2018年06月17日
『物語を忘れた外国語』後4(六月十六日)
第八章のテーマはエストニア語。でも最初は、ドラマや小説などに現れる大学、特に教授という人種について語られる。大学教授が出てくる物語として、ドラマ化もされた宮本輝の『青が散る』が取り上げられるのだけど、個人的には大学を舞台にした物語といえば、『動物のお医者さん』に尽きる。そして「教授」と呼ばれる人物となると、漆原教授以外には思い浮かばない。あれを読んだときに、舞台となっている北大の獣医学部では、大学の教授のことは、「教授」と呼ぶことになっているのだろうと思ったのだけど、実際はどうなんだろうか。日本の大学では、「教授」と呼びかけるのを聞いたことはない。
日本以上に学歴にうるさいチェコでは、普段から教授には「教授」とよびかけ、准教授には「准教授」と呼びかけ、公式の場では博士号や修士号を持っている人にも、学位を使って呼びかけることになっている。それだけでなく、高校の先生に対しても、正確には教授ではないのに、「先生」ではなく、「教授」と呼びかけることになっているらしい。肩書きにうるさい人の中には、呼びかけ方が違うとへそを曲げる人がいるというし、無頼派を気取って肩書きなんぞくそ食らえと考えている人間には、ちょっと生きにくいとことがあるのである。
その点、日本の学校は、幼稚園から大学まで、どこでも誰でも教えてくれる人に対しては、「先生」で済ませられるから楽である。ただ、日本語の「先生」の使い方には、大きな不満がある。何が悲しくて、国会議員やら、小説家やらを、先生と呼ばにゃならんのか。議員同士が「先生、先生」と呼び合っているのには、猿芝居でも見ているような暗澹たる気分になってしまう。
この章では、エストニア語が出てくるソ連の青春小説(これってドイツ系の文学で言うとことの「ビルドゥングスロマン」と同じものだろうか)が取り上げられるのだけど、その直前に、外国語に取り組む青春小説が日本にあるのだろうかという問いかけがなされる。もしかしたら、この問いかけに対する師の答えが、『ロシア語だけの青春』の執筆だったのではないかと考えてしまった。
第九章では、物語に登場する言語学者が取り上げられる。言語学者には偏屈な人が多いというのだけど、言語学者に限らないんじゃないかなあ。本当に優秀な学者というのは、どこか正確に偏りがあるからこそ、学者として優秀なのだろうし、変人というものはどの分野にだって一定数いるものである。もう一つ、この章に出てくる映画「マイ・フェア・レディ」に関しては、チェコ語の字幕つきで見たのだが、字幕を読みきれずに途中で見るのをやめてしまったことは書いておかねばなるまい。英語は耳に入ってこなかった。
第十章ではSFから星の話になるのだけど、『へびつかい座ホットライン』という作品名も、ジョン・ヴァーリイという作者の名前も知らなかった。翻訳もののSFは結構読んだつもりなのだけど、ハインラインとかアシモフとか、超有名どころを読むに留まったからなあ。翻訳ものに関しては、ハヤカワ文庫のSFに行く前に、先輩の影響でFTに進んだから、それもSFの名作をあまり読んでいない理由の一つとなっている。
さて、『へびつかい座ホットライン』が取り上げられている理由のひとつが、未来の言葉として太陽系共通語というものなのだが、未来の宇宙を舞台にした日本のSFで言葉が強烈な存在感を放っているのが、森岡浩之の「星界の紋章」シリーズである。最初に読んだときに、作中にルビとして氾濫している作者が作り出した未来の言語について、言語学者はどんな評価を与えるのだろうかと考えた。個人的には、日本語があんな言葉になってしまうのは、納得がいかないけど、専門家の目から見たらまた違った意見が出てくるかもしれない。現代の言語学者は小説なんて読まないらしいから、「星界の紋章」の人工言語のついてコメントした言語学者はいないのかな。師の感想を聞いてみたい気もするけど、表紙があれだから、これ読んでくださいとは、ちょっと言いづらいものがある。
「星界の紋章」のような作品を読むと、すべてのルビを丁寧に読んだわけではないけれども、日本語の表記にルビというシステムが存在するのは幸せなことだと思う。語学の教科書で、外国語の単語の上に、読み仮名をつけて、発音する際の助けにするなんてことができる言葉は、日本語以外にあるのだろうか。その分、印刷所の仕事が大変で、著者も校正で大変な目を見ることになるのだけど、ルビの有用性を考えたら、そのぐらい安いものである。
2018年6月16日22時30分。
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