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2014年08月15日

霊使い達の宿題・地の場合(改訂版)








 こんばんは。土斑猫です。
 霊使い達の宿題・改訂版、今度は地の場合ですが・・・。
 はっきり言って、ほとんど変わっていません(爆)
 もともと、後半三人(アウス、ダルク、ライナ)の話は割と自分で気に入っていたので、直す所が少ないのです(汗)    いや、元々そう言う趣旨で始めた企画ではあるんですが・・・。
 お嬢様の話が特異だったの。お嬢様が。
 と言う訳で、ほとんど変わっていません。
 せいぜい、言葉の言い回しや登場キャラが少し変わったくらい。
 いっそ、前のと比べて間違い探しなどしてみるのも一興かもしれません(←小説の進め方としては、非常に道を間違えている)
 では、どうぞ〜。



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                  霊使い達の宿題


                   ―地の場合―


                    ―1―


 「ふむ・・・。ドラゴンかぁ・・・。」
 ―ここは魔法族の里、ミナコ魔法専門学校の寮の一室。
 そこのベッドに、一人の少女が仰向けに寝っ転がっていた。
 茶色のショートヘアに、眼鏡がワンポイント。
 名を、地霊使いのアウスと言う。
 彼女は気だるげにベッドの上で転がると、手にしたプリントをピンと指で弾く。
 「相変わらず面倒な宿題を出してくれるね。先生は。」 
 『・・・あんなぁ、お嬢・・・』
 ―と、ベッドの上でゴロゴロするばかりのアウスに向かって、声をかける者がいる。
 大きなモルモットの様な姿に、蝙蝠の羽と一本の角。短い腕で抱えるのは巨大なドングリ。
 アウスの使い魔、『デーモン・ビーバー』である。
 「なんだい?デヴィ。」
 『いいんでっか?こげにのんびりしとって。他の皆さんはとっくに出かけられたとですよ?』
 「皆は皆。ボクはボク。」
 使い魔の心配げな問いに対して、アウスはそっけなく答える。
 「まあ、ボチボチやるさ。」
 そう言いながら、ポイとプリントを放る。
 主の手から離れた紙切れが、ヒラヒラと悲しげに宙を舞う。
 『あーあ。』
 溜息をつきながら、それを拾うデーモン・ビーバー。
 振り向けば、当の主はベッドに身を埋めてスヤスヤと寝息を立てていた。
 『大丈夫なんかなぁ・・・。』
 この娘と主従の契りを結んでから随分経つが、その思考の不可解さにはなかなか慣れる事が出来ない。
 まぁ、いつもの事と言えばいつもの事ではある。今回も、何か考えがあっての事だろう。詮索した所で、自分の考えが及ばないのもいつもの事だ。
 デーモン・ビーバーはまた溜息を一つつくと、アウスの横で自分も丸くなった。


 それから数時間。夜が更け、月が空の頂にかかる頃―
 「デヴィ、起きて。出かけるよ。」
 急にかけられた声に、飛び起きるデーモン・ビーバー。
 『ふ、ふぇ?こげな時間にでっか?』
 寝ぼけ眼をこすりながら問う。
 「こんな時間だからだよ。」
 言いながら、チャッチャとローブを羽織って準備を整えるアウス。
 しばし後、出支度をした彼女はデーモン・ビーバーを伴って寮を出た。
 『こげな急に出かけるなんて、ターゲットが決まったとですか?』
 欠伸をしながら問う、デーモン・ビーバー。
 「ターゲット?とっくに決めてたよ。」
 『ふぇ?』
 さらりと出た言葉に、呆気にとられる。
 『ほなら何で、あんなにのんびりしてたとですか?相手はドラゴンでっせ。時間は幾らでもあった方が・・・』
 訝しむ相方に、アウスは笑って答えない。
 「急がば回れ。急いては事を仕損じるってね・・・。」
 『???』
 釈然としない思いを抱いたまま、ただ主に従うデーモン・ビーバーだった。


 それから数十分後、アウスとデーモン・ビーバーは里の外れにある一軒の建物の前に来ていた。
 その建物には、この夜更けにも関わらず煌々と灯りが点り、中からは大勢の笑い声や怒声が響いていた。
 『ちょっ!!ここって・・・!!』
 建物を見たデーモン・ビーバーが、驚きの声を上げる。
 『ギャンブルバーじゃないでっか!!』
 そう。ここは魔法族の里で唯一つ、週末に開かれる賭博酒場(ギャンブルバー)である。
 当然、倫理的観点から学校では生徒の出入りは禁止されている。
 「そうだよ。道程で気付かなかったのかい?」
 当然の様に、入口の扉に手をかけるアウス。
 デーモン・ビーバーは、慌てながら制止する。
 『あ、あきまへんって!!学校にばれたら、停学じゃすみませんがな!!』
 しかし、当の本人はあくまで涼しい顔。
 「ばれるって、学校の関係者が今時分こんな所にいると思う?」
 『んなわけありませんがな。』
 「じゃあ、君が告げ口する?」
 『いやいや!?』
 「じゃあ、ばれる訳ないね。」
 いくら言っても、糠に釘。
 それでも、デーモン・ビーバーは食い下がる。
 『待ちなはれっちゅうに!!大体、こんな所に何の用があるんでっか!?』
 「君は実に馬鹿だなぁ。賭博場に用っていったら、“これ”に決まってるだろ?」
 そう言うと、アウスは右手の親指と人差し指で輪を作る。
 『そんなん、先生はんから実習費もろうとるやん。手持ちで済みますやろ!?』
 「んー、そうでもないんだよね。目当ての場所は、ちょっと遠いんだ。」
 『・・・一体何処に行く気ですのや?』
 「『古の森』。」
 『い、古の森ぃ!?』
 魔法族の里(ここ)から、南へ、ざっと1000キロ(北海道から東京)くらい離れている場所である。
 「だからね、今の手持ちじゃちょっと心許ないんだ。どうせ行くなら、観光もしてきたいだろ?」
 『そ、そんな所まで何を探しに行きますのや!?』
 「それは行ってのお楽しみ。」
 そしてアウスは、ギャンブルバーの扉を開けた。


