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タグ / 短縮版拓馬
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拓馬篇−6章3 ★ [2018/06/03 02:30]
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拓馬がめざめたのは夕飯時だった。家族はさきに夕食をとっており、寝過ごした拓馬も早々にくわわる。今夜ひかえたシズカとの通話に専念できるよう、夕飯を早めにすませた。ほかの雑事もおわらせるため、犬の散歩を支度したところに、シズカの連絡が入る。いま話せるか、との確認だった。いつも連絡がとれる時間帯より早い。
(しゃーない、シズカさんを優先しよう)
シズカを待たせても怒られはしないが、助けてもらう身でそんなことはできない。拓馬は犬の散歩を翌朝に延期し、自室へこもった。..
拓馬篇−6章2 ★ [2018/05/30 02:34]
まぶたを閉じた視界にモノトーンの景色がひろがる。拓馬が真っ先に視認したものは、机に向かう男性の姿だ。周囲にも机と椅子がならぶ中、男性はひとり、開いた本を見たり紙になにかを書いたりしていた。
『これはこやつが勉強しておるところじゃ』
拓馬は「こやつ」という老猫の表現に引っ掛かった。老猫はその男性のことを教えにきたというのに、名前を明かさないでいる。
『わるく思わんでくれ。こやつには本名がないのじゃ』
(え、俺はまだなにも……)
『いまはおぬしの心の声がわしに届く』..
拓馬篇−5章4 ★ [2018/05/19 13:30]
拓馬は登校した友人らに挨拶を交わした。いつもは登校時に挨拶される側の拓馬が教室にいるのを、友は大なり小なり不思議がった。
拓馬にもすくなからずおどろきはあった。早くくる理由がないであろう千智が、早々にあらわれたのだ。朝勉強をしにきたり、不測の事態がおきても遅刻しないように用心したり、といった勤勉さのない千智がなぜ──と考えたところ、拓馬は、彼女がおしゃべりだから、と応急の理由をこしらえる。友人と雑談するために早くきている、と見当をつけた。
千智は拓馬に近づくなり「今..
拓馬篇−5章3 ★ [2018/05/13 00:30]
学校には早朝の部活をしにくる生徒がまばらにいた。けれども拓馬のクラスにはだれもいなかった。普段の拓馬の登校時間帯は、生徒の半数前後があつまるころ。無人の教室を目にするのは、帰宅が遅くなったときくらいだ。見慣れた教室でありながら、現在の雰囲気は異質だと感じた。
(ヤマダはきてないか……)
彼女の弁当と朝食も、おもに親が用意する。拓馬の場合は父が気を利かせてくれたおかげで早く出発できたが、小山田家ではうまく事が運んでいないのかもしれない。
拓馬は自席に着く。時間つぶし..
拓馬篇−5章2 ★ [2018/05/09 23:59]
ヤマダが根岸宅を出たあと、拓馬は早々に制服に着替えた。いつもの登校時間より早いが、家にいても落ち着かないので、とっとと登校しようと思った。
拓馬は食事をしに居間へ入った。居間と一体型になった台所に父が立っている。拓馬の家ではたいてい母が朝食を用意するのだが、早起きした父が家事をこなすこともままあった。父以外はまだ起きていないらしい。
拓馬は父に簡単な挨拶をしてから「食うもんある?」とたずねた。父は四角いフライパンで玉子を調理しながら「昨日の残り物が電子レンジにある」..
拓馬篇−5章1 ★ [2018/05/03 05:00]
日がのぼったばかりの早朝、電子音が室内に鳴った。拓馬は寝台で寝ており、うっすら覚醒する。この音は電子メールの通達音。即時返答を要求されるものでない。なので二度寝をしにかかった。だが電子音がまた鳴る。拓馬は妙だと思い、しぶしぶ枕元にある携帯用通信機を手にする。あおむけで機器を操作してみると、ヤマダから送られた文章が二つあった。ひとつめを読んでいく。
(『昨日の夜に、大男に会ったよ』……?)
拓馬の眠気が一気に冴える。
(週末だとか須坂は関係ないのか?)
