2016年01月23日
ブドヴァルの憂鬱(一月二十日)
ピルスナー・ウルクエルに対抗できるチェコのビールと言えば、やはりチェスケー・ブデヨヴィツェのブドヴァルをおいて、他にはないだろう。国内市場のシェアにおいてはベルギー企業の傘下に入ったプラハのスミーホフに本社のあるスタロプラメンのほうが大きいかもしれないが、ブランドイメージではブドヴァルのほうが上である。ブドヴァルは共産主義の時代には外貨獲得の貴重な手段として生産されたビールのほとんどが、すぐ近くのオーストリアなど西ヨーロッパに輸出されていたという経緯があるため、現在でも輸出の割合がかなり高くなっているはずである。
このブドヴァルはチェコのビール会社の中で唯一民営化の対象にならず、いまだに国営企業であり続けている。その理由としては、アメリカのバドワイザーとの間で延々と続いている商標争いが考えられる。民営化なんかしたら買収されてそれでおしまいである。
あれは高校時代のことだったので、1980年代の後半のことだが、新聞でバドワイザーの起源はチェコスロバキアにあったとかいう記事を読んだことがある。具体的にどんなことが書かれていたかは覚えていないのだが、今言えるのは、起源とは言っても、ビールのではなく、名称の起源に過ぎないということである。
チェスケー・ブデヨヴィツェのドイツ名は、ブドヴァイスである。プルゼニュのドイツ名、ピルゼンから、ピルズネル(=ピルスナー)というビールの名称が生まれたように、ブドヴァイスからも、ブドヴァイスで造られたビールと言う意味でブドヴァイゼルという名称が生まれた。このブドヴァイゼルを英語読みしたのがバドワイザーなのである。
ことの発端は、十九世紀半ばに、ブデヨヴィツェで生産されたブドヴァイゼルがヨーロッパで人気があることに目をつけたドイツ系のアメリカ人が、自社の製品にバドワイザーという名前をつけてしまったことである。それだけならアメリカ側がパクったという話で終わるのだが、問題は、この時点でブドヴァイゼルを生産していた醸造所は、現在のブドヴァルにつながるものではないという点にある。現在のブドヴァルの前身に当たる会社がブドヴァイゼルの名で生産を始めたのは、バドワイザーよりも遅いのである。そして本来ブドヴァイゼルを生産していた会社の後身は、共産主義の時代にブドヴァイゼルの名称で販売する権利を奪われており、現在はサムソンという名前のビールを生産している。
だから、ブドヴァルとバドワイザーの裁判では、簡単にまとめてしまうと、バドワイザー側は、バドワイザーのほうが古くからこの商標を使っていることを根拠として、ブドヴァル側はブドバイゼル=バドワイザーというのは、ブデヨヴィツェで生産されたビールを意味する地名起源商標だからという理由で、それぞれ自分たちに使用権があると主張しているのである。ブドバイゼル=バドワイザーや、Budという商標を巡って、世界中のあちこちで繰り広げられている裁判では、勝ったり負けたり引き分けたり、混沌とした状況が続いているのだが、一般にアメリカやアジアなどの地域ではバドワイザーが強く、ヨーロッパではブドヴァル側が強いという傾向にある。ただ十年ぐらい前に、イギリスでブドヴァル側に不利な判決が出たというニュースがあって、この記事は、そのときに読んだり見たりした記憶を基に書いているのである。
さて、ブドヴァル側のブドヴァイゼルが地名起源の商標であるという主張は、諸刃の剣であって、今度は国内でサムソン側から、自分たちにもブドヴァイゼルの名前を使わせろという訴えを起こされることになった。実際2000年代初頭の一時期、サムソンの会社が出した緑のブドヴァイゼルが販売されていたこともある(ブドヴァルは赤)。こちらに対しては、商標の権利の侵害だという主張をしていたはずである。
そして、昨年末にSABミラーと、バドワイザーを所有するインベブが合併するというニュースが流れたが、つまりはピルスナー・ウルクエルがバドワイザー側に立つということで、チェコに住むビール好きにとってはあまり楽しい話ではない。バドワイザーがサムソンを買収して、歴史的な経緯を蒸し返して……、などと考えてしまうのである。
ブデヨヴィツェのブドヴァルは、長らくチェコのアイスホッケー代表のスポンサーを務めており、それに絡めてボブとデイヴという二人のリヴァプールファンのイギリス人を起用した秀逸なCMシリーズでも楽しませてくれたので、がんばって欲しいのだけど。改めて考えると、テレビコマーシャルの素晴らしさでもブドヴァルとピルスナー・ウルクエルは、一頭地を抜けていたのだ。最近はどちらもかつてほどの傑作は出ていないけれども、またいい意味でとんでもないコマーシャルが見たいものである。
途中で着地点が見えなくなって迷走してこんな結末になってしまった。基本的にVの音は、「バブブベボ」で表記するのだが、この記事に関しては例外的に「ヴァヴィヴヴェヴォ」を採用した。
1月21日11時30分
あるかなと思ってさがしたら、やっぱりあった。でも「バドバー」という表記はやめてほしい。「ブデヨヴィツキー・ブドヴァル」と書いてくれるお店があれば、日本にいたら買うのに。1月22日追記。
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/4652495
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック