2017年09月22日
師のオロモウツ滞在記2(九月十九日)
昨日に続いて、『その他の外国語 エトセトラ』(今気づいたけど、文庫版では書名も増補されていた)、いやその増補された第四章についてである。
オロモウツのパラツキー大学で講演をすることになった経緯、日本での準備を経て、オロモウツについて最初に登場するのは、日本語が上手なスロバキア人のベロニカさんである。仕事がらオロモウツの日本語ができるチェコ人、スロバキア人の知り合いは多いのだけど、どのベロニカだろう。宇都宮大学に留学したという話だからあれかななどと読み進めていると、さすが、と膝をたたきたくなるような記述が出てきた。
会話志向の外国語学習者は珍しくないが、多くの学生がスラングを覚えたがる。くだけた口調で同世代とペラペラやってみたいという願望が非常に強い。だがはっきりいって、そんなものは何の役にも立たない。(str. 340)
力強く断言してくれているのが心強い。友達同士でぺらぺら意味もないことを喋り散らせればそれで満足というのなら、勝手にしろだけれども、将来学んだ言葉を仕事に使いたいと考えているのなら、くだけた表現、スラングを身につける意味はない。でも、日本語を勉強しているのなら、日本に行って変な日本語を使う変な外人と言う立場でテレビタレントになるという形でなら生かせるかもしれないか。
くだけた言葉遣いもできるというのなら、状況に応じて使い分けられるというのを前提にしたうえで、意味がなくはない。しかし、くだけた言葉遣いしかできないのであれば、仕事で使うのには役に立たない。せいぜい同レベルの言葉遣いしかできない連中と内容のない会話をくだくだ繰り返すだけに終わるだろう。そんな話をするためなら、苦労して外国語を勉強する意味はない。
想像してみてほしい。仕事で、仕事じゃなくてもいいや、あまりよく知らない外国人にいきなり「あんたさあ」とか、「いいじゃんそれ」とか言われたら、どんな印象を持つだろうか。外国人ではなく日本人であったとしても、こいつとは近づきたくないと思うに違いない。スラングやくだけた表現は、知ってはいても普段は使わないと言う姿勢が求められるのである。
チェコ語にだって、知っているけど使わない表現はいくらでもある。「ty vole」や「do prdele」なんかの意味は、よく知っているし、チェコ人が使うのを聞くこともよくある。でも自分では絶対に使わない。それは、自分のチェコ語を下品なものにしたくないからだし、通訳として仕事をする人がそんな言葉を使ったら信用されないのではないかと考えるからでもある。
それに、現地の人が使うスラングは、現地の人が使うからこそかっこよく響くのであって、関係のない人間が使ったら滑稽に響くだけである。関西出身じゃない人間が関西方言でしゃべるのに通じる痛さがあるといえばわかってもらえるだろうか。聞くに堪えないのである。プラハ人みたいに「dobrej」なんて言うのは、自分の口から出たと想像するだけでもおぞましい。
だから、ブルノのハンテツという方言から広まって使う人の増えた「シャリナ(=トラム)」も、オロモウツの人間としては使えない。ただ、トラムの定期券だけは、ほかにいい言葉がないので「シャリンカルタ」と言ってしまうことが多かったのだけど、最近職場まで歩くことで定期券を買わなくなったので使う必要がなくなった。歩くのは健康にいいだけでなく、精神衛生上もいいのである。
下品な表現はともかく、多少のくだけた言葉を意図的に使う場面がないわけではない。それは、仕事とは関係のない雑談をしていて笑ってもらう必要があるときである。通訳なんかの仕事をする際に、一緒に仕事をする人たちとは、ある程度打ち解けた関係が作れた方が効率がよくなることが多いので、休憩時間なんかに日本人ともチェコ人ともあれこれ雑談をするのだけど、そんなときに多少くだけた表現を使って話すと、外国人がこんなことまで言うというので笑ってもらえるのである。
その場合に方言を使うこともある。「Já sú z Olomouca(=私はオロモウツの出身です)」なんて言うと喜んでもらえることが多い。他にも驚いたときに使う「Ježíš Maria」の代わりに、「Kristova noho」、「Samozřejmě」の代わりに「Baže」なんて言うと結構笑ってもらえる。外国人がスラング、くだけた表現を使うってのは冗談にしかならないのである。
その点ベロニカさんの日本語は上品で、「皇室や大臣を迎えて通訳をしても、まったく問題ないレベル」だというから素晴らしい。パラツキー大学には、今後も上品な日本語、端正な日本が使えるチェコ人、スロバキア人の学生を育てていってほしいものである。
2017年9月21日23時。
親本もまだ生きているみたいである。9月21日追記。
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