玉置浩二『あこがれ』六曲目、「コール」です。先行シングルで、カップリングは「大切な時間」でした。
さて、以前コメント欄に書いたことがあったのですが、89年発売の「行かないで」をほぼリアルタイムで聴いたわたくし、なんのつもりでこんな大仰な曲を?と不思議に思っておりました。めいっぱい切ないアレンジを施したストリングスで「行かないで……行かないで……」などと切々と訴えるタイプのボーカルに驚いたものです。なんというか、それまでの玉置さんの歌って「じれったい」「好きさ」と、切々と繰り返すタイプの歌でも、こんな圧倒的に弱い立場から発せられる歌ではなかったように思うのです。行かないでって思うなら立ちはだかって止めればいいじゃん、とハッキリ思ったわけでなかったのですが、当時のわたくしにはその立ち位置と精神性がよくわかりませんでした。その後『夢の都』『太陽』と安全地帯が復活しますから、「行かないで」は、あれはいったい何だったんだろう?くらいの違和感と不思議さを残すことになったのです。
それから三年と少したってこの「コール」を聴いたとき、「ああ!」とハッとさせられました。こ、これは、「行かないで」の系譜だ!そうか、こういうことがやりたかったんだけど、あのあとバンドが復活したから途切れていたんだ……そして、この『あこがれ』が「長年録りためていたバラード集」であったと『幸せになるために生まれてきたんだから』で知り、おそらくは「行かないで」もその中の一曲であったのだろうけども、何らかの理由で(たぶん李香蘭関係)あのタイミングで一曲だけ松井さんに歌詞を書いてもらってリリースされたのだろう、と思うに至ったのです。
さてさて、この曲は映画『ナースコール』のテーマであったと記されているのですが、面目ないことにわたくし『ナースコール』観てないんですよ……君のあたたかい手が必要さという感じのせつない病院ドラマだとは思うんですが……『プルシアンブルーの肖像』のときのように知っていて妄想を書きまくるというわけにはまいりません。そして、その『ナースコール』主人公を演じた薬師丸ひろ子さんが当時の奥さんで、後年「コール」をお歌いになったという情報を寄せていただいたこともありまして、ますます興味が尽きません。わたくし薬師丸さんのアルバムは結構持っているんで薬師丸さんの歌に関しても結構語れるつもりではあるんですが、いかんせん『ナースコール』観てませんので、準備が整っていないのです。
そんなわけで、音楽のみの文章になります。や、本来そういうブログのつもりで始めたんですが、『プルシアンブルーの肖像』以降、方針がブレまくってていけません(笑)。
曲は金子飛鳥グループの重厚なストリングスで始まり、それが途切れるころにキラキラキラ……と、これはポール・エリスさんのシンセでしょう、つなぎが入りまして、玉置さんがまるで弾き語りしたかのように、玉置さんのガットギターにのせたボーカルが始まります。
なんと生々しいギターと歌声……ギターなんて、玉置さんの指の弾力がそのまま感じられるような音です。どうやって録ったの!とレコーディングエンジニアを問い詰めたくなるくらいリアルなガットギターの音です。この曲があるから、わたしは決してガットギターでレコーディングに臨まないといっても過言ではありません。いや過言か(笑)。たんに自分のギターが下手で聴くに堪えないだけでした!それにしてもこんな音だされちゃどうやったって満足できる音が録れるわけがないよってくらい生々しいです。
歌はいつものとおりとんでもないので、そろそろ語る言葉もなくなってくるくらいですね。「ひとりぼっちの虹」や「Time」でかつて通った夜明けタイミングの歌です。さらに後年「プレゼント」でもこの系譜は受け継がれます。わたくしうっかり寝そこなった日など、窓の外を見ながらこれらの曲を小声で歌う習性があります。たんなる不気味なおじさんですが、かつては少年〜若者だったんですよ!なぜ扱いが変わる?趣味は同じなのに!不公平だ!とか何とかいったって扱いが変わるわけはありませんので、黙っておけばよかったのです。