これまでの..
拓馬篇−5章◆ ★ [2018/04/27 23:55]
日付がもうじき変わるころ、ヤマダは夜道を歩いていた。その動機は父が勤務先の店でわすれてきた手帳を取りにいくこと。いまの父は酩酊しており、足元がふらつくありさまだったので、娘が代わりに店まで向かう。娘を送り出す父は例の大男の出没を心配し、家にある木刀を持っていくよう勧めたが、ヤマダは断った。そんな棒切れで対処できる相手ではないとわかっていたからだ。それに、大男が気に掛ける少女はしばらく夜間の外出をしない。その男が出る可能性は低かった。
ヤマダが歩を進めていると、街灯の..
拓馬篇−4章6 ★ [2018/04/13 02:00]
拓馬が不審な大男を見かけた翌週、仲間内にそのことが知れ渡っていた。三郎に一報入れた情報がすぐに伝播したらしい。その結果、拓馬が登校した直後に、早速千智に捕まった。
だが千智は大男でなく、須坂の実姉である水卜律子を話題にとりあげた。顔の小ささや着ていた服など、拓馬には興味のない質問ばかりだ。千智にとって律子はあこがれの芸能人なようで、話はホームルーム開始まで続いた。
午前の授業が終わってなお千智の情熱は冷めなかった。拓馬は彼女と一緒に昼食をとる。
「記者ってのは芸能..
拓馬篇−4章◆ ★ [2018/04/08 03:21]
美弥の姉──律子はチェーン店での遅まきの夕食を注文し終えた。美弥は姉とともに、同席者の男子と向かい合う状態で、テーブル席に着いている。
律子は初対面の少年に声をかける。
「おごってあげるけど……なにも頼まなくていいの?」
「おかまいなく……」
この男子は一向に律子と目線を合わせない。角度的には顔を合わせても、べつのところに視線をやっているように見えた。そんなふうに、男性が律子を直視できない理由はある。律子は子役上がりの女優である。成長してからは容貌にますます磨き..
拓馬篇−4章5 ★ [2018/04/06 21:21]
週末の夜、拓馬は駅近くの小売店で紙パックジュースを購入した。買った飲料は家ではあまり飲む機会のない種類。せっかく買うのなら普段飲まないものを、と思って選んだ。この不明確な購買意欲のとおり、拓馬の外出目的はジュース以外にある。その目的とは、須坂の身辺警護もどきだ。ただし守られる側の了解は得ていない。
拓馬が家を出る際は、物を買う気などさらさらなかった。いざ来てみると、店の利用客が店の外で待機する少年に視線を投げていく。そのいぶかしげな目が視界に入るたび、拓馬はこのままでは..
拓馬篇−4章4 ★ [2018/03/27 00:05]
「拓馬、聞いてくれ!」
本日最後の授業がおわったとたん、今朝に見舞い金をくれた友人が話しかけてきた。
(まだなんかあるのか……)
拓馬が三郎を見てみると、彼は授業でよく使うノートを持ってきている。
「近所に出没する不審者の話、していいか?」
「また俺らで退治しようってのか?」
「その前準備だ。ほら、シド先生との約束があるだろう?」
喧嘩の処分が決まるまでは問題を起こすな──シドはそう忠告した。三郎はその言い付けを守るつもりだ。彼は自己の正義に反しない範囲に..
拓馬篇−4章3 ★ [2018/03/15 00:40]
病院帰りのさなか、拓馬の父は息子の負傷の経緯をたずねてきた。拓馬は電話口では話せなかった仔細を、包み隠さず話した。すると父は息子が友人のために傷を負ったことを理解し、かえってその心意気を奨励した。ただ一点、苦言を呈する。
「小山田さんとこの娘さんには、危険なことをさせてほしくないな。あの子は、あの家族の心の支えだから──」
ヤマダを精神的支柱とする人物──拓馬はヤマダの母親を一番に想像した。拓馬はヤマダの母にもノブ同様の疑似親的な情愛を感じている。当然、彼女を悲嘆に暮..