                    ―2―


 そこは、アルコールの香りとタバコの煙、そして人々の喧騒に溢れていた。
 部屋のあちらこちらでコインの跳ねる音がし、その度に歓声や怒号が飛び交う。
 そんな中に、アウスが扉を閉める音が大きく響いた。
 カタン
 途端、周囲の視線がアウスに集中する。
 そして入って来たのが場にそぐわない可憐な少女だと知れると、その視線は直ぐに好奇と色欲の混じったものへと変わる。
 「ヘイ、お嬢さん。」
 人込みを潜り抜け、アウスの前に進み出たのは、バーテンダーの格好をした若い男性。このギャンブルバーの管理人、『サンド・ギャンブラー』である。
 「いけないね。ここはキミの様な子供が来る所じゃないよ。」
 「ここに年齢制限はなかったと思うけど?」
 「それはそうだけどね。常識と言うものがあるだろう。それに、その格好。魔法学校の生徒らしいけど、これが学校に知れたら・・・」
 彼の言葉が終わらない内に、アウスは袖の中から数枚の紙切れを取り出した。
 「これで、どうかな?」
 そう言って、サンド・ギャンブラーに渡す。
 「何だい?こんな物で僕が・・・ぬぅわにぃいいいっ!?」
 突然大声を上げて固まるサンド・ギャンブラー。
 渡された物は、数枚の写真。
 「おぅ・・うぉおおおおお・・・!!こ、これは、ドリアードさんのこんなあられもない・・・!?」
 鼻息も荒く、わなわなと震えるサンド・ギャンブラー。
 目は、もう写真に釘付けである。
 そんな彼に向かって、アウスはニコリと微笑む。
 「他にもあるけど?もっと“きわどい”のが。」
 「な・・・なん、だと・・・!?」
 「入っても、いいよね?」
 もはや、サンド・ギャンブラーに選択の余地はなかった。


 『・・・あないな写真、いつ撮ったんでっか?』
 呆れた様に尋ねるデーモン・ビーバーに、アウスはしゃあしゃあと答える。
 「備えあれば憂いなしってね・・・。彼が先生に首っ丈って情報は入ってたから。」
 『先生はんにばれたら、えらいこってっせ?』
 「君、ばらす?」
 『いやいや!!』
 「なら、大丈夫。」
 どこまでも手玉に取られるデーモン・ビーバーなのだった。


 「よう、ねーちゃん、一緒に飲まねーか?」
 「ラム酒は嫌いなんだ。遠慮しとくよ。」
 「嬢ちゃん、ちょいと上まで来いよ。遊ぼうぜ。」
 「おじさんが、あと10年ばかり男を磨いたらね。」
 絡んでくる男達を軽くあしらいながら、アウスは店の客を物色していく。
 やがて、その目が店の中心の席に座っている男に止まった。
 筋骨隆々とした身体に青銅色の鎧をつけた、大柄な男。
 傍らに大降りの剣が置いてある辺りを見ると、流れの戦士だろうか。
 彼はもう一人の傭兵風の男とテーブルを挟んで向かい合い、カードゲームに興じていた。見れば、その席には金貨が山と積まれている。大分勝っているらしい。
 「おら、どうした?早く次の手を出しな!?」
 鎧の男が、相手を威嚇する様に大声を出す。
 対して、相手の男の手は完全に止まっている。周りで観戦していた男の仲間らしい傭兵達が「どうした!?」とか「気張れや!!」などと激を飛ばしているが、そんな事でどうにかなるものでもない。
 傭兵の男は悔しそうに歯噛みすると、自分の席に置いてあったカードの束に手を置いた。
 “降参”のサインである。
 周りの男達が「あ〜」と声を上げる。
 鎧の男は大笑いすると、相手の席に積まれていた金貨をかき寄せる。
 「ガハハハハ、何だ!?他愛もねぇ!!さぁ次はどいつが相手だ!?」
 そう言って周りを見回すが、誰も進み出る者はいない。
 「何だ何だ、この腰抜けども!!誰もいねぇのか!?この、ダイ・グレファー様の相手をする奴はよ!!」
 黙りこくる男達。と、その時―
 「ボクがするよ。」
 そんな声が響き、男達の隙間を抜けて一人の少女が進み出た。
 「あぁん?お前がぁ?」
 自分の前に進み出た少女―アウスを嘗め回す様に見た後、ダイ・グレファーはふんと鼻を鳴らした。
 「止めとけ止めとけ!!オメェみたいな小便臭ぇ小娘、相手に出来るかよ!!」
 「“この手”のゲームには自信があるんだけど?」
 そう言って、アウスは袖の中からカードの束を出す。
 「大体、オメェ賭け金なんざ持ってんのかよ?」
 「う〜ん。お金は、持ってないなぁ。」
 その言葉に、周囲からどっと笑い声が起こる。
 「はっ!!話にならねぇな。帰れ帰れ。オメェなんぞの相手をしてる暇は・・・!!?」
 ダイ・グレファーの言葉がそこで途切れた。
 彼の膝の上に、アウスがチョンと腰を下ろしたのだ。
 「ボクは、小娘じゃないよ・・・?」
 そう言って、ダイ・グレファーの耳に唇を寄せる。
 「お金はないけど、代わりに賭けるものはある・・・。」
 息のかかる距離で囁かれ、ダイ・グレファーの背筋にゾクゾクした感覚が走る。
 「もし、ボクが負けたら、今夜一晩・・・。」
 そして襟に指をかけると、クイッと前に引いて見せる。
 タートルネックの奥に、形の良い膨らみがチラリと見えた。
 「・・・どう?」
 「謹んで、お相手しよう(キリッ)。」
 急に紳士的な振る舞いになるダイ・グレファー。
 アウスはクスリと小悪魔の様な笑みを浮かべた。
 その頃、デーモン・ビーバーはひきつけを起こして引っくり返っていた。