夜明けのタイミングで歌うおじさんもブキミですが、ひとりぼっちで名前を呼び続ける青年もなかなかどうして、変わった青年だと言わなくてはなりません。もちろんこれは声に出して呼んでいるんじゃないんですね。心の中で呼び続けているんです。心の中ですから、もちろん来ません(笑)。来ないから呼び続けるんですね。玉置さんの歌も、この段階では心の中で呼び続けていることを暗示させる、情熱的ながらも静かなトーンです。
金子飛鳥グループのストリングスが薄ーく入ってきて、陽が昇ります。すっかり青空です。星も闇も消える、つまり夜中の気分はなくなっていきます。それはドロドロしていたりヌタヌタしていたりギトギトしていたりして、つまり直接「君」にぶつけたら「君」が所轄署に被害届を出しかねないようなものなんですが(笑)、生まれたての青空はそうした心の闇をすっかりクリーンにしてくれるほどさわやかで、さあこれで「君」に伝えられるぞ!という前向きな気持ちを与えられるのです。ここでシンセサイザーの鍵盤の音が入ってきて、一気に曲をサビに向けて盛り上げます。さあ叫ぶ準備はできた!
いま声に出して叫ぶよ、だから、聞こえるだろう、聞こえたらすぐに来てほしいんだ、ここに!
玉置さんが大きな声で「叫ぶよ!」と歌います。つまりまだ叫んでないんです。これから叫ぶよ、という予告を、大きな大きな声で歌います。それは実際に叫ぶよりも、待ちかねたその決心をするほうが精神的には大きい動きだからなんだとは思いますが、実際には叫んだとわかる描写はありません。もちろん歌詞の中に「おーい」とか入れるような野暮なことは決してしません。最後の「いーまー」だけが叫んだ「かのように」歌われていますが、それでもまだ叫んでいません。ですから、ほんとうに決心してから叫ぶ前までの一瞬の心の動きをとらえた歌なのです。
歌は二番に入りまして、またガットギターがよく聴こえます。そして音量の控えめなストリングスで玉置さんの歌が彩られます。
微笑みしか贈るものはないんだ、それしかないんだ、つまり君にとってはたいした利益はない、あくまで僕が一方的に君に会いたいんだ、きみが必要なんだ、それだけなんだ……という、弱すぎる立場から発せられる強い思い……この切実さ、痛み、愛おしさが、「行かないで」を聴いて止まっていたわたしの時計を動かしてくれたのです。こういうことか……!あ、いや、なにが「こういうこと」なのかは今でもさっぱりわからないんですけども(笑)、なんと申しましょうか、ギブアンドテイクとかそういうしゃらくさいことを言っているうちはまだまだなんだと思い知らされたんですね。もちろんギブアンドテイクですよ、ええ。ですが、それは結果としてギブアンドテイクになってましたってくらいであって、ねらってするようなものじゃないなー、と思うわけです。ましてや、女の子にもてるテクニック的なもの、最近恋人とうまくいかないんですけどどうしたらいいんでしょうかTIPS的なものを読んだり友達に相談してみたり真似したりする程度のことをやっているうちは、まだ波打ち際なんだと思わされたんです、「行かないで」とこの歌によって、18歳とかで(笑)。だって、箸の使い方をいちいち考えながら飯を食う日本人はいないでしょう。箸の使い方と同じくらい気にせず自然にギブアンドテイクは成り立っていて、そのうえでこれらの曲にあるような激しさ熱さがあるべきなんじゃないでしょうか。若いころからそんなことを思っていたからもちろんそんなにうまくできるわけはなくて、いろんな人に迷惑や心のダメージを与えてしまった気がしなくもありません(笑)。やっぱり波打ち際からチャプチャプと始めるほうがいいですよ!わたくしみたいに突然沖でダイビングしたら死にかねません。
君の手じゃないとダメなんだ、ほかの誰の手でもダメなんだ、どんなに白くてどんなに暖かくても他人の手じゃダメなんだ!
