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2017年09月21日

師のオロモウツ滞在記1(九月十八日)





 日本に行っていた知人がお土産として、黒田龍之助師の著作を二冊持って帰ってきてくれた。ありがたいことである。ついつい旧作に手を伸ばして、斜め読みのつもりが読み込んでしまって仕事に支障が出ているのだけれども、師の本を読むのは仕事に優先するのである。椅子に座ってコンピューターでする仕事というのは、誘惑が多くていけない。

 一冊は『寝る前五分の外国語』で、白水社から2016年に出版されたものである。白水社のPR雑誌「白水社の本棚」に2003年から2010年にかけて連載された語学書の書評をまとめたものだという。語学書の書評ってことは、チェコ語の教科書についてもあるかなとぱらぱらめくってみたら、一冊だけ取り上げられていた。旧版の『エクスプレスチェコ語』(str.134-135)である。とりあえず、そこだけ読んでみた。
 この教科書、日本語の「ある/いる」もしくは「だ」にあたる動詞「být」の現在変化ではなく、未来変化から文法の説明が始まるという入門書にあるまじきものなのだが、「わたしは恐れをなし、ほとんど開くことがなかった」と書いてあるのに、ちょっと安心してしまう。スラブ語に属する言葉をいくつも勉強している黒田師にしてこうだったのだ。英語すら物にならなかった外国語音痴が第一課を見た瞬間に購入したことを後悔し、本棚に放り込んだまま、なかったことにしたのも仕方がないことだったのだ。

 末尾に「『エクスプレス』には日本のチェコ語教育の未来があったのかもしれない」と書かれているけれども、そんな未来は嫌だ。『エクスプレス』シリーズが初心者を対象とした入門書であることを前提とするのなら、やはり文法事項は、つまらないと言われようとオーソドックスな並びであるべきである。『エクスプレス』でチェコ語の基本を身につけた人が、復習するための教材なら未来形から始めるという並びも悪くない。第八課にまとめられているらしい挨拶なんかはすっ飛ばしてもいいくらいだけどさ。
 そもそも、外国語の未来という時制は日本語に対応するものがないのである。かつての英語教育では、未来形を日本語に訳すのに「だろう/でしょう」を付けさせるという無茶なことをやっていた。「だろう」は本来推量の助動詞で未来なんてものとは何の関係もないのにさ。そんなことをするから子供たちの日本語がおかしくなっていくのだ。今ではそんな珍妙なことをさせる先生はいなくなっていると信じたい。

 目次を見る限り、自分で使ったことのある教科書、辞書は一冊もない。学校の授業以外で、自分で教科書を買って勉強したのはチェコ語しかないのである。チェコ語の『エクスプレスチェコ語』(旧版)は本当に買っただけだし、学校で勉強した英語とドイツ語は義務で勉強しただけなので、自分で教科書を探して買ってまで勉強しようなんて気にはならなかった。日本の中学高校で推奨されるようなものを著者の黒田師が取り上げると思えない。
 現時点では、いくつかの教科書への書評をつまみ食い的に読んだだけだけど、読んだだけでその外国語を、いやその教科書を使って勉強した気分にさせてくれる。真面目な読者なら、その教科書を使ってみたいと思うのだろうが、外国語はチェコ語だけで十分だと言ってはばからない人間としては、書評を読んで勉強した気になれれば、それでお腹一杯である。チェコ語を勉強したときのことを、今更他の言葉で繰り返したくはない。

 そして、持ってきてくれたもう一冊が、今年の春に筑摩書房から刊行された『その他の外国語』の文庫版である。現代書館から2005年に刊行された親本は持っている。持っているだけでなく、その中の一節を元にこのブログの記事を書いたこともある。でもこの文庫版は、ただの文庫版ではなくて増補版なのである。
 その増補された部分が第四章の「十一年目の実践編――チェコ共和国講演旅行記」で、「十一年目」ということは、2005年を一年目とすれば、2015年に黒田龍之助師がオロモウツに滞在してパラツキー大学で講演をされたときのことが、さまざまな特に言葉に関するエピソードを交えながら書かれているのである。
 これはもう、全てを放り出して読むしかないということで、本来は巻頭から読み始めるべきところを、第四章だけ先に読んでしまった。個人的には、チェコ語だけでもその海でおぼれかけているわけだし、ここまで多言語な世界に放り込まれるのは勘弁してほしいところなのだが、黒田師が描き出すさまざまな言葉とのふれあいは魅力的である。

 本題であるこの「十一年目の実践編」については、例によって例の如く長くなったので稿を改める。
2017年9月20日15時。










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