 それから数刻後―
 「毎度ありー♪」
 金貨やその他諸々が入った布袋を背負い、アウスはニコニコと店を出て行った。
 その後姿を見送った傭兵達が、口々に言う。
 「恐ろしい女だ・・・。」
 「こいつは敵わねぇ・・・。」
 「鬼だな、ありゃあ・・・。」
 「相手しなくて良かったぜ・・・。」
 言いながら、全員が傍らに目を落とす。
 そこには、金貨どころか身包み剥がされたダイ・グレファーが身を小さくして椅子に座っていた。
 傭兵の一人が、その肩にポンと手を置く。
 「アンタも災難だったな・・・。」
 「今夜は飲もうや。」
 「俺達の奢りだ。」
 次々とかけられる心からの労わりの言葉に、ダイ・グレファーはワッとテーブルに泣き伏した。


 ―その頃―
 『いやぁ、正直肝冷えましたで。ホンマ。』
 夜更けの道をアウスと歩きながら、デーモン・ビーバーはやれやれと額の汗を拭う。
 『勝てたから良い様なもんですけどな、あきまへんて。あんな危ない橋渡り。自分の身は、もっと大事にせぇへんと。』
 そんな相方の言葉に、アウスはあっけらかんと答える。
 「別に渡ってないよ。危ない橋なんか。」
 『へ?』
 アウスは怪しく微笑むと、背負っていた袋をポスンと地面に下ろした。
 両手を前に出し、フルフルと振る。
 パラ パラ パラ
 それに合わせて袖の中から振ってくる、無数のカード。
 『・・・・・・。』
 「・・・・・・。」
 二人の間を、ピユーと涼しい風が通り抜けていく。
 『イカサマかいぃいいいいっ!!』
 思わず大声で突っ込む、デーモン・ビーバー。
 『あ、あんたなぁ、こんなんしてバレたらどないしますのや!!下手したら捕まってピーされた挙句にピーされまっせ!?』
 テンパるあまり、常時使用するにははばかられる様な単語が飛び出るが、それを気にする余裕はない。
 一方、当の主人は余裕しゃくしゃく。
 「君は実に馬鹿だなぁ。ボクがばれるイカサマなんか、仕組むと思うかい。」
 そう言って、ケタケタと笑う。
 ・・・どうやら今度の旅にも、胃薬の用意は必須らしい。
 デーモン・ビーバーは、胃をさすりながらそう思った。


                     ―3―


 ピリリリリリリリ
 駅のホームに、発車を知らせるシグナルが響く。
 それが鳴り終わると同時に、白い車体がガタンゴトンと重い音を立てて動き出した。
 「うん。まずまず快適な旅だったね。」
 たった今、降りたばかりの『エクスプレスロイド』が再び走り出すのを横目で見ながら、アウスはそう言って伸びをした。
 『いやー、流石に都会(こっち)は違いますなぁ。わて、こないにギョーサン人がおる駅なんて初めて見ましたわ。』
 ここは、『魔法都市エンディミオン』。
 魔法族の里から南に約900キロの位置にある、世界の中心とも言える大都市である。
 絶大なカリスマ性を誇る『神聖魔導王エンディミオン』によって統治され、治安も良く、大手テーマパーク『トゥーンワールド』がある事も手伝って観光地としても人気があった。 
 ちなみに、名物は老舗名店「モウヤン」のカレーである。
 『さ、次の乗り継ぎはどの列車でっしゃろ?』
 そう言って、時刻表を探すデーモン・ビーバー。
 彼らの目的地は南の果て、『古の森』である。
 世界で最も古いと認定されている樹、『世界樹』が座する森。
 地脈の関係から『ガイアパワー』が集中している土地であり、強力なパワースポットとして有名だった。
 その土地管理はここ、エンディミオンが管轄しており、件の土地へと向かう鉄道も唯一ここからのみ発着していた。
 『おっ!ありましたで。何々、次の古の森行きの列車は12:30発のデコイチ4番線・・・。もう5分くらいしかありまへんな。急ぎまへん、と・・・。お嬢?』
 デーモン・ビーバーが向いた先には、肝心の主(アウス)の姿がない。
 「おーい、何してるんだい?早く来ないと、置いてくよ。」
 声のする方を見てみると、アウスは駅の出口に向かっていた。
 『ちょっ、何処行きまんのや!?はよせんと間に合わんのでっせ!!』
 「君は実に馬鹿だなぁ。せっかくここまで来て、モウヤンのカレーも食べていかない気かい?」
 慌てて飛び寄ってくる相方を笑い飛ばしながら、アウスはしゃあしゃあとそんな事を言う。
 『な、何言うてまんねん!?宿題はどうしますのや!?』
 「宿題の提出日はいつだっけ?」
 『4日後ですけど・・・?』
 「じゃあ、今日と明日、遊んでも充分時間はあるね。」
 そう言って、スタスタと出口に向かうアウス。
 『ちょっ、それじゃドラゴン探す時間、半日位しかありませんやん!!里に帰るまで丸1日かかるんでっせ!?』
 「半日あれば充分だよ。」
 取り付く島もないとはこの事だ。
 「明日はトゥーン・ワールドに行こうか?評判聞いて、一度行って見たいと思ってたんだ。」
 『お、お嬢〜。』
 「大丈夫。入場料はちゃんと君の分も用意してあるから。」
 『そ・・・そうじゃなくてですなぁ〜・・・』
 デーモン・ビーバーの情けない呼びかけは、都会の人混みの中に空しく消えて行く。
 「こちら、魔界ビル前停留所発現世街行きバスでございま〜す。お乗りの方はお急ぎくださ〜い。」
 駅の前に停まったバスの前で、紅い髪のガイドがそう告げる。
 「ああ、乗ります。」
 そう言って、バスに乗り込むアウス。
 渋々それに従う、デーモン・ビーバー。
 「それでは、発車いたしまーす。」
 そして、二人を乗せたバスは街の中へと消えていった。


