 地面に敷いたブルーシートの上に座ったライナが、そう言ってハッピー・ラヴァーからお茶を受け取る。
 「はい、エリアちゃん。それとダルクも。」
 ライナは同じ様に座ったエリアとダルクにも、お茶を渡す。
 「悪いわね。」
 「・・・いただきます・・・。」
 ズズー
 三人は揃ってお茶をすする。
 空は晴れ、日差し暖かく、鳥はさえずる。
 実にのどかな風景である。
 「・・・ということでですねー」
 お茶で喉を潤したライナが、茶碗を置きながらエリアに話しかける。
 「しぬおもいをしたわけなのですよー。ライナは。」
 それを聞いたエリアは、やれやれと言った体で頭を降る。
 「何処行ったのかと思ったら・・・。エリアル(あの娘)、そんな事やってたのね・・・。」
 「やっぱり、ごしんせきでしたか。どうりで、よくにてるはずなのです〜。」
 「まあね。分家したのは、随分前だけど・・・」
 「とにかく、よくいっておいてほしいのです。たにんよりも、ごしんぞくのことばのほうがきくでしょうから〜。」
 ライナの言葉に、神妙な顔で頷くエリア。
 「分かったわ。あんまり親しい訳じゃないけど・・・。この次会ったなら・・・」
 「たのみますなのですよー。」
 そして、エリアはまた黙って頷く。
 「・・・色々難儀だな・・・。お前も・・・」
 モチモチと道明寺なぞ齧りながら、ダルクが心底気の毒そうに言う。
 「まぁねー。でも・・・」
 ふと、エリアの瞳が遠くを見る。
 「いつまでも、放っておく訳にもいかないわよ。リチュア(あいつら)がしてる事考えたらね・・・。」
 「・・・エリアちゃん・・?」
 級友の様子に戸惑ったライナが声をかけると、エリアははっとした様に相好を崩す。
 「・・・んなーんてね!別に知りもしない何処ぞの誰かさん達のためじゃないわよ!!これ以上騒ぎ起こされて、こっちまでとばっちり食うのは御免って事!!あんな精神虚弱者の寄せ集めみたいな新興宗教なんて、本当は知ったこっちゃないんだけどね!!」
 そう言ってケタケタ笑うと、エリアはぐいーっとお茶をあおる。
 そんなエリアの豹変に、ポカンとするライナ。
 その横で、ズゥ・・・とお茶をすするダルク。すすりながらちらりと横を見れば、口を真一文字に引き結んでエリアを見つめるギゴバイトの姿。
 「・・・・・・。」
 そして、ダルクはぼそりと呟く。
 「・・・本当、難儀なやつらだよ・・・。」
 小さなその呟きに、気づく者は誰もいない。

 
 タンッ
 高らかな音とともに、空になった茶碗が置かれる。
 「あー、美味しかった。ごちそうさま。」
 茶碗を置いたエリアが、立ち上がりながら言う。
 「いえいえ。おそまつさまなのです。」
 自分で用意した訳でもないのに、お辞儀をするライナ。
 「いえいえ。結構なお点前でした。じゃ、あたし達はこれで・・・」
 そう言って、エリアとギゴバイトがしれーっとその場を去ろうとしたその瞬間―
 ジャカカカカカカッ
 再び降って来た光剣の群が、二人の行手を阻む。
 「『えー、やっぱりやんのー?』」
 うんざりした様な顔で言う、エリアとギゴバイト。
 「あたりまえです。ここでにがしたら、こんどはライナたちがおしおきのたいしょーなのです!!」
 「あんたの言う事、聞いてあげたじゃない!?」
 「 それとこれとははなしがべつなのですよー。」
 「ちょっと、ダルク。これ、あんたの片割れでしょ!?何とかしてよ!!」
 話をふられたダルクだが、申し訳なさそうに首を振る。
 「・・・どうにか出来るものなら、とうにしていると言う理屈がね・・・。っていうか、僕もお仕置きは勘弁なんだよ・・・。」
 そう言って、ライナと一緒に杖を構えるダルク。
 「う・・・裏切り者・・・。」
 ガックリと肩を落とすエリア。いい加減げんなりとしながら、こちらも杖を構える。
 「さあラヴくん、ひょういそうちゃくです!!」
 『アイアイさー!!』
 「・・・D(でぃー)、こっちもだ。」
 『了解デス。マスター。』
 瞬間、白と黒の光が閃く。
 そして―
 「ひょーいそーちゃく、かんりょー!!」
 光の中から飛び出したライナが、ビシィッとポーズを決める。
 「・・・だから、無駄にテンション高いんだよ・・・。」
 その後から、スタスタと出てくる憑依装着姿のダルク。
 と、
 パチパチ
 そのダルクに向かってライナが何やら目で合図をする。
 「・・・何だよ・・・?」
 訳が分からないダルクに向かって、ライナはしきりに合図を送る。
 パチパチ
 やっぱり、訳が分からない。
 パチパチパチ
 ・・・だんだん、苛ついてくる。
 パチパチパチパチパチ
 「なんなんだよ!?言いたい事あるなら口で言え!!口で!!」
 ついに怒鳴るダルク。
 「あーもう、なんでわかんないですか!!ライナのきもちがツーカーでわかんないなんて、それでもライナのおとうとですか!?」
 ライナも怒鳴る。
 「だから、いったい何なんだよ!?」
 「ポーズです!!ポーズ!!」
 「はぁ?」
 唖然とするダルクの前で、改めてポーズをとるライナ。
 「ライナがこうやってポーズとってんですから、ダルクも合わせてポーズとるです!!ほら、こうです!!こう!!」
 「な、何馬鹿な事言ってんだ!?そんなアホみたいな格好、出来る訳ないだろ!?」
 当然の如く拒絶するダルク。しかし、ライナも譲らない。
 「んな!?ライナがせっかくふたりようにかんがえたざんしんかつスタイリッシュなポーズをアホとのたまいやがりますか!?なんたるふとく!!それでもほまれたかきふたごのかたわれですか!?」
 「好きで双子に生まれたわけじゃないぞ!!大体それのどこが斬新だ!?スタイリッシュだ!?そんな役に立たない目ん玉なら、くり抜いて代わりに神聖なる球体(ホーリーシャイン・ボール)でもはめ込んどけ!!」
 「なにいってるですか!?そんなおっきなもんライナのおめめにはいるわけないです・・・ってか、んなことどうでもいいです!!いいですからおとなしくだまってポーズとるです!!」
 「嫌だっつってんだろ!!目だけじゃなくて耳まで悪いのかよ!?」
 「なんですってー!?」
 「なんだよー!?」
 「あ〜、もしもし〜!?」
 ギャアギャア喚き合う二人の間に、別の声が割って入る。
 「なんですか!?」
 「何だよ!?」
 振り返る二人の前には、チョコンと座ったエリア(憑依装着済み)とガガギゴの姿。
 「あー、ひょういそうちゃくしてるですー!!いつのまにー!?」
 「いつの間にも何も・・・。まあいいわ・・・。」
 溜息をつくエリアとガガギゴ。
 「あのさ、結局やるのやらないの?あたし達、急いでるんだけど?」
 その言葉にはっと我に返る二人。
 「はっ、そ、そうです!!ダルク、こんなことしてるばあいじゃないです。はやくエリアちゃんをこうそくしないと!!」
 「・・・誰のせいだよ・・・。全く・・・。」
 ぶつぶつ言いながらも、今度はさすがに調子を合わせるダルク。
 「ダルク、もうゆうよがないです!!いっきにきめるです!!」
 「ん?ああ、あれやるのか?」
 「はい!!」
 二人の杖が、同時に地を突く。
 「くるです!!『ホーリーフレーム』!!」
 「『ダークフレーム』!!」