半音上がりまして、さらに気持ちはヒートアップします。
涙をぬぐうのはもちろんハンカチとかでいいんだけど(笑)、そういうことでなくて、心の涙をぬぐうためには君の暖かい「手」つまり君の存在そのものが必要なんだ、だから叫ぶよ、すぐ来て、いま来て!
もちろん看護師さんにこんなことを求めてナースコールをバンバンしまくったら、来るのは看護師さんでなくてガードマン的な人にそのうち変わると思いますんで『ナースコール』はそういう話ではないのでしょう。これは心に深い傷を負った青年が、それを唯一癒してくれる恋人を精神というか霊的なレベルで求める歌なのです。
「君」は癒す人です。それ以外の存在としては描かれていません。手塚治虫の重要女性キャラがことごとく慈母的であるのに似て、一方的に求められ、慈愛を与える存在です。ですから、実際の生活においてずっと成立する現象ではおそらくありません。成立したらマリア様です、というかマリア様だってずっとはやってられないでしょう(笑)。ですから、人にはごく限られた局面において、あくまで瞬間的に、このように一方的な関係を求めてしまい、それが受け入れられるということも心理的事実としてありうる、くらいのことなんですけども、だからこそ、その姿はこの歌のように激しくも儚く、そして一種独特の美しさをもって輝いてみえる瞬間があるのだと思います。
曲は激しくも壮麗なストリングスが一分も続いて、フェードアウトしていきます。このストリングスエンディングにもわたくしすっかり影響を受けて、このパターンの曲を書いたこともあります。こんないいメロディーはそうそう作れませんのでだんだん自信がなくなり、20秒くらいで終わるんですけども(笑)。星さん玉置さんの形だけマネしてもダメですねー。
価格:2,401円 |
どうしてもながらになってしまうの、なんとなくわかりますねえ。無線イヤホンわたしも何回か買いましたけども、同じようにバッテリがイカれちゃいますんでもう諦めました。道を歩いていてもあぶないし……。
このアルバムは「奇跡」と。今の玉置さんは(遠目には)精神的にも安定されているように見えますし、音楽=たのしい、という感じにも見えますので、同じ人が作ったとはまるで思えませんね。詞が書けず長くかかったと聞きましたが、このようなアルバムを作ってくださって、本当に玉置さんに感謝です。
安全地帯・玉置さん熱が落ち着くまでは、毎日何かしら追い求めてはあーだこーだと思いを巡らせ、それだけではことたりず、お邪魔して書き散らかしている感じです。おつきあいくださって本当にありがとうございます。
この曲、おっしゃるように、アレンジ全体で泣いていますよね。強すぎて壮絶です。チャイコフスキー『悲愴』の第二楽章なみです。これはポップスとしてありえないです。後にも先にも、このアルバムのようなアルバムは聴いたことがありません。何にも似ていません。全面的にストリングスとピアノ、ガットギター、玉置さんの歌……これらの要素が揃わなくてはこのアルバムは成立しませんし、玉置さんももう一度はやってくれないでしょう。だから、ひとときの奇跡だったのです。
というわけで次に聴いたのが「あこがれ」というアルバムでした。「コール」を聴いたとき、胸が痛すぎて辛かったです。いったいどんな切ない恋をしてきた人なんでしょう。もう声が泣いているように聴こえます。
こんなに感情がストレートに襲いかかってくる曲というか歌い方を私は体験したことがなくて、ほんとに衝撃を受けました。「行かないで」は聴いたことがあったのですが、わたしにとってはそれよりも、ずっと泣いているように聴こえました。
ギターの音色、あれは玉置さんが弾いているんですね。ストリングスは星勝さんのクレジットでした。素敵なコンビですね。詞とメロディとギターとストリングスと声が一体化してしまって、物悲しさが極大化しているように感じます。
(なんだか毎日コメントしててすみません(汗)