                    ―4―


 「う〜ん、時間か・・・。」
 ホテルのベッドで身を起こしたアウスは、そう言って欠伸をした。
 枕元で丸くなっている相方を起こさない様に、そっとベッドを降りる。
 寝癖でボサボサになった頭をポリポリかきながら、バスルームに向かう。パタンと戸を閉め、スルスルと寝間着を脱ぐ。一糸纏わない姿になり、シャワーの栓を開く。シャワーから迸る、冷たい水。それを浴びながら大きく一息つくと、アウスは「よしっ」と拳を握った。
 『う〜ん、ムニャムニャ。御主人、美味いでんなー、このカレー・・・。』
 そんな寝言を言っているデーモン・ビーバー。
 幸せそうである。
 『そうでっか・・・そこまで言うんなら、もう一杯・・・』
 その鼻先に、スーッと手が伸びる。
 ピンッ
 『アヒャアッ!?』
 鼻先を指で弾かれ、デーモン・ビーバーは思わず飛び上がった。
 『な、何しますんのや!?せっかく今から三杯目を・・・って、ありゃ?』
 見れば、そこには霊使いのローブを羽織ったアウスが杖を片手に立っていた。
 昨日までと違い、完全に戦闘態勢である。
 「デヴィ、寝ぼけてないで。出かけるよ。」
 『へ・・・何処へでっか?』
 ピンッ
 『ヒギィッ!?』
 再び鼻先を弾かれ、また飛び上がる。
 「宿題。」
 呆れた様に言うアウス。
 『そ、そうでした・・・。』
 涙目で鼻を押さえながら、デーモン・ビーバーは頷いた。


 それから数時間後―
 ガタンゴトンガタンゴトン・・・
 アウス達は、エンディミオンから古の森に向かうデコイチの中にいた。
 『あー、やっぱりエクスプレスロイド(こないだのヤツ)に比べっと、乗り心地は今一つでんなー。』
 ガタゴトと揺れる座席にチョコンと座りながら、デーモン・ビーバーは誰ともなく呟く。
 「料金が違うからね。比べる方が酷ってもんだよ。」
 手にした本に目を落としたまま、アウスはそう答える。
 『酔いまへんか?こげな揺れる中で本なぞ読んで。』
 「慣れてるからね。」
 『さいでっか・・・。』
 しばしの間。
 やがてその沈黙に耐えかねた様に、デーモンビーバーがおずおずと話しかける。
 『あのですな、お嬢・・・。』
 「何?」
 本のページをめくりながら、アウスは答える。
 『そろそろ教えてもらえまへんか?いったいターゲットは何々です?』
 その問いに、アウスは読んでいた本のページを相方に向けた。
 そのページを見たデーモン・ビーバーは、その目を丸くする。
 『ち・・・『地を這うドラゴン』〜!?』
 「そうだよ。何驚いてるの?」
 『何って・・・これ、絶滅危惧種やないですか!?』
 「知ってるよ。だからほら、捕獲許可証。」
 そう言って、アウスは荷物の中から引っ張り出した紙切れをピラリと見せる。
 『い・・・いつの間に・・・ってそうやなくて!!こんなん、半日やそこらで見つかるわけあらへんやろ!?』
 ―『地を這うドラゴン』―
 デーモン・ビーバーの言うとおり、古の森固有の種で、その希少性から絶滅危惧種に指定されているドラゴンである。
 翼を持ちながらあえてそれを退化させ、地上生活への道を選んだ特異な種であり、その性質から翼を持つ飛翔性ドラゴンと翼を持たない地這性ドラゴンとの間を繋ぐミッシングリンクとして研究者達の注目を浴びている貴重なドラゴンでもある。
 「レベルもそれなりに高いし、先生もこれなら文句ないと思うよ。」
 そう言いながら許可証をクルクルと丸めて片付けるアウスに、デーモン・ビーバーはブンブンと首を振る。
 『いやいやいやいや!!見つからへん!!見つかるわけあらへん!!』
 その危惧は当たり前で、そもそもが個体数の少ない希少種である上に、隠棲の強い性質であるため、専門家であっても発見は困難を極めるという。
 『だから言いましたやろ!?こんなんしてる場合やあらへん、時間があらへんって!!それなのにあんたときたら・・・』
 「モウヤンのカレー、美味しかったよね?」
 『う・・・!?』
 アウスの放った一言に、デーモン・ビーバーの喚きがピタリと止まる。
 「君、おかわりしてたよね?それも5杯も。」
 『う、うぅ・・・』
 だらだらと脂汗を流しながら、デーモン・ビーバーはアウスの顔を見る。
 ・・・笑っていた。それも、賭博酒場でダイ・グレファーを嵌めた時の、あの小悪魔の笑みである。
 「トゥーン・ワールドも面白かったよね。君、遊びまくって、疲れて寝ちゃったよね。おんぶしてくるの、結構大変だったんだけどなー?」
 『う、うぅうううう・・・』
 ぐうの音もでない。
 アウスはますます、笑みを深める。
 『は・・・嵌めおったな・・・!?』
 「ん?何の事?」
 そして―
 『え、えーい!!もう勝手にせんかーいっ!!』
 「うん。勝手にする。」
 満面の笑みでそう答えると、アウスは本をパタンと閉じて身体を背もたれに委ねる。
 「今朝、早起きしたから少し眠いんだ。着いたら、起こしてね。」
 言うが早いか、スウスウと寝息を立て始める主を前に、デーモン・ビーバーはガサゴソと荷物をあさると、そこから持ってきた胃薬を取り出した。
 『ほんま、大丈夫なんかなぁ・・・?』
 そう一人ごちながら、白い錠剤を飲み下す。
 喉を通るそれは、いつにも増して苦く感じられた。


