元旦やただひたすらに死線こえ
これは阿弥陀仏の本願を説く
仏教の先生のお気持ちです。
いわゆる命懸けのお叫び。
なぜなら阿弥陀仏の本願は、
若し生まれさせることができなければ
命を捨てるという命懸けのお約束ですから、
説く人は当然命懸けで話をしなければなりません。
だから黒板で字を書く場合でも半身です。
完全に背を向けたらやられてしまうからです。
仏教講座の会場は命懸けの場です。
だから居眠り聴聞なんかあってはなりません。
聞かせていただく私たちも
命懸けでなければ火花は散りません。
後は私たちが命懸けで聞かせていただくのです。
この三者が火花を散らして聞かなければ
信の一念は突破させていただけないからです。
ただひたすらに死線越え
こういう思いで聞かせて頂かなければなりません。
一言一言、まさに一字一涙の思いです。
善知識のお言葉を通して私たちは阿弥陀如来の御心を知るのです。
なぜ、信心決定できないのか。
阿弥陀如来の御心が分からないからです。
私たちは善知識を通して阿弥陀如来の御心を知るのです。
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