2020年11月02日
チェコの童話2(十月卅日)
国会図書館のオンライン目録で確認できる二つ目のチェコの童話は、「靴と指輪」の翌年、1925年に日本語に翻訳されている。「王子と王女と不思議な男」という童話で、「チエコスロヴアキア」のものとして、『五色童話集 世界の童話』という本に収められている。著者とされるのは樋口紅陽で、出版社は日本お伽学校出版部。この日本お伽学校は著者が設立したもののようだが詳細は不明。
この童話集には、著者の創作を含めて、童話と童謡が合わせて14編、牡丹色、藍色、紫色、緑色、セピヤの五色に分類されて収録されている。それが、「五色童話集」という所以のようだが、「五色童話集を あらわすに ついて」と題された序文によれば、童話の内容と色に関係があるわけではないようである。読書の際に目に害を与えないような色を5つ選び、目に与える害が最小になるようにそれぞれの色で刷り分けたというのである。だから、最初に収録されたインドとドイツの童話が牡丹色ですられた後に置かれた、チェコの童話が藍色で刷られているのは、偶然の産物なのだろう。最初に題名を見たときには、色にかかわる童話を集めたのかと期待したのだけどね。
著者はさらに、同じ緑といわれる色でも、微妙に違った色があるから、将来は数十種類の色で刷り分けが可能になるなんてことを書いて、この刷り分けが世界最初の試みであることを誇っている。追随する出版社があったとも思えないし、著者自身、著者の学校の出版部自体が同じ試みを繰り返したことも確認できない。国会図書館のデジタルライブラリーでは、色の違いもよくわからないし、子供たちの目にどれだけいい影響を与えたのかもわからない。
この翻訳で注目すべきは「チエコスロヴアキア」という表記が採用されていることである。この時期主流だった「チエツコ」という表記から促音を表す「ツ」が消え、普通は「ヴァ」とかかれるものが「ヴア」となっている。国会図書館のオンライン目録で確認できる範囲では、1925年3月刊のこの本が「チエコ(・)スロヴアキア」の初例の一つである。もう一冊、同年に刊行された書物と、同年3月に刊行された雑誌に見られるのだが、オンラインでは見られないので発行日が確認できず、どれが一番最初に刊行されたか確認できないのである。ただし、「チエコ・スロヴァキア」と「ヴァ」が使われている例はこれ以前に存在する。
童話の前に1頁使って、チェコスロバキアの紹介が書かれているのだが、1920年代も半ばになって国内外の情勢が安定し始めていたことを反映してか、結構いいことが書かれている。「大層土地が肥えてゐますから穀物がよく穫れます。それにいかにもお伽噺にある様な森が澤山あつて、材木もよいものが出来るし、山からは石炭が出るといふ、小さいがなかなかよい国です」と結ばれている。
童話のほうは、簡単に言えば王子さまの花嫁探し譚なのだけど、王子が旅に出て出会う不思議な男の名前が、「長一」。これで「ちょういち」と読めば、日本人の名前としてアリかもしれないが、「ながいち」というルビがついている。二人目が「太一」で、「たいち」ではなく、「ふといち」と読ませる。この辺で、チェコ語の原典がわかったような気がするけれども、三人目は名前の付けようがなかったのか、「眼の強い男」と呼ばれている。
これは、ツィムルマンの劇の元にもなった有名な童話「Dlouhý, Široký a Bystrozraký」だ。題名になっている三人の登場人物のうち「Dlouhý」を「長一」、「Široký」を「太一」と日本語に訳して命名したはいいものの、「Bystrozraký」は訳しようがなくて「眼の強い男」として誤魔化したということだろう。
この童話、有名だとはいうものの、実は読んだこともなければ、誰が書いたものかも知らないのだった。それでチェコ語版のウィキペディアで調べてみたら、カレル・ヤロミール・エルベンの童話だった。エルベンの『České pohádky』という本に収められているらしい。エルベンは1870年に亡くなっているからクルダの「靴と指輪」よりも、古い作品だということになる。
それはともかく、エルベンの集めたボヘミアの有名な童話よりも、存在は知らなかったけどクルダの集めたモラビアの童話のほうが先に日本語に翻訳されて紹介されていたという事実は、驚きであると同時に、モラビアに愛着を感じてオロモウツに住んでいる人間にとっては嬉しいことである。この時期にチェコの童話が翻訳されていたこと事態が驚きと言えば驚きだけど、民俗学への感心が外国の民話、童話にも向かったと考えていいのだろうか。
2020年10月31日22時30分。
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