                     ―5―


 ピリリリリリリ
 駅に響き渡る、発車のシグナル。
 自分達を下ろしたデコイチが走り去るのを見送ると、アウス達は駅の外へと出た。
 古の森の入り口に作られた無人駅。
 降りたのはアウスとデーモン・ビーバーだけである。
 当たり前かもしれない。
 この駅と路線は、基本的にこの森を研究する者達のために作られたもの。一般人の利用は、ほとんどない。
 駅の窓から外を見てみると、そこはもう鬱蒼とした森だった。
 『なんや、気味の悪い森でんなぁ・・・。』
 周囲を見回したデーモン・ビーバーが、そう感想を漏らす。
 ひっそりと静まり返って薄暗い森。鳥の鳴き声すら、ほとんどしない。
 「この森に住む生き物は、皆隠棲が強いか夜行性のが多いんだよ。昼間は大体、こんなもんだろうね。」
 そう言いながら、駅の外に出るアウス達。
 地面に足を着けた瞬間、何やらフワッとした温もりが立ち昇る。
 『おお、何ですか?この感じ。』
 「この森は中心にある世界樹を要に、ガイアパワーが集中してるからね。世界有数のパワースポットと言われる所以だよ。」
 『なるほど。そー言う事でっか。』
 一歩、足を踏み出す。
 それは、落ち葉の厚く積もった地面にザクリと思いの外深く埋まった。
 『それにしても、何ぞあてはあるんでっか?ただ闇雲に歩きまわっとっても、見つかるとは思えまへんけど。』
 デーモン・ビーバーは、キョロキョロしながらそう問う。
 「それなら心配しなくていいよ。ちゃんと考えてるから。・・・それより・・・」
 アウスが自分の足元を見る。一歩踏み出す度に、落ち葉の積もった地面がサクサクと鳴る。静まり返った森の中には、それが思いの外大きく響いていた。
 「うん。ちょっと面倒な事になりそうだ。」
 『何がでっか?』
 「これ。」
 そう言って、自分の足元を指差す。
 「この足音、森の中に“ここに居る”って宣伝してる様なもんだよ。小動物やレベルの低いモンスターなら逃げちゃうだろうけど、大型の肉食動物なんかだと逆に・・・」
 アウスが、その言葉を結ぼうとしたその途端―
 バキバキッメキッ
 アウス達の横に生えていた大木が、まるで薙ぎ倒されたかの様に倒れてきた。
 ズズーン
 重い音を立てて、大木が地面に横たわる。
 『お嬢、大丈夫でっか!?』
 辛うじてかわしたデーモン・ビーバーが叫ぶ。
 「大丈夫。でも・・・」
 こちらも直前でかわしたアウスがそう返すが、その瞳はもう自分を労わる相方を見てはいない。
 その視線が向けられるのは、大木が倒れてきた方向。
 ガラリと空いたその空間には、今はただ薄闇だけが広がっている。
 ―と、その薄闇の向こうから、
 コフー、コフー・・・
 響いてくる、何者かの息遣い。
 それと同時にムッと漂ってくる、強い獣臭。
 『・・・お嬢・・・』
 「うん・・・。」
 デーモン・ビーバーが全身の毛を逆立てて臨戦態勢をとる。
 アウスが見つめる薄闇のその奥で、何かの影がユラリと蠢く。
 ザス・・・
 響く、重い足音。
 足元に転がる大木を踏み潰し、薄闇を裂いて現れた者。
 それは全身を剛毛に覆われた、見上げる程に巨大な猿人だった。


                ―6―


 「ぶぅふるるるぅ・・・」
 森の奥から姿を現した猿人は、呼気とも唸り声とも知れない音を発しながら一歩、また一歩とアウスの方へと近づいてくる。
 その目は昏い敵意に満ちた光に彩られ、口元からはギリギリと軋る牙の音が不気味に漏れていた。
 『グ・・・『グリーン・バブーン』や!!』
 迫る巨体を前に、デーモン・ビーバーが焦った様に喚いた。
 ―『グリーン・バブーン』―
 深い森に生息する、獣族モンスターの一種。
 巨大な体躯と怪力を誇る上、縄張り意識が非常に強い。
 目に入る動物全てに対して排除行動を起こすその様から、「森の番人」とも呼ばれる。  
 『お、お嬢!!あかんで!!コイツ、完全にワイらの事敵やと思っとる!!』
 焦るデーモン・ビーバー。
 しかし、当のアウスに焦燥の色はない。
 涼しい顔で、目の前の怪物を見つめている。
 「丁度いいや。」
 『は?』
 アウスが杖を取り出すのを見て、デーモン・ビーバーはポカンとする。
 「デヴィ、彼に用心棒(ガードマン)をしてもらおう。」
 『は?何言って・・・って、アヒャア!!』
 ブウンッ
 振り下ろされてきた棍棒を、既の所で避ける。
 ガゴォンッ
 的を失った棍棒は後ろの大木に当たり、その幹を大きく抉る。
 グリーン・バブーンの攻撃。『ハンマークラブ・デス』。
 棍棒を振り下ろすだけの単純な攻撃だが、持ち前の怪力と相まって凶悪な破壊力を誇る。
 直撃はもちろん、かすっただけで肉は削げ、骨は砕けるだろう。
 「なるほど。文献で読んではいたけど、実際に見るとなおの事・・・っと。」
 返す勢いで向かって来る棍棒を、身を屈めてかわすアウス。
 「う〜ん。ちょっと攻撃力が高すぎるかな?属性は適合してるけど、下僕にするまで無力化するのは手間がかかり過ぎか・・・。」
 眉一つ動かさず、淡々と状況を分析する。
 そして、
 「よし。」
 何かを決めたかのか、ポンと手を打つ。
 「デヴィ、”あれ”をやるよ。準備して。」
 それを聞いたデーモン・ビーバーが、目を丸くする。
 『あれって・・・まさか、“あれ”をする気でっか!?』
 「そうだよ。」
 何でもない事の様に答えるアウスに、思わず声を荒げる。
 『あきまへんって!!“あれ”は身体に悪・・・ウヒョワッ!!』
 慌てて身を逸らす横を、太い棍棒が唸りを上げて通り過ぎる。
 軽くステップを踏んで距離をとったアウスが、全身を総毛立ててビビッている相方に声を投げた。
 「ほらほら。早くしないとボクと君、まとめてミンチだよ?」
 『あー、もう!!分かりましたわい!!』
 半ばやけっぱちでそう叫ぶと、デーモン・ビーバーは翼を開いてポーンとグリーン・バブーンの頭上を飛び越える。
 そしてそのままアウスの前へ舞い降りると、バブーンに向かって向き直った。
 「ぐふぅうううっ!!」
 翻弄されたグリーン・バブーン。苛立たしげに唸ると、再びアウス達に向かって突進する。
 『お嬢、来おったでぇ!!』
 「大丈夫。彼の足なら、5秒余裕があるよ。」
 いつもの調子を崩す事もなくそう答えると、アウスは杖を構え、目を閉じた。
 「魔性の誘惑、魔王の洗礼。我が御せし魔の御名よ。奈落に誘う蔓(かずら)と生りて、彼なる者の御魂を絡めよ!!」
 朗々と、しかし素早く唱えられる呪文。
 それと同時に、デーモン・ビーバーの身体から黒い陽炎の様なものが湧き上がる。
 アウス達を射程に納めたグリーン・バブーンが棍棒を振り上げた瞬間―
 「堕落(フォーリン・ダウン)!!」
 それが振り下ろされるよりも早く、アウスの口が呪文を結び上げる。
 途端、デーモン・ビーバーの身体から立ち昇っていた黒い陽炎が、まるで蛇の様にグリーン・バブーンに襲い掛かった。
 「ヴフゥアァアアアッ!!」
 漆黒の蛇に巻きつかれ、苦悶の声を上げるバブーン。
 自分の頭を掻き毟り、何かに抵抗する様に棍棒を闇雲に振り回す。
 しかし、その抵抗もほんの数分。
 振り回す棍棒はだんだんと勢いを失い、やがて脱力した様にがっくりと膝が落ちた。
 『・・・お嬢、嵌りましたで。』
 一拍離れた場所で、様子を見ていたデーモン・ビーバーが言う。
 「みたいだね。」
 そんな言葉と共に、アウスはスタスタとグリーン・バブーンに近づいていく。
 呆けた様に空を仰いでいたバブーンが、ゆっくりと首を傾げて彼女を見る。
 「おいで。」
 命ずる言葉。
 それに応じる様に、グリーン・バブーンはその巨体を屈め―
 アウスの靴へと、口付けをした。
 「良い子だね。」
 妖しく微笑みながら、アウスは彼の頭を撫でた。