 その呼びかけに応える様に、杖が突いた地面から2色の柱が伸びる。
 一つは白。眩く輝く、白色の光。
 一つは黒。暗き深淵を思わせる、黒色の光。
 やがて、天に昇った二つの光柱は弾け、そこに二つの形を織り成す。
 白い光から現れたのは、軌跡を描いて飛び回る純白の光の玉。
 黒い光から現れたのは、幾つもの方体が組み合わさった漆黒の物体。
 ―『ホーリーフレーム』と『ダークフレーム』―
 術式の生贄(リリース)のために造られた、意思なき擬似生命体。
 自分達の前に浮かぶそれらに杖を突きつけると、ライナとダルクは声を合わせて呪文を紡ぐ。
 「「デミア・ルミナス・テンペスト 滅びの歌声 破滅の宣告 昏き奈落に座する玉座 これに在りし二つの御魂 其を導にその座を立ちて 此方に来たりてその意を示せ 汝は王 終焉(ヲワリ)の王 其が御名のもと 愚なる万物に永久(とわ)の慈悲を!!」」
 二人の言葉が、微塵のズレもなく唱を結ぶ。       
 「「ヲワルセカイ(エンド・オブ・ザ・ワールド)!!」」
 ゴゥンッ
 途端、空に浮かぶ巨大な魔法陣。
 黒雲と稲光を帯びて廻るその中心に、ホーリーフレームとダークフレームが吸い込まれる。
 そして―
 ドンッ
 入れ替わる様に、天から降る光の柱。
 黒と白。
 目まぐるしく廻り、絡み合う二色の混沌。
 やがてその中に、何か巨大な影が浮かび上がる。
 ズシリ
 鳴り響く、重い足音。
 沈む光の中から現れた者。
 髑髏を思わせる頭部。
 そこに頂く、牡牛の様に巨大な角。
 筋骨隆々とした身体を包むは、重厚な鎧。
 世界を睥睨する、紺色の炎を灯した瞳。
 噴き出す呼気に、大気が恐怖に震える。
 手にした戦斧で打たれた大地は、それだけで畏怖する様に揺れ動いた。
 かの者は、世に名を轟かせる魔神が一柱。
 ―『終焉の王・デミス』―
 儀式魔法(セレモニー・スペル)、『ヲワルセカイ(エンド・オブ・ザ・ワールド)』。
 それは、遠き深淵の彼方から破壊の神々を呼び寄せる魔法。
 ライナとダルクがお互いの力を交わらせる事によって初めて使える、文字通りの切り札。
 「にゃっはっはっはっ。どうです!!だいせいこうなのですー。」
 勝利を確信し、汗びっしょりで高笑いするライナ。
 その横では、やっぱり汗びっしょりになったダルクがへたりこんでいる。
 「・・・疲れた・・・。だりぃ・・・。」
 そんな弟には構わず、ライナはビシィッとエリアに杖を突きつける。
 「さぁ、エリアちゃん!!これでしょうぶはついたです。いたいおもいするまえにこうふくするで―え?」
 驚くライナの前で、紅い魔法陣が展開していた。
 その向こうで、エリアがにっこりと笑う。
 「そうね。終りだわ♪」
 ゴバァッ
 そんな言葉とともに、魔法陣から凄まじい量の水が、これまた凄まじい勢いで溢れ出した。
 「にゃ、にゃんですとぅー!?」
 「・・・あ、そうきたか・・・。」
 ドドドドドドドドッ
 「あ〜〜れ〜〜!?」
 「・・・ついてないな・・・。まったく・・・。」
 ライナの叫びも、ダルクの諦観の声も、ついでにデミスも、渦巻く激流は容赦なく飲み込んでいく。
 罠魔法(トラップ・スペル)、『激流葬(フューネオル・フラッド)』。
 モンスターの“召喚”をトリガーに発動する魔法。
 その効果は、見ての通り。
 その場にいるモンスターのレベルも攻撃力も関係なく、一切の存在を押し流す。
 水系魔法の最上位に位置する魔法で、エリアの文字通り奥の手である。
 もちろん憑依装着状態でのランク上げ、尚且つ複雑難解な構築式が必要なのだが・・・。
