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2019年04月30日

日記風に昨日のことを(四月廿八日)



 所用で今年二回目のプラハ行きである。七時半にうちを出るのに、五時半なんて時間に起きてしまうのは、日本にいたころを考えると信じられない早起きである。かための服を着ていったほうがよささそうだったので、例のOPプロスチェヨフのスーツを引っ張り出した。十年以上前に買ったものとはいえ、ほとんど袖に手を通していないので、まだまだ問題なく着られる。体形が変わっていないのは、この年になると喜んでいいんだよな、多分。
 どうせならということで、ワイシャツも、下着代わりのTシャツも、上に重ねたハーフコートも全部、よれよれになりつつあるOPプロスチェヨフのものにしてみた。知人に自慢するつもりだったのだけど、危惧していたとおりわかってもらえなかった。ほとんどみんなスーツを着てネクタイを締めている中、自分だけネクタイをしていない理由として、OPプロスチェヨフのネクタイがなくてという言い訳を準備していたのだけど、披露する機会もなかった。残念。

 朝のプラハ行きに利用したレギオジェットは、普段より長めの九両編成で、八号車に席を取っていたのだが、事前に八号車と九号車を入れ替えて、八号車が末尾の車両になるという連絡がメールとSMSで届いていた。駅についた時点で10分遅れの表示。15分ぐらい遅れそうである。チェコの鉄道は、駅での表示では5分までの遅れはなかったことにするから、5分の遅れと表示があれば、5〜10分の遅れだということになる。ネット上のidosに示される遅れ時間は正確なことが多いけど。

 いつもどおりビジネスのある車両の2番の座席を予約してあった。この入ってすぐのコンパートメントは、ティハー・ゾーナとして、大声で喋ったり電話したりしないことが前提の席なのだが、先に入っていた二人連れが、ときどき電話で話し始めて正直迷惑だった。この車両担当のお姉ちゃんがいるときにも電話してたのに注意しないのはどうなのかねえ。文句言わなかったのは、二人が外国語で喋っていて、チェコ語が通じるかどうかわからなかったからである。その外国語日本語じゃなかったし。
 サービス担当の人はなれていなかったのが手際がよくなく、乗ってすぐに、ジュースとスパークリングワインのどちらがいいか聞かれたので、ジュースをくれと答えたら、どちらもくれなかった。水ももらえなかったし、紅茶とコーヒーはもらえたけど、コーヒーを飲んだ後に、喉が渇いて水が飲みたくなったんだけど、飲むものがなかったんだよなあ。

 一番近くのトイレに行ったら、故障中で使えなかった。車両間のドアを開けて隣の車両のトイレを見ると、こちらも故障中。最近レギオの電車はこの手の整備不足のことが多いような気がする。一番快適であるはずのビジネスの席に近いトイレが使えないってどういうことだよ。仕方がないので同じ車両の反対側のトイレに言ってみた。一番後ろの車両になっていたので、後に伸びる線路が見えてちょっとぎょっとしたのはおくとしても、こちらのトイレは使えたけど、床に大きな木の板が落ちていて、大丈夫なのかと心配になる。
 用を足して流すためのボタンを押したら、流れるまでに長々と時間がかかった。こわれているのかなと思ったら、上のほうにふたをしてから流すようにと書いてあった。使い方を間違えてしまったようだ。こんなのが積み重なっての故障だったら、乗客の責任でもあるのかな。申し訳ない。

 プラハはオロモウツよりも少し気温が低いようだった。もう少し厚着をしてくるべきだったかと嘆きながら、目的のルツェルナへ。大戦間期のチェコスロバキアの映画界の大立者の一人だったハベル大統領の父親が所有していた宮殿様式で建てられた建物で、通り抜けの通路の真ん中に、聖バーツラフ象のパロディがぶら下がっているのが、観光名所になっている。そう、うじゃうじゃと観光客がいて歩きにくいことこの上ない。東京に住んでいたころは、こんなの人ごみとも認識しなかったはずのレベルなんだけど。レギオでクッキーがもらえなくてお腹がすいていたので、途中でビラによってサンドイッチを買う。最近ビラの小規模な店舗があちこちに増えている。便利というべきか。

 所用は夕方までかかったので、その後、プラハ在住の知人に会う。こちらが本来の目的で、所用は交通費を出してもらうためにサボらなかったというと関係者に怒られるか。夕食を一緒にと約束していたのだが、帰りの電車のことを考えて駅に入っている飲み屋にさせてもらう。ちょっと申し訳なかった。いかにプラハ‐オロモウツ間の便が増えているとは言え、プラハで9時10時まで飲んで、適当に駅につけば電車に乗れるというわけにはいかない。
 S先生からの言付けの著書を三冊いただく。そもそもそのうちの二冊は昨年夏にS先生がチェスケー・ブデヨビツェから送られたのに届かなかったというものである。ということで、チェスカー・ポシュタ(チェコ郵便)の悪口で盛り上がってしまった。最近の日本の大学のわけの判らなさについても、人間学部って何を勉強するんだろうとか、大学改革って高校生の知識レベルが下がってるだけやんとか、気の合う人とお酒を飲みながら話すってのはやっぱり楽しいねえ。電車に乗る関係上、一杯しか飲めなかったのが残念である。
 今度は八月にブルノ一週間ぐらい滞在するという話なので、ブルノで飲めるかな。S先生もサマースクール、ブルノって言ってたよなあ。都合のスリ合わせが必要である。

 帰りのレギオは何の問題もなく快適だった。ただ、ビールを飲んだせいか何もする気になれず、ネットであれこれ文章を読むことで時間をつぶしてしまった。だから、土曜日の日記めいた文章を、日曜日の日付で月曜日に書く破目に陥っているのである。一度は自転車操業から脱出したと思ったんだけどねえ。
2019年4月29日24時。











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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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