                  ―7―


 ―装備魔法(クロス・スペル)・『堕落(フォーリン・ダウン)』―
 装備させた相手の自意識を奪い、意のままに操る洗脳系の魔法。
 禁呪とされている『心変わり(マインド・チェンジ)』や『強奪(ロベリー)』、『洗脳(ブレイン・コントロール)』と同等の効果を持つ高位魔法だが、発動に『デーモン』の名を冠する“存在”を媒体にしなければならないという制約がある上、ちょっとしたリスクも存在する。
 その為、使用する者は極端に少ない。
 もっとも、『デーモン』という邪悪な存在と関係を持つ事自体が忌み事とされる風潮があるのも、この魔法が浸透しない理由でもあるのだが。
 『なぁ、お嬢。たまに思うんやけど・・・』
 自分達の後を守るようについてくるグリーン・バブーンを気味悪そうに見ながら、デーモン・ビーバーがアウスに問う。
 「何だい?」
 『自分、堕落(これ)のためだけに使役されてる訳じゃあらへんよな・・・?』
 「あはは、そんな訳ないだろ?愛してるよ。デヴィ。」
 『はぁ・・・(ほんまかなぁ・・・?)』
 いつもの事とは言え、心根が読めない主である。
 デーモン・ビーバーがこの世に生まれて幾度目かも知れない溜息をついた時、
 グラリ
 不意に、目の前でアウスの身体が傾いだ。
 『うわっとと!!』
 慌ててそれを支える、デーモン・ビーバー。
 「あはは・・・ごめん・・・。」
 『言わんこっちゃない!!だから堕落(あれ)はあかん言うとるんや!!』
 いささか顔色の悪くなったアウスに向かって、デーモン・ビーバーが怒鳴る。
 これが、『堕落(フォーリン・ダウン)』が一般の術師達の間で敬遠されるもう一つの理由。
 かの術はその効果が持続している間、絶える事無く術者の精気を消費し続けるのである。
 『ほれ、しっかりしいな。もう!!こんな体たらくでどうやってドラゴンなんぞ相手しよるんでっか!?』
 「大丈夫・・・。ちゃんと手は考えてるから・・・。」
 体勢を立て直しながら、アウスはそう言って微笑む。
 この主がそう言うのなら、実際そうなのだろう。
 その点においては、絶対的な信頼を持っている。なら、今はただ、主の身体にだけ配慮していればいい。
 デーモン・ビーバーは、黙ってふらつく主の横へと寄り添った。


 実際、グリーン・バブーンのガードは非常に役に立った。その後の数時間の道程、どんなモンスターもアウス達の前に立ちはだかる事はなかった。
 そして―
 『おお。こりゃまた、大きな樹でんなぁ。』
 「ああ。これがこの古の森の中心部、「世界樹」さ。」
 そう言いながら、アウスは世界樹の幹に持たれる様にして座り込む。
 「はぁ、くたびれた。」
 その有様に、流石に心配になってくる。
 「ホンマに大丈夫なんでっか?まだ肝心のドラゴンのドの字も見つかってないんでっせ。」
 しかし、アウスは微笑むと黙って目の前の茂みを指差す。
 『あん?何でっか?』
 見てみると、そこの下草が薙ぎ倒されて一筋の道の様になっている。
 『・・・何や、これ?』
 注意深く見てみると、その道の所々に光るものがある。拾ってみるとそれは・・・
 『鱗や・・・!!』
 「ほら。」
 アウスが、荷物の中から引っ張り出した本を投げてくる。
 急いで『地を這うドラゴン』のページを開く。
 そこに載っていた、標本の写真と手の中の鱗を見比べてみると―
 『――っ!!』
 目を丸くして自分を見るデーモン・ビーバーに、アウスはニッとVサインをした。
 「別に闇雲に歩いて来た訳じゃないよ。」
 水筒の水を飲みながら、アウスは話す。
 「古の森(ここ)に住んでる地属性モンスター達はね、多かれ少なかれ、この地に流れる「ガイア・パワー」を糧にしてる。そして、その「ガイア・パワー」が一番集約されているのがここ。」
 そう言って、世界樹の根元をトントンと指でつつく。
 「『地を這うドラゴン』も地属性である以上、絶対ここに来てると踏んでたんだけど、ビンゴだったね。」
 『はぁー、流石ですわ。』
 心底感心したという態で、デーモン・ビーバーが頷く。
 「感心する様な事じゃないよ。大体、このくらいの事は前にここに来てた研究者の皆さんも気付いてたと思うよ?」
 『へ?それじゃあ・・・』
 「道を見つけただけじゃあ、そうそう姿は拝ませてくれないって事さ。」
 言いながら、アウスはよっと立ち上がる。
 その足取りはさっきまでと違ってしっかりとしており、顔にも大分血の気が戻ってきていた。
 「ん、流石は世界屈指のパワースポット。消費分は、取り戻せたかな。」
 そう言って右腕をグルグルと回す。
 (・・・計算の内ですかい・・・。)
 いい加減、感心するのを通り越して呆れてしまう。
 『せやけど、それならどうしますのや?また奴さんがここに来るまで、張るんでっか?』
 そんな相方の質問に、アウスは笑って答える。
 「君は実に馬鹿だなぁ。そんな事してたら、幾ら時間があっても足りないだろう?」
 そして、また荷物の中をガサゴソと弄る。
 取り出されたものを見て、デーモン・ビーバーは首を傾げた。
 「は?何です?こんな所・・・で・・・?」
 そこまで言って、デーモン・ビーバーは凍りついた。
 ・・・アウスが、微笑んでいた。
 その微笑に、デーモン・ビーバーの顔からはみるみる血の気が引いていく。
 「どうしたんだい?顔色が悪いよ?疲れた?だったら君もここで「ガイア・パワー」を浴びたらどうだい?」
 そう。アウスは微笑んでいたのだ。
 「君にはまだ、やって欲しい事があるから・・・。」
 それは紛う事なく、あの小悪魔の微笑み。
 思わず逃げ出そうとしたデーモン・ビーバーの首根っこを、グリーン・バブーンの太い指がしっかと押さえた。