 「・・・あいつらがアホで助かったわ・・・。」
 『術式構築の時間、たっぷりとれたもんな・・・。』
 一切合切が押し流された荒野を前に、エリアとガガギゴはそう頷き合うのだった。



                    ―その4―


 ザク・・・ザク・・・ザク・・・ 
 晴れた空の下、二つの足音が重く響いていた。
 ザク・・・ザク・・・ザク・・・
 足音の主。
 それは、憑依装着したエリアとガガギゴ。
 よほど緊張しているのだろう。
 表情が、異常な程に強張っている。
 隈の寄った目は、まるで捕食者を警戒する草食動物の様に辺りをうかがう。
 ゆっくりした足取りは次に踏む場所を慎重に探りながら、ソロリソロリと踏みしめていく。
 まるで、地雷原でも歩いているかの様である。
 鬼気迫る表情で、ガガギゴが言う。
 『足元、気をつけろよ。』
 血の気の失せた表情で、エリアが答える。
 「うん。」
 『『落とし穴(フォール・ホール)』とか、仕掛けてあるかも知れないからな。』
 「分かってる。」
 『いきなりかまして来るかもしれないからな。『地砕き(アース・クラッシュ)』とか『地割れ(アース・クラック)』とか。』
 「分かってるってば。」
 ピリピリとした緊張感の中、囁く様に繰り返されるガガギゴの忠告。
 それに対するエリアの答えは、どんどん苛立たしげになってくる。
 かなり、気が立っているらしい。
 ・・・無理もないかもしれない。
 霊使いは、エリア自身を入れて6人。
 これまで追ってきた面子は、ヒータ、ウィン、ライナ、ダルクの4人。
 これにエリアを入れても、1人足りない。
 そう。残りの1人。
 “アウス”である。
 6人の中で最も多くの知識を持ち、尚且つ知恵が回る。
 手持ちの魔法も『地砕き(アース・クラッシュ)』や『地割れ(アース・クラック)』、各落とし穴シリーズ等、他の面子とは一線を画するものが揃っている。
 そして、もっとも警戒すべきはその性格。
 大胆にして狡猾、そして何より、“黒い”。
 敵に回したが最後、その多彩極まる手札をいかに相手をおちょくり、陥れるかに集約して使ってくる。
 過去に彼女に“玩具”にされ、再起不能(主に精神的な意味で)となってしまった者は数知れない。
 エリアがその存在を、ドリアードと双璧と認する所以である。
 そんな彼女が、今確実に敵に回っている。
 どんな罠が張り巡らされているか、分かったものではない。
 緊張するなと言う方が、無理というものだ。
 「・・・・・・。」
 『・・・・・・。』
 ソロソロ ヒタヒタ
 踏み出す、その一歩一歩が恐ろしい。
 「・・・・・・。」
 『・・・・・・。』
 ソロソロ ヒタヒタ
 いつその足元が崩れ、奈落に呑み込まれるか分からないのだから。
 「・・・・・・。」
 『・・・・・・。』
 ソロソロ ヒタヒタ
 息の詰まる様な時間が続く。
 「・・・・・・。」
 『・・・・・・。』
 ソロソロ ヒタヒタ
 「・・・・・・。」
 『・・・・・・。』
 ソロソロ ヒタヒタ
 ―と、
 ピタリ。
 唐突に、エリアの足が止まった。
 『エリア?』
 怪訝そうに声をかけるガガギゴ。
 しかし、その声が聞こえているのかいないのか。
 血の気の失せた顔はうつむき、全身がプルプルと瘧にでも罹った様に震えている。
 何か、見ていてやばい。
 「ふ・・・ふふ、ふふふふふ・・・」
 やがて、低く響き始める笑い声。
 『エ、エリア?』
 気味悪そうに問いかけるガガギゴ。
 そして―
 「やってられるかー!!!!!」
 ドカーン!!
 キレました。
 キレますよね。
 「アウス!!いるの!?聞いてるの!?」
 何かのたがが外れたかの様に、周囲に向かって喚き始める。
 唖然と立ち尽くす、ガガギゴ。
 しかし、そんな相棒に構う事なくエリアは声を張り上げる。
 「いいえ!!あなたはいるわ!!“ここ”にいる!!絶対に!!そしてアタシ達を見てせせら笑っているのよ!!」
 『エ、エリア、落ち着いて!?』
 ガガギゴの制止も届かない。髪を振り乱し、爛々と目を光らせるエリア。
 正直、めっちゃ怖い。
 「もういい!!もうたくさんよ!!出てらっしゃい!!真正面から勝負してやるわ!!そして、あんたを殺してあたしも死ぬー!!」
 『エリアー、何言ってんのー!?』
 半狂乱で喚きまくるエリア。
 何とか落ち着かせようとするガガギゴ。
 「さあ、早く出てきなさい!!さもないと、辺り一帯押し流して荒野にするわよー!!!!!」
 そうとう物騒な言葉が、大きく開いた口から飛び出し始める。
 ―と、
 「アハ、アハハ、アハハハハハハッ!!」
 何処からともなく、笑い声が聞こえてきた。
 どうにも、聞き覚えのある声である。
 見れば、いつからいたのだろうか。
 道端の木の枝に座ったアウスが、腹を抱えて笑っている。
 「アハハ、あんまり笑わせないでおくれよ。エリア女史。」
 眼鏡を外して眦の涙を拭きながら、彼女はそんな事を言う。
 『ホントにいたし・・・』
 呆れた様に呟くガガギゴ。
 その顔には、疲労の色が濃い。
 半狂乱のエリア、金切り声で叫ぶ。
 いい加減、耳が痛い。
 「出たわね、この眼鏡小悪魔!!降りてらっしゃい!!正々堂々勝負よ!!」
 「そういきり立たないで。言われなくても、今降りるよ。」
 言いながら、アウスは座っていた木の枝から飛び降りる。
 スタリと降り立った彼女に向かって、エリアはブンブンと杖を振り回す。
 「さあ、来なさい!!後はアンタさえ倒せば、アタシ達は逃げ切れるのよ!!いいえ、逃げ切ってみせる!!」
 しかし、そんな魂の叫びをアウスは笑って聞き流す。
 「アハハ。嫌だなあ、エリア女史。友である君との争いなんか、ボクが望む筈ないじゃないか?」
 「・・・へ?」
 その言葉に、一瞬ポカンとするエリア。しかし、すぐにブンブンと首を振る。
 「い、いいや!!騙されない!!騙されないわよ!!この世に信じられる事なんて・・・真実なんて何一つありはしないのよ!!アンタだって、そんな事言っといて後ろ向いたらガブッてくるに決まってるー!!!!!」
 「しないって・・・。いやはや、随分と酷い目にあったらしいね。」
 苦笑するアウス。
 『ええ・・・まぁ、それ相応に・・・』
 応えるガガギゴの目には、諦観の色が濃く浮かんでいる。
 「でもねぇ、ボクが何もしないってのはホントだよ。その証拠に、ほら。」
 そして、アウスは持っていた杖をポトンと地面に落とした。
 「え?」
 『ありゃ?』
 呆気にとられるエリアとギゴバイトの前で、アウスは落とした杖をエリア達に向かって蹴ってよこす。
 コロコロと、こちらに向かって転がってくる杖。
 「さ、これでボクは丸腰だ。」
 言いながら、両手を広げてみせるアウス。
 「憑依装着もしてないし、術も使えない。さて、信用してくれるかな?」
 「そ・・・そうね。それなら・・・」
 そう言って、エリアは構えていた杖を下ろす・・・と思いきや、
 「なーんて言う訳、ないでしょが!!」
 そんな絶叫とともに、杖を振りかざしてアウスに踊りかかる。
 「アンタの言う事信じるくらいなら、スカゴブリンの言う事信じる方がまだましよ!!」
 その勢いのまま、アウスの脳天に振り下ろされる杖。
 しかし―
 パキィイイイイイイン
 杖が叩きつけられたのは、アウスの脳天ではなかった。
 それを受けたのは、角と蝙蝠の羽を持ったモルモットの様なモンスター。
 アウスの使い魔、デヴィことデーモン・ビーバーである。
 「んなっ!!使い魔を身代わりにするなんて・・・!?」
 怒りに顔を引きつらせるエリア。しかし―
 「君は実に馬鹿だなぁ。そんな事、する訳無いだろ?」
 アウスがニコリと“例”の笑みを浮かべる。
 そう。振り下ろされた杖は、デーモン・ビーバーの身すれすれで止まっていた。
 そして、その間にあるのは―
 「ト、罠魔法(トラップ・スペル)!!いつの間に!?」
 自分の目の前に展開する紅い魔法陣に、驚愕するエリア。
