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2020年01月02日

かきつばた(十二月卅日)



 和歌の表現技法の一つに折句というものがある。5・7・5・7・7のそれぞれの最初のかなを並べると一つの言葉になるというものだ。いや五文字の言葉を各句の先頭に置いて歌を詠むといった方がいいか。とまれ折句が使われた歌として最も有名なのは、『伊勢物語』に登場するこの歌だろう。わかりやすいようにひらがなで分かち書きする。

 からころも
 きつつなれにし
 つましあれば
 はるばるきぬる
 たびをしぞおもふ

 歌の意味はと言われると、枕詞、掛詞、縁語などなど和歌の修辞技法をこれでもかというぐらい詰め込んだ技巧的な歌なのでよくわからないと言いたくなる。いやわからないわけではないのだけど、一般的な解釈とは違うイメージが付きまとっていて、高校の国語で勉強したような解釈をするのを妨げている。

 そのイメージというのが、着物を、着物でなくてもいいけど、服を長い間着続けているうちに、素材の布がこなれて着心地がよくなったという、和歌の題材としては雅さのかけらもない、実もふたもないものである。そういう含意もないわけではないだろうけど、序詞的に歌の本題を導き出す部分である。
 本来ならば、「はるばる来ぬる」で、遠くまでやってきたことを慨嘆する部分も、「着ぬる」と解して、長い間繰り返し着続けてきたと読めてしまう。長い旅の間に何度も洗濯して同じ部区を着るのである。でも、本来は遠くまで旅をしてくる間ずっと同じ服を着続けているわけだから、序詞の部分はこちらのイメージよりも小汚いものになるのか。

 それはともかく、以前はこの歌を読んでもこんなイメージになることはなかったと思うのだけど、なぜかと考えて思いついたのが、一枚のTシャツである。違う、正確にはこのTシャツを着るたびにこの歌を思い出してしまうのである。

 チェコの水は大半は硬水である。そのせいか、洗濯をすると服の生地がごわごわになる(ような気がする)。それでだと思うけど、チェコの人たちは、ワイシャツやハンカチなんかだけでなく、Tシャツや下着にまでアイロンをかけることが多い。アイロンをかけたほうが着心地がよくなるなんてことを言っていたかな。
 もちろん日本でも、Tシャツや下着にアイロンをかける人はいるのかもしれないけど、自分ではかけずに、アイロンが必要なものは全部クリーニングに出していたから、チェコでほとんど何にでもアイロンをかけるという話を聞いたときには驚いたものである。こちらとしては、特に着心地なんて来にしないから、ワイシャツの下に下着として着るようなTシャツは、アイロンをかけてもらわないことにしている。

 それなのに、ある一枚のTシャツだけは、生地が妙になれていて、洗濯をしてもごわごわにならず、アイロンをかけずとも、しわもなく軟らかくて着心地のいい状態になっているのである。十何年も前に日本から持ってきたもので、同時期に買った服の多くは、穴が開いたり襟の部分が擦り切れていたりと廃棄寸前になっているのだけど、これだけはうまい具合に全体的に生地が薄くなっているのか、穴もなければほつれもなく、着心地までよくなっている。
 不思議なのは、色が違うだけで他はまったく同じTシャツの場合には、生地がごわごわしていて、着心地がよくなったとは言えないことである。着た回数と洗濯した回数が足りないのかと、最近では重点的に着ているのだけど、まったく変わらない。なんでだろう。

 それはともかく、このTシャツを着るたびに、このかきつばたの歌を思い出してしまうという、チェコ時間で新年初日の投稿にはふさわしくないしょうもないお話であった。ちなみに歌の主題よりも序詞の部分のイメージが強い歌と言えば、百人一首にも入っている「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を独りかも寝む」もそうだなあ。こちらは、最期の句の「かも」が、鳥のイメージを強調するのがいけないのかな。
2019年12月31日24時。










タグ:古典 和歌
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