                 ―8―
 
 暗い穴倉の中で、“彼”はふと目を開いた。
 まだ眠気の残る瞳で、ゆっくりと周りを見回す。
 住み慣れた巣穴の中。何ら変わった様子はない。
 けれど、“彼”の六感の一つは確かな違和感を感じ取っていた。
 無造作に地べたに転がしていた頭をもたげると、鼻をヒクヒクと動かして空気を探る。
 “彼”の鋭い嗅覚が、鼻腔に満ちた空気の中からその違和感を探り出す。
 それは、香りだった。
 少し刺激的で、それでいて酷く蠱惑的な香り。
 “彼”の腹が、低い音を立てる。
 空腹だった。
 ここしばらく、狩りが上手くいっていない。
 最後に食事をしたのは、いつの事だっただろう。
 下位種とはいえ、時に神格すら有する種族の端くれ。
 そんな“彼”に、飢え死にというものはない。
 しかし、それと空腹とはまた別の話。
 それに耐えるために、しばしの間休眠に入る事にしたというのに。
 すっかりこの香りに邪魔をされてしまった。
 迷惑な話である。
 しかし、覚めてしまったからには仕方ない。
 こうなったからには、この香りの元凶に責任をとってもらおう。
 件の香りが、いままで生きてきた中で嗅いだ事のない物である事が少し引っかかる。
 しかし、そんな疑念などどうでも良くなってしまうほど、その香りは蠱惑的だった。
 “彼”は四肢に力を込めると、己の身体を引きずり始める。
 ズルリ
 重い身体が、地面に独特の後をつける。硬い鱗に覆われた表皮が地に摩れ、所々にキラキラと光る欠片を残していく。
 ズルリ ズルリ
 そして“彼”は、実に数ヶ月ぶりに巣穴の外へと這いずり出た。


 外に出ると、件の香りはいっそう強くなった。
 顔を上げ、フンフンとそれの漂ってくる方向を探る。
 どうやら、件の香りは西の方から漂ってくるらしい。
 それは、“彼”がいつも「力」を浴びに行く、この森で一番大きな樹のある場所の方向。
 結構な事だ。
 食事の後に、あの「力」を浴びながら昼寝を決め込むのも悪くない。
 “彼”はその場所に向かい、ゆっくりと足を進め始めた。

 『ひぇえええええ・・・ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・』
 (ちょっと君。少し静かにしてくれないかな。“彼”に警戒されると、困るんだけど。)
 『こげな状態で冷静でなんかいられますかいな!?この人でなし!!腹黒娘!!』
 (君は実に馬鹿だなぁ。ボクがそんな言葉で動揺すると思ってるの?今更。)
 『分かってますがな!!けど言わずにおれるかい!!チクショーッ!!』
 (だから、静かにしなってば。)


 鋭い嗅覚でその香りを辿りながら、“彼”は進んでいた。
 朽ちて倒れた巨木を踏み折り、鬱蒼と茂った藪をくぐり、流れる沢を越えて。
 途中、幾度か低レベルのモンスターに出会ったが、今の“彼”はそんなものには何の興味も引かれはしない。
 一歩一歩を進める度に、件の香りが近くなる。
 ああ、たまらない。
 口に溢れる唾液をダラダラと溢れさせながら、“彼”は歩を早めた。


 『んぁ!?何や、臭ってきましたで!?』
 (・・・この臭い、多湿棲の動物独特の臭い・・・。これは、来たかな?)
 『ひぃっ!!』
 (どうしたの?)
 『今、そこの茂みが動いた!!動きましたで!!』
 (しっ!!来た!!)
 突然、デーモン・ビーバーの目の前の茂みが割れた。
 折れた枝をメシメシと踏み砕きながら現れたのは、体長7〜8メートルはあろう怪物。
 腹を地面につけて這いずる様は、まるで大きな蜥蜴を彷彿とさせる。
 しかし“それ”の背中には、申し訳程度ではあるが確かな翼がついており、“それ”が立派なかの種族の一端である事を如実に示していた。
 ―『地を這うドラゴン』―
 悠久の進化の果てに大空を捨て、地を這う事に生きる術を見出した異端のドラゴン族。
 その目の焦点が、ゆっくりとデーモン・ビーバーに合わせられる。
 獲物を見つけた喜びを表す様に、その巨大な口が歪に歪む。
 その隙間から見え隠れする太い牙が、逃げる術のないデーモン・ビーバーをさらに震え上がらせた。
 『ひ・・・ひぃいいいいい!!』
 ズル・・・ズル・・・
 一歩、また一歩。地を這いながら、ドラゴンがデーモン・ビーバーに近づいて行く。
 やがてデーモン・ビーバーの真下まで来ると、“彼”は上を見上げ、その巨大な口をガパリと開いた。
 太い漆喰の様な牙がズラリと並ぶ口が、デーモン・ビーバーを一呑みにする。
 ・・・と思われたその瞬間、
 パァ・・・
 突然ドラゴンの真下の地面が輝き、朱色の魔方陣が浮かび上がる。
 『!!』
 驚いたドラゴンが身を翻そうとするが、もう遅い。
 ボコッ
 そんな音とともに、地面に広がる大穴。
 ゴガァアアアアアッ
 響く悲鳴。
 “彼”は為す術もなく、昏い奈落の中へと堕ちていった。