 一方、アウスはニコニコと笑みを浮かべながら語る。
 「なるほど。正しく、ボクは隠し事をしていたよ。一つはボクが杖なしでも使える魔法を持ってるって事。そして・・・」
 魔法陣の向こうで、デーモン・ビーバーが申し訳なさそうに頭をかく。
 その表情は、心底気の毒そうである。
 『すんませんなぁ・・・。これも渡世の義理。堪忍したってや・・・。』
 そんな彼の向こうで、アウスはサラリと言った。
 「“この術”、実はボクも使えるんだよ。」
 瞬間、デーモン・ビーバーの身体が光に包まれたかと思うと、
 バヒュン
 その姿がエリアの目の前から消える。
 「えっ!?こ、これって・・・!!」
 驚きの言葉が終わらぬうちに、入れ替わる様に落ちてきた光が弾けた。
 それを見たガガギゴも、驚愕の声を上げる。
 『シ、『位相転移(シフトチェンジ)』!!で、でもこの術は・・・』
 「何も、ウィン女史の専売特許って訳じゃないだろう?」
 クスクス笑いながら、アウスが言う。
 眼鏡に光が反射して、表情がよく見えないのが不気味さを誘う。
 「い、一体何を・・・!?」
 混乱する思考を必死にまとめながら、エリアは光の中に目を凝らす。
 と、
 ガシィッ
 光の中から伸びてきた手が、エリアの杖を掴む。
 「―――っ!!?」
 『―――っ!!?』
 バキィッ
 次の瞬間、見るからに細いその指が絡んだ杖を握りつぶした。
 「・・・いけませんね。エリアさん。人に向かって杖を振り下ろすなんて・・・。」
 響いてきたのは、優しげでありながら妙に抑揚のない、女性の声。
 それを聞いたエリアとガガギゴの顔から、一気に血の気が引いていく。
 ジャリッ
 光の中から踏み出した足が、地面を踏み締める。
 「言ったろ。“ボク”は何もしないって。」
 アウスが笑う。酷く、楽しそうに。
 「『あ・・・あわ、あわわわわ・・・』」
 腰から抜ける力。地面にヘタりこんだエリアとガガギゴが、互いに抱き締めあって震える。
 光の中から歩み出る、”恐怖”。
 「・・・全く。遅刻しちゃ駄目じゃないですか。エリアさん・・・?」
 声も出ないエリア達を見下ろしながら、“彼女”は微笑む。
 朗らかに。それはもう、朗らかに。
 ガタガタと震えるエリアの頭を、白い指がクシャリと撫でる。
 「・・・用件は、分かってますね・・・?」
 光を後光の様に背に負いながら、彼女―精霊術師・ドリアードは優しく問う。
 「宿題は、どうしました・・・?」
 「・・・あ、あの、その、この・・・」
 必死に弁解を試みるが、呂律が回らない。
 頼みの相棒も、パクパクと口を開閉させるだけ。
 身体は酷く冷えているのに、流れる汗が止まらない。
 それが目に滲みるが、瞬きも拭う事も出来ない。
 視界を閉ざせば、その間に何が起こるか分からない。
 ただただ、恐怖に震える。
 「そうですか。分かりました・・・。」
 溜息混じりの声。
 ”彼女”は、言う。
 「そんなに怖がらなくて、いいですよ?」
 「ふひぇ?」
 声とも音ともとれないものが、気管を鳴らす。
 「貴女には、”4つ”の選択権をあげましょう。」
 途端、その背後で展開する4つの魔法陣。
 それぞれの中心に刻まれるは、「風」、「林」、「火」、「山」の4文字。
 「さて、どれにしましょうか?」
 エリアが、声にならない悲鳴を上げる。
 そして、”彼女”は優しく問うた。
 「さあ。ど・う・し・ま・す?」


 ・・・良い日であった。
 空は高く澄み渡り、遠く雲雀が鳴いている。
 太陽はさんさんと降り注ぎ、吹き渡るそよ風が心地良い。
 「ああ、本当にいい日だなぁ。」
 そう言って気持ち良さそうに伸びをすると、アウスは緑の草の上に腰を下ろす。
 ゴソゴソとポケットをまさぐると、出てくるのは銘菓・パンプキング饅頭。
 包み紙を剥きながら、彼女は問う。
 「ねえ、そうは思わないかい。エリア女史?」
 答えは、ない。
 それでも構わず、アウスは続ける。
 「まぁ、もう少し頑張りなよ。そうしたら、他の皆も呼んでピクニックでもしよう。」
 目の前で繰り広げられる惨劇を楽しそうに眺めながら、アウスはニッコリ笑って饅頭を頬張った。


 抜ける様に空の青い、本当に良い日の出来事だった。



                                      終わり


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