2018年06月16日
『物語を忘れた外国語』後3
第六章のテーマはスウェーデン。スウェーデンにまつわることがあれこれ書かれているのだけど、ひとつだけ欠けているものがある。この章を読んで不思議だったのが、どうして『ニルスのふしぎな旅』が出てこないんだろうということだった。作者のラーゲルレーブの名前は出てきているだけに意外である。
NHKのアニメというと、確か再放送か再々放送で見た「未来少年コナン」か、この「ニルスのふしぎな旅」だったのだけど、世代が少しずれていると認識も変わるのだろうか。毎回欠かさず見ていたというわけではないが、印象は強烈に残っていて、東京に出てから本屋で原作の『ニルスのふしぎな旅』を発見したときには、我が読書が児童文学の時代に入っていたこともあって、思わず全四冊購入してしまった。
この作品、子供たちにスウェーデンの地理を理解してもらうという目的もあって書かれたらしく、主人公のニルスを渡り鳥の群の中に放り込んだのは、南北に長いスウェーデンの各地を南から北まで登場させるためだったのだろうか。ラプランドなんて地名を知ったのは、この作品、アニメのほうね、だったなあ。それが北欧への憧れにつながって、『エッダ』だの『サガ』だのにまで手を出すことにもなったのである。
実は、チェコで自分でお金を出して手に入れた唯一のDVDが、この『ニルスのふしぎな旅』なのである。本屋かどこかで見つけたときには、あまりの懐かしさに声を上げそうになり、迷わず購入した。NHKで放送されたものそのままではなく、総集編というか、映画版というか90分ぐらいにまとめられたものだった。驚いたのは、音楽の担当がチェコのカレル・スボボダという作曲家だったことで、日本のアニメにチェコの人が音楽を提供したなんて聞いたことがないよなあと首をひねってしまった。
ウィキペディアの情報によると、日本でテレビ版をもとに劇場版が制作され、それがヨーロッパに出されたときに、音楽がスボボダのものに差し替えられたのだという。チェコでは映画館で公開されたという話は聞かないし、テレビで放送されたのも確認できていないから、チェコ語でニルスを見ようと思ったらDVDしかないのである。見かけたときに買っておいてよかった。
第七章に出てくるのは「モルバニア国」。聞いたことがあるような、ないような不思議な国名だと思って読んでいたら、ガイドブックまで出ている架空の国名なのだそうだ。モルダビアとアルバニアをくっつけたような名称だから、存在すると言われれば信じてしまいそうである。現実のどこかの国をモデルにしていても、直接その国名を使ってあまりに悪辣な存在として描き出すと問題が起こるのか、明らかにあの国だろうとわかるのに架空の名称が使用されることはままある。冷戦中は、ソ連に関してはどんな悪いことを書いても問題なかったのか、そこまで配慮されていなかったような気もするけど。
モルバニア国はガイドブックが出ているというから、それとは毛色が違って、架空の国そのものが本の主要なテーマになっているのだろう。架空の国が物語の中核をなす作品ということで思い出すのが、高野史緒の『架空の王国』である。ボーバルだったか、ボーヴァルだったか、ドイツとフランスに挟まれた内陸部の国を舞台にした物語は、現実の国であってもおかしくないぐらいの歴史的な設定がなされていて、本編となる物語よりもその歴史的な部分に熱狂した記憶がある。
その結果、中公ノベルズから出されていた「ウィーン薔薇の騎士物語」のシリーズにまで手を出してしまうことになる。森雅裕のオペラ物とは毛色は違っていたけれども、オペラをより密接に作品のモチーフにしていて、これはこれで楽しめた。架空の王国ボーヴァルもちょっとだけ登場したような気がする。
このシリーズにも、作家本人にも、ものすごく期待していたのだけど、こちらの好みが一般の読書傾向と合っていないのか、「薔薇の騎士物語」は5巻で終わってしまい、hontoで確認すると、「薔薇の騎士」以後、著書はそれほど増えていないようだ。ファンとしては外国を舞台に時代考証みたいなことをやりながら物語を紡ぎあげていくというのは大変な作業なのだろうなあと想像するしかない。
著者名で検索して一番上に出てくる作品が『カラマーゾフの妹』で、高野史緒はこの作品で乱歩賞をとったらしい。森雅裕の後輩になるのか。うーん、森雅裕的に寡作で終わるなんてことがないように祈っておこう。題名からしてロシア的なものを強く感じさせる『カラマーゾフの妹』は、ドストエフスキーやトルストイに何度も手を出しながら、そのたびに挫折した人間にはちょっとハードルが高すぎる。高校のとき、国語の先生がドストエフスキーの『悪霊』を言葉を尽くしてほめていたから、読み始めてはみたのだけどね。最初に『悪霊』に手を出したのが間違いだったのかな。
高野史緒には、フランス、ドイツの国境地帯からウィーンを経て、ロシアに行く前に、チェコスロバキアあたりで止まってくれるとよかったのにと思ってしまう。プラハはウィーンより西にあるから、ハンガリー支配下のスロバキアを舞台にした物語とかどうだろうか。テーマがマイナーすぎて出版してもらえそうもないか。
そう言えば、日本語訳が刊行されたチェコの作家アイバスの『黄金時代』を高く評価したというのが高野史緒だっただろうか。それをチェコ関係者から聞いて、高野史緒の本を引っ張り出して再読したのだった。今回も『物語を忘れた外国語』をきっかけに読み返すことになるはずである。
2018年6月15日23時45分。
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