                  ―9―


 ―罠魔法(トラップ・スペル)『落とし穴(フォール・ホール)』―
 効果はそのまんまなので割愛する。
 『ガ、ガゴ、ゴ…!?(お、落とし穴…だと!?)』
 深い穴にはまり、身動きのとれない“彼”。その耳に、この森では聞き慣れない声が響いた。
 「上手くいったみたいだね。」
 そんな言葉とともに、世界樹の影から二つの影が現れる。
 片方は良く知っている。この森に住むグリーン・バブーンだ。もう一人は見知らぬ人間。若いメスの様に見える。
 どういう事か。あの凶暴な森の番人が、まるで飼い犬の様に人間のメスなどに付き従っているとは。
 まるで、悪い夢でも見ているようだ。
 混乱する“彼”に向かって、スタスタと近づいてくるかの人間。
 フシューッ
 威嚇の噴気音を上げるが、その人間は微塵も臆する事無く近づいてくる。
 “彼”の頭の上にぶら下がっているデーモン・ビーバーが何事かを喚くが、それも気にする様子はない。
 お互いの吐息を感じるくらいまでの距離まで近づくと、人間は手にしていた杖の先を“彼”の鼻面に押し付けた。
 途端、杖の先端の水晶が淡く輝いたかと思うと、何かの力が“彼”の中に流れ込んでくる。それを感じた瞬間、“彼”は自分の身に起こった事を理解した。
 「はい。これでキミはボクのもの。」
 そう言って、その人間は怪しく微笑む。
 『ガグ、ゴガゴゴ…!!(ひ、卑怯な…!!)』
 思わず“彼”が呟くと、
 「卑怯?最高の褒め言葉だね。ありがとう。」
 思わぬ返答が返ってきて、肝を潰す。
 「グゲガゴ!?(何で竜語わかるし!?)」
 「ウフフ。」
 その問いにも、人間は笑うだけで答えない。
 (な、何かこの人、怖い…(汗))
 怯える“彼”の頭の上で、紐でぶら下げられたデーモン・ビーバーが心底気の毒そうに溜息をついた。


 『ペロペロ・・・冗談やないで・・ペロ・・・ホンマ・・ペロペロ・・・毎度毎度、人(?)の事・・ぺロ・・何やと・・ペロペロ・・思うとるんでっか・・ぺロ・・・。』
 「愚痴を言うか、食べるか、どっちかにしたらどうだい?だいたい、近くに沢があるんだから、そこで洗ってくればいいじゃないか。」
 傍らにバブーンを傅かせ、平伏させたドラゴンの背にチョンと座ったアウス。
 彼女は、カレー塗れになった身体を嘗め回している相方に向かって、呆れた様にそう言った。
 『ペロペロ・・そんな・・・勿体ない・・ぺロ・・・』
 「それにしても、さすがは老舗名店自慢のカレー。この香りには、警戒心の強い君でも抗えなかったみたいだね。」
 そう言いながら、ドラゴンの目の前で空になったパッケージをピラピラとさせる。そのパッケージには「モウヤン特製!!絶品シーフードカレー(お持ち帰り用)」の文字。
 それを一瞥したドラゴンは、心底嫌そうな顔をして目を逸らした。
 「強いスパイスの香りがボク達の匂いも隠してくれるし、まさに一石二鳥だったよ。」
 『・・・せやけどなぁ、お嬢・・・』
 身体に付いたルーを舐めながら、デーモン・ビーバーがアウスに声をかけた。
 「何だい?」
 『それやったら、何でわざわざワイがぶっかぶって囮んなる必要があったんでっか?ただ皿にでもあけて置いときゃ良かった様な気もするんやけど・・・』
 それを聞いたアウスが、実に心外だといった態で答える。
 「君は本当に馬鹿だなぁ。そんなの、ちゃんとした理由があるに決まってるじゃないか。」
 『その心は?』
 訊かれたアウスは、ニッコリと微笑んで答えた。

 「面白いから。」

 『・・・・・・。』
 「・・・・・・。」
 一人と一匹の間に流れる、切ない沈黙。
 そして―

 『もう、君とはやっとれんわー!!』

 デーモン・ビーバーの魂の叫びが、森の中に空しく木霊して消えていった。



                                     終わり
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この記事へのコメント
その1、なんか1日多く遊んでる。捕獲許可証が1日早く出たのか、それともギャンブルバーの定休日が変わったのか。
その2、某デスガイドが登場。エンデミュオンには魔界と現世があるらしい。
その3、「ジャイアント・オーク」→「グリーン・バブーン」 こっちのほうが森っぽいか。地属性だし。これによって「ランチ」になるか「ミンチ」になるかの違いもでてくる。

というわけで、ほとんど変わってません。相変わらずのアウスで一安心(?!)といったところでしょうか。

周到な事前準備と緻密な作戦による「詰め」る戦術を得意とする。落とし穴系の術を使った相手を罠にはめる戦術は見事だが、正面を切って戦うことは稀で、霊使いの中では最も白兵戦の類を苦手としているのではないだろうか。また、魔力量は多いが大技を多用するので、ギリギリのラインで戦う事が多い。そのため、最初から自分のスタミナを計算し、無駄な消費は極力抑える戦い方をする。最初から結果は分かっている様な振る舞いも、そこまで見えていなければ勝てない、という思いがあるのだろう。バトルスタイルはほとんど完成してるため急激に伸びることはなさそう。本人が意図的に力を隠しているのなら別だが。
Posted by zaru-gu at 2014年08月28日 00:34
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